第三話「実家」
「よく山とかで私有地につき立ち入り禁止ってありますよね。私子供の頃そういう場所に侵入したんですよ」
「不法侵入だ。犯罪自慢? スレ違うから」
「いやいや子供の頃ですから。で、そこで天狗を見たんですよ」
「TE、N、GUキター!」
「それだけならまぁ別に盛り上がる話じゃないんですけど、後日その私有地で同じ年くらいの子供が平然に出入りしてたんですよ」
「その子も妖怪だったんだ!」
「あーいえ、同じ学校に通ってる下級生だったんですけどね? 学校でよく調べてたら両親が死んで転校して来たらしいですよ。でまぁ暗い性格で虐められて友達がいなかったんですけど、私なら怖くて虐められなかったなぁーって子供ながらに思ってたんですよ」
「いや、何が言いたいの?」
「だって、そこに住んでるなら、その子、妖怪が友達じゃないですか。もしその妖怪がその子の敵討ちに来たら怖いでしょ?」
――ある日のオカルト版より。
今俺は実家に帰省している。
普段住んでいる町から、電車で約二時間田舎に移動すると山近くに大きな武家屋敷がある。
京極家は戦国の世から続く陰陽師からの家系で、厄介な妖怪退治を幾度と引き受け巨万の富を得たとかなんとか、その結果がこのやたらとでかい屋敷であり、俺の実家という訳だ。
家もそうだが敷地も広大で、屋敷が見えない位置で私有地につき進入禁止の看板があったり、後ろの山三つ丸ごと敷地だったりと無駄にでかい。
そして俺たちは今その無駄にでかい敷地を徒歩で移動中なのである。
「まぁ、涼しいのはいい事だが……」
敷地のほとんどが森で、真夏でも涼しいのはいい。まぁ蚊が多いのが難点だが、ここは人の住む場所というよりも彼ら自然の生き物の住処なのだから、あまり文句は言ってはいけないのだろう。
前方にでかい門が見えてきた。あの門をくぐればこの先玄関まで二十分あるのだから、たまったものではない。
「夏穂、着いてきてるか?」
「うん……いるぞ」
後ろから元気のない返事が聞こえる。どういう訳か爺さんが今朝電話で何泊かできる荷物を用意しろと言ってきたのだ。
まったく、大荷物で何キロも歩かされるこっちの身にもなってほしい。
「八手……ここ何かいる」
と、後ろから夏穂の呼び声、辺りを警戒している様子だが俺は当たり前だと言わんばかりに先を急ぐ。
「当たり前だ。俺の実家だぞ」
陰陽師の家の敷地内にその式神がいてもおかしくはない。とはいえ俺の家は度が過ぎているが。
夏穂が先ほどから疲れた表情をしていたのに足早に俺に近づいてくる。
「なんだ怖いのか?」
怯えているのか俺にぴったり寄り添ってくる夏穂、強力な力を持ってるくせに心霊番組とか見るとトイレに行けなくなるのがこの夏穂という困った相棒だ。
そんな怖がりな夏穂は無言のまま周囲を警戒したまま俺から離れない。
「おいおい、入院してた時爺さんの所に泊まってたんじゃないのかよ」
「違う。でっかいビルがお前の実家だと思ってたがあれはお前の家じゃなかったんだな」
おい、糞爺が高級マンションを買った覚えはないぞ。
「スイートルームって所で寿司とかピザとか美味しい物がいっぱいきたもんだからお前贅沢な子供時代送ってたんだなぁーと思ってたけど違うんだな」
ははは、そんな馬鹿な、そのお金は君と俺で稼いであの爺さんにむしりとられた稼ぎだっつーの。
「あと爺さん豪遊するとか言って夜出かけてた」
よしコロス、あの爺さん一度締めないとな。というかマジでろくでもない金の使い方してたなあの爺さん。帰ったら灸をすえてやろう。
「八手、さっき変な生き物いた」
夏穂が木の上の方を見ていちいちそんな報告をしてくる。
小川を見れば河童みたいなのがこっちを見てただの、草むらを見ればでっかいネズミが何かを食ってただの、いちいち騒がしい。
「別に襲ってきたりしねぇよ。昔からよく遊んだ奴らだし友達みたいなもんだ」
まぁ中には俺に危害を加えてくるのもいるが、それも悪戯程度だ。
と、それを聞いた夏穂が意外そうな顔をする。
「お前友達いたのか?」
「失礼な奴だな!」
む、夏穂の野郎、小ばかにした顔ではなく真顔でそんなこと聞いてきやがった。
これは本気でこいつは俺に友人がいないと思っていたらしく、本気で驚いている。
「まぁ……小学生の友人は確かに少なかったが」
「何人?」
「……一人」
「……ごめん」
「おい……なんで謝るんだよ」
夏穂の野郎、笑ってないぞ。
そこは笑った方がこっちが救われるのだが、ちなみにその一人というのが先日俺を訪ねに来た蓬であるのは黙っておく。
昔、両親が死ぬ前の話だがこことは違う小学校に通っていた時に蓬と仲良くしていたが、両親が他界して糞爺に引き取られてからここに引っ越したのだ。思えばここは近所の人か幽霊山と噂され、小学生の時も誰も怯えて話しかけてこなかったものだ。
まぁ、その代わりにここの山に住む妖怪、爺さんの式神どもとは仲良くなったなぁ、朝起きて学校に行く時はこの長い道のりを途中まで乗せて送って貰ったりもしたっけか。
「今思えば、捻くれたガキだったよなぁ……俺」
