竜の目

蒼 鱈

天気予報、見たことないんだ

 坂本悟には天気予報を見る習慣がなかった。だから、駅の改札をすぐでた待ち合わせ場所に着いた時に、自分が到着する3分前に着いていた雨谷茉奈が「夕方から雨が降るみたいだね」とおもむろに言った時には超能力者かなにかかと思うほどだった。

 茉奈はなにも言わない悟の様子を特に不審に思うこともなく続けて「だから傘持ってきたんだ」と、どこか誇らしげに告げた。

 天気予報を見ないことは自分の中では当たり前のことだった。家事を営みながら夕方のニュース番組で流れる天気予報をチェックする主婦と映画撮影関係者くらいしか天気予報など見ないと思っていた。あとは、どうしても明日の天気が気になるという人くらいだ。習慣的に天気予報を見るというのは悟にとっては外国人との文化の違いや性差レベルの違いを感じた。だからと言って無頓着なつもりはない。常にシンプルな折りたたみ傘を鞄の中に常備していたし、もしも下校する際に雨が降っていればそれを取り出して差すだけだった。

 わざわざ日々の習慣の中に思考作業を1つ増やすくらいなら、毎日折りたたみ傘を鞄の中に入れることをするというのは悟にとってなんら苦になることではなかった。


「物事はシンプルなことの積み重ねで複雑となっている」


 ということは高校2年までしか生きていない自分でも、理解している事柄だった。彼女である茉奈に自分のした思考を説明することは恋人としての義務だと思い、天気予報を見る習慣のないことを、理由を添えて茉奈に説明した。

「あはは。確かに必要か必要じゃないかだったら、必要ないかもね。でもなんか、必要なことだけ考えるのって退屈にならない?単調に見える毎日が、毎日ほんの2分明日は晴れなんだーとか、曇りなんだーとか、もっと言えばさ、昨日は降水確率20%だったのに今日は降水確率70%なんだ!とか。それにね、たまに、20%って予報されてた時に雨が降って、70%の時には雨が降らない時があるんだよ。そんなこと思うだけで、繰り返すだけの日々ではないんだなって思えるよ?」

 茉奈のこういうところが好きだった。茉奈の 話を聞いていてますます天気を知りたいという面での視聴意欲は下がったが、確かに、繰り返すだけの日々でないことを思うのは大切なことかもしれない。自分の彼女のことを説明するのはのろけと捉えられるか下品な行為と捉えられるかの二択と決まっているので不必要なことはしない。

 茉奈と天気について話しながら、こんな世間話するなんて主婦みたいだね。と言ったところで校門が見えた。

 悟の通う私立高校は県内でも有数の進学校だ。県外からも多くの生徒が電車通学をして登校する。毎年難関国公立大学に生徒の半分ほどは合格しているが、最近は医学科ブームというのがきているため、医学科を目指す友人も多く見られる。教師の中には、難関大に受かる生徒が多い方が宣伝として良いので、地方の医学科を受験する生徒が増えている傾向を嫌う人も多いようだ。

 二人で校門をくぐりながら、週番の生徒と教師に挨拶をする。週番とは日直業務を1週間に渡って行う生徒のことである。主に朝の挨拶(普通の生徒の40分前には登校しなければならない)や授業後の黒板消し、掃除などを担当する。どうやら、今週の当番は化学教師のようだ。

 三階にある第二学年の廊下まで行ってから茉奈とは別れた。悟は4組茉奈2組だ。教室に入ってから奥の窓際の自分の席まで移動する。漫画の主人公の定位置、のはず。隣には幼馴染の雲居祐也が既に座っていた。どうやら、朝自習というのをしているらしい。高校2年でも二学期なので進学校になると、それなりに多くの生徒が受験対策をしている。祐也の成績はそれほど良くはなかったはずだが、そんな祐也が早めに学校来て勉強するのだから、この学校らしいな、なんて思っていた。祐也の他にも勉強している生徒は2桁ほどいるようだった。祐也が突然思いついたように悟 に顔を向ける。

「今日って天気どうなるの?」

 思わぬ質問に体が反射的にビクッとしたが、落ち着いて答えた。

「午後から雨が降るんだってさ。……茉奈から聞いた。」

 祐也は周りを少し見て、誰もこちらに関心を示していないことを確認してにんまり笑って言った。

「雨谷から聞いたの?悟って誰かに天気聞く必要あったっけ?ていうかむしろ雨谷が見た天気予報よりも、悟の知ってる午後の天気がどうなるかを知りたいんだけど」

 俺はげんなりした。この学校では祐也だけ知ってることだ。

「今日は午後から雨が降る。間違いない。それも結構な量だぜ。1個だけ茉奈が違ってるのは、夕方からじゃなくて14時くらいからだ」


 俺は、天気予報を見たことがない。

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