第十二話「エクスキューショナー」
「政治家が雇っている殺し屋って知ってる? 昔、都市伝説を集めたテレビで見たんだけどさ。知ってる人いる?」
「うはw それ見た。あんたおっさんかよ」
「いや、それを知ってるあんたもおっさんだろ?」
「モザイクと変声機使ってもさ、しかる組織に顔バレしないのかね? 殺されるよね普通」
「し、か、る、そ、し、きw てかあれ、絶対やらせだし」
「でもあれは別でも、本物がいてもおかしくないよね?」
「いやいやい、妄想だしw」
「私、十五年前ぐらいにあるスレで見たことあるんですが、本当にいるみたいですよ。オカルトの雑誌の記事にもされたみたいです。雨の部隊とかなんとか」
「嘘乙w」
「雑誌にも乗ったんですか?」
「はい。まぁでも、その記事の内容は、所持品から雨の部隊と呼ばれる名前の政治組織の人たちの死体が見つかったって内容だったんですけどね。活動目的は不明ですが武装してたから殺し屋だったんじゃないかと」
「うわ、じゃあ何に返り討ちにされたんですかね?」
「まぁこのオカルト記事も多分ねつ造でしょうけどね。で、次はアメリカの政治の殺し屋なんですけど」
「それは絶対いるw てかCIAがそれでしょ?」
「君、洋画を見すぎじゃない……それにCIAは情報機関であって殺し屋じゃないし、仕事上銃を使うかもしれないけど」
「いや、確実に政府の敵殺してるしw 馬鹿だろお前w」
「人の意見は頭ごなしに否定する癖に自分の意見は根拠なしに間違ってないと主張するんですね……」
――とある世界の殺し屋についてかたるスレより。
俺は今夏穂と二人で人通りの無い夜道を歩いている。
国宝学の犬神騒動から翌日、俺はネットを漁って妖刀使いが近場の潜伏してそうな地域に向かっていたのだが、低級の妖怪が暴れていただけでなんの収穫も無かった。
さくっと夏穂が適当に焼いて懲らしてめて今、自宅に向けてとんぼ返りしているところだ。
「今日は無駄足だったなぁ~」
「ああ、まぁ、そう当りにはたどり着けんしな。これから、こういうのがほとんどだろう」
暗くてよく見えないが、田園に囲まれた近くににある廃工場を眺めながら、夏穂と会話をする。こう行った時は、定番で暇つぶしはこいつとの雑談をするのだ。
俺はぶらんぶらんと肩が痛くなったので手に持っていたリュックを揺らしながら、同時に口を揺らす。
「なら移動の時、暇だから暇つぶしの道具欲しいかな」
まぁそれも飽きてくるのだが……俺はスマホがあるからいいが、こいつはそういう物を持っていない。
「あー、ならゲーム機でも買うか? 少し値が張るが……まぁそういうことなら買ってやらんこともないぞ」
「うんん、やる友達いないからいい……」
「ああ、そうか。じゃあそうだな、漫画でも持っていけ」
「うん。今度からそうする」
電灯の明かりさえ少ない田舎道を歩きながら、相棒とそんな雑談をする。さて、明日は大学に行って黒沢先輩から情報を貰って課題を出さないといけないか……。
「ん?」
「八手、あれ何?」
異常に気が付いたのは夏穂とほぼ同時だった。
視界の端に、何か黒い物体を捕らえた時は、虫か、はたまた蝙蝠がこちらに飛んできたのかと思ったが、瞬時にそれが過ちと認識を正す。
過ちとわかった理由は単純に、大きかったのだ。日本に巨大な蝙蝠など住んでいないし、世界を探しても人間サイズの虫も存在しない。ならばそれは、中型の動物か、人しかない。
「やつ――」
「ちぃ!」
時間など無い。夏穂が俺の名前を呼び終わる前に対策を打つ。咄嗟に肩が痛くなって手にしていたリュックをその影に投げつける。
瞬間、確かに鋭い光が闇夜の中を一閃した。
「――で! 危ない!」
(刀か!)
間違いない! リュックを中身のペットボトルごと一閃したのは確かに刀だった。夜で形ぐらいしか判別できなかったが、刀であることはなんとか視認できた。
「夏穂! 妖刀使いだ!」
「えっ」
不確定だが、相手をそう仮定し夏穂に伝え、相手の危険性を把握させる。さて、目的が自わから来たのであれば、逃がす道理は無い。
「追うぞ!」
「うん!」
俺を襲ってきた影は、闇夜を獣の如く駆け、近くにあった廃工場へと逃げる。
誘いこもうとしているの? だとしたら罠か。だがこっちには夏穂がいる。相手がどこで俺の情報を手に入れたのか気になるが……、今は相手を倒すことに集中しよう。
「夏穂、不意打ちやトラップに気を付けろ。罠かもしれん」
「了解!」
「ついでに暗闇を見通して相手の罠(策)の可能性を潰すぞ」
「どうすればいい!」
「工場の上空に特大の火球を作れ。周囲の人間に見られても構わん、あれを逃がすな犠牲者が出る!」
「うん!」
工場に走りながら、夏穂に指示を出して灯りを作ってもらう。指示を出して二秒、闇夜を照らす赤い小さな太陽が出現した……自分で指示をだしといてなんだが、想像を越して派手すぎた……。ああ、夏穂の奴、少し力んでいるな。
「あれは……」
相方が鼻息を荒くして張り切っているのを確認してから、工場の屋根の上に刀を持ち、笠を被ったボロ布を纏った男を視認する。
「あの格好……やはり妖刀使いか。夏穂、お前は俺のサポート、今は防御に徹しろ」
「うん」
「気を抜くなよ。相手は速い」
金網を超え、工場内の敷地内に入り込み相手の姿が見える位置まで近づく。
先ほど見せた逃げ足から、相手が俊足なのは明白。格好から妖刀使いと判断できる。そして、例に漏れず抜き身の刀は錆びついて刃こぼれだらけだった。
「間違いないな……貴様の名前を聞いておく」
「……」
妖刀使いは無言のまま、刀を片手でこちらに向ける。
「わかった。名乗りは不要だ……では悪いが消させて――」
「京極家の八手だな」
「――なぜ、俺の名を?」
俺の話に割り込む形で、妖刀使いは俺の名を呼んだ。
「てめぇ、最初から俺を狙ってや――」
「今だ!」
「八手、動くなよ!」
瞬間、夏穂の黒い炎が俺たちの周囲を囲む。
「夏穂!」
「右から銃撃!」
夏穂の言葉通り、連続した銃撃音と炎に弾丸が呑み込まれるのが確認できた。ライフルかマシンガンか?
「夏穂……よく反応できたな」
「守りに徹しろと行ったのはお前だろう……遠くからの攻撃だから防げただけだ。それより敵に集中しろ、馬鹿八手」
夏穂の忠実さと先ほどの指示に命を救われるが……別方向からの銃撃だと、妖刀持ちが銃を使うのか? しかも別方向からの銃撃からして二体いると判断していい。
「おい……貴様、妖刀使いか?」
明らかに変だ。相手の刀と格好で妖刀使いと判断したが……。こいつら、まさか。
「てめぇら何者だ!」
「え、八手。あいつ妖刀使いじゃ? 格好だって!」
「騙されたかもしれん。夏穂、隙を見て逃――」
指示を出しながら夏穂の方に目をやった瞬間、刀を持った影が夏穂の後ろで今まさに斬りかからんとしていた。
待て! 銃撃方向と刀持ち、両方の警戒はしていたぞ! あの大黒目をも超える俊足か、こいつ!