人なんて全然信用しない。帰り際石を投げつけてきた同級生も、それを善意ではなく俺に係わること自体に注意をした近隣住人も、遠回しに俺を厄介者として扱っていた担任も、別に周りのせいにする気はちょっと……あるな。人間不信な子供だったのを思い出した。
宿題をやってきたが、机にしまっておけば隠されてしまうのでランドセルの中に提出までしまっておいた。さぁ帰ろうか、しかし帰りに体格の良い上級生が前、数人待ち伏せていたから今日は遠回りして帰ろう。ああまったく、人間より妖怪の方がよっぽどましだと当時思っていたなぁ。
今は妖怪も人間もゲスな奴はゲスだし、いい奴はいい奴がいると思っているのだが……。
「ん? 今も捻くれてるだろうお前」
俺の独り言にいちいち反応する夏穂。
「というか、子供時代も今と変わらなかったのか?」
俺の子供時代に興味が湧いたのか、そんなころを口にする夏穂。まぁこのまま無言で歩くのもなんだし、少し話してやるか。
「そんなことはねぇぞぉ、背はちっこかったし声だってもう少し可愛げがあったぞ。それにランドセルを背負っていた」
「むぅ、ん? いや、そんなのは当たり前だろ!」
何故か一瞬納得しかけた夏穂が怒る。うん、あのまま納得されたら俺が怒っていたところだ。俺にも外観的に可愛らしかった時代はある。
「そうだな。俺も元々こんな性格はしてなかったな、両親が生きてた頃はもう少し、絵に描いた様な悪餓鬼だったよ」
よく悪戯をして人の気を引いたり、汚い言葉を使ってわめいたり、発売された新しいゲーム機を欲しがったり、そこら辺の子供だった。
「あの、蓬とか言う幼馴染は?」
はぁー……あまりそこら辺は話したくないのだが、一人しかいなかった人間の友人がそいつとばれる。というのは冗談であいつとのことはあまり話したくないのだ。
まったく、最近大学で話したばかりだというのに、まったく嫌なことは連続して起きるものだ。
「あいつなぁ、蓮華の祖父と糞爺が友人ということで昔遊んでたんだよ。本当に小さい頃から」
よく覚えていない時から遊んでいたのが蓬という奴だ。
「昔っから泣き虫で引っ込み思案で、目を離したらすぐに人間妖怪問わず変なのに絡まれてて」
「変なの?」
「まぁちょっと悪そうな上級生とか、男女問わず」
少しつつけば泣き叫ぶ姿が面白かったのか、よくあいつはいじめっ子に狙われていた。
その度に俺がそいつらを追っ払っていたから、同級生の男子にはからかわれたものだ。男子小学生において恋愛というのは基本恥ずかしいことで、女の子と帰り道を一緒にしただけでからかわれる運命なのだ。
「まぁ、両親が死んで爺さんに引き取られてから……」
守れなくなってしまったのだが。
「そうなのか」
夏穂はそれでなにか察したのか、それとも俺が辛く感じていることを感じたのかその一言で黙り込んでしまった。
まぁ、夏穂がそうしてくれるなら俺はこれ以上語らないが、そしてそのまま無言のまま実家の玄関へと到着してしまった。
「ただいまー」
呼び鈴も押さず玄関から家の中に入る。すると慌ただしい足音共に玄関まで誰かが走ってくる音が聞こえた。
「お帰りなさいませ八手様、泰士様なら自室におります故まずはそこに」
「ああ、久しぶり、初雪」
と、後ろにいた夏穂がなにやら驚いている。一体何に驚いているというのだろう。
「あの美人は誰?」
なるほど、初雪さんが美人で驚いていたのか、確かにあんな綺麗な人が目の前に突如現れれば驚くか。
「爺さんの式神の初雪さんだよ。雪女の」
「妖怪なのか……人間かと思ったぞ」
「いや、この家に住んでいる人間は糞爺くらいだっての。他は皆爺さんの式神だ」
人間と見分けのつかない妖怪は結構いるらしい。まぁ妖怪としての霊力を隠していればの話だが。
「まぁ、普通に見るだけなら見分けがつかないのがいるがな」
陰陽師など、霊力を感じ取れれば人間の見た目をしている妖怪でも正体を見破れるのだが、夏穂は霊力を感じることが難しい。
優一先輩から頂いたあの拘束具の様な服を着ていてもなお、夏穂は自身の有り余る力に悪影響を受けているらしい。
拘束具以外にも、霊力を抑えるネックレスなんかもつけているがまったくこいつは規格外にもほどがある。
「さてと、なにしてんだ上がれよ」
玄関先でたじろいている夏穂、何をしり込みしているのだろうか?
「……」
無言でゆっくり靴を脱いで恐る恐る家へと入り込む夏穂。
「なんで緊張してんだよ」
「別に緊張なんかしてないから」
なぜそこで意地を張るのか、やはりこいつはよくわからん。
「俺はこのまま爺さんの所に行くが、お前はどうする?」
あの糞爺との話し合いは長くなることだろうし、こいつは退屈するだろう。一応気を使って聞いてみる。
「うん。そこら辺を探索する。私あの爺さん苦手だ」
意外な返答をして腹ペコ夏穂が本能的に察っしてか、台所がある方に消えていく。
うーむ。あいつ爺さんから色々と食い物を貰ってたはずだよな。あいつは基本食料を与えてくれる人間は善人と判断するのだが、そうか、爺さんのこと苦手だったのか。
しかし爺さんもいい加減夏穂を甘やかしすぎだ。俺が入院している間に偉く贅沢させたようだし、注意しておこう。
「しかし……」
なんで夏穂はあの色々と甘やかしてくれる爺さんのことが苦手なのだろうか?
