memories:ピレスラム
バタバタと廊下から賑やかしい足音が聞こえてくる。もうすぐここに現れるであろう彼のことを思って私は深くため息を吐く。
「会長ぉおおおお、またフラれたぁああああああ」
勢いよく開けられた生徒会室の扉の壊れんばかりの悲鳴と共に現れた彼は、情けない声を出しそのまま私の仕事机に縋りつく。すぐ恋に落ちやすい彼、寺嶋はフラれる度に律儀にも私の元に報告に来る。君はなんでも母親に報告したがる子どもか。
何度繰り返しても、彼は学習しないらしい。
「今度は誰だい」
いつものように書類から目を離さずそう問えば
「……隣のクラスの女子」
そこからお決まりの怒涛の説明が始まる。
いや、さ。彼氏がいるのは知ってたんだよ。でも、彼女、目が合う度に良く知らないこんな俺に微笑んでくれてさ。この前なんて、俺が落としたキーホルダー拾ってくれてさ。しかもだよ、「あ、これ。最近アニメでよく見るよ。私もこのキャラ、結構好きなんだ。同じだね」なんて……。笑顔で俺の手のひらにそっとキーホルダー返されてみてよ。そんなことされてみなよ、惚れないわけないじゃん。もうこれは運命だろうって思ったんだよ。そうなったらもう行くしかないよね。告るしかないよね。だから、放課後、校舎裏に来てくださいって下駄箱に手紙入れてさ。んで、告白したら、そりゃあ当然フラれるよね。だって彼氏いるんだもん。でも、一縷の望みは捨てたくないじゃん。俺にだって万に一つでも可能性があるかもしれないじゃん。
それ以降も熱くその想いを語る寺嶋の存在は無視して、私の仕事は順調に進んでいく。
「はぁ。やっぱ、片想いの方が幸せなのかな……」
ふと漏らした、寺嶋のそんな言葉が私の筆を止め、少し、心にずきりと鈍い痛みを与える。
一通り切りのいいところまで話し終えたのか、机に突っ伏したまま、寺嶋が目線だけ私に向けた。
「ねぇ、会長は好きな人とかいないの?」
「……それを聞いてどうする」
「何にもしないよ。興味本位!」
悪意の欠片もない、無邪気な笑顔を向けてくる寺嶋に心底ため息が漏れる。
ちょいちょいと指先で彼を呼ぶと、わんこのように期待に目を輝かせ寄ってくる。そんな姿にくすりと笑いが零れる。近寄ってきた寺嶋の額にびしっとデコピンを喰らわせれば、ぐはっと大袈裟に喚いて額に手を当てた。
「そんなだから君は女の子にフラれてばかりなのではないかい?」
額を抑えつつ、私の言葉に寺嶋はきょとんとする。私はため息の代わりに、今度はこめかみを抑える羽目となる。……何だか可哀想に思えてくる。
少しだけ、息を吐き、気持ちを切り替える。
「そんな君にいいものをあげよう」
そういって、寺嶋に1輪の白い花を差し出した。
「ピレスラム、という花だそうだ。さっき校内の見回りの際、園芸部の女学生に綺麗に咲いたからと花束をもらってね。君にも1輪、お裾分けだよ」
受け取った寺嶋は、一瞬だけ複雑そうな面持ちをしたが、すぐに少しだけ口を尖らせ「会長って女の子にモテモテだよね」と拗ねて見せた。
「……そうだな、少なくとも君よりは」
「ひでぇ!」
より拗ねる寺嶋の姿を微笑ましく見つめながら、私は女学生とのやり取りを思い出していた。
「きっと、この花、会長さんに良く似合うと思うんです」
そういって渡された花はどこかで見たような気がするものだった。ふと彼女と目が合えば「この花はマーガレットにも似た白い花だから、知らないうちに結構目にしたりしていること、多いと思いますよ」そう彼女は微笑んだ。
それに、……そう声を潜めて「この花、会長にぴったりな花言葉だと思いますよ」まるで私の心の奥を見抜くような、からかうようなその笑みに、百人一首、40番目の句がふと私の頭の中を木霊する。妙な心地よさがあった。……少しだけ何かが吹っ切れた気がした。だからか、私も、彼女につられ、らしくもなくなんだか声を出して笑ってしまった。
未だ大袈裟に喚いている寺嶋に声をかける。
「まずはその花についてでも調べてみるといい。鈍感な君にも少しくらい乙女心がわかるかもしれない」
ぽかんとしている彼を横目に
「1つ、君に助言をしてあげよう。君のその癖のようなすぐ他人に抱く『好き』は、他の他愛もないモノの対する想いと比べてどう違うかな。誰しも、永遠とまでは行かなくとも、一途に想い続けてくれる者の方が好意を持てる、というものではないかい?」
私の言葉に今度はうんうん唸る彼に苦笑しつつ
「君がよっぽどの馬鹿でないことを祈るよ」
そう小さく呟き、私は残りの山積みの書類の処理へと戻った。
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