第8話

 ニャンタロウ達がいつものように扉をくぐると、そこには一台のクルーザーがあった。


「へえ、驚いた。船が用意してあるとはな」


「まあね、ラージェンダのお姫さまから借りたのよ」


「なるほどね……そのつながりか」


 ラージェンダとはニャンタロウ達がいる国の総称である。この国の城はワールドサイドの近くにある。この国の王と学園はある理由により、密接な関係にあった。そのことをニャンタロウも知っていたのである。


「にゃるほど、このクルーザーで石のあるとこまでいくんですね」


「だけど、だれが運転するんだ? まさか、キミたちのなかに運転できる奴がいるのか?」


「それなら、心配ないわ」


 と言って、イソノはクルーザーの二階に視線を向ける。


 そこにはでかい太鼓腹を抱えた中年男性がいた。上は白のタンクトップ、茶色い短パン。鋭い目つき、足は短いが、両腕だけが異常に大きく長い。男は、ニャンタロウに気づくと、一歩、一歩とドントコトン、ドントコトン、と腹をゆらして近づいてきた。


 男は両腕を挙げて、にこやかに、


「コンニチワァァ!」


「へっ……Konnitiwa?」


 男の耳慣れない言葉を聞き返すように、フレイヤは言った。


「ノン、ノン! もっとゲンキィに! コンニチワァ!」


「koko……コニョニョチワァ!」


「おう、オウケェ! あいさつさえ覚えればキミもリアティック語マスターさ」


「ホント! やったにゃ!」


 テンションが高まる二人をよそに、3人のリアティック人のテンションは少し下がった。


「間違った文化って、ああいう人から伝わるんだろうね」


「おい、イソノ。なんかフレイヤが間違ったリアティック語を覚えているぞ」


「訂正するのが面倒だからほっとくわ」


 さて、と。イソノは思い出すように一言置く。


「紹介するわ。彼はラージェンダの王の直属の兵士。ダンサー・サンダーさんよ」


「ハァイ! みなさん、コンニチワァ! ダンサー・サンダーさんだァァ!」


「クルーザーの運転は彼に任せるわ」


「みたところ、リアティックを少し誤解しているようなコテコテのファンティック人のようだが、本当にクルーザーが動かせるのか」


 ニャンタロウがいぶしかげに言う。


「だいじょうぶよ。彼さえいれば、“動かす”ことは容易だわ」


 イソノの言葉に、サンダーは二カッと笑い、クルーザーの2階にのぼり、操縦室にはいると機械に手をつっこんだ。鈍い鉄の音が響く。なんと、手をつっこんだ先に穴があいている。


「ルラァァァァァァァァ!」


 サンダーの言葉に呼応するように、両手がバチバチと火花を放った。放電しているのだ。クルーザーは眠りから覚めるようにエンジン音を鳴らし始める。


「サンダーは北の魔術師の魔改造によって、両腕から電気を放つことができるわ。その電気はあらゆる機械を動かすことができる。だから操作方法を覚える必要はないのよ」


「さあ、みなさん、乗るのだァァァ!」


「しょうがねぇ、覚悟を決めるか」


 ニャンタロウはため息をつくと、乗り込んだ。


 フレイヤ、イソノ、ソラもそれにならう。


 クルーザーはゆっくりと動きだす。


 


 


「冷たくて、気持ちいいにゃ〜」

 フレイヤは海を走るクルーザーの上から水面に右手をいれた。手は水を切り、水が跳ね返る。

「ペッ、ペッ……しょっぱいにゃ」

 思わず、塩水を飲みこみ、咳き込んだ。

 「こらこら、そんなに前に出たら危ないわよ」

「は〜いにゃ」

  フレイヤは顔をひっこめ、大きく伸びをする。照りつける太陽は、暖かい気候で育った彼女には気持ちがいい。潮風が大きく吹きつけ、フードが外れた。

 まるまっていた耳をピンと立てて、気持ちよさそうに眼をほそめる。

 来てよかった、イソニョについてきてよかった、あの森を出てよかった。

 フレイヤの心は充実感に満ちていた。

「たく、気楽なもんだぜ」

  耳がまたまるまった。背後には船の影の下でニャンタロウがまるまっていた。尾は曲がってふらふらと揺れている。千鳥足のおっさんのようにゃ、とフレイヤは思った。

「あにゃたはどうしてんですかにゃ」

  フレイヤは屈んで、グッタリしているニャンタロウを見る。

「船酔いだよ。船酔い。チクショウめ、なんで猫が陸から離れないといけないんだ。自然に反してんじゃねぇか」

「いいことじゃにゃいですか。できることが増えるし、行けるところが増えます」

「へ、ミーハーなファンティック人は理由もなくリアティックなものを褒めるからいけねぇ」

  コニョニョチワァとかな、とニャンタロウはひとりごちにつぶやいた。

「リアティック人……じゃにゃかった……リアティックにゃんこのあにゃたにはわかんにゃいんですよ。あ〜あ、もったいにゃい。こんにゃ綺麗な海にゃのに、悪態ばっかりつくにゃんて」

「勝手にはしゃいでろ。猫娘」

 ニャンタロウの言葉にフレイヤはぷいっと顔を背ける。

「ペットは飼い主に似るってホントですね。あにゃたはミライにそっくりです」

「なんだ、わしの愚弟に会ったことあんのか」

「ありますよ。嫌なヤツでした。イソニョがキラうのも当然です。リアティック人はみんな彼がキライって聞いてます」

 フレイヤの耳がクルクルとまるまる。空気の抜けたピーヒャラ笛のようだ、とニャンタロウは思った。

 ソラは無言で海の水平線をみつめ、イソニョはぼんやりとソラを眺めながらため息をついた。

 クルーザーはゆっくり止まった。

 風も、突然止まり、静かになる。

「あら、どうしたのかしら」

「目的地に着いたんじゃないか」

 ニャンタロウはふらふらと立ち上がり、クルーザーの二階へと飛び移る。


 二階の操縦室ではサンダーがニャンタロウを背にしてクルーザーを操縦していた。


「どうしたんだ?」


 ニャンタロウが訊ねても、反応がない。


 不思議に思い、サンダーの前に回り込む。


「なっ! なんだと!」


 それを見て、ニャンタロウは大きく目をみひらく。


「ガボガボガァァァァ……」


 サンダーは喘息のような声をあげる。魚だ。大量の魚がサンダーの口のなかにぎゅうぎゅうに詰められている。


「だっ……だいじょうぶか!」


 ニャンタロウは急いで魚の詰まった口内の隙間に手をつっこみ、魚をかきだす。


 魚から解放されたサンダーは頬をぶどう色に染めて床に倒れた。


「き……気絶している。無理もない……早朝のラッシュ時なみに魚がギュウギュウに詰めこまれたんだ。酸欠状態になっていたに違いない。なんてこった、今ので酔いが覚めちまったぜ。狙われている。既に、このクルーザーは魔理屈使いに狙われている!」


 ニャンタロウはすぐに二階から一階に着地する。


「どうだった、ニャンタロウ?」


「どうもこうもねぇ! 気ぃつけろ! すでに! このクルーザーの近くに魔理屈使いがいる! サイレントシーに沈む魔石を守るための魔理屈使いがなァ!」


 ニャンタロウの言葉に、イソノ、フレイヤ、ソラの三人はそれぞれ別の方向で海を注視した。ニャンタロウも周囲を警戒する。


「わしは今! 二階でサンダーが魚をギュウギュウ詰めにされて倒れているのを発見した! 理由がわからん。ワケがわからん。ガッ! 確かに見たのだ! 恐らく、そいつの能力は魚を操る力! そいつはきっと近くにいて、ワシらの隙をうかがっている!」


 三人と一匹は敵の攻撃を警戒する。


海は静かであった。サイレントシーという名が似合いすぎるほどに。


「そうは言ってもですよ。そいつはどこにいるというんですか? この広い海のなかで」


「魔石を守るヤツは、人間だとは限らない。たとえば、亀とか、魚とか、水中で息をできる生物なんていくらでもいるさ」


 ニャンタロウはシーウォーカーで魔石の番人をしていたミッピ―のことを思い出した。


「でも、芽出愛学園のミシシッピアカミミガメは淡水の生き物よ。海水で生きれる生き物なんてあの学園にいたかしら」


「んなもん知るか! とにかくこの海のなかに、確実にヤツはいる!」


 ちくしょう、めんどうなことにまきこまれたぜ……


 ソラは心中で舌打ちした。


 彼女は気が立っていた。魔石をみつけたらすぐに潮くさい体をシャワーで流して寝てやろうと考えていたものだから。戦わなければいけないという今の状態に気が立つし、腹も立つのだ。だが立ちつくしているままのわけにもいかない。すぐさま彼女は得意の目で敵を探す。今の彼女は深い水の底まで、海のなかにいる魚たちの鱗の模様まで見ることができる。


その視力で、彼女は敵を探した。


 すると、キラリと、青色の光をみつける。その光に呼応するように一匹の魚がクルーザーにむけて泳ぎ出した。


「みんな、ふせろ!」


 ソラの言葉に反応するように一匹の巨大な魚が水面から顔を出す。


 黒いツヤツヤの肌に、ギョロリとした大きな瞳、上あごには巨大なモリのような角が生えている。


「避けろォォォ カズキグロマだァァァ!」


 カズキグロマ、モリのように鋭い巨大な角は獲物を傷つけ捕食するためにあると言われている。そのモリがイソノにむかっている!


「キャ……キャッツキー!」


 すぐさま、イソノはキャッツキーを使った。イソノの目の前に扉が開き、カズキグロマのモリをつかむ。


「フレイヤ!」


「わかったにゃ! ビートビートルクィーン!」


 すかさず、フレイヤがスケボーをカズキグロマに向かって投げる。スケボーから炎が飛び、そのままグロマを炎で燃やした。香ばしいグロマのにおいがする。


「やっりぃ、今日のランチはグロマの照り焼きじゃねぇか」


「そういう冗談はいきにょこってから言うにゃ!」


 フレイヤが青ざめた顔で怒鳴った。今のはヤバかった。イソニョが死ぬんじゃないかと本気で動揺した。人生はじめての命の危機に、心臓がバクバクと高鳴った。


 ニャンタロウはそんなフレイヤを気にもしないように、ソラを見る。彼女も青ざめた表情でいた。だが、その眼は海のなかにいる“なにか”を見ている。


「どうしたソラ? もしや、なにか見えたのか」


 ニャンタロウの言葉にソラはうわごとのように繰り返す。


「冗談じゃねぇ……アレと戦えってのか。ふざけんな……ふざけんじゃねぇぞ」


「なんなんだ! アレとはなんなんだ!」


「ふざけんな! 誰が教えるかよ!」


 そう言って、ソラはイソノに詰め寄る。


「おい、イソノ! キャッツキーでボクをワールドサイドに帰れ! ふざけんじゃねぇぞ! ボクは帰るからな! こんなところアイツと戦うくらいなら帰ってやるからなァァァァ!」


 ソラの断末魔が海のなかで響いた。


 

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