第9話 初依頼のその前に

 翌日。


 その後、復活したシトリに慰められながら冒険者登録を終わらせたキュウは、ワーカーのガイドブックに書かれていた宿に泊まった。冒険者登録中、ずっと忍び笑いをしていたノルンは、宿でとれた部屋が一室だということを知ると、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。「だ、男女七歳にして同衾せずという言葉があってだな……」などと言っていたが、散々からかわれたキュウはそれを面白そうに見ているだけだった。

 とはいえ、これと言って何もせずに一夜を明かした二人は、宿屋で簡単な食事をとっていた。


「はむはむはむ。もぐもぐ」

「……主よ、そう急がなくても、誰も取ったりはしないぞ?」

「ひょんひゃひょひょひゃひゃっひぇひゅひょ(そんなことわかってるよ)」

「食べるかしゃべるかどちらかにしろ! 行儀が悪いだろう?」

「…………………(もぐもぐもぐもぐ)」

「食べるほうを選ぶな!」

「あはは……。キュウさん、すごい食べっぷり……。あ、こちら飲み物になりまーす」

「ああ、ネーリか。ありがとう」

「ひゃひひゃひょー(ありがとー)」


 なんとも平和なやり取りをしている二人の元に、一人の少女が近づいてくる。朝食にがっつくキュウに苦笑しながら、二人の前に飲み物の入ったコップを置いたのは、キュウたちが泊まった宿『精霊亭』のオーナーの一人娘、ネーリだ。肩甲骨あたりまで伸びた亜麻色の髪を頭の下の方でツインテールにしている。シンプルなデザインのワンピースの上から着ているエプロンが、良く似合っている。

 『精霊亭』の看板娘で、この宿を利用する男性客の過半数が、ネーリを一目見るために訪れているようなものだ。中には本気で交際を申し込んでくるものも少なくはない。ノルンのような神秘性のある美しさや、キュウのエキゾチックな可愛らしさ(笑)とは違った、太陽の光を浴びて輝く一輪の花のような愛らしいさがあるネーリ。また、小柄な背丈とは裏腹に、豊かに実った二つの果実も、彼女の人気に拍車をかけていた。

 そんなネーリと、美少女であるノルン、美少女(笑)であるキュウが一緒にいるこの光景は、周りにいた他の利用客を男女問わず癒していた。


「ふふっ、キュウさん。本当においしそうに食べてくれますね。お母さんも喜んでましたよ。昨日の夕飯も、綺麗に食べてくれて。ウチの食事、気に入ってくれましたか?」

「もぐもぐ……ごくん。ふぅ……。うん、とっても気に入ったよ。この宿に決めてホントによかった」

「それには同意だな。私もこの宿のファンになってしまいそうだ」

「ふ、二人とも、大げさですよ~。でも……ふふっ、ありがとうございます」


 謙遜を口にしながらも、嬉しそうに頬を染め体を揺らすネーリ。その揺れに合わせて、彼女の豊かな胸部で二つの果実が弾んだ。

 それをジーっと見つめるノルン。ふと自分の胸元に視線を落とす。そこには、ないわけではないが、自信をもって「ある」と言えるかというとためらってしまう……。要するに、己の貧乳があった。


「ふ、ふふふ……。神は残酷だな……」

「ど、どうしました、ノルンさん?」

「わからないか? わからないだろうな。ネーリには一生わからない悩みだ」

「え、えーっとぉ……?」


 暗い顔で笑みをこぼすノルンと、訳が分からずおろおろするネーリ。二人の間には、持つ者と持たざる者の消して分かり合えることのない深い溝があった。

 そんな二人のことを全く気にせずに朝食をキレイに食べ終わったキュウは、ネーリが持ってきてくれたお茶に似た飲み物で喉を潤すと、はふぅ、と満足げな吐息を漏らした。


「ネーリ、ご馳走様。朝ごはんもすごく美味しかったって、マイヤさんに伝えておいてくれる?」

「はい! お母さん、とっても喜ぶと思いますよ」

「しかし主。その細い華奢な体に反して、意外と健啖家なんだな。それで太らないとか、どうなっているんだ全く……」

「そ、そんな恨めし気な目で見られても……。だって、、しょうがないでしょ?」

「…………………………………え?」

「…………………………………は?」


 キュウの口から、まるで天気の話をするかのように、何気なく放たれた言葉。だが、その言葉はノルンとネーリ、さらにはその場にいた他の利用客すらも凍りつかせた。

 それは、キュウのような少年の口から出るには、あまりに重苦しく、そして少年の残酷な過去のいったんを覗かせるものだった。誰もが言葉を失い、【重力魔法】を発動させたわけでもないのに、その場の重圧が増す。

 

「あ、あれ? ノルン? ネーリ? ど、どうしたの? 僕、何か変なことでも言ったかな?」

「……いや。なんでもないぞ。そんなことより主よ。お変わりは欲しくないか?」

「そうですよ、キュウさん。もっともっと食べてください。なんならわたしのおごりでも構いませんから。というか、奢らせてください」

「え? え?」

「私の朝食がまだ残っていたな。ほら、主。あーん」

「あ、ずるいですよノルンさん。そうだ、これ、わたしが作ってみたお菓子な

ですよ。良かったら食べてみてください」


 ノルンは自分の皿から肉と野菜の炒め物を、ネーリはエプロンのポケットから取り出したクッキーをキュウの口元に差し出す。二人のキュウを見つめる瞳には、あふれんばかりのやさしさが詰まっていた。

 状況についていけず頭の上に『?』を浮かべるキュウは、とりあえず差し出された食べ物をおとなしく口に含むのだった。








 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇






「シトリさん、おはようございます」

「おはようございます、キュウさん、ノルンさん。さっそく依頼を受けにいらしたのですか?」



 『精霊亭』をネーリに見送られて出発し、冒険者ギルドにやって来たキュウとノルンは、冒険者登録の手続きをしてくれた受付嬢、シトリに声をかけた。

 ギルド内は、まだ日の出からあまりたっていないのにもかかわらず、多くの冒険者たちが集まっていた。仲間と依頼を探す者、臨時パーティーの募集をかけている者、依頼の受注と同時に受付嬢を口説く者、何やら言い争いをしている者など、様々だ。中にはまだ子供の二人組に見えるキュウとノルンに馬鹿にするような視線を向ける者もいた。

 

 さて、唐突だが冒険者の仕事について説明しておこう。

 冒険者はギルドにて依頼を受注し、それを達成。そしてギルドに報告し報酬を受け取る。これが一連の流れである。

 まず、依頼の受注。冒険者ギルドに設置された依頼ボードから依頼書を取り、受付に持ってくれば受注完了である。依頼書は基本的に早い者勝ちであり、依頼書を巡って諍いが起こるのは日常茶飯事である。

 受注できる依頼は、自分の冒険者ランクの一つ上までと決められている。冒険者ランクとは、登録したばかりの冒険者をF。そこからE→D→C→B→A→Sと上がっていく、冒険者としての実力を示すものである。FランクとEランクのことを下級冒険者。DランクとCランクを中級冒険者。BランクとAランクを上級冒険者。Sランクを特級冒険者と呼ぶ。この名称が変わる境目では昇級試験がある。

 また、指名依頼や緊急依頼という特別な依頼も存在するが、その説明については割愛させていただく。


 話を戻そう。



「はい、依頼を受けに来たんですけど……。その前に、少しお話したいことがあります。人がいる場所だと話にくいことなんですけど……」

「話……ですか? ……分かりました。裏手にある会議室を使いましょう。ついてきてください」

「ありがとうございます」



 真剣な顔で頼み込むキュウに、シトリは少し考えてからうなずきを返した。そして、受付カウンターから出て、近くにある『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉を開けそこに入っていく。キュウとノルンは少し遅れてそれに続いた。



