第六話「ネットゴースト」
「最近プレオンのチートヤバいよね。アカウント消去とかマジ迷惑」
「運営何してんの?」
「プレオンの運営って確か個人運営だったよね?」
「は、いやいや、無理でしょ一人とか」
「別に一から十までやってないでしょ、ある程度は外注してんじゃないの?」
「でさ、そのチートなんだけど知ってる? 幽霊って噂」
「それ本当なら、死んでもゲームしてるとかマジ廃人だわ」
――ある日のオンラインゲーム版より。
今俺は部屋で貯金通帳片手に悩んでいる。
「うーん……ヤバいな」
そう、やばいのだ。金がない。いい加減稼がないと餓死する。
「八手、アイス食べたい」
「ある訳ないだろう馬鹿!」
夏穂の奴がアイスを要求してくる。暑いのはわかるが、俺が大学に行っている間に冷蔵庫に入っているアイスを片っ端洗食ったのはこいつだ。
「お前はアイス食べすぎだ! まったく」
「暑いー! 死ぬー!」
畳の上でゴロゴロと転がりながら抗議してくる宇宙胃袋、しかし駄々をこねられても俺の財布から一円玉すら出て行くことはない。
「普通の食費ですら無いんだ。我慢しろ」
「むー! 甲斐性無し、そんなので将来蓬を食わせていけるのかお前は!」
こいつ……どこでそんなセリフを覚えやがったんだよ。しかしだな……蓬を食わせていくか、将来のためにそろそろ本気で貯金を貯めても……なんか俺今、気持ち悪いこと考えてねぇか?
「まぁ、確かにそろそろ稼がねぇとなぁ」
だが仕事の当てがない。あの糞爺に仲介役を頼むのも手だが、すぐにいい仕事を紹介してもらえる確率は低いだろう。
「うーん」
「もしもーし、八手君いる?」
む、玄関からドアをノックする音と声が聞こえてきた。
ああそうか、もうそんな日か。声の主はこのアパート「秘密基地」の管理人さん。家賃の集金に来たのだろう。
ちなみに彼女の名前は加野 紗有里(かの さゆり)さん、本人は否定しているが多分三十歳を超えていて、独身。初めて会った時の眼鏡が似合うぽっちゃり系という自己紹介は今だ覚えている。
語尾を伸ばす独特な話し方をするが……家賃滞納をすればあの伸びが無くなって真剣な顔で怒られるのだろうか?
「八手くーん!」
「はい……今開けます」
毎回月の変わり目に来るのだが、今回は少し早いな……はぁ、タダ同然で住まわせてもらっているのだから滞納はしないと決めていたが、仕方ない。今回は頭を下げて少し見送って貰おう。
「あの、紗有里さん……」
「あーよかった八手君! ちょっと手伝ってくれないー」
「……はい?」
面食らう。どうやら家賃の収拾に来たようではないようだ。
「あ、夏穂ちゃんも!」
「手伝ったら食べ物頂戴!」
「うんうんわかったー」
朗らかに笑いながら手招きする紗有里さん。これはもしかしてチャンスか?
「すみません。内容によっては仕事ということにできませんかね? 家計が……その、火の車でして」
「あーうん。結構ややこしいからね。うん、依頼でいいよー。八手君って便利屋さんなんだよね!」
彩有里さんには俺たちのことを便利屋と説明しているのだが、今回俺たちが便利屋というのを思い出して手伝いを要請したのだろう。元々仕事として依頼する気が合ったのか軽く承諾してくれた。これはかなり助かる。
「はーい。じゃあこっちこっちー」
手招きしながら俺達を呼ぶ紗有里さん。
「夏穂、行くぞ」
「おー……」
いまいちやる気がないのか、ドアまでゴロゴロ転がってきてからけだるそうに立ち上がる夏穂、まるで夏休みの小学生並みのだらけっぷりだ。
「だらしないぞ、太るぞ」
「私太らない体質だもん」
「え!」
紗有里さんが大声で夏穂の言葉に反応する。おい夏穂、その言葉は敵を作るぞ、主に同性から。
「そ、そっかー、夏穂ちゃん羨ましいねー……はは」
「まぁ、萌やしばかり食べてますから」
なんとなくフォローを入れてみるがうまくいったかわからない。女性の前で体重の話をするのは基本タブーなのである。
「それで、仕事というのは?」
「あ、うんそうそう、八手君ゲーム得意ー?」
「? まぁ人並みにはできますが」
子供の頃対象年齢より少し上のゲームでよく遊んでいたのでそう答える。まぁ今はゲーム機を買ったりはしないが、そうだな。蓬の奴が持っていれば買うのもいいかもしれない。いや、それはないか。機械音痴のあいつのことだ。最近のゲーム機なんて操作方法を覚える前に放り出してしまうに決まっている。
「気持ち悪いぞ八手、にやにやしてるぞ」
「あ? ああ、そうか」
いかん。表情が緩んだか、どうもあいつの姿を思い浮かぶと小動物を眺めているような気分になってつい頬の辺りが緩んでしまう。
「さぁ入った入った。散らかってるけどねー」
自分の部屋の前に行くとすぐさま扉を開け中に入るこの秘密基地の管理人。このアパートにいるのは俺と夏穂、そしてこの紗有里さんのみだが鍵をかけないのはどうかと思う。
そういえば紗有里さんの部屋を見せてもらうのは初めてだ。まぁその、失礼だが洗濯物やらなんやらが散乱しているのだろう。ある程度覚悟を決めて部屋に入る。これならば別に散乱したブラジャーやらパンツやらを見ても動揺せず対処でき――。
「お邪魔……し、ま……」
絶句した。いや、確かに散らかっているがこれは予想外だ。
紗有里さんの部屋はケーブルとパソコンのサーバーでできた城塞だった。圧巻である。いくら……掛かってるんだ?
おまけに熱を持ちやすい機械を冷やすためか、クーラーがガンガンに効いている。
「紗有里さん……これは?」
「言ってなかったっけ? 私オンラインゲームのゲームマスター、というか管理人をやってるのー」
「ゲームマスターって、どこかの会社に勤めてたんですか?」
この人ほとんど部屋に引きこもっていると思っていたが、有名なゲーム会社にでも勤めているのか?
