第8話 少………女?
「おお、ここが冒険者ギルド……。なんだろう、結構普通?」
「当たり前だろう。主は冒険者ギルドをどんな場所だと思っていたのだ?」
「ほら、何というか。こう、いたるところに血痕がこびり付いていたり、中から絶えず怒号が鳴り響いている場所、かな」
「……確かに、冒険者と言えば野蛮なイメージが横行しがちだが、それは極端すぎると思うぞ」
とぼけたことを言う主に、ノルンがため息交じりに反論した。
現在、二人は都市ベルンの冒険者ギルドの前にいた。あの後、都市ベルンまでの道中を、何事もなく進んでいったワーカー率いるオータム商店。まだ日が高いうちに町の門を通ることができた彼らは、もう一度キュウにお礼を言うと、商業区にある本店へと向かっていった。
その時、これもお礼の一環だと、キュウに街のガイドブック的な冊子と、金貨十枚を渡してくれた。冒険者ギルドにはそのガイドブックに備え付けられていた地図を頼りにたどり着いた。
「しかし、すごいなこのガイドブックは。街の情報がこと細やかに書かれているし、絵が使われていて見やすい。紙の質も良いものを使っている。主があのワーカーという商人を買っているのも分かるというものだな」
「仕事一筋を装ってるけど、ワーカーさんって絶対お人好しだよね。盗賊のことだって、言わなきゃ全部ワーカーさんの利益になったのにね」
「いや、それは主が物事を知らなすぎるだけだと思うぞ? 盗賊を殺したら報酬金が出るなんて、常識のはずだ」
「はいはい、僕は常識知らずの田舎者だからねー。だから、頼りにしてるよノルンちゃん」
「ふん、世話の焼ける主だ」
笑いかけてくるキュウに、やれやれといったように返すノルン。だが、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「さて、主よ。冒険者ギルドに来た目的は覚えているな?」
「もちろん。冒険者ギルドに加入することと、あの『毒蠍』とかいうやつらの懸賞金をもらうことでしょ? それくらいは覚えてるって」
「だといいのだが……。主はいろいろと普通じゃないからな」
「えー、ひどいなぁ。僕は普通だよ、ふーつーうー。それを言うなら、ノルンちゃんだってそうじゃない? ここに来るまでの間も、すごく注目されてたし。流石美少女」
キュウがからかうようにノルンの顔を覗き込む。ノルンは何かに耐えるようにキュウの視線を素知らぬ顔で受け止めていたが、徐々にその頬が赤く染まっていく。
「…………くっ、や、やめろ主! は、恥ずかしい………」
「あはは、可愛いー。それそれー」
「あ、頭を撫でるなぁ!」
「「「「「「「ゴホンッ!」」」」」」」
突如、二人の後方から苛立ちを含んだ咳払いが何重にもなって聞こえてきた。ビクッ、と肩を震わせ、恐る恐るそちらの方に振り返ると、そこには剣呑な光を瞳に宿らせた冒険者……特に、男性冒険者の姿があった。
「み、見せつけやがって……」
「ガキのくせにガキのくせにガキのくせにガキのくせに」
「ギルドの前にいるってことは、冒険者志望か……? くくく…、先輩の恐ろしさというものを味合わせてやる……!」
「ハァハァ、お、オデも美少女とイチャイチャしたいお」
「……ん? あれ? 真っ黒い方、あれって……男? ……まぁいいか。この妬ましさ、晴らさずに措くべきかァ!」
嫉妬に狂った男の、狂気に染まった瞳の放つ威圧感に、キュウとノルンは顔を青ざめさせて冒険者ギルドへと急いで入っていくのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バンッ!
冒険者ギルドベルン支部の受付嬢、シトリはギルドの入口が勢いよく開かれた音に反応し、手元の書類に向けていた視線をそちらに移した。
「こ、怖かった……。なんで僕たち、睨まれたのかな?」
「よ、よく分からないが、怖気が走ったぞ……。入口近くで騒いでいたから、邪魔だと思われたのかもな。気を付けなければいけないぞ、主よ」
「いやいや、ノルンちゃんも一緒に騒いでたよね?」
入って来たのは二人。銀髪紅眼の凛とした雰囲気の少女と、黒髪黒眼のどこか儚さを感じさせる中性的な少女だった。二人とも違ったタイプであるが『美少女』と形容できる容姿をしている。シトリはそう二人のことを判断した。
「(珍しいですね。冒険者ギルドに女の子の二人組が来るなんて。友人同士でしょうか?)」
シトリはじゃれあいのようなやり取りをしている二人をひそかに観察しながら、内心でそうひとりごちた。
シトリの言う通り、冒険者ギルドにキュウやノルンのような女の子が来るのはまれである。
冒険者という職業は、一言でいえば『武力を持った何でも屋』である。国、都市、各村々、商店、個人と様々な相手から発注される依頼を達成することが仕事である。
して、その仕事内容は、基本的にある程度の武力を前提としたものばかり。中には『迷子犬の探索』、『建物の修繕』といった平和的な依頼もあるが、全体数から見ればほんの一握りだ。
素材の採集、魔物の討伐、貴族や商隊の護衛。そのどれをとっても、武力が必要になってくる。
つまり、冒険者と武力とは切っても切れない関係なのだ。
そういった面もあり、冒険者は自らの“強さ”を顕示しようとする傾向がある。高い武力を持っているものこそ優れた冒険者である。そんな考えが横行しているのだ。
そのため、一般市民にとって冒険者は『やたらと力を誇示しようとする乱暴者』というイメージがはびこっている。確かに、武力を振りかざして他人に迷惑をかけるような素行の悪い冒険者も存在する。しかし、全員が全員そうであるわけではないのだが……。
冒険者に対して間違った認識をされるのは、冒険者ギルドの職員としてはどうにかしたいとシトリは考えている。だが、そう簡単にいい案が思い付くわけでもなく、現状維持が精一杯といったところだった。
悩ましい……。とシトリはそこまで考えたところで、思考がずれていることに気が付き、いけないいけないと首を振った。
一度思考を中断し、シトリは銀髪の少女と黒髪の少女(?)の観察を続ける。
「おおー、中はこんな風になってるんだ。思ったよりキレイだね」
「ベルンは冒険者の町と呼ばれるくらいだからな。他の小さい町のギルドだと、主の想像通り荒れているところもあるぞ」
「あれ? ノルンちゃんは冒険者ギルドに来たことあるの?」
「ああ、私が奴隷堕ちする前に何度かな。冒険者登録はしたことがないんだが、その……母様が、冒険者だったんだ」
「……そっか。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「いや、主が謝ることじゃない。それに、もう私のなかで折り合いはついているからな」
「うん、なら良かった。……でも、寂しくなっちゃったらすぐに言うんだよ? いつでも慰めてあげるから」
「なっ……! そ、そんな必要はない! 私は子供ではないのだぞ!」
「うんうん、そうだねー」
「くっ……! あ、主! さっさと要件を済ませるぞ!」
「はーい」
とても仲良しさんな二人だが、会話の端々から何やら深刻な事情があることを悟ったシトリ。その視線の中に幾分か同情が混ざる。
「(……よく見ると、銀髪の娘の方は奴隷の首輪をつけてますね。ということは黒髪の娘が主人なのでしょうか? 銀髪の娘が『主』と呼んでいるので、そうなんでしょうけど……。何やら、複雑な事情がありそうですね)」
シトリがそう考えていると、二人はギルドの内装をきょろきょろと眺めながら受付へ向かってくる。近づいてくる二人に、シトリは先んじて声をかけた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。何かご用ですか?」
二人はいきなり話しかけられたことに戸惑ったような表情をしたが、声をかけてきたのがギルド職員であるシトリだと気づくと、口元に笑みを湛えた。
「はい、冒険者登録をしたくて来ました。新規登録はここでできますか?」
黒髪の娘がそう幼さの残る声でシトリに問いかける。シトリはその問いに少しの困惑をにじませながら答えた。
「はい、新規登録の受付はここで間違いありませんが……。冒険者になりたいんですか?」
「はい! ……あの、もしかして冒険者になるのって、何か条件があったりするんですか?」
「い、いえ。そういうわけじゃないのですが……」
シトリは、今一度目の前の少女をじっくりと見やる。
身長は1.5メトルほど。ガラス細工のごとく華奢な体を珍しいデザインの黒衣で覆い、その上から漆黒のコートを羽織っている。コートのサイズが少し大きいのか、指先だけが袖から覗いている様子が大変可愛らしい。
癖のない黒髪は肩あたりまで伸び、そこに収まる小さな顔には、アーモンド形の大きめな瞳と小ぶりな鼻。瑞々しい唇。不安そうに歪められた形の良い眉が奇跡のような配置で並んでいる。肌は処女雪のような白。シミ一つなくきめ細やかなそれは世の女性を嫉妬に狂わせる。
ベルンのあるアステリティア王国では見ないエキゾチックで中性的な容姿は、不思議な魅力を醸し出していた。
「可愛い……」
「え?」
「あ、い、いえ。なんでもありません。でも、貴女みたいな可愛い女の子には、冒険者はあまり向いていないのではないかと……」
「……………………うぅう……ノルンちゃん……」
「く、ぷっ、くくくく……。あ、主よ、そう落ち込むな……く、くくくくっ、あははははははは!」
「わ、笑うなぁ……」
「あ、あの、どうかされましたか?」
シトリが慌てたように言う。黒髪の娘が涙目でがっくりと肩を落とし、銀髪の娘がお腹を抱えながら笑い出したのだ。
笑い過ぎて浮かんできた涙を指でぬぐいながら、銀髪の娘がシトリに声をかけた。
「くくく……。ああ、すまない。受付嬢よ、ここにおわす我が主、キュウはな、男だ」
「………………はい?」
「だから、お・と・こ、だ。こんな見てくれだが、正真正銘の青少年だ。間違えないでやってほしい。………まぁ、気持ちはわかるぞ」
「ノルンちゃん!」
「どうどう、怒るな怒るな。しょうがないだろう? 主がパッと見女の子なのは変わりないんだから、な?」
「なーでーるーなー!」
黒髪の娘……いや、黒髪の少年が、食って掛かる。銀髪の娘はそれを笑いながらのらりくらりと躱し、うりうりと黒髪の少年の頭をなでた。
そんな、主と奴隷とは思えない二人のやり取りなど耳にも入れず、シトリはただただ唖然として、キュウの顔を眺めるのだった。
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