第四話「星降り島」
「この前、海に行ったんですが体調悪くて、お祓い受けた方がいいですかね?」
「お盆? お盆に海行くとか自殺行為だから」
「あーよく言うよねー。海には幽霊出るって」
「やっぱ外は危険、引きこもり最強」
「この時期は海に行かない方がいいよー」
「じゃあ島の人間とかどうすんだよ。八方海に囲まれてんじゃねぇかよ」
「そういえば幽霊に滅ぼされた島があるって聞いたことある」
「いやいや聞いたことないから、嘘言ってんじゃねぇよ」
「自分が知らなかったら嘘になるって変だよね?」
「あーその話昔のスレで聞いたことある。国が管理して住人がいるって」
「このコメさっきの奴だろ! 自演してんじゃねぇよ」
「あーもう荒れるからこの話は終りね」
「で、その、私お祓い受けた方がいい?」
「いや知らねぇから死ね死ね死ね」
「荒らすなよー」
――とあるオカルト版より。
今俺は見知らぬ港に来ている。
海からの潮風が吹く海岸沿いの道を進み、俺と夏穂は歩いて目的の場所まで移動して中型船に乗り込む予定だ。
まだ日が昇って薄暗い時間帯だが、漁師町で朝が早いのかちらほらと通行人とすれ違う。
「なぁ、ここって魚買えるのか?」
「そりゃ魚市場ぐらいあるんじゃないか?」
まだはっきりと明るくはないが、漁に出かけるのか遠くの海の上に浮かんでいる船が見える。
夏穂はあまり海に来たことないらしくはしゃいでいる様子だ。
「あまりはしゃぐなよ」
「いいじゃないか? 今回はあまり危険はないんだろ?」
「まぁな、俺の家の家宝を回収しに行くだけだからな」
今回の目的は星降り島に死んだ両親が無くした京極家の家宝、京極三長柄を取りに行くことだ。
物探しなので別段危ないことはないだろう。
「と、あれが例の船か?」
停泊している船の隣で、漁師町に似合わない黒服の男が煙草を吸いながら誰かを待っている。
まったく、わかりやすいのは助かるが、少し怪しすぎないか、近隣の人に通報でもされたらどうするんだ。
「どうも、京極の者ですが」
「ああ、どうも。すでに先客がお待ちですよ」
話しかけて確認するとどうやらこの船で間違いないらしいが、先客とはどういうことなのだろうか?
ぷかぷかと揺れる船の中に顔だけ入れて中の様子を確認する。
「……き、奇遇ですね八手君!」
セミロングで焦げ茶色をした女がいた。そして元気よく挨拶までしてきやがった。
取りあえず覗き込んだ船から顔を引く。そして頭を抱える。なんで蓬の奴がいるんだ。しかも隣に丸坊主一歩手前の短い黒髪を持つ爽やかな見知らぬ男を連れてるし。
「どうした八手?」
「待った。まず頭の中を整理させてくれ」
「……うん。わかった」
俺のちぐはぐな返答に不平を漏らさず頷く夏穂。どうやら相当困惑しているのが顔に出ているらしい。
と、夏穂が船の中に入る。俺を悩ます元凶がいると嗅ぎ付けたようだ。
「奇遇ですね八手君!」
「いや! 違いますからね蓬様!」
そして何故か船の中から夏穂相手にそんな挨拶をする蓬の声とそれを指摘する男の声。
「さて、と、どう考えても糞爺の差し金だろうが」
前回の件と言い。どうもあの爺さん俺と蓬を合わせたいらしい。と、ここで悩んでいても仕方ない。詳し話は蓬本人から聞くしかない。
観念して揺れる船に乗り込む。そこにはちょこんと座ったがちがちに緊張した蓬がいる。やはり白昼夢を見た訳ではないらしい。
「奇遇ですね八手君!」
そしてまたあの挨拶だ。多分何時間かかけて考えた俺への一声なのだろうが、今は俺の気を逆なでするばかりだ。
「どうせあの爺さんの差し金なんだろ? 迷惑だ。帰れ」
「い、いやあのですね」
すると隣に座っていた男があたふたとしながら本人に代わり説明を始めようとした。
そういえばさっきこの男、蓬のことを様付で呼んでいたな。
「蓬の式神? だろ。悪いが帰ってくれないか」
「し、しかしですね!」
「どうせ今回も爺さんに何か言われたんだろ。迷惑だ」
蓬は黙ったまま立ち上がり帰り支度を始める。まったくあの爺さんも余計なことをしてくれる。
「待った八手、人手は多い方がいいだろう?」
と、夏穂の声にはっと顔を上げる蓬。夏穂の野郎、余計な真似を。
「今回は、危険がないんだろう?」
「だが!」
「だがなんだ? この女の人は同業者らしいし、なら仕事を手伝ってくれるなら助かるじゃないか?」
く、いつもより口が達者な夏穂。しかもなんか怒ってないかこいつ。と、夏穂が俺の側まで寄ってきて小声で話しかけてくる。
「女を泣かすなんて最低だぞお前、優一に言いつけるぞ!」
言われて蓬の顔をよく見る。……まったく、昔のまんまだなこいつは、泣きべそかきやがって。
「……危ないことはさせないからな」
「え、いいの!」
嬉しそうに顔を上げる蓬。本当に昔から変わってないなこいつ。ちょっと良い事があるとすぐに機嫌を直しやがる。
「着いてくる気なんだろまったく、そんな格好しやがって、似合ってねぇぞ」
夏だというのに長靴に長袖長ズボンの作業服。こいつのであろう大きめのピンクのリュックサックには大きなスコップが括り付けている始末だ。
似合ってないにもほどが……いや、よく見ればなんか妙にしっくりしているのかもしれない。
「遊びに行くんじゃないんだし……」
いやまぁ、そうなんだが。そこまで準備万端だと逆に勢い余って空回りしそうで怖い。こいつならあり得るのだ。
「あのー、そろそろいいですかねー」
と、船を操作する黒服が俺たちに出発の確認する。ふと外を見るとかなり明るくなってきている。
「すみません。お願いします」
「はい、ああ、迎えは明後日の朝ですんで」
「わかりました」
まぁ、もう少し時間は欲しいが見つからなかったら期間を延長してもらえればいいか。
「え!」
と、何故かそこで大声を上げる蓬。
「なんだ都合が悪いのか? やっぱり帰るか?」
「い、いえ! 不束者ですが誠心誠意頑張らせていただきます! や、八手君と……お泊り」
顔を赤くしながらなにやらぶつぶつと呟いている。そういえばこいつ妄想癖があるんだっけか。
「それじゃあ出発してください。」
そして今までぷかぷかと浮かぶだけだった船がエンジン音と共に前へ前へと進む。
中型船の中はちょうど四人座れるぐらいの広さで、観覧車の様に座席が向かい合っていた。
俺は当然のように夏穂の隣に座ろうとするが、打ち合わせでもしたかのように蓬の式神らしき男が立ち上がり夏穂が両隣に座る。
「……」
あまりにも自然な動作に文句の一つも言えなかった。
「何してるんだ? 座れよ八手」
すました顔で蓬の隣を指さす夏穂、男の方も「ささ、旦那はそこへ」なんて言ってきやがる。
「後で覚えてろよこいつら」
ここにきて俺の機嫌は最悪だ。わざとらしくドスンと音を立てて椅子へと座る。
「あのー、自己紹介遅れました。俺は蓬様に使える挟み箱の九十九神の函と言います。で、名前も函(はこ)と言いまして、はい……」
「どうも、知っていると思いますが京極家の京極 八手だ」
俺はそっけなく返事をする。機嫌が悪いのでこれが限界だ。
しかし挟み箱か、かなり古い道具に宿った九十九神だな。
「挟み箱ってなんだ?」
話を聞いていた夏穂が話に割って入ってくる。確かに挟み箱なんて知ってる奴は少ないだろう。その質問には函は答えた。
「江戸時代の飛脚が担いでいた箱って言えばわかりやすいっすかね?」
「あー、あれか」
飛脚のことは知っていたのか納得した様子の夏穂、たぶん今あいつの頭の中では飛脚の絵でも浮かんでいるのだろう。
しかし居辛い、式神は式神同士、仲がいいらしいが俺と蓬は色々と事情があってフレンドリーになれないのだ。
そういえばさっきから蓬の奴は何をしているのだろうか。昔はよくぼんやりと自分の世界に浸っていたが、まぁもう二十歳を超えれば……。
「えへへへー」
「な……」
気持ち悪い笑みを浮かべ完璧に桃源郷へと飛んでいるようだ。昔より妄想癖が悪化しているだと……。
「よ、蓬様ー、顔! 顔!」
努めて小声で指摘する函、しかし函よ。その声俺にも聞こえてるが肝心の蓬本人には届いていないぞ。
「はぁ、おい、戻って来い」
ぺちんと蓬の頭を叩く。するとはっと緩んだ顔が治り、頭の痛みの原因を探して俺の顔を見てくる。
「……まったく、あまり呆けるな。怪我をしても知らんぞ」
「あ! あのこれは、その……ごめんなさい」
昔もこうして頭を叩いて妄想癖が激しいこいつを現実に引き戻してたっけか。すると夏穂の厳しい眼差し、なんかさっきの行動に不満があるようだ。
「女の子の頭叩いたら駄目なんだぞ八手、優一に言いつけてやる」
「なんだその脅し文句。あのな、優一先輩は学校の先生じゃねぇんだぞ」
俺が優一先輩の名前を出されるとなにも言えなくなるとでも思っているのか、夏穂がやたらと優一先輩に言いつけると脅してくる。
「学校……美大に入ったんだってね」
「? ああ、まぁな」
と、いきなり妄想から帰還した蓬が俺に話かけてきた。
「楽しい?」
「まぁな、充実はしている」
「わ、私もね。大学入ったんだよ」
「そうか……」
そこで話を途切れる。どうも気まずい。
すると目の前の夏穂が口の前で手を動かし喋れとジェスチャーしてくる。夏穂の野郎、もしかしたら爺さんに俺と蓬の中を取り持つように食べ物で懐柔でもされているのだろうか?
しかしだ。そう言われても世間話の内容なんぞ思いつかない。ああ、なら仕事の話をすればいいだけか。
「島についてネットで調べたんだが星降り島についてなんにも情報を得られなかったんだが……」
「え、私色々と知ってるよ」
驚いた。俺が何時間と調べても成果が出なかった星降り島について蓬はなんか知っているらしい。
きっと俺は今馬鹿みたいな顔で蓬を見ているのだろう。それに気づいて一回咳払いをしてから尋ねる。
「……何か知っているのか?」
「うん。私の大学の図書館はそういう本いっぱいあるから……えーと、ちょっと待っててね」
どんな大学にこいつが通っているのか気にはなったが、取りあえず今は情報だ。
蓬がピンクのリュックサックからノートを取り出す。星降り島に着いて調べて書いてきたらしい。
「星降り島は、国に管理されている一般には知られていない島で、えー……霊的価値が非常に高いとされている島である……らしいです」
国に管理されているだと? 引き続き蓬のたどたどしい説明を気長に聞くことにする。
「一般には名もない無人島として認識されぇ、れ、星降り島の名前の由来は不明だが、えーと、島にはある伝説があり、昔島の当主と女中の恋物語が伝わっており、その、伝説の、中にぇ、に! 登場する物の怪が、今も封印されているのが国の陰陽師によりかくに、確認されています」
成程、状況はつまり最悪ということか。というかさっき噛んだの誤魔化そうとしたよな。
「なぁ蓬、お前さっき国に管理されていると言ったな」
「はい? それがどうかしましたか?」
「俺たちは今そこに無断で入ろうとしているんだが」
「……無断」
文字を読むのに一生懸命だった蓬も、事の重大さに気が付いたらしい。
多分爺さんも国に管理されている島だなんて知らなかったんだな。なら俺をそんな島には向かわせないはずだ。
「やはりお前は帰れ、国の犬に見つかったら厄介だ」
「八手君を残して帰れません!」
「状況が変わったんだよ! というか調べてる時ヤバいと思わなかったのか!」
と、夏穂が蓬の持っていたノートをひょいっと取り上げる。
「えーと……これどうやって読むんだ函?」
「管理っすよ」
しかし漢字が読めずにすぐさま隣の函を頼る始末。こいつに学が無いのは今に始まったことではないがいざ人に知れるとなんだか保護者である俺が恥ずかしい。
「えーい、貸せ!」
夏穂からノートをひったくる。ノートには丸っこい字が所せましに書かれて、色鉛筆で島の地図なんかが書かれていた。
「えーと、なお国が管理をしているが島を所有権は陰陽師の名家、京極家で……おい待て、星降り島って京極家の所有物なのかよ!」
驚愕の真実だ。自分の家の敷地ならば問題にはなるまい……なるのか?
「お前の物なら問題ないじゃないか」
夏穂が俺にそう指摘してくる。まぁ確かに所有権が俺の家にあるなら問題はなくなるが、しかし腑に落ちない。
「いやまぁ、そうなんだが、なんで爺さんこの島についてよく知らなかったんだ?」
「多分書き写した元の本はかなり古いものだったから、お爺様より何代も前の当主様が島を購入されたんじゃ……で、そのままと」
あー、どうやら俺の祖先は金遣いが荒いらしい。まったく、俺の祖先なのに信じられない。
「皆さん。そろそろ着くんで準備してください」
話の途中、船を運転する黒服が煙草を吸いながらそんなことを伝えられた。どうやら船が島に近づいてきているらしい。
「夏穂、準備しろ」
話に飽きたのかお菓子を取り出して食べている夏穂にそう言う。この腹ペコめ。もしかして俺からの小遣いを全部菓子類につぎ込んでいるのか?
「函君も準備してね」
「了解です! 蓬様」
各自荷物をまとめて船から降りる準備をする。
そのさなか、ふと目にした窓に変な物がいた気がする。やれやれ、海には多くの霊がいると聞くが、あれもその類なのだろうか。遠くでよく見えなかったが、海上に古めかしい服を着た女が、こちらを見て微笑んでいたような……。
私は今変わった名前の島に来ている。
確か名前は霜降り島、じゃなかった。星降り島だったか。
止まっている船から降りて周囲を確認する。港の周囲は野生の鳥ばかりで、人はいないが少し歩いた所に民家が複数見える。しかし鳥が多い。鳴き声で近くでも少し大きな声で話さないと聞こえないだろう。
「おい待てよ八手、一人で先に行くな!」
船が島に着くなり八手は運転手の怖そうなお兄さんに礼を言ってさっさと島へと向かってしまった。
どうも蓬という女と会ってから機嫌が悪い。こいつ、もしかしてこのストーカークイーンのこと嫌いなのか? というかはっきり言って私もこの女は怖いのだ。この前の一件でこの女が苦手になっている。
「あ、荷物も持とうか? その、夏穂ちゃん」
「い、いや。自分で持てる! 持てるから!」
自分も馬鹿みたいに大きな荷物を背負っているのに、私の荷物を持とうとするストーカークイーン! いやまぁ、ストーカーではなかったが。
私の荷物も大量の食料が入っていてパンパンなのに、この女実は怪力なのか? うーむ。非力に見えるのだが、肉食系女子? という奴だろうか。詳しくは知らないがなんだか強そうだから怪力なんだろうなんて思ったが、そうでもないらしい。
私が荷物を持ってもらうのを断ると、悲しげな顔で落ち込んでしまった。もしかして仲良くしたいのか……私と。
「……なぁ、お前なんで八手のためにそこまでするんだ?」
八手のためにそんな重い荷物持って手伝いに来て、怒られても文句一つ言わずに、あんな書き込んだノート持ってきたり、まぁ、八手を好きなのは鈍い私でもさすがに気づくが、どうしてそこまで惚れているのか私は知りたかった。
「え、その、昔、いつも助けてもらったから……だから、これからは後ろじゃなくて隣にいたいんです」
ああ、たぶんこいついい奴なんだな……これでも人を見る目はあるつもりだ。
「私は、天木 夏穂だ」
「え、あの、知ってますよ。その、八手君から聞きました」
「あー、違う。自己紹介のやり直しだ。きちんとしてなかっただろう?」
昔、優一の奴に教えてもらった友達の作り方。きちんと自己紹介をして、こう言うんだ。
「よかったら私と友達になってくれ。蓬」
「……」
「その、嫌か?」
「え、その、あの、私、蓬。季羽 蓬と言います。こちらこそよろしくお願いしますね! 夏穂ちゃん」
なんだか心がくすぐったい。だけどまぁ、あの爺さんの式神の天狗から頼まれてるし、なにより八手の為になりそうだし、頑張ってみよう。
「な、なにがなんだかわかりませんが良かったすね蓬様!」
函の奴にそう言われながら、その場で飛び跳ねそうな顔の蓬。うーむ、こいつ実はむちゃくちゃいい奴なのか?
と、後ろを振り向く、そこには足早に去って行ったのに私たちを待っている八手。ふむ、私達が早く来ないのに怒っているのか、この距離でも機嫌がますます悪くなっているのがわかる。
私たちは顔を見合わせて八手の元に歩いていく。なにだか遠くにいる八手とは対照的にここの空気が和やかだ。
「まったく馬鹿八手、何をあんなに怒ってるんだ」
蓬に聞こえないようにそんな愚痴を吐く。私なりに気を使っての小声だ。
しかし、八手が何故あんなに怒っているのか私は理解できない。蓬のことを嫌っているにしてもどこを嫌っているのだろうか。
「うーん、男はわからん」
昔、優一の奴が「女心はわからないなー」なんて意味のわからないことを呟いていたのを思い出したが、今の私ならばその性別の壁とやらを理解できそうだ。
うん、男はわからん。なので男心は男に聞くことにしよう。
「なぁ函、八手はなんで機嫌が悪いんだ?」
「え? いやー、俺にはちょっとわかりやせんねー」
うーむ、男にもわからないか、仕方ないか、八手の機嫌が少し直ったら本人に聞いてみよう。
「ところでそのー、夏穂さんって、俺より年が上なんですかね? あいや! 女性に年齢を尋ねるのは失礼ってのはわかってるんですがね!」
何故か私に年齢を聞いてあたふたする函、うーむ、じっと函を観察する……江戸の生まれと聞いていたが、江戸っていつのことなんだろう。確か戦国時代があって……あ、私って戦国時代しか知らない。歴史とか超苦手だ。まぁ勉強全般あまり得意ではないのだが。
「いやねー、大体妖怪とかって大抵年月を重ねれば強くなりやすし、こう……なんていうんでしょう。夏穂さんからただならぬ雰囲気を感じたと申しましょうか、実は、かなり強いです?」
ふ、ふむ! 函め。見る目があるじゃないか。そうか、強い奴が大体年上になるのか。だったら私の方が上だな。
「私の方が上だぞ!」
多分! こいつより年下とは思えない。思いたくない。
「なら姉さんって呼んでいいですかね!」
おお、お姉さんか。ふ、ふふふ。そうか、ついに私もそんな風に呼ばれるのか。今まで散々子供扱いされてきたからなんだかうれしいぞ。
「おう、今からお前は私の弟分だ函!」
「了解っす!」
うーん! 人の上に立つというのは責任感もあるが気持ちの良いものだな。
「仲がいいね二人とも」
不機嫌な顔をしている八手に近づく間際、隣で話を聞いていた蓬が笑っている。うーん、笑った顔を見ていたら蓬に芽生えていた苦手意識も無くなった。
こんな風に笑えるんだな蓬は、悪い奴じゃないだろうに……なんで八手の奴は蓬を避けているんだ?
今俺は三匹のお供を連れて鬼ヶ島に来ている。
猿は函か、で雉は夏穂で犬はまぁ蓬だな。まぁそんな冗談を思い浮かべながら本当は日本のどこかにある島を闊歩している訳だが……。
「八手、蓬はすごい学校に通ってるらしいぞ! 学校の中にお店があるんだと!」
「そうか……」
さっきから雉と犬の仲が良すぎる。一瞬だ。一瞬こいつらを船の近くに置いて行っただけなのに人見知りの夏穂と、それ以上に人見知りの蓬が仲良く会話をしているのだ。
「夏穂ちゃんはその、八手君とどれくらい一緒に過ごしてるんですか」
「一年だ。なぁ八手」
「そうだな……」
すぐ近くまで迫った民家を眺めながら空返事をする。二人の話など頭などに入ってなどいない。
まぁいい。二人が何故仲良くなったのかというのは置いといて、今は京極家の家宝探しだ。
「三人とも、俺はこれから現地の人に話を聞いてくるから、まぁ適当にこの島の地理でも調べといてくれ」
「なら私も着いていこうか?」
夏穂が俺について来ようとする。ああ、前にわかれて行動して散々な目にあったからな。
「今回は大丈夫だ。民家の戸を開けたら刀持った忍者なんて出て来ないだろ?」
「……そうだな。少し心配しすぎか」
蓬がなんの話かわからず目を点にしている。まぁ無理もないが、この呆け顔を見るとなんだか何か言いたくなってくる。
「蓬、しっかりしろ。この島なんか変だろ?」
「え、は、はい。薄々とは思っていましたが、なにやら変な気が島の底から感じられると言いましょうか……どうやらこの島の地下に何かがあるようです」
底……か。俺では島のどこかから得体のしれない気が出ているとしか感じられなかったが、俺より気を探るのが上手いらしい。そういえば季羽家は結界術が得意だったが、霊力探知は蓬個人の才能か?
「そうか、ならこの島の地下に通じてそうな場所を探り当ててくれないか?」
「あ、はい! 頑張らせていただきます」
鼻息荒くやる気を見せる蓬、顔を見なくてもわかる。さぞ面白い顔になっているだろう。
「だがくれぐれも無茶はするなよ。入り口を探り当てるだけでいい」
「うん……」
何故か落ち込む蓬。はぁー、いや、理由はわかる、色々と考えすぎる奴だから、自分が信用されてないとか思っているのだろう。
「……」
いい言葉が浮かんでこない。子供の頃俺はこんな時なんて言ってただろうか。
「夏穂、蓬の奴が怪我しないか見ててくれ。よく転ぶからこいつ」
「こ、子供の頃とは違いますよ! よく足を引っ掛けはしますが転ぶまでには行きません。足腰を鍛えたのですよ!」
ああ、こいつ成長の仕方を間違えたのか。ただ失敗を無くすのではなく失敗をカバーする能力を身に着けるとか遠回りしすぎだろう。
「危なっかしいのに変わりないだろ。俺と合流してこの島の地下に行く、いいな?」
俺の意図がわかったのかわからなかったのか、蓬は子リスの様に素早く小さく頷くが元気がない。
「はい……」
その返事を聞いてから俺は三人とは逆方向に歩き出す。今はまぁ、京極家の家宝探しを優先しなくてはならない。
夏穂と函、蓬から離れる。ここからは別行動だ。取りあえず三人が見えない所まで歩き続ける。後ろを振り向かず、ただただ足を動かす。そして五分ぐらいして後ろを見てみる。
「……」
三人が消えていたことにほっとしたが、不機嫌なままの心は晴れてなどくれない。ついにため息などついてしまう。まったく、あの糞爺め、余計なことをしてくれやがって、蓬を巻き込むのだけは嫌だったというのに。
と、暑くなった頭に冷えた島風が当たる。それで沸騰しかけた心も冷めてくれた。はぁ、もう少し落ち着くために周囲の景色でも眺めよう。
「しかし、孤島だな」
舗装されていない地面がむき出しの道。匂いをかげば海風が運んできた塩の香が鼻を染める。
この自然豊かで小さい島では、畑と漁業のみで食料は満たされてるのだろう。
外界から遮断された素朴で無駄が省かれた世界。まぁ、聞こえは良いが文明人の俺からすれば牢獄にも思える。
しかしこんな所に人が住んでいるのだろうか? 民家は確かにあるが近づいて観察してみれば大きな穴が開いていたりしてとても人が住んでいる島には見えない。
「ごめんください。どなたかおりませんか!」
取りあえず近くの民家の戸を叩き大声で呼んでみる。呼び鈴がないのでこれしか方法がないのだ。
畑の手入れはされているのでいるのだろうが。いっそ民家ではなく農作業をしている人に話しかけようか。
「そこの家の者はもう昔に亡くなってしまいましたよぉー」
あれこれ考えていると、背後からゆったりとした声が聞こえた。
最初、泥まみれの服が特徴の、腰がまがったおばあさんがニコニコと俺を今いる家の敷地外から眺めていたのだ。
「どうも、この島の方ですよね?」
「ほぉー、若い方じゃぁ、ほっほ。国の人ですかねぇー?」
少し距離があるので声のボリュームを上げて会話していると、国の人間かと聞かれた。やはり定期的に国の陰陽師がこの島を訪ねているらしい。
「いえ、この島の……京極という名前を知っていますかね?」
島の所有者と言おうとしたが、爺さんでさえこの島の所有権を有しているのを知らなかったので取りあえず名前だけ名乗って相手の反応を伺うことにした。
すると腰の曲がったおばあさんは少し固まった後、閉じかかっていた細目を見開いた。
「あれま……これは本当に、そうかい。あんた、京極の陰陽師様かぁー、いや……それはそれはこんな遠い所にご苦労様でぇ。」
どうやらこちらのことを知っているらしい。しかも様付とは、俺の先祖は一体何をしたんだ?
「少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、いいですともぉ。ですが暑いですから私んとこの家にお招きしますじゃぁ」
炎天下の中、意外にしっかりした足取りで進む老人。体は丈夫なようだ。
老人の後を着いていきながら頭の中の情報をまとめよう。蓬が言うにはこの島の地下に何かあるらしく、今他のメンバーはその地下の入り口を探している。
そして、ここに来る船の中で聞いた当主と女中の恋伝説、一度この人に確認した方がいいだろう。
と、考え事をしているといつの間にかこのおばあさんの家に着いたらしい。木造建築の大きな家だが、中から人の気配を感じられない。一人暮らしなのだろうか。
「あの、この島にはどれくらい人が住んでるんですか?」
「ああー、私一人ですねぇ」
「お一人でこの島に?」
「ええ、皆出てしまってねぇ。私もこの島に骨を埋める気でおりましたがもう少ししたらここを出ていくことに……」
まぁ、さすがに老人一人でこの孤島に住むのは危ないよな。
おばあさんはにっこりと笑ってから戸を開けて俺を招いてくれた。家の中は、まぁ電気が通ってないので電灯など無く少し薄暗いが、住みやすそうな場所ではあった。
「それで京極の陰陽師様やぁ、今回はどのようなご用ですかね? 封印は十年ほど前に一度張り直して貰って暫くは大丈夫なはずですがぁ……」
「……すみません。それは私の両親がしたころだと思うのですが、私はこの島の事情をよく知らないんですよ」
頭をフル回転させて話に着いて行く。この人は俺がこの島の事情を知っていると思っているのだろうが、実際はこっちは一から十まで説明してもらいたいのだ。
「あらまぁ、それは……」
「この島の所有者が京極家の名になっているのは知ってはいるのですが、それもつい最近知ったことでして、少し十年前のころを話してもらいませんかね?」
おばあさんは目をつぶり、思い出すように過去の出来事を話してくれた。
「十年前だったかねぇ。国の人と一緒に京極家の人達がこの島にやってきてくださって、島の地下にある弱まっていた祠の封印をまた強くして頂いたのです」
「祠……ですか?」
「この島には伝説があってねぇ。物凄く昔に島の御当主様と女中が恋をしたんだよ」
船の中で聞いた伝説だ。この星降り島に伝わる伝説、それはどのような物なのだろう。黙っておばあさんの声に耳を傾ける。
「島中の人間が祝福したらしい。御当主様とその女中の結婚式はまるで祭りの様だったそうで……でも、一人だけ祝福しない者がいたそうな」
「……それは?」
「もう一人、女中がいてね。結婚する女中をたいそう恨んだそうで……妬み恨みを孕んだ女は悪霊と化し、最終的に御当主様がその身を捧げその悪霊を封じたそうな」
なんともまぁ、昼ドラの様な話だな。間違ってもこんな話子供の寝物語で語ってはいけないだろう。
「でも、身を捧げても素人が作った封印では悪霊も封じ切れなかったそうね。夜な夜な不気味な女が村人の家を訪ね。生気を奪い封印を破るだけ力を蓄えていたそうな」
「ああ、それでこの島は京極の者が慕われてるわけですか」
「ええ、そんな時、一人の陰陽師様がこの島を訪れ、その悪霊を封印し直した。それがあなた、京極家の方と今まで伝え聞いております」
成程、俺の両親はこの島の祖先の張った結界を張り直したようだ。大分前の京極の当主が結界術に特出していたらしいからその代の俺の祖先だろう。
しかし京極家が基本的に得意とするのは強化結界だけという異端、封印用の結界を造るなんぞ京極に任せず他の陰陽師の方がいいのだが……嫌な予感がする。
「お婆さん。すみませんがこの島の地下に通じる入り口はどこですかね? 今仲間がそこに行ってるんです」
「ああ、それはそれは、この島の中央に付近に神社があってねぇ、そこに地下に通じる入り口がありますよぉ」
この島の中央に入り口があるのか。と、俺はある違和感に気が付く。この老人、なんだか変だ。
「失礼ですが、その旦那を失った女中は他の男性と結婚を?」
「いえー、生涯その人を思い続けたらしいですよぉ」
「子供は……?」
「ああ、それなら生みましたよぉ。その結婚前、御当主様のお子を見に宿しておらしたそうで」
「そうか、ならあんたがその祖先なのか」
老人が目を見開き驚いている。何故自分がその女中の子孫なのかわかったのかと心底驚いたようだ。別に、俺を陰陽師とわかっているならば驚くほどのことでもないのだが。
「あれまぁ、驚いたねぇ、流石は陰陽師様じゃあ」
「大したことでは……別に俺は過去が見れるわけではないので、では俺はこれにて失礼させて頂きます。色々とありがとうございました」
俺は“二人”に頭を下げ、この島最後の守り人の家を出た。
私は今島の中央に来ている。
蓬が島の真ん中から強い霊気を感じると言うからだ。
この島の真ん中は小さい山となっており、今人のてがくわえられた道を上って頂上を目指している。しかし暑い。リュックから水を取り出し口に含む。
「私は霊力を探るのは苦手だからなぁー」
水を飲みながらそんなことをぼやくと、隣を歩いていた函が反応した。
「姉さん、霊力探知苦手なんですか?」
「そうなんだ。八手がそう言ってた」
私は霊力が強すぎるから他の霊力を感じるのが難しいと昔八手が言っていたが、霊力探知ができるようになったら色々と便利なのだろうな。今度蓬にコツでも聞いてみようかな? 向上心がある私偉い。
「ところで蓬は、八手のどこが好きなんだ?」
「へ……」
「あ、いや姉さん、いきなりそういうのを聞くのは」
顔を真っ赤にする蓬とあたふたする函、何かまずったか?
