第5話 一方的な戦い

 その子供―――キュウは、まるで世間話をするかのような気安さでそう問いかけてきた。きわめて日常的で普通なその態度は、この場においては誰よりも異質だった。

 驚きに誰もが言葉を失っている中、当の子供は不思議そうに小首をかしげた。


「あれ? もしかして誰も道知らないの? みんな迷子なの? いい大人がみっともないなぁ」


 自分だけが助かろうとした代表者の男がかわいく思えるほどに、利己的なキュウの言葉。いち早く驚きから復活したディーラルが、強い警戒をにじませながら、口を開いた。


「…………てめぇ、何者だ? 魔物の類か?」

「僕が魔物? あははっ、おじさん面白いこと言うね。でもさ、そんなわけないでしょ? 少し考えればわかることだよね? もしかしておじさんって、馬鹿? 馬鹿なの? おじさんの周りにいる柄の悪奴らも、馬鹿仲間なのかな」

「調子に乗ってんじゃねぇ! 俺らは悪名高き盗賊団、『毒蠍』だ!」

「『毒蠍』? ……うわ、だっさ」

「………………………………………」


 ディーラルが無言でバトルアックスの柄を握りしめた。ミシミシと音が鳴るほどにちからが込められており、全身から吹き上がる怒気で景色が歪んでいると錯覚しそうになる。

 ディーラルの怒りに呼応するように、『毒蠍』の団員たちもそれぞれ武器を構え、空中のキュウを睨みつける。


 それを見て、内心で「かかった!」ほくそ笑んだキュウ。

 実は、今までの挑発的な発言は、多少の本音は混じっていたが、おおむね演技なのだ。なぜこんな真似をしたのかというと、マップで人の集団が別の集団に襲われているのを見つけたキュウは、「これ、襲われている方を助けたら、お礼とかもらえるんじゃないかな?」と考えた。神剣と神装という強力無比な武具はあっても、キュウは一文無し。もし、町に入る時に税金がいるなんてことになったら、それはもう困ってしまう。キュウは、自分勝手に生きると決めたが、正当に定められたルールを無視するようなクズになるのは嫌だったのだ。


 そして、マップに従ってこの場に急行し、タイミングを計って、一番恩を売れる場面で声をかけた、ということなのだ。ちなみに、今も発動してる空中浮遊は、【重力魔法】によって自分にかかる重力を操作して空を飛ぶもの。名を【黒翼飛翔ヤタガラス】という。


 盗賊団『毒蠍』のヘイトを自分に向けることは成功したキュウは、自分に怒りと殺意の視線を向けてくる彼らを一瞥すると、ニコッ、と無邪気な笑みを浮かべ、


「あれあれ? もしかして怒っちゃった? 僕みたいなオコサマにちょっと凹まされたくらいで、大の大人が怒っちゃうの? ねぇねぇ、それでホントにいいのかな? えっと………『毒リンゴ』の皆さん?」


 盛大に、燃え盛る火炎に大量の油を注ぎ込んだ。


「………ガキ、よほど殺されてェみたいだな……。いいぜ、お望み通り…………ぐちゃぐちゃになるまで叩き潰してやらァ!!!」


 ディーラルの怒号に続いて、「ヤロウ、ぶっ殺してやる!」、「血祭に上げてやんよォ!!」、「ひーさびさにぃ……キレちまったぜェ……」と『毒蠍』の団員たちから、濃厚な殺気が物騒な言葉と共に、キュウへとプレゼントされる。


 キュウは向けられる殺気を気にも留めず、変わらぬ笑みを浮かべたままだ。それが、ディーラルたちの神経を逆なでする。


「ジット! まずはあのガキを地べたに引き摺り下ろせ!」

「分かったぜリーダー! 【我求むは岩石の投槍、我が敵を貫き其の威を示せ。ロックジャベリン】!」


 盗賊の一人が放った地属性の魔法、鋭く尖った岩石の投げ槍で攻撃する【ロックジャベリン】が三本、空中のキュウに襲い掛かった。キュウの上と左右を狙って放たれた岩石の投げ槍を、地面に降りることで回避する。


「ハァアアアアアッ!!」

「ゼヤァアアアアアア!!」


 キュウが地面に着地した瞬間を狙って、剣を構えた二人の盗賊が斬撃を繰り出す。さらに、後方からは弓を構えた盗賊が、矢をつがえいつでも矢が放てる状態で待機している。


 魔法を使い行動を制限。その隙をついての挟撃。後方には弓兵を配置。


 確実に対象を殺すために作られた作戦と、それを正確無比に決めて見せる連携は、『毒蠍』を一介の盗賊とは格別したものにした確かな要因だろう。『毒蠍』の団員たちの戦闘力を冒険者のランクに当てはめれば、DかCとそこまで高いわけではない。一人一人が自分の役割を忠実にこなすことによって、これまで、格上の相手だろうと仕留めてきた。

 ましてや、今回の相手は近接戦闘などまるでできなさそうな、華奢な子供。空中浮遊などという高度な魔法を使ってはいたが、自分たちの土俵に上げてしまえば、簡単に殺せる。『毒蠍』の団員たちはディーラルも含め、全員がそう確信していた。


 いや、確信してしまっていたのだ。


「それっ」


 そんな、軽い気合と共に放たれた横薙ぎの斬撃が、挟撃を仕掛けた二人の盗賊を、剣ごと両断する。キュウの手にはいつの間にか取りだされたチェルノボグが握られていた。

 

「なっ! い、いったいどこから……」

「どこからだろうね?」


 仲間が一瞬で斬り捨てられたことに驚き、つぶやきを漏らした弓兵は、その言葉に返事が返って来たことに叫びをあげそうになった。弓兵の耳元で囁かれた声音は、散々に自分たちをけなしていた声。

 とっさに、転げまわるようにしてその場を離れた弓兵は、さっきまでキュウがいたはずのところに視線を向ける。そこには、上半身と下半身が泣き別れている仲間が沈んでいるだけだった。

 すぐさま自分が立っていたところに視線を移す。当たり前のようにそこに立っていたキュウ。キュウは弓兵との彼我の距離、およそ十メートルを一秒足らずで喰らったのだ。


「あ、あの一瞬で!? 貴様、何をした!?」

「あはは。なんだろうね、どうやったんだろうね? 不思議でしょ? そうやって何もわからずに死にになよ」


 弓兵が矢を放つよりも速く、その首をチェルノボグではねた。斬り飛ばされた弓兵の首が、他の盗賊の足元に転がった。


 ドサッ、と弓兵の体が地面に倒れる。その音でようやく我に返った『毒蠍』の団員たち。


(な、なんだ? なんなんだ、あのガキは! あの剣はどこから出した? どうやってあんなに速く動いたんだ? ……クソッ、こんなところで、死んでたまるか)

 

 キュウを魔法しか能のない子供だと侮った結果、瞬く間に三人の仲間を殺されてしまった。自分の身長以上もある両手剣を持ちながら、目にもとまらぬ速度で動いたキュウを化物レベルの敵だと認識したディーラルは、十分に警戒しながら徐々に包囲網を形成するよう、ハンドサインで団員たちに指示を出した。ディーラルの指示に素早く反応し、団員たちは動き始める。


 包囲されていることに気づいていたキュウは、完全に盗賊たちの包囲が完了するまで、その動きを静観した。


「チッ、ずいぶんと余裕ぶっこいてるじゃねぇか、化物よぉ」

「えー、化物はひどいなぁ。ただ単に、おじさんのお仲間さんが弱かっただけでしょ? それを僕のせいにされてもねぇ」


 クスクスと、馬鹿にしたように微笑むキュウ。だが、一度警戒態勢に入った『毒蠍』の団員たちは、挑発に乗ることなく、油断なくキュウの一挙一動に注意を払っている。


「……はぁ、なんだ。まーた猪みたいに突っ込んでくるかと思ったのに。まぁ、これ以上相手をするのも面倒だし、さっさと終わらせよっか」


 キュウはつまらなそうにため息を吐くと、発動しっぱなしにしておいた【黒翼飛翔ヤタガラス】で空中に浮かび上がる。そして、おもむろに手にしていたチェルノボグを投擲した。


「【……我が意にしたぐぴゃぁ!」


 ギュルルッ! と高速回転しながら飛翔したチェルノボグは、魔法の呪文詠唱に入っていた、ジットと呼ばれていた男の顔面を斬り裂き、地面に突き刺さった。

 現在、この場にいる『毒蠍』の団員の人数は、キュウに殺された者も入れて十二人。その中で、遠距離攻撃手段を持っているのは、弓兵の男とジットだけ。もう、彼らに空中のキュウを攻撃する手段はない。

 悠々と安全地帯に浮かぶキュウは、右手を高らかに掲げ、呪文詠唱を開始する。


「【星の楔よ、天の戒めよ。其れは世界が定めし法則にして、万物に架せられるもの。其の威を我に示すべく、我が敵になにより重き懲罰を与えよ。不可視の断罪オーバー・プレッシャー】」


 掲げた右手を、地面に叩き付けるようにして振り下ろす。魔法が発動し、キュウを中心とした半径約十五メートル内の重力が百倍になる。『毒蠍』の団員たちは全員が地面に押し付けられ、重圧に全身の骨という骨を砕かれ絶命した。


 その中で、唯一重圧に絶えていたのがディーラルだった。全身から魔力をほとばしらせ、身体能力を強化し、バトルアックスを支えにして重力に抗っている。

 だが、そんな抵抗は無駄でしかなかった。百倍の重力の中でも、普段通りに動いて地面に降り立ち、普段通りの足取りでチェルノボグを回収したキュウは、必死の形相を浮かべるディーラルの前に立ち、にっこりと微笑みを浮かべ、バイバイと小さく手を振った。


「じゃあね、おじさん」


 迫ってくる漆黒の大剣の切っ先。だが、ディーラルにとっては、その前に見たキュウの無邪気な笑顔のほうが、何倍も恐ろしいものに感じたのだった。

 

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