「うわぁ!」
「っ!」
相棒の間の抜けた悲鳴と共に、錆びついた刀が夏穂の首を落とさんと振られる。例え切れ味を失っていても首の骨を折れば殺傷可能。それほどの力強い一撃だった。いや、なるはずだった……。
「夏穂、そいつの移動速度は脅威だ。気を付けろよ」
「こいつ速すぎだろ! 人間サイズのゴキブリだ!」
相手の脚力に驚きを隠せない相棒の首は未だ健在。刀が振られる直前、夏穂は黒い炎で奴持つ刀の刀身を瞬時に焼いて消滅させたのだ。
こいつの能力は意識を防御に徹してさえいれば、まず殺されることはない。その全てを喰らい触れれば何もかもを飲み込む黒い炎は、まさに敵からすれば厄介極まりないだろう。
影は黒い炎の特性を瞬時に理解してか、すぐさま柄だけなった役立たずの刀を捨て、銃撃が飛んできた方向へと飛びのき逃げていく。
「やはり速い……人間かあれ?」
刀を持っていた方の速さが尋常ではない。人間サイズのバッタでも見ている気分だ。脚力、跳躍力が共に馬鹿げている。
「あの式神の黒い炎、厄介だな。時雨(しぐれ)、怪我は無いか。体制を立て直してはどうか」
「支障は無い……直(なおし)、式神を引きつけろ。術者の方は私が狩る」
「了承した。しかし三十分も持たんぞ」
「構わない。不利と判断すれば逃げろ。撤退する」
「ああ、やりすぎるなよ」
俊足の影が、あれは軍服か? マントを羽織った何者かと合流する。
先ほどの銃撃はあの軍服の、体形から見て男か……軍服の男の攻撃なのだろう。
「何者だ?」
「……」
「そいつは式神か? 使い魔か? なぜ俺たちを襲った」
俊足の男は沈黙を破らずただこちらを見据えて様子をうかがっている。
「おい、何か喋れよ」
「……京極 八手(きょうごく やつで)、星降り島における無断侵入及び無許可での儀式により処罰する」
「はっ?」
星降り島? 今更なんでその名前が出てくる。
「死刑、執行」
それより、その処罰だとか死刑執行だのの言い回し、まさかこいつ陰陽省の処――!
「おい、待――」
「八手危ない!」
何か鈍い光りが目に入った瞬間、夏穂に突き飛ばされる。
「……お前」
「かすっただけだ! それより前」
突き飛ばされて、夏穂の顔には赤い細い線が作られていた。先ほどの鈍い光りは、俺にめがけて飛んできた刃物か何かなのだろう。
「……すまん。少し気が抜けてた。顔は? 毒でも仕込まれてないか?」
「痺れとかだるさは無い。大丈夫だと思う」
「そうか……調子悪かったら言えよ。尻尾撒いて逃げるから」
しかし、だ。相手は俊足、逃げられる自信は無い。しかも取り付く島もないなこいつ、話を聞こうと口を開けば隙とみて最小の動きで攻撃してくる。
かと言って星降り島の一件が原因で命が狙われているのであれば、話し合って誤解を解けば無駄な血は流れないのだが……。
「……夏穂、隙を見て俺が爺に電話を掛けて陰陽省に取り合ってもらう。そうすれば誤解が解けるだろう」
「それ、電話してからどれくらい時間が掛かる?」
「わからん、が他に何も思いつかん……」
「じゃあじゃあ、あいつら倒して話し合いするのは?」
「確かにお前は強いが、あいつら戦闘経験の練度が違う。能力のごり押しなんぞでどうにかなる相手じゃない。力で取り押さえるなんざ難しいぞ」
「……粘土が違う?」
「練度だ練度! 経験豊富ってことだよ!」
「なるほど……なるほど?」
ああ、わかってないなこいつ……とまぁ、俺と夏穂が馬鹿してる間に相手さんはこっちにサバイバルナイフを投げようと隙を伺っているのだが……本当に容赦ねぇなこいつ。
「じゃあ私が防壁つくるから、八手は電話な」
「了――」
と、作戦が決まり電話を取り出そうとした瞬間、変装をしていた男が隙とみて、サバイバルナイフを投げつけてきた。
「あっぶ!」
電話を掛けようと少し相手から意識をずらした瞬間、虚を突く投擲。やはりこいつらヤバい。特に変装をしている方がえげつない。片方(軍服)の戦闘力は不明だが、あっちが一番の脅威と考えていいだろう。
「八手ぇ! 大丈夫かぁ!」
「ああ当たってねぇ! 畜生あいつマジでふざけんなよ!」
激しく動く心臓の勢いが言葉に混ざり勢いよく吐き出される。今はこの心臓の鼓動を落ち着かせたいが、自分の仕事(電話)をいち早くしないといけない。夏穂だって俺の心配をしつつ黒煙の防護壁を円状に作り出して自分の仕事をきちんとこなしているのだ。
スマホを操作して電話を掛けようと指を動かす。時間が遅く流れる。アプリが立ち上がる時間が惜しい。落ち着け俺、操作ミスするなよ俺。
実家だ。実家に電話かけるんだ。どうせ連絡先なんて指で数えれる程しかねぇんだから連絡先の一覧からすぐに見つけられる……。
「ああ……ちくしょう、なんか悲しくなってきたら落ち着いたな」
「八手ぇ、悲しくなるって何があったぁ! 敵からの精神攻撃か!」
「待て夏穂、今から電話するから静かにしてくれ」
「あ、うん。ごめん……悲しくなったってもしかして連絡先が」
「ちょっと黙ってて静かにしろ夏穂ぉ!」
そして、電話のコール音が一回、二回、三回、四回、五回……。
「時雨、取りあえず銃撃が貫通するか確かめる」
「ああ」
と、実家に掛けても誰も出ない中、銃でも隠し持っていたのか、当たり前のように軍服の男から銃弾の雨を浴びせられる。その銃弾全てが、俺たちの周り囲む夏穂の黒い炎の中に触れるなり消えていき無傷だが、純弾を浴びせられていては生きた心地がしない。
「はい、もしもし京極でございます」
「ああ初雪さん、俺です八手です!」
「八手様ですか? そのように声を荒げていかが――」
「今、多分だが陰陽省の奴に襲われてて! 星降り島の件で因縁つけて襲ってくてるんだ! すぐ爺さんに陰陽省に掛け合って星降り島の土地の権利書でもなんでも見せるよう言ってくれ。至急!」
「わかりました、すぐに――!」
よし、電話に出た相手が初雪さんで助かった。俺の話に混乱もせず、スムーズに事が運んだ。これが酔っぱらった爺さんなら俺の電話の内容を信じるかどうかも怪しかったからな。
状況は最悪、ただし悪運には恵まれている。
だからと言って成り行きに身を任せていればあっさりと死ぬ。だから頭を動かせ。痛くなってきたが構わない。次の案を練り壊してまたこねくり回す。
ああ、気持ちが切り替わっていく。夏穂が変に緊張しないように、そして相手のペースを崩すべく道化を演じていたが、あまり意味が無いかったようだ。敵は冷酷に、機械的に俺を殺そうとし、相棒は気合が満タンで実にコンディションが良い。
「夏穂、これから持久戦だ! 踏ん張れよ」
「おう!」
相棒が鼻息を荒くして力強く俺に返事を返す。まったく、少しは自分が女だという自覚を持てと思うが、今はそれがなんとも心強い。
いや、こいつと仕事をしだして思ったのだが、こういう時(窮地)に一緒に戦ってくれる馬鹿ほどありがたいものはない。
だって無条件で一蓮托生と背中を頼ってくれる。俺を裏切り自分だけ助かろうとしない。その眼に映るは妥協などしない両方生きているという未来のみ。
――ならば、俺も賢く(醜く)ならなくていい。ただ一つの勝利にしかこの脳みそを使わなくていいのだから、これほど楽なことはない。
「強結展安!」
口に馴染んだ呪(まじな)いの言葉を唾と共に腹から飛ばす。
「ふん」
口数の少なかった時雨と呼ばれた男が新たに赤い刀身の刀を取り出して、構えつつ頭の笠を深々被る。
被り物を気にするたぁ余裕そうだなおい、しかしだ。あの馬鹿げた戦闘力と、さっき言った俺を処刑するという芝居がかった言い回しから、噂に聞く陰陽省の対霊術師狩りの処刑人(エクスキューショナー)なのだろうか?