今私は八手の実家を散策している。
新天地の探索は心躍るというか、和風な屋敷は私にとって目新しく興味をひかれる。
確か優一の友人が同じ感じの家に住んでいたような気がするが、詳しくは知らなかった。
障子、うんこれは確か穴をあけてはいけない奴だったな。悪戯をすれば怒られるのがこの世の摂理なのである。
「お!」
と、台所を発見。長い時間歩いていたのでおなかは準備オッケー。なので台所で用事をしている誰かを探しているのだが。
「……お前ここの主か?」
なんかこの台所の味のある土壁に張り付いている丸い何かに話しかける。
ふわふわと綿毛の様なものに適当な顔がくっついている。カビ? こいつはカビの妖怪か何かなのか?
「うーむ? 触ったら、ばっちいかな?」
「あら、あなたは」
すると後ろから話しかけられた。
さきほど私たちを出迎えてくれた初雪さんだったか、綺麗な顔立ちと、雪の結晶が描かれた着物と白い肌とあまりにも名前とあっていたので私でもすぐ覚えれたようだ。
「あの、ここを任されている人、というか妖怪を探している、のですが」
慣れない敬語で質問してみる。なんでかこの人には敬語を使うべきだと本能で理解した。この物静かそうなタイプは怒らすと本気で怖いタイプだというのはすでに私は経験済みだ。そう、あの蓬とか言う八手の幼馴染で。
「それでしたら、この屋敷の家事を任されているのは私です。ですが何分広いお屋敷ですので他の妖の手も借りますが、何かわからないことは私にお申し付けください」
なるほど、この初雪さんがこの家のメイド? だったか、うむ。そんな感じの存在なのは理解した。
初雪さんは手際良くやかんに水を入れ火にかけ、お茶っぱとおぼん、湯呑みなどを準備する。
かなり手馴れているというか、この魔境というか、田舎の奥地に建設された屋敷によく客が来るとでもいうのだろうか。
と、ここで黙っていても仕方ない。私もいい加減腹の虫が鳴りそうだ。
「あの、食料下さい」
「しょ……えーと、あ、八手さんからお茶を取ってくるよう頼まれたのですね?」
あれ? なにやら変に誤解されてしまった。
「いや、あのー八手からは自由にしてくれと言われたので取りあえずなんか食べ物をと……」
うーむ、何故か初雪さんが目をぱちくりさせている。私は何か変なことを言ったのか、この立派な屋敷は見た目に反し、私たちの家同様、食糧事情が厳しいというのだろうか。なら遠慮をするべきかな?
「あの、八手様の使いでは……あ、そうでしたね。あの方は昔からそう言うお方でしたね」
「ん?」
どうやら勝手に納得したようだ。こちらもどう説明していものか悩んでいたところなので正直助かる。
「八手様は今も妖には偏見をお持ちでなくて?」
「? えーと、それはどういう?」
偏見、とはどういうことなのだろう。
「基本陰陽術師というのは式神を酷使する者が多いのですが、八手様は人と妖分け隔てなく接するお方、我ら京極家に住まう妖達も、そんなお優しい彼を好いている者も多いのです」
「陰陽師が式神を酷使……」
私は八手以外の陰陽師をよく知らない。何度か見たことだけはあるが、そうだったのか。
「私の周りには、そんな奴はいなかったです。私は優しい奴に育てられたから」
「優しい男、とは?」
「八手の先輩で、優一という名前の、八手から聞いてますか?」
私は昔を思い出し懐かしい気持ちになった。
当時中学生だったあいつと過ごした日々、自分が人間じゃなくて悩んだりもしたが、あいつは私を家族として受け入れた。
それが、特別なことだったなんて、思いもしなかった。
「ああ、優一様ですか!」
と、初雪さんが両手を重ね合わせて目を輝かせた。どうやら優一のことを知っているらしい。
「知っているんですか?」
「ええ、この屋敷に何度か参られまして、当時あの八手様がこの屋敷に人を連れてくるなど珍らしいと思ったものです」
うん、あいつ子供の頃友達が少ないとか言ってたし、今でも大学にも友人はいるのだろうか?
