首を長くして
私は病院が嫌いだ。
清潔さを押し付けるような内装と、白くて明るい蛍光灯。
病院によってはよく分からない薬品の匂いが漂っていて、それも苦手だ。
淡々とした受付も固い椅子で待つ時間も、何も悪いことはしていないのに罪悪感に包まれるのだった。
そういう事もあり、予約をキャンセルする事がある。
今日もそうだ。布団から出られないでいる。
病院へ行かなくてはいけないのに。
どうしてだか、起き上がれないぐらい気が重くなるのだ。
仕方がないので、寝転んだまま電話を掛ける。
少し大きな病院の為か、電話を繋げてもらうのに少し時間が掛かる。
要件を言い、最後に希望を伝える。
「申し訳ないんですが、また後日予約します」
弱々しい掠れ声で言うと、電話口の看護師は事務的に答える。
「お大事に。先生も首を長くして待っていますからね」
こちらの返事を待たず、電話は切られる。
ツー、ツー、という電子音が頭に響く。
次の予約はちゃんと行かなきゃいけないなぁ。
ちょっとした言葉の綾なのだろうが、看護師が言ったように先生が待っているから。
電話が終わってからは段々と気が楽になる。
私はそのままの姿勢で瞼を閉じ、いつの間にか深く眠っていた。
数日後。
私は今、待合室にいる。
さすがに連続して行かないのは忍びない。
自分以外に患者は誰もいないのが気になるが、平日の朝方なんてそんなものだろう。
何となしにテレビを眺めていると、すぐに自分の番が来た。
「こちらへ」
バインダーを片手に持った看護師が案内する。
この病院の診察室は少し変わっていて、扉の数歩先ぐらいにカーテンがあるのだ。
確か前に来た時は開け放たれていたと思うが、今日は違うらしい。
薄い黄色のカーテンはピッタリと閉じられている。
更に、ここへ案内した看護師はいつの間にかいなくなっていた。
少しだけ寒気がした。
とりあえず、ここに立っていても仕方がない。
カーテンを開けようと手を伸ばそうとしたが、すぐに手が止まった。
カーテンの隙間からひょっこりと頭が出てきたからだ。
突然のことで表情が固まったが、その顔は私を見てにたにたと笑った。
「おはようございます、お待ちしておりましたよ」
電話で看護師から聞いていたが、医師からも言われるとは思っていなかった。
気に掛けられるような病状ではないが……恐らく世辞だろう。
「はぁ、ご無沙汰していました」
「お気になさらず、それでは診察しましょうか」
と言うと、頭をカーテンの向こうに引っ込めた。
そして、カーテン越しに声を掛けてくる。
「どうぞ、お入りください」
その声はどことなく薄気味悪かった。
私は一抹の不安を振り払うようにカーテンを握り、勢いよく開けた。
そこには白い診察台と医療器具が並ぶ机があり、患者の椅子の向かい側に座る医師の姿があった。
しかしそれは、私が知る医師ではなかった。
そこにいたのは、椅子に座りこちらに向かってけたけたと笑う、首の長い化物だった。
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