第10話 初依頼、選択 


「さて、何を殺そう?」

「いきなりどうしたのだ、主!?」



 依頼の貼られているボードを見ているキュウから放たれた、ものすごく物騒な言葉。隣で同じように依頼を探していたノルンが、ものすごい勢いでキュウの方を振り返った。

 驚愕の表情を浮かべているノルンに、キュウはきょとん、とした表情を返し、何でもないように、



「え? だから、どの魔物の討伐依頼を受けようかなって」

「そ、そういうことだったのか……。主よ、心臓に悪い言い方はやめてくれ」

「よくわかんないけど……。ごめんなさい?」



 紛らわしい。そう頭を抱えるノルンに、キュウは「?」と返すばかりである。


 ディーラス討伐の報酬を無事に受け取った二人は、冒険者の仕事に早く慣れようと、さっそく依頼を受けることにしたのだ。

 キュウは初めて受ける依頼は討伐依頼の方がいいと思っていたので、あんなトンデモ発言が出たのである。



「それで? 主はどの依頼がいいんだ? まだFランクの主では、そうたいした依頼は受けることができないと思うんだが……」

「そうだねぇ……。……あ、これなんてどうかな?」



 キュウが指さした先にあったのは、『東の森の調査』という依頼だった。

 達成条件は、ベルンの東側にある森に生息する魔物数種類を一定数討伐し、その討伐証明部位を持ち帰ること。依頼のランクはE。報酬はほかの依頼に比べると割高。数種類の魔物を相手にしなくてはいけないので、他の依頼に比べて難易度が高い……というより、単純に面倒くさそうな依頼である。よく見ると周りの依頼書よりも紙が劣化しているので、それなりの時間放置され続けているのだろう。



「まだ僕たちは、互いになにができるのか、どんなことが得意なのか。そんなことを全く知らないでしょ? だから、いろんな魔物と戦う必要のある依頼がいいと思ったんだけど……。どうかな?」

「ふむ、いいと思う。……というか、私は主の奴隷なんだぞ? 奴隷に意見を聞く主がいったいどこにいるというのだ?」

「え、ここに」

「……そうだったな、まあいい。……お、主よ。この『薬草採集』の依頼。これも東の森でできるそうだ。 主の【アイテムボックス】なら、この手の依頼は大した手間にはならないだろう?」

「じゃあ、それも一緒に受けちゃおっか。えっと、依頼書をはがして持っていけばいいんだよね?」

「そうだぞ、主」



 キュウは依頼ボードから依頼書を二枚取り外すと、それをもってシトリのところへ向かう。



「シトリさーん。この依頼の受注、お願いできますか?」

「分かりました。さっそく初依頼を決めてきたんですね。どれどれ……。『東の森の調査』と『薬草採集』ですね。承りました」



 シトリは依頼書に何かを書き込むと、それをキュウに手渡した。

 それを受け取ったキュウはさっさとストレージの中にしまう。その光景をたまたま目にした他の冒険者が、ギョッ、と目を見開く。

 それを見ていたノルンが、あきれたようにため息を吐いた。



「はぁ……。主よ、少しは隠そうとは思わないのか?」

「隠す……? ああ、ストレージのこと?」

「ストレージ……。というのが、主の【アイテムボックス】の名前なのか。そのストレージのことで間違いない。そのスキルはな、一般的に伝説にしか登場しないようなものとされている。それをむやみやたらと人前で使うことはあまりよろしくないんじゃないか? 冒険者だけじゃない、商人、貴族。それどころか、王族すら欲しがるような力だからな。最悪、囚われて奴隷にさ……れ…………る………」



 ノルンの言葉がだんだん尻つぼみになっていく。目は大きく開かれ、視線はキュウから離すことができなくなった。そして、その心中を、何かが蝕み始める。


 どうしてだろうか? 震えが止まらない。体が言うことを聞いてくれない。主から目が離せない。なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ私はどうして何をして怖い怖い怖い怖い怖いこわ―――――――。



