memories:クローバー
あ。と思ったときにはすでに時遅く、洗面台にはひらひらと髪の毛が舞い落ちる。
「やってしまった」
伸びてしまっていた前髪を少しだけ短くしようと思ったのがいけなかったのだろうか。不揃いになってしまったところへ長さを合わせようとすればするほど前髪は短さを増していった。切りそろえるには些か自分は不器用だったらしいと鏡の前で短くなってしまったその部分を弄りながら深くため息を吐く。
元々自分自身のことに関しては無頓着な部分もあり、いつかは伸びるのだしいいだろうと気持ちを切り替えようと奮起しかけて、不意に浮かんだ彼の顔に私はもう1度息を吐いた。
「こんな姿では逢いたくないものだな」
そう呟いて、思ったよりも自分に乙女な部分があることに思わず苦笑してしまった。
生徒会長、それが私の立場だ。皆の模範として立ち振る舞わらなければならない役職だ。いつだって皆の模範として凛と正しく立ち振る舞わなければならない。
そんな立場であるからか、すれ違う生徒すれ違う生徒皆、私のこの前髪について触れてこない。ちらりと一瞥しただけでいつも通りの対応をされてしまう。せめて何か感想をいってくれてもいいんじゃないだろうか。
おでこの半分は見えてしまっている短くなりすぎた前髪について、私自身短い前髪は似合わないものだなという感想ぐらいは抱いているんだ。確かに、似合わないですね、等と面と向かっていえるものなどいないだろうとは思うが。それでも髪切ったんですね、くらいの世間話をしてくれた方が私としても言い訳のしようがあるというものだ。
少しだけ苦笑を携え、しっかりしなければな、と自分を鼓舞して職務に戻ろうと廊下で振り返った途端、
「あ、会長だぁ」
視線の先には、ふわりとだらしなく笑う寺嶋の姿があった。
「やぁ。君は相変わらず元気なようだな」
こちらに駆けてくる寺嶋に声を掛ければ「会長こそ、休憩の間も忙しそうだね」と返ってくる。
「一応これでも生徒会長なのでな。やらねばならないことはそれなりにあるのだよ」
寺嶋は少しだけ顔をしかめてうげぇと声を漏らすと、「あ」と小さく声を漏らした。
「会長、前髪切ったんだね」
う、と小さく漏れてしまった自身の声を誤魔化すように
「そうなのだよ、少しうっとうしくなってしまったのでな。切ってみたんだが、髪を切るというのは中々に難しいものなのだな」
と矢継ぎ早に答える。
すると彼は「そっか」と声を漏らして口元に手を当て私から視線を逸らした。
やはり変、なのだなあ。
「みっともないものを見せてしまってすまない」
そう告げれば、いや、会長は短い前髪も良く似合ってるよとあっけらかんと返ってくる。
「ん~、そうじゃなくてさぁ。最近会長前髪うっとうしそうだなって思ってて。それで実は俺、会長使うかなって……こういうの持ってきたんだよね」
そういって差し出されたのは何とも可愛らしい四つ葉のクローバーのヘアピンだった。これを寺嶋は、自分で選んで買ってくれたのだろうか。私の為に……?
「余計なお世話でごめん」
引っ込め掛けられたその手を私は勢いよく両手で捕まえた。
「そんなことはない。もし頂いてもいいのなら使わせてくれないか?」
ピンは別に前髪を止めるためだけのもではないのだよ。
そういって耳元へ付けてみる。
「どうだろうか」
「うん、やっぱり似合う。それ選んでよかった」
何の照れも躊躇もなく寺嶋は私に笑顔を向けてくる。……勘弁してくれ。
大切にする、聞こえるか聞こえないか、呟くようにそういって、
「もうすぐ授業が始まるぞ。自分の教室に戻った方がいいんじゃないのかい?」
私は緩む口元を隠すように彼を促す。
あ、やべぇ、じゃあね会長と駆け出す彼の背中を見送りながら
「御礼、言いそびれてしまったな」
四つ葉のクローバーのヘアピンにそっと触れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます