第2話 そして始まる第二の人生
(……あれ? 僕……なんで……)
暗闇に沈んでいた宮の意識が浮上する。あれほど感じていた痛みも冷たさも、そして死の恐怖さえも、嘘のように消えている。状況を理解しようとしても、何が何だかわからず、頭上に?を浮かべることしかできない。
とりあえず、胸を包丁でえぐられて死んだはずの自分が、なぜか生きて、土の地面の上に倒れているということだけを理解した宮は、立ち上がろうと腕に力を入れ、手のひらで地面をぐっと押し、
『……転移者の意識回復を確認しました』
「どわっ!」
突然、頭の中に響いてきた声に驚いて、ドサッ、と音を立て、もう一度地面に倒れこんだ。
「な、なに、今の……」
目を白黒させる宮に追い打ちを掛けるように、頭の中に声が響き渡る。
『おはようございます、キュウ=クジョウ様。意識や体調に問題はございませんか?』
「え、あ、はい。大丈夫……」
『それはよかったです。では、早速ですが、チュートリアルを始めさせていただきます』
「ちゅーとりある?」
宮の頭上の?が数を増やす。まったくついていけていない宮を置いて、謎の声の話は進んでいく。
『まず、キュウ=クジョウ様。あなたは死にました』
「あ、やっぱりそれは間違いないんだ。じゃあ、ここは死後の世界とかそういう……」
『そして、生き返りました』
「What?」
キュウ=クジョウ。日常会話に英語を挟むとかっこいいんじゃね、という勘違いをしている15歳。そんなボケみたいな発言を、謎の声は軽くスルーする。
『貴方の人生には、不自然なまでに不幸が多く、幸福が存在していなかった。それを不審に思った主、死神があなたの魂を調べたところ、呪いにかかっていたことが判明。貴方の運命が他の存在によって捻じ曲げられていたことを哀れんだ死神が、貴方の魂を浄化、そして新たな肉体を創造し、力を授け、魂を定着させ、この世界に転移させました。つまり、貴方は異世界転移したということです』
「……………………なるほど」
キュウはしたり顔でわかったようにうなずく。だが、半分以上何を言っているか、ちんぷんかんぷんな状態である。かろうじて、自分が元にいた世界とは別の世界に来たということは理解できた。
『説明を続けます。この世界の名はアリアン。貴方の世界で言うところの、ファンタジーRPGの舞台の世界です。文明は中世をベースに、魔法道具でところどころが発達しています。暮らすのにはあまり苦労しないでしょう』
「ファンタジーRPG……ああうん、なんとなくわかる。やったことないけど」
小学生のころ、いじめっ子が得意げに自慢してきたなぁ、と何でもないようにつぶやく。そのつぶやきには、正負どちらの感情も込められていない、淡々としたものだった。
謎の声の話は続く。キュウは話を聞くことに集中するために口を閉ざした。
『アリアンは、魔物が跋扈し、戦いが日常のそばにある世界。貴方がいた世界とは比べ物にならないほどに命が軽い。力を持たぬあなたでは、瞬く間に魔物のエサとなるでしょう。ですが、今の貴方の体は、死神が創り出した神製体。高い身体能力、強靭な精神、抜群の魔力保有量に回復速度、五感と第六感の強化、思考能力向上、疲労を知らず、おまけに絶倫という、いたれつくせりな身体です。そして、死神が授けた能力と武器もあります。そう簡単に死ぬことはないでしょう』
『授けられた力と武器は、ステータスから確認できます。「ステータスオープン」の呪文でステータスウィンドウを開くことができます。ステータスを確認し、力の使い方と武器の装備をしたのち、ステータスのマップ機能で最寄りの町を目指してください。そこから先は、貴方の判断に任せます』
『では最後に、貴方をこの世界に転移させた死神から、伝言が。「君の、間違っていた人生を、その世界でやり直せ。他人に奪われ続けていたものを、今度は自分のものにするんだ。自分の自分による自分のための異世界ライフを送ってほしい」とのことです。それでは、チュートリアルを終了します。お疲れさまでした』
謎の声がそう締めくくる。そのまま一分ほど待っても声が聞こえなくなったことを確認したキュウは、静かに息を吐き出すと、体を起こし、地面に胡坐をかいた。
死亡、蘇生、異世界転移。異常事態のオンパレードだが、不思議とキュウは落ち着いていた。現実味がなくてぼーっとしているのではなく、謎の声の説明を確かに受け入れている。これも神製体とやらになった影響かな? と冷静な頭で考えるキュウ。
「……とりあえず、僕は解放されたってことか。あの、地獄から」
ポツリと、零れ落ちるように言葉を漏らした。ここは、自分を苦しめていたすべてが存在しない場所なのだと実感する。暴力にさらされることも、暴言で傷つけられることも、憐れみと嘲笑の視線にねめつけられることさえも。一度死に絶えたことで、キュウはそのすべてから解放されたのだ。
キュウは刺された時に血で染まっていたはずの学ランとシャツをおもむろに脱ぎだした。上半身裸になった自分の体を隅々まで見回す。
「は、ははは……。すごい……。傷が、全部なくなってる」
殴られ、蹴られ、タバコを押し付けられ、時には刃物で切られることもあった。傷跡が残るような怪我を負ったのも一度や二度じゃない。常にどこかに痣ができていた己の体は、その面影すら残っていなかった。
「………………は、ははは、あはははははははははっ!! あはははははははははははははははははははははっ!!!」
キュウは笑った。こらえようとしても、心の奥底から笑いがこみあげてくる。その心を満たすのは、うまれてから一度も感じたことのなかった、喜びや嬉しさ。覚えのない感情が激しく渦巻き、笑いと、そして涙があふれ出す。
しばらく涙を流しながら笑い続けていたキュウは、涙をふくと、学ランとシャツを元通りに着直す。そして、まっすぐに空を見上げると、誰に言い聞かせるのでもなく、心の中で、叫びをあげた。
(生きてやる……。他人に縛られずに、自分のために、自分勝手に、自己満足に生きてやる!)
それは、どこまでも利己的な誓約で、でも、キュウにとっては何にも代えがたい願いでもあった。
(邪魔なんてさせない。僕の邪魔をする奴らは……どんな手段を使ってでも、排除してやる!)
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