第十三話「嘯き村」
「嘯き村の写真ってありますか?」
「そんな物オカルトのスレでも覗いたらあるだろ?」
「誰か持ってないでしょうか?」
「ほい、俺のコレクション」
「ありがとうございます。古き良き日本って感じですよね。一度ここで写真撮りたいんだけどどこにあるんでしょうか?」
「絶対に止めろ。富士の樹海にバーベキューしに行くもんだぞ」
「この流れまでがコピペ」
「自殺のスポットなんですか?」
「自殺じゃないけど行方不明者が多数、二年に一度消えてる」
「昔はニュースになってたけど、あんまりにも多いからメディアが取り上げなくなって今の若い人知らないんだよ。だから行くな」
「そもそも嘯き村ってあだ名なのは、サツが行方不明者を訪ねても、そんな人来てないって毎回言うからついたあだ名」
「怖い所なんですね。わかりました。諦めます」
「俺昔行ったことあるけどただの田舎だったよw」
「↑無責任な嘘で犠牲者が出たらどうすんだカス! 死ね」
「嘘じゃないって、ほら、これ俺が撮ってきた写真」
「マジだ。初めて見た写真だ。これマジ?」
「マジマジ。でも写真撮ってたら村のじっちゃまに怒られて、その日の内に逃げ帰ったんだよな。物騒なのは変わりないかもw」
「でもこんな田舎で行方不明者が何人も出るって何かあるだろ」
「まぁ、ここもそうだけど、今の日本全国で辻斬り起きてるから、どこも物騒なんだけどね。人気の無い所に写真撮りに出かけるの怖い。拉致の可能性もあるとか前テレビで言ってたしとにかく怖い」
――とあるアマチュア写真家の集いスレから。
俺は今同業者から厄ネタであると伝えられている仕事を引き受けに山道を歩いている。
上を見上げれば見事な秋晴れ、前を見れば字を黄と赤に染める紅葉と銀杏、二色の道と時たま野生動物が顔を覗かせる。そして、後ろを向けば最初はその光景にはしゃいだものの、過酷な山道に疲れを始めた相棒がいる。
ああ、紅葉を始めた山は、それはもう見事で見惚れる景色なのだが、今向かっている村について考えると、その素晴らしい景色に心を奪われる余裕が消え失せている。
曰く、その村は嘯(うそぶ)き村と呼ばれている。
ネットでも同じ名前で呼ばれているが、陰陽師の間では違う理由でそう呼ばれているのだ。
俺も陰陽師になりたての頃、その報酬金に目がくらみ依頼を受けそうになり、爺さんに馬鹿にされながらこの話を聞かされた記憶がある。
あの村には何もいない、なのに村人は架空の妖怪を恐れている。何年も何年も、本物の陰陽師を追い返し、偽物の霊能力者を敬う辺鄙(へんぴ)な土地だと……。
「いない怪物を恐れるとはねぇ。酔狂なこったよ」
だが、そういう事例もけっして珍しくはないのだ。幽霊、妖怪は普通は目に見えないもの。偶然起きた不幸を存在しない怪物のせいにして、騒ぎとなり陰陽師や坊さんが呼ばれたりすることも多い。
そういう時は正直に何もいないと伝えたり、せこい話だが、祓ったふりをしてお金を貰ったりと色々な対処をするのだが……その村は妖怪などいないと言われても信じず、陰陽師の募集を取り止めないのだ。
そして変な話、幽霊が見えない詐欺師や、せこい真似をして金をせびった陰陽師が村から称賛され……行方不明となった。
「怪しい。絶対に何かある……てのになぁ」
そんな曰く付きの依頼を出す村に、なぜ俺が向かっているのかと言うと時雨から持たされた情報を信じてのものだった。
妖刀持ちが嘯き村に居着いたらしい。不確定だが、それ故に注目されず、さらに昔から厄ネタとされていた村。陰陽省の国家陰陽師と鉢合わせする可能性が低く、独自調査で信ぴょう性が高いものと判断し、時雨は俺にこの村の調査を依頼したのだ。
「実はあいつ回りくどい芝居して、俺を殺そうとしてるんじゃねぇだろうな」
つい、そんな悪態を言葉にしたが時雨が言ったことが嘘である可能性が低いのは、あの工場での戦闘から一週間、何度も頭の中で情報を整理して組み立てて、答え(理由)を百ぐらい出したが、そのほとんどがあの言葉に偽り無しと証明している。
あの戦いで俺を殺せる隙なんぞいくらでもあった。考えつく手段を全て試して、意表をついて猫を噛んでやったが元の実力が違い過ぎる。鼠一匹殺すのに、こんな遠回しな殺害をする理由が無い。
「八手~、はーやーいー」」
と、考え事をしていると、すぐ後ろから聞き慣れたクレームが飛んでくる。
「たかが一時間山道歩いただけだろ」
「でーもー!」
「わかったわかった! じゃあ十分休憩」
「荷物半分持って!」
「お前がお菓子とかいっぱい持ってくるのが悪いんだろうがぁー、自分で持て!」
「ぶーぶー」
怒ってやるとフグみたいにほっぺたを膨らまし、これみよがしに拗ねる相棒。まったく、遠足じゃねーんだぞ。
「はぁ、半分持ってやるから歩け」
「……いや、ごめんやっぱりいい」
「なんでだよ。途中で隠れてお前のお菓子食わねぇよ。俺はそこまで食い意地張ってねえからな」
「そうじゃなくて、足。悪化したら駄目だろ」
ああ、なんだ。心配してくれてるのか。
「大丈夫だ。もうあれから一週間だし、療養もしっかりとした」
「……でも心配だから荷物はこのままでいい」
「あいよ」
変に気を遣う相棒に小さな笑みを零し、まぁあいつが来るまで少し待ってやる。
時雨に殺されかけて一週間が経った。まずは家に連絡して古道家の動きを伝え、健史さんに連絡して同じく時雨との一件を話して……美大の課題を片付けてと必用な単位を取る為授業を受けながら足の療養と軽い運動。そして何よりスーパーの特売、足に気を付けながらご近所の奥様方を相手するのは至難の技だった……。
「忙しかったなぁ本当……」
自然豊かでのどかな空を見上げながら、感傷に浸る。お財布、軽いなぁ、ちくしょう。
「八手どうしたの? 悲しそうな顔して」
と、いつの間にか夏穂の奴が俺の傍まで来ていた。
「ああ、いつもどーり、資金難に嘆いてたんだよ」
「うーん……あげる」
そして哀れな俺に相棒はポケットからピカピカの十円を恵んでくれた……十円かぁ。
「……ピッカピカだな」
「スーパーでおつりで綺麗なの貰ってポケットに入れてたの」
いやぁ、小学生かよ。まぁ……いいか。
「ありがとうごぜえます」
「あんまり喜んでない」
「顔に出てたか? 悪いな、素直で正直な男なんだ」
相棒と自分の疲れを誤魔化す為に、少しふざけてみたが……そんな怒った顔するなよ夏穂。冗談だよ。
「むぅー……きもい、揉み上げ長い」
「揉み上げはいいだろうが! というかださくねぇだろぉ!」
「……」
「無言はやめろ!」
と、夏穂と馬鹿みたいな会話をしてると来た道から白い車がやって来るのが見えた。
「軽トラ?」
「ん?」
俺の驚いた顔につられ、夏穂も後方から来た軽トラを振り返って確認する。ここ車通るのか、落ち葉で地面が見えなくてタイヤ痕が見えなかったから車道になっているとは気づかなかった。
と、軽トラはだんだんとスピードを緩め、俺たちの横で止まる。
「あんたら、どこから来たの?」
と、軽トラから顔を出したのは、なんと坊さんだった。
見事に光り輝く頭と、袈裟っだったか? 合っているかはわからないが、取りあえずお坊さんの格好をしており、年は若い。
「京都から来ました」
「また、遠いとこから来たなぁ。わざわざこんな所に登山しに?」
「この先の村に用事があって」
「……どんなご用事で」
「私、陰陽師をしているものでして」
「帰った方がいい……」
「いえ、そう言う訳にはいきません」
「……そうですか、じゃあ乗ってください。村まで送りましょう。ですが詳しい話をお聞かせくださいませんか?」
うむ、気さくに話しかけてきたお坊さんは、俺たちが引き返さないと知ると否や喋り方を敬語に変えて、車で送ると申し出てきた。
陰陽師と聞いて俺たちを警戒したのか、ならなぜ車に乗せる?
「八手」
夏穂が俺に指示を仰ごうと近寄って来る。この距離なら小声で相談できそうだ。
「取りあえずは送ってもらおう。話の相手は俺がする。お前は荷台に乗せて貰え」
「うん。わかった」
「ああ、立ち上がったら危ないから、車が走ってる間は体育座りな」
「えー」
「えーじゃねぇ。遊びに来たんじゃねえんだぞ、まったく」
相も変わらず中身が子供の相棒に釘を刺し、俺は一礼してから車の助手席に乗せてもらう……のだが、どうもお坊さんが困った顔をしている。
「えーと、女の方が助手席の方が……荷台は少し汚れておりまして」
あー、実に真っ当で紳士的な考えだ……しまった。情報を仕入れることばかり考えてそう言った普通の意見まで頭が回らなかった。
「夏穂、助手席に座るか?」
「やだ、こっちがいい!」
「えーと、あいつ都会っ子なんで、荷台が珍しいらしくて」
「ははは、そうですかそうですか。それならいいのですが」
と、お坊さんが愉快に笑う。相変わらず敬語は崩れないが、夏穂の子供らしさに少し気を許してくれたらしい。
「では失礼して」
助手席に乗りシートベルトを着用する。しかし車か。維持費は掛かるが、仕事柄、西に東に電車もバスも無い田舎に飛ぶのだから三十代になるまでには欲しいな。
「後ろの方は彼女さんで?」
「いえ、親戚でもないのですが、まぁ従妹(いとこ)みたいなものですかね。あれも私の仕事の関係者でして、協力して貰ってるんですよ」
「そうですか。彼女も見える人で?」
「ええ、勿論」
陰陽師と名乗ったが、一般人に人間にしか見えない夏穂が俺の式神と言っても変な顔をされるだけだし、知人から預かっていると言うのも犯罪臭い。なのでこういう時は従妹みたいなもの、とでも言っておく。
なに、嘘は言っていない。夏穂と俺の関係は従妹と言う距離感が俺にとってはしっくりくる。見えるのもそうだし、仕事の関係者であるのも真実。相手を騙したい時は嘘に真実を織り交ぜるか、嘘は言わず誤解される言い回しの真実を口にすればいい。そうすればボロが出た時のカバーがしやすい。
「失礼、次はこちらから質問をしても?」
「ええ、構いませんよ」
「では、まずはお名前をお聞かせください。私は京極八手と申します」
「これはこれは、私としたことが、確かに自己紹介は必要でしたね」
若坊主は車のアクセルを踏みつつ、はははっと愉快そうに笑う。
「小林 哲也(こばやし てつや)です」
うむ、これは戒名(かいみょう)ではなく本名なのだろう。
「小林さんはこの先の村にあるお寺に住まわれているのでしょうか?」
「ええ、と言っても三か月ほど前に引っ越してきたばかりでして、親戚の者が遷化(せんげ)しまして、その変わりにここに来たんですよ」
「えっと、すみません。せんげと言うのは?」
「ああ、そうですよね。一般の方は聞き慣れませんか。私ら坊さんが死んだら遷化と言うのですよ」
ほう、一つ勉強になった。
「それで、京極さんはその、この先の村についてどこまで知っているのですか?」
「あなたの住んでいる場所を悪く言うのは失礼なのですが、私達(陰陽師)の間では良い噂は聞きませんね」
「まぁ、そうでしょうなぁ」
「……何か、知っているのですか?」
俺の言葉に含みを持った言葉を返してきたので、思い切って聞いてみた。小林さんは無言のまま、前だけを見て運転すること二十秒ほど間を置いてから、口を開いた。
「知っている。というのは違うのですか、何か悪い感じがするのですよ」
「悪い感じ、ですか?」
「ええ、私は霊などとんと見えず、そんな力など無いと思っていたのですが……どうもあの村は、悪い気が充満しているように思えて仕方ないのですよ」
「悪い気ですか……確か、村の名前は木溜村(きだまりむら)でしたね。溜まると言う字が何か邪気でも貯めている働きをしているのですようか? うーん」
「村の名前でそんな悪い気が溜まるとか、そういうものなのですか?名前の由来はここに来る前父に聞いたのですが、かなり昔、あの村は木材を運ぶ運送業の方々の休憩場となっていたらしくついた名だとか」
「まぁそれだけで霊的能力が無い方がはっきりとわかるほど邪気が溜まるのはまず有り得ませんが……名前だけでその人や土地の特性がある程度決められますし、他の要因と合わさると厄介なことになる注意すべき要因ですかね」
と、得意げに語ってみせたものの、俺、というより京極家はそういう“因果”を特定したりするのは苦手なのだ。
由緒正しい陰陽師は流派や術式の違いはあれど、大体は結界を使う。それが呪いから作られるものであれ土地の礼脈を利用したものであれ原因を封印、または封殺したりするのだ。なのでまず結界で防ぐその原因を解明することができて一人前なのだが、俺たち一族は違う。
幽霊妖怪、殴って刺して退治する。以上、実にシンプルだ。
「だから京極家は異端とか言われるんだよ……」
「はい、何か仰いましたか?」
「ああいえ、独り言ですのでお気になさらず」
基本的に、陰陽師であろうと妖怪と普通に戦ったら殺される。なので陰陽師は結界を使い、妖怪を封じ込めるのだ。
無論、ただ封じ込めるだけでは問題を先送りしているに過ぎない。なので封じ込めながら相手を弱体化させるのだ。邪気を喰らう悪霊ならば邪気から遮断して、人を喰う魔ならば人を喰わせずに長年封じ込めれば弱る。そして子、もしくは孫などの後継者にその弱った魑魅魍魎を退治させるのだ。
だから星降り島での一件は京極家の恥だ。結界がずぼらだったし、家族に星降り島に悪霊を封じ込めたといった報告もなされてなかった。あんな雑な仕事はない。
「まぁ、何か理由があるのかもしれんが」
もう上手く思い出せない両親を思い浮かべる。はて、あの人たちはそんな雑な仕事をする人たちでは無かったと思いたいのだが……。
「京極さん。村が見えました」
「ええ、送って下さりありがとうございます」
「ところで、つかぬことを聞くのですが泊まる所はお決めになられているのですか?」
「いえ、こういう村は大抵は寄合に使われる公民館などの建物があるので、そこに泊まらせてもらおうと思っていたのですが、まぁ断れれば野宿ですかね」
「野宿はいけない。ここら辺はたまにですが熊も出ますし。それならば、私の寺に泊まられては? 大した物はお出しできませんが、それで良ければいくらでも部屋をお貸ししますよ」
「それは、宜しいのですか? 助かります」
「はは、お構いなく。お坊の端くれですから、人を助け徳を積ませてください」
小林さんは畏まる俺を見てそんなことを言ってくださった。
本当に何から何まで世話になって申し訳ない。最近、季節がすっかり秋に移り変わり冷えてきたこともあって、屋根がある寝屋を確保できるのはかなり助かる。
「しかし……」
車に揺られながら、村の全貌を確認する。
四方を山に囲まれ作れた里、と言えば良いんだろうか。似た様な木造の家が村の真ん中に作られ、その周囲を田畑が囲み、村の東に小さな寺、そして反対側の西に神社が見えて……東に寄った北辺りに雑木林がある……あの雑木林はなんだ?
いや、雑木林は関係ない。あの位置が問題だ。
「何も無いでしょう」
「……村の外れに寺があるのですね」
「ええ、墓場がある為外れに建てられたのでしょうな。由縁などはよく知らないのですが……」
「そうですか、では、あの北の方にある雑木林について何か知っているますか?」
「……陰陽師さんは見ただけでわかるのですか? あそこは村の者が口をそろえて近づくなと言う禁足地です。どうも沼があるらしいのですが」
「……鬼門に沼、か」
「鬼門。ああ、そう言われてみれば……」
水辺に霊が集まりやすい、というのは有名な話だが、沼か。
沼や池は川や海といった流れの無い場所より淀んだ霊気が溜まるのだ。これは、さっそくきな臭くなってきた。
「取りあえず村の皆さんに挨拶するか」
「ならば寺に荷物を置いてからにしますか?」
「ええ……そうですね」
ポケットからスマホを取り出し時間を確認する。今からだと村の人と顔合わせしたら、終るのは夕方ぐらいか。
夜に調査をするのにも村の地形を把握しきれていない。熊も出るともいうし、妖刀持ちと出くわしたら危険だ。今日の夜は大人しく寝よう。途中まで山道を歩いて疲れているのもあるしな。
ふと、車内から景色を見た。
「……何か、変ですね」
「どうかされましたか?」
「いえ、違和感を感じただけでして、何がとまでははっきりしないのですが」
「はぁ……風景は何も無い変哲な農村だとおもうのですが」
「……ああ、地蔵が無いんですよ。村の中央に設置されてるんですかね?」
「言われてみれば……ここでお地蔵さまは見たことがありませんねぇ」
なんだろうか? 鬼門にある沼といい妙に引っかかる。
嫌な予感、というかこれだけ情報が揃えばもう半分確信めいたものがある。これは多分何かの術式だ。しかも碌でもないものを生み出す厄介な奴だろう。
「妖刀使いだけでも厄介だが……この村自体にも何かありそうだ」
「妖刀とは?」
「ああいえ、こちらの別件です」
「はぁ……」
「そう言えば最近ニュースで話題になっている辻斬り、ここらあたりで犠牲者はでましたか? 個人的に色々調べておりまして、何か情報があれば助かるのですが」
「ここらでは聞きませんね。しかし、妖刀ですか。確か新聞でも妖刀に魅入られたネットで集まった若者の犯行とかなんとか」
うーむ。辻斬りが出ないのか。時雨からの情報に誤りがったか、俺が知らないだけで人を斬らなくても変わりのエネルギー補給方法があるのか……。
と、考え込んではいけない。小林さんから少しでもいいから情報を聞き出さなくては。
「ええ、ニュースでも影響を受け突発的な模倣犯は確かにいましたね」
全国の辻斬り事件の発端は妖刀使いだが、ただの人間方でも模倣犯は出ているとニュースで見たのを思い出す。
当初、多少テレビ特有のネット批判が多い意見に眉をひそめたが、ネットで知り合った若者が犯行に及んだのは紛れもない事実だ。
「まぁ、模倣犯では無く本物の殺人鬼は警察に手掛かりさえ掴ませませんから、そうとうずる賢い連中なのでしょう」
「いやはやおっかないですなぁ。往生した方の葬式は良き別れとなりますが、未来を奪われた人の葬儀はくるものがありますからなぁ……」
小林さんは昔、そういった事故死の葬儀を経験しているのか、悲しそうな顔をしてだんだんと言葉尻の声量が落ちていった。
「ああ、すみません。初対面の方に話す内容ではなかったですね。ただ、最近人ではありませんが、動物の死体が多いですね」
「動物ですか?」
「ええ、そもそもあまり動物は出ないのですが、ここ最近は何頭か死体が発見されて、それも私も一度村近くに熊の爪痕とも思えんほど長い切り傷が……頭をやった人間の悪戯かとも思ったのですが、刀で斬られたあんな傷になるのでしょうかな」
動物の死骸。しかも傷が長い切り傷ときたか。
「それは村のどこら辺で」
「さっき話した沼の近くでしてね。私が住む寺の近くなので朝散歩がてら歩いていた時見つけたんですよ。私が見つけたのはその一回村の者が見つけたらまぁ、食べますからね」
「え……食べたんですか?」
動物が食べたかもしれない食い残しを? 腐っているかもしれない肉を食べたというのか。
「小林さんもですか? 一応仏教のルールには反していない筈では?」
「いえ、私の宗派では確かにすでに死んでいる肉は食べても良いのですが、衛生面的に遠慮させて頂きました。どうもこの村の風習らしく、ここいらの人は腐肉に対して耐性でもあるようでしてね。少し蠅がたかっていたあれを平らげていました」
蠅がたかっていた肉を食べるのは確かに嫌だろう。
「鍋にでもしたんですかね?」
「さて、あまり詳しく聞かなかったものでして。多少腐っていても熱を通せば問題はないのでしょうかね?」
うーむ、腐肉食を食べる動物はいるが、人間の食文化として聞いたことはないな。そもそも腐肉を食べても平気な動物は胃に腐肉を分解してくれるバクテリアがいるからであって、普通は人間が食べていいものではない。
「……まさかな」
一瞬、嫌な予想が頭を過ぎった。子供の頃聞いた話だ。テレビがまだモノクロだった頃、人に化けた妖魔で構成された村があり腐肉であろうと■■であろうと何でもかんでも食べていたと。
村は女子供関係無く複数人の陰陽師に焼き払われたと聞いたが、はて、この話はどこで聞いた話だったか。
「糞爺の客人から聞いた話だったか?」
掠れた記憶に絵の具を足す。確かまだ夏休みに蓬の奴が実家に止まりに来て、心霊番組を怖がっていた蓬と俺を面白がった爺の知人が昔の経験談を俺たちに話したんだっけか。
妖魔と言えど人間とさほど変わらない見た目だっただろうし、俺ならトラウマものの体験をそんな子供を怖がらせる怪談なんぞに使うとは、今思え返せば中々に豪胆な客人だったのだろう。
「さぁ、着きましたよ。少しの間でしょうがおもてなし致します」
と、昔の話を思い出していたら、いつの間にか小林さんの寺についていたらしい。
「八手~、お尻がヤバい」
俺の言い付け通り荷台に座っていたらしい相棒は、舗装されていない道による揺れで尻にダメージを負ったらしい。
「あー、夏穂。ズボン汚れてるぞ」
見れば黒いズボンに少し湿った土で汚れていた。いつもならば払ってやるが、夏穂は見た目だけならば俺と変わらない。女の穴を触る訳にもいかないので、小林さんの手前注意だけで済ます。
「すみません。車の掃除はたまにしかやらないものでして」
「あぁ、いえ。乗せて頂けただけでもありがたいです」
ふと、耳を澄ます。静かだ。いくらなんでも静かすぎだ。
「……夏穂、ここに来る途中に動物を見たか? いや、気配だけでもいい。鳥の鳴き声でもいいから聞かなかったか?」
今気が付いたのだが、これほどの山奥の村ならば動物や虫の鳴き声がしてもいいはずだ。だが、それが一切聞こえないのだ。
「ん? ん~、聞いてない」
「……そうか」
山奥の村で、動物どころか虫すらも消えている? やはりこの地で何か起こっているのと判断してもいいかもしれん。
「ではお二方、荷物をこちらに、それから村の方々を呼んで紹介しましょう」
「お願いします。それと夏穂、俺から離れるなよ」
いや、まったく。ここまで来れば流石に嫌な汗が頬を伝う。
脳裏で経験則と生まれ持ってから存在する動物としての本能が同時に警鐘を鳴らす――逃げろと。
「地獄に来たのかもな……」
つい、そんな言葉が口から漏れた。
外界を自然と言う壁で覆われた里の中、俺は灰に淀んだ空を見上げながら警鐘に耐える。けれども、いつになっても村の空気を吸ってから肌に現れた鳥肌は直ることがなかった。
私は今何だか空気が淀んでいる所にいる。
田舎と言えば空気がおいしいというイメージがあるのだが、今来てる場所は田舎なんだけど空気が汚い気がする。あまりここで深呼吸とかしたくないレベルだ。
「八手、荷物ここでいいの? まとめて置かないの_」
「ああ、小林さんからそっちはお前の部屋として使って良いと言われている。隣は俺の部屋だ」
「うーん。いつも狭い部屋で一緒だから部屋を別にしなくても問題なのに」
「小林さんから見れば俺たちは年頃の男女二人だ。部屋を分けるのは当然の考えだろうさ」
そういうものか……そう言われ私は着替えとお菓子が入ったリュックを部屋の隅に置く。小林さんという気のいいお坊さんが親切に自分の家に泊めてくれることになったはいいのだが、何だか落ち着かない。
軽トラに揺られて辿り着いた小林さんのお寺は小さいながらも家は立派で、家具とか壺など壊してはいけないものが多そうだ。いや、安そうでも壊してはいけないのだけれども。
「あのお坊さん、いい人そうだな」
「……ああ、そうだな」
む、なんだか八手の返事に間があった。何か引っかかることがあるのだろうか?
実は私もこの村を見てからどうも嫌な感じだなって印象を受けている。説明なんてできないただの勘なんだけど、大体こういう勘は当たってしまうのだ。
と、板張りの廊下が軋み、大きな足音が聞こえてきた。床が古いのかやたらと音が響く。
「お二方、荷物は良いですかな? さきほど村長に電話しまして村の公民館に人を集めて貰っております。待たせるのも悪いですし、それと村の案内も兼ねて少し早めに出かけたいのですが」
足音の主は当然このお寺に住むお坊さんのものだった。家族はいないらしくこのお寺にはお坊さん一人らしい。うーむ、掃除大変だろうなぁ。
「何から何までお世話になり申し訳ありません。夏穂、準備はいいか」
準備も何も私は化粧なんてしない。私は大きく頷いて靴がある玄関へと向かう二人について行く。
ふと、八手の様子が慌ただしいことに気が付いた。キョロキョロと周りを観察している。お寺の間取りを予測しているのか?
「失礼、小林さん。この家の二階は使われていなのですか?」
「ええ、何分一人暮らしなものでして、普通寺は数人の僧がいるものなのですが。前任者が遷化して引継ぎがままならず、暫くは私が一人でここを切り盛りしていく予定ですな」
「なるほど、大変でしょうね」
「ええ、僧の修行は経を唱えるだけにありませんので、掃除も含まれるのですが中々この寺を一人で綺麗に維持をするのは骨を折りますよ」
うん、やっぱり掃除が大変らしい。私たちが住んでいるアパートだけでもたまにしかやる気が起きないのに、こんだけ広いと毎日お掃除しても全部はピカピカできないみたいだ。
広い玄関に到着すると、八手は手早く靴を履き外に出て行く。あれは、村の眺めているのだろうか?
「靴ベラは要りますか?」
「えーと、大丈夫です」
忙しそうにしている相棒を眺めていると、靴を履くのに苦戦していると思われたのか靴を履く為の薄い棒を持ってきてくれたお坊さん。
でもそんな上等な物今までの人生で私は使った事ないので反射的に断ってしまう。うーむ、あれってどうやって使うの?
「その、八手さんは、若いのに苦労しているみたいですね」
「うーん、実家に仕送りしてるから苦労してるのかな……」
「そうなんですか? 親孝行ですね」
まぁあれは仕送りと言うか取り立てと言った方が正しいのだろうけど。言われてみれば八手は何だかんだで苦労人かもしれない。今だって妖刀使いを調査しながら私の面倒を見て、美大の授業や課題も一応はこなしているのだから、ここ最近ゆっくりできてないのかもしれない。
「お坊さんも苦労してそうですね。お寺に一人は寂しくないですか?」
自分にしては珍しくそんな質問をしてみる。いつも喋るのを任せている八手が向こうで忙しくしているので、気を利かせたのだ。
「そうですねぇ……確かに、辛いですなぁ」
すると、しみじみと何かを思い出しながら、ため息のようにお坊さんは弱音を吐いた。
「こんなことを口にするのはいけないのですが、私はただ家の者が僧をしているからなんとなく仏を拝んだだけでして……フワフワとした心構えで今まで生きてきてしまった。ああ、あなたは若い。おっさんのお節介と思われるでしょうが、適当に将来を決めてはなりませんよ」
苦笑しながらそう話すお坊さん。フワフワとした気持ち、というのは私にも理解できる。意識がはっきりした時にはもう少女の体で、優一が面倒を見てくれて、優一の言うことだけを聞いて生きてきた。
今思えばそんな私を見かねて、優一は八手に私を預けたのかもしれない。でも、それでも――。
「私は、フワフワしててもいいと、思う」
「それは、なぜ?」
「だって目標も無くて、何にも縛られてないフワフワしていられる時間って幸せだと思うから――」
誰しも生まれた時から宿命を自覚している訳ではない。だから、多分それは自然な状態で、悪いことではないのだ。
「目標が無いと物足りないと感じるかもしれないけど、余裕はあるから、その分人に優しくできる期間だから、いいと思う。思います」
最後、ちょっぴり敬語に変えて、自分の考えを口にした。
「いやはや、貴女は私より仏門に向いているかもしれませんなぁ」
「うーん。あたまつるつるは嫌だなぁ」
「ハハハ、左様ですか! いや失敬、何かに執着せず、それも有りと受け止める心構えと言うのは中々に身に付かないもので、修行あるのみですなぁ」
うーむ、わりと真剣に話したのにお坊さんは大笑いしてしまった。やっぱり私なんかの言葉じゃ真剣に受け止めて貰えなかったのだろうか?
「おーい、夏穂。小林さんは忙しい身なのに引き留めるんじゃない」
「あーいや、八手さん。この不足の身に説法をさせて頂いておりまして、大変勉強になりました」
「えっと……何か夏穂が失礼を?」
「いえいえ、皮肉などではなく。貴方のお連れの方はまっこと清いですなぁ」
うーむ、今私褒められてるのだろうか? うん。そういうことにしとこう。そう思う方が気分がいい。
「では、村の公民館に案内いたします。車で行っても良いのですが何分舗装も無い狭い道ゆえ、私の運転で行き来すると、あぜ道を潰してしまうのですみませんが徒歩でよろしいか?」
「ええ、構いません。私も少し歩きたい気分でして、丁度この村をゆっくり見ていきたいと思ってたんです」
「まぁ、山奥ですが珍しい生き物などいませんが、今時の若い方には新鮮なのかもしれませんね」
小林さんと八手が話を再開した。では、私はもうお払い箱だ。苦手な会話はこれでお終いだ。
玄関を出て、ガヤガヤと小林さんと八手が話しているのを眺めながら後ろを着いて行く。
「うーん……やっぱりここの空気は嫌だなぁ」
別に不愉快な匂いなど無い。ただ吸っているだけで空気が何か濁ってるイメージが頭から離れないのだ。
八手はどうなのだろうと後ろから眺めていると、私の相棒はどうも村を見渡して、お坊さんにあそこには何があるのか、何か昔にあったのかと質問していた。
「では昔からここはあまり動植物がいなかったと」
「ええ、猿、鹿も珍しくたまに熊や猪が出ますが、退治に来て下さる猟友会の方の話によると隣の山に住んでいた個体だとか」
「わかるものなんですか?」
「なんでも一度捕まえた個体はわかるように記録を取っているみたいで、悪さをする熊と悪さをしない熊を区別しているみたいです。私もここにきて初めて知りましたよ。命を大切にされているのですね」
クマ……クマさんかぁ。クマって美味しいのかなぁ?
「この村は農機具は使ってないんですか? 農道にタイヤの跡が見れませんか?」
「昔からこの村は排他的らしくできるだけ自給自足をしておるみたいです。家にテレビがあるのも十年前ほどに越してきたらしい若夫婦の家だけで、それ以外はまぁ、最近その若夫婦が医者を呼んだくらいですかね? それで村の者からはとやかく言われたみたいですが、お子さんの体調が悪かった様子で、その時は私が仲裁したのですが……」
「……なぜそこまで排斥を? 山奥の小さな村ですから若い人は少ないのでは? なら貴重な労働力として大切にするものではないでしょうか?」
「ええ確かに、ですがどうもよそ者にはきつく当たるみたいで、私もあまり仲が良いとは言えないのです。一昔前までは若い人も住んでいたらしいのですが、一度ネットが通されてから外の情報を知り、都会にほとんど出て行ったらしいです。ですから村の爺さん婆さんはネットを毛嫌いしていますね。ああ、ですからスマホなどあまり皆に見せない方が良いですよ」
うーむ、最近のピコピコはようわからんと言うお爺ちゃんはいそうだが、ネットそのものが嫌いというのは少し過激だ。
「……」
と、八手が黙って何かを考え始めた。あいつがああいう真剣な顔で黙りこくるのはあまりいい予兆ではない。
「さぁ、見えてきました。あそこがここが公民館です」
「……臭い」
思わずそんなことを口にしてしまった。
「はい? お連れさん、何か臭いますか?」
「……小林さんは何も感じないのですか?」
八手も顔を険しくさせている。きっと私と同じく鼻に異臭を感じているのだろう。
「はて、私は何も……」
「黒沢部長が臭いで霊を感じるタイプだったが……これは」
と、八手が何やらぶつぶつと言い出した。
「八手、取りあえず公民館に行こう……」
「ああ、状況を確認しないとな」
そうして私たちは歩き出す。腐臭漏れる古い建物へと。
ああ、やっぱり嫌な予感があったった。さて、あそこには何があるのだろうか? 鴉がヒトの目玉をついばんでいるのだろうか。はたまた足の無い蟲が蠢き重なり合っているのだろうか。
ああ、どうしても、猟奇的なイメージが頭から離れなかった。
俺は今必死に目の前の状況を理解しようとしている。
妖怪なんぞ生まれた頃から見慣れた。幽霊なんぞ出かける度に見かけた。だがそれでも、これはあまりにも異質だった。
「……えー……」
公民館で、目の前にいる村人たちに向けて必死に口から言葉をひねり出そうと頑張ったが、それしか出なかった。
自分の眼球に今映っているのは白い手だ。白い手、そう、白い手だ。口から出ている白い手がビクンビクンと痙攣している。口だけではない。目の前にいる老人の集まりの中には目から、耳からも赤子サイズ、いや、それ以下の小さな白い手が生えて一本一本指が百足の足の如く動かされている。
「……あー、初めまして、京極八手と申します」
言葉を失っていた時間は十秒か、一分か。それだけの時間を消費してから、俺は辛うじて挨拶をすることができた。
総勢五十人超の村人から返事は返ってこない。取りあえず自分だけがおかしくなっていないことを確認したかったので、夏穂を見る。目を大きくして硬直している。俺と同じ物が見えているのだろう。
「小林さん……」
「はい……」
小林さんも辛うじて俺の言葉に返事を返してきた。
「手……見えてますか」
「手?」
どうやら手は見えてないらしい。だが普通の(見えない)人間が見てもこの集団は異常に見えるらしい。
「あんたら、この村に何かあると思うか?」
と、村人たちの先頭に座る……一番体の穴から、皮膚から無数の手がくっ付いている村長らしい人物が唐突に質問を投げかける。
「あんたら本物か?」
そして次は後ろの老婆が口を開き、その質問は周囲に伝染していくように広がり村人が静かに、呟くように言葉を投げかける。
「あんたら見えるのか?」
「あんたら退治できるのか?」
「あんたら陰陽師か?」
「あんたら霊能力者か?」
「あんたら感じるのか?」
「あんた、ああ、ああらあああ」
「あんあらあんあ、あん、あんたら、嘘つきじゃないと誓えるか?」
最後の二人、呂律が回らず何か詰まったような言い方をされた。ただ、この言葉全てが複数人からでなく一つの何かがこの全員を操って言葉を発しているようにしか思えなかった。
「……信用されないのも無理はありませんが、我らは、本物です。できうる限りのことをさせていただきます。失礼ですがその、この村ははっきりいって異常です……今すぐ仕事に取り掛かりたいのですが宜しいでしょうか?」
「ふは、ははは、ははははは」
普通に怒られるかと思った。村が異常だと言われれば気分を害するのが普通だ。だが、事もあろうに村長が肩を震わし笑い始めた。そして、先ほどと同じく村長から周囲の村人へと反応が伝染していき、蛙の合唱の様な笑いの嵐が現れる。
「ああははあっはははっはははああああ!」
「ぎゃあはははははははあぁあああ!」
「ぎゃへ、ぎゃははは! ぎゃへははひはぁっへあははははは!」
「ぎゃぎょごへぎゃごがぎゃごがぎごごげご!」
……笑い方が変質していく。もう人間の笑い方じゃない。これには小林さんも流石にヤバいと思ったのか思わず懐から数珠を取り出し無意識だろうが何かに祈っていた。
駄目だ――これは駄目だ。直感だが、この村人たちは人間じゃない。人間だったものでも、すでに手遅れなレベルで変質している。
「……できうる限りのことはさせていただきます」
再度同じことを口にする。できること、できるなんて、もう小林さんを連れてここから避難して応援を連れてこの村をどうにかするしかない。
「では、これにて失礼」
冷や汗をかきながら一礼して夏穂と小林さんの手を握り外に出る。
「八手」
「ああ、わかってる。今考えてる。少しでいいから時間をくれ」
短く俺の名前を呼ぶ相棒の声が聞こえたので必死にそんな言葉を口から吐いていた。
「あ、あの八手さん。あれ、どうなって」
「小林さん……ここはもう駄目です。逃げましょう」
「駄目って、いや、その、確かにさっきのはおかしいですが、昨日まで村の方々は普通にされてたんですよ」
「……普通、ですか。小林さん、先ほどの村人はどんな風に変でした。私には口やら耳やら、目からも手が生えてる怪物にしか見えなかった」
「は? いや、さっき、え。皆、その、目の焦点が変で、全員口を開けたままで、まったく同じ動きをして同じタイミングでニヤリと笑ったりして……まして」
手が生えていたという言葉にショックを受けたのか、返事はたどたどしいが小林さんにはどう見えているかわかった。ならあの手は霊体か。ただ普通の人から見ても異常に思える表情や言動なのは変わりないらしい。
ならば、小林さんだけを連れて逃げよう。もうこれは俺だけの手で何とかしようというレベルを超えている。
「スマホは、圏外か! くそっ小林さん、車を飛ばしてもらえますか? スマホが通じる所まで、実家に連絡してここらを閉鎖してもらいます」
爺さんに連絡して早急にここらを閉鎖して貰う。何が原因で村人が変質したのかはわからないが変質させた原因が広範囲に広がるのは阻止しなければならない。
次は、そうだ時雨に連絡を――駄目だ。国家陰陽師を動かせば古道とその一派に時雨と俺の関係が露見しかねない。いや、それでもこれはもう何千人の命に関わる事態ならば仕方ないことか? どうする。どうする! 考えろ。頭を動か……。
「小林さん……この村には若夫婦がいるんですよね」
「ええ……そうですね」
「……その方の家に案内してもらえますか?」
「それは……危ないのでは」
「はい、危ないかもしれません。が、このまま逃げたらその若夫婦を見捨てることになるやもしれません」
公民館に現れなかった若夫婦。長年ここにいた村の老人変質したが、引っ越してきて時間がさほど経っていない若夫婦はもしかしたらまだ無事なのかもしれない。
「……わかりました。私も坊主の端くれです。見捨てられません」
「お願いします」
二秒、命を危険に晒す覚悟を決めるのに二秒使い、小林さんは俺のお節介を承諾してくれた。
「夏穂、いいか。ここからは死地だ。腹をくくれよ」
「さっきから嫌な予感はしてたからそこは大丈夫」
「ああそうかよ。勘はいいよなお前」
ああ、相棒は既にエンジンを掛けていたらしい。ならば上々、状況は最悪だがコンディションは最善だ。
「では、こちらに」
小林さんが小声でそう言ってから、駆ける一歩手前の早歩きで村をつっきる。
その途中、よく畑を観察する。様々な作物が植えられているが、よく観察してみれば変な部分があった僅かにあった。
「紫に変色している?」
斑の紫が付いた葉っぱを千切る。
「小林さん、移動しながらでいいのでこれを見てくれませんか?」
「……ただの葉っぱが何か?」
「ありがとうございます」
小林さんには見えない。ということは霊的異常か。
「作物さえ影響が出ているが……」
ならば水に何か……鬼門の方角にあるという沼……。そこには何かある。淀んだ霊力を貯めた水を摂取して、村人たちは体から霊体の手が漏れるほど詰めたのか? いや、それだけでああなるものか、駄目だ判断材料が少ない。
だが、断言はできないが頭の隅に水という単語を置いておく。
「……考えろ。原因(過去)を、数式(現在)を、回答(結末)を」
魔術にも霊障にも超能力にも理論がある。ただ科学で説明できない仕組みで、神と呼ばれる存在が使う力など永遠に解明できないだろう。だが、確かに人の脳でも理解できる仕組みがある
「そもそも、なぜこれほど急激に変質している」
これほどの急速に肉体が作り替わる例はあるにはある。霊障の影響を受けやすい体質の人間が直接悪魔に取りつかれた事件がそうだ。
「だが今回は人数が多いすぎる。あれの全員が特殊霊な訳が無い、ならば……ここは!」
頭の中で何かが繋がりかけた。急いで周囲を見渡し、村の構造を頭に叩き込む。
村に張り巡らされているものはなんだ。上を見る。電線か? いや違う。村全体にあるが沼とは関係ない。下に視線を変える。水路、水路か!
「木溜まり村という名前、地蔵の排斥。寺の位置、そして鬼門の沼……くそ、そういうことか」
式はおおよそ二つか三つある、そしてそのうちの“一つだけ”わかった、解もおおかた予測できるが、駄目だ。今のままでは詳細な部分はどうやってもわからない。
「八手、何かわかったのか?」
「この村は狂っている。この村そのものが大きな儀式を行う構造になってたんだ」
原因はまだ不透明だがこのむらの構造はそういうものだ。
「鬼門だ。鬼門の沼だ。村の水路を観察したら鬼門の沼に繋がっている。そこになにかあって、そこから流れた水がこの地に負の気を土に染み込ませている。だがそれだけで村人が昨日今日で変質したのはありえない」
そう、その要因だけでは有り得ないのだ。だから一つだけ、多分今起きているのはなんらの複数の効果による相乗効果と予測できる。
「じゃあ、えーと。その術式を壊したらいいのか?」
「無論そうだが、それだけでは事態は収拾がつかないだろう。取りあえず若夫婦の家だ。今は迅速な行動が最適解だ」
それにいい加減糖分の使い過ぎで頭が痛い。次は体を動かして頭を休めたいところだ。
「八手さん。あそこです」
頭痛に眉を吊り上げていると、小林さんがそっと大きな木に隠れている民家を指差した。
「さて、どう説明したものか」
素直に今この村は異界と化していると伝えても「はいそうですか」と信じてもらえないだろう。
「そういえば、この家の子供は体調が悪いと言ってましたね」
「ええ、中々体調不良が治らないらしく、今も看病しているはずですが……」
よし、それでいくか。
「私が上手く説明しますので小林さんは傍観をお願いしますね」
「は、はぁ」
チャイムを押す。するとすぐさまインターホンから女性の声が聞こえてきた。
「はい、どなたでしょうか?」
女性の声からして若夫婦の奥さんだろう。
「あ、こちら市から来た者ですがご主人はいらっしゃいますか?」
「はい、おります。今主人を向かわせますのでお待ちください」
インターホンはそこで終わった。
「あの、八手さん。正直には言わないのですか?」
「陰陽師と言って相手に不信感を抱かせるより嘘でもいいから真っ当な役職を言った方が相手に迅速に動いてもらえますから」
