第七話「国宝学園」
「知ってる? 京都に大きな学園があるんだけど、例の通り魔出たらしいよ」
「いやいやニュースでどこにもそんな報道やってないじゃん。ソースは?」
「いや、リアルでの噂なんだけど、あの学校閉鎖的というか、なんかオカルトじみてんだよね」
「ああ国宝? あそこ昔から幽霊出るとか噂あるよねなんか」
「そうそうそこ、で噂の続きなんだけど教職員がその犯人探してるんだって」
「は? なんで警察に頼まないんだよ」
「それはわかんないけど……犯人が警察に手におえないとか……」
「お化け?」
「そりゃ他の通り魔事件でもそんな話は出てるけどそれは流石に嘘だろ。大体幽霊が刃物なんか使うかよ、ふつう呪うとかそういうのだろ」
「でもあの学校、やっぱなんか怖いんだ。何がとかはわからないけど……」
――ある日のニュース掲示板。
今俺は電車に乗っている。
行先は国立宝守学園、略して国宝学と呼ばれているらしい。
表向きはエレベータ式のエリート学校。裏は国が管理する霊的能力者育成学校。何故そんな所に今向かっているかというと、例の妖刀狩りの為だ。
「しかし、だ。とんとん拍子にことが進んだな」
思い返せば、最初は黒沢部長から渡された資料にエリート学校で起こった通り魔事件という都市伝説があって、ネットで調べていたらどうやらこの学園、裏の顔があるということを突き止めた。するとオカルト関連の話がやたら多くもしやと思って爺さんに電話で聞いてみると霊能力者育成学校だったということだ。
しかもそこの学園長が爺さんの古い知り合いで、爺さんに調査許可の話を通して貰ったら夏期休業中だが特別に中を調べさせて貰うことができたのだ。いつも仕事ではアクシデントの連続なのでここまで上手くことが運ぶと正直気持ちが悪い。
「楽しみだな!」
と、隣で電車の揺れと共にグラグラと揺れている夏穂が見るからにわくわくしている。人が多い所に連れて来たら大抵大人しくなるのに珍しい。
「何が楽しみなんだよ」
「だって学校だろ。私も何度か優一の中学校に行ったが楽しい所だったぞ!」
そうか。こいつ過去に優一先輩が中学生の頃学校に連れて行ってもらったのか。
「優一とー、恵とー、友達いっぱいいてな! 剣道場って場所でご飯食べたり竹刀触らせてもらったり」
「あー、あの人中学生の時から剣道部をやっていたのか」
確か高校でも剣道部だったが、中学から剣道を初めていたのか。確かに実力があり高校でも大会でいいところまでいっていた記憶はある。
そういえば俺も優一先輩に剣道に入らないかと持ち掛けられたが、どうも部活というのは入学してすぐに入らないと入部し辛いので遠慮した。ちなみに夏穂の言う恵とは優一先輩の彼女の恵(めぐ)さんのことで、夏穂とも縁が深い人物だ。
「楽しみにしているところ悪いが、言っとくが学校ってのは遊ぶ所じゃなくて勉強する場所だからな?」
それに今回は地獄の脱獄者と戦いこととなる、余り浮かれていては困るのだが……まぁあまり張りつめ過ぎても心身に悪いだろう。
「それぐらい知ってるぞ! でも勉強だけじゃないんだろ? 修学旅行とかほとんど遊びだったし」
夏穂は笑顔を曇らせることなくそんな真実を言い返してくる。いやまぁ、確かにそうなんだが……なんだか単純思考なこいつに言い負かされると自分が偉く馬鹿に思えてしまう。
「まぁ確かに楽しい所だな。お前の言う通りだ。だが今回は仕事だ。あまりはしゃぐなよ」
まぁ、楽しい場所であると知ったのは高校の時からだが。高校生活は俺の学生生活で一番楽しかった、というより人生の糧になった時間だ。
「それはわかってるけど……あ、学食は絶対に食べるからな。これは譲れん!」
ああ、こいつ実は脳が体に命令出してるんじゃなくて胃袋が思考に命令してるんじゃあるまいだろうか。まぁしかし学食か、いいだろう。俺もエリート様が何を食べているのか気になる。
「……まぁ、爺さんの知り合いの学長に頭下げて頼むだけ頼んでやる。だがあんまり期待するなよ」
「おお! 珍しく優しいな!」
おい、一言多いぞ。それを言われたらその珍しい優しさも引っ込んでしまう。
「なんだ。別に頭下げなくてもいいんだぞ? 食費は抑えた方がいいしな」
「ええー、一度でいいから学校のご飯食べたいー」
語尾を伸ばして話すな鬱陶しい。まったく、相変わらず食い意地が張ってやがるなこいつは。
しかし霊能力者育成を目的とした学校か、そういえば高校で進路を決める時に、爺さんからそんな場所に入らないかと勧められたような気もする。あの時はそんなことをわざわざ学校で習わぬとも独学で習得する気だと適当に流したが、爺さんの知り合いがいるこの国宝学のことだったのかもしれない。
と、そろそろ次の駅で降りないといけない。
「夏穂、降りる準備しろ」
「お、そろそろか!」
「この前にみたいに電車の切符落とすなよ」
「大丈夫、ずっとポケットの中で握ってた」
少し前に、こいつが電車の切符をどこにしまったか忘れてしまい予想外の出費をしてしまったが、今回は大丈夫らしい。
夏穂は誇らしげにポケットの中の熱で汗ばんだ手に握られた切符を見せつけてくる。と、あの電車特有のアナウンスで目的地の駅に着いたと告げられる。
席を立つときに忘れ物がないか確認しながら電車を出ると、俺は駅の屋根の間にある狭い空を見ながら目を細め季節を感じた。もう夏も終わり。少し涼しくはなってきたがそれでも暑い。冷房の効いた車両から足を踏み出したとたん肌を焼くような熱気に襲われる。
しかし不快感は無い。むしろ少し効きすぎた冷房から解放されたので気持ちがいいぐらいだ。
「さて、この駅を出てすぐにあるのか。しかしでかい学校だな。俺の美大の五倍くらいか」
携帯端末で地図を出しながら大学への道順とその広さを調べる。大きさは俺の通っている美大の約五倍。その中に小学校から大学まで全部入っているらしい。
しかもそれでも敷地が余っているらしく、自然豊かな公園やちょっとした買い物ができるエリアまであるという。学校というより町と表現していいだろう。
「八手、スマホ見ながら歩くの危ない」
「あ? ああ、すまん」
なんだかこいつ口うるさくなってきたな。いやまぁ確かにさっきのは俺が悪いのだが、しかし誰に似たんだ?
夏穂と一緒に改札を通り駅を出る。周りを見れば夏休み中というのに学生服の子供を見かける。俺も数年前まではああして学生服を着ていたので懐かしくもなんともないが、夏穂は羨ましそうに学生を観察していた。
「なんだ。学校生活が気になるのか?」
「……うん。これ、優一にも言ってないけど、私も学校行って友達と一緒に……いや、やっぱいい」
少し切なそうに夏穂が言葉を切る。それを口に出せば思いがあふれてしまうと言わんばかりに。
なら、その変わりというのもなんだが、この調査でこいつに学校生活がどんな物か見学だけでもさせてやろうか。それくらい……いいよな?
「さて、こっちか?」
駅を出てからスマホで地図を確認――いや、地図を見ずとも学生服の人と一緒に歩けば嫌でも学校に着くだろう。夏季休業と言えど部活動はやっているのか通行人に同じ制服を着た学生が目立つ。それにこの制服はネットで見た国宝学の制服で間違いない。
集団に交じって駅の前から緩やかな坂を登る。途中、高い学園の柵が隣にそびえ立ち始めた。よく観察すると西洋系の建築に見られる柵で、魔除けのつもりなのか、というか実際本物の魔除けなのだろう。柵のてっぺんに小さなライオンの顔などが見える。
「そういえばここクリスチャン専用の学校もあるらしいな」
「クリ? 栗の仲間か?」
「栗じゃない! クリスチャンだ! キリスト教を信じている人のことだ。そうだな。お前にわかりやすく言えば神……はイメージが伝わりづらいな。天使とかそう言うの信仰してる人のことだ」
ちなみに国の作った教育機関では宗教の教えは禁じられているので、国宝学とは違う私立聖国宝守学園として存在しているらしいが、まあ同じ学園の名前になっている以上さほど違いは無いだろう。そういう法律やらのややこしい部分は別に知らなくても良い。
「あー天使か。あれな! メイドな」
と、隣で暑さにやられたのか俺の相棒が変なことを言い出した。何故天使と聞いてメイドという言葉が出てくるんだよこいつは。
「メイド? なんでメイドだよ」
「え? メイドだろ。天使はメイドだったぞ」
そんなクリスチャンが聞いたら怒りそうな発言は止めて欲しい。宗教での争いがほとんど無いところがこの国の素晴らしい長所なんだぞ、うかつな発言で火種を作らないでほしい。
と、校門が見えた。こう関係者以外立ち入り禁止と隅の方に看板を立てられると少し入りずらいが、こちらはきちんと許可を取っているのだ。夏穂が俺に吊られて躊躇(ちゅうちょ)しないように堂々と足を踏み入れる。
……空気が違う。門をくぐった瞬間違和感を感じた。
「学校に結界でも張っているのか?」
陰陽術ではなくもっと違う術。魔術か? いや、なんだこれは、複雑すぎて理解できない。
「八手? どうした。具合でも悪いのか?」
「……夏穂、お前、何も感じないか?」
「うん? まぁここ神聖な感じがするな」
やはり夏穂ほど霊力がデカけりゃ感じ取れないのか。確かに学生に上手いこと感知されないようにしているが、俺にはなんとか感じ取れた。実力、と言いたい、ほぼ偶然だ。うちの実家に似たような部外者探知用の結界が張られているため気づけたのだ。
「……結構いるな」
敷地内に入ると夏休みだというのにちらほらと学生の姿が目立った。
駅にもある程度はいたが、学校内に入ってすぐある大通りに来るとそれよりも多くの学生の姿がある。部活、だけではないなこれは、ああ、寮生か。
しかし人が多い。さすがに文化祭とまではいかないが、この大通りのエリアは人が集まりやすいのか街中の雑多を連想させる。
周囲を見渡せばちらほらと店が開いている。ここは学生のための買い物スペースらしい。
「夏穂、離れるなよ」
迷子になって校内アナウンスで俺の名前が呼ばれるという情けない事態を避けるため予防、しかしあいつと一年過ごしているはずの俺でもその事態は予測できなかった。
「おい……おいおい、夏穂ぉ!」
あんの馬鹿夏穂! なんでこんな短時間で迷子になるんだ。焦って周りを見渡すがいない。くそ、一体どこに行った。
「夏穂ー!」
さっき姿を見てからさほど時間は経っていない。まだ近くにいるはずだ。取りあえず大声でアイツの名前を叫んでみる。
驚いた学生の目線が突き刺さるが関係無い。非常事態だ。
「……八手君?」
と、後ろから何やら俺の名前を呼ぶ声。夏穂ではないが、この妙に耳にしっくりくる声は……。
「……いや、なんでお前がいるんだよ」
その姿に驚いたが素直な言葉が出ずに、少し乱暴な言葉が出てしまった。
しかし今目の前にいる幼馴染は俺のそんな言葉いつも通りだと言わんばかりにスルーして、こちらに再度同じ質問をしてくる。
「何故で八手君がここに……はっ! この前メールいただいた件の催促(さいそく)ですか!」
「そんな訳ないだろう。いやまぁ、返事は聞きたいが……いや待てさっきのは無しだ! 何言ってんだよ俺は」
ああ、確かこいつにいつか遊びに行かないかとメールを送って返信を貰ってなかったな。季羽 蓬。俺の幼馴染なのだが、そいつが今目の前にいる。
頭が真っ白になる。唐突の再会で、しかもこいつ暑いから薄着だし、いや、そうじゃないそうじゃない。何をじろじろ見てるんだ俺は!
炎天下の元、頭を押さえながら冷静な思考を取り戻そうとする。えーと、こいつがいる理由、考えてみれば簡単だ。
ここは霊能力者育成学校。それでこいつは陰陽師の家系の娘。ここの学生であっても不思議ではない。
「もしかして、お前ここに通っているのか?」
「八手君の思っている通りここの学生ですよ。でも通っているというよりも住んでいると言った方がいいかもしれません」
「ああ、寮生活なのか」
「ええ、だから夏休みでもここにいるんですよ」
お互いがお互いの思考を先読みして話を進める。こいつ昔はこんなに察しが良くなかったなどと思いつつ、少しこいつから目をそらして会話する。
いや、だって格好が少し汗をかいたシャツだぞ。少し透けているんだぞ。スカートは膝までの長さでそれほどなのだが、目をそらさないとこっちがどうにかなってしまいそうだ。
「……」
横目で観察してみる。格好は派手さが無くこいつらしい地味な格好だが……む、よく見ると下にインナーを着ていて下着なんかは透けていない。
「……安心したような残念のような」
「? 何がです」
「いや、こっちの話だ……」
そうか、インナーか。ははは、なんだよ畜生。下着が透けてると思って目をそらしてたんぞこっちは……男なんだな、俺も。
「あの、それでさっき夏穂ちゃんを探してたみたいですけど、ジュースでも買いに行ってるんですか?」
あー、まずい。素で忘れてた。蓬と会ってすっかり舞い上がってしまっていた。
「あ、ああ、あいつ学校に入ってさっそく迷子になってな……」
「そ、それは大変ですよ! 何してるんですか。冷静にこんな所で喋ってる場合じゃないです!」
蓬が珍しく怒る。お前と会って気が動転したんだよなんて恥ずかしくて言えないので、大人しく「すまん」と一言伝えておく。
「私買い物に来ただけなので探すの手伝いますから! ほら」
そう言って蓬が俺の背中を押してくる……こいつに背中を押されるとは。昔は俺の後ろをついてくるだけだったのに、こいつも変わったということか。だが不思議と寂しくは無い。むしろ嬉しい。理由はわからないが、とにかく嬉しい。
蓬に気づかれないように笑う。こいつと迷子になっている夏穂に怒られるかもしれないが、怒っている蓬の声が新鮮で今この時がやたら楽しいのだ。
しかし驚いた。大学に通っているのは知っていたがまさか国宝学に通っていたとは、さて、ひとしきり楽しんでから本腰を入れてあの馬鹿を探すとしよう。
今私は今知らない学校を一人で歩いている。
まったくっ八手の奴、迷子になるとはあいつ何歳だ!
私がちょっと美味しそうな匂いがしてカステラの屋台前で足を止めるとどこかに消えたのだ。まったく困った奴である。
うーむ。あれから急いで探し回ったが、あの大学に入ってすぐの大通りでは人が多いので人が少ない所まで歩いてきたのだが……今考えると失敗だったか。
「ちょっと冷静さを失ってたかも」
なんだか人の目が痛かったので逃げるようにここまで来たのだが、うーむ。あれはなんだろう。なんでみんな怖がっていたのだろうか。私を人斬りとでも思ったのだろうか? まぁそれはいい。取りあえず今はどうするか考えよう。
あのままあのカステラの屋台前で八手を探していた方が良かったかもしれないが、今から戻ってもあいつもう移動しているだろうし、うーむ。困った。
取りあえず落ち着いて辺りを見渡す。自然。自然。でっかい木に太陽の光を反射する池、蝉の声、最小限舗装された道。うん、ここ公園だ。
どうしよう。人がいない。ちょっと……かなり不安になってきた。
「……泣かないもん」
もう大人だもん。ちょっと八手と逸れただけじゃあ泣かないもん……。そうだ。人探そう。誰でもいいなら学校の放送室探そう。それで八手が迷子になっているのを校内に響かせるんだ。そうだそうしよう。
しかしこの公園、誰もいない。元の大通りに戻ろうにも道忘れちゃったし……いや! 誰かいる! 遠くの草むらの中に何かいる!
「あ、あのぅうう……」
むう、初めて会う人にはなんか声をかけづらい。取りあえずもう少し近づこう。
何をしてるんだろう? え、なんか虫網持ってる? カブトムシでも探しているのだろうか?
「ニンジャ!」
「え! 忍者!?」
あ、やばい。なんか目があった。
金髪、目が青いし、外国の人! え、どうしよう日本語通じそうにない!
「ニンジャ!」
「お、オオー、忍者?」
なんか忍者言ってるから適当に忍者って返してみる。これぞ完璧なコミュニケーションだ!
「オー! あなたもニンジャ好きなの?」
「……え、日本語喋れる?」
「イエス。拙者は日本語オーケーだから」
私でもわかる簡単な英語交じりの日本語で話す外国の人。どこの人なのだろうか? というか拙者ってなんなのだろう……昔の人の真似?
「あのー、そのー、ヘルプミー」
「おー、あなた困ってるー?」
「イエース! 私かなーり困ってマース!」
「オー! わかりましたー。力になりまーす」
なんとか話を進める。気さくというか意外に日本語が上手く話しやすい相手で助かった。
うーむ、しかし片言の外国人と話すとこちらも何故か片言になってしまう。一体これはどういう原理なのだろう? あるあるだよね?
外国の人をよく見てみる。顔つきは若い印象を覚える。日本人とは違う綺麗な金髪と白い肌と青い瞳、日本人より体付きはいいのだろうがどうなんだろう? 海外の映画に出てくる主役と比べてれば貧弱な印象だ。虫網片手に白いシャツと青い短パン。体は大きいが服装がまるで夏休みにカッコいい虫を取りに来た小学生だ。うん、不審者だ。
「あの、迷子で、というか迷子を探していて取りあえず放送できる場所に……」
「オーオー! オーケー!」
私のお願いが通じたのか虫網を肩に乗せて移動し始めた。しかしなんでこの人忍者とか言ったのだろうか? もしかして忍者でも探してたのだろうか。いや、それは無いだろう。現代に忍者はいない……いや、この前会ったか。
「で、あなたニンジャ見ませんでした?」
本気で探してた!
「……あ、この前見たよ。忍者」
嘘ではない。八手と最初戦ったあの忍者。まぁあれ人間かどうかも怪しいって八手が言っていたが、私は忍者だと思う。なんか忍者っぽい格好してたし。
と、なにやら外国の人やたら興奮して息が荒い。私なんか選択肢を間違えてしまっただろうか?
「ニンジャー! あなたニンジャ見たの! 詳しく教えてくださーい!」
両肩をがっしり掴まれて前後に思いっきり揺らされる。
「おぅーおぅーおぅー」
頭がぐわんぐわんする。世界が回る。気持ち悪い。吐きそうだ。
「タイム! 無理! ストップ! アイムリバース!」
「おおぅ! ソーリー、ごめんなさい! ちょっと取り乱しましたー」
気持ち悪そうな私を見て慌てて外国の人が飛びのく、ううー、気持ち悪い。
「拙者はニンジャと聞いたら興奮するのです」
そうか。結構危ない系の人だったか。でもそうだな。あんまり悪い人では無さそうなので取りあえずは逃げない。逃げる準備はしておくけど。
しかし、ふーむ困った。地獄からの脱獄者のことをあんまりペラペラ喋ると八手が怒る。もっと言えばお仕置きで私のご飯が減るというやばいことになるのだ。ここは誤魔化そう。そうしよう。
「えーと、まだ名前聞いてない」
「おー、そうねー。礼儀は大切ですねー、礼儀正しい日本のいい所。ミーはノアと言います」
二人で移動しながら会話をする。自然がたくさんある公園を出てレンガで舗装された道を歩く。しかし、ノアっか。なんかすごいカッコいい名前だ。というかこの人、どこの国の人なんだろう?
「えーと、ノアってどこに人?」
「私はアメリカに住んでましたぁー」
「アメリカ!」
私知ってるぞ! 凄い国なんだろ! 主にご飯のサイズがビッグサイズなんだろ! 羨ましい。
「いいなー。私行ってみたい!」
「おーう。あなたアメリカ好きですか?」
「肉がビッグサイズ! そういうの好き!」
「オオ……偏ってまーす」
ふむふむ。こういうの異文化交流というのだろうか、少し楽しい。
む、ここは陰陽師とかそういうのを育てている学校だから、ノアも何か使えるのだろうか? うーむ。アメリカ人だから魔術とか? わからない。
と、そんなことをしていると前方に見慣れた人影……あ。
「八手ー!」
「! 馬鹿野郎! どこ行ってたんだ!」
見つけた瞬間八手の奴叱ってきやがった。うーむ、もう少し優しくしてくれてもいいだろう。ちょっぴり心細かったんだから。あ、それと迷子になったのはお前だぞ。
「オー。よくわかりませんが良かったですねー」
ノアが状況をなんとなく理解してか、私にそう言ってくれる。
と、八手の奴がポカンとノアを見ている。なんであんなに驚いているんだ?
「お、おい夏穂、そちらの方は?」
「ノアだ。さっき私のパーティーに加わった」
「いや。ゲームじゃねぇんだから……ああ、この馬鹿がお世話になりました」
私が茶化して説明すると八手がノアをチラチラと観察している。ふーむ。八手でもアメリカ人相手だと奥手になるのか?
「あ、あのー、ノアさんですよね」
「おー、大和撫子!」
「そ、その呼び方は止めて頂きたいのですが……」
と、少し離れていた所からこちらを眺めていた蓬がこっちに来た……あれ? なんで蓬がいるの?
「八手? なんで蓬が?」
「ここの学生らしい……俺もさっき知った」
……え。ここに? 偶然だな。いや、蓬も陰陽師だし不思議でもないのかな?
「あの……ノアさんですよね? 特殊教育クラスの」
「イエース。大和撫子に知って貰えて嬉しいでーす」
蓬を大和撫子と呼ぶノア、知っている仲なのだろうか?
「それではミーはこれで失礼しまーす。引き続きニンジャを探しますから!」
手を振りながらさっきいた森に去っていく。しかしあの虫網で忍者を捕まえるのだろうか?
「……忍者だと?」
八手がノアの一言を聞いて真面目な顔になる。何かを考え始めたがすぐに後ろでぼうっとしている蓬に目を向けた。
「おい、戻ってこい」
「え! あ、ひゃい!」
「まったく、お前の妄想癖は……まぁいい。あまりこの暑い中突っ立てると熱射病になる。移動するぞ」
不愛想にそう蓬に言い放つ八手、でもまぁ、あいつなりに精一杯気遣っているのだろう。
「あ、はい。あ、そうだ夏穂ちゃん久しぶり」
「いや、夏穂とはこの前会ったばかりだろうに、それよりさっきの妄想してたのか?」
「えーと、あはは、妄想だね。うん、八手君がこの学校に入学してたらって……妄想してました。はい」
恥ずかしそうにそう言う蓬。ふーむ、さっきの蓬はやはり妄想していたのか、ふーむ。それを一発で見破る辺りやはり八手は蓬の幼馴染ということか。なんだかその関係が少し羨ましい。
「おい、早く来い夏穂。あー……またはぐれると面倒だ。蓬、買い物途中で悪いが道案内とこいつの監視も兼ねて着いてきてくれ……その、いいよな?」
「あ、は、はい! 不束者ですがよろしくお願いします!」
「ば、馬鹿お前その台詞は、なぁ!」
「へ?」
む、ちょっと前みたいに蓬を邪険にしてないな。というか顔を真っ赤にしてるけどあれは怒ってない方の奴だ。ふーむ、こりゃあれだな。八手はデレた、ということだな。
さてと、ぎこちないなりに仲の良い二人を眺めながら歩こうかな。
今俺は今国宝学の学園長室にいる。
夏穂(馬鹿)を確保してから、途中合流した蓬の案内で迷わずここまで来れたが、夏穂の迷子騒ぎと距離があった為さすがに疲れた。だがだらしなくはできない。今俺は仕事をしにここに来ているのだ。
学長室には俺と夏穂の二人、蓬は外で待機しているように学長からお願いがあった。ここの生徒に俺の仕事を知られる訳には行かないということらしい。それには賛同する。どうせあいつのことだ。俺が人斬り退治をすると聞けば首を突っ込んでくるに決まっている。あいつに危ない橋は渡らせられない。
さて、取りあえず今はきっちりとした挨拶だ。京極の名前に恥じないように振る舞う。
「祖父の紹介できました。京極家の陰陽師、京極 八手です」
「えーと……その式神的な存在の、夏穂です。宜しく、お願いします」
俺に続いて隣で突っ立っている夏穂がそこそこ不愛想に、しかし微妙に礼儀正しく挨拶をする。夏穂の奴、もう少し挨拶できるようにしないとな。
「あーあー、そんな堅苦しいのはいいからいいから、私は、蓮杖 衿子(れんじょう えりこ)。まぁそうね。ここの学園を取り仕切っているおばちゃんと覚えて頂戴ね」
今、目の前でにこやかにしている初老の女性、この方がこの学園の一番の偉いさんだ。噂では魔術に長けているらしいが……さて、実力のほどはどれほどのものなのだろうか。
と、まじまじと俺の顔を観察する学園長。凄腕の魔術師か……まさかこの人読心術でも使えてさっき思ったことを読み取られてしまったのだろうか?
「あー、あー似、て、る、わ、ねぇー」
「はい? 誰にでしょうか?」
「貴方のお爺さんよ。昔あの人偉くモテてねー」
あのキャバクラ通いの爺さんが! 嘘だ。絶対嘘だ! 俺は認めないぞ!
「有り得ない……」
夏穂までそんなことをぼそりと呟く。だよな、有り得ないよな!
「まぁ女癖は悪かったのよねぇー。今はどう?」
身を乗り出して聞いてくる学園長、その目は好奇心を隠しきれていない。昔はどうだったか知らないが、今のあの爺さんを見たらがっかりするかもしれない。特に頭とか。
「そうですねぇ。恥ずかしながら悪化しているかもしれません」
「あははははは! あー、うんそう。あの人ならパワーアップしてるかもねぇ!」
よほど笑いのツボに入ったのか大声で笑う。もっと堅苦しい人かと思っていたのだが思いの他、話しやすい人らしい。
しかし夏穂はけっこうな年齢である女性も大笑いにどう反応していいのかわからず、固まっていた。
うーむ。さきほどの半袖半ズボンの目の青い外国人と親しくなる方が難易度が高いと思うのだが、やはりこいつは人見知りだ。
「あの、急かして悪いのですが仕事についてお聞きしたいのですが?」
「えー、あーその前に渡す物があるのよ」
「はい?」
「泰士君……じゃなかったわね。貴方のお爺さんから大体の話は聞いてるわ。この学校で噂されている人斬り犯について調査したいのよね?」
と、机の引き出しから資料やら許可証らしき物を取り出す学園長。それを俺に渡してくる。
「これは?」
「人斬り犯についての報告書。実はこの学校の教師の一人が調査をしていてね。その成果がそれにまとめてあるわ」
成程、その調査結果を俺に見せてくれるという訳か。正直助かる。長くはここに滞在できないので、これはありがたい。
「それと見てわかるけどそれは許可証。首から下げておけばここの生徒も安心するのでつけていてくださいね。ああ式神さんの分もね」
「わかりました。確かに人斬り犯が出ている中、素性が知れない奴が歩いていれば警戒もしますね」
「話が早くて助かるわー、その許可証の制度もこの前作ったばかりでね。まったく物騒になったものだわぁ。どこの人がこんなことをしているのかしらね?」
ふむ、まだ学園長は相手が地獄の脱獄者と知らないのか。相手は少なからず国の陰陽組織に通じているはず、ここは余計なことを言わない方が得策だろう。
横を見る。夏穂は、うん。話についてこれていないな。余計なことは言わないだろう。
「そうそう、あなたのお爺さんから頼まれているのだけれど貴方に仮入学してもらうわ」
……は? それは初耳なのだが。
「どういうことでしょうか?」
「え、言った通りよ。あー、もしかして聞いてないのぉ? あの人もあ、い、か、わ、ら、ず、ねぇ~」
「俺、別の美大に通ってるんで、編入とかする気はありませんよ」
「あー、正式な入学じゃないから大丈夫よ」
学園長が笑いながらそんなことを言っている。まったく、糞爺め仮入学なんて初めて聞いたぞ。
「まぁ、といってもある人に稽古をつけてもらうような物かしらね? そんなに時間は取らせないわ」
「……私の祖父はなんと言って要望したのですか?」
「あの未熟者を鍛えてくれ、と……若くしてかなりの数の依頼を解決してるらしいけど、技術の基本ができていないらしいわね?」
「ああいえ、京極家はそのなんと言いましょうか。陰陽師として異端な家系ですので」
「知ってるわ。あの人も同じだから、でも次のステップアップのために学ぶのも良い物よ。貴方が次に進むのにいい刺激になるかもしれないし、どう、悪い話じゃ、ないでしょ?」
是が非でも俺に授業を受けてもらいたいようだ。まったくあの糞爺、何が未熟者だ。その未熟者から稼ぎを奪っておいて……。
まあだが、なんだ。あの爺さんの友人であり、国立霊的能力者育成機関の実質トップの人間に学べと言われたら断る理由は無い。ここは素直にありがたい提案を受けておこう。決して爺からではない。この学園長だからこの提案を飲むのだ。
「……わかりました。ならここの一室と学食を使わせてください。近くのホテルに泊まる予定でしたが授業を受けるのならここで寝泊まりして時間を削減したいです」
あ、夏穂が一瞬目を輝かせた。ほとんど話にはついていけてないが、どうやら俺が約束を覚えていたのがわかったらしく喜んでいる。
「あら、それならお安い御用よ。ならその資料を作った人伝えておくから、そうね。夕方には連絡をしてあげれると思うから、それまではー、うん、悪いけど外にいる蓬さんを呼んで貰えるかしら?」
「ええ、わかりました」
学園長に言われ入り口の立派な扉に手をかける。あいつ、外で待っているという話だが、またぼけっとしているのだろうか?