「いやいや、個人運営でね。プレオンって聞いたことないー?」
それなら聞いたことがある。プレオン、確か「プレーオンライン」とかなんとかの略で、昔からあるパソコンで遊べるオンラインゲームのはずだ。
かなり有名でしばしばネットサーフィンをしていると見る名前だが……まさか、こんな身近にその管理人がいたとは。
「いや、前から思っていたんですよ。このアパート住んでるのが俺達だけでどうやって食ってるんだろうって……てっきり株でもやっているものかと」
「ははは、別に隠してた訳じゃないんだけどねー」
軽い感じでそう言って部屋の真ん中にあるパソコンに陣取る紗有里さん。ここが彼女の定位置らしい。
と、後ろからひょっこりと顔を出していた夏穂が慣れた様子で紗有里さんの横に座る。
「紗有里! 私のキャラ八手に見せる!」
「て、おい! お前のキャラってどういうことだ?」
俺と夏穂が話していると紗有里さんがサーバーに挟まれた小さめのパソコンを指さして、夏穂に電源を付けるように指示した。
「あー、夏穂ちゃんたまーに私の部屋に来るんだけどねー、プレオンで遊んでもらってるんだー。ほら、夏穂ちゃん素直だし、いい意見言ってくれるしー?」
まぁ助けになっているのならいいが……こいつ基本人見知りなんだけどなぁ、いつからそんなことしてたんだか。と、紗有里さんのパソコンをふと覗き見る。
そこにはイケメン長身男性キャラがアップで映されていた。まぁー、なんだ。自分の理想をプレイキャラにする人もいると聞くし……。
「……かっこいいキャラですね」
「何かー? 言いたげねぇー……何か?」
「……いえ」
口から出かけた言葉を胸にしまいこむ。先ほどの紗有里さんは少し怖かった。
「八手! 見ろほら」
うっとおしく呼んでくる夏穂。しかし夏穂のキャラか。こいつのことだからどうせ自分に似せてのだろう。
「あーはいはい。どうせ女キャラだろ」
「なんでわかった?」
「……これ女か?」
画面に映っていたのはアマゾンの戦闘民族っぽいキャラで、名前をアマゾネス、しかし武器はなんか空中に浮いてレーザー打ち出せる小型ロボットとやたら未来的で、おまけに大きなメカっぽい盾が片手に二つずつ。いや何これ? ネタキャラ?
「おいなんだこれ、なんかえげつないぞ!」
「強そうだろ!」
「ああ確かに強そうだけどな! 歴戦の戦士っぽい顔してんのに名前の横になんで初心者マークついてんだよ。似合わねーよ!」
「まだレベルが低いんだ……」
少ししゅんとして話す夏穂、どうやらこのゲームではレベルが低いと名前の横に初心者マークがつく仕組みになっているらしい。
「で、これが八手君のキャラなんだけどー?」
と、紗有里さんがパソコンに映された別のキャラを俺に見せる。
「俺の? レベルは、かなり強そうですが?」
途中まで育てられたキャラを使用するというのは違法、とまではいかないがゲームのマナー的にどうなのだろうか?
「少し不公平、というか、初めから強いキャラを使っていいんですか?」
「うん。まぁ、気が引けるのはわかるけどねー。それよりもこのことに不満を覚えてくれてよかったよー。八手君やっぱりいい人そうだー」
「はぁ……恐縮です」
なんだかわからないうちに納得されて褒められた。む、となりで夏穂が悠々自適にゲームで遊んでやがる。
「おい夏穂、俺達遊びに来たんじゃないんだぞ」
「だってー……ここ涼しいし動きたくなくなる」
夏穂の奴、クーラーの効いたこの部屋からてこの原理でも動かない気だ。
まぁ俺も正直あの暑い自分の部屋に戻りたくはないが……。
「はぁ……それで、紗有里さん。仕事の内容とは?……紗有里さん?」
「あ、ごめんごめん。無意識にこっちの子よしてた」
パソコンのマウスをカチカチと鳴らしながらゲームマスターとしての仕事をしだしたであろう紗有里さんに確認を取る。
本当に驚いたのか語尾が伸びてない。なんだか一瞬素の紗有里さんを見た感じだ。
「今回の仕事は、そうね-。二つあるのよねー」
そう言いながらパソコンの画面に何かを映す紗有里さん。これは? ゲームの写真か。
「これ、私のゲームで遊んでくれてるプレイヤーが送ってきてくれたんだけどねー。八手君、チートってわかる?」
「ええ、不正行為のことですよね」
チート。コンピューターゲームに置いてなんらかのプログラムに干渉して不正に自分のキャラを強化したりする行為のことだ。
俺も詳しくはわからないが、違法行為をしてまでゲームで勝ちたいと思うやからがいるのは知っている。
「私のゲームでは普通はアカウントを永久凍結してるんだけど、最近アカウント事態を改ざんしてる奴がいるのよねー」
「はぁ……つまりそいつの正体を暴くのが今回の仕事ですか?」
「そう、話が早くて助かるわー。それともう一つ、人探しをお願いしていいかしら?」
「人探し?」
と、もう一度別の写真をパソコンの画面に出す紗有里さん。そこにはキャラ同士が仲良くポーズなんかを決めている。
「こっちの男の人。拓海さんって人、この人を探してほしいんだ。ゲームの中で」
「ゲームの中でですか? それならゲームの管理者であるあなたなら簡単に見つかるんじゃ?」
「……うん、まぁ、そうなんだけどね。ちょっと特殊でね。私じゃできないのよー」
少し言葉を濁す紗有里さん。まぁ事情は詮索しないでおこう。
「わかりました。ではそのキャラでゲームをプレーして情報を集めてみます」
「よーし、じゃあさっそく八手君のパソコンに私のゲームをインストールするわねー」
ああ、まぁそうだよな。女性の部屋に男が長居するわけにはいかないし……この冷房天国を満喫している夏穂を睨んで見る。
「頑張れよ!」
こいつ、敬礼をして俺を見送りやがった。
仕方ない。仕事にケチなんてつけてはいけない。俺は諦めて大人しく自分の部屋に戻るとしよう。
今、私はゲームをしている。
我が分身、その名もアマゾネスを動かし広大なフィールドを冒険中だ。
「八手ー、聞こえるかー?」
「おー、そっちは快適か?」
「おう! 涼しいぞ!」
「あーあ、くそ、こっちはものすごく熱い……」
マイク越しにあいつの恨めしそうな声が聞こえる。
ボイスチャット、と言えばいいのか。イヤホンとマイクが合体した機械を耳にくっつけて今自室に戻った八手と話している。
なんだか不思議な感じだ。耳が少しむずむずして気持ち悪いが今は面白さが勝っているので外す気にはなれない。
「夏穂ちゃーん。何か飲むー?」
「飲むー!」
「おい夏穂、あんまり紗有里さんに迷惑かけるなよ」
「はーい」
紗有里さんがコップに注いだ炭酸のジュースを持ってきてくれた。
いや、快適快適、しかしあまりだらしなくしていると駄目だな。一応仕事なんだから。
「八手、今回の仕事の段取りはどうするんだ?」
「まぁ決めてはいないが、俺このゲーム始めたばかりだし、まずは操作方法覚えないとな」
と、ゲームのフィールドで立ってると八と名前の付いたキャラクターがこっちに来た。
「八? これ八手のキャラか?」
「ああ、紗有里さんがわかりやすいように名前を付けてくれたんだ」
八手から手を取って八か。なんだか適当な気もするがわかりやすいのはいい。
「しかし、ゲームを触るのは久々だな。それにパソコンでするオンラインゲームなんてしたことがない」
パソコンばかり触っている八手からそんな言葉が聞こえる。まぁあいつの趣味はネットゲームじゃなくて永遠に情報をかき集めるネットサーフィン……だったっけか、そんな名前の奴だし、仕方ない、ここは私が一肌脱ごう。
「なら私が教るぞ。八手」
「ん? ああ、助かる」
ふふん。私が八手に何か教えるとはな、うむ。実に気分がいい。
「まずは技の出し方だが――」
「ああ、これだろ?」
「……次は防御の仕方だけど」
「ああ、こうだろ?」
「……免許皆伝だ八手、立派に成長したな!」
「いや待て、早すぎるだろ!」
八手め。説明書でも見たのか、そもそもこういうのに慣れているのか、簡単にキャラを操作している。
「はいはーい。詳しい理由は私から教えるからねー」
紗有里さんがボイスチャットを使って話に割って入ってきた。そしてまだ私が理解していないシステムのことを八手に教えている。
「なるほど、スキルとかあるんですね。なんだか俺のキャラ攻撃技じゃなくてカウンターとか煙幕とかが目立つんですけど」
「そうそう、今八手君の使っているキャラは忍者タイプだから」
「忍者? ですか」
「うーん。最近追加したタイプなんだけどさー、玄人向け過ぎて不人気なんだー」
「いや、玄人向けって俺初心者なんですけど……」
「まぁそう言わずに、エリアでの移動速度は一番早いから情報集めにはうってつけよ」
「まぁ、そういうなら使ってみますが、カウンターって強いんですか」
「成功すると相手の体力の三分の一を削れるけどタイミングがシビアでさー、普通に攻撃した方が早いんだよねー」
「あまり意味無さそうですね」
「でもそれ足速いから! かなり!」
八手の奴が紗有里さんにそう言われキャラをダッシュさせる。
確かにかなり速い。しかもなんか忍者っぽい独特の走り方をしている。
「なんかきもいぞ八手のキャラ」
「お前のアマゾネスも相当なインパクトだけどな」
むむ、我が分身アマゾネスを馬鹿された。強そうでかっこいいと思うのだが。
「それで、どこか行ってみる?」
「そのチートを使っている奴ってどこら辺で出るんですかね?」
「プレイヤー同士が戦う専用のサバイバルフィールドなんだけど、いきなり行っちゃう? かなりきついよ」
「ちまちまとレベルを上げている暇はありませんし、行ってみましょう」
私そっちのけで話がどんどん進んでいく。こういう時は身を流れにまかせるのみ。
「じゃあメニューから赤い文字のジャングルのエリアあるでしょ、そこ選んで」
「はい。わかりました」
そう言うと八手と紗有里さんのキャラがワープホールに包まれてどこかに転送された。
「えーと、メニューから赤いジャングルの……ここか」
そして私のアマゾネスもそのジャングルへと転送された。
ふと、パソコン画面から目を離す。
「紗有里、聞いていい?」
「んー、何かな夏穂ちゃーん?」
「なんで紗有里はこのゲーム作ったんだ?」
すぐには返事は帰ってこなかった。パソコンを見つめながら答えを探しているのか、紗有里の眉辺りがきゅっとしわを寄せる。
「うーん。そうだねー。学生の頃、こんな感じのゲームしてたんだよ。その時は仲間とかいてさ、でもみんな大人になったら卒業してさ、結婚とか仕事が忙しくて、でも私は一人取り残されたんだよ。恋人もいないし、昔やってた仕事に対しての情熱もなかったし、だから、このゲームを作ったんだ。仲間が欲しくて、友達が欲しくて、だから自分の作ったゲームで遊んだりしてるんだよ」
「……ごめん。あんまり話が長いと理解できない」
「あははは! あれ、結構重い話を打ち明かした感じだったんだけどそんなこと言うー?」
紗有里が笑いながらパソコンの画面に頭をぶつける。むー、でもなんだろう。それは違う気がする。
「紗有里、ゲーム作る仕事嫌い?」
「え? いや好きだよー」
「なら紗有里は好きな仕事に打ち込んでるじゃないか、その離れちゃった友達と変わらないだろ?」
「……うーん、やっぱり夏穂ちゃんいい子だねー、紗有里お姉さん感動しちゃった」
「後は結婚だな」
ごんっとまた紗有里さんがパソコン画面に頭をぶつける。何か変なこと言っただろうか私?
「わかってるよー。そろそろ年齢的にやばいし……うん、でも、最近このゲーム作って後悔しちゃったことがあってね……」
紗有里がさみしそうな顔でそんなことを言う。後悔か、一体なんなのだろう。
「あのー、その会話こっちに聞こえてるんですけど」
八手が小さな声で自分の存在を主張してくる。むむ、なんだか紗有里さんの顔が真っ赤だ。
しかしそれを悟られまいと気丈に八手に話しかけていた。
「あ、八手君私貰ってくれるー?」
「八手には蓬がいるから無理だ」
つい口を出してしまった。む、八手さっき私の言葉を聞いて舌打ちしなかったか?
「え、なになに八手君彼女いるのー! きゃーきゃー若いなー、よーしリア充死ね!」
「彼女じゃないですよ! それよりなんでそのセリフ回しで死ねって出てくるんですか。ていうか仲間なのに攻撃しないでください!」
「八手君はあちら側の人間だったとは、紗有里お姉さんは失望したよ!」
なんだかにぎやかになってきた。私はというと黙る。基本この二人が話していると話に割って入りにくいのだ。
無言でアマゾネスを動かし電脳ジャングルを二人のキャラと共に散策する。しかしよくしゃべりながら二人はキャラを動かせるな。
「蓬ちゃんかー、名前からしてきっと可愛いんだろうなー」
「別にそこら変にいそうな奴ですよ。泣き虫でそのくせ強情で、いやまぁ見た目は可愛い方には入りますが……いや、何を言わせてんですか紗有里さん」
「え、いや八手君が勝手に惚気たんじゃないの?」
うん。さっきのは八手が勝手に惚気た。間違いない。
「それで、さっき敵がちらりと木の上にいるの見えたんですけど?」
「あー、気づいてる気づいてる」
「なんと!」
どうやらツタが絡んだ大きな熱帯の木の上に敵が潜んでいるらしい。このゲーム、木の上にも昇れるんだっけか。
「紗有里さん、こっちの会話はあっちに聞こえないんですよね?」
「うん、フレンド申請しないと無理無理ー」
「ああ、俺の勝手に紗有里さんたちとフレンド申請してたんですね……」
「八手君のパソコンにプレオンをダウンロードして設定する時にねー」
と、敵が木の上から落下してきた。人数は二人、両方大きな剣を持っている。
「ふふふ、この私に勝てるとでもー!」
紗有里さんがテンション高めで叫ぶと、空中の敵が風の攻撃で吹き飛ばされた。どうやら紗有里のキャラがスキルを使ったらしい。
先制攻撃を仕損じた敵は、すぐさま逃げて回復アイテムを使い体制を整え始めた。結構やりこんでいる人っぽい。
よし、なら私はいつもの戦法だ。
「……何故、ガードしてるんだ夏穂?」
なにやら八手が呆れているが、これが私の戦法である。
両手に持った大きな縦でがっちりと守りを固め、後は空中に浮いている小型レーザーロボに攻撃させるのだ。
ちなみにこの戦法をとると相手は大体諦めて逃げるので負けはしないが勝てないのが玉に傷なのだ。
「八手、後は任せた!」
「お前役立たずじゃねぇかそれ!」
「え、いや、空中ロボットが頑張ってくれるし?」
「あれダメージそんなに無いだろ!」
そんなこと言われても私このやり方しか知らないし、この戦法なら相手が高レベルでも対等にやれる。
「はいはーい、八手君と私で戦うわよー。夏穂ちゃんはいつも通りその戦法でねー、そのレーザーロボはキャラのレベル関係ないから結構強いから」
小型レーザーどもが宙を忙しく動いて、敵をチクチクと攻撃していく。ちなみにあれは破壊されないので安心だ。
「すごくウザい戦法だな……」
「文句言わずに早く戦え八手!」
前線で一人戦っている紗有里さんに申し訳ないのでサボっている八手に文句を言う。
「わかったよ」
しぶしぶ前線に向かって戦いに加勢する八手のキャラ、うむ。初めてにしてはなかなかうまい。
「だぁー、カウンター使い物にならないなこりゃ!」
「それ普通の人には使いこなせられないからねー」
それでも敵の体力を三分の一も削れるカウンターは、使えこなせていないみたいだ。
と、相手から文章で白旗が描かれたメッセージが送られてきた。
これは降参のメッセージだ。ちなみにこれはアイテムとお金や経験値が一緒同封されている。
「勝ったぞ八手!」
「まぁ、紗有里さんの独壇場だったけどな」
「いやー、二人ともナイスサポートだったよー」
互いに勝利を喜ぶ。と、相手から別のメッセージを貰った。えーと、「その戦法やばい(笑)」ふむ、褒められたようだ。
「紗有里ー、なんか相手から褒められた」
後ろでゲームをプレーしている紗有里に報告する。紗有里はニコリと笑いこっちを向いてくれた。
そして再び自分の画面に目を戻すと、私の画面がでっかいエラーの文字が表記されていた。
「む! なんだ!」
「敵だ! お前やられたぞ!」
「馬鹿な! ガードボタンは押しっぱなしだったぞ!」
八手の報告に耳を疑う。
私のアマゾネスが一瞬でやられただと! ありえない。いくらレベルが低くても防御ゲージのみを高め続けた私のアマゾネスが簡単に撃沈する訳がない。
急いで紗有里の画面を見るためサーバーだらけの部屋を移動する。
「八手君、こいつチーター! さっきのダメージ数値ありえない!」
「! こいつが!」
紗有里の画面にさっきまでいなかった「最強」と名前の付いたキャラが立っていた。なんか見た目は大きな剣を持った魔王みたいな格好をしている。
「このキャラクター、見た目いじくってるねー、武器も色が変だし」
「八手気をつけろ! そいつにやられたら私のパソコン固まったぞ!」
「まじか! 俺のパソコンも処理落ちしねぇだろうな」
と、チートの奴がさっきまで私たちと戦っていた相手を襲う。相手はすかさず防御するがチートの攻撃は防御しても無意味なのか一瞬で消え去った。
「あいつ攻撃力が異常なのか!」
「全部のステータスがマックス以上なのよ!」
と、なんかもの凄い速さで八手に迫ってきた。見た目がごついのに似合わない速度だ。
「八手君強制ログアウト! 下手するとパソコン壊されるよそれ!」
「いやそれは勘弁してくださいマジで!」
パソコンが壊れると聞いた八手が慌てる。私が使っていたパソコンも壊れてしまったのだろうか。
しかしこのゲーム最速の忍者も、チートを使った相手以上に早く動けないようだ。
「くそ!」
と、その瞬間八手とチートの間に誰かが現れた。
「え? まさか」
紗有里さんが驚いた声を出す。
「……おい、こいつもチートか?」
八手の声がマイクから聞こえる。
突然現れた謎のキャラは、防げないはずのチートの攻撃を受け止めていた。名前は拓海と書いてある。