「手馴れてますね……」
と、玄関が開く。そこには髪も髭も伸び放題の少し不摂生な印象の男性が出てきた。
「突然すみません。私京極と申します。少々緊急の事態が起きまして、ここら辺の水源に有毒な物質がある疑いが出まして、市がここら一帯に住んでいる人を病院で精密検査を行うのですが、ご同行お願いしますか?」
「え……と」
いきなりの説明に面食らう男性。するとじっと俺を観察する。そうか、俺たちの服装か。市から来たのならスーツを着ているべきだ。
「ああ、すみません。普通ならスーツで伺うべきなのですが、人手が足りなく着替える間もなく休日に動員されてしまいまして……」
考えろ。矛盾を無くせ、俺たちには車が無い。なら登山に来ていた設定にしろ。ならば服装の嘘に信憑性が増す。
「警察にも応援を頼んでいるそうですが、少し時間が掛かるようで、偶然行楽に来ていた私どもが一番にこの村に訪ねてこれたのです」
「はぁ……なるほど、で、なぜ住職が」
「ええ、実は最初に住職様の家に訪ねたおり、以前から体調が悪い方はいらっしゃらないかとお聞きしたところ、こちらの家でお子さんが以前から体調を悪くしていらっしゃると聞きまして案内を頼んだんです。それで、今すぐにでも病院に向かって頂きたいのですが」
「えーと、そちらの車で?」
「申し訳ありません。私どもは登山に来ており車が無く」
「ああ、さっき言ってましたね」
「ええ、ですのでそちらの家の車を出して頂きたいのですが、問題がありましたら住職の車を貸していただく手はずとなっております。それと念の為家族全員の検査をしたいので全員で病院に向かって頂きたいのですがご予定は大丈夫でしょうか?」
「その、どこの病院に向かえばいいですか?」
しまった。ここいらの病院の名前なんて知らない、なら――。
「申し訳ありません。今市が病院に確認しているのですが決まっておらず、人数が多く複数の病院が受け入れ人数の調整をしているところです。ただ、体調が重い方は大きな病院で見てくれると思いますよ。お子さんの方もそちらで診てもらえるかと」
「ああ、それは助かります」
「それで、万が一があっては困りますのですぐに出発したいのですが、宜しいですか?」
「ええ、わかりました」
よし、なんとか信じて貰えた。奥さんに事情を説明する為に家か、旦那さんは中に入って行く。
「……よくもまぁぽんぽんと嘘を並べられるな」
「仕事柄、な」
小言で俺の回る口に対して、相棒はなんとも呆れた様子だ。
それから落ち着きのない小林さんと待つこと数分、心配そうに車のカギを持って玄関に来た母親、それと父親におんぶされて子供が連れられてきた。
「……失礼、少し容体を診させてください」
「え? はい」
父親の腕に抱かれた子供を診る。目、口共に常に開いており小林さんの語ったあの村人の症状と酷似している。体から白い手が生えていないが体内に何かいる可能性が高い、意識も無いし、危険な状態だろう。
「あの白い手、霊体としたら……これが効くか?」
リュックから水を取り出す。基本脳筋主義の京極家に人の体に入った悪霊を払う技術は無いが、道具で何とかできることもある。
「八手、それ何?」
「ああ、霊山の水だ……高かったがな」
「高いのかぁ……」
「ああ、一リットル三万だ」
「ぼったくりだろそれ!」
ここに来る前、糞爺経由で手に入れて貰ったのだがきっちり金を取られた霊水だ。これを飲めば体内の悪霊を歩いて程度は払えるかもしれない。まぁ、応急処置程度にはなるだろう。
「あの、それは? 霊水ってなんですか?」
と、親御さんが心配そうに俺に質問してくる。まぁそうだろう。この人たちにとって俺は市役所で働いてることになっているのだから。だがもう演技とかしている場合ではない。この霊水を飲ます言い訳を考える時間が惜しい。
「すみません。お子さんが危険な除隊なので応急処置をします」
そう言って両親二人からの反発があっては時間を浪費するので有無を言わさないうちに霊水の入ったペットボトルを口から流し込む。
「ちょっとうちの子に何をしているんですか!」
当然、母親からの金切り声で怒られる。まぁ最初からビンタの一つや二つ覚悟していたのだが、小林さんがなだめていてくれた。
「けほ、こほ。お……おぉ、え」
と、子供が吐き気を起こしたので背中を叩いて嘔吐の助けをする。
すると地面にびちゃびちゃと音を立てて嘔吐物と共に白い手が吐き出される。そして白い手はそのまま吊り上げられた魚の如く地面の上でのたうち回っていた。
「お母さん。お母さん……気持ち悪い」
「おい! 和希、お前意識がはっきりしたのか!」
と、子供が咳しはじめた瞬間、父親が嬉しそうな声を上げる。しかし、意識がはっきりしたとはどういうことなのか
「ちょっと待ってください。お子さんは今までどのような状態だったんですか?」
「え、いや、昨日からご飯やトイレには行くのですがどうもぼんやりしていて、今日になってからずっと布団の上から動かないで……さっきまで病院に行こうか妻と相談していたんですが」
「いいから! その子を返して!」
「愛華、よくみろ和希が元気にしてるんだぞ」
「貴方何言ってるのよ! 和希が変な物飲まされたのよ! それに吐いて苦しそうにして! おかしいわよ!」
と、子供が回復して喜ぶ父と子供を取られて混乱している母親が言い合いを始めた。さて、どうしたものか。子供の命を優先で動いたものの、とっさのことなのでその後どうするか考えてなかった。
「その、奥さん、取りあえずお子さんはお返しします。強引な真似をして申し訳ありません」
「いいから早く返しなさい!」
と、小学三年生ほどの子供を差し出すと俺に罵声を浴びせて我が子をひったくり、力一杯抱きしめる母親。まぁ事情を知らない一般人だ。この態度は仕方ないというか、母親として正解なのだろう。
「愛華、落ち着けって、医者が匙を投げた和希を助けてくれたんだぞ」
「いきなり子供に変な物を飲まされたら怒るわよ!」
うーむ、どうしたものか。
「八手、急いでここから脱出しよう」
「ああ、わかってる。失礼、私の話を聞いていただけますか。今私がしたのは応急処置です。お子さんがまた昏倒したりするかもしれません。ここから出て病院などに入院させてください」
いきなり霊媒師と言う言葉を出すと母親が突っかかってくると思うのでまずは病院に入院させる運びで話を進める。取りあえずはこの土地から離れたらそれで話は済むのだ。あとのことはその時に説得したらいい。
「では車を出してもらえますか?」
「はい、わかりました」
俺を睨みつける母親とは対照的に、素直に俺のいうことを聞いてくれる父親。うーむ、いくらなんでも……いや、それより脱出だ。
「小林さん。ここら辺りで一番大きな病院を知っていますか?」
「ええ、山を出て三十分ほどで着きます」
ならばそこで応援を要請してから子供の治療をできる陰陽師を糞爺にでも紹介してもらうか……。
「ちょっとどうなってんのよ!」
「エンジンがかからないんだよ。昨日は問題なかったのに」
と、若夫婦が騒がしい。エンジン不良だと?
