3. アルトゥールのやけ食い
それからしばらく後、レトロ調の家並が続くヨノヲスの街。人通りで賑わう商店街をすらっと背の高い青年と小柄な少女が並んで歩いていました。
藍染めの暖簾をくぐり甘味処トバツの店内に入ってきたのはアルトゥール様とチェシャです。
「いらっしゃいませ。あら、お久しぶり」
紺の作務衣姿でノビルさんが迎えました。
「やあ、看板娘さん」
何の気なしにアルトゥールさんが手を上げました。
男装の麗人とは分かってはいるのですが、ノビルさんはついはにかんでしまいました。
アルトゥール様の来店は店内にざわめきを巻き起こしました。何せ学校帰りの女学生や女子生徒たちがこの時間帯の中心ですから。
「アルトゥール様よ!」
「本当!」
はしゃぐ娘たちを適当にあしらうと、アルトゥール様とチェシャは空いたテーブルにつきました。
ノビルさんがお冷とお絞りをもって注文を訊きにくると、
「パフェ、できる?」
一言、上目づかいにノビルさんの目を見てアルトゥール様はそう言いました。
しばらく後、テーブルには空のグラスがいくつも並んでいました。アルトゥール様は黙々とトバツ特製餡子入りパフェを食べ続けています。
「お代わり」
更にアルトゥール様が注文すると、ノビルさんは苦笑しました。
「何かあったんですか?」
「訊かないでくれ」
次のグラスが来ると、むっつりしたままのアルトゥール様は丸く盛られた餡子だけきれいに取り分けると、チェシャの皿によそいます。チェシャはといえば、何も言わずにっこり微笑むのでした。
はい、どうやらアルトゥール様は溜まったストレスをやけ食いで発散させるタイプらしいです。
「アルトゥールさんが来ると店の売上がぐんと伸びるんですけど、食べ過ぎはお体に悪いですよ」
ノビルさんがつくり笑いしますが、当のアルトゥール様は未だ不機嫌な表情のままです。
「だから訊いてくれるな。お代わり!」
アルトゥール様はひたすら食べ続けました。それで材料のアイスクリームやチョコレートが底を突きはじめました。
「あら、もうそろそろ品切れだわ」
厨房でノビルさんのお母さんがそうつぶやくと、
「あ、私いいこと思いついた」
ノビルさんは厨房の片隅に置かれた魔法瓶の前に湯のみを二人分並べました。
「温めにしました。お口直しにどうぞ」
テーブルに湯のみを二つ、ノビルさんが置きました。
ようやく人心地ついたのか、アルトゥール様は湯のみを手にとると、それが未知の物体でないかよぉく確かめるように中身をじっと観察しました。何でしょう、赤い切れ端や小さなまんまるのあられ玉が浮かんでいて爽やかな香りがします。
「……」
一口口にすると、アルトゥール様は意表を突かれた表情となり、それから舌の上でころがしてよく味を確かめると、ゆっくり慎重に飲み下しました。
「どうです?」
ノビルさんは一本獲ったといいたげです。
「……何、この飲み物。スープか何か?」
「梅昆布茶です。まあ、スープみたいな味がするかもしれませんね」
グルタミン酸系の旨みは全くの予想外でした。昆布茶のほんのりとした旨みに梅の香り、アルトゥール様はハポネのスイーツ恐るべしと認識を新たにしたそうです。
昆布茶にはノビルさんからのメッセージがこめられていて、そろそろ終わりですよという合図なのですが、アフランシ生まれのアルトゥール様は知る由もありません。チェシャがははぁと察すると、
「そろそろお勘定にしましょうか」
と促しました。梅昆布茶の不意打ちでようやくアルトゥール様のやけ食いはストップした訳です。
落ち着いたアルトゥール様はチェシャに連れられ、広小路へ向かいました。港方面へ向かい大通りを渡ると住宅街へ入る路地を選びます。漆喰の塗り壁と格子窓の家並が古さを感じさせます。歩き続けると、お寺の前がT字路となっていて門前で道幅が急に広がりました。
「広小路で曲がらず真っ直ぐ進め、だっけ」
復唱するようにアルトゥール様は言いました。
「簡単なトリックです」
T字路を広小路の方へ曲がらす真っ直ぐに細い路地を進むと、行き当たりで再びT字路となって道は左右に別れています。右側が神社、左手へ進むとそこに不思議な種の店がありました。
店番をしていたシズメさんがチェシャたちを出迎えました。
「あら、お久しぶり」
「すみません。またしばらく滞在させていただきます」
チェシャがペコリと頭を下げると、
「はいはい。構いませんよ。オトゴサのチェシャさんの頼みだもの」
シズメさんは上機嫌です。
それで奥に案内されたのですが、ふと振り返ると壁に写真立てが飾られているのにアルトゥール様は気づきました。
はい、写っているのはシズメさんのお祖母さんでしょうか、老婆と少女時代のシズメさん、そして現在と全く姿が変わることのないチェシャの三人でした。
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