異世界反逆のエゴイスト
原初
第1話 最悪の終わり方
――――中学三年生の少年、九条 宮(くじょう きゅう)のこれまでは、目をそむけたくなるほどに悲惨で、残酷だった。
家では両親の暴力と暴言に耐え、学校に行けばいじめの嵐。いつもボロボロで、傷だらけの宮を、人々は憐みと蔑みの混じった視線を向けた。
この世界のどこにも居場所がないような、そんな圧倒的な孤独と絶望の中に生きてきた宮。そんな彼の人生は、今まさに、最悪の幕切れを迎えようとしていた。
「あぐっ………っ」
「ひ………ひ……ひっひっひっ……。オラぁ……死んだぁ? 死んだよなぁ……? あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!! 死んだ死んだ死んだァ!!! この俺様がァ……。殺したァアアアアア!!!」
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。
どこを見ているのかわからない虚ろな目で、よだれを垂らしながら狂ったように笑い続ける男。薬物中毒であることが一目でわかる男の手に握られている包丁は、刃がすべて隠れるほど深く、宮の胸に突き刺さっている。突き刺した包丁をぐちゅぐちゅと動かしながら、男は言葉にならない狂笑を上げ続けていた。やがて男は、乱暴に包丁を引き抜くと、ふらふらとした足取りでどこかに去っていった。
ばちゃばちゃと真っ赤な血が流れ出し、アスファルトの地面に血だまりを形成していく。宮は震えながら、血が噴き出す自分の胸を見ている。
「や……だ……ゴフッ………………たすけ………ガハッ!!」
宮の口から、一目で致死量とわかる赤い液体が吐き出された。もう立っていられなくなった宮は、崩れ落ちるようにして地面に倒れこんだ。
「やぁ………たす………………………け……」
とぎれとぎれの、「助けて」という懇願。あまり人が通らない道なのが災いして、宮を刺した男の凶行を目撃しているものはいなかった。当然、宮に助けを呼んでくれるような人もいない。
時間の感覚がなくなり、自分が誰だかわからなくなって、体は冷え切っている。ああ、もう、死んだんだ。宮はそれを明確に悟っていた。
死にたいと何度でも祈っていた。生きていても何もいいことなどない人生を送って来た。泥沼を這いつくばり、汚水をすするような生だった。でも、こんな死に方はあんまりだ。
宮は今にも消えていしまいそうな意識を必死につなぎ留め、どうにかして助かろうともがく。しかし、体は動かない。声も、すでに枯れ果てた。
どうしようもないか、と宮があきらめかけたその時、誰かの足音と、悲鳴が聞こえた。どうやら、人が通りかかったようだ。これで、救急車を呼んでもらえる。もしかしたら助かるかもしれない。そう、宮の胸にわずかな希望が宿った。
だが、
「きゃああああああっ!! ひ、人が死んでる!?」
「うっそ!? マジで!? な、なにあれ、ち、血が……」
「もしかしてあれ、ウチの制服じゃない!? やばいってこれ!」
「ね、ねぇ、救急車とか警察とか、呼んだ方がいいのかな……?」
「で、でも……。警察に電話したりしたら、何か事情聴取とか受けたりしないといけないんじゃない?」
「学校に話が言ったりするかも……」
「こ、困るよ! こんな時期に問題になったりしたらどうするのよ!」
「そ、そうだよね……。それに、もう誰かが連絡してくれてるかもしれないし……」
「そ、そうそう! だから、もう行こ! わたしたちは何も見なかった、ね!?」
(な、なん……で……)
バタバタという足音と共に、声はどんどんと遠ざかっていく。これで、宮が助かる可能性が、ほぼ潰えた。
一度宿ってしまった希望が反転し、途方もない絶望となって宮に降り注ぐ。その絶望に身を任せるようにして、砕け散った宮の心が、常闇の底へと堕ちていく。死に完全に侵され、宮という人間は、この世から消え去った。
―――――ははっ。そっか。そうだったのか。
―――――希望なんて、最初っからなかったんだ。
―――――そんなものに縋ってたのか、僕は。いつか、助かるかもって。幸せに、なれるかもしれないって。
―――――……ホント、馬鹿みたいだなぁ。
―――――いいことなんて何も無く、ただ、泣いて嘆いて苦しんで不幸を呪って痛みに喘いで絶望して。
―――――何のために、僕は生きてたんだろう?
―――――もしかして、クズどものサンドバックになるために生まれてきたとか? あはは、笑えないなぁ。
―――――……悔しい、のかな? もう、よくわかんないや。それに、もう、どうしようもないことだし。
―――――ほんっと、ロクでもない人生。他人の都合に痛めつけられて、あっけなく死んじゃった。最後の最後まで、赤の他人のせいで、不幸になって。
―――――もう、疲れたな。他人に振り回されるのは、もううんざり。
―――――……だから、そろそろいいよね?
―――――お休み、なさい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宮が死んだ、少しあとのことだった。一人の少年が、宮の死体の前で、タブレット端末のようなものを操作していた。
「え、えー……。さ、流石にこれはちょっと……。幸福値が0ってどういうことなの? 生まれてから死ぬまでの15年間で、一度も幸福を感じたことがないって……」
「おかしいな……。なんでこんなにこの子に不幸が集まってるんだろう? ここまでくると不自然すぎる」
「もしかして…………。ちっ、やっぱりか。何かに干渉された跡がある。大方、不幸を呼び寄せる系の呪いでもかけてたんだろうけど……。一体、誰の仕業だ?」
「分からないか……。とりあえず、この子の魂を浄化してっと。こんなに穢れが集まってたら、輪廻に入れないからなー」
「でも……。可哀想すぎるかな? これじゃあ、この子が報われなさすぎるし……。そうだね、我の権能で転移させちゃおうか。転移先は、ええと……この世界にしよう」
「……よし、じゃあここをこうしてっと……。よし、後は器となる肉体を作らなきゃね」
「……うん、できた。そんでもって、力を宿そう。この子が、自由を、我儘を通せるような力を」
「貶められ続け、堕とされ続けたこの子にふさわしい力……。そうだね、コレなんかいいかもしれない」
「これで、準備は完了かな? 向こうについたあとの説明は、意識を取り戻し次第開始されるように設定しておいたし、必要そうな物は虚空庫に入れてあるから……。うん、完璧」
「それじゃあ、始めようか。―――魂魄定着、能力付与、存在昇華。んでもって、座標指定。転送術式展開。転送位置索敵開始。―――安全面オールグリーン。さぁて、九条 宮くん。君の第二の人生が始まるよ? 今世みたいにならないよう、全力は尽くした。でも、ここからどうなるのかを決めるのは、ほかでもない、君だよ。頑張って。君の来世が幸多きものでありますように」
「―――――転移、実行!」
宮の死体が光に包まれ、何処へと消えていった。それを満足げに見送った少年も、一瞬のうちにその姿を消し去った。
これは、不幸に憑りつかれ、絶望と共に生きてきた少年が、異世界で第二の人生を歩んでいく物語。
その、プロローグだ。
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