第3話
商人の指南書にこんな言葉がある。
シーウォーカーで稼ぎたければ、海沿いに店を開くな。あそこは海から離れた者ほど富を生む街だ、と。
シーウォーカーの土地は高台に行けば行くほど地価が高くなる。津波の心配が少ないからだ。権力者たちは競うように高台に家を構え、海沿いの庶民を自分の手足のように扱うことで利権を確保している。
シーウォーカーのギャングのドン、ダニエル・ドットの館も高台にあった。その屋敷はシーウォーカーのどの土地よりも高い所に建てられている。
屋敷の中で、ダニエル・ドットは無言でシーウォーカーを見下ろしている。背後にはブルブルと震える三人の荒くれ者ども、ジョニー、ダニー、トニー。彼らは今、恐怖している。
目の前の250cmの巨男に恐怖している。
いつものことだが、なんて威圧感なんだ……三人のなかで一番の小心者、トニーは思った。
俺は田舎ではかなりの悪と言われたが、この人には敵わねえ、従わなきゃいけねぇ、そう思わせる凄みがある!三人のなかで一番の暴力男、ジョニーは思った。
恐ろしい、立っているだけで、子鹿のように足が震えちまう………三人のなかで一番の切れ者、ダニーは思った。
ダニエル・ドット、彼はふりかえる。三人と目が合う。三人の肩がビクンと震える。そのさまはまさに蛇に睨まれた蝦のよう。
ダニエル・ドットは三人をねぶるように睨むと、ニタニタと笑いだす。
「……どうした。そんなに震えて、まるでチワワァのようではないか」
ダニエル・ドットは一歩踏み出し、トニーと距離を詰めた。鼻の吐息が額にかかるほどの距離だ。
ヒェっと、思わず呻いた。まるで瞬間移動のように見えたからだ。
それを見て、上がっていた口角がさらにギリギリと頬を引き裂くように上がる。
「悪いなァ……オレは足が長いからな。大股での一歩が、人よりも大きいんだ。このくらいの広さの部屋なら三歩で端まで歩ける。それにこんなナリでも足は早いからよ。少し動いただけで、まるで瞬間移動したように見えるんだ」
そう言って、ダニエル・ドットはトニーを優しく撫でた。
「おお、よしよ~し、怖くない、怖くないゾォォォ!」
怖い、どう考えたって、これは怖い。
ホワイ? なぜ自分はここにいる。目の前の巨漢になぜ逃げだすこともできぬのか。クソ! マフィアになんてなるんじゃなかった。田舎でおとなしく家督を継いで、アポーを育てる一生を送ればーー
「惚けるでないわァ!」
突然の一括! と同時に放たれるトマホークの如き手とう。トニーの体は潰れ、まるでリンゴのジャムのようになった。やったぞトニー! アポー農家にはなれなかったが、アポーのようにはなれたんだ!
っと、小粋なジョークを挟めるほど彼らの間に流れるムードは和やかなものではない。残されたダニーとジョニーの未来が死に揺れていた!
「お許しください! お許しください!」
突然の土下座。だが、当然の土下座。
生死の糸の上に立ち続けるための必死の命ごいだ!
「本当に反省したか」
ダニエル・ドットは鬼神の如き表情で凄む。
「はい、とっても!」
二人の息はピッタリだ。今ならダブルスで負けなし間違いなし。
「そうか」
ダニエル・ドット、おひさまのようにニッコリ。ダニーとジョニーもニヘラと笑う。
「許してくれますか?」
思わず聞いた。
「ならぬ! ならぬ! ならぬ! ならぁぬ!」
告げられた答えは思わぬ答え!
まさに理不尽!
「腸をォォォォォォ! ぶちまけろォォォ!」
ダニエル・ドットはトマホークの如き手とうをダニーとジョニ―に向かって振り下ろす。
ブショォォォォォォン!
「何っ!」
ダニエル・ドットは驚愕する。ダニーとジョニ―にむけて振り下ろしたはずの手とう。それが強い勢いで跳ね返ったのだ。目の前にはピンク色のドア!