もしそうなら、俺などでは倒すどころかその脅威から逃げることすら不可能に近い生粋の天才(天災)だというのは十分に理解している。お前を相手取れる相手は俺の知る限り人類最強の健史さんぐらいだろう。
――だが、不条理なんぞいつものことだ。大体陰陽師が相手取る魑魅魍魎はそういうのばかりだ。自慢じゃないがな、今更、そんなのに襲われて戦意が削がれる精神なんざ持ち合わせていない。
「死刑執行、上等だこの野郎。冤罪なんぞ馴れっこだ。この京極八手が三十六計逃げるに如かずっていう素晴らしい兵法を見せてやるよ!」
「逃げるのに威張るな、馬鹿八手!」
相棒の突っ込みが飛んでくる……いや、まったくお前の言う通りだよ夏穂。でも仕方ないじゃないか、相手に俺たちが逃げるって認識させる罠を張らないといけないんだよ。ちょっと、いや、かなり恥ずかしいけど言わなくちゃならねぇの。
「く、銃弾の無駄な消費はもうする訳にいかんか、埒が明かない……時雨、どうする?」
「……いや、待っていればいい。直、お前は適当に女の方を押さえておけ」
そして相手は当たり前のように俺たちを殺す最適解を頭の中でくみ上げ終わっている。
そう。いかに夏穂の能力が馬鹿げていても、弱点がある。それはこいつの能力が炎であることだ。当たり前だが、水掛けたら消えるとかそんなことで解決できる黒炎ではないが、わかりやすい弱点があるのだ。
まず、こいつはその莫大な力を持て余している。つまるところ精密なコントロールなどできないのだが、その為、使う力の炎という現象の性質をある程度しか変えることができない。その中で、炎が酸素を消費して燃えているという特性を変えられないのだ。
燃焼という現象は、まず燃える物体、そして熱、最後に酸素あることが条件である。夏穂は霊力を消費して空気中に熱と炎を作り上げれるのだが、酸素を消費するという特性は霊力で補えられない。
つまり、一酸化炭素中毒、家事は焼死ではなく空気中の酸素が消費され一酸化炭素に変わり体内の……なんだったか、ええっとヘモグロビンとの結合だったか? 科学の成績はそこそこ良かったがこの歳になると詳しいことが忘れてしまうな。
まぁいい、面倒になった。つまり戦わず引きこもる奴には世間の目も世界の摂理も厳しいということだ。
「まぁ、わかるわなぁ」
そう、ずっとここに亀みたいに引きこもっていたら死んでしまうのだ。だから時雨と呼ばれたあいつは待ってればいいと言ったのだ。
「八手、気持ち悪くなってきた……」
「ああ、俺もいい加減に頭がいてぇ……おい夏穂、戦えなくなる前に俺たち囲ってる炎消すぞ」
「タイミングは?」
「お前に任せる」
「じゃあ、三、二、一」
俺たちを守っていた黒煙が消える。そして当たり前のように間髪入れず攻撃が飛んでくる。銃弾の消費を気にしていた軍服の男からじゃなく、時雨と呼ばれた厄介な方からだ。
「――!」
瞬間、手にしていた笹の葉から強化結界を視力に移し替え動体視力を底上げする。
飛んできた物体はいかにもふざけていた。形状はまさに十字の手裏剣、それが光っているのだから、ロマンチストなら小さな星が飛んできたとでもいうのだろうが、今この状況でそんな呑気なことを口走れるほど俺の器は大きくない。
「目と耳塞げぇえ!」
――ほとんど直観だった。その光っている手裏剣が爆弾に思えたのは。
そして、俺の言葉が夏穂に届いたか同時にその手裏剣が内包した光りを炸裂させたのだった。
私は今音を聞く機能を無くしていた。
アニメのキャラクターみたいな動きをする奴と、銃を乱射してくる奴の戦闘中、さきほど八手が何かを叫んだが、私には「目と」までしか聞き取れなかった。
だがそのおかげで目を守ることはできた。相手が投げてきた光る手裏剣、あれは多分フラッシュグレネードだったたか、それと同じものなのだろう。強烈な光と音で相手を戦闘不能にする攻撃なのだろうが、その閃光だけは私の顔の前に黒い炎を辛うじて出すことができ、炸裂した光を遮断できたのだ。
「それでも目がちかちかする……」
黒い炎をサングラス代わりにしたのはいいが、それでも完全には光を遮断できず目に少しだけダメージを追っていた。八手は大丈夫かすぐさま横を見て八手の無事を確認する。
「声聞こえるか?」
八手が首を振る。唇が動いたのを見て喋ったのだと判断したのだろう。
こいつはこいつで咄嗟に腕で目を隠し私と同じく目だけは守れたようだが、お互い音が聞こえないのはとにかく不便だ。
戦闘中なら尚更、人間がいかに映像だけではなく音というものに頼っているのか痛感した。
「……ふぅうううう」
思わず深々と肺の中の空気を一気に抜いてから、深呼吸をする。
ふと、体に入った空気の冷たさに驚いてしまった。そうか、もう秋か。日の落ちも早くなってきたもんな。
いや、そんなことを考えている場合では無いのだが、まぁ少しは頭は冷えた証拠だろう。
「ん?」
八手が私の肩に手を置く。こっちを見ろという合図だったらしく、私は八手の顔をまじまじと見た。そしてじっと私の目を見てくる八手。
「いや、アイコンタクトとかわからない」
八手との付き合いも長いものとなったが、流石にアイコンタクトで戦闘中の細かい指示までは理解できない。ふと八手が微笑する。
「いや! 私お前の気持ちとかわからないからな!」
そんな、「ふっ」て感じで笑われても私には何一つ伝わってないからな!
と、八手が手にしていた薙刀を振り回す。何かと目だけで周囲を確認してみればすでにあのジャンプ力が半端ない男が八手の薙刀の一撃を躱し喉元にその刀の先を刺そうとしていたところだった。
「!」
それを寸前で避けて刀を持った男と同時に蹴りを放ち八手と襲ってきた刀を持つ男がスーパーボールがぶつかったが如く弾け飛ぶ。
きっと八手は咄嗟に足を強化結界を掛けて筋力を上げていたのだろう。相手もそのジャンプ力を発揮する脚力で八手を蹴り飛ばしたが、三メートルほど飛ばされた八手は違い、野球のホームランを思わせるぐらいの勢いで吹っ飛び、工場の壁まで飛ばされた相手の方がダメージが大きそうだ。
「八手!」
聞こえないのを承知で八手の名前を呼ぶ。いや、そんなことをしている暇はない。敵はもう一人いるのだ。常に二人を視界に入れないと。
駄目だな、耳が使えない戦闘というのに慣れない。視界で捕らえていないと相手の動きがまるで分らないのはわかっているが、戦闘中の癖というのは中々直らない。
取りあえず黒煙を銃を持っている男を囲もうとする。先ほど私たちが陥った呼吸困難にさせる作戦だったが、相手もそうはさせじと完全に囲まれる前に炎の円から脱出する。
こっちが殺されるぐらいなら、いっそのこと相手をそのまま燃やすのは最終手段としてあるが、相手はどうも陰陽省というところの人間らしく、それをすれば今初雪さんが必死に私たちの無罪を国に訴えている苦労が無駄となり、本気で私たちは国から命を狙われることなる。
それがまずいことは馬鹿な私でもわかる。ただ相手をぶちのめして生きていけるほど世の中単純に作られてはいないのだ。それならば一か八か、逃げた方がいい。
「とっヤバい!」
銃持ちが八手の方にマントから馬鹿でかい何かを突き出していた。私はすぐさま八手と銃の男の間に炎の壁を作り防御に徹する。
それにしても先ほどマントから覗かせたあれがあいつの銃なのか? 凄い大きさだ。連写して銃を撃っていたが、人間ぐらいの大きさの銃をあのマントの下に常に隠して生活しているのだろうか? いくらなんでも不便だろうに。
「八手は!」
変な帽子を被った男に意識を割きすぎたと思い、八手の方を確認する。すると先ほど工場の壁に背中を強打していた刀を持つ男が当たり前のように、私が視界を外した四秒ほどの時間を使い、八手が飛ばされた地点にいた。
「あいつやっぱり人間じゃないのか!」
普通、猛スピードのトラックに激突されたぐらいに吹き飛ばされてコンクリートの壁に体を強く打ち付けたのなら、骨やら内臓やらにダメージを負っていてもいいだろうに。
「ピョンピョンと馬鹿みたいに飛ぶし、あいつ絶対に人間じゃない!」
やばい。普通陰陽師の戦いというのは式神通しをぶつけるのが普通だ。術者は呪いでも飛ばしサポートに徹するのが普通だ。だが、今の八手はその式神と思わしき奴と接近戦をしている。
一方、私は術者の方らしい男を簡単に殺せるが、逆に殺すと自分達の今後の立場がまずくなるので殺せない。駄目だ。今の状況は持久戦と退散、どちらもできない状況だ。
「ちぃい!」
私はせめて八手の援護になるよう、銃を撃つマントの男に注意しながら、炎を使い八手の援護をし始めた。
八手も私の援護に気づいたのか、すぐさま相手の刀から逃げ回っていたのだが、動きを少なくして私の炎に巻き込まれないように動きを制限する。
「はっ!」
だが、それでも、あの刀を持つ男は怯みもせず、空気中に突然現れる炎を見切り八手へとその刀の刃を届かせる。
初めて相手の動きを制限させようと妨害してわかった。あいつ正真正銘の化け物だ。八手、こんな奴と三十秒も撃ちあっていたのか!
