memories:黄チューリップ



 帰り道、立ち寄った雑貨屋でその場に似つかわしくない良く知る男の姿を見つけてしまった。目つきの悪い男が、店内の女の子に遠巻きに指を差されながらファンシーなアクセサリーのコーナーにいる。

「……桐島先輩」

 思わず口を衝いた名前は、あ、と思ったときにはもう遅く、件の彼に見つかってしまった。

 桐島先輩は小さく舌打ちすると、

「なんでこんなところでも風紀委員に会わなきゃいけねぇんだよ」

と、呟いた。

「そんなの私の台詞ですよ」

 むっとして言い返す私に興味などないのだろう。自分の言いたいことだけ言って私から視線を逸らすと、黙々と商品を手にとってはウンウン唸っている。

「何買うんですか?」

 いつも私のことをバカにしたように見下ろす大きな図体を小さく丸めてしかめ面をしている桐島先輩の後ろから、いつもとは逆で、私が上から覗き込むように声をかければ「学校でもねぇのに仕事かよ。お偉いこって。ったく、学外くらい好きにさせろよ」と嫌味たらしくこちらを見向きもせず返される。

 別に私だって好きでつけまわしているわけじゃない。

 桐島先輩は良い意味でも、悪い意味でも良く目立つ人だ。誰に対しても口が悪くて、態度もでかい。指定の制服を着崩したり、校則違反のパーカーやインナーを着ていることもある。そんなだから一部の教師から目を付けられたりもしている。なのに男子生徒の大半は彼に対して何故か尊敬の念を抱いている。喧嘩が強いと有名な他校の生徒とも付き合いがあるらしく、そんな桐島先輩に自ら舎弟を請う男子生徒も後を絶たないらしい。ったく、桐島先輩からは男子生徒限定フェロモンでも出ているのだろうか。しかしその反面、そんなだから女子生徒からの評判はあまりよろしくない。

 今のところ本人は特に何かするということはないけれど、万が一でも何かあってはいけない。そこで桐島先輩の監視担当にされたのが私だ。風紀委員の中で1番桐島先輩との遭遇率が高い。何故か気がつけば桐島先輩が私の視界に入ってくる。なんてことをまだ先輩の名前も何も知らなかった私は、不用意にも風紀委員の先輩達に零してしまった。そして、面白がった先輩達は、まだ入学したてのか弱い私に白羽の矢を立てたのだった。単に押しつけといっても過言ではないと思う。

 だから好きでつけまわしているわけじゃない。断じて違う。仕方なく、風紀委員の責務として、ただ桐島先輩を監視しているだけ。他に理由なんてない。……お蔭で知りたくもない桐島先輩の弱みも知ってしまった。いや、弱みというか……桐島先輩の好きな人。私も何度か話をしたことがある先輩だ。笑顔が素敵で、小さなことにも気づいてくれて、優しくて、誰とでも気さくに話してくれる、数少ない桐島先輩と臆せず話ができる女の人。幼馴染だというその人の前では、桐島先輩は他の人には見せない顔をする。どう考えたって桐島先輩がその人を好きだってことがわかってしまう。

 そして多分、今桐島先輩が選ぼうとしているものも、その人の為のもの。じゃなきゃ柄じゃないこんなファンシーなお店で、こんなに真剣に考えるなんて。それしかありえない。

 チクリと傷んだ胸の奥に気づかない振りをして私は桐島先輩に声をかける。

「何を悩んでいるのか知らないですけど、プレゼントなんて気持ちですよ。何をあげるか、じゃなくて、大事なのは、あげる人のことをどれだけ考えてそれを選んだか、だと私は思いますよ」

 なんていった私の顔を、桐島先輩が暫く黙ったまま真っすぐ見つめたあと、ニカッと笑った。

「風紀委員もたまには良いこと言うんだな」

「……たまにはって何ですか。桐島先輩が日頃からちゃんとしてくれてれば私、先輩にお小言いちいち言わなくてもいいんですからね」

 へいへい。そう言って聞く耳持たない様子の桐島先輩は、買う物を決めたのかそそくさとレジに向かった。

 

 ……心臓が、破裂するかと思った。不意打ちでの笑顔はやめてほしい。普段、風紀委員なんて厄介者扱いで、邪険にされることが多い。桐島先輩だって例外じゃない。私の姿を見付ける度、大袈裟なまでに大きなため息を漏らす。だからこういうの、心臓に、なんか悪すぎる。

 もう帰ろうと店から出て、浅くなる呼吸を深呼吸で整えていると、「風紀委員」と買い物を終わらせたらしい桐島先輩に声をかけられた。

「風紀委員も一応女なんだからさ、たまにはこういうの付けてもいいんじゃねえの?」

 そういって下投げでひょいっと何かを放ってくる。運動神経の悪い私はわたわたとしながら、なんとか両手でそれを受け止めた。ゆっくりと両手を開いてみる。

投げてよこされたのは、特に袋にも入れられていない、台紙のバーコード部分にこの店のシールを貼られただけのチューリップのヘアピンだった。

「……なんでチューリップなんですか?」

 そう問えば、

「だってチューリップってなんか王冠みたいじゃね? だから風紀守ってますって感じの風紀委員にぴったりだと思ってさ」

 それ、さっきの助言の礼。

 それだけいうと、桐島先輩は嬉しそうにさっさと走っていってしまった。

 あの人、せめて、ありがとうくらいいえないんだろうか。

 ……はぁ。と大きくため息を吐いて、私は力なくその場にしゃがみ込んで膝を抱えた。

 桐島先輩から貰ったチューリップのヘアピンを掲げて眺める。……しかもこのチューリップ、黄色だし。

「……こういうさり気ないところが良くないんですよ」

 遠ざかる先輩の後ろ姿に、そう呟いた。



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