memories:笹



 おぉ……なんだか、物凄く違和感だ。私の部屋の隅に笹がある。

「ダチから貰ったんだ」

 玄関を開けて早々、そういって右手を差し出す黒田君の手には私の身長よりも少しだけ低い笹が1本握られていた。

「……なんで、うちに?」

「もうすぐ七夕じゃん。折角だし飾りつけして短冊書こうよ」

 そういって今度は左手のビニール袋を差し出す。うっすらと見えるその中身は恐らく折り紙やらたくさん入っているのだろう。やる気満々じゃんか。

 思わず両手で自身の顔を覆う。イベント事は大好きだ。でもだけど───部屋の中をちらりと見る。1人暮らし用の賃貸は狭い……。少しだけ足元に散乱した書類の山が目に入る。

「……だって場所、とるじゃん……」

「まぁまぁ。七夕終わったら俺がこれ全部処分するからさ、いいじゃん」

 私の考えを読んでいるのか先回りしてくる当たりさすがだ───そうはいっても、そのまま無理に上がってこないところが彼らしい。私の許可をちゃんと待っている。

 子どもの頃は毎年お祖父ちゃんが裏山からでっかい笹をとってきてくれて、それを折り紙で作った輪っかとか網飾りとか星とかで綺麗に飾ってた。で、七夕終わったらそれを時に川に流して、時に焼いてさ───楽しかったよ、めちゃくちゃ楽しかったですよ! 何だったら今でも短冊書きましょうとかいう地域のイベント絶対参加するもん! でも、もう私いい加減いい大人だし、それに笹の処分方法とか分からないし、外ならまだしも部屋は賃貸で1人暮らし用だから狭いし、笹を置くスペースとかさ───しない理由を必死で探す。

「ダメ、かな?」

 そう小さく漏らして、黒田君が伏し目がちになる。……そんなしょんぼりされてもさ、されてもさ………うぐぐぐぐぐ……。心の中の天秤が大きく一方に傾く。───盛大に溜息が漏れた。

「……どうぞ」

 その言葉に黒田君が勢いよく顔を上げる。大きく見開かれた目が、キラキラと眩しい。

 あ、たまに見せる年相応の黒田君だ。

 普段そつなく何事もこなして、私のお世話なんかもしてくれて、大人っぽくてちょっと生意気な黒田君。だけど最近は大分年相応な姿も見かけるようになってきた。友達感覚なのか、それともドジも多くて全然大人っぽくない私に感化されているのか。いや、これが本来の黒田君なんじゃないかなぁ、なんてそんな気がする。私という存在が、そういう自然でいられる場所であれているのだとしたら……。だとしたら、少しだけ嬉しい気がする。

 短く息を吸う。

「やるなら徹底的に、だからね!」

「絶対アンタこういうの好きだと思った」

 そういって、ははは、と黒田君は笑みを漏らした。

 一先ず私が部屋の隅に笹を置いている間に、黒田君は買って来てくれた折り紙なんかを机の上に広げる。折り紙以外に和紙や画用紙なんかもあるみたいだ。

「何がいるのかよくわかんなかったから色々買ったけど、まあ余ってもなんかで使えるよね」

 そういって折り紙の袋を開けながら座る。机を挟んで反対側に私も座る。

「俺さ、今まで1度も七夕とかやったことなかったから、こういうのちょっと楽しい」

「え、1度も? 家で短冊とか書かなかった?」

「あぁ、うん。俺のとこ、子どもの頃からイベントは全然やらないからさ」

 ……言葉に詰まる。

 家にはあまり帰っていないようだということは何となく知っていたけど、もしかしてご両親と上手くいっていないのだろうか。黒田君の歳の割に何処か達観し、大人びているのはそのせいだろうか。

「……じゃあちょうど良かった」

「え?」

「私こう見えて子どもの頃から七夕飾りはめちゃめちゃ作ってるから! 私の神業、披露してやりますよぉ」

「っふ、なにそれ」

「だから、今日は楽しもうね!」

 今日が、七夕というイベントが黒田君にとっていい思い出の日になればいいと思う。

 そう笑いかければ「そうだね」と黒田君は目を細めた。そうして、意地悪く笑う。

「……やるなら徹底的に、なんでしょ?」

「当然!」

 それから短冊は勿論、自分が知っている飾りを全て一緒に作った。作ったら、……作りすぎてしまった。

「徹底的にとはいったけど」

「これは、作り過ぎだね……」

 いざ飾ると、元の笹の姿を忘れてしまいそうなほど飾りで渋滞している笹を2人で眺める。

 あれ、これ何処かで見たことある気がする。ふと、頭に映像が浮かんで

「なんか、お正月のおみくじ結ぶ樹みたい」

 そうボソッと呟けば「ちょっ」と吹き出して黒田君がお腹を抱えて笑う。え、酷い。そこまで笑うかな? ひとしきり笑ったあと

「アンタは短冊に何かいたの?」

 涙で潤んだ目を擦りながらそう聞いてきた。

「ん? 世界平和」

「え、笑い狙ってる?」

「いやいや、これ子どもの頃からずっとだから」

 笹にぶら下がる短冊を指差しながら真顔で返すと、少し間が開いて「アンタらしいね」と苦笑気味に返事が返る。

「黒田君は?」

 そう問ってハッとする。

 ……え、もしかして私と両想いになれますようにとかずっと一緒にいれますようにとか書いてあるんだろうか。え、どう反応していいのかわからない。

 なんて、1人勝手に焦ってていると、なにか察したのか呆れたような溜息が聞こえる。

「いや、アンタのことは自分の力で振り向かせるって決めてるから。こんな無粋なことはしないよ」

「………自信満々だね」

「惚れた?」

「別に」

「そ、残念」

 そういって楽しそうにクスクスと笑う。

 いつだってその辺りのことはなんだか余裕そうで、私やっぱりからかわれているんだろうか。1人妙に内心焦らされててちょっとだけ、むかつく。

 なんとなく視線を笹に向けると、1つの短冊に目がいく。あ。思わずその短冊を手に取る。

「これなら、今すぐ叶えられそうだね」

 そうってその短冊を黒田君に見せる。なんとなくこちらに視線をむけた黒田君の目が一瞬驚いたように大きく見開かれた。次いで視線が泳ぐ。

『手料理が食いたい』

 そう書かれた短冊は、隠すように他の飾りの影にかけられていた。

「そういえば初めて会ったときからいつも黒田君が作ってくれてたもんね」

「……アンタ、料理作れんの?」

「失礼だぞ、キミ」

 そう、私だって一人暮らしは長いんだ。作れないわけじゃない。……作れないわけでは……うん。

「なんとかなる!」

 元気よく拳を振り上げてキッチンへ向かう私の後には、困ったように目尻を下げ笑う黒田君の姿があった。

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