memories:ゴールドクレスト



「いらっしゃい」

 そういって迎え入れた少年は私を見るなり眉をしかめた。そうして「アンタって人は」と小さく呟いた。どうかした? と聞く前に少年は首を小さく振った。そのまま靴をそろえて脱ぎ、小さく「お邪魔します」そう呟き、黒のコートを羽織った制服姿の少年は私の横を通り過ぎ部屋の中に入っていく。ちゃんと挨拶をしていくあたり、ほんと良い子だと思う。毎回感心する。

 寒さも厳しい季節になってきた。相変わらず彼は日をあまり開けることもなく私の家を訪れる。お友達と遊んだりしなくていいのかな。お姉さんは心配だよ。

「黒田君今日学校はどうだった?」

「……いつもと変わんないよ」

 ……ちょっとだけ不機嫌そうなのは気のせいでしょうか。なんでだ。私なにかしたっけ。え、わかんない。

 うんうん小さく唸っていると

「あ、そうだ。これ」

 そういって不意に立ち止まった黒田君の背中に私は見事激突し鼻を軽くぶつけた。私こんなのばっかじゃない?

 そんな私をみて小さく微笑み、黒田君は空気を変えるように手に持っていた長細いビニール袋を私に差し出す。

「この家にツリーなんてなかったじゃん。だからこれに飾りつけしない?」

 私に見えるように広げられた袋の中を覗き込む。中には膝丈くらいの樹があった。

「あ、ゴールドクレストだ! わぁ、実家にいるときは毎年これに飾りつけしてたんだよ。折り紙で輪っか作ったりしてさ、ふふ、懐かしい」

 黒田君は少しだけ優しく目を細めると

「そうなんだ。ならちょうど良かったかな。飾りも適当に買ってきたし」

 一緒にやろう、そう言葉を続け掛けた黒田君はふと机に視線をやると、はぁあと盛大な溜息を吐いた。

 私も倣うように机の上へと視線を向けると、机の上には缶酎ハイの空き缶が2本置かれていた。

「やっぱり酒飲んでた。飲むなとは言わないけどさ、前科があるんだから気を付けてよね」

「いや、前科ってそんな───」

「見ず知らずの俺のこと部屋に連れ込んだじゃん。ほんと気を付けてよ、アンタ結構抜けてるし。あのときは俺だったからよかったけど、他の奴だったらなにされるかわかんないから」

「わ、わかってるよ。でも酔ってても人を見る目ぐらいあるし、黒田君じゃなかったら多分連れてなんか来なかったし」

 あたふた言い訳をする私を黒田君は変わらぬ表情で真っすぐ見つめてくる。

「い、言い訳をさせてください」

 言葉に詰まった私はそう言うと重い足取りで寝室に向かう。そこからとあるものが入った紙袋を持って黒田君の元へと戻る。

「実はね、ずっとこれを黒田君に渡したくて。用意したのは良いけど改まっちゃうとなんだか渡す勇気が出なくてね。あの、えっと、それで……」

 お酒の勢いを借りることにしました!

 黒田君を連れ帰ったあの日から外でのお酒はお付き合いでも記憶をなくさない程度にセーブするようになったし、元々宅飲みなんてしたことなかったけどお酒の力を借りれば今回のこれはどうにかできるんじゃないかと思ったんです。安直だけどっ。

 ふぅ、と息を吐くと

「あのね、いつもありがとう」

 やけっぱちのように目を閉じ勢いよく紙袋を突き出した。

 だけど───突き出したはいいけど、一向に反応がないんだけど。え、どうしよう、どういうことだろうっ。

 ちらっと黒田君の顔色を窺えば

「あぁもう、アンタって人は」

 口元を押さえそっぽを向く黒田君の姿があった。

 あぁ、呆れられたかな……。酒に頼ろうとするなんてどうなのよって感じだし、そりゃ呆れるよね……、なんてうだうだしてると、

「へぁ!?」

 急に黒田君がしゃがみ込んだ。お蔭でなんか変な声が出ちゃったよ。

……具合でも悪くなったのかな。心配でそっと膝を抱え蹲る黒田君の姿を窺えば……あれ、耳赤い? ……もしかして照れてる───?

「アンタはいつも無遠慮に色々やるくせに、なんでこんなときだけ───」

 んっ。そういって勢いよく手を差し出す。

 戸惑いながら紙袋を差し出せば黒田君は受け取ると「開けてもいい?」と私を上目遣いで見つめる。小さく頷けばガサゴソと紙袋からそれを取り出した。

「手袋?」

「うん、寒くなってきたでしょ。黒田君、いつもコートとマフラーとかだけで手はポケットに入れっぱなしみたいだから転んだりすると危ないし、手袋があればいんじゃないかなぁって」

 黒い、5本指のモフモフした手袋。少し子どもっぽいデザインな気もしたけど、お店でその手袋を見つけた瞬間、黒田君の顔が頭を過った。

「そっか、ありがと」

 大事に使う。

 黒田君は少しはにかむようにふわりと笑った。

「黒田君も照れるんだね」

「照れるし、嬉しいものは嬉しいし、好きな人からのプレゼントなんだから尚更だろ。アンタ俺のことどんな奴だと思ってんの」

 顔をくしゃっとさせ笑う黒田君はいつものどこか大人っぽい彼ではなく、余裕綽々な彼ではなく、年相応の彼だった。それがなんだか嬉しくて

「えへへ、黒田君は可愛いなぁ」

 そういって私もしゃがみ込み柔らかな彼の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。

「あぁもう、アンタはこれ以上俺を好きにさせてどうしたいんだよ」

 絶対俺のこと好きにさせるからなっ。

 悔しそうな黒田君の顔を見て私は更に頭をくしゃくしゃと両手で撫でまわした。



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