memories:カタクリ



「今日、告白されたの」

 俯き気味にそれだけいって、私は彼の顔を盗み見た。

 ―――それはちょっとした好奇心と、不安と、小さな願いだった。

 いつもにこにこと笑顔を絶やさない私の彼氏、陸君は昔から皆に同じ様に優しい。誰に対しても分け隔てなく関われるのは決して悪いことじゃないし、寧ろ、私としてはそんな陸君が自慢で、少し誇らしくあったりする。ほんとに優しい。優しいけど、私に対しても同じように優しい。

 これって、どう受け止めたらいいんだろう。

 そんなことに、ふと思い至った瞬間から、私の中に小さな黒い何かが生まれた。

 一応、私は陸君の彼女で、それって私が陸君に対して他の人と違う感情を抱いているように、陸君も私に対して他の人とは違う感情を抱いてくれているってことだと思う。だけど、彼は誰に対しても同じように優しい。

 ……私、本当に陸君の彼女なのかな。

 高校が別々になって、それぞれの生活リズムが変わって、会える機会も少なくなった。こうやって陸君が学校まで迎えに来てくれて、一緒に帰るくらいしか最近はデートみたいなことも出来てない。

 陸君の学校にはきっと私なんかよりもずっと可愛い女の子はたくさんいるだろうし、陸君は優しいからきっとモテると思う。そうなったら、優しい陸君のことだからきっと他の人のこと無下にできないだろうし、もしかしたら、気持ちが揺らぐことだって、他に好きな人が出来ることだってあると思う。

 だから、今日告白されたとき、良かったと思ってしまった。喜んでしまった。私の返事は最初から決まっているのに、告白されたと陸君にいえば陸君が私のことをどう思っているのか確かめられると思ってしまった。最低だ。

 私の言葉に、陸君は表情を変えず、ただ暫く黙っていた。それから、思い出したように「誰に告白されたの?」といった。

「えっと、あの……隣のクラスの、寺嶋君」

 ふーん、と興味なさそうにただそれだけいうと、そのまま陸君は黙ってしまった。

 もう、「もちろんお断りしたよ」なんていえる雰囲気じゃなくて、お互いそれ以上なにも喋らず、ただ、隣を歩く。

 失敗した。なんであんなこといっちゃったんだろう。陸君の気持ちを試そうだなんて考えなければ、こんな気まずくなることなんてなかったのに。気を抜くと涙が零れ落ちそうな後悔に、唇をきつく噛む。

「ねぇ、花言葉って詳しい方?」

 不意に陸君に声をかけられ「へ?」という思わず漏れた変な声を誤魔化すように

「赤い薔薇は情熱とか、そういう有名なのしか知らないかな」

と答えると

「そっか。ならちょっと待ってて」

と、陸君は建物の中へと駆けていく。そこで初めて気づく。……あれ、ここって。建物を見上げれば、そこは陸君の住むマンションだった。いつの間に来てたんだろう。

 そうこうぼーっと考えているうちに、「お待たせ」と手に鉢植えを持って帰ってきた陸君に、その鉢植えを渡される。

「この前佑貴が来てこれ置いていったんだ」

 少し俯き気味に、紅紫色の花びらを大きく反らせたその植物に、さっきまでの私が重なる。

「これ、なんていう花なの?」

「カタクリっていうらしい」

 この流れでいくときっとこの花の花言葉に意味があるんだと思う。

「……ねぇ」

 この花の花言葉って、そういいかけた私に、「あ!」っと大袈裟に声を出して、陸君はそっと口元に人差し指を立てた。

「この花の花言葉は家に帰って、1人で調べて。絶対、1人で、だから」

 その勢いに気圧されて、私は静かに頷く。

 それを確認すると、じゃあな、と小さく手を振り陸君はそのまま駆けていった。

 約束通り家に着くとカタクリの鉢植えを抱えたまま、携帯で花言葉を調べてみた。カタクリの花の、花言葉……。

 出てきたその答えに、私の口元は緩んだ。帰り際の陸君の態度にも納得する。

 私が色々ぐるぐると考えてしまったように、多分、陸君も色々考えてくれているんだと思う。だから、優しい彼はこうやって、少しだけ回りくどいやり方をして私を安心させようとしてくれている。ちょっと、不器用だけども。

 私のまだ知らなかった陸君の新しい一面に、嬉しくて泣いてしまったのは、また、内緒のお話。



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