第八話「複合術師」

「昔流行った金髪メイドの噂知ってる人いる?」

「は? それもう大分前からの都市伝説だから、何今更、死ねよ」

「昔流行ったって書いてあるだろちゃんと見ろよ! で、最近それがなんかまた現れたって聞いたんだけど、んで昔と同じように写真撮った人いるんだけど、やっぱり映らなかったんだって」

「俺その都市伝説知らないんだけど詳しく」

「もう八年か九年前ぐらいだっけ? 京都のある住宅街で金髪のメイドが現れるんだけどなんでか写真撮っても上手く取れないとかなんとか」

「不細工なのか美人なのか? それが重要だ!」

「凄い美人でおっぱいデカいらしいって聞いた」

「おい、誰か画像!」

「いやだから写真撮れないって言ってんじゃん!」

「無能乙(血涙)」

「ていうかそれだけなの? 偶然そのカメラが壊れてたとかじゃないの?」

「いや、SNSで話題を投稿するためにそういう珍しい人を撮る奴が沢山いるじゃん。で、その誰一人としてそのメイドの姿を撮れなかったんだよ。それで当時騒がれてたんだけどまた目撃してる人が出てきたんだ」

「何それ怖い」

「いや、個人的にその話の何が怖いって、それ許可取ってるのか取ってないのか知らないけど、物珍しさで撮影してネットに画像上げようとする人間の方が怖くね?」

「それ、今更じゃね」



――とある日のオカルト版。



 今俺は国立宝守学園で、その、人類最強と話している。

 ……冷静に考えればとんでもない話なのだが、取りあえず目の前で椅子に座っている伊集院 健史(いじゅういん たけし)という人物はそういう評価を受けている人間で、そんな人物と今俺は例の人斬り連中について話しているのだ。そして今、話の内容は健史さんの要望で俺の強化結界についての質問となっていた。

「その、京極家の強化結界について知りたいのですか? 貴方が」

「うん。よければ詳しく教えてくれないかな? しかしもちろん京極家の秘術だ。家の方と相談してからでもいい」

 古今東西、あらゆる術を組み合わせ強力な術を発動させると言われる術のスペシャリストであるこの方がこんな島国にある古いだけの家の技にただならぬ興味を持っているのに正直驚く。実は俺自身、京極家をそう凄い物とは思ってはいないのだ。自分で言うのもなんだが、俺の家は代々脳筋一族と言ってもいい家だし……。

「そう。実は君とこうして会う前に季羽 蓬(きはね よもぎ)さんに君についていくつか聞いたんだよ。で、その時に強化結界について聞いたんだけど、もしかしたら僕の知らない術式で発動しているのかもしれないと思ってね」

 蓬の奴、健史さんと交流があったのか、そういえばこの人表向きはここの教員をしていることになっているし……。

「あいつ、もの覚え悪いでしょ」

「え、ああ、いや、そうじゃなくてね。僕が彼女に色々教わってるんだ」

 俺の言葉に驚きそう言う健史さんだったが、健史さんの言葉の方に俺は驚いた。

「あいつに何を学ぶんですか! 効率のいい妄想のやり方ですか!」

「妄想? えー、と、君はなんというか蓬ちゃんのこと過小評価してないかい?」

 健史さんが気安く蓬のことを呼ぶ。仲、良いのだろうか? いや、今はそんなのはどうでもいい。それよりこの驚愕の真実について詳しく聞かないといけない。

「いや、しかし、人類最強の複合術師ですよねあなた! そんな人があいつから学ぶ物があるなんて」

「あー恥ずかし話なんだけどね。実は僕さ、陰陽術に疎くてね。魔術とか錬金術とかはまぁ結構詳しいんだけど、うーん、じゃあ八手君、ちょっと授業だ。陰陽術において代表的とされる三つの術を答えてくれるかな?」

 なんと、抜き打ちテストときたか、しかし問題自体は簡単なので俺はそつなく答える。

「結界術、呪術、式神の三つですよね」

「はい、大変よくできました」

「いや、陰陽師として基本中の基本ですのでそんなに褒め頂かなくても」

「まぁ、そうなんだけどね。一応僕褒めて伸ばすタイプだし、うん、適当に受け流して」

 そうなのか。優一先輩からの依頼だけではなく、表向きである教員業についてもこの人は色々考えているらしい。と、健史さんが真面目な顔付きで話しを続けた。

「で、その中でも僕が興味あるのは結界術でね。式神はなんというか魔術の使い魔と似てるし、呪術も結構世界中にあるんだけど、陰陽師の結界術は独自の進化を経て世界的に見ても優れていてね。日本に滞在している間に覚えようとしてるんだ。ああ、実はこの学園に学園長と協力して造った結界も彼女から教わった技術を使ってるんだよ」

 そうか、季羽の結界術はそれほどまで優秀なのか。まぁ、結界術は人を助ける上で一番役に立つしな。それを考えると高評価なのも頷ける。

「で、君の強化結界だけど、家の方と相談してからで良いから僕に詳しく教えてくれないかな? 今回の件で役に立つかもしれないんだ」

「はぁ……別に家に確認なんてしなくてもいいですけど」

「え、いやでも代々家に伝わる秘術でしょ? 季羽さんの時もご実家と相談してから技術提供をしてくれたんだけど」

「いや、俺の家はまぁ格好つけてそんな風に言ってる時もありますけど……蓋を開けたら残念というか、正直そのご期待に答えられるかどうかわかりませんよ」

「うん。まぁ、君がそう言うなら有難いけど、強化結界とは門外不出ではないのかい?」

「特に、というより昔そのことについて祖父に聞きましたが別に外部に技術が漏れても意味は無いと言われました」

「意味が、無い?」

「ええ、今からそれを説明します」

 取りあえず一呼吸置く、京極家代々に伝わる強化結界という技、戦国時代、初代が発案し開発、そして現代、俺にまで伝えられた戦闘特化の陰陽術、このなんとも異端、そして馬鹿げた技について説明する準備だ。

「まず強化結界の構成から、四つの術を連続して発動して強化結界を作ります。強化術式の構成、結界術式に変更、展開術式も発動、安定術式を重複します」

「成程、その四工程で強化結界ができるのか、しかし、なんというか、滅茶苦茶だね」

「ええ、強化結界の詳しい結界の手順を説明するともっと呆れると思いますよ。俺も昔家以外の陰陽術を色々と調べたんですが、自分に家の技の出鱈目さに驚きましたね。京極家の“これ”をマスターする覚悟と時間とあるなら、普通に結界術やら霊媒術を覚えた方がよっぽどいいって思いましたよ」

「……一つ質問していい? ふと思ったんだけど、その四工程の結界、作るのかなり難しくない?」

「ええ、子供の頃、これを覚えるまで自分の爺さんに何度殴られたか、何せ瞬発的に発動しないと強化結界は作れないですから、針に糸を通すような繊細な作業を戦闘中、高速で四回しないといけませんからね。いや、子供の無知ってすごいですよね。他に良い方法があるならばこんな方法、身に着ける前に諦めますよ。それしか知らなかったから俺は、ああ、失礼。私は強化結界を覚えられたんでしょう」

 最後の安定術式で先に発動した三つの術をまぁ、わかりやすく言えばぎゅっと固定しなければすぐに壊れてしまうのだ。わかりやすく言ってこんな無駄が多い術、世界を探してもそうは無いだろう。しかもこの技はすでに完成している。研究の末、略式させたり術の効果を劇的に上げたりすることすら望めないのだ。ただでさえ不安定でガラス細工みたいに繊細な技で、手を加えるのが難しいのだ。

「……君の家の初代は何を考えてこんな技を編み出したのか、いや、ごめんごめん。成程、別に隠さなくていい訳だ。それを覚えるなら他に術を複数覚えて、強化結界と同等かそれ以上の効果を出した方が効率がいい、ということか。しかし、その技の発動速度だけは目を見張るものがあるけど、それはもう技の特性では無く本人の技量だよね」

「ええ、術の高速展開は強化結界において必要条件ですから、京極家の人間は普通の術師にとっての高等技術を最初の基本として教えられる訳です……」

 つまり小学校一年生で、五十音順の平仮名を教えるのではなく、日常で全く使われておらず、さらに覚えても役に立つのかも怪しい難解な漢字を覚えさせられるのだ。これでいかに俺の家が馬鹿げている技を子孫に伝えてきたかわかって頂けるだろう。

「“異端”なんですよ。陰陽家、京極は」

「いや、うーんそうだねぇ。その技を作った初代さんは多分てん……ああこれは禁句だった」

「禁句?」

 何やら話の途中で言いよどむ健史さん、さっき天才って言おうとしてなかったか?

「ああ気にしないでくれ。ある単語を口にするとやたら怒る教え子がいてね。癖になってまったんだ」

「はぁ……で、話の続きですが初代に才があったというならそれは否定しませんよ。まぁ今の時代にまで変人として伝わってはいますが、こんな難解な技を編み出せるんですからよほど陰陽師という存在になる為の熱意があったのでしょう」

「だろうね。これは僕の推測だけど、初代さん、多分独学だろうね。強化結界という技には……まぁ基本が無いんだよね。僕に言わせればこれは陰陽術というより魔術寄りの技に感じるよ」

 魔術、か。爺さんが聞いたらなんて言うだろうか。俺が言うと「京極は長い歴史を持つ正真正銘の陰陽師じゃ! そんな西洋被れではないわい」と怒りそうだが……複合術師として名を上げている健史さんが言えば「あんたが言うならそうなんでしょうが、わしはこれからも陰陽師と生きていきますぞ」と言いそうだ……どっちにしろ認めてないのは断言できる。

「で、まぁ僕でもその技を会得するのには長い月日が掛かるのは理解したんだけど、今回例の人斬り忍者を相手にするのに少し案があるんだ」

 ほう。会得できないでは無く時間があれば会得できると言われるとは思わなかったが、まぁこの人が言うならそうなんだろう。会得すること自体無駄に思える訳で、難しいが会得できない訳では無いからなぁ家の十八番芸は。

 しかし案というのは気になる。何か必勝の策でもあるのだろうか?

「実は蓬ちゃんに君の能力について聞いた時、その強化結界の中でも解析の力に興味を持ったんだ」

「解析、ですか?」

 武器を強化できる能力でもなく、使いこなせる能力でもなく、性能を理解する能力に健史さんは興味を持ったらしい。

「はぁ……」

「おや、その様子だとそれがどんなに優れているのか理解できていないようだね」

「いや、京極にある書物によると初代は合戦時、昔は刀が折れた時に戦場で戦死者から武器を拝借する時、瞬時にその武器の状態を把握しどれほど使えるものなのか予想する為にこの能力を開発したそうですが、現代において合戦なんてありませんし……それに解析の力は中途半端で必要最低限ですしね」

「とことん合理主義者というか実践主義だね京極の初代様は。とまぁそれはさておき、現代においてもその解析能力は無駄ではないと思うんだ八手君、というよりかなり有用だよ」

 と、言われても実感が湧かない。確かに便利な能力と言われれば便利だが、新しく手に入れた武器にしろ、この能力が無くても少し時間を掛ければどういうものかなど並の術者ならわかるし、霊的武器製造の専門の者に掛かればそれこそ一分と掛からないだろう。故にこの能力が有用とは思えないのだ。

「はぁ……」

「うーむ。八手君、一つ質問するけどさ、強化結界って自分の武器にしかその術を掛けれないのかい?」

 いや、そんなことはないが……ああ、成程!

「成程、相手の武器に強化結界を掛けてその性能を調べるということですか。いい案ですね」

「しかし、その為には強化結界を解いた状態で相手に近づかないといけない。大変危険だ。それは承知してくれてるね?」

 そう、健史さんの言う通りそれをするとかなり危険なのだ。確かに有益な情報は手に入るだろうが、今回の場合、一瞬とはいえ刀を持った敵に近づき、さらにその武器を強化した状態で、しかも自分は唯一と言っていい技を自分に掛けることができない無防備な状態でなければならないのだ。

「ええ、わかっています」

「うん、でもさっき聞いた君の話を聞く限り、術者を倒してしまえば持っている刀も消滅してしまうんだろう?」

 確かに居合い地蔵、禅法との戦いで奴を倒すと同時に刀は消滅した。それはついさっき話した。

「……術者ごと捕獲とか?」

「確かにできるならそっちの方が良いんだけどね、うん」

 まぁ、無理だろう。大黒目限定にしろ奴と一度戦った俺にもそのことはわかる。得体の知れない怪物の長期間の拘束より、俺の能力を使い一瞬の隙を突いて強化結界で刀の能力を調べる方が危険性は無いだろう。

「大丈夫、きちんと策はあるんだ。僕があの人斬りの手から刀を落とすから、その隙に君は奴の持っていた刀に強化結界を掛けてくれるだけでいい。そしてその後は奴を討伐するというのが大まかな流れになる」

 ああそうか、別に奴に近づかなくても武器と奴を切り離せばいいだけの話だったか……俺も頭が固い、うむ。確かにその手ならば行けるだろう。

「その案、飲みます」

「そうか、良かった」

 安堵した様子の健史さん。断られると思っていたのだろうか? と何やら彼の真面目な顔が段々とだらしなく緩んでいき、最終的にはサービス残業明けのサラリーマンみたいな顔になっていく……はて、俺はいつから睨めっこをしていたのだろうか?


「……うぁああああああああああん! 疲れたぁあああああ!」

 うを! びっくりした。いきなり健史さんが大声を出して背伸びをしだす。

「あーもう真面目なの無理、続かない。少し休もう! そうしよう! 八手君お菓子はいる?」

「え、あ、はい。ではお言葉に甘えて……」

 まるで駄々を捏ねる子供の様に言って椅子の上で体をグネグネさせる健史さん。これは、体をほぐす運動のつもりなのだろうか?

「ララエルさんジュースとお菓子持って来てぇ~」

「畏まりました健史様、何かご要望はありますでしょうか?」

「うーん、コーラとポテチで、あ、ポテチはコンソメね」

「承りました。八手様も同じもので宜しいでしょうか」

「あ、はい。俺も同じので構いません……」

 なんだろうこのやり取り、だらしない人類最強と天使だがメイドとして完璧な受け答えをするララエルさん。普段からこんな感じなのだろうか?

 それよりも、なんだ向こうの様子は! 何故お菓子の空袋が山積みになっているんだ。く、いや少し考えればわかるぞ、どうやら俺が健史さんと話している間に夏穂の奴ララエルさんに迷惑をかけていたと予測される。

「おい夏穂、少しは遠慮しろ!」

「あーいいのいいの。ララエルさんも久々に夏穂ちゃんのお世話できて楽しかったみたいだしね」

 そうなのか? あのメイド……天使、どちらで呼んでいいのか迷うが、とにかくあの健史さんの付き人は表情に変化が無くて感情が読み取れないのだが、健史さんは彼女と長年一緒にいるからそういう感情の変化がわかるのかもしれない。

 と、難しい話が終わったのを察知したからか、お菓子をたらふく食って満足した様子の夏穂がこっちに寄って来た。

「ああもう口元拭け!」

 よく見れば夏穂の口元がお菓子のカスだらけだ。こいつ自分が一応年頃の女という自覚とかあるのだろうか? いたまぁ精神年齢は仕方がないがなぁ。

「八手様、テッシュをどうぞ」

「あ、すみません」

「いえ、これも仕事ですので」

 と、俺がついいつもの調子で夏穂に世話を焼いているとララエルさんがどこからともなく箱のテッシュを持って来て俺に渡してきてくれた。やけに手馴れている、恐るべし本職のメイド。秋葉原で喫茶店でバイトしている女の子では到底真似できない俊敏性だ。

「ほら、夏穂こっち来い」

「やぁめぇえろおおおおよぉおお!」

「うるせぇ叫ぶな、文句あるなら自分で拭けよ」

「ヤダ」

「なんでだよ!」

 俺がテッシュを数枚箱から抜いて夏穂の口元をグイグイと荒く拭くが、その対応が気に入らないのか大きな子供が文句を垂れる。しかし聞く耳は持たない、一々こいつの言うことを聞いていたら身が持たないのだ。

 と、そんな俺と夏穂のいつものやり取りをみて健史さんが愉快そうに笑っていた。なんだか恥ずかしいところを見られて気恥ずかしい。

「ははは、二人共、まるで兄弟みたいだね」

「俺が、夏穂と? 冗談は止めてくださいよ」

 俺が兄で夏穂が妹ということだろう。こんな手間のかかるデカい妹なんぞ御免被るのだが。

「いやいや、本当に兄弟みたいだよ。僕にもリア充な兄がいるんだけどねぇ、なんだか昔を思い出したよ。今は滅多に会えないけど昔はこうして口元を手荒く吹かれたりしたよ。兄さん元気にしてるかなぁ。会ったのいつだっけ?」

「最後にお会いしたのはお兄様の結婚式の時でございます」

「そうそう。思い出した。そういえばあの時ララエルさんやたらと声かけられてなかった? 特に男性から、後やたら写真撮られてたし」

 俺が夏穂の口元を拭いていると健史さんとララエルさんの昔話が始まった……えーと、まさか結婚式の時もこの二人珍妙な格好していなかったよな?

「健史様は周囲とは違う格好でしたのであまり話しかけられませんでしたが、私はいつものメイド服でしたので式場の職員と間違われたと推測いたします」

 やはりそうか! というかメイド服の人でも職員と間違われないだろう……その時ララエルさんナンパされてたのではないだろうか?

「いやぁーあれはナンパだよナンパ! ララエルさんってほら、容姿も性格も抜群にいいし」

 まぁ天使だし性格はいいだろう……少し不愛想に感じるところもあるが。

「いえ、私などが殿方の目に留まるなど有り得ません」

 うーむ、どうやらララエルさんは自分の容姿が優れている事実に自覚が無いらしい。なんというか勿体ない。

「そういえば結婚式の時写真撮られてたけど、あれ許可出した?」

「いえ、何分大勢の方でしたので、数人は私に許可を取り一緒に撮影しておりましたが」

「あー、なら撮影避けの術が働いたねぇ。また都市伝説になるかも」

 え、なんだそれ? 撮影避けの術? 撮影がされなくなる術なのか、いや、結婚式のときやたらと物珍しさからやたらカメラを向けられたと言われているしそれはないか。気になるので質問してみる。

「その、なんですかそれは?」

「あー、ララエルさんってほら日本じゃ目立つじゃない? だからやたら写真を撮られるんだよ。ほら、最近はSNSとかあるし」

 いや、日本じゃなくてもメイドの格好は目立つ気がするがまぁそれは置いておこう。

「で、僕が中学生の頃一時期ネットでララエルさんが有名になってね。でね、我が家の巨乳メイドを勝手に映してんじゃねぇっという若かりし日によくある一時的な世間への怒りに任せて色々と勉強して、撮影するとララエルさんの場所だけ空間が歪んで映る術を掛けたんだ。ああ、彼女の写真を撮りたい時は本人から許可を取るときちんと普通に写せるからね?」

 ……巨乳メイド云々(うんぬん)という発言は取りあえずスルーしとくとして、しかし、だ。この人中学生の時にそんな高度な術が仕えたのか。

「中学の時にそんな術を? 凄いですね」

「まぁねぇー、その時からお父さんから色々と仕込まれてたし、ああ僕のお父さんは一代目複合術師でね、で僕の希望で色々と教わってたんだけどさ……あれ修行というより虐待っていっていいレベルだと思うなぁ、うん。人間死ぬ気でやれば大抵のこと覚えられるよ。思えば苦手だった英語も魔術覚える為にお父さんからたたき込まれてテストで百点取ったしね。ははは」

 なんだろう。物凄く親近感が湧くのだが、俺も爺さんに幼少の頃何度殺されかけたことか……術師の家というのはどこも同じということだろうか?

 む、というかそんな話を昔、何かで見たような……。

「あの、もしかしてそれ都市伝説の怪奇、金髪メイドじゃないですよね」

「あ、よく知ってるね! そうそうそれそれ」

「ネットサーフィンが昔からの趣味でして……」

 そうなのか、この人達が原因であの都市伝説が作られたのか。

「昔からララエルさん美人だからねぇー。写真を撮られることもあったけど、結構告白とかされたんだ。僕が学生の頃忘れた弁当箱を届けに来てくれたりしてね。学校の生徒から付き合ってくださいって」

「で、全員フラれたと」

「ははは、ララエルさんそういうのにあまり興味ないみたいでね。ああ、で、色恋沙汰の話で思い出したんだけどさ。八手君って蓬ちゃん、好きなの?」

 ……ララエルさんが少し前に持ってくれたコーラが注がれたコップ手を伸ばそうとした時、健史さんはそんな爆弾発言、というか俺個人的には言葉の核弾頭としか感じられない物を俺に投げかけてきた。そのせいでコップに伸ばした手が止まる。

「ああ、へぇー」

 そして意味ありげに意地悪な笑みを浮かべる健史さん。なんだろう、弱みを握られてはいけない人に弱みを握られた気がする。

「その、蓬には黙っててくださいよ!」

「いやいや、そこまで僕は意地悪じゃないって、でもそうかぁー、そうなのかぁー」

 ニタニタ笑いながら何度も頷く健史さん、くそ、今顔が火を出そうになるぐらい赤くなっているのがわかる。どうもあいつが関わることで冷静さを保つスキルが俺には無いらしい。他のことなら冷静なつもりなのだが……くそ。

「何時から好きなの?」

「いや、女子小学生の会話じゃないんですから」

「いいじゃなーい」

 いや、いいじゃなーいなんて言われても困る。それに何時から好きなのか俺本人のよくわかっていないのだ。まぁ気がついのは何時だろうか? 子供の頃なのは間違いないと思うが、気が付いたら意識していたし……。

「詳しく知らないけど子供時からと思うぞ」

 て、おい! くそ夏穂! 何情報提供してるんだ!

「え、マジで! 随分長い恋なんだ!」

「いや、まぁ、はい」

 ああもう、どこかに飛びたい消えて無くなりたい穴があったら入りたいちくしょう!

「あ、初恋? 優一君と恵ちゃんもそうなんだよねぇー」

 む、そうなのか。優一先輩とその彼女である恵さんもお互い初恋の相手ということか。

「健史、そうなのか!」

 と、この話題に夏穂も興味があるのか食いつく、というか正直俺も敬愛する先輩の馴れ初めを聞きたいし、何より話題を変えたい。優一先輩すみません!

「その、詳しく教えてくれませんかね?」

「いいよいいよ……ああ、ごめん。この話はまた今度ね」

 優一先輩の過去を離してくれようとした健史さんだったが、何やら会話を切り上げて俺たちがいる教室の入り口に目を向ける。

「健史さん、何か?」

「教え子が来たみたいだ」

 と、健史さんがそう言って五秒ほどしてから傷む廊下を慌ただしく掛ける足音が聞こえてきた。侵入者探知の結界でも貼ってあるのだろうか?

 そして勢い良く横にスライドさせる扉が開けられ誰かが部屋になだれ込んできた。その迫力に思わず夏穂が体をビクンと震わせ身を引いていた。

「健史! ニンジャ見つからない!」

「あー……ノア君、廊下は走らないようにね……マナーという問題もあるけどここボロイから傷んでる所の床板、踏み抜いちゃうからね? 修理代、僕に請求されるんだよ」

 そうなのか、経費とかで下りないのか。世知辛いなぁー。

「壊したら拙者が払う! それよりニンジャ! 一緒に探してくれ健史!」

 と、健史さんにニンジャと連呼しながらやたらと興奮している外国人、いや待て、この人物、夏穂が迷子になった時会った人じゃないのか? 確か蓬を大和撫子と呼んでいた……えーと名前はノアと言っていたような。

「ノア! お前健史の教え子だったのか!」

「オーウさっきのニンジャに会ったコトのある人! 健史と知り合いでしたか!」

「私は健史と友達だ」

「ワァオ! なんたる偶然!」

 夏穂ははっきりと名前を記憶していたらしい。しかしノアか、ノアといえば大洪水から家族と動物を救ったとされるノアの箱舟伝説を思いつくが、関係あるのだろうか?

「……八手君、ちょっといいかい?」

「はい、なんですか」

「彼に、今回の仕事を手伝ってもらうのはどうだろうか?」

「それは……彼に地獄からの脱獄者について詳しく教えるということですか?」

「ノア君が望めばね……いいかい?」

「失礼を承知で聞きたいのですが、彼は口が堅くそれに信用にたる人物なのでしょうか?」

「口が堅い……か」

 自信が無いのか言葉を濁してしまう健史さん。確かにあまり口が堅そうには見えない……。なんというか失礼だが、少し馬鹿っぽく見える。

「まぁ実力は保障するよ。彼は君と同じで戦闘特化型の陰陽師でね」

「陰陽師? 外国の方がですが?」

「そう、珍しいけどね。彼が使うのは式神の創造式だよ」

 と、俺と健史さんが会話をしている間何故かノアと忍者ごっこを始めていた夏穂が反応する。

「ノアにも式神いるのか! 見せてくれ!」

「あー、多分夏穂ちゃんが想像しているのとは違うかなぁー」

「え?」

 夏穂が目を点にして首を傾げる。確かこいつには契約式(けいやくしき)と創造式(そうぞうしき)の違いを教えてなかったな。

「いいか夏穂、少しお勉強だ。陰陽師における式神の認識には流派によって違いはあるものの、基本敵に式神は二種類に区分される。お前がよく知っている妖怪と契約して従えるのは契約式、俺の爺さんが得意とする方法だ。で、創造式は……」

 どう説明したものか。そう迷っていると健史さんが助け舟を出してくれた。

「まぁ創造式は簡単に言えば自分で動かす人形を造る式神術のことなんだよ」

「自分で動く人形? 要するにロボットか?」

「そう、鉄ではなく霊力で作ったロボットさ。漫画とかで陰陽師が紙を人型に切ってる何かを使ってるの見たことないかな? 基本的にあれだよあれ、鳥やら虫やらの魂の入ってない人形を作って偵察したりとか、まぁ彼の創造式はそんな物要らないんだけどね」

「成程あれか! ノアはそれが得意なんだな!」

「まぁね。僕の教え子は三人いるんだけど、その内二人は創造式の使い手でね。まぁ、かなり特殊なんだけどさ」

 流石は教員をしていることだけはあり、夏穂の頭でもわかりやすく説明してくれた。

「拙者、この技使うの……あまり」

 と、何やらノアの反応が悪い。式神術を使うのが苦手……ではないだろう。何せ健史さんが先ほど実力は保障すると言ったのだ。なら使うこと自体が嫌なのだろうか?

「うーむ、いい加減克服してほしいんだけどね。君はそれにしか特化してないんだから」

「オウ、ソーリー」

 反応が悪い。これでは協力は期待できないだろう。

「忍者を倒そうとしてたんだけどなぁー」

 と、健史さんの言葉にノアが反応する。

「ニンジャ! 健史あの目が黒いニンジャと戦うのですか!」

 待て、ノアは大黒目について知っているのか。

「健史さん、この人に大黒目のことを話したんですか?」

「話したというより一度僕があの忍者と戦った時彼はその場にいたんだよ。戦闘には参加していないけどね」

 成程、そういうことか。しかし何故この人物は忍者を探しているのだろうか?

「彼は何故忍者に拘(こだわ)りを? 何か理由が有るんですか?」

「あー……八手君、風魔伝って漫画知ってる?」

「ええ、忍者漫画の奴ですよね。アニメ化もされてる。今も連載されてる長寿漫画で、俺も一時期子供の頃見てましたよ」

「彼、あれの大ファンでね」

「……あー、で、本物の忍者にもう一度会いたいと?」

 なんとも下らない理由のようだ。

「拙者! ニンジャに技教えて貰いたいです! 健史ニンジャ倒したら駄目です!」

「いや、術教えて貰うって……」

 そして予想を上回り、更に下らない明確な理由が判明した。

「……ノア、よく聞いてくれ」

「なんですか、健史! 拙者の決意は変わりませんよ!」

 と、何やら健史さんがノアの両肩をしっかりと掴み、真剣な眼差しで彼の目を見据えた。あまりの真剣さに俺と夏穂が静かになりそのやり取りを見守る。

「あの忍者は――ダークニンジャだ!」

「ダーク……ニンジャァ!」

 ああ……なんだこれ?

「いいかい、あれは悪い忍者なんだよノア君、だから倒さないといけないんだ」

 いやまぁ確かに人斬りしてる悪い忍者だし嘘ではないんだけど、えぇー。いや、そんなので説得されないだろう。

「わかった健史! 拙者、間違ってた! 協力する!」

 おい、納得しちゃったよ! おい。

「……これが子弟愛か」

「いや、多分違うぞ、夏穂」

 俺も自信ないけど一応そう言っておく。あれを個人的に子弟愛と呼びたくない。

「ディフェイイト ザ ダァァアアクニンジャァアアア!」

 英語で「闇のニンジャを倒す」と言ってテンションマックスなノア……どうやらやる気になってしまったようだ。



 私は今タダ飯を食べている。

 腹が減っては戦ができないということで、この学園にある学食で私は料理を食べている。ガラス張りの飲食エリアでいっぱい丸くて大きなテーブルが置いてあり、大きなカウンター越しにある厨房から何種類もの料理の匂いが私の鼻に届いた時は感動した。そして和気藹々(わきあいあい)と夕食を口に運ぶ学生たちの独自の雰囲気も気に入った。

 そして料理を食べる前、健史が「ここは僕が奢るよ~、複合術師って結構儲かるんだよ」という太っ腹宣言をしてくれたので私は遠慮せず腹を膨らませている。

 因みに私と健史含め、ララエルと八手、ノアの五人だ。出費は全て健史、消費はほとんどで私、隣でなんでか八手が青い顔をしているが気にしない。こいつは知らないが昔から健史はお金持ちなんでこの程度気にしないんだよ。父親も複合術師なのだが、基本は医者だったので収入が良かったらしい、なので昔からお菓子やら何やらを恵んでもらってたのだ。私が住んでた優一の家は貧乏だったからなぁ。

「この料理美味しいな。ここの学生は毎日こんなの食べれるのか」

「そうそう、種類も多くて飽きないしね~、ああでもララエルさんの料理技術も負けてないよー。最近また腕が上がったんだよ」

「ララエルの料理、私も好き!」

 昔、健史の何かお城みたいな実家で何度か優一と一緒にララエルにご馳走になったのを思い出した。因みに健史の家は優一曰く「あの美的センスは独自の物だから夏穂ちゃんはあれが普通だなんて思わないでね」と言われている。西洋のお城みたいで格好いいのになぁー。

 なんか鎧とか飾ってあるし、ゲームのボスのダンジョンみたいで楽しいので私は好きだったんだが、世間からは浮いているらしい。

「褒めて頂き光栄でございます。また機会があれば腕を振るい八手様と夏穂様の舌を楽しませたいものです」

 と、ララエルがそんな返事を返してくる、それ、約束だからな! 楽しみにしてるからな!

「ララエルさんは相も変わらず大和撫子ですねぇ」

 と、ノアがそう言ってララエルを褒める。

「健史さん、彼は蓬にも大和撫子と言っていましたがあれは本来の意味で使ってるんですか?」

「ああ、彼のあれね。さっき話した漫画の風魔伝、それの主人公が女性を褒める時にそう言うんだよ。で、まぁなんだ。取りあえず美人だとか、性格がいいとかでノアが女性を褒める時大和撫子って言葉を使うんだ。本来の意味で理解しているのか少し怪しいけどね」

「成程……まぁ、蓬の奴は大和撫子って柄じゃないですからね」

「おや、彼女は大和撫子じゃないかい? 清楚で御淑(おしと)やかで美人で可愛いし、美人と可愛いって両立できるって彼女を見て思ったよぉ」

「いやまぁ、化粧なんてそんなにしないですし小動物染みてるところもありますけど……健史さんはあいつの妄想癖を知らないんですよ」

「妄想癖? さっきもそんなこと言ってたけど彼女妄想癖があるのかい?」

「ああいえ、失言でした。あいつ、妄想癖のこと上手く隠してるみたいなので、これは忘れてくれると助かります」

「うんうん、そう言うなら忘れるよ……そうか、君の前では素を見せてるんだね、彼女」

 と、何やら八手と健史が蓬について話している。八手は少し困った顔で、健史は優しい顔だ。ノアは……何か口を大きく開けてるが一応話を聞いてますみたいな感じで眉間にしわを寄せて小刻みに何度も頷いてるが、あれ話の内容わかってないだろう。断言できるぞ、なんせ私もたまにやるからわかるのだ。

「ああそうだ。夏穂、腹八分にしとけよ。これから戦闘があるんだから」

 と、美味しい料理を食べてご機嫌な私に八手が水を差してくる。そんなのわかってるっていうのに、毎度こいつは口うるさい。

「それで、ノアさんでしたか、貴方の能力について知りたいのですがいいですか? 確か創造式が得意と仰っておりましたが」

「オウ、気軽にノアでいいですよ、八手」

「ああ……と、ではノア、君の能力について知りたいんだけど、いいかな?」

「オーケー、拙者の技は銃を作ると思って貰っていいです」

「銃? 創造式でですか?」

「イエース!」

「いや、そんなの聞いたことがないんですが」

 と、私が目の前にあるハンバーグに気を取られている間に何やらノアの能力についての話になっている。銃、か。あれだろ、ピストルだろ。しかし八手はなにやら信じてない様子だ。そんなに変なことなのだろうか?

「銃の構造は複雑です。創造式で偵察用の生き物を作る時だって、外は張りぼてで中身は単純な構造をしていると聞きますし、そんな難解なことが可能とはとても……」

 と、そんな八手に健史がニコリと笑って説明をしだした。この反応を予測していたらしい。

「信じられないのはわかるけど、君だって今日僕に出鱈目なことをしてるのを教えてくれたじゃないか八手君。君と同じで幼少からの擦り込みでね、彼の実家はアメリカにあるガンショップだったんだよ。それで昔から銃について詳しくなったらしくてね。それで他の創造式は無理だけど銃だけは簡単に作れてしまうんだよ彼、普通は逆なのに」

「銃のみですか?」

「うん、イメージしやすいのかな? そこら辺の細かいところは解明できていないけど彼ならできるんだよ。霊力のみでの銃の精製が、実戦で使えるほどあっさりとね。それはこの僕が保証しよう」

「……わかりました」

 健史に言われ渋々納得した様子の八手。健史の言う通り自分が同じようなことをしているのだから、納得するしかなかったのだろう。

「うーん、あまり納得し切れてない様子だね。そうだノア、後で君の技を見せてあげるといい。作戦時、仲間の信用というのは大切だからね」

「ラジャ」

 健史の申し出にクールに短い返答で答えるノア、なんだか少しだけ兵士みたいで格好良かった。

 と、何か嫌な視線を感じて周囲を見渡してみる。

「……なぁ八手、何か見られてないか?」

「あ? あー、言われてみればそうだな」

 部外者だから、という訳ではないようだ。学園長から貰った許可証を首からぶ下げているから目立つ、というだけではない。敵意というか、上手く言えないが嫌な感情が感じ取れる。しかし……何故それが八手に向いているんだ?

「ああ、嫉妬されてるんだよ」

 と、あっさりと健史がそう言った。

「嫉妬ですか? 何故俺なんかが」

「そりゃあ君が夏穂ちゃんなんて強力な存在を使役しているからだよ。霊力を抑える服を着ていてもこの学園にいる敏感な子は彼女の力を感じられるし、それにここちょっとそういところあるからさ」

「……プライドが高いことで」

「そういうこと、自分が優れている存在でないと気が済まない子が多くてね。それでまぁ、虐めなんかもあるみたいなんだ」

「待ってください! もしかして蓬がその被害に?」

 八手が血相を変えて健史にそんな質問をする。相も変わらず蓬のことに関してあまり冷静ではいられないらしい。

「彼女は大丈夫だよ。能力も平均的でそういう嫉妬の対象にはならないし、それにさっきの君の話を聞く限り素を隠して上手く立ち回っているみたいだしね。強い子だよ」

「そうですか……」

「まぁ、君は違うみたいだけど……」

 そう言ってコーヒーを啜って横目で周囲の生徒を見る健史。そうか、よくわからないが私が原因で八手が嫌われてしまったのか……。

「馬鹿なこと考えてないだろうな夏穂」

「……でも」

「でもじゃない。お前が気負うことなんて一つもないし、大体勘違いだろうが、お前は正式には俺の式神じゃあないんだから使役しているなんて認識は、そうだろ?」

 うーん、でもこの視線は私、嫌だな。これじゃあ落ち着いて食事もできない。デザートにパフェでも頼もうかと考えていたが、今回は遠慮しよう。

「ご馳走さまでした」

「なんだ。もういいのか?」

「腹八分目にしとけと言ったのはお前だぞ、八手」

「今六分目ぐらいだろうに」

「後の分はお菓子用だ。戦い終わったらララエルに貰うから」

 あ、八手が呆れてる。でもなんだか口元が笑っていたのを私は見逃さなかった。

「そうだな。戦いが終わったらご褒美にコンビニでアイスの一つでも買ってやるか」

「どういう風の吹き回しだ八手! 気持ち悪い」

 珍しい、本当に珍しい! 明日雪が降るぞ。

「なんだ要らねぇのかよ」

「欲しい! ソフトクリームの奴」

「はいはいわかったよ。じゃあ行きましょうか健史さん。ご馳走様でした」

 そう言って健史に会計を促す八手。さて、では気持ちを切り替えなくてはな。ここからは、戦いの時間だ。



 俺たちは今国宝学の初等部校舎近くにいる。

 人数は食事をした時と同じ五人、健史さんが魔術師のような格好に、ノアが迷彩服に着替えてくるのは良かったが、正直ララエルさんまで付いて来るとは思わなかったが、まぁ彼女は天使だし、戦力的に何か意味があるのだろう。しかしこんな時までメイド服とは……。

「はーい、無線だからー、使い方わかるかな? テストするよー」

「健史! 使い方わからない!」

「はいはーい、ララエルさん教えてあげて―」

 と、唐突に無線機が配られる。これで作戦時連絡を取り合うらしい。因みに無線でのやり取りは全員へ向けての一方通行で、二人で内緒話は不可能だ。

 何故小学校近くかというとサークル活動や部活のある大学や高校を避け、夏休みの間生徒がいない小学校の近くで戦闘をすることは前々から決まっていたらしい。そこまでは俺も納得したのだが、ノアがスナイパーライフルで大黒目の手から刀を落とす為の狙撃ポイントについて俺は疑問を感じていた。

 ポイントは森の一番外側にある草むらの茂み、俺たちが大黒目と戦うのはその三百メートル程前の位置だが、その間にある木が邪魔で狙いにくくはないだろうか? 確かにこの森に生えている木は細く人の手が加えられ綺麗に整列している為、狙撃は可能だが、それでも木も生き物、太陽の光を求め真っ直ぐ育ってはくれないので、僅かな木の整列にもズレが有り、最良のポイントとは言えない。

「ここから撃つんですか? 狙撃は屋上とか高い所が有利だと思ったのですが」

「確かにスナイパーの狙撃は見晴らしのいい高所が良しとされますが、今回はターゲットは森の中、上からだと枝に付いてる葉っぱに隠れて上手く狙えないのデース」

 と、健史さんに質問したのだが、変わりにノアがそう答えた。そうか、葉っぱか。今は夏だし確かに邪魔になるだろう。

「それに結界があるしねぇー」

 と、健史さんがそう答える? はて、健史さんが学園長を協力して張った結界は学園を覆う代物だったはずだが。

「えーと、結界とは?」

「あれぇー、八手君困るなぁー。あの資料に目を通してくれたのかい?」

 む、失敗した。確かに学園長に貰ったあの資料に目を通していなかった。俺は慌てて荷物からあの資料を取り出す。

「八手、しっかりしろよ」

 夏穂が隣からそんなことを言ってくる。反論したいが今回は俺の落ち度なので何も言えない。えーと、資料に目を通すと健史さんがここに大黒目を追い込んで結界を張ったと書いてある……それはいいのだがマグロの頭がプリントされたシャツを着て結界を前にピースをしている健史さんの写真はどうなのだろうか? その写真の下に「撮影、健史様の専属の駄犬メイド、不肖ララエル」と書かれているのだが……これ、ララエルさんが作ったんだよな?

 この人真面目な方だと思っていたけど実は初対面の俺に遠慮していただけで、とんでもないキャラをしているのではないだろうか?

 まぁそれはさておき、記載されている情報はわかりやすく書かれており、この森の形はほぼ円形。それを覆うように張った結界はドーム型で、前回大黒目のとの戦闘時、健史さんが単独で張った結界らしい。これで大黒目を逃がしはしないが、同時に屋上からの狙撃を阻害してしまう。ならば公園の隅からの狙撃しか選択肢がないという訳か。

 む? というより前回ノアと一緒に健史さんは大黒目と一戦交えたと聞いたのだが、何故ノアはここにあいつが閉じ込められていたことを知らないのだろうか? と、資料になんとも物騒なことが書いてあった。「健史様の教え子の一人、ノア様は忍者に対し猛烈な執着があるため、記憶改ざんを行い結界に目標を封じたことを忘却させる。尚、目標に対する遭遇などの記憶の完全消去も考えられたが、大部分の記憶改ざんには時間が掛かる為見送った」と……この人記憶改ざんとかもできるのか。

 と、俺が資料の内容に驚いていると、記憶を改ざんされたノアが俺に話しかけてきた。どうしよう、この事実はこの一件が終わっても秘密にしておくべきなのだろうか。いや、そうしよう。

「それに拙者、今回は寝そべった体制で撃ちたいです」

 と、ノアが俺の心中などお構いなしにそんな意見を付け加える。まぁ伏せ撃ちの方が銃のぶれは少ないのだろうから、その方がいいのだろう。いやまぁ、ド素人の俺がそんな判断をするのもなんだが。

「伏せていれば相手からも気づかれにくいでしょうね。特に反論はないです」

 取りあえず当り障りのないことを言って同意しておく。しかし学校の屋上からだと伏せ撃ちでは狙撃しにくいと思うし、狙撃するのはノア本人だ。俺には狙撃の技術や知識は乏しいし、ここは彼に任せるしかない。

「イエス! それもありますが、保険の為でありマース」

 保険? なんのことだろうか。まぁそう失敗した時の次の策を用意するのは戦闘では大切だ。たとえそれが俺たちを見捨ててそれが逃げる為の算段でも、文句は無い。

「オー健史? 今回はフルメタルジャケット? ホローポイント?」

 と、何やら聞き慣れない単語が出てきた。フルメタルジャケットとホローポイント?

「なんですかそれ?」

「銃弾の種類だよ。ノア、見せてあげなさい」

 と、健史さんに言われ手を少し青白く光らせて二つの銃弾を作るノア、驚いた。銃が作れるとは聞いていたが銃弾も作れるのか。

「こっちの先が尖がっているのがフルメタルジャケット弾で、こっちが先がへっこんでるのがホローポイント弾でーす」

 そう言って俺に二種類の弾丸を見せてくれるノア、大きな違いは先端部が尖がってるか窪(くぼ)んでいるかの違いだが、どう違うのだろうか?

「フルメタル弾は先端に真鍮(しんちゅう)がコーティングしてあり貫通力がありまーす。ホローポイント弾は貫通力は無いですが対象に当たるとキノコみたいになって傷口を大きくしまーす」

 ノアは、身振り手振りでほとんど銃の知識が乏しい素人同然の俺にわかりやすく教えてくれた。というかホローポイント弾えぐいな!

 と、隣で大きく口を開け、眉間にしわを寄せ小刻みに何度も頷いている夏穂に気が付く。あー、これ納得するフリしてわかっていないやつだ。結構頻繁に見るのでわかる。

「対人ならばホローポイントの方がいいですけどねぇー」

「でも今回は大きなダメージが目的じゃなくて刀を落とさせるだけだし、フルメタルジャケットだね。もし木の枝に当たっても貫通力があれば軌道の変化も少ないし」

「ノー、枝には当てれませーん。狙撃は繊細でーす。風一つでも弾道に影響しまーす」

「ははは、そうかそうか、信用してるよ」

 そう言ってノアの肩を何度か軽く叩く健史さん。そういえばノアの狙撃技術はいかほどのものなのだろうか?

「ノアの狙撃能力はどれくらいなのですか?」

「プロ並みだよ。僕の仕事の手伝いで実戦経験も多い。そうだね。一般の拳銃を使っての銃撃戦は約七メートルで行われて、同じ拳銃の射撃競技ではターゲットの距離は十メートルなんだけど、彼はその倍の二十メートルからの狙撃が可能だなんだ。特殊部隊の人間は二十五メートルが可能って昔聞いたけど、これで凄さはわかって貰えたかな」

 要するに特殊部隊一歩手前の実力なのか、いや、本気で意外である。ただの忍者オタクではないらしい。

「ああ健史、暗視ゴーグルオーケー?」

「え、持って来てるの? あーごめん、付けなくていいから、僕がターゲットを照らすからね肉眼で作戦を遂行してくれ」

「ラジャ」

「そうだなぁー、他には――」

 すると二人が細かい打合せを始めた。と、夏穂がララエルさんと話していた。何か迷惑を掛けてないといいが。

「ララエル! 私も何かできることないか?」

 いや、今更だろう。健史さんとノアを見て何かしなければならないと思ったのだろうが、今から焦っても仕方ない。

「そうですね……どうも私では力不足のようで。八手様、何かいい案はありますでしょうか?」

 と、二人を見てるのに気が付いたのかララエルさんがそんなことを言ってきた。しかし今からできることなんてたかが知れている。

「前から思ってたんだが、夏穂、後ろの髪、どうにかしないのか?」

「後ろの髪?」

「お前髪、長いだろう? 戦闘時邪魔にならないのかなと思って、ほら、死角が増えたりとか」

 まぁ俺は男だし、あんな長い髪をしている人間の気持ちはよくわからないが、夏穂の髪は女性の中でも特に長い。何しろ髪の先端が腰まであるのだ。それほど髪の長い知り合いは俺の大学にいる黒沢部長ぐらいだ。

「あー……別に思ったこともなかった。んじゃ今から切る?」

「いやいや、綺麗に伸びてんのに勿体ないだろうが、というか本当に適当に生きてるんだなお前」

「何をぉー!」

 適当という言葉を聞き夏穂が軽く怒る。しかし切るのは頂けない。

 よく女にとって髪は命とか聞くし俺の一言でバッサリと髪を切られたらなんだか責任を感じてしまう。

「束ねたらいいだろうが、ララエルさんみたいに」

 ポニーテールのララエルさんを見ながら言ってみる。

「なら束ねる!」

 俺の意見、即採用かよ! こいつ本当に適当だな。しかしそれには問題が有る。

「いや、ゴムねーだろ」

「? あの台所にある奴じゃダメなのか?」

「いやいや、食品用の輪ゴムじゃなくてきちんと髪専用のを使えよ」

 どうも夏穂は少し自分の体を蔑ろにするところがある。お洒落に興味を持てとまでは言わないが、もう少しなんだろう、自分が女だと自覚して欲しい。

 するとララエルさんがメイド服のポケットから何やら取り出す。よく見ればシンプルな黒い髪留め用の輪ゴムに見えるが。

「宜しければこれをお使いください」

「ああ、すみませんわざわざ、これララエルさんの髪留めの予備ですよね?」

「いえ、こんなこともあろうかと事前に用意しておりました」

 いや待ってくれ。どんな予測能力なのだろうか、本業のメイドのなせる技なのか、それとも天使だから人間より思考能力が高いのだろうか? まぁ何はともあれせっかく用意してくださったのだ。有難く使わせてもらおう。それより、お金を渡さなくては。そう言う礼儀は人間関係の構成で大切だ。

「お金を支払います。大体でいいので金額を教えて頂けますか?」

「いえ、お気になさらず。これは私の気持ちですし、わざわざ贈り物の費用を受け取れば主の顔に泥を塗りますゆえ、どうかお近づきの印と考えてくださいませ」

 完璧な返答をされる。主の顔に泥を塗るとまで言われてしまったらかえってお金を渡すのは失礼になるだろう。

「では有難く頂戴いたします」

「八手ー、これどうやってつけるようか?」

「いや、男の俺に聞かれてもな」

 髪留め用の輪ゴムを二つ貰いどうやってつけようかと相談してくる夏穂、一つならララエルさんの様にポニーテールにでもすればいいというのだが二つか。ならツインテールにでもするか?

 その切れ長めの目と高身長でツインテールはどうかと思うが、精神年齢的には確かに……いや、やはり大人の見た目でツインテールはきついな。まぁララエルさんはそんな暴挙にでないだろうが……でないよな?

「では僭越(せんえつ)ながらここは私が一つ」

 そう言ってララエルさんが夏穂から髪留めを貰って手馴れた様子で夏穂の髪を細く束ねていく。量は違えど、自分の髪でやり慣れているのだろうか?

「あまり髪を引っ張るような束ね方はお勧めいたしません。毛根や毛髪に負担が掛かれば癖毛になってしまったり地肌が透けて見えるようになってしまうと聞きます」

「はーい」

 うむ、結構詳しいらしい。そして俺が思っていたツインテールではなく長い髪を一本に纏めたポニーテールで、どうやら髪の真ん中と毛先の少し前の部分の二点止めをしているらしい。

「夏穂様は長い髪をしておりますので、このように後ろ髪の真ん中での一点止めではなく、二点止めにすると毛先の方も広がらないかと」

 ララエルさんの言う通り真ん中に止めただけでは腰の辺りで髪が広がってしまうので、二点止めにしたらしい。シンプルだが、その変わりすっきりとした印象を受ける。

「どうだ八手、似合ってるか?」

「ああ、なんか剣術家みたいで格好良いな」

 偏見だが、剣道少女というのは何故か後ろの髪を束ねているイメージがある。今の夏穂はまさにそれだ。まぁこいつが竹刀を振っている場面など想像できないが。

「そうか! 格好良いか!」

 女に格好良いと言って喜ばれるのには驚いたが、まぁ嬉しそうにしているならいいだろう。と、そのまま上機嫌で健史さんに新しくなった自分の髪型を見せに行く夏穂。どうやら自慢したくて仕方がないらしい。

「健史! 新しい私を見ろ!」

「お~、かっちょ良くなったね~!」

「だろぉー、かっちょ良いだるぉー」

 なんだろうかあのノリと喋り方は、親しい人間に対しては昔からあんなノリなのだろうか? すると健史さんは森の方に視線をやり目を細める。

「さぁーてじゃあ、そろそろ始めようかなぁー。八手君、さっきも話したけど君は目標が持っている武器の解析に専念してね。夏穂ちゃんは八手君を守ることに集中、基本は僕が戦うから、ノアはチャンスがあったら狙撃で刀を目標から落とさせる、いいね?」

「ええ、心得てます」

「うん。その作戦わかりやすくていい」

「オーケー」

 ん? 待ってくれ、ララエルさんは?