「よかったな主。すぐに聞いてもらえて」

「そうだね。……それにしても、すっかり忘れてたからなぁ。盗賊のこと」

「やっぱりどこか抜けてるな、主は」

「うるさいよ。てか、ノルンちゃんも忘れてたじゃないか」



 キュウのじとぉ……とした視線から逃れるように、ノルンはそっぽを向いた。

 わざわざ人目を避けてする話というのは、キュウが討伐した盗賊団『毒蠍』のことについてだ。

 盗賊の中でも、強い力を持っていたり、かなりの被害を出している人物には賞金が賭けられる。賞金首と呼ばれるその盗賊を討伐し、その死体を冒険者ギルドに持ち込むと、懸けられた賞金を受け取ることができるのだ。

 『毒蠍』のリーダーであるディーラルも賞金が懸けられている盗賊の一人だった。その戦闘能力と狡猾さから、彼の懸賞金は金貨100枚とかなりのもの。

 キュウが受付カウンターで盗賊討伐の話を持ち出さなかった理由は、盗賊討伐の証拠が『首』だからである。一目のあるところで取り出すのはよろしくないと判断したのだ。

 シトリに案内されたどり着いた部屋は、長机が部屋の中心に置かれ、その周りに椅子が置かれている、いかにも『会議室』といった部屋だった。



「へぇ、こんな風になってるんだー」

「職員会議くらいしか使い道のない部屋ですので、こういう内密な話をするときに使ったりもするんですよ。それでキュウさん、お話とは?」

「うん、実は……」


  

 キュウは盗賊団を討伐した経緯を簡単に説明した。



「……ということなんだ」

「なるほど。事情は分かりました。それで、その討伐した盗賊の死体はどこに……」

「ほい」



 キュウがストレージからディーラルの死体を取り出す。顔面に大きな穴が開いた死体がいきなり現れ、驚いたシトリが「ひっ!?」と短く悲鳴を上げた。



「び、びっくりした……。……って、きゅ、キュウさん? い、今のは【アイテムボックス】ですか?」

「【アイテムボックス】? あーうん、似たようなものだよ。何もないところにものをしまっておけるんだ」

「あ、【アイテムボックス】は伝説の勇者が持っていたとされるスキル……。それと同じものを持っているなんて、すごいです!」

「伝説? そうなの?」

「そうですよ! 時空魔法の一種とか、神代の時代のアーティファクトでしか再現されていない【アイテムボックス】……。それをこの目でみられるなんて!」

「し、シトリさん?」

「……コホン、失礼しました。まずは死体の確認ですね。……間違いないようですね。この死体は、『毒蠍』がリーダー、ディーラルのものです」

「あれ? 今ので分かったんですか?」

「はい、私たち受付嬢は、皆【鑑定】のスキル持ちですから。素材の鑑定なんかも業務に含まれているんですよ?」

「そうなんだー。ねぇねぇノルンちゃん。知ってた? ……ってあれ? ノルンちゃん?」



 感心したようにうなずくキュウがノルンの方を振り向くと、そこには目を見開き、あんぐりと口を開け、驚愕の表情を顔に張り付けて、ディーラルの死体を見ているノルンの姿。

 何をそんなに驚いているの? と不思議そうな顔で小首をかしげるキュウに、ギギギ……というオノマトペが聞こえてきそうな動きで顔を向けたノルンは、思わずといったように言葉を漏らした。



「あ、主……? 【アイテムボックス】なんて隠し玉を持っていたのか? ……というか、なんでそんあ重要なことを、早く言わなかったんだ!」

「え、えぇ……。そう言われても、聞かれなかったし?」

「うっ、そ、それはそうだが……」



 「しょうがないよね?」と、とっても愛らしい笑顔で答えたキュウ。



「くっ……。な、殴りたい、その笑顔……!」



 言い返すことのできなかったノルンは、悔しそうにつぶやき、握りしめた拳を震わせるのだった。

 

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