「おい、蓬。」
扉を開けすぐその隣にいた蓬に声をかける。が、返事は無い。
遠くを見る目をしてまた考え事をしているようだ。まったくこいつは……今度は何を考えているのか。
「蓬、戻ってこい」
手にしていた受けとった資料で蓬の頭を小突く。するとキョトンとした顔で俺の顔を見る蓬。
「……あれ、私は――」
「あれじゃない。学園長がお呼びだ」
「あ、えーと、失礼します」
少し咳払いをしてから学園長室に入る蓬。さっきは一体何を妄想していたのやら。
「悪いわね蓬さん。少しお願いがあるのだけれど良いかしら?」
「はい。私でよろしければ」
あれ、なんかこいつ雰囲気変わってないか? まぁ、気のせいだろう。
「八手さんに校内の案内をして頂けます? もう夏期休業中、実家にはお戻りにならないのでしょう?」
「ええ、わかりました。喜んでその役やらせて頂きます」
……気のせいではない。いつもボゥーっとしているこいつではない。
「あの、その、蓬、さん?」
「あら? 何か不都合でも、八手さん」
いつもの君ではなくさん付けで呼んできやがったぞこいつ。しかもととてつもなく綺麗な笑顔で、生きた心地がしねぇ。
「蓬さんはしっかりした優秀な生徒さんでね。案内もしっかりとしてくれるでしょう」
え、学園長。先ほどなんと仰いました。こいつがしっかりしていると……そんな馬鹿な。この妄想癖持ちが何故そんな間違った評価を受けているんでしょうか?
「あー、何かの間違いでは学園長?」
「何か問題でも? や、つ、で、さん?」
「ナニモ、モンダイハ、アリマセン」
「よろしい」
ハハハ、何この子超怖い。その綺麗な笑顔で俺を脅さないで欲しいんだけど。マジで……。
「仲がよろしいんですね。京極と季羽、あなた方のおじい様たちも私の共通の友人でね、その前の代からも交流があったと聞いておりますよ。積もる話もあるでしょうし、学園を回りながら昔話に花を咲かせてはどうかしら?」
「お、お気づかいありがとうございます……京極の者として深くお礼申し上げます」
「だから堅苦しいのはいいってー、でもお互いのことよく知ってるっていうのは羨ましいわねー、私幼馴染とかいないから」
ははは、学園長、俺も数分前までそう思っていたのですがね、たった今こいつのブラックな一面を知って今困惑しているなんて言えません。
「……」
夏穂の奴は学園長に人見知りをして一言も喋らない。どうも居心地が悪い。ここは素早く退散しよう。そうしよう。
そうしてからじっくり聞こう。何故こいつがこの大学では優等生になっているのか。
「では私はこれで、さっそく調査に取り掛からせて頂きます」
「ええ、では自由に探索してください。先ほども言いましたが夕方には――」
「ここに来ればいいですかね? この資料を作ってくれた方に会うには?」
「いえ、自由に行動していてください。あの人ならこの学園にいるあなたを見つけるのは簡単でしょう」
そうか。なら時間を思う存分使って調査をしよう。今のところは死人は出ていないが、いつ気が変わって人を殺すかわかったものじゃないしな。
「それでは失礼しました」
蓬をちらりと見てから学園長に一礼する……しかしこいつ、いつから猫を被るなんて技覚えやがったんだ。
今私は蓬の通っているとにかく大きい学校を案内してもらっている。
と言ってもただの学校案内ではなく、蓬に人気が無い場所を思いつく限り言って貰い、妖刀使いが潜伏していそうな場所を虱潰しに歩いて調べ回っているだけだ。
まぁ私たちの仕事は探偵みたいなこともするので別に特別不満な訳ではないが、なんというかつまらない。私は肩を並べて歩く八手と蓬の少し後ろを静かについて行く。
しかしこの学校は自然が多いな。公園がいくつもありちょっとした森まであるのだから驚きだ。今もその公園の一つを私たちは歩いているのだが、夏場だがそう暑くない。蚊が出そうだが……。
「しかし八手君はどんな仕事をしに国宝学園に来たの?」
「学園にやっかいな鼠が出るから駆除して欲しいって頼まれたんだ」
「……嘘ですよね」
「嘘、というか比喩のつもりだったんだが、そう言わないでくれよ……。案内してもらってなんだが、仕事内容は守秘義務は守らないといけないんだ」
「それを言われては深く詮索はできませんけど……危ない仕事してませんよね?」
「そんな訳ないだろ。はっきり言って危ない橋は渡っている……だがな、俺がやらなくちゃ死人が出るんだ」
「……なんで、その、八手君が危ないことしなくちゃならないんですか?」
「別に俺がする必要はない。俺がしなくても他の誰かがその内必ず対処するだろうし、他に適任の陰陽師はたくさんいるだろうけど……」
「けど?」
「まぁ、ある人に頼まれてな、柄にもなく張り切ってるんだよ」
八手は嘘を付かず、それでいて深くは話さず蓬にそう説明している。なんというか八手なりに蓬に心を拒絶せずに開いて歩み寄ろうとしてるんだろうけど、なんだろう。まだ距離を感じてしまう。あいつ、蓬に関しては本当に不器用になるんだなぁ。
「……嘘、じゃない?」
「嘘じゃねーよ。俺のこと信じられないか?」
「だって八手君昔はよく私に嘘ついてからかって遊んでましたし……」
「いや、小学生の時の話だろそれ! というか嘘と言えばお前なんだよさっきの猫かぶり、どこであんなの覚えた!」
「あれは社会で生きていくために必要なスキルですよ!」
「いや、それにしてもだなぁ、あれはねぇだろう! お前のことちょっと怖くなったし!」
「し、しっかりするスイッチのオンオフを切り替えてるだけですってば! そんな怖くなったとか本気で言わなくてもいいじゃないですか!」
なんか話がヒートアップしていく……距離、あるのかな? 星降り島での八手の拒絶っぷりや蓬の遠慮しがちな態度を考えるとこれはもうでお互い歩みあってるのではなかろうか、というか言葉で殴り合ってる……というよりもうあれ、喧嘩だよね? ここは私が間に入って止めた方がいいのだろうか?
「八手、蓬……その、け、喧嘩は駄目なんだぞ」
なんか二人に圧倒され小声しか出なかったが、どうやら私の声は聞こえたようで二人で顔を見合わせて気まずそうにしている。
そしてそのままお互いに一度ため息を吐いてから言い合いを止めて、静かに話し始めた。すごく息ピッタリだな。
「そういえばお前の式神、函だったか、あいつはどうしてんだ?」
「函君は運送のバイトしてます」
「そうか……いや待てバイト! お前式神に運送のバイトなんかさせてんのか!」
「函君が自分から望んでですよ。お給料は全部函君のですし、勤め先でも正社員にならないかなんて言われるぐらい重宝されてるみたいですし」
「……いや、まぁネット通販が盛んな現在においてあいつの絶対に届ける能力はそりゃ運送業で重宝されるだろうけど……式神にバイトとはなぁ」
「まぁ私が大学に通っている間だけの約束なんですけどね。学園を出たら私も陰陽師になる気なので」
「それって……実家継ぐのか?」
「そのつもりです……公務陰陽員にはなるつもりはないですから八手君と同じ自営業ですね」
ふむふむ、蓬は将来八手と同じ道に進もうとしているのか。私は二人の後ろにしっかりとついて行きながらそんな情報を心にメモしておく、将来役に立つかもだし。
「国の犬……て俺が公務陰陽員を呼ぶから自営業を選ぶのか? 別に気を遣わなくてもいい、俺のせいでお前の将来を狭めたくはない」
「いえ、そういうのではないんですけどね……やっぱり八手君は、国家陰陽員は嫌いですか? 両親を、殺したのが……そうですから」
「頭(理性)ではわかってるんだよ。公務陰陽師全員が悪人でないことぐらい……でも感情(心)では割り切れてないんだよ」
と、なにやら八手の表情が険しくなり物騒な台詞が聞こえた。何それ、八手の両親が国に殺されたって、うーむ。黙って二人の後ろに着いてたら流れで私とんでもないこと聞いてしまっているんだけど、もしかして二人共私の存在忘れてない?
