第6話 奴隷の少女
盗賊団『毒蠍』のリーダー、ディーラル率いる一団を殲滅したキュウは、商隊の副代表の男から礼を受けていた。
「た、助かりました! 本当に……なんとお礼を言っていいのやら。とにかく、ありがとうございました!」
「いいよいいよ。僕にとっても都合がよかったからね」
「都合がいい?」
「あ、ううん。こっちの話。それで、死んじゃった冒険者たち以外に、怪我した人とかはいない?」
「はい、代表が意識を取り戻さないくらいですが……。アイツはあのままでいいでしょう」
アイツ呼ばわりされている商隊の代表は、ズボンを汚したままの状態で、地面に転がされており、誰も彼を助けようとはしなかった。盗賊に殺されそうになっていたとはいえ、おなじ商隊の人間を売ろうとしたのだ。彼の居場所は、すでに商隊の中に存在しないだろう。
「あ、申し遅れました。私は都市ベルンに本店を構える、オータム商店副代表のワーカーと言います」
「キュウ=クジョウだよ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。あの、一つお聞きしたいのですが、クジョウ様は貴族なのですか?」
「ううん、どこにでもいる普通の一般人です。なんでそう思ったの?」
「いえ、アステリティア王国国民で苗字を持っているのは、王族と貴族だけですから。それと、クジョウ様が一般人を名乗るのは、一般人を自負する私としてはちょっと……」
「へぇ、そうなんだ。……僕は、ここからずっと離れたところに住んでたんだけど、そこでいろいろと問題が起きたんだ。で、その結果、僕は遠くに飛ばされることになった。転移魔法でこのあたりの森に飛ばされたあと、ワーカーさんたちが襲われてるのを発見して、助けに入った。ってわけ」
ずっと離れたところ→異世界。いろいろな問題→虐められたり殺されたり。その結果、遠くに飛ばされる→異世界転移。
嘘は一切言っていないが、重要なことは何一つ言っていないキュウの説明に、すっかり騙されているワーカーは、「なるほど、それは大変でしたね」と、同情的な態度をとっている。
「と、いうことは、クジョウ様もベルンに行くんですか?」
「ベルン、というのがどこかはわからないけど……。とりあえず、町とかに行って仕事を探そうと思ってる。武器以外は何も持たしてくれなかったからさ、今の僕は一文無しなのです」
「クジョウ様の実力があれば、すぐにでも高名な冒険者になれると思いますよ。それはそれとして、クジョウ様。私共オータム商店は、このたび、クジョウ様に命を救ってもらいました。つきましては、その御恩に報いたいのです」
「そんな、大げさだよ。僕は、僕のためにあいつらを殺しただけなんだから」
「いえ、たとえそうでも、私たちが恩を感じているという事実は変わりません。これは、私たちがしたいからするのです」
「……うん、じゃあ、ありがたく貰っとくよ」
と、遠慮などと殊勝な態度をとっているが、その内面ではゲッスい顔で「計画通り」と笑うキュウ。それに全く気づかないワーカーは、安心したように笑顔を受かべ、頭を下げた。
「では、クジョウ様。こちらの中から、好きな商品をお選びください」
「うん、わかったよ。…………それにしても、商品、ね」
キュウが案内されたのは、やはりというべきか、奴隷を乗せた馬車だった。車体には鉄格子がはめられており、中には簡素な衣服に身を包み、首に黒色の首輪を巻いている奴隷たちが十数人いた。
余談ではあるが、キュウが最初に案内された馬車に乗っていたのは、『男の愛玩奴隷』。固まった笑みを浮かべながら、「ねぇ、僕、男、だよ?」とつぶやいたキュウに、ワーカーが土下座する勢いで頭を下げるという出来事があった。
その反省を踏まえてか、今回の馬車には女の奴隷しか乗っていなかった。しかも全員がまだ少女と呼べる年齢ばかりで、なおかつ一定以上の容姿を誇っている。完全に「そういう目的」のための奴隷だと一目で理解できる。
「ねぇねぇ、ワーカーさん。奴隷はどんな人たちがなるの?」
「そうですね……。まず、借金が返せなくなったりしたものがなる借金奴隷。犯罪を犯したものがその罪で奴隷におとされる犯罪奴隷。口減らしなどの目的で売られる一般奴隷。あとは、非合法な手段で連れてこられる違法奴隷ですかね。もちろん、うちの商店では最初の三つしか扱っていませんよ?」
「もしかして、疑ってる?」という視線を向けてくるワーカーに、「そんなことないよ」と手を横に振ってこたえるキュウ。さっきの質問は、ただの興味本位。キュウの眼前に広がる光景が、この世界で最も底辺に近い場所なのだろう。そこに堕ちる理由を知りたかっただけだ。
奴隷たちは、誰もが光を失った瞳で、どこでもないところを見ている。キュウは、彼女たちのその瞳に見覚えがあった。
―――――僕と、おなじ目をしてる。
地球での日々。毎日が地獄で絶望で、辛くて辛くて心が動かなくなる。そんなときに鏡に映る自分は、こんな目をしていた。
キュウは、そんなことを考えている自分に気づき、苦笑を漏らす。すでに自分は、あの地獄から解放されているのだ。それなのに、こうしてふとしたことで思い出してしまう。それは、キュウ自身が心のどこかでまだ、あの日々を忘れることができていない何よりの証拠だ。
「……ん?」
そんな、過去を思い出させる光景の中で、ある一点だけが違って見えた。興味を持ったキュウは、その場所に注目する。
そこにいたのは、見事な銀色の髪を持つ少女だった。薄汚れていながらも、元の輝きの鱗片をのぞかせる美貌。
しかし、キュウが注目したのは、見事な銀髪でも、整った容姿でもなく、キュウを見つめる両の眼。
少女の目は、決して死んでなどいない。二つの
「私を選べ」。そう、言葉にしないメッセージを少女から受け取ったキュウは、少女を対象にして【鑑定眼】を発動させた。
「………っ。……ふぅん」
その結果に目を見開き、そして、愉し気な笑みを口元に浮かべる。
「ワーカーさん。あの銀髪の娘。僕、あの娘がほしいな」
「ほう、流石はクジョウ様。お目がお高い。今回の商品の中でも一番の目玉ですよ」
「そうなの? まぁ、確かに可愛い娘だね。それで、あの娘はどんな娘なのかな?」
「はい、彼女の名はノルン。十四歳の人族です。もちろん処女ですので、ご安心ください」
「ふふっ……。うんうん、ますます気に入ったよ。じゃ、ノルンでお願いね」
ワーカーの言葉に、こらえきれないように声に出して笑ったキュウ。キュウが見たノルンのステータスは、こうなっていた。
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[ステータス]
名前:ノルン=アルジェント 年齢:14 性別:女 種族:
保有魔力量:8,000
スキル:【魔纏】【中級剣術】【中級風属性魔法】【吸血】【魅了】【不老】【再生】【礼儀作法】
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いろいろとツッコミどころの多いステータス。何やら訳ありなのは一目瞭然だった。
ノルンを引き取るということは、そこについてくる厄介ごとなども一緒に引き取るということだ。しかし、キュウはそれをすべて自覚したうえで、
「楽しみ」
そうつぶやいて、笑みを深めるのだった。
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