「なんで私が……八手君のこと好きって……」
「いや蓬様。それは見てたらわかりますって」
ツッコミが多い函、こいつはお笑い芸人とか向いているのだろう。
「口うるさいし、パソコンと絵を描くのが趣味だし、なんか揉み上げ伸ばしてるし」
「あ、それ私も気になりました。揉み上げ、昔は普通だったのに、あ、でも最近のアニメのキャラとかあんな感じですよね」
むぅ、アニメのキャラより長い気がするが。なんせ首の付け根まであるしな。やはり目障りだ。いつかあいつの揉み上げちょん切ってやる。
歩きながらあいつについて色々話す。こんなのは初めてだ。
昔から優一の後ろを着いて行って、最近は八手の横を歩いて、それだけだ。
優一の友達とかとも知り合いはしたが、こんな風にあの二人以外に親しげに話しながら誰かと歩くなんてなかったはずだ。
いつも相手から話しかけて、おなかが減ったらこっちからご飯をねだって、そんな感じだった。
「ああそうか。変わったんだな」
私は、変わった。まぁご飯をねだるのは昔のままだが。
「はい! 昔はもうちょっと優しかった気がします」
「む?」
なにやら一人昔のことを考えていたら、蓬が八手の話の続きをしていた。私の独り言に微妙に噛みあっていた会話の返答をしていたらしい。
と、目の前に集中すると、すぐところどころ朱色が禿げた鳥居が目に入った。
「神社?」
どうやら、この島の小さなお山のてっぺんに木々に隠れるようにして、小さな神社が建てられているらしい。
鳥居や他の物を見ると、ずいぶんと長い間手入れがされていない様子だ。
「ここ、嫌な感じですね」
さっきまで暖かい顔で八手への丸っこい悪口を言っていた蓬の顔が変わる。
まるで小さな動物が獰猛な肉食獣に会ったかの様な顔。私もここは嫌だ。なんだか暗い。
「あら、これは珍しいですね」
ぞくりとした。いきなりすぐ後ろから声が聞こえたものだから蓬と私はすぐその場を飛びのく。
「うわぁ!」
函も大声を上げながらワンテンポ遅れて私の方に逃げ飛んできた。こいつ反射神経とかあんまり良くないらしい。
函の体を受け止めながら声がした方を見る。そこには長い髪を結った女の人が立っていた。
この前八手の実家で初雪さんが着ていた動きやすい着物に似ているが、あれよりもより質素な感じだ。
「えーと、ここの地縛霊の方ですか?」
蓬がおどおどしながらそう女の人に尋ねる。うむ、よく見ると顔の血色が良くないし、幽霊なのだろう。というか少し透けてるぞ、この女の人。
「ええ、後悔が有り、この島の地縛霊となってしまった者です……」
女は微妙な半笑いと共に、感情がよくわからない表情でそんなことを口にする。不気味だ。
「貴女方は高名な陰陽師とお見受けしますが?」
「あ、ええーと、そんな立派な者でもないのですが……半人前です」
蓬は陰陽師としての腕に自信らしく弱々しい声でそんなことを言う。私を一目見て自身を下と判断した函のことも考えれば、このコンビの戦闘力は弱いのだろうか?
と、地縛霊と名乗る女はこちらにゆっくりと近づいてきた。
「もし、よろしければ私の願いを聞いてはくれませんか?」
悲しげな顔をしながら近づいてきて私たちを頼ってきた。なんと言うか少し怖い。
「あの、その願いというのは?」
「この島の地下の祠に私の恋人が封印されているのです……昔怪物を封印するためその身を捧げたのですが、幾年の時が経ち怪物は消失……今は思い人だけがあの祠に」
成程、私たちに好きな人を助けてもらいたいのか。
「もしかしてこの島に伝わる伝説の?」
蓬がなにやら考えている。この島に伝わる伝説か、そういえばこの島に来る途中、船の中で蓬に見せられたノートにそんなことが書いてあった。
この地縛霊はもしかしたらその伝説に出てくる登場人物なのだろうか?
「わかりました。その祠に案内してもらえませんか?」
「いや蓬様? 八手さんを待たないでよろしいのですか?」
蓬が目を細めて固まっている。自分の判断が正しいのかどうか改めて考えているのだろう。
それでも考えが変わることはなかったようだ。
「危険ではないと聞いたけど……でも一応函君はここにいて、八手君に事情を説明してくれる? もし八手君が来たら私の元に届けてくれると嬉しいな」
やんわりとそう告げてる。きっと蓬は函を優しい声と一緒のこの笑顔で安心させようとしているんだろう。
まぁ、蓬の判断が間違っていても、「裏」があってもなんら問題はない。ここに私がいるのだから。
「函、お前の主なにがなんでも守る。だから私の馬鹿八手をたしなめてくれ」
「はい、了解っす姉さん」
函の奴が私に敬礼する。哀れ函よ。きっと忠告を無視された八手はすっごく怖いのを知らないな。怪物を相手にするのとあっちなら怪物を私は取る。
「ではこちらに……」
地縛霊がゆっくりとした歩調で神社の奥へと歩いていく。蓬と顔を合わせて意見を合わせる。お互いこくりと頷く、あれに着いて行くことで間違いないようだ。
手を振って見送る函を尻目に私たちは地縛霊の後を着いて行く。すると神社の奥に洞窟があった。
洞窟と言っても天然のものではなく下へ続く階段が作られており、人の手で作られた物らしい。
「懐中電灯持ってきてよかった」
蓬が背負っている大きなリュックサックから災害時用に使われる様な大きな懐中電灯を取り出す。この懐中電灯やスコップと言いかなり用意がいい。もしかしたらロープや木の枝を切る鉈なんかもあれに入っているかもしれない。まるで探検家だ。
暗い階段を下りる。蝙蝠でも住んでるのかバサバサと羽音が聞こえる。
「むぅ」
階段が終わるとそれなりに広い空間に出た。そして奥へとその空間は続いている。
うーん、少しおっかないのでここは会話でもして気を紛らわそう。
「蓬。お前さ、八手が昔何があったか知っているか?」
「え? 昔、ですか?」
なんの考えも無くとっさに口から出た言葉。単なる雑談程度で終わらせる気だったが、妙に蓬の唇が重い。
「そうですね。八手君は、昔から私を守ってくれました」
「ああ、それは聞いた。よく蓬は上級生からちょっかい出されてたって、まぁそれ以上はあいつ話さなかったんだがな」
優一の実家に向かう時は親が死んだところまで聞いて、八手の奴はそれ以上口を開かなかった。
「あいつ、親が死んで、爺さんに引き取られたって言ってたな。それでいじめられたって」
「……夏穂ちゃん。八手君のこと、好き?」
「嫌いだ」
はっきりと言う。私はあいつのこと嫌いだ。口うるさいし。
「でも嫌な奴だなんて思わない。捻くれてはいるが筋は通すまっすぐな奴だ」
「ふふ、好きなんですね」
いや、だから違うのだが。まぁいいか。蓬にくらい心の奥の部分をさらけ出してもいいだろう。
「優一と同じくらい、かな。あいつには黙ってろよ蓬」
と言ってもちょい優一が上なのだが私は八手のことを気に入っている。口うるさいがなんだかんだで一年一緒に過ごした仲だ。
「優一先輩、か……昔、高校生の時にね。優一先輩と八手君が私の通っていた学校に来たんだ」
それは初めて聞く話だ。蓬が高校の時の話なら私が優一の元にいた時の話だな。
「私も、八手君のお母さんとお父さんが死んでから虐められてたの、それが高校の時まで続いて、でも優一先輩が来てからそれがぱったり止まったんだ」
なんと……優一の奴、さては何かしたな。あいつは普段仏みたいな奴だが怒ると本気で怖いからな。蓬に危害を加えてた奴の弱みでも握り脅しでもしたのだろう。
「助けられてばっかり……八手君は昔っから強かった。でも、だから誰にも頼らなかったんだ。八手君も転校先で酷いことされてたの、後になって知ったんだけど……一人で抱え込んだのかな?」