「……れ!」
と、耳が治ってきたのか、大きな声ならば聞き取れるようになってきた。思いの外すぐに治ったな。
「…ぐれ…ろ」
この声は変なマントの男の声らしい。だんだん耳が治ってきて、相手が何を言っているのか聞き取れるようになってきた。
「時雨! 殺すな!」
相手が本気で私たちを殺そうとしていると思っていたからだろう。その言葉が、どういう意味なのか、私にはすぐには理解できなかった。
俺は今薙刀と刀の長さに違いが無かったのかと驚愕していた。
相手の持つ赤い刀身の刀は、おそらく片手で振るえる短さと反りが無いところから見ておそらく忍者刀と呼ばれる刀なのだろう。長脇差と呼ばれる少し短い程度の長さの、機能性を重視した刀だ。
そう、短いのだ。短いはずなのだ。なのに薙刀の間合いで戦っている筈なのに俺の喉元をその刃が掠めていく。
「ちぃ!」
種はわかるが、だがそれを成せるこいつが理解できない。一瞬だけの間合いの詰め、それを認識させないぐらいの足さばき。
今、目の前にいるこいつは極少の連続での瞬間移動を何回も繰り返しているのだ。
間合い的には有利なはずなのに、俺は確実に落ち詰められていた。繰り出される攻撃は全て、的確に人体の急所(頸動脈)を狙う斬撃、今この首が繋がっているのが不思議で仕方ない。
相手は防御もしない。こちらも重量が無い笹の葉で刃で打ち合うような使い方はできないのだが、相手はあえてそれをせず、俺の軽薙ぎの連撃を全て避けて、その刀を攻撃のみに使用するのだから恐ろしい。
「お前、立体映像か何かか!」
あまりの手ごたえの無さにそんな苦情が口から吐き出される。相手に実像が無いと思えるほど、紙一重で躱され続けているのだ。これが一回や二回ならまだわかる。だがすでに百以上の攻撃をそれでかわされ続けているのだから、そう思ってもいいだろう。
俺もそこそこ陰陽師をしてきたが、人外でもこんな身体能力と集中力を持っている奴は俺は見たことが無い。
「身体能力は上がっているがそんな技では俺には届かん、強化結界にも限度があるようだな」
戦闘中、今まで無言を貫いてた奴が口を開く。明らかな俺への挑発で冷静さでも失わせようとしたのか、強化結界に限界がある確認なのか、いずれにしろ俺には悔しさに顔を歪めるしかできなかった。
「くっそぉ!」
思わず言葉が荒れる。だが対照的に相手は表情も変えず、簡単な作業の様に俺の攻撃を躱し続け、俺の首を斬り落とす為大きく、今までにないほど間合いを詰め、確実に仕留めれる距離まで近づいてきた。
「強結展安!」
そして、刃が突き刺さり肉を裂く。
「っ! かっ……あああ!」
黒い血が銀の刃をつたり、アスファルトへと滴り落ちる。きっとこの刃を引き抜けば、大量の黒い血が地面を染めるだろう――。
「……はぁ……はぁ……はぁああ、はああああ……はぁ! 悪いな……武器は一つだけじゃねぇんだわ!」
その血が流れる刃――笹の葉の刃を見ながら、俺はおそらく不格好に笑みを浮かべるのだった。
「……十手、か」
「八手!」
目の前で、腹に俺の薙刀の刃を差し込まれた処刑人と、夏穂の声が同時に聞こえた。
奴の刀は接近戦の為、一瞬で刃の近くの柄に短く持ち替えた薙刀とは逆の手にある、十手に止められていた。優一先輩から貰ったこの十手が、今回の勝負においての俺の切り札だった。
星降り島の件以来使ってなかった物だが、優一先輩が俺に渡してくれたこれはこれで、強力な武器だ。俺の強化結界でも完全には解析できなかったが、挟んだ刀の能力を封じることができる。
この赤い刀身の忍者刀になんらかの能力があっても、発動が阻止できるのだ。
「八手、返事しろ無事か!」
「あ、ああ! 大丈夫だ……夏穂、耳は直ったのか!」
「ああ! 八手も直ったんだな!」
そうか、どうやら無我夢中に相手に一撃を食らわすことに集中している間に、いつの間にか聴覚が戻っていたらしい。
「時雨!」
今度は軍服の男らしき声が耳に入る。化け物染みた男の仲間の重症に驚いたらしい。そして、俺がその声に意識を割いた瞬間、時雨と呼ばれたこの男は、腹に薙刀を突き刺したまま俺を蹴り飛ばしてくれた。
「ぐほぉ!」
だが、そのおかげで俺は一気に夏穂の方まで近づくことができた。あまりにも格好悪いが今はそんなことを気にしている場合ではない。俺は四つん這いのまま無様に相棒の元まで逃げて安全な位置に移動する。
「なぜ、一瞬、攻撃を躱し、決定打を出せないで、いる。貴様の動きが、鋭く……なった」
先ほどまで馬鹿みたいな速さと涼しい顔で俺を翻弄していた相手の方をみると、その顔は苦痛に歪んでいた。いい気味だ、と言いたいがそんな余裕は無い。俺は周囲を見渡して逃げる隙を伺う。駄目だ。もう一人の方が俺たちに銃口を向けていた。夏穂に炎を出させながら逃げてもいいが、体力を消費しすぎて長時間走れない。それに無茶したせいか、完治したと思った昨日の足の怪我が再発して、激痛が走っている。
相手も重傷とはいえ、先ほどの光る手裏剣の術は使える筈だ。のそのそと歩いていては、先ほどのスタングレネードと同じ手裏剣を連発されて、最悪気絶させられる可能性がある。
ならばここは会話をして時間を伸ばし、初雪さんを信じ、陰陽省が俺が無実であるとこいつに電話してくる可能性に賭けるか。
「……いや、先ほどの動きは、術を使用したものと思っていたが、いや、それに誤りは無いか、そうか、そういうことか。京極の技、強化結界……それは武器に術を掛けることでその武器を使いこなすことが可能になる技、つまり……」
「お前、腹に穴が開いても冷静とか有り得ねぇだろ」
いや、恐ろしい。普通は激痛と失血死の恐怖でそこまで冷静に慣れない筈なのだが。まぁ、腹の傷は重傷だがぎりぎり致命傷では無い……はずだ。こいつを殺せば自己防衛とはいえ陰陽省に難癖つけられて命を狙われかねない。今の俺の目的は殺しでは無く逃走だ。
だがまぁ、相手が馬鹿みたいに強いので手加減できず少しやりすぎてしまい、こいつが重症なのは間違いない。その証拠に、今も口と腹から血をあふれ出す。なのにこいつは、そんな状態でさっきの貧相な手品に感づいたらしい。
「悪いがこっちはそっちと違って弱いからな、今まで相手を謀(たばか)ってでも生き残ってきたんだ。そりゃあ今回だって生きる為に頭ぐらい使うさ」
つまりだ。種を明かせば俺は、簡単なだまし討ちをしたのだ。
相手は有名な陰陽省の人間兵器である処刑人、明らかにプロだ。なので戦う前に俺と京極家の技について調べていて当然だろう。というか京極家の秘技と言いつつ、お家芸がそれしか使えない為に仕事で使いまくったご先祖様のおかげで、俺が生まれる前から大体の陰陽師に俺ら一族の手は割れているので、知っていない可能性が低い。
だからそれを逆手に取り、俺はあいつと白兵戦をしている間強化結界を懐に仕込ませていた十手にかけ、身体能力を上げ、薙刀の技術を素にした状態で戦ったのだ。
そして、奴が間合いを詰めた瞬間、その効果を今までぶん回していた笹の葉(薙刀)に掛け直した。それにより、あいつは強化結界の効果を、俺の身体能力は上がっているのだが技量が簡単にさばけるレベルにしか上げられないものと誤認され、あいつは、一瞬で技術を上げた鋭い一撃を躱せなかったのだ。
他にも色々と間合いを決定的に詰めた瞬間や、十手との合わせ技のカウンター、さらに最初から俺が逃げる手はずと夏穂と話したり、奴と白兵戦をしている間必死にな形相をしたりと、俺たちが弱者で抵抗してくる筈が無いと思い込ませる心理戦やらで工夫したが……まぁ、大筋の作戦はこれ(だまし討ち)だ。
「先々代、京極 泰士は式神の物量による力押しが主だと聞いていたが、孫の貴様はえらく頭の回るみたいだな……」
「数にものを言わせる糞爺と違って俺は小賢しさに自信があってね。まぁ、全部が全部、計算通りとはいかなかったが」
いや、最初は強化結界無しであいつと戦おうとしたのだが、三秒で強化結界を掛け身体能力を上げなければ首が飛ぶと思い知った為十手に強化結界を掛け身体能力を上げたのだが、結果的に身体能力の上昇だけを相手に見せることができ、相手を強化結界の効果を誤認させる助けになった。
「それに、お前だって俺に止めを刺す時、一々沈黙を破って俺に強化結界の限界を確かめたじゃねぇか。薄々感づいていたんだろ? あの時はヒヤっとしたぜ。慌てて悔しがる芝居をしたが、やってみてすぐ、あまりの三文芝居なもんで後悔したがなぁ」
「仕事ばかりで演劇は見ないものでな、簡単に騙された……では、次は演技ではなく本気で驚かしてみようか」
……待て! あいつ、荒れた息が整えられて、腹の血が完全に止まっている。まさか急速回復の能力持ちか!