「なんなんだこのドアはっ! さっきまでなかったぞ!」
そうダニエル・ドットとダニーたちの間を遮るように、ドアがっ、ピンク色のドアが立っていた。
突然のことに、3人は言葉を失った。
室内が突如、無音となる。
ガチャっと、ドアノブがまわる。木の擦れた音を立てながら扉は開いた。
「行くわよ、フレイヤ、ニャンタロウ。目指すはダニエル・ドットの館。みてなさい、さっさと行って、チャッチャッと魔石を奪っちゃうんだから」
扉のなかから女性の声がする。
「さあ、冒険の始まりよ」
意気揚々と、最初の一歩を踏み出す。
「あっ……」
一人の女性がダニエル・ドットの目の前から現れた。
緑色のカーディガンを羽織り、首には水色のストールを巻いている。大人っぽい落ち着いた印象を与える女性だった。彼女こそ、磯野智花(いそのともか)。離れた場所をつなぐ扉を出現させる能力の持ち主。
イソノは、惚けた表情を一瞬、見せた後に、
「しっ……失礼しました……」
と言って、扉を閉めた。
なんなんだコイツは? ダニエル・トッドがそう思うと、扉から話し声が聞こえてくる。
「どうしたんだ、磯野?」
「いや、ごめん。ちょっと待って。今、目の前にダニエル・トッドがいた」
「なっ! 館の前に扉をつなげるんじゃなかったのか!」
「うん、ホントごめんなさい。そういえば扉開ける前に、いっそのこと部屋につなげたほうが早いかなとか考えたかも」
「そんなんで目的地変わんの!」
「しょうがないじゃない! ほらっ! ドラえもんで時々、のびたくんがどこでもドア使うと、間違えてしずかちゃんのお風呂にワープしちゃうことあるでしょ。あれと同じ原理よ!」
「こっちじゃ。キャー、イソノさんのエッチ! っじゃスマねぇぞ! どうすんだ、魔石盗んでやるとか言いながら扉開けてんじゃねぇか。もう、バレバレじゃないか!」
「もう、過ぎたことはいいでしょ! そうよ、正々堂々正面突破しましょ。私達がニャンタロウを捕まえて、ダニエル・ドットに売りにきたとか、そういうまどろっこしいことやってたら日が暮れちゃうわよ。よし、そうしましょ」
「でっ、どうするんですか。開けにゃいんですか?」
「……フレイヤ、あなた、開けてみなさいよ」
「イヤにゃっ! あんにゃ大男怖いにゃっ! イソニョが開ければいいじゃにゃいですか!」
「私だって、嫌よ!」
不毛な言い争いであった。ダニエル・ドットは興味深げにピンク色のドアをみつめ、その正体に気づいた。
(ほう、驚いた。なにかと思えば、このドア、魔法で創造されているな)
キャッツ・キーによって創造されたドアは魔力によって構成されている。魔力とは、形のない魂の力だ。
ダニエル・ドットはドアノブに手をかける。扉は硬く閉ざされ、開けることはできない。
(使用者以外は開けることは出来ぬか……なら……)
ダニエル・ドットは勢いよくドアをグラグラと横に揺らす。
ドアの向こうから叫び声が聞こえた。
「ヌゥァァァアアアアアア! 三半規管がっ! 三半規管がァァァァァ! ユゥゥゥゥレェェェルゥゥゥゥ」
イソノの声が響いた。まるでお化け屋敷であざとさゼロでビビる女の甲高い声である。
ドアとイソノの魂は絡み合っている。ドアが揺れれば、イソノも、まるで嵐の海でゆれる船の上にいるかのような感覚に陥るのである。
突如として、ドアは消えた。
ダニエル・ドットは、目の前で恐怖に青ざめるダニーとジョニ―など視界に入らないとでも言いたげにブツブツとつぶやいた。
「さっきのヤツ……この俺に向かって魔石を奪ってやると言ったな……魔石……なるほど、あの商人が売ってきたヤツか。どこでアレの存在を知ったのかは知らんが。いいだろう、奪えるものが奪ってみるがいい」
「あら、そう。じゃあ、今すぐにでも、と行かせていただこうかしら」
ダニエル・ドットは声がするほうに振りかえる。そこには先ほどの女性が、イソノがいた。
「お前、一人なのか……」
ダニエル・ドットの問いに、イソノはやれやれと言わんばかりのジェスチャーで返す。
「他の二人には別のところをあたってもらうことにしたわ。あなたの部屋にはないみたいだからね」
そう言って、イソノは鍵をダニエル・ドットに向けて言う。
「とりあえず私は、あなたをボコボコにして魔石のありかを聞くことにしたわ。そうでもしないと。わざわざ、ここにテレポートした意味がないもの。そう! 私はあなたを倒しに、麻薬を密売し、面白半分で人をこらすあなたをついでに懲らしめるためにここに現れたのよ!」
この女、大胆不敵に嘘をつく。
ダニエル・ドットはイソノの態度にニヤニヤと笑った。
懲らしめるだと? この女、懲らしめると言ったのか。笑わせてくれる! 突然のことで驚いたが。よく見れば単純明快。離れたところにつなげるドアを作るだけの能力。移動手段には便利だろうが、しょせん、戦いには役に立たぬ能力よ。おおかた、その能力で俺の手とうから逃げてまわろうという算段だろうが。無駄だ。無駄だァ!
ダニエル・ドットは一歩踏み出す。たったの一歩! たったの一歩で、ダニエル・ドットはイソノと距離を詰める。拳が届く範囲。トマホークの如き手とうを振り下ろせる絶好の位置にだ。
「マフィアのドンを舐めるなァァァ! 小娘がァァァァ!」
ダニエル・ドットはイソノに向けて手とうを振り下ろした。
ガッ!
「あれ?」
ふわりと、体が宙に浮いた錯覚を受けた。みぞおちに強い力が響いたのだ。
ギョロリと、目玉を下に動かすと、巨大な手とうがみぞおちに喰い込まれているではないか。
「ガハっ!」
そのまま、ダニエル・ドットは天井までぶっ飛ぶ!
シャンデリアが背中に突き刺さった。
「バッ……バカな! 小娘に振り下ろすはずの手とうが俺のどてっぱらにぶち当たるだと……」
ダニエルドットはシャンデリアと一緒に地面に落下する。全体重を床に預けたため、床は崩れ、ダニエルドットはそのまま下の階へと落ちて行った。
イソノはこれ以上ないほどのドヤ顔で落下する彼を見下ろす。
「さすがはマフィアのドン、強いわね。自分の力でその巨体をブッ飛ばすなんて驚きだわ。マトモに殺りあってたら絶対に負けてた。でも、残念。私の能力をちゃんと理解しないからこうなるのよ」
イソノは教室の鍵をクルクルと指で回しながら言う。
「私の能力、キャッツキー、離れた場所をつなぐ扉をつくる能力。あなたが手とうを放つところに扉をつくり、その扉の先があなた自身に向くようにしたわ。あなたは、自分の怪力に負けたのよ」
にやりと笑い、髪をかきあげ、ひるがえす。
「だれが戦闘要員じゃないって、んなわけないでしょ。バリバリの特攻ガールよ。さて、ダニエル・ドットから魔石のありかと神宮寺未来との関係を聞かなきゃだし、ニャンタロウに合流するのもかねて、一階に下りるとしますか」
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