「じゃあ行こうか」

「健史さん、あの、ララエルさんは?」

「あー、ララエルさんは僕のサポート、ついいつものことだから言わなかったよ」

 そうなのか、まぁ世界に名を届かせる複合術師なのだから、この二人はコンビで数えきれない修羅場を何度も潜り抜けてきたのだろう。

「じゃあ結界に穴を開けるからちょっと待っててねぇー」

 そう言ってぶつぶつと小声で呪文を呟き、森を覆う結界に人一人分入る穴を開ける健史さん。ここに入ったら一瞬たりとも気は抜けない。

「夏穂、気を抜くなよ」

「舐めるな。それぐらいわかってる」

 少し怒った返答をしてくる夏穂。これなら大丈夫だろう。

「じゃあ、行くよ」

 そして結界の穴から、殺人鬼が放たれた森に五人で入って行く。入った瞬間に奇襲されることは……ないようだ。大黒目はこちらに気が付いていないらしい。

「ではここで皆さんを援護しまーす」

「頼んだよーノア、ダークニンジャを滅するんだ!」

「ダーク……ニンジャ! 滅するべーし!」

 ノアと健史さんがそんな会話をしている。なんというか子弟というより友人といった感じの仲だな、この二人。

「じゃあ八手君、夏穂ちゃん、あまり大きな音は立てないでね。まず相手を釣るから」

「釣り? 健史釣りするのか? なんで?」

「夏穂ちゃん、別に魚を釣るんじゃないよ」

 そう言って健史さんは一枚の写真を取り出し地面に放り投げる。それを不思議そうに見る俺と夏穂。

 すると写真はひらひらと回転しながら地面に不時着すると、一瞬にして一人の女性が現れた。本当に驚いた。この人高等な術を、呪文の一つも無しにサラリとやってのけたぞ。まぁ、原理はよくわからないが……式神術ではないのは理解できるが、これは魔術か?

「……健史、これダッチワイフ?」

「いや、なんでこれ見て開口一番ダッチワイフなんて単語が出てくるんだよ」

「これ本物じゃないんだろ? 女の人の人形は昔、ダッチワイフって聞いたぞ。違うのか八手?」

 いや、これは本物の人間そっくりだからダッチワイフの高級品であるラブドールといった方が……て、そんなのはどうでもいいだよ。まったく、どこでそんな知識を仕入れてくるんだこいつは、ほら、健史さんがなんか苦笑いしてるし。

「うーん、じゃあこれダッチワイフの術って改名する?」

 いや待ってくれ、そんなサービスはいいんですよ健史さん! それより話を戻さなければ。

「これが大黒目を釣る餌ですか?」

「そう、今からこの女の人の幻影を森の中で歩かせるから、僕はそれを隠れて見てればいい。そして目標がこれに斬りかかったら戦闘開始さ」

 流石だ。この人が戦い馴れてるのはひしひしと伝わってくる。健史さんがすでに発動している術はこれだけでない、すでに目に見えない探索術も発動している。他にもわからない術を複数、正直言って人がこの境地に到達できるのかと驚愕する。術の展開スピードが速く、同時展開数も多すぎる。

「どうやら、俺がしゃしゃり出る幕は無いらしい」

「ああ、八手君、過信は駄目だよ」

「え?」

 と、こちらの独り言を聞いてか、それとも術で俺の心でも読んでいたのか、健史さんが俺にその言葉を口にした。

「確かに僕は他の人より強い、でも戦略に置いて人数が多いというのは確実に有利な要素になるんだ。それを活かす為には誰一人として考えるのを止めてはいけない。勝手な行動はそりゃ駄目だけどね、強い誰かに何もかも任せて自分で考えるのを止めては駄目なんだよ」

「……すみません。浅はかでした」

「あはは、少しは先生らしいこと、言えたかな?」

 こんな時も授業とは恐れ入る。実はこの人、表向きの仕事は講師ということだったが、実は根っからの教師なのかもしれない。

「……餌に気づいたか」

 と、すでに発動していた術で敵の位置を把握しているのか健史さんがそんなことを呟く。しかし、この人俺たちと会話しながらそんなことをしていたのか。

「全員僕に着いて来て、ここの地形は全部把握してるから、戦いやすい場所に案内するよ」

 ……地形を全部把握ときたか、本当に戦い馴れてるんだなこの人。そして健史さんに先導されて森の真ん中辺りにある開けた草原にでた。見たところ、多種多様の雑草がありほとんど膝までの伸びている。人の手が入っていないのか、かなり歩くのが困難だ。

 と、そこに健史さんが作った女性が泣き出しそうな顔をして草原の真ん中まで走って逃げて来た。結構名演技だなぁなんて感動している暇は無い。周囲を注意深く観察して大黒目が現れるのに備えないといけないのだ。

 健史さん達と共に草原が見える草むらに身を隠しながら目を細めていると、緩やかな風邪が吹き草木が揺れているのが見えた。今日の夜空は少し欠けた月が出て明るく視界はそこそこに良好だ。虫の声はしないので、少し物音がすればすぐに察知できる。ただ草や土の自然の匂いが強く、俺の鼻はあまり役には立たないだろう。

「……釣れた」

 健史さんのその一言と同時に黒い影が三回大きく飛び跳ねて女性の幻影に斬りかかる。すれ違いざまに首を刎(は)ねて、素早く往復し、空中で回転しながら落下途中の頭を真っ二つにした。あの人外の動きは間違いない、奴だ。漆黒に染まった目を持つ大黒目だ。

「キキャキャキャキャ!」

 不愉快な奇声と共に現れた奴は、先ほど切り殺した女性の死体を確認しようと草むらの茂みに隠れながら草原の真ん中まで向かって行く。しかし、隠れながら近付くとは用心深い奴だ、これではノアの狙撃は期待できない。

「キキャ?」

 と、草原の中心に辿り着いた奴はそんな間の抜けた声が聞こえた瞬間、俺達が身を隠してた草むらから健史さんが勢い良く飛び出した。

「歌を頼むよララエルさん。 リストリクションズ、フェッセルン、タクイート!」

 ララエルさんに指示を出しつつ何かの呪文を唱えながら大黒目に手をかざしながら徒歩で近づいていく健史さん。

「我願う。万物を照らし闇を裂く矛盾せし存在を、我が権限にてここにその姿を現すことを承諾する。夜の太陽よ、この場にて昇れ!」

 まだ草むらから飛び出した時唱えた術が発動する前に上空に照明となる光源を用意する健史さん。これでここら一体が照らされた。

「キキャキャキャキャ!」

 と、草の蔦に絡まった大黒目がバッタの如く飛び跳ねその姿を俺たちの前に表した。すでに健史さんの術に捕まっているみたいだが、あれではまだ束縛しきれいない。あれを止めるならばまずは足をどうにかするしかないのだ。すると今度は無数の光の鎖がどこからともなく現れ大黒目を絡めにかかるが、奴は自身の体に絡まっていた蔦を強引に腕力だけで千切り光の鎖から逃れた。しかし術は続いているようで大黒目を捕まえる筈だった位置に光の牢獄が瞬時に現れたが、中身が入っていないのでは意味が無い。

「やはり束縛は不可能ということか、これより攻撃に移る。総員、戦闘に備え!」

 簡潔な健史さんの指示が耳に届き、もう一つ耳に入ってくる音がある。歌だ。健史さんの指示を貰った直後、ララエルさんが人間では出せない音域の声で歌い始めたのだ。何かの術を発動しているようだが詳しくはわからない。

 取りあえずここは様子を見て、チャンスがあれば健史さんに加勢するのが吉だろう。

「キャキャキャキャ!」

 と、大黒目がララエルさんに向かって何かを細く鋭い物体を投擲してきたが、ララエルさんに届く前に見えない何かに弾かれた。これは健史さんの術だ。しかしどこで発動した? 先ほどか、それとも初めからなのだろうか? いや、理解しようとしても無駄だ、レベルが違い過ぎる。それよりも今は大黒目の動向に注目しなくては。

「夏穂、こちらを狙っている。来るぞ!」

「了解!」

 健史さんには敵わないと判断した大黒目がこちらに向かって来るがその程度予測できることだ。戦闘に置いて弱い部分を狙うのは定石、しかしこちらには強力な力を持つ相棒がいるのだ。

「あっち行け気持ち悪い!」

 夏穂が乱暴に手を振り広範囲の巨大な黒い炎の壁を作り出す。大黒目はその黒炎に身を焼かれる前に身を引いたらしい。

「夏穂良くやった! だがすぐに炎を消せ。奴を見失う!」

「わかった!」

 俺の指示通り炎を消す夏穂。しかしすでに大黒目の姿がいない。

「くそ、指示が遅かったか!」

 これは俺の失態だ。事前に言っておけば、いいや悔やんでいる暇は無い。すぐに相手を捕らえなければ――。

「八手君、三時の方向だ!」

 すると俺に奴の指示を教えながらも、手から氷の塊をマシンガンの様に発射して大黒目に攻撃を放つ健史さん、何故あいつの位置がわかった!

「大丈夫だ! この頭にある光源そもそも策的能力を重視した術でね。隠密が得意な奴でも完全に姿を消すことはできない!」

 ただの光源ではなかったのか。短期間に、それも連続で発動していく術が全て優秀過ぎる。これが複合術師か! と、大黒目が健史さんの攻撃を躱(かわ)しつつ俺に投擲してきた。ヤバい、前回の戦闘時あれには毒が塗っていた。今から身を引いても掠(かす)る! 加え夏穂の炎では間に合わない! 健史さんが俺に結界を仕込んでいる感じもしない。

「二人共しゃがめ!」

 とっさの判断で俺の両隣に立っていたララエルさんと夏穂に指示を出す。

「強結展安、笹の葉!」

 さっきから術の同時展開のオンパレードを見せつけられているのだ! 俺だって強化結界と京極三長柄の同時展開ぐらいやらないと格好が付かない!

 なんとか一瞬で召喚した軽い薙刀と強化結界の力を駆使して頭上でプロペラの様に回し、大黒目が投げた投擲物を全て叩き落す。武器の打ち合いには不向きな武器だが軽い投擲物なら弾き飛ばせた。

「ナイス八手君!」

 俺を褒めながら大黒目に氷の攻撃を繰り出し続ける健史さん。というよりなんだかいつもより俺自身の反応速度が良かったような。アドレナリンが異常に分泌されているのか、火事場の馬鹿力という奴なのだろうか。

「ああ! ついでにさっき君には肉体強化の術式を加えたから! いつもより動ける筈だから驚かないでね!」

 マジかこの人、手に平から氷塊を発射しながらそんなことしてたのか! 有り得ないだろ! さっきの俺の強化結界と笹の葉の同時展開だって上手く行ったのが信じられないのに! 瞬時に変わる戦況に常に豊富な術の中から最善の一手を打ってくる。これが最強たる所以(ゆえん)か。

「しかし、あの人に頼りっぱなしでは駄目だ」

 今までの戦闘で決定打が無い。大黒目の隠密能力もそうだが、回避能力が高すぎる。ノアの狙撃も森の木と背丈ほどの草むらがあって上手く狙いが付けられないのだろう。

「せめて草むらだけでも無くせれば」

 今が夏だというのが恨めしい。大黒目はバッタの様に飛び跳ねては着地時草むら身を隠し健史さんに接近して刀で攻撃、そして術で防ぐという攻防をくり返している。頭上の光源でも瞬時に相手の場所がわからないのか、その度に健史さんが草むらを観察している。しかしこの攻防は草むらが無ければ成立しない戦法だ。

「なら、草を刈るしかない。夏穂、ララエルさんを頼む!」

「わかった!」

「健史さん! 大黒目を引きつけておいてください! 草を刈ります!」

「お、了解了解! 学校に雇われてる剪定師が喜ぶよ!」

 俺の意図がわかったのか、笑顔で快諾してくださる健史さん。余裕なのだろうか、いや、あの対応は俺の緊張を解す為の芝居だろう。

 その気遣いに俺も精一杯答えないといけない。

 気流を感じ、空気の隙間に刃を滑らせ、風の流れに柄を沿わせろ。これぞ京極三長柄、笹の葉が真髄だ!

「うをぉおおおお!」

 空気抵抗を感じない軌道で笹の葉を振り回し、取りあえず大黒目を威圧するために雄叫びを上げつつ目にも止まらない速さで草を刈っていく。

「む、無駄に凄い動きで草刈りしてる!」

 う、うるせぇぞ夏穂! 俺だってシュールなことをしてる自覚はあるんだよ! だがこれしか方法は無い。俺は取りあえず薙刀をぶん回しながら戦場を駆け抜けていく。

「キ、キキャキャキャキャ!」

「! やはり来るか!」

 と、小黒目も俺の意図に気が付いてか、健史さんの僅かな隙を突いて俺に向かって来る。しかし草原にあった茂みはほとんど刈った後で、手遅れだ。

「ふぅ――」

 さて、ここからが本番だ。相手の攻撃にそなえ、その場に止まり息を小さく吐き出しながら呼吸を整える。思えばこいつと戦い破れて京極三長柄を手にし、蓬とも再開して大きく俺の人生は変わった。まだ未熟なところは多い、だが、それでも俺は変わったんだ。もうこいつには負けられない!

「大黒目!」

 奴の名を叫び注意を引きつける。戦闘においてまず弱者から狙うが定石、奴も手練れ、ならばこの場では一番近くで殺しやすい俺を狙うはずだ。

「ギギ!」

 思惑に乗ってきた! 奴は不敵な笑みを浮かべその真っ黒な目で俺を捕らえる。さぁ、一騎打ちだ! そして俺には前回の戦闘では持っていなかった武器がある。

 俺が今手にしている京極三長柄の一つ、笹の葉はその驚異的な軽さ故に武器同士の打ち合いには向かない。それ故に戦闘方法の基本は連続攻撃による牽制(けんせい)と足さばきによる間合い取りだ。

 しかし大黒目の動きは人外のそれ、いとも簡単に俺の懐へ潜り込み黒く染まった目を歪ませてながら笑みを浮かべる。が、これも予測の内、お前の速さは一度目に焼き付けているんだ!

「掛かったな!」

「!」

 大黒目の表情に警戒の色が見え隠れする。確かにこいつは速い、だが、笹の葉での攻撃スピードはそれに並ぶ!

 刀で切り付けられる間合いまで接近したが、刃に近い柄の部分を持っての俺の突きをすぐに後方に飛び回避した。だが俺も初撃で当てられるとは思っていない。

「――!」

 狙うは腕の切断。相手が薙刀の間合いから飛びのくので後三撃を打ち込めるはじだ。

 まずは一撃目、柄を少し長く持っての斜め上からの斬撃、刃こぼれした錆びだらけの刀で防がれるも空中に飛んだ大黒目の態勢を少し崩す。

 本命の二撃目、柄をバランスよく持ち変え刀を握る腕の切断を狙うも服の下に鎖に防がれる。これは鎖帷子(チェーンメール)か! こんなのを仕込んでいたのか!

 保険の三撃目、柄の先端部を持ち遠心力に任せ振り、機動力を奪うため足を狙い右太ももに当たるも浅い。下に何か着ていた訳ではないが、刃がそれほど入らなかった。

「――く、そぉ、逃げられた!」

「ギギ、ギ!」

 そのまま俺の間合いから飛びのき、ほとんど坊主になった草原の真ん中へと逃げる大黒目。くそ、仕留めそこなった!

 しかしなんだろうか、先ほど奴から感じ取った焦りは? こいつは化け物染みているが慎重なはずだ。こいつと戦った初戦時、実力差では圧倒的に有利なはずなのに、身を隠し毒の着いた投擲物で俺を弱らせてから確実に仕留めてきたほどの慎重さを今のこいつからは感じられない。我武者羅にも程がある。冷静に考えれば何故奴は四人同時に相手をして撤退しないんだ?

「シャドーマン!」

 と、俺が相手を仕留め損ねたことを悔しがっていると、すでに健史さんが次の手を打っていた。草原の真ん中に逃げた小黒目の体を、首から上が無い人型の何かが取り押さえた。あれは最初、奴をおびき寄せる為に使った囮か! 使える物はなんでも使う、ということらしい。

 しかしあれだけではすぐに振りほどかれる。肉体強化の術を掛けられた俺ならば、ぎりぎり駆けつけてあいつの腕に一太刀入れれるが、鎖の鎧を仕込まれていては、刃の切れ味のみに頼った攻撃しかできない笹の刃では、どうやっても腕を斬り落とせない。斧でもあればいいのだが。

「今だ」

 と、作戦開始前、事前に貰っていた無線機からそんな声が聞こえた。この声は健史さんだ。そしてその直後、短い返答が聞こえた。

「――ファイヤ」

 そうかノアだ。俺が視界の邪魔になる草むらをほとんど斬り、健史さんが一瞬だけだが奴の動きを止めた今、狙撃のチャンスが生まれたんだ。

 だが、木々の間をすり抜けて大黒目から刀を落とさせる銃弾は、奴の腕を少し掠めただけだった。そのまま銃弾は後ろの気に小さな穴を開けるのみ。

「ギギ!」

 外れた! いや違う。奴は最小限の動きで銃弾を避けたんだ。くそ、なんて反射神経と動体視力をしてやがる! 化け物め!

 そのまま囮の拘束を解き、頭の無い影の人間の胴体を真っ二つにする大黒目。その途中ノアが二発奴に向けて銃弾を撃つも、奴は刀で銃弾を弾きやがった。漫画でよく見る光景だが、あれを現実でやろうとすれば相手が向けている銃口の向きから弾道を予測して、それを刀に充てて弾くしかないと聞く。こいつ、本当に人間か!

 というより、銃口から弾道を予測しているとなれば、こいつには森の端でスナイパーライフルを構えているノアの姿が見えているということになる。ヤバいノアの位置がばれた!

「無駄、無駄、死ね」

 大黒目の足が出血を庇いながらも筋肉が動き走る準備をする。やばいぞ、怪我をしているといえ奴の脚力ならばノアまでの距離等無いに等し――。

「――アンチマテリアル」

 そう思考が回った瞬間、いや、無線からノアの言葉が聞こえた瞬間に、耳に突き刺さる飛翔音と共に小黒目の腕が血粉と肉の破片をまき散らしながら破裂した。片腕を失った大黒目はそのまま宙を回転しがら後方に吹き飛び、落下と共にのたうち回っていた。

「……は?」

 ――あまりに唐突な出来事に、二秒程だが頭の中が真っ白になってしまった。

「ギギャアア嗚呼アア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 これ以上ない奇声を発しながらもなんとか立ち上がり、いや、三足歩行で森の暗闇の中へと逃げていく大黒目。追わなければ、いや深追いは駄目だ。というよりなんださっき狙撃は、威力が半端なかったぞ!

「ノア、ははは、君対物ライフル使ったね?」

 と、健史さんが愉快そうに無線にそう話しかけている。いや待て、対物ライフルだと! あのコンクリートを紙同然に貫通させるという化け物銃か! ノアの奴はそんな物まで作れるのか、対物ライフルを作れるとなれば、ノアの能力はかなり恐ろしい能力なのではないだろうか?

 よく見れば大黒目がいた後ろの木に、いくつもの大きな螺旋状の風穴が空いている。予測だが健史さんが作った結界に当たるまで銃弾は森を貫通しているだろう。というかそうでないと困る。何しろあれの射程距離は約二キロメートルに及ぶと聞くし、結界も貫通したら学校や寮の壁を突き破り最悪どこかの誰かが大きな風穴を空けているか、真っ二つになってしまっているだろう……今は結界が対物ライフルでも撃ち抜けないほどの強度を持っていたことを信じよう。

「オーウ、保険が役に立ちましたー」

 ノアが無線越しでそんなことを言う。保険……成程、うつ伏せでの射撃はスナイパーライフルが通じない時すぐさま対物ライフルでの射撃に移行する為だったということか。昔、ネットで興味本位で一度対物ライフルを撃つ様子を映した動画を見たが、基本はうつ伏せでないと正確な狙いを付けれないらしい。

「でも驚きでーす。あいつ対物ライフルの威力を一瞬で見抜いて防ぐのではなく避けて腕に掠らせるだけでしたー」

 かする……ああそうか、対物ライフルってかすっただけでああなるのか。普通の人間ならあれでショック死しているが、あいつはどうやらすぐ逃げることができたらしい。

 と、ララエルさんの隣にいる夏穂は何が起こったのか理解できないといった様子だ。無理もない、一瞬の出来事だったからな。

「とー、刀はと、あったあった。八手君、解析お願い!」

 と、健史さんの術なのだろうか? 妖精みたいな何かが刀を重そうに運んできた。あれが腕を吹き飛ばされたことでショック死しないとも限らない。すぐに解析しなくては。

 ――強結展安。解析開始、戦国時代に製造。持ち主、戦国時代の忍び、大黒目。呪い多数有り、一部解析不能。性能、強度と切断能力共に驚異的。特殊能力――。

「……」

「どうしたんだい八手君」

 寒気が走った。わかった。何故全国で人斬りが起こっているのか。その理由が今明白に理解できてしまった。

「……健史さん。あいつらにとって、人を斬り殺すのは食事だったんです。あいつら、人を斬って、その魂を刀に吸わせて、自分の存在を維持しているんです……」

「人の魂を、刀に吸わせてる?」

「しかもこの刀、人の魂を食らえば食らうほど性能を上げていくんです。今でさえ馬鹿げた刀なのに、これ以上……」

 なんなんだ、この刀。それを使う奴らも人外じみていたが、俺はそれ以上にこの刀に恐怖を覚えた。人を食らい成長していく刀、それだけならばただの妖刀として片づけられるが、基本性能が馬鹿げている。これが地獄から脱獄した奴ら人数分あると考えただけでも恐ろしい。

 しかしこれで大黒目が追い詰められれるまで逃げなかった理由もわかった。この刀で行う行動は食事で、あいつは今飢えている。だから一人で俺たち四人を分断させることなく同時に相手をしていたのだ。一刻も早くその腹を満たす為に、存在を維持させる為にあいつは焦っていた、ということか。

「……わかった。解析ご苦労様……では、今はあいつを倒すことに集中しよう」

 そう言って健史さんは寒気が走っている俺を他所に術を展開し何かを召喚した。大きな赤いトカゲに、小さいおっさんやら同サイズの羽が生えた子供と、水の様に透けた女性、まさか錬金術の四精霊か。

「サラマンダー、シルフ、ノーム、ウィンディーネ。悪いけど残兵処理を頼むよ」

 そう言われてサラマンダーと呼ばれた赤いトカゲはとシルフらしき羽の生えた手のひらサイズの子供は、小黒目を追い暗闇に染まる森の中へと探索に出て言った。と、確認しなければならないことがある。

「健史さん、その、一応確認ですけど先ほどの対物ライフルはノアですよね?」

「ああうん、いや、教え子に美味しいところ持っていかれちゃったね。これじゃあ格好付かないから後は任せて」

 何をご謙遜を、俺は今回の戦いで貴方に何度驚かされたことか。三回か? いや、それ以上にな気もする。俺は今日、複合術師の名の恐ろしさを味わった。と、いうより情けない真実が一つ――。

「いや、俺の方がその、何も、してないんじゃないですか?」

「あーいやいや、君の仕事は今回武器の解析だったんだから、それに目標に与えた足の怪我、あれが無かったらノアのスナイパーライフルを弾いてノアの方向に向かおうとした時に、目標はもう少し素早く行動していて今頃ノアの首は刀で切断されてたよ。本当に、流石は優一君の自慢の後輩だよ」

 優一先輩の自慢とは、なんとも嬉しいことを言ってくれる健史さん。確かにあの時奴は足を庇っていた……なら地味だが俺は小さな仕事をしたということか、本当に地味だが。

 と、健史さんの表情が曇る。何か良くないことが起こったらしい。

「……しぶとい。腕が欠損したのにこれほどの速度で動けるのか、普通は片腕が無いからバランス感覚が狂って歩けもしないのに。サラマンダーはともかくシルフでさえ追い付けないとは、流石は忍者だ」

「まだ奴は健在ですか?」

「うん。本当に隠形が奴の得意分野らしいね。追跡を躱して気配を完全に消した。なら……次の行動はすぐに僕の首を刎(は)ねに来るか、あるいはその刀を……」

 周囲には結界、奴は空腹で存在を保っているのも限界なのだろう。ならばこのメンバーで結界を作り出しているである可能性が一番高い健史さんを一か八か奇襲で仕留めにくるか、存在の維持に欠かせないこの刀をリスク覚悟で奪い返しに戻ってくるだろう。

「ノーム、ウィンディーネ、奇襲に備え」

 追跡に行かせた二体とは別の土の精霊ノームと水の精霊ウィンディーネに命令を出す健史さん、まからこの二体を出した時点でこの流れを予測していたのだろうか? いい加減この人の行動に俺の頭が着いて行かなくなってきた。

「……来る」

 と、健史さんの言葉通り、欠損部から血のシャワーを巻き散らしながら無音で木の陰から飛び出してきた大黒目。手には包丁が握られていた。

「こいつ予備の武器を!」

 刀を奪われた時のことを考えどこかの家で呼びの武器を仕入れていたらしい。しかしそんな物は今ここで役には立たなかった。

「ノーム、守れ」

 焦ることなく簡潔な支持を出すと、健史さんのと拘束接近して来た大黒目の間に巨大な土の壁が出現し、大黒目はそのまま激突、土の壁を地で汚しながら無残に落下していった。

「術の展開速度が速い!」

 驚いた。あれは、すでに指示を出す前にノームは健史さんと大黒目の間に壁を作っていたと見て間違いない。この四精霊も戦い馴れているのだろう。

「ウィンディーネ、斬れ」

 と、健史さんの簡潔な指示を受けウィンディーネがその半透明の指先から細く噴射した高水圧の水の糸を発射し、大黒目の胴体を手早くあっさりと両断する。なんというか、ノームとウィンディーネの共同作業が鮮やか過ぎて、何故だか臼で餅付きをしている光景が脳裏に浮かんだ。


 複合術師により、ついに大黒目との決着が着いた瞬間だった。


「……言い残すことは?」

「ギ、ギギギ?」

 ノームの作った土の壁が崩れてから、胴体を両断されてもまだ生きていた大黒目にゆっくりと歩みよる。なんという生命力だろう。

「ギ!」

 と、口から何かを吹き出し健史さんに攻撃してくる大黒目。しかしそれはあらかじめ展開していた健史さんの結界により余りにも簡単に弾かれる。

「ギギギ、用意、周到な……」

「悪いけど人間が怪物と対峙するのには小細工が欠かせなくてね。人類最強なんて言われているけど、複合術師の本領はこの病的なまでのこの仕込みだよ。君はただ、僕の臆病な性格に敗れたんだ。大黒目」

「ふん、この、怪物、が」

「いや、君に言われたくないよ。で? 慈悲だ。最後に何か言うことはあるかい?」

 怪物と言われ気分を害した様子の健史さんは、大黒目の最後の言葉を聞こうとする。今までも人外を倒してきて、最後このやり取りをしてきたのだろうか?

「……ギ、ギギ、無い。元より、ギ、俺は、人を殺すだけの傀儡、そう育てられ、それが存在理由となった。ただそれを、当然のこととして役割をさず、サズかった、ギギ、意思ナド、信念など、ギ、無い。他者ヘノ理解など、望マン。イヤ、望メナイ故ニ、ギキャキャ、残ス言葉ナドアルハズ無イ」

 人間らしさを徐々に無くしていく奴の口から出た最後の言葉は、それだった。理解を求めず、何も残さず、ただ消え去るのみ。それが奴から出た最後の願いだった。もしからしたらあいつは、居合い地蔵の禅法と同じでただ生前の生き方をただ、なぞっていただけなのかもしれない。

「――そうか、ならば……せめてその血に塗れた貴方の最後に、この複合術師が称賛を送ろう」

 最後、目を細めて大黒目の頭へと手を広げて向けた健史さん。それからすぐ、それほど大きな音もせず鋭い氷塊が瀕死の忍者の頭蓋へと刺さり、同時に俺が手にした刀も砂と消えさった。その呆気無さに暫く声が出て来ない。大黒目、その怪物的な見た目と身体能力を持つ忍者は、介錯という形で俺たちの前から消滅した。

「……健史?」

 恐る恐る夏穂が、砂となった小黒目を見つめていた健史さんに小さな声で話しかける。その声に、昔から知っている人が人を殺した場面を見た恐怖と戸惑いが込められているのか、あの悲しそうな目を見て心配して出た言葉なのか、俺にはまだ、読み取れなかった。

「じゃあノアと合流して帰ろう。祝杯だ」

 心配そうにしていた夏穂に、笑ってそう返事をする健史さん。と、心なしか隣にいたララエルさんも穏やかな表情に変わったように思えた。

 月が雲に隠れ、夏の夜は黒に溶ける。ただ常闇で感じ取れるのは風に揺れる草木が揺れ奏でられる演奏のみ。ああ、良かった。こんな夜ならば、あの忍者の最後に相応しいのではないだろうか? 戦国の世に生まれたあいつの生涯がどれほど苦痛に満ちていたかはわからない。ただ、その最後が戦いの中にあったとしても、少しでも何か報われたものがあったのならば俺は、それでいいと思う。

 ああ、最後に一つだけ疑問に思っていたことがあった。

「健史さん。ララエルさんのあの歌ですけど、あれはどういった効果があるんですか?」

 戦闘開始時からずっと、健史さんの結界に守られながら人間には出せない高音の歌を歌い続けていたララエルさん。天使の美声によるあの歌、おそらく強力な術と予測される。

「ん、あれ? あれはー、そう、戦闘用BGMだよ」

 ……はい?

「って、いやいや、そんな顔しないでよ。冗談だよ冗談。あれは強化の術の一種で、ララエルさん戦闘は無理なんだけど、サポートに関しては一流でね。いつも歌ってもらって僕の力を底上げしてくれてるんだよ」

 あ、いや、冗談か。ははは、いや、すみません。このタイミングでギャグかますとは思いませんでしたよ。

 まぁ、何はともあれ長い一日が終わった。いやもう日付は変わっているのだが。今夜は久々に、ぐっすりと眠ることができるだろう。


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