memories:レンゲソウ
出先からの直帰で久しぶりに早く仕事を上がれることになったのもあって、たまには散歩でもしてみようとふらふらしているうちにぽかぽかお天気に誘われるように近くの公園に辿り着いた。
公園なんて来るの学生時代以来かもしれない。
公園を見回すように目をやれば定番のブランコやシーソー、ジャングルジムなんかに目がいくが、そのそれぞれのデザインが昔と比べて凝っている気がする。この公園は恐竜を推しているのか、トリケラトプスやティラノサウルスを模したデザインの遊具ばかりが目に付く。この時間は幼稚園帰りの親子連れが多いようで制服姿の子ども達が所狭しと駆け回ったり、遊具を取り合ったりと賑やかに遊んでいる。
そんな光景を微笑ましく思いながら私は近くのベンチに腰掛けた。
ふぅ、と大きなため息が漏れて、存外自分が疲れていたことに苦笑する。確かに、最近仕事も立て込んでいたからのんびりする時間も少なかった。久しく恋人の入れる美味しい紅茶も飲んでいない気がする。接客業に向いていない愛想のないその男の顔を思い出して、時計に目をやる。
午後3時。
この時間ならまだ彼のお店も開いているだろう。久しぶりにお店に顔を出してみようか。
ベンチから腰を上げかけて、ふと、こちらを見つめる2、3歳くらいの男の子と目が合った。視線が合うと、その子はにっこりと笑みを浮かべ、私のもとに嬉しそうに駆けて来る。そうして私の前まで駆けてくると「あいっ」とピンクの花を差し出してきた。レンゲソウだった。少し戸惑いながら私はその花を「ありがとう」と受け取った。
「かぁいね」
たどたどしい言葉を紡いで、その子は私に渡したその花を見つめる。
「うん、可愛いね。これレンゲソウっていうんだよ」
「げ、かぁい」
「そうだね」
そうやっていくつかやり取りしていると、少し離れたところからこの子の母親らしい人が慌てた様子で駆けてきた。
「すみません、ご迷惑をお掛けして」
「いえ、とんでもないです。優しいお子さんですね。可愛いお花頂いてしまいました」
ありがとね、もう一度その子にお礼を告げた。満面の笑みを浮かべるその子と軽く会釈をしつつ去っていく女性の姿を小さく手を振り見送る。
遠く去っていくのを見届けて、手元に残るレンゲソウに目をやる。
そういえば子どもの頃、たくさん摘んで花束を作ってたっけ。
自然と綻ぶ口元を隠すことも忘れてニヤニヤしていると、コツリと頭に衝撃が。
「こんなところで浮気現場に出くわすとは思わなかった」
そんなことを言いながら後ろから伸びてきた手には缶ジュースが握られていた。さっきの衝撃の正体はコイツか。
「なに、やきもちですか?」
ジュースを受け取りながらからかい返すように含みを込めてみれば「そうだな」とベンチの前に回り込みドカリと私の横に座り込んだ美味しい紅茶を入れてくれる私の恋人様は
「それだけ俺の彼女さんは魅力的だったんだよなと改めて思ったね」
と、いつもの愛想のない顔で平然と告げ、缶コーヒーをポケットから出すと何事もなかったかのようにそれを飲み始めた。
な、な、なぁ!
パクパクと口を動かすしかできない私を一瞥すると、「なに照れてんだよ」と遥はニヤリと笑った。
「照れてないし! 遥こそキザな言葉吐くときくらいちょっとは照れなさいよ。魅力的な彼女さんの隣に座れて嬉しいでしょ」
「ほんと、素敵な彼女さんを持てて俺は幸せ者デスネ」
「心がこもってないわ!」
そんなバカみたいなやり取りをして、ぶつかる視線に思わずお互い声を出して笑って空を見上げた。
うん、今日も素敵な日で良かった。
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