これ以上の爆弾発言が出てくる前に堪らず私は必死に声を出して自分の存在を二人に教える。
「や、八手!」
「ああ、そういえばお前には話してなかったか、悪い。お前には公務陰陽師に対して偏見を持たせたくはなかったんだよ、わかってくれ夏穂」
「……うん、別に気にしないけど」
一応私の存在は覚えていたらしく、私の声が聞こえるとそんなフォローを口にする八手。一方、蓬は……あっ「しまった」って顔してる。うん、忘れてたのね。
それから八手と蓬は言葉も交わさず歩いていく、くそ、一秒一秒過ぎるにつれ空気がゼリーの様に重くなっていく。ここは私が小粋なギャグでも披露したらいいのだが、生憎とそんなスキルが無いし、もしできるのならば私は芸人で食っていけると断言する。
なので周囲に何か救いは無いかと見渡すと、少し離れた大木の横に、ヘンテコで懐かしい人影が目に映った。見間違える訳がない。夏なのに長袖長ズボンのメイド服を着て薄黄色のポニーテールを揺らす奴なんて他にいない。
「ララエル! ララエルだ!」
私が嬉しさから彼女の名前を叫ぶと、先頭を黙々と歩いてた二人は驚いて私の方を向く。
「おい夏穂!」
八手が私の名前を呼ぶがお構いなしに走り出す。一方私の目当ての人物はこちらに気が付き柔らかく微笑んでくれた。
「まぁ、夏穂様ではありませんか。お久しぶりです」
「ララエル! なんでここに!」
「昔と変わりません。私はただ健史様のおそばにいるだけですよ」
「健史がいるのか!」
懐かしい名前が出てきてつい嬉しくなってしまう。そうか、健史にも会えるのか。
「おい夏穂、どうした――」
と、私を追いかけて来た八手がララエルを見て固まる。何やら神妙な顔だが……少し不安になってしまう。
「――なっ」
と、ララエルから何かを感じ取ったのか驚愕の表情を隠し切れない八手、すると八手に遅れて蓬が私たちの所に来るとララエルに会釈をしている。二人はすでに知り合いなのだろうか?
「八手君、その人は学校関係者ですよ」
「こんな特殊な霊力を持つ存在がか!?」
「はい、私は特別講師として国宝学園に招かれている我が主、伊集院 健史(いじゅういん たけし)様の付き人でして、この学校の関係者として扱われております」
八手と蓬の会話にララエルが加わる。というか私もララエルとの関係を八手に話した方がいいだろう。
「八手、ララエルと私は友達だ。因みにララエルのご主人様の健史は優一との友人だぞ」
「優一先輩の関係者なのか!」
こいつ、高校の時に優一から健史のこと聞かなかったのか? 今でこそ有名人らしいが、確か健史は高校生の時海外に渡って修行をしていたと聞く。そうか、まだその時は健史の奴は無名だったんだな。
「八手、健史のこと知らないのか? 結構有名人なんだぞ」
「健史……いや、聞いたことがあるぞ、あの複合術師か!」
そうそれそれ。健史の父親が勝手に名乗っていた名前を健史もそのまま使っているらしい。
「確かに、我が主健史様は複合術師として名を馳せております」
「……驚いた。こんな所でそんな大物と会えるとは、というかそんな人物とお前は知り合いだったのか夏穂、言えよ!」
「えぇー」
いや、怒られても知らないし、それに健史は確かに頑張った奴だが性格が面白い奴だからそんな大人物扱いされるのに違和感しか覚えないのだが。
「まぁ、夕刻、学園長から“仕事”の手伝いをしてくださる業者の方を紹介してくださる予定でしたが、もしやと思いますが貴方様がその業者の方で?」
「ああ、俺は“鼠狩り”の業者だ。京極家の陰陽師、八手と申します」
「そうですか、ではこれも何かの縁、夏穂様の知り合いということは優一様と認識があるはず、そんな方をお待たせしては主の顔に泥を塗りかねます故今から健史様の元へ案内しましょう。ご都合は宜しいでしょうか八手様?」
「あ、あぁいや俺はいいんですが……」
と、今すぐ健史に合わせてくれると話すララエルの質問に答える前にチラリと八手は蓬の方を向く。
「あ、私のことは気にしなくてもいいよ八手君! 無茶しないでお仕事頑張ってね!」
「ああ、その、悪いな……また今度、な」
むぅ、もしかして八手ここで蓬と別れるのが寂しいのか?
「蓬、また近いうちに会おう。八手の恥ずかしい話聞かせてやるからな」
「は! 何言ってんだ夏穂!」
むむ、八手は私のナイスフォローが不満らしい、でも私たちを見て朗らかに笑っている蓬を見て八手の不機嫌顔が治る。どうやら私のフォローは役に立ったようだ。
そして人の気配が少ない公園を、木漏れ日を浴びながら蓬は私たちに手を振って去っていく。近いうちに、またあの日溜りの様な気持ちになれる笑顔を見れるといいな。
今俺は薄暗い廊下を歩いている。
夏穂の旧友とらしいララエルさんに案内して貰い国宝大学内にある古びた校舎へと招かれたのだ。掃除は行き届いているようだが、それでも外観と内装共になんとも古い木造校舎で歩くたびにギィギィと床が人一人の重みに文句を言ってくる。
「それにしても、こんな半分廃墟みたいな学び舎に彼の複合術師がいるとは驚きですね」
「学園長様が他に設備が優れた施設を紹介してくださったのですが、健史様はこちらの方がいいらしく色々と機材を持ち込んでこの旧校舎を使わせて貰っております」
複合術師、海外の魔術師や日本の陰陽師、その他錬金術師、指令術師、練炭術師、エクソシスト等々、様々な霊的な術を使う存在に知られている俺らの世界での有名人だ。
なんでもその名の通り多種多様の術を繋ぎ合わせ強力な術を行使し、あらゆる国、地域で神の紛い物ともいえる存在ですら倒せると言われる人類最強と噂される人物なのだが、まさかそんな強者が優一先輩の友人だったとは……あの人の顔の広さは凄い。
しかし、だ。名前からわかるが日本人とはいえ何故今極東の島国でこの大学にいるのか、少し嫌な考えが俺の頭を過ぎる。
「一体複合術師殿はこの学園で何をしているのですか?」
「表向きはこの学校で教員をしております」
ララエルさんは俺と夏穂を扇動しながら丁寧に受け答えをする。しかし“エル”、か。俺の予想が正しければこの人物は――いや、今この人の正体を考えるのは後回しだ。今は複合術師ともあろう人物が、この日本で何をしているかだ。
「それで、裏は?」
「ここからはどうか本人に是非お聞きくださいませ。では、どうぞこちらのお部屋に」
意を決して質問をしたのだが、さらりと流されてしまい、ララエルさんは理科室とプレートが掛かっている扉を開けてから、さっと手を出し俺たち二人を中へと入るように促した。
「……この中に」
生きる伝説、各国でありとあらゆる異名をほしいままにする最強の術師との対面だ。俺は少し緊張して灯りが付いてない理科室へと踏み入る。
「失礼します。国宝学園、学園長の紹介で来ました京極家の陰陽師、京極 八手と申します」
中に入るとぼうっとした光りの前に人影が見える。あれは、パソコンの光だ。カーテンを閉め切った暗い部屋の中パソコンの前に目当ての人物がいるらしい。
俺は少し速度を増した心音を耳にしながら、その人影を凝視すると……何故かそこにはラーメンと見事な腹筋があった。
「やぁ!」
……ラーメンを啜りながらこっちに反応する若い男性が一人、いや待て、なんでラーメン食べてるんだこの人は。
「夏穂ちゃん久しぶり! 大きくなったねぇー、背とかおっぱいとか! あ、そっちの子は八手君だね。話は聞いてるよ。あーそんな遠くに立ってないでこっちに来た来た」
気安く手招きされる俺とセクハラされている夏穂。待ってくれ、この人が複合術師なのか?
「健史、なんで電気付けてないんだよ」
「え、暗い部屋にパソコンに一人座ってるの格好良くない?」
「いやいや……目が悪くなるだろぅ」
そう言って中二病発言を軽く流し、扉横にあった電灯の電源を入れる夏穂。この人と旧知なのは先ほど知ったが人見知りのこいつにしては遠慮が無さすぎではないだろうか? こいつが俺の知らない人物とフレンドリーなのは違和感を感じてしまう。そしてそのまま夏穂の手により暗かった理科室は一瞬にして明るくなった。
「ぶっ……」
……セーフだよな? 俺が小さく噴き出したのは聞こえなかったよな? で、何故あの人ぱっくりと割れた腹筋がプリントされたTシャツ着てるんだよ! いやいや変だろ。電気を付け終えた夏穂は「あ、ラーメンいいなー」なんて言いながら複合術師らしき人物の元に歩いて近づくが、あの変なTシャツに反応するのは普通だよな! え、何あいつ、あの奇抜なファッションセンスに馴れてるのか?
「失礼、健史様のファッションセンスは世間のそれとずれているのです。どうかお気になさらずに」
と、俺の心中を察してくれてか、いつの間にか扉の外で待機していたララエルさんが背後からそう助言してくれた。有難い。このカオスな状態を説明してくれる存在はかなり有難い……しかし、健史さんって濃い人だなぁ。
「その、複合術師の健史さんで宜しいんですよね?」
一応、念のために確認する。
「うんそうそうそう、僕が複合術師の伊集院 健史(いじゅういん たけし)ね。いやぁーそれにしても学園長に紹介された助っ人が優一君の後輩だったなんてねぇー。さっきララエルさんから連絡が来た時は驚いちゃったよぉー」
やはりそうなのか、しかしだ。もの凄く気安く話しかけてくれるこの人類最強に俺はどう対応すれば良いのだろうか?
「確認ですが、健史さんは優一先輩の友人なんですよね?」
「中学の時からのね。付き合いは長い方だよ」
「ではもう一つ、ララエルさんについてなのですが……」
「あ、スリーサイズ? ララエルさんスタイルいいからね! 学園でも謎のメイドとして男子生徒に人気なんだよねぇ。特別だよ~」
「いえ違います。彼女の正体についてです。エルを名前にしているということは……彼女、人間じゃないですね」
「おー、まっじめー」
おどけてみせる健史さんだが、すぐに表情に遊びがなくなり真顔になる。どうやらふざけるばかりの人ではないようだ。
「彼女は天使さ。色々あって、今は僕の付き人をやってもらっているんだ」
ミカエル、ガブリエル、ラファエル、このように天使の名前には最後にエルと付くものが多い。まぁ例外もいるのだが、ララエルさんの名前もその法則に沿っているのだ。
しかしそれならば当たり前の疑問が浮上する。複合術師とはいえ天の使いである天使をメイドの格好をさせて傍に置いているのはひどく問題な気がする……。
「何故、天使が人に仕えているのですか? 始めてララエルさんを見た時その特異な霊力に驚いてしまいましたよ」
「おっと、別に魔術とかで酷使している訳じゃないよ。中学生の時にね、優一君が死神に襲われて天界に戻れなくなった彼女を引き取ってくれって頼んできたんだよ」
馬鹿な……自分で聞いといてなんだがとんでもない話で正直耳を疑ったが、優一先輩ならあり得るんだろうなぁ。高校の時も色々とそういった存在と関わっていたし。
「まぁ引き取って大分経った後だけどきっちりとララエルさんの故郷である天界の許可も取ってるしね。しかし、君が天使ぐらいで驚くのかい。夏穂ちゃんを連れている君が? 君は彼女の正体知ってるんだろ」
「まぁ……そうですが」
「あーそうだ。今優一君と話してるんだけど話す?」
そう言ってパソコン画面に指さす健史さん。よく見てみれば俺も使っている無料通話サービスがミュートの状態で放置われている。大方俺たちが来る前に俺の素性についてでも優一先輩と話していたのだろう。
「優一と話してるのか!」
と、優一先輩の名前に反応して、いつの間にか理科室の人体模型を恐る恐る触っていた夏穂がこっちに飛んできた。
「優一と話す!」
「わかったよ。相変わらず夏穂ちゃんは優一君好きだねぇー」
そう言ってパソコンのミュート(消音機能)を解除する健史さん。するとパソコンから懐かしい声が聞こえて来た。
「あ、健史君聞こえる?」
「待たせたね優一君、今夏穂ちゃんと君の後輩君がここにいるよ」
「夏穂がかい?」
パソコンのカメラは機能していないのか顔は出てない。それでいて音質は悪いがこの声は間違いなく俺の憧れである優一先輩だ。俺が聞き間違える筈がない。
「優一! 聞こえるか!」
「あー、夏穂、マイクから少し離れて声を少し押さえてくれないかな?」
「あ、ごめん優一」
パソコンに繋がれたマイクに叫ぶ夏穂と楽しげに会話する優一先輩だったが、少し談笑するとすぐに俺の名前を呼んできた。
「と、まぁまずはお互いの自己紹介だね。八手君、健史君はまぁその、多分今も変な格好をしてるんだろうけど僕の友人で信用できる人だから」
「は、はぁ」
「健史君も、八手君の人柄は僕が保証する。何せ夏穂を任せるほどだからね。国とのややこしい関係もあるだろうけど、今回は極力彼の主義に従って欲しいんだ。あ、因みに二人には話してなかったけどそれぞれ今回の通り魔事件の解決を僕個人が依頼している仲間だから」
えっと、それはつまり健史さんも俺と同じで優一先輩から狩りを依頼された人物となのか。では、表向きはここで教員をして仕事をしながら、裏では本来の目的である優一先輩の依頼をこなしているということとなる。
「おっとお客さん、そういうことは事前に言っていただからないと困るんだけどねぇー」
「ごめん。こっちがちょっとごたごたしてて伝えるのを忘れてたんだよ。今僕がいる町でパイナップルに似た植物って言えばいいのかな、それを育てて新しい産業にしようとしてるんだ」
健史先輩のおちょくったようなクレームに困ったような声で優一先輩が弁明をする。成程、優一先輩は貧困国の支援をしているのだが、ただ食糧を届けるだけではなく今そんなことをしているのか……とまぁそれはさて置き、気になることがもう一つある。
「国……ということは、やはり健史さんは公務陰陽員と繋がりがあるんですね?」
「ああ、その口ぶり、やっぱり国の助力は得ない方針は変わってないんだね八手君」
「すみません。前も優一先輩には国の助力を得るよう言われていましたが……どうしても信用ならないんです」
「いや、いいよ。頼み事をしているのはこちらだから君が謝る道理はないし、それに僕は国の陰陽師がどう言ったものかそこまで知らない。そこは本職の君が判断した方がいいだろうさ」
寛大な優一先輩の言葉が心に沁みる。しかしそれはそうと、先ほどの俺の嫌な予感が現実のものになってしまったようだ。複合術師程の実力者ならば必然、日本に滞在するだけでも国の陰陽師連中に許可がなければそれだけで警戒されてしまう。一人で神紛いの存在を相手にできる人だ。その戦力は核爆弾と同等と言っていい。つまり、このそんな人物がこんな所で呑気にラーメンを啜っていられるということは国家陰陽師と何らかのコンタクトをした後であると考えていい。そのことが俺が健史さんを完全に信用させてくれない。まぁ、悪い人ではないのは確かなのだろうが……。
「悪いね、健史君に国とのこと勝手に話して、と言っても仲が悪いとだけしか話してないから、その先を話すのは八手君に自由だよ」
「ああいえ、どうせ健史さんに今回の件で協力を扇ぐのに必然的に話さなければならないことでしたし、かえって説明の手間が省けましたよ。優一先輩」
「うん、そう言ってくれると助かるよ」
むぅ、優一先輩が流れとはいえ俺と国の陰陽師連中が険悪な仲だという事実を話したことを謝ってくる、本当に一々律儀な人だが、そう言う面があるから俺もこの人を慕っている。と、なにやら健史さんがそれを聞いて難しい顔をしだした。
「なんだっけ? 陰陽省だっけ? まぁ確かに日本に渡ってすぐにそこのおっかない顔した上層部の人達数人と会ったけど確かに嫌な感じがしたよ。その中に実質そこを取り仕切ってる人がいたんだけどね、その人、“呪いの臭い”が濃かったんだ」
そうか、健史さんも公務陰陽師の連中に不信感を抱いているのか。
「……古道家、ですか?」
「そうそう、古道なんちゃらって人、八手君はその人のこと知っているのかい?」
「ああいえまぁ……いや、この際私も腹を割りましょう。優一先輩の友人である貴方にならば話しても良いでしょう……その、両親をその古道家の人間に殺されたんです」
「……そう、か。確か古道家は呪術が得意だったね。奇遇というか僕も呪いを扱う魔女に親をね。と言っても母親だけだけど、君の気持はまぁ、少なからずわかると思う」
腹を割って話した俺に健史さんも自分のことを打ち明けてくれた。うん、この人は信用できる。優一先輩の友人であり、何よりあの人見知りの夏穂が懐いているのが最大の証明だ。俺はこの人を信用したい。
「健史さん、貴方がどういう人か大体は理解できました。もうこれ以上の質問はありません。そして今一度お願いします。今回の仕事、協力してください」
「勿論喜んで、宜しく八手君。ということで優一君、君の後輩とは上手くやっていけそうだよ。だから安心してよ」
真剣と優しさが織り交ざった笑顔を俺に向けてくださった後、パソコン越しにやり取りを聞いていた優一先輩にそう報告する健史さん。するとパソコンから安堵からか、「ありがとう」と聞くのが小さな声が聞こえた。そういえば、昔この人のこの台詞を聞くのが好きだったな。
「じゃあ僕はこれで、こっちはもう寝る時間でね。仕事場のネット環境とパソコンを貸してもらってるんだけどいい加減迷惑だし。明日も畑仕事でね、じゃあお休み。あ、夏穂もいい子でね」
「優一! 元気でな!」
少し離れた所で難しい話は俺に任せて、いつの間にかララエルさんの持ってきたお菓子とジュースを満足げに口に運んでいる夏穂の返答を聞いてから、優一先輩は大きなあくびと共にパソコンの通信を切る。そうか、考えてみれば時差があるのか、俺は海外に出たことがないので失念していた。
「あっちは夜ですか」
「確かアフリカだったっけ、なら太陽は沈んでるね」
あの人を想い、暑く乾燥していて食べ物が少ないであろう遠い異国の地を頭の中にイメージする……いや、俺の頭の中なのだが、何故あの人はそんな環境なのに子供に囲まれて笑っているのだろうか? まぁ、あの人がその程度の状況で笑顔をなくすのは考えられないだけなのだが。
「優一君、多分あっちで子供に人気だろうね」
「……俺も同じことを考えてました」
うむ、親しい友人である健史さんがそう言ってくれるなら俺の想像は外れてはいないのだろう。さて、それはさておき仕事の話をしよう。俺は学園長から貰った人斬りに関する資料をパソコンが置かれている机の上に置く。
「これは、健史さんが作ったんですよね」
「うーん、どっちかというとララエルさんがかな? 僕そう言う気難しいの作るの苦手だし」
「あー……」
そうなのか……。まぁ、完璧超人という訳ではないのだろう。逆に少し親近感が沸いた。
「ああでも一回そいつと戦ったからその時のことなら話せるよ」
「そうなんですか!」
健史さん、奴らと一戦交えてたのか! なら話は早い、その時のことを詳しく聞かない手はない。情報は大切だ。
「詳しくいいですか!」
「うん、場所はこの学校でね。学園長に頼まれて三週間前の夜に教え子と一緒に奴を探してたら出会ってね。十分ほど戦って逃げられて、すぐに一般人に被害が出ないようにこの学園を覆う結界を学園長と共に構築したんだ。というか今回そいつを討伐するんだけどね。ああ、詳しいことは資料に書いてあるから目を通すように頼むよ」
「結界……そんなもの、いや、入った時に感じたあの違和感か?」
「ん? あれに気が付いたのかい。やるねぇ。敏感な生徒にも気が付かないようにした特別な結界なのに」
「ああいえ、気が付いたのは偶然ですよ。で、相手の特徴は」
「変な笑い方をして、ああ、忍者の格好をしてたんだ。すばっしこくてねぇー、それとどうやら隠れることが得意らしい。僕の追跡術が役に立たなかったよ」
「……あのぉ、そいつ目が、真っ黒じゃありませんでした?」
「……ん? なんで知ってるの?」
「俺も、その、そいつと戦いまして、名前は、大黒目とか言ってました」
「……え? 名前知ってるってことは会話したんだよね? あいつ喋れるんだ」
いや、待て、待ってくれ。じゃあ何か、俺があの時逃がした忍者みたいな怪人がここで人斬りをしたのか! 俺があの時あいつを逃がしたばかりに!
「犠牲者は!」
「ああ、安心して、犠牲者は一人、僕とそいつが戦う三日ほど前に、夜間に襲われたけどその生徒結構な手練れでね。僕の教え子の一人なんだけど死んではないよ。それに君が責任を感じることはないさ」
そう言って俺の心中を察してくれたのかフォローを入れてくれる健史さん。そうだ、感情的になってはいけない。責任を感じるのならば今回で確実にあいつを倒すだけだ。
「と、僕からも八手君に聞いておきたいことがあるだけど、君は他に“あれらの仲間”と戦ったことはあるのかい?」
「ええ、同じ刀を持った奴と、自殺の名所となっている山で人を斬ってました」
「人を斬る目的は聞けたのかい?」
「倒した坊さんは人を殺すことが救いだと信じていましたが……あれはあの坊さん自身の生前の中で出した生き方かと、後、念の為に言いますけどそいつはすでに倒しました」
「そうか、うーむ、人を救うのが目的と、でも確かにがあの忍者の目的はそうではないだろうね。でもう一つ質問なんだけどそのお坊さん、なのかな? その人が持っていた刀は回収できたのかい?」
回収? そうか、あの刀を調べる気なのか、この人はそんなところまで現時点で視野に入れて考えているというのか。
「いえ、できませんでした。その坊さんを倒した時一緒に砂となりました。後、情報なんですが坊さんは倒されれば輪廻の輪を外れ自分は消滅する運命と」
「そうか、砂、か。しかも輪廻の輪から外れるとなると、地獄から現世に来る方法は霊体に相当負荷を掛けているということなのだろうか?」
「ああいえ、そこまではわかりませんが」
「うんそうだね。僕も難しい事考えるのは苦手だし、それに答えを出すには早計だろうし、で、ここから相談なんだけど君の強化結界だっけ、それについて詳しく聞きたいんだ。もしかしたらその力、僕にとっても未知かもしれないんだ」
神妙な顔をしてそう聞いてくる健史さん。その表情からは今までの人生において強大な敵を超えてきたという自信と莫大な知識を持っているという人の強さが感じ取れた。
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