それから、蓬の口が止まる事はなかった。中学の時一度八手の家に尋ねた時、あいつが無理にしているのに気が付いたらしい。そして、高校の時、その時の疑問が確信へと変わったと、八手の中学にいた奴から色々と聞いたらしい。京極 八手は学校や近所から異物として扱わられていたと、特に理由はなかったらしい。両親が死んで感情の消えた人形みたいな奴を気味悪がって、誰が最初に殴ったかなんてわからないがそのまま暴力がエスカレートして、死にかけたらしい。
それからさすがにあいつは地元から離れた寮のある高校に言って、そこで優一と知り合ったらしい。
「それを聞いた時、心臓が止まりそうだった」
蓬はそれで話を閉じた。手を見る。握った拳が固そうだ。
「怒っているのか?」
「私は、いつも八手君に助けてもらってた。なのに一番つらい時、異変に気が付けたのに、何もできなかった。だからね夏穂ちゃん。今を、これからは私はあの人の力になりたいの」
そう言って前方の霊を見据える。まぁ、最初からあんな怪しい奴信用してなくて当然か。
「では、そろそろあなたが何者か教えてくれませんか?」
ぴたりと目の前を先導していた女の動きが止まる。
周囲を見渡す。足場は少し悪いが、広くて戦闘が起きても対処できる。蓬の奴もいろいろと考えているようだ。
「……小娘」
前を向いたまま顔を見せず、呪われそうなほど負の感情を込めた声を発する女、どうやら本性を見せたらしい。こいつは敵だ。
「私、昔色々ありまして、悪意とかそういうのに敏感なんですよ」
蓬がそう言いながら何かをリュックからとり出す、なんだあれ、八手が持っている十手に似ているが少し形状が違う。三つ又で先がとんがっている小さい武器が二つ。これが蓬の武器らしい。
「やい、こっちを見ろ」
いつまでたっても振り向かない女にそう言ってみる。だが女は前を向いたまま。
それから数分、前を向いたままの女を蓬と二人でじっと観察していた。静かだ。近くで蛇だの蝙蝠だの気色悪い動物がうごめいているのがわかるぐらいの無音。
「え?」
そんな声が出てしまった。あまりにもさりげなく振り向いたのか、いつの間にかあの女の顔がこっちをじっと見ていた。振り向いたのか。いや、違う。
振り向いたんじゃない――首が百八十度動いて、顔だけこっちを向けている。
あまりのも不気味さに冷や汗が出た。あんな梟みたいな真似よくやろうなんて考えるなあいつ。
「き、ひゃはははははあはははははぎゃははははあああああああああああああ!」
意味のわからない笑い声と叫び声を上げながらぶくぶくと膨らんでいく女、そして泥みたいなの黒い塊を持つ醜い巨人へと変わった。
「! 悪霊!」
一目見て蓬がそう判断する。一方私はあいつの顔を見ていた。体は全部黒い泥でできているが、顔だけあの泥に埋まっていて巨人の頭らへんからぽつんと出ている。
「すごい霊力。霊力だけで質量があるあんな大きな体を作るなんて……」
蓬は生唾を飲み込み後ずさりをする。きっと本能で勝てないと判断したのだろう。だが私は違う。
「小物が」
そう言い捨てて怪物の顔を見据える。もうあれに人間の意志などない。どうしてあんな怪物になってしまったかはわからないが、あれが犠牲者にしろ加害者にしろあれはもう払うしかない。
「蓬はそこにいろ!」
「え、夏穂ちゃん!」
驚く蓬を安全な場所に残し、私はあのデカ物に単身走る。
「何をしてるの!」
後ろから蓬の怒った雰囲気の声が聞こえる。ああそうか、蓬は私の力を知らないんだったな。なら見せてやる!
「蓬! お前が想う奴の式神はな!」
右手を相手に向けながら走る。いいか。力加減を間違えるなよ私。
「物凄く――!」
周囲が一瞬で明るくなる。それもそのはず、私が「力」を解放したからだ。
黒い炎、私が生み出す攻守一体の攻撃の一つ。それは燃やしたものを吸収し、自身の力へと変える炎! それが洞窟の壁をまるで蛇の様に這いまわっていた。
「強いんだぞ!」
解放した力を一気に悪霊へと向ける。洞窟を張っていた黒い炎は悪霊に向かい一気に収縮し、体を燃やし尽くす。
「ぎゃあああああああああああああああああ」
悲鳴声を上げながら暴れる悪霊、だがそのデカい体はみるみるうちにしぼんでいき、ついには無くなってしまった。
「ごちそう様」
「……」
蓬の奴が唖然としてこっちを見ている。言葉が出ないと言った様子だ。
「どうだ蓬! すごいだろ!」
誇らしげに胸を張る。いやぁ、莫大な霊力を取り込めたのと、久々に暴れたから気分がいい。
む、ちょっと待て、やばい。
「蓬! 後ろだ!」
いつの間にかさっきの悪霊が蓬の後ろに立っていた。体は相変わらず黒い泥みたいで気持ち悪いが、普通の人間サイズ。
もしかしてあの体を切り離してとっさに逃げたのか!
「まずい!」
手を蓬の方に向ける。いや駄目だ! 同手加減しても蓬を巻き添えにしてまう。
「蓬!」
蓬もようやく悪霊の招待に気が付いたのか、慌てて構えるがもう遅い。すでに悪霊は蓬に飛びかかろうとしている時だった。
「っ、強結展安(きょうけつてんあん)!」
目が丸くなる。悪霊の頭が吹き飛んだのだ。
いきなり現れた八手がいきなり悪霊の頭を腕でぶん殴って吹き飛ばしたのだ。というかお前どこから出て来たんだよ!
「八手!」
「八手君!」
蓬と二人して我があいつの名前を叫ぶ。だがそれには反応せず、悪霊をぶん殴った八手は黒い泥が付いた腕をぶんぶんと振り回し気持ち悪そうにしていた。
「おい……お前らぁ!」
と、嫌な空気を感じ取った。これはあれだ。八手が隠しておいたおやつ食べた時と同じだ。
「先行するなって、言ったよな?」
あ、やばいぞこりゃ。血管が浮き出てやがる。マジ切れだ。
八手の野郎が鬼みたいな顔してやがる。ちょっと奥で函の奴がビクビクと怯えてやがる。どうやら八手の怖さを思い知ったらしい。
「おい夏穂!」
「あ、あの八手君! これはね。夏穂ちゃんは悪くないの!」
仲裁に入ってくる蓬。いや無駄だって、一回沸点の超えたこいつは誰が何を言っても……。
「……」
あれ、なんか様子がおかしいぞ。いつもなら誰かの仲裁なんて放っておくのに、無言のまま怖い顔つきが少しだけましなっていく。
「……くそ、説教は後だ」
くるりと蓬から体を反転させ、向きを変える八手。どうやら後ろのあれがまだくたばっていないことに気が付いたらしい。
「うぅ…あああ」
うめき声を上げながら人ならざる体でもがき苦しむ悪霊。八手の顔面へのパンチがよほど聞いたのか、私の炎に霊力のほとんどを吸われたのか、消えかけだ。
「まったく、俺の両親はどんな封印をしたんだか、お前が出てきてるってことは封印は破られちまってるってことだな」
八手の呼びかけに悪霊は答えない。真っ黒に染まった目で八手の方をただじっと見ながら苦しそうな声を上げるだけだ。
その顔に人間らしいものは無い。まるで仮面だ。しわも、鼻の穴無く異質な目と口が付いただけの顔。なのに、しわがれた老婆の様に私には見えた。
「あんた。この島の領主を愛していた女中の片割れだな?」
その言葉に悪霊がピクリと反応し、黒いドロドロを流しながら言葉を放つ。
「私は、あの、男を、あ、い……してなど、いない」
「……なら何故、結ばれた方の女中を恨んだ?」
なにやら事情を知っているのか、八手が次々に女に質問していく。それにただ、たどたどしい言葉で答える女中。
「この島に、生まれたくせに、私となんら変わらない。外になど行けない女のくせに、幸せそうに、笑っていた……可笑しい。変だ。不平等だ。理不尽だ」
たどたどしかった女の言葉に力が宿っていく、怨念の籠った言霊が耳の中へと入っていく。
「どうして? 私となんら変わらないあの女が幸せで! 何故私のみが朽ちるのを待つ! 憎い! 恨めしい! あの女は全てを持っていて! 私は何も持っていない!」
「嫉妬か。この島の当主を愛してもおらず、ただ自分とさほど変わりのない女が幸せに身を置くことを良しとできなかったと?」
八手が目を細めて女を見据える。軽蔑、ではない。あれは憐れんでいるのだろうか?