「夏穂、構えろ!」
「えっ!」
戦いが終わったと気が緩んでいた相棒に、大声で喝を入れる。その瞬間、外していない視界が、遠くで弱弱しく血反吐を吐いていた人間が、瞬きの間で無機質な顔のまま、すぐ近くで刀を構えている姿を映し出した。
「強結展安!」
俺の主武器である笹の葉は未だ奴の腹に刺さったままだ。なのでただ我武者羅に、手にしている十手に強化結界を張り首へと放たれた高速の突きをぎりぎりで十手に逸らす。
「お前、人間じゃないだろ! この化け物!」
さきほどから思っていたクレームを相手にぶつける。きっと夏穂も同じ感想を抱いていることだろう。
「悪いが正真正銘、人間だ。それに、お前のその反射神経もどうかと思うぞ」
奴が涼しい顔でそんなことを言い返してきた。まさか先ほどの苦悶の表情は演技じゃねぇだろうな。
すると、足元に二つ、奴の腹から何か、針が付いているプラスチックの入れ物が転がる。これは、少し大きいが明らかに注射器だ。これは、止血剤と興奮剤、それかドラッグか何かで無理やり戦闘可能な体にしたのか!
「そんな物を隠し持ってやがったのか!」
「ああ、ついでにこんな物も持っているぞ」
「ってめ!」
そして、奴が取り出したの銃だった。形は無駄にごついが、形状からして銃なのは間違いない。
死ぬ寸前、脳がアドレナリンでも分泌させて、世界がスローモーションにさせた。だがどうしようもできない。奴の指が引き金を引こうと、指に力を入れたその瞬間、思いもよらぬ罵声が鳴り響いた。
「いい加減にしろ時雨ぇえ!」
罵声、そして飛んでくる無数の銃弾、その全ては、俺ではなく、目の前で銃を構えていた刀持ちに浴びせられた。
「おわぁ!」
弾道は俺に向けられていないとはいえ、目の前の人間を狙ったのだ。その目の前を飛んだ銃弾の雨から、すぐさま俺は身を引き後退して難を逃れる。
「八手! 撃たれてないのか!」
「あ、ああ、大丈夫だ」
相棒が俺の心配をしてくれた。いや、わからない。なぜ刀持ちの仲間である軍服の男が俺に加勢をした?
そして周囲を見渡せば、あの銃撃を避けたのか、工場の屋根からあの刀持ちが、軍服の男に抗議している最中だった。
「何をする、直」
「時雨! 戦闘の熱に浮かれ目的を忘れたのか!」
「忘れていない。協力者に相応しい力量かどうかの確かめることだと私が言ったんだ。忘れるものか」
「ならもう十二分に合格だろう! 手練れの貴様の腹に刃を突き刺したのだ! すでに合格以上だろ!」
「いや、半殺しにまでしないと本当の実力なんぞわからないだろう」
「馬鹿か! 貴様、後で協力を持ちかける相手を半殺しにしてどうする! 最悪一年は病院でお前を恨みながら過ごさせるだけだぞ! 大けがをさせるのは無しだ!」
「……いやぁ、だが――」
「だがじゃない! 口答えするなぁ! 日本男児ならばもう少し頭を使え馬鹿者!」
あの……すまん。頭が理解に追い付かないのだが、ああ、誰か説明してくれ。
「八手、八手。途中からあのマント、私たちを攻撃しようとして無かったぞ。やる気を無くしてた」
すると、混乱している俺に相棒が助け舟を出してくれたが、それだけではこの急展開を理解できるだけの情報ではない。
「やる気を無くしていた? もっと他に何か情報は?」
「えーと、殺すなってあのピョンピョン跳ねる奴を怒ってた。多分あいつらは私たちを殺すのが目的じゃない」
殺すのが目的では無い? 俺たちを油断させる虚言、では無いか。刀持ちが銃を取り出した瞬間、そのままいけば確実に俺の頭には風穴が空いていた。それを中断させたのだ。ならば夏穂の推測通り、殺害が目的では無いと判断していい。
「そもそもだ! 最初から俺は力試しの為だけに殺しにかかることに反対したんだぞ!」
「だからこそ、実力者であるかどうか確かめる必要がある。深い縁を築こうと、仕事上の冷めた関係でも……もう、目の前で仲間が死ぬのは御免被(ごめんこうむ)る」
「……だぁもう! わかった、だが! 今は大人しくしてくれ、これ以上暴れてくれるな! はぁああ!」
俺たちを襲った男たちの口論は、軍服の男が吐いた大きなため息により、終わりを迎えた。
そして軍服の男が襟元を正しながら、こちらへと向かって来る。
その歩みは、ただ真っ直ぐだった。軍隊の行進の様な猛々しさは無い自然な歩みの筈なのに、その体に芯が一本あるようなしっかりとした歩みは、それだけでただ気持ちが良かった。
「八手、どうする?」
「……一応いつでも逃げる準備はしておけ」
先ほどの会話の内容からしてもう襲われる可能性は低いだろうが、殺害では無く、捕獲の為の手の込んだ芝居である可能性を危惧して俺も警戒をする。
「いや、すまない。もうこちらか仕掛ける気は無いのだが。先に仕掛けておいて図々しいのだが、少し話を聞いてはくれんか?」
そう言って、軍服の男はマントから両手を上げて、降参のポーズを取りながらこちらに近づいて来る。だが、そんな姿でも情けないといった印象は受けない。歩き方だ。あまりにも綺麗な徒歩に、威厳を感じてしまうらしい。
「そこで止まってくれ、悪いが信用しきれない。その距離でも話はできるだろう?」
「わかった。従おう」
軍服の男は俺の指示通り、闇夜の中、十歩程離れた位置で止まる。
「今からライトで照らす。攻撃の意思は無い。襲わないでくれ」
「ああ、構わない」
暗がりの中、小型の懐中電灯をポケットから出してじっくりと男を観察する。
ふと、灯りが顔に向けられたことにより男は目を細めた。うむ、声からして俺たちと血かい年齢かと思ったが、顔に深いほうれい線が刻まれており、三十代の印象を受ける。
手を上げることによりマントの中の軍服もよく見えた。装飾が無く、迷彩模様も無い。自衛隊の作業服は確か海軍の暗い青色の服以外は迷彩柄だったはずだ。そして今この人物が着ているのは何の装飾もないシンプルなくたびれた緑色の軍服……これは、旧日本軍の軍服か? 頭に被っている帽子の形も今の物では無い。
「あんた、その服、今の服じゃないだろ? いつの時代に生きた人間だ? まさか式神なのか? さっきまで使っていた銃は能力で隠したのか?」
「そうだ。確かに今の日本“軍”、と言うのは語弊があるらしいな。 自衛隊とやらの服では無い。そして俺は戦闘機の九十九神で、腕を機関銃にできる。希望とあれば見せるが?」
……マジかよ。本人からもそう聞いたとはいえ、信じられなかったのだが……じゃああの屋根にいる笠を被っている方が術者(人間)なのか? ショックのあまり少し眩暈を覚えた。
いやそれは置いとくとして、今こいつ、おかしなことを言ったな。
「銃に変形する腕は見せなくていい。しかし、戦闘機? 日本のか」
「そうだ。紫電改、と言えばわかるか?」
いや、そんなはずは無い。紫電改、第二次世界大戦で運用された日本の戦闘機だ。そして九十九神になるには九十九年の月日がいるのだ。そして、現在、第二次世界大戦からそんなに経っていない。
「第二次世界大戦の兵器が九十九神のなるものか」
「やはりそう言うか……人為的に、時空が歪んだ場所に閉じ込められていたと言えばわかるか?」
「……ああ、そういうことか」
なるほど、現実より時間の進みが早い空間に閉じ込められていたのか、俺が生まれる前、昔そんな研究をしている陰陽師の家系がいるのは爺さんから聞いている。
今目の前にいるこいつがその実験の成果、なのか?
「俺の出生は語ると長い。それでもいいなら素性を明かすが?」
「いや、さっきので大体わかった。それで、先ほどの言い合いから、あんたらは俺たちに何らかの協力をさせたかったみたいだが?」
「話が早くて助かる。ご明察だ。ある者を倒す協力をしていただきたい」
「で、その人物は?」
ちらりと、軍服の男、いや、戦闘機の付喪神が屋根からこちらを見ている刀持ちに目を向けたが、刀持ちは何の反応も見せない。と言うより、慎重になり首を縦にも横にも振れないのだろう。
「時雨、反論が無いなら、話すが?」
「……ああ、構わない。直の判断に任せ……いや、私から話す。私の口から出た言葉で状況は悪くなるなら俺の責任となるからな」
そう言って刀持ちは八メートルほどの高さの屋根から飛び降り、何事も無かったかのようにこちらへと歩いて来る。
しかし、直か。なおし……紫電改。ああ、そうか。この付喪神、紫電改に乗り行方不明になった太平洋戦争の撃墜王、菅野直の名前を名乗っているのか。
「おい時雨! 止まれ」
と、戦闘機の九十九神の声で思考に飛ばしていた意識が現実に戻される。
「おいあんた。止まれ、まだ信用はしてないぞ。というより腹に薙刀が刺さってるんだ。安静にしてろ」
刀持ちは俺の声に従わず、どんどん距離を詰め、すでに自分の式神の横を通り過ぎたところだった。
「いや、これを投げて返す訳にもいかない。危ないからな」
そう言って時雨と呼ばれた男は――指に刺さった刺を抜くかのように俺の笹の葉を乱雑に抜いた。
「おい、死ぬぞ!」
思わずそんな言葉が口から出てしまう。先ほどまで敵だった男でも心配してしまう程、その行為は目に痛かった。隣で話についていけず、アホ面をしていた夏穂も、思わず目を背けたほどだ。
だが、処刑人の表情に変わりない。汗の一滴すらなく流さず、俺の元までコツコツと一定のペースの足音を夜に響かせながら、俺の目の前まで歩いてきた。
「あんた、無痛症か何かか? 痛みを感じないのか?」
「いや、五感は正常だ。ただ、そうだな。痛みに慣れているだけだ」
と、遠くで戦闘機の付喪神が一歩だけ歩みを進めて硬直していた。主の無茶に思わず足を進めてしまったが、俺との約束の為にこれ以上進めないらしい。
「……はぁ、もういい。そこの軍服の男、こっちに近づいてきても構わない」
「かたじけない!」
俺の一言を聞いて、主の元に飛んでくる戦闘機の九十九神。
「この大馬鹿者! あれほど自身の体は大切にしろと言ったろう」
「いや、すでに止血剤は打ってある。出血では死なん、それに病院には行けないからな。自分でどうにかするしかない」
自信の式神の怒鳴り声など気にせず、処刑人はポケットから何か二つ取り出す。
「話の途中ですまないが治療を行う。まずは、これを受け取ってくれ、片手では不便だ」
「いや……ああ、取りあえずそれは返して貰おう」
色々と言いたいことはあるが、まずは笹の葉を返して貰い……もう不要なので霊体に戻して体にしまい込む。この距離で処刑人に不意に襲われた武器を持ち警戒していても俺の首は飛ぶだろうしな。
「……ピンセットと、それは?」
「ああ、医療用ホッチキスだ。止血がしにくいが、手早く傷を縫合できるから重宝している」
そして、爪を切る気軽さで、ピンセットで腹の傷口を挟んでくっつけながら、ホッチキスで止めていく処刑人。
その、一見手早く慣れているようにも見えるが、傷口の皮膚のあまり具合から見て、えらく雑にやっているように見えるのだが……。
「ああもう貴様は! 貸せ!」
「こんなの適当でいいだろうに、傷跡など私はきにしないのだが」
「傷跡もそうだが、傷の治り遅くなるぞ。しっかりと治療をしろ!」
そう言って、今度は式神が途中まで傷を止めていたホッチキスの金具をポンセットを使いグイグイと引っ張り抜いていく。
あの、なんだ。その、かなりエグイ光景なのだが……。
「や~つ~で~」
と、ついには横にいた夏穂が、両手で顔を押さえて首をぶんぶんと振り出した。正直俺も、そんな風に目を手で覆いたい。
「あー、そのまま目を瞑ってろ。お前には刺激が強いからな」
「グロイの駄目だ……私こういうの駄目だぁ~」
と、隣で目の前の手術を見て騒いだ夏穂をキョトンと見てから、式神に腹を閉じられながら処刑人が口を開いた。
「……女性は血に馴れていると昔言われたのだが、そうでもないんだな」
「いや、まぁ生理とかで慣れてるってのは聞くが、そこまでいくと関係無くなると言うか……」
「そうか、すまない。私はどうも世間ずれしているらしい。義務教育も受けもせず戦いばかりの人生だったので、そこは多めに見て欲しい」
「はぁ……」
世間ずれ……で済ましていいレベルなのだろうか? 流石に腹に薙刀刺されながら平然と歩くのはどうかと思うし、ましてそれを躊躇なく引っこ抜くのも有り得ないだろう。
「こいつには常識は通じない。戦時中の価値観を持つ俺でも、随分と面を喰らった」
と、綺麗に主の傷を縫合しながら、戦闘機の九十九神は自信の苦労を語る。非常識な相方を持つ身としては、その苦労を労いたいのだが……今はそれより聞かなければならないことがある。
「で、あんたらがさっき言ってた話の続きなんだが、俺と協力して倒したい奴ってのは誰なんだ?」
「……現、古道家当主、古道 満長(こどう みちなが)、その人物の殺害に手を貸していただきたい」
私は今難しい話とグロテスクな光景を見ている。
ぱっくりとお腹が割れた人間なんて初めて見たし、それをホッチキスで止めようとか理解が追い付かない。私は取りあえずこれ以上の刺激から心を守る為、目を瞑っていた。
「待て、古道家当主は陰陽省の幹部職についているはずだ。それを陰陽省に所属するあんたが殺すって言うのか」
八手が少し怒った声を出す。さっき誰かを殺すって言ってたから、怒るのも無理はない。
「私は本気だ。あれはもはや人では無い、悪鬼以上の何かだ。俺はあれに恨みがあり、昔の頃からそれを目的として生きてきた」
「あんたが古道家になんの恨みがあるのか知らないが俺は手は貸せない! 危なすぎる!」
「いや、京極家次期当主、あんたはすでに感づいていると思ったが」
「何がだ!」
「すでに、その命が狙われているぞ」
命が狙われている。八手が?
「確かに古道家と京極家には確執がある。だが俺、個人が命を狙われるほどの理由は思い当た――」
「古道 竜馬と接触したのは把握している。そして協力し、妖刀使いを倒したことも」
「……なぜ知っている」
「独自に調査した。安心しろ、他にこの事実を知る人間はいない……とは言えんか。古道家の満長は高確率でこの事実を知っている。そして、陰陽省の一部は、すでに妖刀使いを調べ利用しようとしている」
「待て、調べてるってのはわかる。利用ってのはどういうことだ」
「言葉通りだ」
「待てって! 陰陽省は妖刀使いの存在を知って倒すでもなく! 利用しようとしているのか!」
八手が声を荒げてしまった。
でも、元々国を、つまりは陰陽省を信用していなかった。親も殺されたらしいし、だから基本、八手は私と二人で行動して国に情報を提供しなかった。妖刀使い、倒す者では無く、利用価値のある道具として陰陽省が判断すると、どこかで思ってたはずだ。
だが、こうもあっさりとその考え通りに陰陽省が動かれては、平静など装えないのだろう。
「落ち着いて聞け、これは人命にかかわる話だ」
「……ああ」
取りあえず、八手は相手に諭され一回深呼吸をして落ち着く。
「お前の周囲で、最近でもいい。古道の人間に命を狙われた事例はあるか?」
「……な、いや、ある」
一度、八手は否定しようとして止めた。
そうだ。最近どこら昨日に、その古道家の人間が犬神を暴走させたのだ。
「……あの三流があれほど強力な犬神を作れるとは考え難い」
うん。私もそう思う。あの犬神を持たせたのは――古道家の現当主と考えるのが妥当だろう。
「……仕組まれていた?」
「何か、あるのか」
「昨日、国宝学園で犬神の暴発があった。発端は古道家の人間だ」
「犬神の暴発だと?」
「……おい、あれは俺の命を狙ったものか……それとも、俺の知人を狙ったものなのか!」
「それは、今は、なんとも言えん」
「答えろ!」
あ、これ駄目なパターンだ。その知人はきっと、蓬のことだ。こいつは蓬のこととなると頭が沸騰して抑えがきかなくなる。
「八手! 蓬の為を想うなら冷静になれ、ここでその人に当たっても何も解決しないだろ!」
「……」
あれ、他の三人がじっと私の方を見て黙ってしまった……えーと、うん。どうしよう。ちょっと恥ずかしいのだけれど、何か言ってよ気まずいから!
「すまない……その通りだ」
と、八手が素直に謝った。それに私は面食らってしまう。
「お前もだ時雨、相手の気持ちを考えて喋れ。交渉ぐらいできるようになれと言ったろうに」
「……謝罪する。京極家次期当主、軽はずみな言動をした」
うん、良かった……取りあえず私は役に立てたみたいだ。
「で、だ。話を戻して、京極家次期当主、あんたが妖刀狩りをしていることは陰陽省のその力を利用しようとする派閥に知られているんだ。つまり、研究対象を駆逐する害と思われている」
「だから、俺とその周囲の人間が狙われていると」
「ああ、そうと予測される。だが、国宝学園には複合術師がいる為、陰陽省の権力を持ってしても迂闊には手は出せないだろう。しかし、あの人類最強にも立場がある。今は日本に長く滞在しているが、その内海外へと仕事をしに日本を離れることも多くなるだろう。その時が危険だ」
「……俺にどうしろと」
「だから、私がその時に国宝学園で守備をする」
「それは、脅しになるのか?」
「違う。協力だ。私も個人で妖刀狩りはしたい、だが陰陽省に所属している身、妖刀狩りをしたくても監視の目がきつい。だが国宝学園に行くぐらいならば理由はいくらでも自分で用意できる」
「それは、こちらとしては願ってもないぐらい有難い話だが……」
「無論、代価は貰う。全てが終わった時、古道 満長の殺害に協力してもらう。とは言え、妖刀持ちの討伐は私の目的でもある。なに、殺害までしなくても、奴の立場を崩す証拠集めでも構わない。どうだ……この提案、飲んでくれると思うのだが」
「……あーあ、お前交渉下手だなぁ。最後の最後で妥協しやがって、その条件なら俺をいくらでも脅せれるものを」
と、八手がその長い揉み上げを整えるように指でなぞりながら笑みを浮かべた。うむ、どうやら相手の条件を飲む気らしい。
「処刑人、頼んだ」
「ああ……ところで、なぜあんたは俺のことを処刑人と、私の顔を知っていたのか?」
「ああ、顔は知らないが存在は知っていたんだ。それと簡単な推測だ。最初の星降り島の件で俺を処罰するという前口上と、その馬鹿みたいな強さから該当する人物を予測しただけだ」
「それだけで、か」
と、処刑人と呼ばれた男の人は目をキョトンとさせていた。驚いているらしい。
「次はこっちから質問してもいいか? 星降り島の件、陰陽省は知っているのか? それとも竜馬さんの件みたいに一部の人間しか知らないのか?」
「ああ、それは実際に星降り島の件でお前に殺害命令は出されている」
「……へ?」
あ、八手の顔が固まった。私達、本気で国に命を狙われたらしい。
「いや、待て待て待て待て! おかしいぞ。不当だ!」
「真実だ。まぁ持ってこられた資料を調査したら、おかしな点が多くみられた。おおよそ古道 満長が仕組んだことだろう。昨日、国宝学園から出ていれば俺以外の者があんたの命を取りにきただろう。私は今回この件を利用してあんたに接触したが……幸運だな。国宝学園に泊まっていなければ、命は無かったろう。作戦の資料の調査など普通はしない」
「……昨日、健史さんに死相が出てるって言われたのそれかぁ!」
あぁ、言われてた。セイラムと一緒に教会に行く前に確か言われてた。うん。あれかぁー。
「あっぶねぇ!」
うん、でもあの犬神の事件も最悪死んでただろうし、どっちにしろ酷い目にあってた気がするけど、まぁ、今生きてるならいいや。
と、お腹にホッチキスを付け終えたジャンプ力が凄い人に、電話が掛かってきた。
「もしもし、はい。すみません。相手の式神が資料以上に強力でして……はい。はい、不備が? はい、間違いがあったのですね……では今回のミッションはこれで終了します。はい、ですが抵抗され怪我を負ったので迎えを下さい。では――」
「……さっきのは?」
「よくわからんが、あんたの無実が証明された。もう安心してもいい」
「ああ、初雪さんが頑張ってくれたのか……実家に帰った時きちんとお礼言っとかないとな」
「もしかして、戦闘中の電話、あの戦闘中の中、家の者に陰陽省に掛け合わせたのか……」
「そうだよ。初雪さんの努力が骨折り損にならなくて良かった、と言っていいのだろうか……ああ、そうだ、あんたの電話番号を聞いておこう。これから連絡を取りたい。妖刀持ちの情報が入ったら教えてくれ。だが一度実家にいってこの件を伝える。古道家の人間が俺の命を狙いにきてるなら家族に隠す必要は無いし、注意するように言わないといけないからな。それと国宝学園の複合術師、さっきの口ぶりからして知ってるんだろ? その人にもあんたの存在を伝える。これから協力すら別に問題はあるまい?」
「それは構わないが、もう先のことを考えているのか」
「え……そりゃ下手すりゃ死人出るからなぁ。必死に頭使うさ」
と、またジャンプ力が凄い人が驚いている。
「直、義務教育を受けた普通の人間はこうなのか? 俺が世間ずれしているだけなのか?」
「いや、命が狙われていると聞かされ、更に先ほど取り乱したばかりなのにここまで考えられるのは異常だ。この青年、存外に変わり種なのかもしれん」
うーむ、まぁ八手が(蓬が大好きな)変人なのは疑いようのない事実だけど……さっきの変かな? 私はいつも隣でボケっとこいつのこと見てるから慣れてるけど、普通の……普通じゃないけど、他の人の反応はこうなのだろうか?
「そう言えば、きちんと自己紹介して無かったな。俺は先ほど言った通り、紫電改の九十九神、僭越(せんえつ)ながら菅野 直(かんの なおし)の名を借り名乗らせてもらっている」
えーと、“かんのなおし”ってどなた。有名人か何かなの?
「やはりか……それにしても、あんたその軍服どこで手に入れた? 旧軍の物だろう?」
「ああ、似た様な服を改造した……どうもこれでないと落ち着かないのでな。しかし博識だな。軍服の違いがわかるのか?」
「昔あった仕事でな、自衛隊とかの古い軍事関係の場所に行ったんだが、幽霊かどうかの区別をつける為に少し調べたことがあるんだ」
うーむ。その話は聞いたことが無い。私が八手の所に来る前の仕事だろう。
それにしても、この人の軍服は古いデザインなのか。服を改造したと言う辺り、手先が器用なのだろうか?
「暗くてよく見えなかったけど、顔は結構おじさんだな」
「夏穂、失礼だろ」
思ったことを素直に口にしたら八手に怒られた。だって鼻の下のしわが目立っていて歳をとっている印象を受ける。
マントの下の服は黒に近い緑色をしており、夜や森の中だと目立たない色をしている。頭にかぶっている帽子も同じ色で、服と同様に立派なものでは無く、普通の帽子になんかビラビラとした布が後頭部と耳を隠すように四枚ついていた。暖かいのかなあれ?
「ああ、失敬。これから協力関係となる相手を前に帽子も脱がないとは」
と、私がじろじろと帽子を観察していたのを気にしてか、帽子を脱ぐマントの人……。そして、私の前に現れる見事な坊主頭。ああ、それはもう見事な短い髪が私の前に――。
「おい、お前触ったら気持ち良さそうとか思ってないだろうな」
と、八手が私を半目で睨んでそんなことを聞いてくる。なぜわかった! お前は人の心が読める能力があるのか! くそ、ジョリジョリしたい!
「ちょっとぐらいいいだろ……む、昔な。中学生の頃の健史がやらかして、まぁ基本いつも何か馬鹿なことしてたんだ、で、ついにある日反省の為バリカンで坊主になったことがあるんだけど、その時触らせてもらった感触を思い出して……」
「あー、俺は聞いてない。そんな人類最強の黒歴史聞いてねぇ!」
むむぅ、なんか八手の奴耳押さえて大声を出し始めた。これはこいつにとって災いの種になる情報なのだろうか?