「ノルンちゃん」



 キュウの声に、どこか遠いところに精神を飛ばしていたノルンが帰ってくる。

 ノルンの息は荒く、体中にびっしょりと汗をかいていた。体の震えは収まったが、さっきまで感じていた底知れぬ感情の残滓は、いまだにノルンの中でくすぶっている。

 ノルンは、恐る恐るキュウの目を見た。そして、安堵のため息を吐く。

 そこにいたのは、今までと変わりない、少女のような容姿をした少年の姿。その口元に浮かんでいる無邪気な笑みも、瞳に浮かぶ優し気な色も、何も変わっていない。

 キュウはうずくまりそうになっているノルンの頭を慈しむようになでると、ゆっくりと告げる。



「心配、させたかな?」

「……ふん、主があまりに無防備すぎるから、少し不安になっただけだ」

「うんうん、ありがとねー」

「き、聞いていたのか、主!」

「聞いてたよー。そのうえで、ありがとうって言ったんだよ。そうやって、少しでも気にかけてくれる人がいるだけで、僕は十分。今まで、そんな人、いなかったから」



 キュウの言葉に、ノルンが、うっ、と息を詰まらせた。言葉の端々からキュウの過去の重さが垣間見えたのだ。

 キュウの「うれしい」という感情が詰まった視線から逃れるようにプイッ、と顔をそらしたノルンに苦笑しながら、キュウは言葉を続ける。



「それに、僕は僕の好きに生きるって決めたんだ。それを、ストレージこれ目当てで邪魔しようとするやつは、さ」






「殺す」




 ゾクッ




 冒険者ギルド全体が、濃密な殺気に包まれる。無差別に放たれたそれは、その場にいた全員を恐怖と絶望に叩き落した。

 今、動いたら、声を出したら、確実に死ぬ。それを強制的に理解させられた者たちは、へたり込むこともできず、ただその場に縛り付けられる。

 これは、キュウの殺意が、キュウの百五十万という馬鹿げた魔力によって現実世界に影響を与えて起きた現象である。キュウの魔力に乗せて放たれた殺意は、【重力魔法】のごとく重圧をあたりにまき散らしている。

 先ほど、ノルンが感じた恐怖も、キュウから漏れ出したものだ。ノルンの「奴隷になる」という言葉に過剰に反応してしまった結果である。



「気づいてるよ? さっきからずいぶんと気持ち悪い視線を向けてきてること。すぐにやめてくれないかな? ほんと、気持ち悪くて気持ち悪くて…………殺したくなっちゃうから」



 キュウの声がギルド内に響く。その声に反応するように、数人の冒険者の体が震えた。彼らはキュウがストレージを使っていることに気づき、どうにかしてキュウを利用する、もしくはさらって奴隷として売れないかと模索していた者たちである。

 前世でありとあらゆる悪感情の視線を受けてきたキュウにとって、その者たちの欲にまみれた視線は、わかりやすすぎたのだ。行動に出る前に釘を刺しておこうと考え、こうして威圧しているのである。

 しかし、



「あ、主……。い、息が……苦し……」

「あ、ごめん」



 フッと、さっきまでの重圧が嘘だったかのように消え去る。ドサドサッ、と床に倒れる者が続出する中、キュウは青い顔をしているノルンの体を支える。



「こ、怖かった……。…………あ~る~じ~?」

「ほ、ほんとにごめん! ちょっとイラっと来たというか、我慢できなかったというか……。と、とにかく、ごめんなさい!」

「ごめんで済んだら衛兵はいらん! 不埒なことを考えていたやつらを威圧するのはいい。だがな、それを無差別にやるんじゃない! 心臓止まるかと思ったんだぞ!」

「そ、そんなに怖かったの?」

「ああ、こわかっ……。い、いや、別に怖くはなかったぞ? ただ、ちょっとびっくりしただけというか……」

「……ほんとに、ごめんね?」

「な、なんだその目はぁ! こ、怖くなかったからな! 全然、怖くなかったんだからなぁ!」



「……お二人とも、ずいぶんと楽しそうですねぇ?」



 ぴたっ、と騒いでいたキュウとノルンが停止する。降り注いできた声は、極寒の吹雪がぬるく感じるほどに冷たかった。

 二人は、恐る恐る声の方向に顔を向ける。そこには、全く目の笑っていない笑顔を浮かべたシトリの姿が。



「「ひ、ひぃ!?」」

「おや? 人の顔を見て悲鳴を上げるとは失礼な真似をなさります……ねぇ?」

「「ひゃ、ひゃい! 申し訳ございませんでした!」」

「フフフ……。…………キュウさん! いきなり何をするんですか! 気持ちはわかりますが、周りに被害が出るような真似は今後一切控えてください! よろしいですね!」

「は、はい!」

「ノルンさんも! キュウさんがおかしなことをしないようにちゃんと見張っていてください! キュウさんが常識知らずなのは、私よりも貴女の方がよく知っていますよね?」

「しょ、承知した!」

「……まぁ、今回はキュウさんが一概に悪いとは言いません。キュウさんに物騒な視線を向けていた人がいることはわかっていましたから、正当防衛ということにしておきましょう。それについては不問にします。………………二度目はありませんからね?」

「「イエス、マム!!」」



 シトリに向かってビシッ、と敬礼して見せるキュウとノルン。周りの――キュウの威圧を喰らった――冒険者たちは、その光景を唖然として眺めていた。

 冒険者たちを問答無用で黙らせるような殺意を放ったと思ったら、奴隷に平謝りし、受付嬢にその奴隷ともども雷を落とされる。そんなどこかちぐはぐな新人冒険者を見た、その場の冒険者たちの心中は、キレイに一致していた。



――――――や、やばいやつが来た!



 シトリの小言の嵐に打ち据えられているキュウに、冒険者たちからは、畏れにも似た視線が向けられるのだった。

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