「変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ変だ」
壊れたおもちゃの様に同じ言葉を繰り返す悪霊。気づけばしわの無かった顔に生気が宿り、美しい女の顔を作っていた。
「何故私は外へと羽ばたくことも、籠の中で幸福になることすらできなかったんだ?」
目に涙を浮かべ、そう訴える悪霊、いや、女。八手は迷うことなく服の裾から十手を取り出した。
「そうだな、生きてるうちに、島から出る勇気も、誰かに告白する勇気も、出せなかったんだろうと、俺は思うぜ」
そして、その十手で、人の顔に戻った女を、迷いなく叩き割った。というよりも両断した。
弱い風が頬撫でる。それと同時に、女の体は塵となり消え去っていた。きっとあの女に止めを刺した八手の手にはなんの反動もなかったのだろう。
もとより存在が希薄になった霊を殴るなど、空を切るのと同じことなどだから。
いや待て、まだ八手の後ろに女がいる。あの悪霊、祓えたと思ったがまだしぶとくこの世にしがみついているのか。
「八手!」
「馬鹿夏穂、よく見ろ。この人は違う」
一瞬言葉の意味を理解できなかったが、目を凝らして女を観察するとその理由がすぐに理解できた。
違う。さっきの悪霊ではなく別の幽霊だ。一体あれは誰なのだろう。
「ありがとうございます。京極の陰陽師様」
「いや、京極の家の者としてお詫び申し上げます。私の親がいい加減な結界を張り申し訳ございません」
深々と頭を下げ女に謝る八手。話は飲み込めないが八手はあの女の正体を知っているらしい。
八手の隣で立っている蓬も、状況が呑み込めないのか女の方と八手を交互に見ているだけだった。
「失礼ですが、ここに船で来る途中お見かけしたのは貴女でしたね」
「ええ、これでやっと、私の夫と親友を助けられると喜び、我が子孫の元を離れ、早々と貴方様の姿を拝見しに行ったのですが、初めから私の正体にお気づきで?」
「買い被りすぎです。あの老人の家を出る時に貴方があの老人の後ろに憑いているのを確認した時に確信したのですよ。ずっと子孫の守護霊を務めながらこの島の行く末を見届けているのですか?」
八手と女は丁寧な言葉を交わす。あの女はまさか、この島に伝わる当主と恋をした女中なのだろうか?
女中はにこりと八手にやさしい笑みを浮かべ、この洞窟の奥へと歩いていく。それを無言で追う八手。
「そうですね。ですが、それももう終わりのようです。実に長かった」
洞窟の奥へとぐいぐい進む二人。仕方なく私と蓬はいつまでも放心している函を引っ張って二人に着いて行く。というかいい加減に函の奴立ち直れよ。一体八手に何をされたんだ?
と、明かりが降り注ぐ場所を見つけた。この洞窟の奥は天井が抜けていて、いくつもの水たまりと一緒に、ぽつんと小さな祠が設置されていた。
神秘的な風景だ。優しい闇しかなかった道の一番奥に、日の光に照らされた祠。その前に、三本の長武器が突き刺さっていた。
「やはり半端な封印を施したようだな。あの悪霊に無理やりこじ開けられた形跡がある」
そんなことを言いながら長武器を一本ずつ抜いていく八手、薙刀、槍、そして斧。あれが京極三長柄(きょうごくみつながえ)と呼ばれる京極の家宝らしい。
「強力な武器を差し込んで作った応急処置の結界なんてすぐに破られるだろうに」
と、八手が女中の方を見てから、祠の方を指さす。
すると女中は驚いた顔をしてから、ゆっくりと鳴きだしそうになりながら微笑む。
「ああ、お会いしとうございました」
八手のすぐ隣に女中が、涙を浮かべ喜んでいた。気づけば、祠の隣に男が立っていた。
「私は京極家の者です。ご安心を、すでにあの悪霊を祓いました。長い間悪霊と共に封印されていた貴方の使命はここに終わったんです」
八手が男にそう告げ、お辞儀をする。その最中に女中は男の元に駆け寄り、女を抱きしめた。
ああそうか、あれは再会だ。見ればわかる。あの二人はずっと離れ離れだったんだ。
「長きにわたり、ただあなたのみを想うておりました」
女は、長年口にしたかった言葉を口にしたのだろう。
「ああ、俺もだ。封印にこの身を捧げ、長い年月の中、ただお前の身だけを考えていた」
男は、長年思っていた言葉を口にしたのだろう。
二人が光に包まれ消えていく。これはある意味悲劇だろう。やっと再会できたのに、二人はすぐに成仏してしまうのだから。
だけれど、一瞬だけの再会だったとしても、あの女中と当主の顔に悲しみなど無く、ただ自我の消える最後まで嬉しさで心満たされていたのだろう。
そして、二匹の蛍みたいな光の玉を残して、二人は完全に消え去った。なんと綺麗で、悲しい再会なのだろう。
とまぁ、私が柄にも感動していると、八手がじとっと私と蓬を睨みながら近づいてくる……説教タイムの始まりらしい。
こうして私たちは八手に仲良く一時間近くグチグチと説教されたのでありましたとさ、めでたしめでたし。
今俺は星降り島の浜辺でボケっとしている。
時間帯は夕暮れ、悪霊を祓い女中の霊と島の俺の親による京極三長柄による封印で祠に閉じ込められていた当主の再会を見届けた後、蓬と夏穂に説教してからここに来たのだ。
まったく、俺と同伴してから島の地下に行こうと言ったのに勝手に二人で悪霊に着いて行って祠に行こうとするなんて、何を考えているんだか。
しかしまぁ、誰も怪我することなく悪霊払いが終わりほっとしているところだ。思ったより家宝を早く入手できたので迎えの船が来るのはどうせ明後日の朝、時間は有り余っている。この島最後の住人であるあのおばあさんの家に泊めてもらえることになったので、その間今後のことでも考えるとしよう。
「八手君」
後ろから声がした。俺は振り向かず返事をする。
「説教の続きを受けに来たのか? 蓬」
「違うよ……その、えーとね。あれ、何しに来たんだろう私?」
もし夏穂がそんなこと言ったら知るかとツッコミを入れるところだが、俺は無言で聞き流す。
「……ごめんなさい」
「なんで謝る?」
「だって八手君怒ってるし、ずっと機嫌悪かったでしょ」
そりゃあ、怒るに決まっているだろ。
「当たり前だ。お前ら勝手に先行しやがって、今度危ない真似したら許さないからな」
怒気を込めて忠告を口にする。そういえば説教はしたが理由は聞いてなかったな。
「そうじゃなくて、その、朝からずっと、夏穂ちゃんもずっと八手君怒ってるって思ってたって言ってたよ」
「いやまぁ、確かに朝から怒っているが……それは」
……ちょっと待て、こいつ勘違いしてるな。
「俺が怒ってんのはお節介なあの糞爺だ。お前じゃない」
と、何故か蓬の奴から返答がない。しかし俺は後ろを向かない。というか向けない。向きたくねぇ!
「だ、だって! 八手君ずっと私の顔まともに見てくれてないし! わ、わかり難いにもほどがありますよ! 私に怒ってたんじゃないんですか!」
いきなり蓬が大声を上げる。いやわかり難いって……俺わかり難いか……あ、いや、冷静に考えたら確かにわかり難いかぁ……俺こんなにコミュニケーション能力が低かったけか? いや、でも仕方ないだろう――だって、お前の顔、まともに見れる訳ないんだから。
「それは……なぁ! それはー、だな。」
あーくそ、駄目だ。久しぶりに会って恥ずかしくて顔をまっすぐ見れないなんてとてもじゃないが言えない! ああくそなんだそれ自分で言うのもなんだが気持ち悪いぞ俺! 中学生か!