「一目見てわかりました。立派な方だと」
初雪さんが優一のことを褒めている。なんだかあいつが褒められると私もこそばゆくて照れてしまう。
八手が優一のことを褒めてもなんともならないのに、不思議だ。
と、やかんが煙を出しながらかん高い音を出し、それを聞いて初雪さんも来客用のお茶とお菓子を用意し始める。
「そろそろ時間切れですかね。私はこれにて失礼しますが、夏穂様はご自由に屋敷を見回りください」
そう言って初雪さんは煎餅と缶ジュースを私にくれた。
なかなか忙しい身のようだ。ここは夏穂さんの言う通り屋敷を見回って暇を潰そう。
今俺は糞爺の部屋で座っている。
ああ、落ち着かない。子供の頃、何度かここで説教されたので居心地が悪いのだ。
「なんじゃ、少しぐらい落ち着かんか」
「うるせぇよ。ほらよ菓子」
「なんじゃ、この貧相な菓子は」
スーパーで購入したどら焼きを自分のカバンから取り出し爺さんにやる。
まったく、舌が肥えているせいか文句が多い。
はぁ、あまりここに長居はしたくないし、手早く本題を切り出しよう。
「でだ。ここに来た目的だが、京極三長柄(きょうごくさんながえ)を譲り受けたい」
「……今なんと言ったのじゃ?」
「耳が遠くなった訳じゃねぇだろ爺さん。京極に伝わる三種の長柄武器を貰い受けたい」
いつもひょいひょいとしている爺さんの目が鋭くなる。
京極三長柄とは京極家の初代が使ったとされる長物。その家宝とも言えるそれを俺は爺さんにくれと言ったのだ。
「……この話はやめじゃ」
爺さんが怒気を込めた声で無理やり話を終わらせる。そしてそのまま不機嫌そうに腕を組んで俺を威圧してきた。
まぁ予想通りの反応だ。後で機嫌の良い時にもう一度話してみよう。しつこくしてりゃあ、あっちが折れるだろ。
「わかった。じゃあ毎月払ってる仕送りの話だが、夏穂から話聞いたぞ。あんた風俗にでもつぎ込んでんじゃねぇんだよなぁ」
「よし、話を戻そうかのぉ」
……この糞爺、絶対に後で問い詰めてやるからな。
というか家宝うんぬんよりそちらの話の方がされたくないというのはどういうことだろうか。
「失礼いたします」
と、初雪さんがお茶を持ってきてくれたのか、障子を開けて入ってきた。
「ああ、どうも初雪さん」
夏にあの初雪さんの涼しげな柄の着物を見るとこちらの気持ちまで涼やかになる。
しかし本人は少し、いや、かなり怒っている様子で、少し顔つきが怖い。
「先ほどの件、一度八手様にお叱りしてもらった方がよろしいかと」
「ぬぉ、初雪までなにを!」
「今週だけでどれほどの金額が泰士様の道楽につぎ込まれたことか……」
主の金遣いの荒さを嘆く初雪さん。お互いこの爺さんに頭を悩ませているようだ。そうか、初雪さんと俺はこの爺さんの金遣いの荒さの被害者だったのか。
ちなみに泰士というのは爺さんの名前だ。
「そ、その話は良いじゃろうに」
昔から初雪さんには頭が上がらない為、歯切れが悪くなる爺さん。
うーむ、毎月糞爺に収めている重税を減額させてもらうのも魅力的だが、ここはそれよりも優先するべきことがある。
この爺さんが珍しくうろたえているんだ。この調子で説得してしまおう。
「なぁ爺さん。最近噂になっている通り魔事件、知ってるか?」
「む、ああ、あれか。ニュースで話題になっているがのぉ、なんじゃ、世間話をしたいのかの?」
「そんな訳あるかよ。あんたがしつこく聞いてきた俺の目的だ。俺は例の人斬り連中を止めるために京極三長柄が欲しいんだよ」
「……八手や……何に首を突っ込んでおる?」
「これ以上は無理だ。答えはどうなんだ。爺さん」
「お前はまだ未熟、血なまぐさい争いなど他の者に任せればいい」
「人類最強の複合術師や噂に聞く陰陽省の対術師特化の処刑人にか? 誰って誰だよ、爺さん。確かに俺は非力だ。だからって誰かに任せてボケっとしとけなんてのは願い下げだ」
爺さんはまた険しい顔つきに変わる。そして長い沈黙の後、呆れたようにため息をついた。
「はぁ……わかった。まったく、もう少し詳しく話をしても良いじゃろうに」
「話さない方がいいと判断したんだよ。結構な厄ネタだ。知ったとたん敵ができちまうからな」
そう、国に所属する陰陽師連中とかがそれだ。これからどう転ぶかわからないが、国の連中が地獄からの脱獄者の存在を知って快く協力してくれるとは思えない。
「しかし、だ。残念じゃがお前にあれをすぐ渡すことはできんのだ」
「おい、さっき納得したんじゃねーのかよ!」
「お前の厄介なことに首を突っ込んでいるもは理解できたが、今京極三長柄は手元には、無い!」
……は? 今なんと言ったんだこの爺さん。
「待て、どういうことだ。あれ家宝だろ! なんで家宝がねぇんだよ!」
「わしのせいではない! お前の父親と母親が原因じゃて」
「……」
開いた口がふさがらない。こともあろうか家宝を俺の死んだ両親は紛失していたようだ。くそ、どうすればいい。あの妖刀使いに太刀打ちできないぞ。
「まぁー、ある場所ならわかるが」
「ど、どこだ! 俺が回収に行く!」
「星降り島という孤島にある」
星降り島? 偉くファンタジーな名前な島だが、耳にしたことがない。
「どんな島なんだ?」
「なに、小さな島じゃて、人も少ししか住んどらんと思う」
「わかった……そこにあるんだな、なら勝手に取りに行く」
ある場所さえわかれば後は自分でどうにかできる。
さっそく準備に取りかかろうか、まずは詳しい場所の特定と交通手段だ。
「待てい八手、そう急ぐことなかろうて」
俺が腰を上げると、爺さんが呼び止めてくる。
「交通手段はわしが手配する。お前は少し療養しておけ、退院して日も間もない」
「舐めるな。体はもう万全だ」
全国で人斬りの犠牲者が何人も出ている。悠長に構えている場合ではない。
「はぁー……行くな。戦いは長くなるんじゃろ? 全国で起こる人斬り、一人では行われていないのは明白じゃ」
神妙な顔で爺さんがそんなことを言うもんだから、つい俺も静かになってしまった。
確かに余裕をなくしてしまっていたのかもしれない。
「今日は泊まってけ八手、お前の顔を見たいの奴がわんさか居るんじゃからなぁ」
「……ああ、わかったよ。」
爺さんが交通手段を用意してくれるなら任せていた方が速いしな。
「じゃあ俺は自室に戻っているから、何か用があれば呼んでくれ」
そう言い残し爺さんの部屋を出る。
そういえば、説教された時は泣きじゃくって、爺さんが去った後この屋敷の妖が俺を慰めに来たな。
懐かしさがこみあげてくる。俺も懐かしい顔を見るため少し屋敷を回るとしよう。
今私は八手の実家を探索している。
この広い屋敷は探索しがいがあるというか、なんというか始めて来た場所をうろつくのは結構楽しい。
今はずらりと並んだ障子と、池がある庭の間の縁側を散策中である。
「む」
と、なんだか足がくすぐったい。
しかし足を見てもただ少し汚れた靴下を吐いている私の足しかそこにはない。
「むー?」
なのに足は何かふさふさした物にこすり続けられている感触がする。
「おー、すねこすりじゃねーか」
と、後ろから八手の声、なんだか嬉しそうだ。
そして何故か、急にしゃがみこみ何かを抱き上げる。
「むぉ?」
すると八手の腕には犬の様な何かがすりすりと体をこすりつけていた。
「なんだそいつ!」
思わず驚いて大声を出してしまう。
白い毛に黒い丸が描かれた牛の様な毛、そして顔つきは犬の様だが、体が全体的に丸っこく猫のにも見える。
「すねこすりつってな、まぁ人のすねに体をこすりつけるのがこいつの仕事なんだよ」
ほほう、すねをこするだけという仕事がこの世にはあるのか。なんと楽な職業なのだろう。それだけで衣食住を約束されるなど羨ましいぞ。
「私もすねこすりになりたい」
あ、八手が口をあんぐり開けて固まってしまった。そんなに驚くことなのか。
「いや……馬鹿だろお前」
「馬鹿! 馬鹿という奴が馬鹿なんだ!」
いきなり馬鹿と言われた。納得がいかない。
まぁいい。そんなことより気になることがある。
「そいつがすねをこすってたんだろ? でも足には何も無かったけど」
「相変わらず話が繋がらないなお前、さっき怒ったのになんで次に質問がくるんだよ」
「それはもういい」
私は寛大なのである。こいつとつまらん言い合いをしてもなんにも得ないことなどすでに学習済みなのだ。まぁ思い知るのに何か月もかかかってしまったが。
ため息をつきながらも、八手はすねこすりを撫でながらその場に座り私の質問に答えた。
「すねこすりっていう妖怪はまぁその名前の通りすねをこする妖怪だが、すねを擦っている間擦られている者には姿が見えないんだ」
「へぇー、それだけ?」
「まぁーすねを擦るのは通行人の邪魔をするのが目的とされているが……まぁそれだけだな」
なるほど、ほとんど無害ということか。
と、八手が手を休めずすねこすりを撫で続けているのを見て、私も撫でてみたくなった。実は私、犬とか猫とか好きなのである。
「ほー……」
と、八手に抱かれているすねこすりに手を伸ばすと、八手の腕の中で暴れてどこかへと逃げて行ってしまった。
嫌われてしまったようだ……。
「あー、嫌われちまったな」
「むぅ、八手、あいつの好物なんだ。持ってくる!」
「ああ、なるほどな、そう言う作戦か。単純に肉だな」
「……ところで、今夜は肉にしないか?」
「いやいやお前が食いたくなってどうすんだよ。エサで釣る作戦じゃないのか」
だって肉は私の好物でもあるんだし、想像したら食いたくなってしまった。
「まぁ後で初雪さんに相談してやるが」
「やった!」
よーし、今夜は爺さんの財布から資金が出るからな、貧乏を嘆きながら肉一人三枚までなどという鉄の誓いを立てなくていいはずだ。
「今日は肉! 肉だ肉!」
と、なにやら頭の上から変な声が聞こえた。
「お、なんだ聞いてたのかしょうけら」
「キケケ、八手の坊主も式神を持ちおったか、あの小さかったのがなぁー、っケケ」
「坊主はよせ。もう成人してんだ」
声の主はどうやらすぐ近くの天井裏にいるらしく、大声でこちらに話しかけてきた。
「しょうけらって何?」
聞きなれない妖怪の名前に、八手に質問してみる。
「簡単に言えば死神だ。しょうけらは屋根にいる妖怪でこいつが出た家は死人が出る」
成程、ということは――。
「……そうか、お前の爺さん死ぬのか」
「いやいや死ぬかよ! こいつも爺さんの式神だからな!」
むぅ。冗談だったのだが怒られてしまった。
「キケケ、あの爺さんはまだ大丈夫だ。向こう三十年は安泰だろ。ワシらより妖怪寄りの存在だなありゃ」
「マジか……どんだけ元気なんだよあの糞爺」
「じゃあの、初雪によろしくなぁー!」
そして声の主は姿も見せずにどこかに行ってしまった。
と、入れ違いでなにやら長い縁側を小走りで走ってくる子供が、手には傘を持っている。
「八手だ八手だ!」
「八手がおるー!」
む、この子供目が一つしかない。こいつは知ってるぞ。一つ目小僧だ。
と、傘にも目がついていた。こいつも知っているが名前がはっきりとでてこない。傘お化けだったけ?
その声に反応してかへんてこりんな姿をした妖怪たちがわらわらぞろぞろと、縁の下や壁からすり抜けてきたりして出てきた。
しかしどいつもこいつも体が小さい。なんだか爺さんの式神は全員弱そうだ。
「八手、なんだかみんなちっこいな」
「ああ、あまり力が強い奴は基本山にいるんだ。結構血の気が多い奴もいるからな」
そうなのか、小さいのは家に、デカくて強いのは山に放し飼いにされていると、なら山に入ったらでっかい奴に会えるということなのか。
「なぁ八手、今度山に遊びに行っていいか?」
別にやりあうつもりはないが、爺さんの強い式神をこの目で見てみたい。
「あ? ああ気をつけろよ。喧嘩売られても知らねぇからな」
止めはしなかった。八手は私の意志を知ってか知らずか多くの妖怪に囲まれながら山に入ることを許したのだ。
「大丈夫だ。売られても負けない自信はある」
「お前はどうなってもいいが山火事なんて起こすなよな」
おい、それひどくないか。もう少し信用して欲しい。
「さて、お前ら今日は肉だ肉、俺が初雪さんに頼んどくから楽しみにしてろよ」
と、八手に群がっていたちっこい奴らが歓喜の声を上げる。
うん、肉は誰もが好物らしい。この屋敷の妖怪とは気が合いそうだ。
俺は今晩飯を食っている。
メニューは大量の肉。牛肉の焼肉に豚肉のしゃぶしゃぶ、から揚げの三種類で見事に牛、豚、鳥の肉がそろっている。
「頂きます!」
そして屋敷中の妖怪が大部屋に集まり、いくつもの長机に置かれた肉の塊に目を輝かし、頂きますの言葉とともに飛びつく。
まったく騒がしい食卓だ。小さい頃は見慣れた風景なのだが、久々なので少し面食らう。行儀なんて二の次、取りあえずみんな自分の分を確保しようと死にもの狂いだ。
この光景に俺の隣に座っている夏穂も驚いて箸を止めているだろう……なんせあの優しい優一先輩に育てられたのだからな。座っていれば勝手に料理が出て来て横取りされる心配もない環境だっただろう、育った環境が違い過ぎる。仕方ない、ここは俺が夏穂の分を確保して――。
「私の肉だぞそれぇ! おい牛肉を生で持っていくな! 悔しかったら生で食べてみろだと? こっちは体は人間なんだから無理だ! よし、この焼いたの私の肉だ! ん、取ったもん勝ちだ馬鹿、焼肉定食……弱肉強食だ!」
なんでだよ! なんで物凄く順応しているんだよこいつ! 初見でこの血を血で洗う食卓で見事に自分の分の肉を確保していくとかありえねぇぞ。
と、おれが驚愕しているとなにやら上座で爺さんの世話をしていた初雪さんが、大きなビンを持ってこっちに歩いてきた。
「八手様、お酒の方はどうしましょうか? すでに成人の身ですし」
「ああ、俺はあんまり……」
舐める程度には飲めるのだが、今日はそういう気分じゃない。
「私飲むぞ!」
「お前は駄目だ」
「ぶー!」
すでに酔っぱらっているのではないかというぐらいテンションが高い夏穂が酒をねだってきた。体は二十歳を超えているのだろうが、やはりこいつは俺にとって子供なのでお酒は控えさせたい。
「のーむー!」
「大人しく肉食ってろ! ああ、初雪さんも食べないとすぐに無くなりますよ。」
すでに恐ろしいことに開始三分で半分の肉が消失した皿を見ながら、酒瓶を片手にしている初雪さんに言ってみる。
「私はお構いなく。後で台所で食べますゆえ」
ああ、そうだった。そういえば初雪さんは夕飯の後で台所で飯を食べるんだったな。夕飯時は爺さんの隣で世話しているからその方がいいのだろう。
と、すでに顔を真っ赤にして出来あがっている爺さんが豪快な笑い声を上げた。
「がっはっはっは! なんじゃい八手ー、お主も飲まんか!」
「うるせー、さっさとアルコールに体乗っ取られて寝ちまえ糞爺。それで二日酔いに悩まされろ」
爺さんに悪態を吐き、俺も簡単に手に入れた肉を口に入れる。
まったく、皆俺の分だけはきっちり残してくれている辺り優しいというか、口は悪いがなんだかんだで俺の親代わりだった連中だから俺に甘い。
あまりの優遇ぶりに、俺は甘やかされて育ったんだなーなんて思ってしまう。
「なんか八手ずるくないかー、みんなから肉貰ってるー」
隣で俺のビップ待遇にケチつけている奴がいるが、気にしない気にしない。優遇されるのは気後れするが、あんな獣じみた肉争奪戦に参加できるか。
「八手はいいんだ!」
「八手もっと食え! デカくなれ」
「お前それ生だぞ。八手に食わすなら焼け焼け!」
「生の方が強くなれるだろ! 八手は強くならないと駄目だ!」
なにやら焼いて食わす派の一つ目小僧と生のまま食わす派の生で食わす派の小豆洗いが喧嘩をしている。
よしいいぞ一つ目。生でなんて肉を食ったら腹を壊してしまう。俺の健康のため頑張ってくれ。
「おー、やれ小豆洗い! 生で食わせい!」
「おいこら糞爺、なんでそっち派に加勢するんだよ!」
「なら酒を飲め八手! ほれ、こっちに来ーい!」
完全に酔ってやがるあの糞爺。どうしても俺と酒を飲みたいようだ。
「舐める程度だぞ」
観念して爺さんの隣に移動する。と、初雪さんが気を効かせて少し酒を注いだコップを俺の前に置いてくれた。
「すみません」
「いえいえ、それより八手様、泰士様の娯楽につぎ込まれているお金の話をお願いします」
「はい。任されました」
ああ、俺は初雪さんの願いを一身に背負いこの爺さんの金遣いの荒さを治さなければならない使命があるらしい。主に自分と初雪さんの為に。
「なんじゃー、老人の数少ない楽しみを奪う気かの?」
「うるせぇ糞爺、どうせ家の資金管理も初雪さんに任せっきりなんだろうが、遊びたかったら働けよ。まだ隠居するには早いだろうに」
この爺さんの金遣いの荒さを治すのは骨が折れるので、思い切って収入を増やす作戦に出る。
「最近腰が重くのー。それにわしそんな強くないし」
「嘘つけ、昔っから俺に自分の武勇伝を聞かせてたじゃねーか。それに未だに百鬼夜行の泰士だなんて異名が現役でついてんだろうが」
「へ! まったくお前も死んだ婆さんに似てきたわい」
ああ、俺婆さん似なのか。よかった。本当によかった、この爺さんに似なくて。
「まぁ爺さんなら仕事は探せばすぐに見つかんだろ。で、話は変わるが星降り島への通行手段の件だが、進んでくれてんのか」
「もう終わったわい。明日の夜にここから出発じゃ」
まったく、性格はこんなんだが相変わらず仕事は早い。
と、なにやら向こう側が騒がしい。どうやら肉を食い終わった夏穂たちが机を片づけて、プロレスごっこを始めたようだ。
夏穂以外の妖怪は十代前半の子供ぐらいの体の大きさなので今のところ夏穂が天下を取っているようだ。
「おい夏穂、能力は使うなよ」
「ぎゃー! なんだこいつ力強いぞ!」
俺の声なんぞ聞こえないのか、河童相手に夏穂が叫び声を上げている。河童は有名な妖怪だったが、力持ちであることをあいつは知らなかったようだ。
しかし夏穂が暴れた拍子に河童の頭にある皿から水がこぼれてしまい、力が出せなくなってしまったようだ。
そして小さな妖怪たちに拍手で称えられ胸を張る夏穂、さながら妖怪の餓鬼大将と言ったところか……一応女だろうに、あいつの将来が心配になってくる。
「でだ。八手や。蓬ちゃんとは話せたのかのー」
「……そういや退院後あいつを俺の家に見舞いに行かしたのはあんただったな」
「そうじゃて、まったくお主中学に上がってから蓬ちゃんを疎遠にしすぎじゃろ?」
「なんであいつを伝言役に使った?」
微量だが酒が入ったせいか、怒りが言葉に表れやすくなってしまった。
少しきつい言葉に、爺さんも驚いた様子だ。
「むー、だって八手は蓬ちゃんのこと好きなんじゃし、かわいい孫の恋路を応援したくなるのが普通じゃろうて」
「爺が孫の恋愛に口はさむなっての! こっちにはこっちの事情があるんだよ」
怒りにまかせてコップに酒を注ぐ。少しだけしか飲む気がなかったが、蓬の名前が出たので少しやけになってしまったようだ。
「はっそういうところはまだ子供じゃのぉ」
呆れた様子で爺さんも一緒に酒を飲む。
今夜は少し長くなりそうだ。
今私は八手の実家の山を捜索している。
目的は八手の爺さんの強力な式神に会うためだ。
「しかし涼しいなー」
今日朝起きたら、八手は何故か昨日ヤケ酒して二日酔いでダウン中、タオルケットをかぶせられ小さい妖怪たちに団扇で仰がれていた。
なんだかあの光景は微笑ましかった。きっと昔から八手はあんな風に妖怪に囲まれて育ってきたのだろう。
山に行く前に初雪さんに虫よけスプレーをして貰ったので、山の木々の多い中でも蚊の心配は無し。
「あ、川だ」
透明な水の中を、大きめの魚がすいすいと泳いでいる。他にも川の周りの石には苔が生えている。
人間の文明が一切ない自然のみの世界。いきなり妖怪が出てきても可笑しくないのだが、なかなか目当ての奴に会えない。
「おーい!」
ためしに大声を上げてみる。が、当然のように反応無し。どうしたものか。
「むぅー」
と、気の上でなにか枝を折るような音がした。
「……」
気配を消して大分前から私を観察していた奴がいるらしい。さっきの音はミスか。いい加減しびれを切らして私にわざと気づかせたか。
「おい! 私は別に敵じゃないぞ」
「誤解はしていない! お前が八手と一緒に屋敷に来た時から見ていた。お前、八手の式神か?」
む。昨日から観察されていたという訳か。声の主は木の隙間から鋭い眼光を光らせて低い声で語りかけてくる。
ちらりと口元が見えて、粘っこいよだれと鋭い歯が見えた。
「何用か小娘。見たところ人の肉体に宿っているようだが、肉体に取りつき乗っ取る妖怪か?」
「そんな寄生虫みたいな奴じゃない。この体は私が生まれた時からあるものだ。まぁ元は死体だったのかは知らないが」
うーむ。死体なら嫌だな。まぁあの私を育てた優一が人の死体を再利用するなんて姿は想像できないが。
「変な奴だ。まぁ良いか。少し遊んでやる」
と、木の向こう側にあったはずの気配が再び消えた。
息を殺し、足音を殺し、のそりのそりと私に近づいてくるのだろう。
「やっぱり獣か」
「ご名答」
と、すぐ後ろで喜びが混じった声が聞こえた。
わかる。どんな態勢をしているかはわからないが、獣の臭いがする。
相手は大型の四足歩行の妖怪。そしてそいつは今殺気を宿し私のすぐ後ろを取っている。
「八手の言う通り血の気の多い奴らしい」
霊力を後ろへと集中させる。
「む!」
「さーて、別にこっちから喧嘩売った訳じゃないし、いいよね?」
すぐ後ろで小さな爆発が起こる。が、思ったより威力がでかかった。
ちなみに言い方は悪いが屁をする感じに自分の方にはダメージが無いように方向を調節した。
これぐらいならコントロールできるのだが、威力までは気が回せなかった。
「あー、ごめん威力が思ったより大きかった」
一応謝って振り向く。後ろには毛の長いライオンの様な妖怪がいた。
「八手の奴に鍛えられているな……なかなか戦いなれてやがる。小娘と思って侮ったか」
む、八手にはまだ実戦経験が少ないから詰めが甘いと言われているのだが……褒められるとちょっとうれしい。
「少し遊んでやるだけのつもりだったが、面白い!」
そう言って獣がにたりと口元を歪ませ私に鋭い爪を見せてくる。
「止めいおとろし、その娘さんには勝てんて」
と、木の上でやたら鼻の長い爺さんがデカい獣を声で静止した。
一本歯というんだっけ、大きな歩きづらそうな下駄を履いた、どこをどうみても天狗と言える奴がそこにいた。
「山雲さん」
獣が大人しくなる。あいつがここのボスか?
「あんた強いのか?」
「お前よりは……と思うが? 素の能力はともかく年季が違う」
「そうなのか」
見てわかる。この天狗かなりの手練れだ。私より強いと言われても別に不快とも思わない。
「今日は散歩しに来たんだ」
「散歩で爆発を起こされるのは困るんだが、この山に住む者を刺激せんでくれ」
むぅ、怒られてしまった。喧嘩両成敗という奴か。
「なら話をしたい」
と、私は適当な石の上に腰を下ろす。
「……八手様と同じで変わり種だなお主は」
と、天狗も地面へと降りて来て私の隣に腰を下ろした。
「はぁ、じゃあ俺はこれで、山雲さん」
「おお、おとろし、あまりサボるなよ」
「へい」
と、あのデカいライオンみたいな奴は軽い身のこなしで木に登り、そのまま猿の様にどこかへと消えて行った。
あんなデカい体をしてかなり身軽な奴らしい。
「あいつおとろしって言うんだな」
二人っきりになってしまった天狗に話しかけてみる。まずはあのライオンみたいな奴からだ。
「ああ、あやつも泰士様の式神でな。少し血の気が多いが期待できる若造だ」
あいつ若いのか。わからなかった。
「そういえばお前どれだけ強いんだ? 私より強いのはわかるが」
この天狗、山雲という名前らしいが実力はどれほどのものなのだろうか。
「ああ、百鬼夜行の奉仕は右の山雲 左の初雪を連れていると言われるぐらいだ」
なんと、初雪さんはこの天狗と同等の強さらしい。やはりああいう大人しそうなタイプは怖いということなのだろう。
「お主に聞きたいのだが、最近の八手様はどのような感じかな?」
「? 私は八手と一年前くらい前から一緒に過ごし始めたから今の性格しか知らん。とにかく捻くれ者で口やかましいと言えばいいのか?」
「そうかそうか、口やかましいか……変わられたのだな」
「?」
それっきり天狗は黙りこくってしまった。何か考えているのだろうか。
「一つ、独り言と思って聞いてもらいたい」
天狗がそんな前ふりをしてから先ほどから動かなかった口を開け、ため息を初めに語り始めた。
「まだ八手様が中学生の頃、みるみる元気をなくした時期があったのだ。泰士様の前では気丈に振る舞われておったが、あれは……他の人間に迫害されていたのではないだろうか?」
「……あいつがいじめられる姿が想像できないんだけど」
私の知ってるあいつは殴られたら殴り返すのが奴だ。
「そうでもないさ、八手様は今も弱いお方のはずだ。成人しても、まだ青年の頃に必要だった物を手に入れず育ってしまわれた」
悲しげに、天狗は屋敷の方を見てそんなことを口にした。
いつもあいつに助けられている私にとって、あいつは大人だ。しかしこの天狗はまだあいつが子供だという。しかしそれは変だ。
「成人すれば大人なんだろ? 人間は」
「体ではなく心がだ。お主には少し難しいかな?」
心がまだ子供、まるで私みたいだ。私は体はもう大人だがこの世に生を受けてまだ十年近くしか経っていない。
「なぁ、その手に入れられなかった物ってのは、もう八手には掴めないのか?」
「いや……八手様ならきっと、人との繋がりという物をまだ理解できるはずだ」
人との繋がり。ああそうか。八手が手に入れれなかったのはそれなんだな。
あいつはどこか人間嫌いだ。心の底から係わりあっている人間なんていないだろう。私の親であり、八手が尊敬する優一でさえも、あいつは気を許してなかった部分があった。
「その、なんだ。うまく言えないけど、それ、私が手伝えるのか?」
「……蓬様を知っているか?」
「蓬、ああ、八手の幼馴染か」
別名ストーカークイーンのあの女である。
「蓬様ならば、八手様を変えれるやもしれん。泰士様も蓬様と八手様を合わせようと策を練っておられたが、うまくいっていない様子、お主、これはワシからの頼みなのだが、蓬様と八手様の中を取り持ってくれはせんか?」
独り言から始まった話は、いつの間にか頼み事になっていた。
「……あの人はちょっと苦手なんだけどなぁ」
「む?」
「うん、わかったよ山雲さん。八手を大人にしてやらないとな」
そう言って私は元気よく立ち上がる。
まぁ、あいつの為に何かしたいと思っても別に悪くはないはずだ。
少し離れた所で、一匹だけせわしく蝉が鳴いている。
小川から聞こえてくる水音が耳に心地良い。その音を聞きながら私は精一杯未来を想像する。今は一人ぼっちだけれど、仲間を呼ぶあの蝉の様に、私と八手はなれるのだろうか? まだそんな未来、明確に想像できないけれど、もし、叶うのならば――ああ、その未来はきっと、楽しいだろうなぁ。
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