「ボンネットを開けて貰えますか?」
「え、はい」
車に詳しい訳ではないが簡単な異常なら直せるかもしれない。そう思っての提案だったが、ボンネットを開けた瞬間そんな小さな希望は吹き飛ばされてしまう。
「なんですか、これ?」
「骨、動物の、ですかねぇ……」
車のボンネットを開けると、そこにはいくつもの骨が無造作に詰められ、よく見れば車の部品が損傷していた。
「誰だ、こんな悪戯をしたのは!」
人為的に壊されているのは一目瞭然で、若夫婦の父親は思わずここにいない犯人に怒鳴っていた。
「小林さん、申し訳ありませんがお寺の方にある車を使わせてください。至急戻りましょう」
「ああ……では、私たちはここで待ってま――」
「いえ、お手数おかけして申し訳ありませんが付いてきてくださいませんか? できるだけ急いでお子さんを病院に届けたいので」
嫌な予感がする。というより当たり前の推測が頭を過ぎった。若夫婦の車が壊されているのならば小林さんが留守にしている間、お寺にある軽トラが使用できなくなる可能性は十二分にある。
「夏穂、若夫婦と小林さんから離れるなよ。もう事態は緊急時のそれだ。危険と判断すれば迷わず力を使え」
「うん、わかった。八手、これ妖刀使いと関係あると思うか?」
「まだ判断材料が少ないが、妖刀使いの目的は魂喰らいを理とした殺害で会って人間を怪物に変えることじゃあない。妖刀使いとは別件なのかもしれんが……」
しかし、だ。時雨の情報が違っているとは思えない。ならば、妖刀使いが何か発端となりここの村人が変容したのか、もしくは……。
「もしくは、人斬りが目的ではないのか。もしくは村人を怪物に変えることが自身の消滅の回避となるのか、ならば村を魔界に変えてそこに引きこもり外敵から身を守るつもりか、それとも俺のような陰陽師をここに引き寄せる餌にして罠を張り危険因子を潰していく腹なのか……他にはここにある不浄を取り込み自らを――」
「八手、考えすぎだ」
「ああすまん。今は脱出優先だな」
ついつい考え込んでしまった。今は一般人を引きつれているのだ。ここが火中と化す前に迅速に脱出しなくては。
「では、行きましょう」
気がつけば、足早に急いでいた。
寺に向かう道中、他の村人の目を気にして周囲を見渡したが、いない。一人も。それが逆に俺の不安を煽る。
経験則から、嵐の前の静けさに嫌な予感をどうしても覚えてしまうのだ。
「家に、閉じ篭もっているのか?」
それは楽観的思考。
「それとも、隠れてこちらの様子をうかがっているのか」
すでに警戒されたという最悪の事態の想定。
そう、想定できる最悪の状態がそれだった、が、事態は俺の想定を超えてしまっていた。
「ひっ……」
さて、それは誰の声だったか。小林さんか、はたまた若夫婦のどちらか、それとも夏穂か。いや……自分か?
口が動く。食っているのはそこらに生えている野草。おまけに土だ。食っている。横転している小林さんの車からテッシュや座布団食っていた。
車が使用不能になった絶望感もあるが、それよりも目の前にいる存在の方に心が折れそうになる。
「何だあれ!」
今度は誰の声かわかった。若夫婦の旦那の方だ。いや、拙い、拙いな。こういう場合、逃げに徹するのは最適解だ。
だから相手が俺たちに気づかず目の前の食べ物、と言って良いのか……それに夢中になっている間に静かに逃げたかったが、もう無理だ。さっきの声でこちらに気が付かれた。
「あ、ああ……あ、ア、アアアー……」
俺たちを視認して静かに、言葉ではない泣き声をあげた。だがそれは人間、の面影があった。だが明確に人では無いと一目で理解可能だ。
「八手、あれ何……?」
でっぷりとした腹、しかしそれ以外に肉は無い。一目見ただけで飢えていると判断でできた。
そんなあれらを知らないのか、夏穂が問いかけてくる。
「あれは……餓鬼だ」
「えっと、子供?」
「違う、餓えし鬼だ。だが……食っているだと?」
餓鬼という妖怪はそこそこ世の中に認知されている。だが餓鬼という妖怪がどのような特性を持ち、多種多様の種類があるのは知られていないだろう。
「あれは、有財餓鬼、それも多財餓鬼なのか?」
餓鬼とは基本、物を食べることができない。食べようとすれば食べ物が火となったり、生前の罪によって食べる物が限定され、馬糞だったり残飯しか食べれなかったりする妖怪だ。
だが、目の前の餓鬼は違う。食べている。餓鬼の中でも多くの物を食べれる存在は多財餓鬼と呼ばれる餓鬼だ。
「お三方、お願いしますから夏穂から離れないでくださいね。夏穂、一般人の前だからと能力の仕様を躊躇うなよ。事はもう、なりふり構っていられない事態だ」
「八手はどうするの?」
「相手は三体、ならば、俺単身で道を切り開ける」
「でも、あれって」
「夏穂、あれはな。元、だ」
覚悟を決める。あの餓鬼の正体に夏穂も勘づいたらしい。というより、簡単に予測できることだ。あれは、ここの村人だったものだろう。完全に村人が変質しきった妖怪だ。
「……強結展安」
じわりじわりと距離を詰めて迫る餓鬼相手に、京極三長柄の笹の葉を取り出し、同時に強化結界を掛ける。
俺が臨戦態勢を取ると同時に、餓鬼は野生動物の如く反射的に俺たちから距離を取ったが、再びじりじりと距離を詰めて来る。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー」
三回、口から浅く息を吐き出し体から無駄な緊張を絞り出す。
「ぐぎゃ!」
それからの展開は一瞬だった。
まず三体のうち一体が涎を垂らしながら四つん這いのまま突進してくる。
工夫の無い一直線な動き、対応は首を一閃。
次、仲間がやられて二体同時に掛かってくる。しかしこれもし投与技の突進だ。薙刀のリーチを生かし先ほどと同じく自分に近かった方の餓鬼の首を刎ね飛ばす、次は最後の一体。突きで心臓を穿つ。
「ぎっ!」
声にならない音を出し、餓鬼は目を見開き己が死を悟った様子。処理は完了した。ただそのまま突進して来た勢いを殺しきれず、後ろの畑に餓鬼を腰をひねり笹の葉を後ろにして放り投げた。
餓鬼の死体は笹の葉の刃から抜け、血の飛沫を地面に降らしながら畑へと不時着した。
「夏穂、移動手段が消えた。寺に陣を敷く……小林さんも構いませんか?」
見慣れない黒い血に小林さんや若夫婦は完全に呆けてしまっている。なので夏穂に指示を飛ばす。しかし夏穂も石みたいに固まっている。何をぼーっとしてるんだこいつは。
「おい、しっかり……」
いや待て、夏穂の様子を見て、違和感に気が付いた。ただ夏穂は一点を見ている。その視線の先に俺は目にやった。
約五十メートル先、遠めだが血飛沫が確認できた。
あれは、なんだ。あれは、駄目だ。
餓鬼なんて目でない。あれは、あれは。
「八手、あれ……やばい」
夏穂も直感的にそう感じたらしい。俺もおそらくだがあれの正体に検討をついていた。
鳥肌が収まらない。寒い。薄ら寒い。あれは人が敵う存在ではない。陰陽師でも一握りしか相手取ることは不可能だろう。
妖怪では無い。わかる。わかってしまう。あれは――」
「あれは多分――腐った神だ」
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