第14話
時間は朝にさかのぼる。
「さあ、行くわよ!」
イソノは意気揚々と扉を開けた。
扉をくぐると、そこは白い霧でつつまれた街だった。
ここはゴーストタウン、誰も住まなくなった人のいない街。
夜のない街だったと言われている。街灯がそこかしこにつけられ、光のささないところはないとさえ言われていた。そんな街だが、今は誰もいない。
「にゃんだか……さびしいところですね……」
「ここは突如、人がいっせいに消えた街だからね……」
ソラは周囲を見回す。街の街灯は壊れていた。イギリスを思わせるような建物も、今はもう壊れている。
「それはわしも知っている。北の国の実験だろ。戦争のためにヒデェことをするもんだ」
ニャンタロウの言葉に、イソノは黙り込む。
ああ、そうか、と思い出したようにニャンタロウは続けた。
「いまだに1、2、3年組は行方不明のままか」
「……ええ、そうよ」
黒猫の問いに、イソノは息を吐きづらそうに答えた。
芽出愛学園の年少組は異世界に転移してから1年も経たないうちに行方不明になっている。噂では、北の国、ムーンキューブが拉致したと言われていた。
「そういや、あの頃からだったけか。教師たちが一人ずつ、じょじょに学園を離れるようになったのは」
「……そうね」
一歩一歩、霧の中を歩きながら、イソノの心はグツグツと音を立てた。
大人たちは、異世界で自分たちの道をすぐにみつけた。神宮寺未来とおなじように。なぜ、そんな器用に生きられるんだろうか。私が不器用なんだろうか。私は、ホントはダメな人間なんだろうか。威勢のいいことを言うだけ言って、ホントはなにもできないただの……
神宮寺の顔が浮かんだ。
「……ちくしょう」
「おい、イソノ……」
「なによ!」
イソノはふりかえった。ガン! っと後頭部に硬い者が当たる。
「っぅぅぅぅぅ!」
頭を抱えて、その場でうずくまった。
「いや、看板があるから危ないぞっと言おうと思ったんだが、ちょっと遅すぎたな……」
「もう! なによ! なによ! なによぉぉぉぉ!」
イソノは早足で歩き出した。
「おい、勝手に行くんじゃない! 霧の中だぞ! 危ないだろうが!」
そう言うも、イソノの姿は急にみえなくなる。
「なっ! なんだと!」
まるで、霧がいじわるするかのようにイソノの姿を隠した。
「ニャンタロウ! イソニョはどうしちゃったんですか!」
「……これはマズイね……サイレントシーの時と同じだ……」
「……ああ、すでに魔理屈使いの術中のなからしい」
「ああ、腹が立つ! 腹が立つ!」
イソノはぶつくさと言いながら、霧の中を歩いた。
するとどうだろうか。霧はさらに濃くなって彼女を迷わせる。
あれ、えっと、どっちだっけ?
「ねえ、ニャンタロウ……」
ふりかえるも、そこにはだれもいない。
「えっ、どうして?」
呟くも、声は霧に吸い込まれ、より孤独となった。
なにもみえない霧の中、だいぶ明るいのに、なんだか怖くなった。
「どうして、だれもいないのよ……」
―――もう、いやになっちゃったんじゃねぇの―――
声が響く、頭の中でリピートした嫌な声が。
―――だれも、アンタのやることについてきゃしねぇよ―――
「だれよ!」
いや、聞かなくたってわかる。アイツだ。アイツの声だ。
―――へえ、学校を建てるんだ。そういや、お前、いつも仕切りたがってたよな―――
やめろ、言うな!
イソノは心の中で念じた。だが、霧は彼女の願いを聞きはしない。
―――年少組が行方不明になった日も、お前がアイツらを街に案内してたんだろう―――
「私がしなきゃいけないんじゃないの! 私がしなきゃ!」
―――ホントにそうかよ―――
「みんな好き勝手やってたんじゃないの! まわりのことなんて考えず、自分のことばっか! いっつも迷惑するの私ばっかり!」
―――自分のことばっか考えているのはお前のほうじゃないか? いつもそうだ。仕切りたがる癖に、うまくいかないとカンシャクを起こす。お~コワっ―――
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!」
叫んだ、声がかれるくらい叫んだ。だれも聞いてくれないのに。霧はすべてをつつむのに。悔しくて、涙が出て来て、イソノは大声で叫んだ。
「出てきなさいよ!」
―――汝に、我の姿は見えぬ。心の先を見通せぬものに霧が晴れることなどない。我の力はそういう力だ―――
声のトーンが変わった。電話口を布でふさいでしゃべっているかのような声だった。
霧の先に、黒い人影が見えた。
―――汝の闇に飲まれよ。我の鉄槌を受けよ。我は形なき霧の魔理屈使い―――
人影は、徐々に大きくなり、巨人の姿になった。
「なによ、これ……」
そうつぶやき、後ずさろうとするも、足が動かない。
巨人は巨大な拳を握りしめた。
「ビートビートルクィィィィン!」
イソノの背後に炎をまとったスケボーが飛びだした。スケボーにはフレイヤが乗っている。フレイヤはイソノを中心に炎の円を描くと、スケボーを背負って、イソノの所に戻った。
「モンスタートラベラァァァァァ!」
ニャンタロウの叫びに呼応して、戦闘機が飛びだす。戦闘機は爆撃音を立てて、銃弾を連射する。だが、巨人はビクともしない。
「イソノ、さすがにこれはヤバい! 逃げるぞ!」
「えっ? 逃げるって?」
「キャッツキーを使えって言ってんだよぉぉぉぉぉ!」
ニャンタロウに言われて、イソノは慌てて鍵を使った。
ピンク色の扉が現れ、彼らは慌てて中に駆けこんだ。
「なるほど、そんなことが……」
ニャンタロウの言葉に、リアリーはふむふむとうなづいた。
「この子にここまで教えちゃってだいじょうぶかな?」
「だいじょうぶだろ。どうせ学園の件は街じゅうに伝わってんだし」
「うん! ニャンタロウ達がサイレントシーに行ったって話はもう聞いてるよ!」
「王国の兵はなにしてるんだい」
ソラはやれやれと言わんばかりにため息をついた。
「どうでもいいんだろうよ」
さて、と黒猫は思いついたようにつぶやいた。
「それじゃあ、イソノ。どうする? アイツはなかなかの強敵だぞ」
「もういい……」
イソノはテーブルに顔をうずめていた。まるで授業中に不貞寝する生徒のように。
突如、イソノは立ちあがる。
「もういい、やめる……」
ニャンタロウは目を大きく見開く。
「やめるって、魔石はどうすんだよ! 学園の再建は!」
「アンタらが勝手にやればいいでしょ! 私はもうやめてやるんだからねぇぇぇ!」
そう言って、イソノは喫茶店を出て行った。
「お前がいなきゃゴーストタウンに行けねぇだろうがァァァァァ!」
ニャンタロウのつっこみが、喫茶店内に響いた。
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