「拓海じゃん」
するとチャット欄に文字が出てきた。主はチートを使っている野郎らしく「雑魚野郎」と悪口が書かれていた。
と、その隙に八手がチート野郎に攻撃をする。しかしダメージが全く入っていない。どうやら無敵らしい。
「攻撃が効かない!」
と、チートを使っていた奴がどこかに転送された。この場はなんとかなったようだ。
すると助けてくれた拓海と書かれていたキャラもそれに続くように転送された。あれはなんだったのだろう。
「紗有里さん?」
む、紗有里さんが固まっている。完璧に思考が止まっているといった感じだ。
「紗有里さん? 紗有里さん!」
「え! あああ! うん、ごめんごめん」
心配になって大声で呼びかけてやっと意識が戻った。ふーむ、紗有里の様子がなにやら変だ。
取りあえず今日はここまでにしておこう。
「あ、それと夏穂ちゃん、言いにくいんだけどさ……」
「え?」
「アマゾネス……多分データー破損されてると思うんだ」
データ破損? 私はその言葉の意味をすぐ後に知ることになる。
今、夏穂が後ろで泣いている。
原因は昨日、夏穂が使っているキャラがチートによって破壊されたからだ。
「アマゾネスが……死んだ」
ネットであのチート野郎と拓海とかいうキャラについて調べてる俺の後ろで、生きる屍と化し同じことを永遠と口に出す夏穂、畳の上にでろんと寝転がり、魂の抜けそうな顔をしている。
そういえば俺がパソコンを弄っていると、高確率でこいつからちょっかいをかけてきているな。
「たかだかゲームのキャラクターだろ。元気出せ」
「……」
まったく、いつもはこんな風に言うと必要以上に噛みついてくるのだが、本気で落ち込んでいるのか今回は無反応ときた。
すっかり落ち込んでしまった夏穂。まぁ普段うるさいのも嫌だが、こう静かだと逆に落ち着かない。
「おーい、なんか好きな物晩飯に作ってやるから元気出せ」
「本当か! 動物性タンパク質!」
普通に肉と言えないのかこいつは、まぁいい。家計は相変わらず火の車だが一食ぐらいから揚げをしてもいいだろう。
というより俺もそろそろ萌やしじゃなくてまともな物を食べたい。
「じゃあじゃあ、紗有里さん呼んでもいい?」
「晩飯にか? 取り分減るぞ」
「でも紗有里元気無さそうだったから、元気づけたい」
寝っころがりながら足だけパタパタを動かしながら夏穂がそう提案してきた。
そうか、紗有里さん元気がなかったのか。あの拓海とかいうプレイヤー、紗有里さんにチートを使っているプレイヤーと一緒に調べて欲しいと依頼を受けていたが、そのプレイヤーで間違いないだろう。
防御不能の攻撃を防いだあのプレイヤー、あの人もチートなんだろうが、何かが引っかかる。
画面越しだが、何か異質に感じられたのだ。まぁと言っても勘のようなものなのだが。
「……紗有里さんに直接聞いた方がいいかもな」
あの拓海っていうプレイヤー、もしかするとチートなんかじゃなくて――。
「ご飯まーだーかーなー」
一気に上機嫌になった夏穂、もう何度も読んだ漫画を引っ張り出して読み始めた。
さて、時刻は午後四時、少し速いが客人を招くんだ。気合を入れて料理を作ろう。
台所に立つ。自分で言うのもなんだが料理の腕には少し自信がある。高校の時、優一先輩に手料理を食べさせて貰い感動し、それから俺も簡単な料理を作れるように勉強して一人暮らしをしていても困らない程度料理ができるようになった。
「まぁ、あの人には敵わないが……」
あの人の家事スキルは主婦顔負けなので、追いつこうとも思わないが、やはり料理ができる男子というのはモテるものなのだろうか? 蓬の奴はどう思うだろう。料理ができる男というのは世論的に好印象を持たれやすいと聞いたが……今度聞いてみよう。
せっかくメールアドレスを交換したんだ。話はいつでもできる……はずなのだがあいつそろそろメールの使い方を理解できただろうか。前に函さんが教えると返信があったが、さて、いつまでかかるのやら。
「いい加減変身しろよな……」
遊びに行こうと送ってから返信がない。こちらから似たような内容を二回も送るのはなんかしつこいようで嫌だし……いやしかし、このまま勇気を出して送った誘いのメールが無効になるのも嫌だし。
「……むぅ」
と、考え込んでいたらホカホカと湯気を出すから揚げが完成していた。無意識に作っていたらしい。無意識で料理を作ってしまうとは俺の家事スキルもかなり上がってきているようだ。
「おーい、な――」
夏穂に紗有里さんを読んでもらおうと後ろを向くと、いつの間にかいなくなっていた。やはり何度も読んだ漫画はすぐ飽きるらしく乱雑に放り投げられていた。
飯があるのにアパートの外に出て行ったとは考えにくい。おおよそ紗有里さんを呼びに行ったのだろう。
皿の準備を始めると、紗有里さんと夏穂の声が外から聞こえ始めた。から揚げの匂いを嗅いでか夏穂の嬉しそうな声が聞こえる。
夏の夕暮れの一時、テレビは……止めておこう。どうせ解決しない連続通り魔事件について報道しているに違いない。正直あれを見ると早く事件を解決しなければと焦ってしまう。
「ただいまー!」
夏穂が元気よく声を出す。すでにテンションはマックスだ。対照的に紗有里さんは夏穂の言っていた通りあまり元気がないようで、いつもより静かだ。
「いらっしゃい」
「ああ、うん。ありがとね八手君」
「いえいえ、元々は夏穂の提案でして、紗有里さんを元気づけたいと」
「あー、ごめんねーなんて言うか、ちょっとさ……」
今にも泣きそうになる紗有里さん。正直俺も面食らって固まってしまった。
「紗有里!」
夏穂も驚いて駆け寄ってくる。と、夏穂が俺をじとっと睨んでくる。いや待て、俺何もしてないぞ。
「取りあえず夏穂、座らせろ」
首をぶんぶん振りながら食事用のテーブルを指さす。顔を抑えながら涙をこぼし始める紗有里さん。ふーむ。正直女性が泣いているとどうしていいか全くわからない。
