7. ここにいるよ
店番をしながらアルトゥール様とチェシャは二人思案顔です。
「さてどうしたものか」
何か二人に効く魔法の薬はないか、アルトゥール様は棚をあれこれ探しはじめました。
「ホクトさんのお望みのまま何もしない方がよいのでは」
チェシャは未だ様子見です。
「でも、なんだか他人事と思えないんだ」
いい大人なのに不器用な二人、それがアルトゥール様にとっては何とも歯がゆく思えてならないようです。
「だってそうだろう? 一目惚れって言ったじゃないか。あやつと比べるのは気がひけるけど、ジネディーヌなんか貪り喰わんばかりじゃないか」
熱い想いが確かにあったはずなのに、どうして冷めたままにしておくんだ、アルトゥール様は熱を込めて語ります。
「ホクトさんやアガタさんのお歳だと、人生の折り返し地点です。今の生活もあるし、なかなか踏み出せないのでは」
「だって河を隔ててるだけじゃないか? とはいえ、頑なだもんな、あの二人。どこかで意地の張り合いしてるんだ」
思わず前髪を掻きむしるとアルトゥール様はうーんとうなったまま黙り込んでしまいました。
「ただ――」
何? アルトゥール様はチェシャがふと漏らした言葉に耳をそばだてました。
「ホクトさんとアガタさんのお話で、どうも噛みあわない点があります。十年前ホクトさんが突然アガタさんに電話を掛けた事情を二人とも語ろうとしないのです」
「ああ、言われてみれば確かにそうだ」
アルトゥール様も同意します。
「二人とも触れようとしないのは、互いに隠し事をしているからではないでしょうか」
「いや、それは違う。きっとアガタさんとホクトさんは秘密を共有してるんだ」
なるほど、とチェシャが頷きました。
「もしかして、秘密の合図があるのかもしれませんね」
それは彼らが打ち明けてくれたときに分かればいいじゃないか。きっと何でもないことなのに後生大事にしてるんだ。二人を信用しなければ仲をとりもつなんてできっこない、アルトゥール様は敢えて二人が共有する秘密には触れないでおこうと決めたのです。
ある日のこと、カラネさんがアルトゥール様とチェシャの二人をクシロの町役場に案内してくれました。
赤レンガ造りの役場に入ると、カラネさんが向こうを指差しました。
「アガタ叔母様、入賞したのよ」
役場主催の写真コンクールだそうで、一階のロビーに何枚もボードを立てて入賞作品を掲示していました。
「これ」
カラネさんが一枚の写真を指しました。それはアガタさんが飼っている柴犬の写真で、浜辺に停めたボートから顔を覗かせています。ちょっとした隠れんぼなのでしょう、『ここにいるよ』がタイトルでした。
ほのぼのとした写真でチェシャの表情も緩みます。
「ここにいるよ……そうだ!」
アルトゥール様がこれだ! とばかりにはたと掌を叩きました。
「何か思いついたので?」
「そうさ、チェシャがやらないなら私がやる。広小路に来たのは偶然じゃない。きっと心の奥底では願ってるんだ」
チェシャは頷きました。
「ならアルトゥール様が思うところに従いましょう」
「じゃあ、手助けしてくれるな?」
「はい」
チェシャはにこやかに微笑みました。
しばらく後、アルトゥール様が半ば強引にホクトさんを引っ張ってきました。
「痛てて。何だい、急に」
「これ、見てください」
アルトゥール様はホクトさんの首根っこをつかむとアガタさんの写真の真ん前に突き出しました。
「ああ、アガタなのか」
ホクトさんは同窓生の作品をもっとよく見ようと眼鏡のふちをずり上げました。
「……ここにいるよ」
「私はここにいる。でしょう? きっと秘密のメッセージです。待っているんですよ、アガタさんは」
他の人にとっては単なる隠れんぼとしか思えなくても、ホクトさんならメッセージに気づくはず。アルトゥール様の率直な言葉にホクトさんはようやく決心がついたようで、うんと深く頷きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます