memories:ジシバリ
椎名先輩は大変オモテにならっしゃる。
毎日のように部室を訪れ先輩を呼びだす女生徒は、学年の垣根を超えもう全女生徒になるのではないかと囁かれているが、当の本人は一切気にしていない様子だ。
「今日も告白断ったんですか?」
何事もなかったかのように呼び出しから戻ってきた先輩に声を掛けると、まあね、と返して私の目の前の椅子に腰かけた。
「皆凄いよね。オレのこと好きになってもどうしようもないのにね」
そう言って口角を上げる。上げるだけの相変わらず嘘くさい笑みだと思う。何も言わずにいるとこちらを向き「ま、その点後輩ちゃんはオレに惚れそうにないから好きだよ」なんていう戯言を抜かす。
「……はぁ、それはどうも」
興味なさげに返したところでチラッと視線を向けると先輩は変わらず口角を上げている。
先輩にはずっと昔からの想い人がいる、というのは有名な話。フラれるというのにどうして皆こんな人に告白をしたがるのだろうか。
「あれ、なんか爪に塗ってる? ツヤツヤだね」
「えぇ、まぁ少し」
「へぇ、可愛くていいね」
……こんなちょっとした変化にも気づく人だから皆勘違いして好きになるのかもしれない。顔がそれなりに良く、明るく、社交性もある……が、それにしたって皆チョロ過ぎないか。
「先輩にも塗ってあげましょうか?」
「んー、いいや。後輩ちゃん、これ以上オレを綺麗にしてどうするの?」
「……それ自分で言いますか」
椎名先輩はニヤニヤ笑いながら携帯を取り出した。そうしてディスプレイを見つめたかと思うと不意に目元を綻ばせた。
またか、と思う。
それは普段目の奥まで笑わない先輩を唯一心底微笑ませる品物だ。
「毎日よく飽きませんね」
「ん~? だって可愛いだろ」
そういって見せられる携帯画面にはどこか蒲公英に似た薄黄色の花の前で控えめにピースを作り照れくさそうに微笑む小さな女の子が写っている。
毎日毎日先輩はこうやって飽きもせずその写真を見つめては朗らかに目を細める。その姿に気付かれないように息を吐く。
この女の子が先輩とどんな関係なのかは分からないけど、この写真に囚われているだけのようで、今に目を向けていないようで、酷くイラつく。
「……ほんと、飽きませんね」
───先輩は、この人に縛られている。
ジシバリ、写真の薄黄色の花がそんな名前だと知ってからは、よりそれは呪縛のようで。
今日も画面を見つめ微笑む先輩に私は奥歯を強く噛み締めた。
……馬鹿な先輩。もう、いい加減諦めればいいのに───。
今日も私はそう心の奥で毒吐いた。
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