取りあえず皿にから揚げを分けて、コップと、そうだな、お茶でいいだろう。お茶を注いだコップを紗有里さんの所に持っていく。
「紗有里さん。どうぞ」
「ごめ! ごめ、ん。ごめんなっ! いきなり!」
「別に泣いてもいいじゃないですか。俺達に構わず泣いてください」
その言葉がきっかけになったのかダムが崩壊するように泣きじゃくる紗有里さん。紗有里さんの隣では夏穂があたふたしながら背中をさすったりして慰めている。
さて、こんな時はそうだな。取りあえず待とう。
数分後、紗有里さんが泣き止んだ。まだ紗有里さんの目は赤いが、いい機会だ。あのプレイヤーについて質問しよう。
「紗有里さん。拓海さんについてお聞きしたいのですが」
弱くなっていた鳴き声が完全に止まる。やはり、知っていたのか。
「紗有里さん。教えて頂きますか?」
「……少し前、ネットで変わったプレイヤーと知り合ったの。やたらレベルが高いのに初心者用エリアで操作の練習をしているプレイヤーがいてね。レベルが高いプレイヤーがそういうエリアにいる時は初心者が戦っているモンスターを横取りしたりする荒しが多いのだけれど、そのプレイヤーはそういうことはせず黙々と操作の練習をしていたの」
いつものように語尾を伸ばさない紗有里さん。これが彼女の素なのだろう。
「それで、そのプレイヤーというのが――」
「そう、名前は拓海。話しかけて、仲良くなって、度々遊ぶようになったは、親しくなって、ある日彼とリアルで会ったりして……リストラされて職を失ったサラリーマン、それが彼だったのよ」
紗有里さんが拓海さんと知り合った経緯は理解した。しかし聞いた所人柄は善良、そんな人が違法なチート行為をするとは思えないのだが……。
「それで、ある日、連絡も入れず彼の部屋に行ったの。驚かせようと思ってね。そしたら……縄が揺れてたのよ。ギイッギイって……」
……そうか。夏穂に気を使ってか紗有里さんは遠回しに表現したのだろう。彼女が言う縄が揺れていたとは、つまりは首つり自殺、彼は自らその生を終わらしたのだ。
「でも、ネットでね。彼の噂を聞いたのよ。もう、いないはずなのに」
「……サイバーゴーストか!」
「サイバーゴースト? 何それ美味しいの?」
夏穂がこいつ、何言ってんだ見たいな顔でこっちを見てくる。簡単に言えばサイバーゴーストとは電脳世界に住む幽霊のことだ。
「拓海さん。亡くなった後に紗有里さんのゲームの中に入ったのか……だからチートとも互角に戦えた、と」
話が繋がった。拓海さんに感じた違和感は陰陽師として微量な霊気を感じていたからだろう。ふむ。俺も霊力感知の練習をしないとな……。
「遺書に、こう書いてあったの、リストラされて、社会に絶望して、ふと、学生の頃仲間と一緒に遊んでたネットゲームを見つけたんだって、その時作ったキャラがまだ残ってて、レベルはまぁまぁだったけど操作方法を忘れてさ……でね。私と出会ってさ、あの楽しい日々が戻ったって思ってたらしいの。もうあの時の仲間は夢を叶えたり、結婚したりして、自分一人だけ取り残された感じだったけど、でも、自分の居場所を見つけられたって……でもある日、あのチートにそれを壊されて、もう何もかも失ったって……馬鹿じゃないの! 本当に! なんでよ。死ぬことないじゃん! そりゃ大切な思い出が詰まったキャラだったかもしれないけど! 死ぬこと……ないじゃん!」
土石流の様に、紗有里さんの口から気持ちが溢れ出る。ずっとこのことを一人で抱えていたのだろう。
「責任感じちゃうじゃない……私が作ったゲームが原因で死なれてさ! でも楽しかったって遺書にも書かれててさ……チート使ってる人は、悪ふざけなのしれない。自分が人ひとり自殺に追い込んだなんて、思ってもいないだろうし、それを伝えたところでそんなの知らないの一言で終わるだろうし、裁かれる法律なんてない。でも、悔しくて、仕方ないのよ……八手君。依頼、少しだけ変えてくれる?」
「なんですか?」
「私、敵討ちがしたい。拓海の、お願い」
「……ええ、了承しました」
さて、ならば徹底的にやってやろうか。正直あのチート野郎は気に食わなかったし、こっちも大人げなくこっちも現実でチートでも使ってやろうか。
「八手?」
「今から仕事に取り掛かる。夏穂は紗有里さんを自室に送ってやってくれ」
パソコンに向かい準備をする。これからは問題が解決するまで絶食だ。いつもの集中方法だ。
「うん……お前の分のから揚げ食べるぞ?」
「……少し残しといてくれよ」
さてと、から揚げを食べるのはいつになるやら。パソコンの電源をつけプレオンを起動させる。
すでにチートが出回っているエリアの名前は掲示板なので下調べしているので、適当にそのエリアを走り回る。
そうしたら後は釣りだ。獲物が掛かるまで待ち続けるだけ、途中他のプレイヤーにチートを見かけたかどうか確認したりしたりする。
「ふーっ」
疲れた目をほぐす。太陽が無い窓を見ればもう結構な時間が経ったとわかる。と、夏穂はわざわざ俺に付き合う気だったのか、後ろで布団も羽織らず寝ていた。
涎を垂らしてなんとも気持ちよさそうだ。
「む……」
ふと寝ている夏穂からパソコンの画面を見る。そこには一度見た装備がこっちに向かってきていた。
「おい夏穂! 紗有里さん呼んで来い!」
「なーんだよー……から揚げ残したぞ? というか今何時だ? 何時だこれ?」
寝ぼけた夏穂が時計をを確認している。今は午前二時だが見慣れていないのかすぐに判別できていない。今は丁寧にこいつに教えている暇は無い。
「例のチート野郎だ。紗有里さんの指示を仰ぎたい!」
「マジか! それをさっさと言え馬鹿八手!」
その一言で目が覚めたのか、慌てて一回づっこけながらも紗有里さんの部屋へとダッシュで行く夏穂。
さて、じゃあこっちは相手に喧嘩でも売っておくか。
まずアイテムからボールを取り出し相手に投げる。無論こんな物ダメージにならないし、大した効果は無いのだが相当チート野郎はキレやすい奴が使っているのか、チャットランに暴言が間違いながらも勢いよく書き込まれ始めた。しかも文面からして俺のことを覚えているらしい。
名前がこの前の「最強」から「破壊神」い変わっているが、見た目とチャットランから見て間違いない。夏穂のキャラをデータごと壊したのはこいつだ。
「さて、おっぱじめるか」
目の前の画面のみに集中する。俺も機械相手にこれをするのは初めてだからな。
「強結展安!」
強化結界。京極家に伝わる陰陽術、物を強化、把握し武器としてそれを使いこなせれる技。今回重要なのは把握の方、このゲームも物ならば強化結界で隅々まで解析することが可能なのだ。
強化結界を使った瞬間、頭の中に莫大な情報が入ってきた。ゲームのシステム、数々のキャラクター、隠しアイテムのある場所。しかしそんなのはどうでもいい。俺が知りたいのはあいつの攻略法のみ。莫大な情報が流れる川から必要な情報のみ拾い上げる。
「攻略法、組立完了」
こいつを倒す方法を見つけた。俺の使っているキャラに備わっているカウンター技だ。確か俺の使うキャラは実装されたのが最近だったか、そのせいかこの技だけキャラクターにダメージを与えるプログラム形式が少し違うらしい。
しかしこの技はタイミングがシビアなのだが、強化結界を使っている今ならば――。
「圧倒できる」
相手が斬りかかってくる。なんの工夫も無い単純な攻撃。それを、こちらのキャラクターのヒット判定に入る,二秒前に発動させる。
緑のエフェクトと共に相手のヒットポイントが急激に削られる。
すぐに体力の変動に気づかなかったのか、すぐに二撃目を放つ。だがさっきと同じカウンター技を発動させる。
無論成功し、またありえない数値の体力が急激に減っていく。
「さて、次で終わりだぞ」
この技は相手の三分の一のヒットポイントを削る技、すでに二発当てた。後一発でこの弔い合戦は終わる。
すると相手は微動だにしなくなった。
「なんだ?」
「八手! 紗有里引っ張ってきた!」
「ちょっ! 何がなんなの!」
動揺している紗有里さんを文字通り腕をつかんで引っ張ってきた夏穂、お前もしかして説明もしてないのか?
「今例のチート野郎を追い込んでいます」
「え! どうやって!」
「いやまぁ、チートにはチート、人力チートって奴ですよ!」
紗有里さんが目をぱちくりさせている。まぁここは陰陽師とばれるのはまずいので適当に誤魔化しておこう。
と、いきなり画面にフレンド申請のメールが届いた。文面を確認する。「お前もチートだよな? 強力しない?」と書かれている。どうでもいいが「協力」だろ?
「紗有里さん どうしますか?」
「受けて! 上手く行けばメールアドレスから本当のIDを割り出せる!」
そういえばこいつ偽装IDを使っているからアカウントが凍結できなかったけか。
俺の言葉で一気に目が覚めたのか、俺のパソコンに噛り付く紗有里さん。ならここは変わって貰おう。
「後はお任せします……」
「え! ええ! 任せて頂戴!」
まぁなんだ。正直もう眠気で限界だ。夏穂の残しておいたから揚げでも摘まもうか。
「……なんで一つなんだよ」
台所に行ってラップで包装された皿を見る。そこには悲しげに一つ残されたから揚げ一つ。
「これだけかよ……」
紗有里さんの後ろでパソコン画面を観戦している夏穂を睨むが、いや、もういい加減疲れた。
こんな夜遅くまで集中してパソコンの前にいたのだ。怒る気力も無い。
「はぁーあ、から揚げ先に食っとくんだった」
仕方ない。レンジでチンしようと思ったが、一つだけなら温めるのも馬鹿らしい。
さっさと口に放り込んで、熱くなっている紗有里さんの後ろで寝てしまおう。
しかし、今更だが京極家に受け継がれている技をゲームに使ったなんて爺さんに知られたら説教されるな……。
今私は二代目アマゾネスを動かしている。
初代アマゾネスが死んでから数日後、この二代目アマゾネスも初代に追いつき追い越すために経験値を貯めている。
「しかしここは天国だー」
実は冷房の効いた紗有里さんの部屋に、今一人でいて留守番を任されている。
いつも引きこもり生活をしている紗有里さんがこの部屋にいないのは、弁護士と相談しに出かけているからだ。
「アマゾネス頑張れ!」
初心者エリアで少し可愛らしい敵キャラを倒して経験値を地道に貯めている。
今使っているのは剣で、もう少しレベルが上がれば初代と同じようにあの盾が使えるようになる。
「ん?」
と、チャット欄になんか書き込まれた。「手伝っていいかな?」と、後ろでレベルの高いプレイヤーが観戦していた。
名前は……なんと、そうきたか。
「私、紗有里さんの友達ですっと……これでいいのかな?」
チャットに返答する。拓海、あのサイバーゴーストだ。
と、相手からフレンド申請が送られてきた。まぁ問題ないだろう。それを受諾する。
「なんだなんだ?」
するとチャット欄にボイスチャットをつなげるようにコメントが書かれた。
慌ててマイクを探す。人の部屋なので勝手がわからず少し時間が掛かる。
「ん?」
いや待て。マイクは確かパソコンの隣に置きっぱなしだった。うん、東大生元ぐらし……灯台だったかな? まぁいい。取りあえずマイクをパソコンにつなげる。
「やぁ、初めまして」
「……うを!」
マイクの向こうから声が聞こえる。いや、普通なのだが相手が生きていないのでやはり驚いてしまう。
「ははは、驚いちゃったかな?」
優しそうな若い男性の声、死んでいるのに声が出せるのか、まぁ細かいことを気にしても仕方ないだろう。
取りあえずこの人に言いたいことがある。
「あの、なんで死んじゃったの?」
「ははは、いきなりだね……うーん、なんで死んじゃったかな」
いや、それはこっちが聞きたいのだが……。
