第3話 ステータス

「ステータスオープン」


 場所は変わらず、森の広場。キュウはさっそくとばかりにステータスウィンドウを展開させた。呪文詠唱と同時に、キュウの目の前に半透明で厚みのない板のようなものが表れる。ノートほどの大きさのそれにはこう書かれていた。



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[ステータス]

名前:キュウ=クジョウ 年齢:15 性別:男 種族:人族型神製体

魔力保有量:1,500,000

スキル:【重力魔法】【鑑定眼】

[マップ]

[ストレージ]

『神剣チェルノボグ』『神装星無ノ夜』

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(授けられた力って言うのが【重力魔法】で、武器がチェルノボグ。星無ノ夜は……防具か? とりあえず取り出してみよう)


 キュウは、まるで前から知っていたかのように、スムーズにステータスウィンドウを操作すると、ストレージから神剣と神装を取り出した。


 神剣チェルノボグは、全長が1.8メートル。刀身が1.5メートルほどの幅広な両手剣。重量をもって叩き斬るための形状をしているが、諸刃になっている刃は、うすら寒ささえ覚えるほど鋭利だ。深淵が如く光を飲み込む漆黒の刀身には血色の装飾が施されており、鍔は無く、柄は刀身と同じく漆黒。身長160センチのキュウに持てるかどうか怪しい大剣だったが、見た目に反して片手でも持てる程度の重さだった。

 チェルノボグの柄を両手で握りしめた瞬間、キュウの頭の中にこの剣の持つ能力の情報が流れ込んでくる。チェルノボグは魔力を流すことで刀身に黒色の瘴気をまとい、その瘴気は振れたものの耐久力を著しく下げる。その効果は魔法にも影響し、魔法を「斬る」というよりは「掻き消す」ことができるらしい。瘴気を出さずとも魔力を流すことで剣としての性能が上昇する。逆に、斬れ味を意図的に落とし、非殺傷用としても使用可能だ。また、神剣の名に恥じず、不壊属性付き、使用者以外は触れることすらできない(ただし、例外として使用者が認めた場合は他人でも触れることができる)。一定距離使用者から離れると、自動的にストレージ内に戻ってくる。使用者が感じる重量は、使用者の身体能力に適したものになる、当の能力がある。


 神装星無ノ夜は深夜の闇を凝縮したかのような色をしたひざ丈のコート。シンプルで機能的なデザインは、キュウの趣味によく合っている。羽織ってみると、自動的にサイズが調整され、キュウがもっとも着心地の良いサイズになった。

 これも、着ることで神装としての能力がキュウの頭の中に流れ込んできた。耐物理、耐魔法防御共に優れ、魔力を流すことでその性能が向上する。不壊属性はもちろん、不汚属性付きで洗濯いらずの代物だ。また、コートの下に着ている服にある程度の防御力と不汚属性を付けることができるので、これ一枚で他の防具はいらなくなってしまう。外の環境と使用者の環境を切り離し、常に快適に過ごすことが可能。


 神剣と神装を装備すると、それだけである種の万能感に包まれたような感覚に陥った。自分が最強の存在になったかのような万能感。これに囚われるのはまずいと、とっさに心を落ち着ける。


(……調子に乗るな、僕。今まで、ずっと弱かったんだ。この程度で最強なんて自惚れもいいところだぞ?)


 慢心厳禁、と自分に言い聞かせ、そんな考えを断ち切るよう、剣道で言うところの正眼のように構えたチェルノボグを、真上に振り上げ、振り下ろす。漆黒の刀身が宙に線を描き、ビュンッ、と風切り音が鳴る。

 唐竹に振り下ろした神剣は、地面すれすれでぴたりと停止。風圧で切っ先の下の地面から砂が舞った。

 

「………………あれ?」


 剣を振り上げ、振り下ろす。その一連の動作にどこか違和感を覚えたキュウは、不思議そうに首を傾げた。

 違和感の正体を暴こうと、今度は連続で神剣を振るってみることに。もう一度唐竹から始まり、袈裟、逆袈裟、薙ぎ払いからつなげるようにして、切り上げ。

 何度もチェルノボグを素振りしているうちに、感じてた違和感の正体がわかって来た。


(うん、やっぱり……。出来過ぎてる。剣なんて、握ったこともないのに、どうしてだろう? これも神製体とかになった影響なのかな?)


