11. ノビル、目が覚める

 パーティ会場はようやく落ち着きを取り戻しつつあります。


 <邪視>の嵐が収まって人心地ついた人々がそろそろと立ち上がりはじめました。皆、着衣が乱れていますが、気にしている場合ではありません。


 主催者が忽然と消えてしまい、ホテルの支配人は真っ青な顔で、それでいて動揺した有様を極力見せまいと痛々しいくらいの態度でホテルマンたちに次から次へと指示を出しています。


 チェシャがノビルの前にすっと立ちました。


「ノビルさん、こっちを見て」

「?」


 チェシャがパン! と拍手を打つとノビルさんは目をぱちくりとさせました。


「これで呪縛は解けました」


 その言葉の意味するところを悟ったノビルさんはくすくすと笑いはじめました。


「私って馬鹿みたい。こんなに近くにいてくれてたのに」


 ノビルさんはシュンスケさんに抱きつくと頬にキスしました。シュンスケさんはといえば、思いも寄らないご褒美にカチンコチンと硬直してしまいました。


 それを見たアルトゥール様とチェシャは互いの顔を見合わせ微笑みました。


「お二人もいいコンビね」


 ノビルさんはにこりと微笑みました。


「本当はチェシャの方が私を見かねてついて来てくれてるんだよ」


 アルトゥール様が言うと、


「甘いものに釣られました」

「嘘。アルトゥールさん、甘いもの苦手だもの」


 それで皆して笑いあったのです。


「でもアルトゥールさんがジネディーヌさんの許婚だなんて」


 ノビルさんの言葉にアルトゥール様は胸を張りました。


「これでも正式な許婚」

「もっとおしとやかにした方がいいんじゃないかしら」

「そ、そうか?」


 うろたえたアルトゥール様はノビルさんの胸元をちらと見やりました。ええ、胸元を強調したデザインで嫌でも意識せずにはいられなかったのです。


「サラシを巻いてるだけで実は結構あるんだぞ――」


 と、その言葉にシュンスケさんが思わず身を乗り出しました。


「ほ、本当ですか?」


 すかさずノビルさんがシュンスケさんの頬をぴしゃりと平手打ちしました。それでアルトゥール様とチェシャは大笑いしたのです。


         ※


 夜明け前、漆黒の闇の中、星を頼りに気球が静かに飛んでいきます。


「とんだ邪魔が入りましたなあ」


 ワンチョペはにやにやしています。


「これしきで諦めてなるか」

「それでこそ我がご主人でさあ」


 こちらの凸凹コンビも息はぴったりです。


 やがて薄暮の空にうっすらと朝日が差してきました。どこへ向かうのやら、ジネディーヌ様を乗せた気球は水平線の彼方へと消えていきました。

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