第7話 ノルンとの語らい

「お待たせいたしました、クジョウ様」


 ワーカーに連れられて、馬車から降ろされ、一度別の馬車に連れていかれたノルンがキュウの元へとやってくる。

 ノルンは装いが、簡素な奴隷服から変わっており、今は純白のブラウスと紺のフレアスカート。足元はふくらはぎを覆うソックスに黒のローファーと、お嬢様然とした恰好になっている。首に巻かれた奴隷の証が、なんだかイケナイことをしてるような気分にさせる。湯あみでもしたのか、くすんでいた銀色の髪は見事に輝き、しっとりと濡れている。頬に差した朱色が大変色っぽい。

 その恰好は、ノルンによく似あっていた。ピシッと背筋を伸ばし、強い意志を感じさせる瞳をキュウに向けているその姿は、一枚の絵画として残しておきたいほどである。

 キュウはおめかししたノルンを、頭のてっぺんからつま先までじっくりと眺めると、その隣に真顔で立っているワーカーに、にやにやといやらしい笑みを向けた。

 

「へぇ、可愛くなったじゃないか。ワーカーさん、いい趣味してるね」

「わ、私の意志は一切介入していません! 私の妻が全部やったことですので! ……こ、コホン。では、奴隷契約についての説明をさせていただきます」

「え、ワーカーさん結婚してたんだ。奥さんどんな人?」

「私の妻は、それはそれは素晴らしい女性でして。容姿は華のように美しく、家事は完璧。仕事で疲れた私をいつも優しく癒してくれます。…………って、何を言わせるんですかっ」

「いや、そこまで聞く気はなかったかな、うん」


 に~やにやしながら「ごちそうさま」というキュウ。とても楽しそうだ。


 ワーカーはもう一度「ゴホンッ」と咳払いをすると、キュウの視線を黙殺し、本来の目的に戻る。


「で、では、奴隷契約の説明をさせていただきます、奴隷契約は、奴隷の首に巻かれた『奴隷の首輪』に契約者の魔力を登録することで完了します。契約下に置かれた奴隷は、契約者を害する行為ができなくなります。また、契約者の命令には絶対順守する呪いがかかっています。スキルや魔法の仕様も、現在は不可能です。魔力の登録は、契約者の血を奴隷の首輪に付着させてください」

「わかった。なんか刃物とかある?」

「こちらをお使いください。血が一定量出ると治癒魔法をかける効果を持つナイフ形の魔剣です」


 ワーカーの言葉に従い、差し出されたナイフで親指の先を切ると、滲みだした血をノルンの首輪にこすりつけた。すると、首輪の表面に一瞬だけ魔法陣が表れ、消えた。

 指を確認してみると、傷口はさっぱり無くなっていた。魔法すごいと、今更ながらに感心するキュウ。


「これでいいの?」

「はい。これで、ノルンはあなたの正式な奴隷となりました。どうか、可愛がってやってください」

「わかったよ。それにしても、ワーカーさんはずいぶんと奴隷を大切にするんだね? どうして?」


 それは、キュウが奴隷の乗る馬車を見た時に感じたことだ。奴隷、と聞くと、人としての尊厳を奪われ、物のような扱いを受ける。キュウはそう考えていたし、キュウの頭にインプットされている奴隷の知識にもそう書かれている。

 しかし、ワーカーが扱っている奴隷は、汚れてはいたが、どれも健康状態はよく、やせ細ったものもいなかった。もちろんのように、暴行の痕などはない。

 興味深そうにそう問いかけるキュウに、ワーカーは少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。


「なに、簡単なことです。私は商人なんですから、自分が扱う商品を大切にするのは当たり前でしょう? 健康な奴隷と不健康な奴隷。どちらの方がより利益になるかなんてわかり切っていますから」

