第7話
九条空、22歳。2005年4月1日生れ。リアティックワールドで生まれた日本人。12歳の時に、イソノたちとともにファンティックワールドへとやってきた。身長、175cm。普通の女性よりやや高め。髪型は黒のショートヘアー、前髪に銀色のメッシュをかけている。紺色の帽子がお気に入り。服にはあまりこだわらず、下はナチュラルダメージのジーンズ。上は単色の毛糸のセーターでいることが多い。
そんな彼女の異世界での職業は漫画家である。
彼女は、この世界ではじめて漫画を普及させた女性なのだ。
「クックックックジョウソラァァァァァ!」
突然、フレイヤは立ち上がり、すっとんきょうな声を挙げた。
「なんだ、フレイヤ? 知ってるのか?」
「ニャっ……ニャンタロウは知らにゃいんですか。クジョウソラですよ! クジョウソラ! あの人気漫画家の!」
フレイヤはまるで握手会でアイドルに会えたファンのように目をキラキラさせて、ソラの前に本をさし出した。本の表紙には独特な画風で描かれた学ランの男が奇妙な角度でポーズを取っている。
「へえ、ボクの漫画、読んでんだ?」
「読んでます! フレイヤは読んでます! 『徐々に奇妙な冒険』は毎回、主人公が色々な敵キャラと戦いながらも確かに近づいているラスボスとの戦いにワクワクしっぱなしだし! 『PUNDA PUNDA』なんか、人を捕食する新種のパンダと主人公のせめぎ合いがもうホント面白くって! 面白くって! とにかく、とにかくにゃっ! ソラ先生の漫画は全部読んでますにゃ! 大ファンにゃ! サイン欲しいにゃ!」
「いいよ」
「わーいにゃ!」
フレイヤはソラからもらったサイン本を抱きしめてピョンピョンと飛び跳ねた。ふだん、無理をしてでも敬語を使って語尾のにゃんをゴマかしているフレイヤが、それを忘れるほど興奮している。そのくらい、スゴイらしい、とニャンタロウは思った。
「というか、あのネコ娘は文字が読めるのか?」
「わたしが教えたのよ。もちろん、ファンティック語をね」
「へえ、そいつはスゴイな」
「……遊び半分で学校をひらきたいって、言ってるわけじゃないもの」
ソラは、フレイヤにサインを書いてやると、ニャンタロウたちがすわるテーブルにつく。有名人が目の前にいることにフレイヤはにゃふふ、とにやついている。同じく、店員もニコニコした様子でやってきた。
「イソノさん、スゴイ! こんな有名人とも友達だなんて。あっ、料理、ここに置いときますね」
そう言って、テーブルに料理を並べる。
「ここは喫茶店だろ? 朝食も出るのか」
「はい、言ってくれれば50ギャレオンで」
「ちと高いな……」
「そうですか? でも値段以上の価値はありますよ」
「なんだと……ほう、こりゃ確かにスゴイ」
目の前にはなつかしい料理の数々があった。目玉焼き、魚の味噌煮、ご飯、ほうれんそうのおひたし。それらはリアティックワールドにあった一般的な料理の数々に酷似している。ニャンタロウは目玉焼きの白身を食べると、満足げな顔をする。
「こりゃ、驚いた。こっちの世界の料理はどれも独特のモヤっとした感じがあるのに、これにはそれがないな」
「ふふふ~ん、これには苦労しましたよ! 研究に研究を重ねて、ついにたどりついた至高の味です」
店員は自慢げに胸を張った。
「というか、あなた、ニャンタロウがしゃべってるのに、疑問をもたないのね」
「ヘッ? ウワァ! ネコ、なんでぇ!」
店員は黒猫が人語を解している事実にようやく気づいたようだ。
「わしの名前はニャンタロウだ。以後、よろしくな」
「へ? ああ、私の名前はリアリー・ディーと申します」
リアリーはおもわず自分の名前をあかす。
「へぇ、リアリー。キミが店を一人でやっているのかい?」
ソラはリアリーに訊ねる。
「はい、母と父がいなくって、今は私が」
「キミはえらいね」
「ありがとうございます。そうだクジョウさん。よかったらこれどうぞ。これは今朝、シーウォーカーから届いたばかりの――」
リアリーはソラの目の前に料理をおく。彼女は料理を見た瞬間、目の色を変えた。
「それをボクの目の前からドケロォォォォォォォ!」
突然、ソラは叫んだ。
その眼は、まるで目の前の“それ”に恐怖を抱いているかのようであった。
周囲は疑問に思う。なぜ、“それ”に恐怖を抱くのか。たかが“それ”ではないか。
ソラは周囲から奇異に思われたことに気づくと、平静を取り戻したかのように、
「いや……すまない。ちょっと、気が、動転した」と、言う。
そうそう、と。思い出したかのように、話を変えようとするかのように語りだした。
「んで、ボクを呼び出したのはどういうわけだ? まさか、朝食をごちそうするために呼びだしたわけもあるまい」
「そうよ、神宮寺未来のことは知ってるわね」
「ああ、キミたちの内輪もめはワールドサイド中で有名だ。結界が張ってあるんだってね。あの学園に」
「そうよ」
イソノの言葉にソラはため息をついた。
「キミたちは、なんでそう仲が悪いかね」
「あっちが勝手につっかかってきているだけよ」
「どっちでもいいさ。それで、ボクに何を頼みたいんだい」
「単刀直入に言うわ。海に結界を構成する魔石の一つがある。それを探したいから、あなたの眼を貸して」
「ふ~ん、やっぱそういう話か」
「引き受けてくれる?」
イソノの言葉に、ソラはフン、と鼻を鳴らした。
「イヤだね! ナァンでボクが、協力しなきゃいけないんだい!」
「金なら出すわ」
「ハァン! ナァンだって、金ならあるさ。鼻を噛んで捨ててやるくらいにね」
「友達のお願いでしょ」
「金の次にお友達とは、よく言えたものだね。それで動く女じゃないことくらい知ってるだろ。嫌だね!」
「じゃ、本をくれてやるよ」
「なんだって?」
ニャンタロウの言葉にソラは反応する。
「ほら、学園のなかにある図書館、手伝ってくれたらあそこにある本、好きなだけ持っていっていいぞ」
ニャンタロウの言葉にまた鼻を鳴らした。
「たかが本なんかで動くかよ」
「ほら、あれだよ、あれ、なんだったけな『ウルトラサイエンスフィックション』」
とつぜん、電流が流れたかのようにソラの肩が震える。
「ああ、あの3年生の時に図書館にまぎれこんであったジャポニカ自由帳の落書きね」
「そうそう、突然異世界に飛ばされたからうやむやになったが、たしかまだあったはずなんだよな~」
ソラは突然立ち上がり、ニャンタロウに顔を近づけ、蚊の音よりも小さな声で、
「テメェ、なに知ってやがるんだ……」と、つぶやいた。
「わしは、神宮寺未来の飼い猫だ」
ただ一言、ニャンタロウはそう言った。
ソラは奥歯を噛みしめ、拳を握りしめ、テーブルに叩きつける。
「……わかった……いいだろう、手伝ってやるよ。図書館の本か。いいね、いただこうじゃないか」
「よかった、契約成立だ」
「えっ……ああ、あれって……」
「何があれだ、磯野!」
「べつにぃ」
イソノはいたずらっぽい笑みをうかべた。
「フレイヤははにゃしが読めにゃいんですけど」
「いいじゃねぇか。手伝ってくれるんだから」
「それじゃ、サイレントシーに行きましょうか」
イソノは立ちあがると、意気揚々と言った。
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