8. チェシャ、女の子になる

 小さな広小路の路地裏、不思議な種の店で店番中のアルトゥール様はいつになく上機嫌です。


「よかったな。ホクトさん、ようやくその気になって」


 はい、今回の件についてはアルトゥール様が正しかったのです。


 と、チェシャが下腹を押さえました。


「どうかした?」


 アルトゥール様が訊くと、


「お腹がちくと痛んで……」


 チェシャは顔をしかめました。


「何か悪いものでも食べたんだろ」

「いえ……」

「そろそろ時間だけど、どうする?」

「大丈夫です。行きます」


 その日、アガタさんの家でお茶会をすることになっていました。


         ※


 アルトゥール様とチェシャ、奇妙な二人組をカラネさん、アガタさん、そしてホクトさんが迎えました。


「久しぶりの再会、どうでした?」


 アルトゥール様は二人のその後が気になって仕方がないようです。


「お互い歳とったねって」


 アガタさんが苦笑しました。


「でも、変わってないよ」


 ホクトさんがしみじみとした笑顔を向けました。


「そうかしら?」


「ああ。初めて会った日がついこないだのようだ」


 メンバーが揃ってお茶会がはじまりました。香ばしい匂いの焼き菓子――今日はきっと特別なものでしょう――それに丁寧に淹れた紅茶の香りがふわりと立って、なごやかに時間が過ぎていきます。


 ふと何かを思い出したチェシャは腰の巾着から何粒か種を取り出しました。


「この種を植えてみてください」

「何の種かしら」

「バラに似た花が咲きます。それを煎じ詰めてエッセンスにすれば安らぎとともに心の澱が洗われることでしょう」


 アガタさんは目を閉じてうんと頷くと、その種を大事にしまいました。


「チェシャの種は魔法の種だから、きっといいことがあります」


 アルトゥール様も満足げです。


 と、チェシャは再び下腹部にそっと手をやりました。慌ててお尻も探ります。


「チェシャちゃん、どうかした?」


 どこか恥ずかしげなチェシャはカラネさんにそっと耳打ちしました。


「……分かった」


 カラネさんもアガタさんに耳打ちすると、家の中へチェシャを案内していきました。


「どうかした?」

「さあ?」


 ホクトさんとアルトゥール様が顔を見合わせました。


 しばらくして着替えたチェシャが出てきました。上着はチェシャのものですがスカート姿で、どうやらそれはカラネさんのを借りたようです。


 裾を折りあげたデニムのオーバーオールがトレードマークのチェシャが珍しく膝元にかかるくらいな丈のフレアスカートを履いている。ほとんど全く見たことがない従者の姿にアルトゥール様もああ、チェシャもやはり女の子だなと感心しながら見入りました。


 ほんのりと石鹸の香りが漂いました。


「お風呂に入ったのか」


 もじもじしながらチェシャはそっと耳打ちしました。


「あっ、そういうこと」


 事情を察したアルトゥール様はにこりと笑みを漏らしました。


「何なんだい?」


 きょとんとしたホクトさんに、アガタさんとカラネさんはくすくす笑いました。


「鈍感ねえ」


 その間も落ち着かない表情のチェシャでした。


         ※


 その夜、広小路裏の不思議な種の店ではアルトゥール様がお婆さんから教わった通りに小豆ともち米でお赤飯を炊いてダイニングに運んできました。


「ハポネじゃこうして祝うんだろう? お婆さんのお孫さんも無事誕生、今日はめでたいことが重なった」


 アルトゥール様はすっかりお祝い気分ですが、チェシャはあまりうれしそうではありません。


「……複雑な気分です」

「どうして? 成長が止まったわけじゃなかったんだ。ほんのわずかずつでも前に進んでいるんだよ」

「次はいつになるやら……」


 アルトゥール様はそうか、そういうことかと何度も頷きました。


 しばらくしてカラネさんからお茶会のとき撮った写真が送られてきました。アガタさんとホクトさん、それにカラネさん。両脇にはアルトゥール様とチェシャが写っています。


 はい? 二人が共有していた秘密って何? それはですね、再会した今となってはどうでもいいことなのですよ。


 アガタさんとホクトさんのその後ですか? はい、結婚して幸せな家庭を築いたそうですよ。

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