「なるなる。ワーカーさんは、根っからの商人ってことだね。ところで、ワーカーさんの商店は、この先のベルンってとこにあるんだよね?」

「はい。そうですが……。それが何か?」

「だったら、当分の拠点をベルンにしようかなって。知ってる人がいる場所のほうが、何かと便利だからね」

「それはそれは……。何か、ご入用の商品がありましたら、ぜひとも我が商店へ。店員一同でお出迎えさせていただきます」


 そういって、丁寧に頭を下げるワーカー。


「うん、よろしくね」


 顔を上げたワーカーに、キュウは嬉しそうに笑いかけるのだった。






◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 


「さて、ほっといちゃってごめんね、ノルンちゃん」

「……いえ、大丈夫です」


 キュウは、ノルンと共にワーカーが用意してくれた馬車に揺られていた。車内には二人が向かい合って座っており、他には誰もいない。

 キュウが「ちょっとノルンちゃんと話したいことがあるんだ」というと、気を利かせてくれたワーカーが、こうして場をセッティングしてくれたのだ。

 キュウは、ニコニコと笑顔を浮かべながら正面のノルンを見ており、ノルンはその視線が気になるのか、少し落ち着かなさそうなそぶりを見せている。


「まずは、自己紹介から始めようか。僕はキュウ=クジョウ。今日から、君のご主人様になりました。よろしくね?」

「……ノルンです。ご主人様のご意向に沿えるよう精一杯頑張らせていただきます」


 そう、堅苦しい口調と抑揚のない感情を殺した声で言うノルン。その様子はまるで、鋼鉄製の仮面をかぶっているようだ。


「ああ、そう言うのいいから。君が抱え込んでる秘密みたいなものは、大体わかってるからね。半吸血鬼ダムピールちゃん?」

「っ!! ど、どうして貴様がそれを知っている!?」


 だが、キュウの一言で、いとも簡単に仮面ははずれ、その下のノルンの本当の顔があらわになる。強い警戒と射抜くような視線がキュウへと注がれる。


「さて、どうしてだろうね? どうしてだと思う?」

「茶化すな! まさか貴様、教会の手の者か!?」


 ノルンの発した言葉に、表情には全く出さずに反応するキュウ。教会、という言葉を脳にインプットして置き、話を続ける。


「ふふっ。じゃあ、ここからは腹を割って話そうか。ノルンちゃん、『今から、直接危害を加える行為以外のすべてを許可する』」

「……何? ふざけているのか? 私が半吸血鬼ダムピールだと知ってその命令を出すなど、何を考えている? ……まぁいい。その慢心を後悔するんだな!」


 言うや否や、ノルンの瞳が妖し気に光る。直後、キュウは自分の意識が何かに塗り替えられていくような感覚を感じ、次の瞬間にはその感覚は打ち消されていた。神製体が外部からの悪意ある干渉を自動でレジストしたのだ。


「なッ! む、無効化された……だと?」

「残念でした。ノルンちゃんの【魅了】は、僕には効かないみたいだね」

「……まさか貴様、私のステータスが見えているのか?」

「ご名答、ノルン=アルジェントちゃん」


 キュウがノルンのことをフルネームで呼ぶと、ノルンは不機嫌そうな顔でキュウを睨みつける。


「最初から、全て貴様の手のひらの上だったということか。……貴様は何の目的で私を選んだ? ステータスが見えているなら、私のような存在を手元に置こうなど考えるはずがない。よもや、半吸血鬼ダムピールが人族の間で迫害種族であることを知らないはずがないな?」

「目的……? うーん、言われてみれば、なんでだろ?」


 キュウのあっけらかんとした言葉に、奇妙な沈黙がその場を支配した。ノルンはハトが豆鉄砲を喰らったような顔で、きょとんとしているキュウを見つめている。


「………………………」

「……………………?」


 互いに、なんとなく何も言えず、お見合い状態がしばし続いた。

 その沈黙を破ったのは、何とか、といった様子で言葉をひねり出したノルンだった。


「……じゃ、じゃあ、貴様は特に何の目的もなく、私を選んだということか? この、面倒ごとの塊のような私を?」

「紹介された奴隷の中で一番の実力者で、一番かわいくて、一番面白そうな人を選んだ結果だけど?」

「か、可愛いだと……。って、面白そうとはどう言うことだ!」

「えー、だって。ワーカーさんに自分の人族だと思い込ませることができて、苗字を持ってるってことは貴族とかそれに準ずる存在ってことでしょう? 【礼儀作法】なんてスキルも持ってたし。そんな人が奴隷になってるなんて、これは絶対何かあるって思ってさ」


 キュウの回答に頭を抱えてうずくまるノルン。きっと、彼女の中の常識とかそう言ったものが激しく抗議の声を上げているのだろう。

 しばらくして復活したノルンは、とても疲れた顔をしていた。

 そんなノルンに、キュウがさらなる爆弾を放り込む。


「そうだな……。たぶん、僕は君に惚れたんだと思う」

「なっ……」


 ド直球に放たれたキュウの言葉に、思わず頬を赤らめてしまうノルン。


「ほ、ほほほ惚れたって……き、貴様……どういう……」

「ん? そのまんまの意味。僕は君がほしかったから、君をもらった。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「あ、あうう……」