……と、熱くなった頭を冷やそうと冷静になろうとしたら、俺が今日あの悪霊に言った言葉がふと頭に浮かんだ。俺はあの悪霊が勇気がないからお前は不幸だったと告げたのだ。なのに俺は今その勇気をまったく出せていない。
そういえば、俺はこいつを疎遠(そえん)にしてからどれくらい時間がたったのだろうか。自分が情けなくて、こいつに合わせる顔が無くて、なんとなくこいつとの接触を中学の時から避けてきたんだ。だけれど、それはいつまで続ければいいのだろう。
「俺は……」
確かに幼い頃の様にどんな奴からでもこいつを守る自信なんてもうなくなってしまった。でも、もういい加減……勇気を出す時なんだろう。他人にあれだけ偉そうなことを言ったのだから、俺も勇気を出さなくてどうする。
「恥ずかしかったんだよ……いや、待て、さっきのは取り消せ!」
くそ、我ながらまっすぐ過ぎた言葉を訂正するが、時すでに遅し、後ろで蓬の息が詰まった声がする。いかん。体が熱い。顔から火が出そうだ。
「だぁーもう! 隣に座れ。話したいことがある!」
二人きりの浜辺で自分の横にある砂を想いっきり叩きながらそう促す。もうこうなったら自棄だ。蓬と一対一でとことん話してやる。
「え、でも」
しかしそんな俺の一代決心を否定する蓬、何を戸惑ってんだよ。少し頭の血が沸点を超えてしまう。
「でもじゃねぇだろ! どうせ作業着を着てんだから――」
そこでやっと俺は振り向いて、蓬の姿をまともに見た。
着替えていた。最初俺の部屋に尋ねてきた時の格好で、女の子らしく長いスカート履いて、袖の短い白いシャツを着ていた。
「……その、悪い……勘違いしていた」
頭に昇った血が心臓へと帰っていき、そして変わりに俺の心拍数上がっていく。
「ここいい?」
そんな確認をしてからいちいち座る蓬。まったく、俺が座る様に言ったのに……いや待て落ち着け、今の俺は冷静じゃない、取りあえず落ち着け、なんかえーと、相手を気遣う台詞を言うべきだ!
「服、あんまり汚さないようにしろよ」
似合ってるとか言えないのか俺! なんで俺こんなにぶっきら棒なんだ!
「いいの。私お洒落とか苦手だからそういうの気にしないし、お尻に砂着くだけだよ」
何が嬉しいのか、少し朗らかに笑って見せてからこじんまりと体育座りをする蓬。さて、何を話したものか。
「そういえば八手君、夏穂ちゃんってなんの妖怪なの?」
俺が話題を探していると夏穂のことを聞いてくる蓬、ああそうか、こいつ夏穂の力を見たらしいな。
やたらデカかった悪霊の霊力を一瞬で吸収したとかなにとか説教の時に聞いた。
「あいつはそうだな。妖怪でじゃない。見た通り桁違いの力を持っている……」
そこまで言って言葉を止めた。あいつの正体を言うのを止めてしまったのだ。蓬に限ってそんなことはしないだろうが、あいつの存在を知ると今まで通り接しづらくなるかもしれない。二人にはなんだ、せっかくだし仲良くして欲しい。
ということで話題を変えてみる。そうだな、こいつの式神についてがいいだろう。
「それより函だ。あいつの能力なんだよ。反則じゃねぇか」
「あ、うん函君ってすごいんだよ。絶対に届ける能力ってすごいよね」
そう、あの飛脚が持つ挟み箱の九十九神の能力は夏穂とは別の意味で桁違いの力だった。
俺が慌ててこの島の山の頂にある神社に行くと、呑気に座って俺を待っていた函の胸倉に掴みかかったのだ。
そのまま「あいつらはどこに行った」と聞くと、怯えた顔の函は「いや、すぐに蓬様の元まで届けますんで」と言って自身の能力を使ったのだ。
限定はあるが瞬間移動、俗に言うテレポートを奴は使える。誰かに何かを届けるという条件で、距離に関係なく一瞬で移動できるのだ。
「飛んですぐにお前が悪霊に襲われるところを見て、慌てたが……間一髪間に合って良かったぞ」
「えへへ、自慢の式神です」
我がことの様に自慢してくる蓬。こいつが何かを誇るなんて珍しい。
「あんな式神とどこで出会ったんだ?」
「中学の時、お爺ちゃんがお仕事をしてる時に雇い主さんの蔵で見つけて連れ帰って来たんです。で、そのまま私の式神になりました」
そう言いながら顔を夕日で赤く染めた蓬が海に沈んでいく太陽を眺めている。
思えば、こいつとまともに話したのはいつだったか。
俺の両親が死んだ日、俺より泣いていたこいつの頭を撫でたっけか、俺も泣きたかったがこいつを見たらぐっと涙を堪えていたんだっけ、まぁすぐにそんなやせ我慢は限界を迎えてしまったのだが、あの時の会話は確か――。
「また泣いてんのかよ。お前は、本当に泣き虫だな」
隣を見ると、泣いている蓬の顔があった。いつの間にか親の葬式の時と同じ言葉を俺は口にしていた。
「八手君……私は……」
優しい海風が吹く中、夏穂の消え入りそうな声が聞こえる。聞き逃さないように耳を澄ます。
「ずっと……貴方のためになりたいと、でも、私は、邪魔、なん……ですか?」
「そんな訳ないだろう」
消え入りそうに小さく、震えた声に即答する。昔っからこいつは馬鹿なことを考えすぎだ。
「なんだ……俺はずっと遠回りばっかりだったが、今日からは少しましな道を選べるようだ」
そして、それ以上に馬鹿だった俺は、こいつの気持ちなんてこれっぽっちも考えなかったんだ。
こいつは、俺のことをずっと気にしててくれて、考えてくれてて、でも俺は遠ざけて、そんなことでこいつを守っていた気になって、実際は俺自身だけを守っていて、つくづく俺は身勝手だったんだ。
でも、これからどうしていいかわからない。今の俺の状況は、やばい奴に喧嘩を売り回って、命をかけて戦う。巻き込めない。でも俺はこいつと離れたくなどない。
もうこんな機会来ないかもしれない。次があるなんて甘い考えなんて容易に呑み込めない。
「なぁ、蓬、これからちょくちょく会えないか?」
「え?」
「昔みたいにって訳じゃないけど……」
今までの時間を、いい加減止まった時計を動かさないといけない。
「うん……いいよ。私も、八手君と会いたい」
暖かな、心に溶ける様な返答がそこにはあった。
ああもう駄目だ。すでに恥ずかしさは限界だ。コレイジョウ、コトバナンテデマセン。
「雪?」
蓬の声に、ふと空を見上げる。確かに上空から雪の様な何かが降り始めていた。
「これは、霊力の玉?」
振ってきた物を手にしてこすると、それが霊力でできていることがわかる。どこからこんな物が?
「八手君、島の山を見て」
星降り島、なるほど、そういうことか。
この島の山の頂上から大量の霊力が噴出して、まるで霊力の噴火だ。それが降ってくる途中、小さな玉となって雪の様になるのだ。
「この島の下に霊脈があるのか……それもかなり強力な、そこで余った霊力がこうやって噴出してるのか」
「すごいね八手君。学者さんみたい」
いやまぁ俺もただ仮説を立てただけだが、しかしそれなら辻褄が合う。
何故国が京極の所有している管理しているのか、それはこの島の下に強力な霊脈が存在し、霊力がある程度貯まったら噴出するからだ。
この島ならば大規模な陰陽的儀式も少人数で展開できる。
「俺の祖先が何でこんな島を購入するか今わかった……」
こんな島世界を探しても数はない。陰陽師から見れば宝の島と言っていい。しかしそんな島を保有していると横槍が入るようで、国の陰陽師がちょっかいかけてきたのだろう。だから京極家が所有していて、国が管理しているなんてややこしい状況になっているんだろう。
「こりゃ、後から国に何か言われるかもな……」
いくら京極家に所有権があっても価値が価値だ。今までこの島についてうやもやになっていたと思うが、今回の件で色々と国に難癖つけられるかもしれない。
「綺麗……」
色々と問題が浮上して頭を抱えていたが、隣にいる蓬を見たらどうでもよくなった。
まぁ、確かにこの光景は綺麗だ。光り輝く星が降ってくる様で、これがこの島の名前の由来なのだろう。
「はぁ、さてと、これから忙しくなるなぁ……」
先のことを考えても憂鬱になってしまう。仕方ない。隣で目を輝かせているこいつでも眺めていよう。
俺の鎖に絡まった歯車が錆びを振り落としながら動き出す。歪な音を上げながら、それでも力強く、しっかりと、久々に動いた。
もう止めるつもりはない。止めさせるわけには行かない。
俺は、先へと進む。
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