 そう、上手くいきすぎているのだ。剣の握り方、斬撃を繰り出すときの体捌き、斬撃から斬撃につなげる動き。それは、どう見ても一定の訓練を積んだものの動きだった。

 これは、神製体のポテンシャルと、死神がこの体を創り出すときに脳に直接インストールした知識の中に、剣術の情報があったことが関係している。知識だけとはいえ、脳に刻み込まれた情報は、無意識下でキュウの体を動かしていたのだ。


 強力な武具、それを扱う知識。なんだか、ものっそいいたれつくせりだなぁ、と苦笑するキュウ。だが、よくよく考えてみると、自分の境遇は、それほどたいそうなものを同情で渡されるほどに酷いものだったのかと考えると、もう乾いた笑いしか出てこなかった。


(は、はは、はははは………はぁ。このことを考えるのはやめよう。いつまでも囚われてたら、きっとダメになる)


 気を取り直して、キュウは【重力魔法】を使ってみることにした。魔法が空想の産物である世界にいたキュウにとって、魔法が使えるということは否応なしにテンションが上がっていく。


(魔法、魔法かぁ……。でも、使い方とか、どうしたらいいのか…………って、あれ? 魔法の使い方、わかるんだけど? すでにインプット済みだったのか)


 まぁ、これも死神さんのおかげだろうと、キュウは心中でしっかりと感謝の念を捧げた。


 魔法。それは魔力を用いて世界に干渉する御業。スキルという形で、魔法が発現しているものだけが使うことができる、選ばれし者の力。

 魔法には属性というものが存在しており、基本属性は炎、水、地、風の四つ。派生属性が水の派生で氷。風の派生で雷だ。そして二大属性と呼ばれる聖属性と闇属性。この八つの属性の魔法を、【〇属性魔法】と呼ぶ。


 魔法の発動に必要な要素は三つ。魔力、明確なイメージ、そして詠唱。魔力を練り上げ、起こしたい現象を鮮明かつ詳細にイメージし、それに合わせた詠唱を行うことで魔法は発動する。例えば、炎属性の魔法なら、【火炎よ、矢となりて我が敵を穿て。フレイムアロー】といったように。


 また、精霊という上位存在の力を借りて行使する【精霊魔法】。魔導式によって世界に干渉する【魔術】なども存在している。


 そして、キュウの持つ【重力魔法】。これは固有魔法と呼ばれる魔法である。固有魔法は、その時代に使い手が一人しか存在しない魔法であり、世界でも数名しかその存在は確認されていない。固有魔法はそのどれもが強力無比であり、他の魔法とはあらゆる面で一線を画す。


 【重力魔法】はその名の通り、重力を操る魔法である。『重さ』を重くしたり軽くしたり。何倍にも増幅した重力で押しつぶしたり。自分にかかる重力をなくして空を飛んだり。重力と関係する現象なら、イメージの限り発動することができる。


 キュウはさっそくとばかりに、試行を始めた。まず、自分に内包された魔力を感じ取るところから開始する。

 目を閉じ、姿勢を整えて、自分の体の内側に意識を向ける。しばらくそうしていると、下腹部のあたり、所謂、丹田の場所に覚えのない暖かなものの存在を感じた。そこに溜まっている暖かなもの、魔力をくみ上げる。


 込みあがってくる魔力を感じながら、今度はイメージを思い浮かべる。想像するは、加重の魔法。指定した範囲内の重力をおよそ十倍に引き上げる魔法だ。目に見えない重力というものをイメージするのは、本来難易度が高い。だが、キュウの体は神製体。そこに宿るポテンシャルは、容易にそれを可能にする。


 そして、十分に固まったイメージを、言霊に変換。


 

 詠唱、開始。

 


「【星の楔、不可視の鎖。重き戒めの束縛あれ】」


 キュウの口から紡がれる呪文と共に、魔力が昂ぶっていく。手加減なしに込められた魔力がキュウの周りで飽和し、周囲に圧をまき散らした。キュウは右腕をまっすぐ突き出し、開いた手のひらを下に向け、思いっきり振り下ろした。

 

「【重の枷グラビティ・ケージ】」


 最後の呪文が、世界に改変をもたらす。キュウの立っている位置から、前方に十メートルほど離れた位置の地面が、ズンッ、という音を立てて陥没した。キュウが振り下ろした手のひらをさらに下げると、地面の陥没が深くなり、周りの地面に蜘蛛の巣上の罅が入り始めた。


 その光景を目に焼き付けるようにじぃっと見た後、下げていた右手を、何かを断ち切るように横に薙ぐ。それを合図に、地面にかかっていた圧力が霧散した。


 キュウは無事、魔法発動に成功したことに安堵のため息を吐き、笑顔を漏らした。


(これが、力。この魔法をもっと使いこなせれば……)


 自分に授けられた力の強さ。それを実感したキュウは、自由に生きるという誓いに一歩近づいたことを、確かに感じ取っていた。


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