 真っ赤になった顔を両手で隠し、うめき声をあげるノルン。どこまでもまっすぐなキュウの視線に射抜かれ、さっきまでの勢いはすっかり鳴りを潜めている。


「だから、そんなに警戒しないでほしいな。僕は君の敵になるつもりはない。それに、君は何か、やりたいこと……いや、やらなきゃいけないことがあるんじゃないかな?」

「……どうして、そう思ったんだ?」

「あの、奴隷の馬車の中で、君の瞳だけは絶望してなかった。奴隷になっても、あきらめることのできない何かがあるんでしょ? あれだけ自己主張されたらいやでも気づくよ」

「……ああ、その通りだ。私には、成し遂げなければいけないことがある」


 顔を覆っていた手を外し、そうつぶやいたノルンの瞳は、暗く燃え滾る焔を宿していた。それは、何者かに向けられた強い、殺意。

 

「……復讐、かな。ノルンちゃんの、成し遂げなければならないことって」

「そうだ。私が、この手で直接、生まれたことを後悔させて、全ての尊厳を踏みにじって、恐怖と絶望のどん底に叩き落してから、苦しませて苦しませて殺したい相手がいる」

「………………」


 そこに込められている憎悪は計り知れない。身を焦がすほどの憤怒と凍てつくような殺意が混じりあい、ノルンの心象は地獄と化していた。

 無言でその話しを聞いているキュウに、ノルンは憎悪に浸った表情を自嘲に変え、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにつぶやく。


「だから、私は貴様を利用しようと思ったのだ。【魅了】を使ってな。どうだ? 私は所詮、私怨に溺れる復讐鬼にすぎん。こんな私をそばに置いておきたいと、本当に思うか?」

「………………」

「悪いが、私は貴様が言ったような人間ではないんだ。この復讐だって、誰かのためのものなんかじゃない。ただ、私が憎いから殺したいだけなんだ」


 私なんかに構うな。そう言外に告げるノルン。


「そっか、そうだったんだ」

「分かったか? なら、早くあの奴隷商に言って他の奴隷に変えてもらうなり……」

「うん、わかったよ。僕がノルンちゃんに惚れた理由ワケが」


 そう、楽し気に言い放ったキュウに、ノルンは一瞬、あっけにとられたような顔をし、すぐに剣吞な視線をキュウに向けた。


「貴様、私の話しを聞いていなかったのか? 私は……」

「復讐に身を費やす、馬鹿でアホで愚かでどうしようもないヤツ、って言いたいんでしょ?」

「…………そこまでは言っていない」

「そう? まぁいいや。でもさ、復讐が悪いことだなんて、僕は思わないけど?」

「え?」


 目を見開くノルン。


「殺したいほど憎いヤツがいる。だから、そいつを苦しめて苦しめて苦しめまくってから殺したい。それの何がいけないの? 僕だって、殺したほど憎んでたヤツなんて両手の数じゃ足りないくらいいたよ。僕に力があれば、確実に殺していたであろうヤツがね。でも、いつしかあきらめてた。あきらめて、恨みも憎しみを忘れようとしていた。ノルンちゃんは、復讐をあきらめられそう?」

「……いや、無理だ。そんなことは死んでもごめんだ」

「だから、僕は君に惹かれたんだ。『絶対にあきらめてやるもんか』って、心の底から思ってるんでしょ? 僕には到底無理だったことを、君はやってのけようとしてるんだ。そこに痺れるし、憧れる」

「で、でも私は貴方を利用しようと……」


 キュウの言葉が受け入れられないノルンが、なおも言いつのろうとするが、それは純粋に自分ノルンをまぶしそうに見ているキュウの視線に遮られた。


「いいじゃん。他人をどれだけ利用したって。譲れないもののためならなんだってする。それのどこがいけないのさ。ノルンちゃんは、何も悪くない」

「……ッ」


 息をのむノルン。キュウは優し気に、それでいて悪戯っぽく微笑むと、ノルンに手を差し出した。


「僕に、君の復讐劇を見せてくれ。ここに誓え、『どんなことをしても、君の復讐を完遂させろ』」

「…………わかった。必ずや、その指令を果たして見せる。だから、覚悟してくれ。私は貴方のことも容赦なく使わせてもらう」


 キュウの命令で、ノルンの中にある迷いは完全に消え去った。恭しく一礼すると、顔を上げ、キュウに向かって不敵に微笑んで見せる。


「よろしく頼むぞ、我が主」

「楽しみにしてるよ、ノルン」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る