memories:ブルーデージー
あの日の景色が、浮かぶ。
黄色の小花が宙を舞う。そんな中走り去っていくあの人。私はその後ろ姿に手を伸ばす。でも、その手は決してあの人に届くことはない。
わかってる。
だから私はその手を伸ばすことを諦めるんだ。
おろした手が所在なさげに揺れる。
これが答えだ、これが私だと言わんばかりに胸を締め付ける。
あぁ。どうして───。
頬を何かが伝う───そうして私はゆっくりと目を開いた。いつの間に眠っていたのかと思う。机に突っ伏していたせいで腕が少し痺れている。現実の私の頬にも夢同様それは流れていて、私は息を吐いた。頬を指先で拭う。
なんて夢だ。
願いが叶わないことなんて知っているのだから夢の中でくらい幸せにさせてくれたっていいじゃない。
それでも思い出されるのはあの人の想い人。そしてその人を見るあの人の朗らかな横顔を思い出して、私はまた息を吐いた。
その横顔が好きだった。その眼差しが好きだった。私にいつか向けられたならどんなに幸せだろうかと思った。
小さく頭を振り、何気なく視線を動かす。と、教室の隅に、誰が活けたかわからない青いデイジーの花が目に留まった。無意識にそちらに足が向かう。何気なく花瓶に飾られた束の中から1輪抜き出してみる。
すき、嫌い、すき……1枚1枚言葉に合わせて花弁をとっていく。
「……好き」
最後の一片に手をかけて、止める。
あぁ、何やってるんだろう。
しゃがみ込んで足元に落ちた花弁をひとつひとつ拾い集めていく。
「あぁ、もう、申し訳ないな。綺麗な花だったのに、こんなことに使っちゃうなんて……」
しゃがみ込んでいた足元に、不意に滴がぽつりと落ちた。
「あれ?」
なんだろう、そう不思議に思っているうちに、1つ2つと滴は数を増やしていく。
「……どうして」
視界が滲む。それが自分の涙だということは気づいていた。それでも、自分がどうしてこんなに泣いているのか分からない。ただ頭ではわかっていても、心では理解できないこともあるのだと、何となく思って、静かな教室で私は嗚咽の海に溺れた。
───それは確かに私の〝青春〟だった。
あの日の景色が、浮かぶ。
黄色の小花が宙を舞う。そんな中走り去っていくあの人。私はその後ろ姿に手を伸ばす。
……わかっている、これは夢だって。
走り去っていったあの人の向かった先にその人の姿を見つけて私は安堵した。
「……良かった」
切に願う。幸せになってほしいと。
その横顔が好きだった。その眼差しが好きだった。そんなあの人だから、好きだったのだ。
「大好きでした、先輩」
隣に誰かの気配を感じて視線を移す。
その誰かさんを見つけて私は、───朗らかに笑った。
ゆっくりと目を開く。あぁ、いつの間に眠っていたのかと思う。机に突っ伏していたせいで腕が少し痺れている。
「風紀委員としての自覚がないのか私……」
頭を掻くと席を立った。
なんだか懐かしい夢を見た気がする。伸ばすけど届かないあの手。でもなんだか───今日は心が軽い。
ふ、と視線を投げると、教室の隅にあの日のように誰が活けたかわからない青いデイジーの花が目に留まった。
「……ブルーデージー」
無意識にそちらに足が向かう。何気なく花瓶に飾られた束の中から1輪抜き出してみる。
なんとなく頭の隅に彼の姿が浮かんで、「好き、嫌い……」そう言葉を紡いで花弁をとっていく。
教室であの日見た机の前に佇む彼の姿。
朗らかに笑いかけてくる彼の姿。
少しだけ泣きそうな顔をしてくしゃりと笑う彼の姿。
「……好き」
最後の一片に手をかけて、止める。
好きの言葉が頭を反芻していく。
出口を失った言葉にできない想いが溢れそうになって思わず勢いよくしゃがみ込む。
「あぁ、もうほんと、何してんだろ私」
叫びそうな心、熱くなる頬を隠すように両手で押さえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます