memories:椿


今私はマカロンの入った包みを眺めて正直どうしたものか、と悩んでいる。

ひと月前、いつもの様に彼が生徒会室にひょっこり顔を出して「ねぇ会長みてみて!」と花を差し出した。花と言ってもそれはルービーカカオで作られたチョコレート。寺嶋の手のひらに乗せられた箱の中のチョコレートは淡いピンク色をしていた。

「これは椿を模したチョコレートかな?」

「そうそう! バラとかは見たことあるけど俺椿見たの初めてでさ!」

そう言ってニッカリと笑った。

相変わらず見つけたものを自慢気に母親に持ってくる子どもかなと苦笑が漏れる。

「会長チョコ嫌いじゃなかったらこれあげるね」

「え、いいのかい?」

「うん! 会長好きそうだなって」

確かに、花の中では椿が好きかもしれない。

「では、有り難く頂戴しよう」

そうしてチョコを受け取った日が……バレンタインだったのだ。

彼のことだ。他意はないのだろうが、そうは思いつつも意識してしまう。そうしてつい期待をしお返しの用意をしてしまったのだ。

我ながら何をしているんだろうと、手元のマカロンを隠すように引き出しにそっと入れた。

「しかもマカロンなどと…」

お菓子の調理本のたまたま目についた頁にあったマカロンが意外と簡単そうだったからと作ってしまったのはいいが、ホワイトデーにマカロンを渡すということはどんな意味を持つのか考えもしなかった。廊下で意味について話す女生徒の会話をたまたま盗み聞きし、今更知ってしまうとは。

ホワイトデーなど関係なく渡してしまえば良いだろうか。

「今日調理実習で作ったのだよ、良かったらどうだい?」

いや、今日はどこのクラスもマカロンなど作っていまい。

「父親にと作ったらつい作りすぎてしまってね。良かったら君もどうかな」

いや、皆の見本となる生徒会長として理由もなくお菓子を学校に持ち込むのは如何なものか。

あれやこれやとブツブツと言い訳をしながら悩んでいると、「何百面相してんの?」と急に声が降ってくる。

「わぁ!!?」

不意打ちで現れた寺嶋の姿に大きく仰け反れば一瞬きょとんとした彼は「会長でも驚くことあるんだ」と目尻を下げた。

いつからいたのだろうか。内心動揺したまま、私だって人間だからね、といつもの会長を取り繕い答えると「そっか」と寺嶋は嬉しそうに笑った。

「で、何か用事だったのかい?」

「あ、ううん、別に。ちょっと遊びに来ただけ」

「あのな、ここは遊び場ではないのだよ」

苦笑気味に告げればニシシ、ごめんねと笑顔が返る。

「……まぁ、遊びに来ようと思うということはそれだけ生徒会室の敷居が低いということだ。生徒会長としては喜ばしいことかもしれないね」

「そう! そうだよ会長!」

そうこちらに便乗してスプリングの効いたソファーに勢いよく座って跳ねる寺嶋に再度苦笑が漏れる。気付かれないように深呼吸をすると私は机に向き直り仕事を始めることにした。眼の前に当の本人がいるのだ。一先ず考えることは辞めるとしよう。

そのうちふと考え事をして顔を上げると、何処かそわそわした素振りの寺嶋の姿が目に入った。

「どうかしたのかい?」

「あ、え、いや、なにもないよ」

「……そうか」

1度手元に視線を戻し、気付かれないように再度寺嶋の姿を盗み見た。すると寺嶋はチラチラとこちらを気にしていたようで目が合う。

「なんだい?」

「ううん、なんにもない。仕事頑張って」

「……そうか」

何故こんなに彼はそわそわしているのだろうか。そう考えてまさかと思い至る。

「……ホワイトデー」

そうぽそりと呟けばビクンと彼の身体がはねた。すぐに向こうを向いた寺嶋の耳が少し赤く見えて、胸の奥が跳ねた。

まさか、先月のあれは、やはりバレンタインのチョコだったのだろうか。そうか……わざわざ私に……。そしてお返しを期待して今ここに彼はいるわけだ。

それがなんだかおかしくなってきて、思わず吹き出してしまった。

はははと声を出して笑えば、寺嶋は何事かとぽかんと口をあけこちらを見つめた。

ひとしきり笑い終えるとうっすら浮かんでいた涙を手の甲で拭い「お菓子があるんだが食べるかね?」と声をかけ、引き出しからマカロンの入った包みを取り出す。

チョコのお返しだ、なんてはっきりとは言えないけれど嬉しそうにそれを受け取る寺嶋の姿にあぁ、良かったと思うのだった。


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