「全部、失ったと思ったんだよ。おじちゃんね。お仕事してたんだ」
こっちのことを子供と思っているのか、口調が幼い子向けだ。
「仕事ばっかりして、いつしか仕事しか無くなって、でもおじちゃん仕事を辞めさせられたんだ」
「何か悪いことしたのか?」
「うーん。どうだろう。頑張ってたんだけどね。人以上に結果が出せなくて、運が悪かったのかな?」
いわゆるリストラという奴だろう。紗有里さんが泣きながら話してくれた内容と被る。
「本当に、全て失ったと思ってね。暫く何も口に通らなかったよ。で、暫く時間が経って自殺の方法でも調べようとしてパソコンの電源を入れたら懐かしいゲームがあってね。それがプレオンだったんだ」
「それから紗有里さんと会ったんだ」
「ああ、楽しかったよ。学生時代を思い出して。もうあの頃の友人は結婚したり仕事で成功したりして、だから、あのみんな平等だった頃に戻りたかったのかもね。まだ誰もが夢を持っても文句の言われない年齢の頃に」
そうか、大人になったら夢を持ったらイケなくなっちゃうのか。でもそれは、なんというか悲しい。
「それで、あのチートにデータを消されたと……でも、なんでそれで死んじゃうかな」
「本当にね。でもあれが、崖っぷちだった私の心を突き落すきっかけになってしまったんだろうね。もう、私には架空の世界ですらいても良い場所が無いのかって思ってしまってね」
「……」
なんとも言えない。自分から死にたいとは思ったことはないのだ。人生経験が浅い私はこういう時何も言えないのだ。
「それでも、死んじゃったのはもったいないと思うよ。私」
「……うん。とても後悔してるよ」
そうか。後悔しているのか。まぁ、後悔しているからゲームの中に幽霊として入っちゃったんだろうが。
「ところで、紗有里さんは今どんな感じかな?」
ああ、この人は紗有里さんが気になって私と話をしたがったのか。
「紗有里さん。今は裁判所に行ってるんだ。チートを使ってた人、実は関係のないプログラマーの人を何人かで脅してプレオンにハッキングしてたらしくて、えーと、チートで訴えるのは難しいからその人に暴力した罪で訴えるんだって」
なんでそんなことまでしてゲームで強くなりたいのか私には理解できないが、事実そうなのだ。世の中はなんとも理解しがたい。
で、さっきので私の言いたいことはうまく伝わっただろうか? 私も良くはわからないが紗有里さんからそんな風に言われたのを思い出し必死に伝えてみたのだが。
監禁とかしてたとかも言ってたかな……本当になんでそんなことしたんだろ? 確か犯人の年齢は八手同じ大学生らしい、私から見れば立派な大人なんだけどな。
「取りあえずあのチート使ってたのはもうプレオンには来ないぞ。ついでにその脅された人、紗有里さんがゲームのセキュリティー強化のために雇うんだって、でね。他の会社にちょくちょく手伝ってもらってたみたいだけど、でもほとんどは一人でゲーム作ってらしいから人手増えて良かったって」
「はは、ならこれで一件落着だね」
マイクから暖かな笑い声が聞こえる。安心しているのだろうか。
じゃあ次はこっちから質問する番だ。というよりまだ一つ言いたいことがある。
「紗有里さん、悲しんでたよ」
何に悲しんでたなんか言ってやらない。それぐらい察しろ。
「うん。だろうね。そうだろうと思ってたよ。彼女に、すまないと伝えてくれないかな?」
「うーん。それは自分で言って……」
「すまないね。彼女に合わせる顔がないんだよ。お願いだ」
ふーむ。なし崩し的に頼まれてしまった。まあ後で覚えておいて伝えておこう。
「これからどうするんだ? 成仏しないの?」
「取りあえず、その為に満足いくまでゲームでもしてみるよ」
「そうか。まぁ、心行くまで遊んでから、あの世に行ってもいいだろう」
「じゃあ、今日はありがとう」
少し強引に話を終わらす拓海さん。まぁいい。言いたいことは言えた。さて、私は引き続き二代目アマゾネスを育ててみるか。
と、それと同時にドアが開く。どうやら裁判所に行っていた紗有里が帰ってきたらしい。
「ただいまー。夏穂ちゃんお留守番ご苦労様ー。はいこれケーキ!」
「お帰り紗有里! あ、伝言があるんだけどさ」
さっき拓海さんと話したことを忘れる前に言ってみる。まぁ、彼が紗有里さんのことを心配してたのと、死んだことを後悔してた紗有里さんに謝っていたこと、ついでにこれから暫くはプレオンに住んでいくことも伝えておいた。
いきなりの話に、お土産片手に紗有里が固まる。
「……まったく、直接言えってのー……でもそっか、まだ遊んでくれるんだ。なら……プレオン続けないとな」
少し悲しげに、でも嬉しそうに紗有里さんが呟く。
まぁ、私にはわからない気持ちがあったのだろうが、どうやら少し吹っ切れたらしい。
なら、いい。この顔が見れたのならば仕事は終わりだ。
「じゃあ八手の所に戻る!」
「あれ、ケーキ食べないの?」
「八手の奴があんまり紗有里さんに迷惑かけるなってうるさくてさ、名残惜しいけど、うん。また今度!」
そう言って冷房の効いた部屋から出る。いい加減体が冷えて寒かったのだ。私には暑い中首を回す扇風機の前でゴロゴロするのが性に合っているということらしい。
「今回は色々考えさせられたなぁー」
紗有里さんの部屋から八手の居る部屋に戻る途中。今回の件を振り返る。
さぁ、今回の教訓だ。大人になったら周りと自分を比べてしまうらしい! 結婚とか仕事とかで、自分がうまくいってないと落ち込んでしまうようだが、それで死んではいけないということ。きっとその先に、幸福もあるのだからもったいない。
それでも辛い時はそうだな。一緒に笑ってくれる誰かが隣にいてくれたら、そう考えてから私は八手が居る部屋へと戻って行った。
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