「触るのはその、勘弁して下さい。年若い娘が知らぬ男に気安く触るなど少々はしたないかと……」
マントの人がそんなことを言う。まぁ本人が嫌がるなら無理に触る気は無い……ちょっと惜しいけど。
「ああそれと時雨、いつまでそれを被っている。とっくに変装の必要は無いだろう」
そういってマントの人は地べたに座っている自分の相方の被っていた時代劇とかで見る被り物を無理やり取り上げた。
「……あんた、その髪」
思わず八手が驚いてしまう。私も驚いた。この人の髪、なんと言うか宝石みたいに綺麗だったのだ。
僅かな月の光を取り込み、虹色の光沢を作り出す宝石の髪、それにおとぎ話に登場する王子様みたいな顔は、目の前にあっても現実の物とは思えなかった。
「ああ、この髪は術の後遺症でな」
「ああいや、少し驚いただけだ。気にしたのなら謝る」
八手が咳払いをして謝罪をする。しかし、本当に綺麗な男の人だ。
その半透明で美しい、そう、ダイヤモンドみたいな髪のせいか、雪でできた花の様な、儚い印象を受けた。くわえて顔つきは堀が深く日本人っぽくない。それに作り物の様に整っており、表情の変化も少ない為、ますます人間ではない何かなのではないかと思ってしまう。
ただそんな綺麗な顔とは違い、お腹の治療をする為、服を脱いで見せている上半身は傷だらけだ。さっき止めたホッチキスが無いと、どれが八手のつけた傷なのかわからなかっただろう。
「では名乗ろう。時雨(しぐれ)、それがフルネームだ。別に処刑人(エクスキューショナー)のコードネームで呼んでもいいが、長いから時雨の方がいいだろう」
「ああ、今更名乗るのもなんだが、俺は京極家の八手だ。こっちは夏穂。俺の式神だ」
「しかし、その式神は一体? 陰陽省のデータベースにも情報が無かったが、そんな強力な式神ならこの業界で噂になっていてもいいだろうに」
「あー、いや。すまない。それは教えられない」
「そうか、なら深くは聞かないが……もし共闘する時必要があれば戦闘能力だけでも教えてくれ」
「ああいや、それならばいい。知られたくないのはこいつの正体だけだ。まぁさっき戦ったんだから大体わかっているだろうが、炎を操る。こいつの黒い炎は燃やした物を自身の霊力に変換できるのが特徴でな、それい加えて莫大な霊力を保有している」
「なら、霊力が尽きる心配はしなくて良いと……」
「まぁそうなる。ただ肉体は普通の人間と変わらん。戦闘は基本、遠距離が得意と思ってくれ」
うむ、私って陰陽師の世界で有名にはなっていないらしい。まぁ基本八手が妖怪を退治するし、仕事だって細々とやってるだけだしなぁ。
「で、だ。次はこっちから質問なんだ。あんた最初、妖刀使いに変装していただろう。奴らの風貌を知っているのか?」
「ああ、特徴は知っている。プライベートで三体、仕事で二体、計五体撃破しているからな」
「五人もか! 俺はまだ二人しか倒せていないのに……く」
八手がどうも悔しそうにする。私には妖刀使いを倒すのを焦ることは無いと言いつつも、本人は心の底で焦っていたというところだろう。
「いや、私も陰陽省の情報が合ってこそそれだけ討伐できた。個人で活動して二体も倒せているのは誇るべきことだろうさ。それに、これから私から陰陽の掴んだ情報を提供していく。ターゲットとの遭遇確立は増える。」
「ああ、それは大いに助かるよ」
うーむ。それにしても話が長い。いい加減お腹が減ってきたんだが、まぁ大事な話だろうし、私は大人しくしておくことにする。でもあと三十分が限界だぞ、八手。
「それで、最後に一ついいか?」
「あらかた情報交換は済んだと思ったが、まだあるのか」
「ああ、その……あんたのことを私はどう呼べば良いだろうか?」
「……えーと、ん?」
八手が目をぱちくりとさせる。ついでに言うと、私も意外な質問に驚いた。
「いや、今まであまり人付き合いが少なくてな。仕事以外(プライベート)での人間同士のやり取りっと言うのが不慣れなんだ」
「……あー、普通に八手でいいぞ」
「それと、あんたの資料を見た時から思っていたんだが、私はあんたより年齢が下でな……敬語を使った方がいいだろうか悩んでいる。タイミングを逃してしまったんだ。今更だが変えた方がいいか?」
「……待て、あんた俺より年下だったのか!」
八手が驚く。うーむ、まぁ見た目からして同じぐらいだし、一個下でも別に驚くことでは無いと思うのだが。
「ま、まぁそうだな。俺は別に気安く接してくれてもいいが、そうか。馴れてないか、なら、これからの為に俺で敬語の練習をするといい。多少変でも構わない」
ん? なんで私の方を見てそういうんだ八手。私だって敬語を使う時はきちんと使うぞ……多分。
「そうか、そうだな……いや、そうですか、恩に切ります八手さん」
「まぁ、その、無理しなくていいからな」
「いや……いえ、慣れた方がいいとは私も常々思っていた……のでいい勉強になるかと」
おおう、私より敬語がぎこちない……。こりゃ敬語が自然になるのに時間が掛かるな。
「あー、すまん。俺の方も一つ気になったことがあったんだった。あんたさっき俺を撃ち抜こうとした銃を俺に見せてくれ」
「ん? ああこれか……ですか」
時雨の懐から、変な日本語と一緒に出てきたのはごつい銃だったが……戦闘中は気づかなかったがこれ、私見覚えがあるぞ。というか昨日それを見た。
「それ、どこから?」
「陰陽省の技術部から試験データが取りたいと無理やり持たせた物だ……です。発砲時の反動が大きくじゃじゃ馬だったんだが、使ってみたら存外便利なので気に入っています」
「……」
「日本語が変か?」
「ああいや、そっちじゃなくて。その銃なぁ。国宝学園に在籍する生徒の作品でな。陰陽省から盗まれた物だと思うんだが」
「……盗まれた?」
無表情だが内心は驚いたのだろう。時雨が固まっていた。
「時雨! それ盗品だったのか!」
自分の主に話を任せて黙っていた直さんも驚いた声を出した。
「ああいや、知らなくて……」
「まさか盗まれたという話を聞いて翌日にそれを見つけることになるとはな……その、できれば返してはくれないかそれ?」
「いや、その。手放したくない」
「あー……じゃあその、本人から謝罪と、交渉して買い取ってくれ。だがまぁその、気難しい人でな。俺が仲介人になろう」
こめかみを押さえいかにも頭が痛いといった表情をする八手。
「八手さん。助かります」
「構わないが……しかし、刀に銃か。漫画の主人公みたいだな」
と、八手が何気ない感想を述べる。するとその評価が気に入ったのか、はたまた面白かったのか、時雨が初めて、とても小さくわかり辛かったが口元少し上げて、笑みを作った。
すると、隣にいたマントの人、直さんだったっけ? 何やらやたらと怒っていた。
「いや、まさかその銃が盗品とはな、筋は通すべきだ時雨。帰ったら即刻技術部の馬鹿共をとっちめるぞ。国に仕える人間が何をしているんだまったく、日本人の誇りが無いのか!」
「いや、直。この前みたいに怒鳴り散らすな。現場としては、あそこに目を付けられたらややこしいんだ」
「だがなぁ!」
と、八手はポケットのスマホを取り出して時間を確認する。そしてあっちの会話を止めるように、わざとらしく咳払いをした。
「ううん。じゃあその、申し訳無いがもう日付が変わったし、俺たちは帰らせて貰う。ああ、そうだ、連絡先を教えてくれ」
「ああ、わかりました」
そしてスマホを突き合わせて連絡交換をする二人。これ、さっきまで殺し合っていた人間のやっているんだよなぁ……実に変な光景だ。
「……直。わかるか?」
「俺が現代の機械なんぞわかる訳無いだろ。無線機の使い方ならまぁわからんでもないが」
そして慣れていないのか相方にスマホの使い方を聞く時雨さん。うーむ、この人、戦闘以外じゃポンコツなのかもしれない。
「あー、貸して下さい」
「……申し訳ないです」
「いえ、大抵の人間は俺も連絡交換なんてあまりしませんから」
そして最後には見かねた八手が連絡先を交換する。なんとも締まらない最後となった。
それと八手、多分スマホの連絡交換はわからないほどのボッチは、世間的に珍しいと思うぞ。人に間違った知識を与えてはいけないんだぞ。まったく。
「はぁ……こんな遅くまで起きたのは久しぶりだ」
秋の夜。私はふと空を見上げた。輝く月は、暗闇の空の天辺まで昇っている。
ふわっと、私は大きなあくびをしながら、そういえば襲われた時に、財布が入ったリュックを紛失した八手はどうやって家まで帰るのか考えているのだろうかと不安になっていた。
ああ、時雨からお金を借りても電車もバスも無い……あーあ。今夜はまだ寝れないらしい。空腹に腹の虫を鳴らせながら、私はがっくりと肩を落としたのだった。
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