賢い子、セイナ

 帝暦一六九八年、カーレンの領主貴族に仕えるアスレイ家に、娘が生まれた。

 カーレンとは、ドーメニア領海最南端のパンダクス及びソッカイアに近い、ゴイリア諸島西方の海洋国である。ゴイリアを二分する勢力のひとつであるカーレンはまた、大帝国にとって政治的に〈準属領国〉と呼ばれる。自治は認められているが、安全保障条約は結ばれていない。属領国と異なり、総督府は置かれず、一五〇一年のカラウス・セルヴァンナによる制圧以降、パンダクス艦隊の管理下に置かれている。いうなれば、辺境の小国である。

 だが、属領国よりさらに格下である準属領国とされるのには事情があった。ゴイリアは世界でも数少ない、魔獣が生き残っている領域であり、その守護のもとにペレシカ以前の時代より存続している神聖な海域なのである。

 魔獣が生きている。この事実だけで、ゴイリアは大帝国にとって不可侵地であった。死後軍神に名を連ねた名将セルヴァンナは、予期せぬ存在だったカーレンの守護獣によって命を奪われた。ドーメニアの占領下におけるこの魔獣の行為は、表向きには卑劣な反逆として糾弾され、カーレンを焦土と化す報復攻撃をおこなうに十分な名目となった。だがコデューン教会の圧力により、第二次協商軍は魔獣に手出しすることは許されず、被占領国にとっては最も厳しい処遇となる準属領協定を結ぶのが精一杯だったのである。また、軍事的・政治的な干渉によって魔獣を過度に刺激しないことで、教会を納得させる狙いもあった。

 ドーメニアの属国となったカーレンでは、コデューン教の南方教派、ピヴィルス教会が影響力を持つようになる。領主階級、騎士階級の人々はすべてピヴィルス教会の統制下に置かれた。これは、支配階級を除くカーレンの上層階級がひとり残らず、軍務関係者であったためだ。ドーメニアの第二次協商軍が、〈軍僧アルノクヴァリヴァス〉によって運営されるのと同様の体制が敷かれたのである。聖軍両立の組織制度をドーメニアでは〈軍僧制〉と呼ぶ。

 カーレンはもともと魔獣の守護の下にあるコデューン教国であるため、この改革はいたって円滑に受けいれられた。約二百年のあいだに、カーレンは母国の伝統と融合させた独自の軍僧制を完成させており、アスレイの娘もまた当然のようにこの慣例に従い、騎士階級〈カーレ〉の軍人としての道を歩むこととなった。

 領主貴族はクレナイ方言でマセーレと呼ばれ、支配階級であるコントゥーレから地方自治権と防衛権を与えられている。有事のさい、カーレと呼ばれる騎士階級が兵力として領主に召集されるという構図である。アスレイ家は有力なシリカ地方のマセーレ、サーマルに仕えているカーレの筆頭家系であり、当主はセイナの伯父であるジャクリス・アスレイであった。

 ジャクリスの弟夫婦であるジェイラスとノーブのあいだに生まれたセイナは、生後間もなく魔獣の洗礼を受けた。ジャクリスとジェイラスの曾祖父に当たるジャクサルの時分に、魔獣シカンセクのサングマールより〈魔錦士〉を捧げるようアスレイ家が指名されたためである。魔錦士、つまり女性にしか携行・使用を許されない〈ペネシャル〉の使い手(これについてはのちに詳述する)をアスレイから輩出させる名誉を手にしたということであり、要約すれば「娘を産み、われに仕えさせよ」と命じられたのである。サングマールとアスレイ家の盟約は、セイナ誕生によってようやく成就することとなった。

 女として生まれたセイナには、魔獣との盟約によって自動的に生じたもうひとつの義務があった。サーマルがカーレン海軍の将校であるため通常の兵役と適切な海上軍事訓練、そして軍僧制による修道士としての教育が課せられるのは当然のことながら、魔錦士となるにはピヴィルス教会における一定の役職を担う必要があるのだ。司祭試験ロイエルスト=アカンテを規定の成績で合格し、かつ、五年間のピストークレイト(修道院における禁欲的な修行の一種)を始めるための承認・推薦を、高位司教パーティレ以上の位にある者から受けた女性聖職者にのみ叙階される、〈アコラーデ〉という位階がその基準となる。魔錦士はカーレンの戦士の中でも精鋭中の精鋭であり、全員がエリートクラスのアコラーデでなければならない。そう易々と魔獣に仕えることなど許されないのである。


 セイナの受洗がおこなわれたとき、軍獣たちが不自然に騒ぎだした。その場に居合わせた者は、その異様な気配に固唾を呑んだ。


            * * * * * *


 思わず娘を胸もとへ抱きなおしたノーブは、夫と義兄に不安げな視線を送った。ジェイラスは顔をあげて天窓のほうを見やり、ジャクリスは眉をひそめていた。

「グリッターはなんと?」

 しばらくの沈黙のあと、ジャクリスはサングマールに訊ねた。異変をいち早く察知していた魔獣は、すでに伝達用水路に尾の先を浸していた。こうすることで、すでに視力を失っていた魔獣は外の様子を眼で見るより鮮明に感じとることができる。水路は城を中心に湿った地下を蜘蛛の巣のように広がっており、カリドナ全域を網羅しているという。

「なにもいってはおらぬ。鳴き声をあげているだけだ」

 石像のように不動の賢獣はそうとだけ答え、言葉にはせずに中断した儀を再開するようノーブに顎を向けた。

「鳴き声をあげているだけですって?」

 思わずノーブは魔獣の言葉を繰り返した。

「どうして鳴いているのです? 彼らはあなたが話しているあいだは、決して騒がないはずでしょう」

 ジャクリスの制するような視線を無視し、ノーブはそう詰問した。

 魔獣はゆっくりとジャクリスに顎を向けた。

「ノーブ、落ち着きなさい。サングマールがそういっているのだ」

 ジャクリスはノーブの青い大きな瞳を見つめながら、なるべく穏やかにそう諭した。

「続けよう。グリッターが騒ぐのも、儀のうちなのかもしれないのだから」

 奇妙にも、軍獣の喚声は人間の言葉のようにきこえた。クァー・ザー! すべての個体がそう叫んでいる。いつもの単純な金切り声とは違う。それは古代クレナイのトールト族の方言にも似て、ひどくはっきりとした母音と抑揚で発声されていた。

 またしばらくの沈黙の中で、ノーブは包みこむようにセイナを抱擁し、頬にキスをすると、観念して再び魔獣の前に置かれた鉄の平台に彼女を寝かせた。賢いセイナはおとなしくまどろんでいる。儚い小さなセイナの手を指で握ったまま、ノーブはそれを離そうとしなかった。

「これくらい許してください」

 ノーブに睨まれたジャクリスは、ため息をついてそれ以上いうのをやめた。

 魔獣の巨大な蛇のような鼻面が、セイナの顔に近づいていく。三人は黙ってそれを見守った。軍獣は依然としてわめきながら、煽るように木々をやかましく揺さぶりはじめた。まるで将軍の凱旋を盛大に歓迎するかのような昂揚感さえ伝わってくる。

 そのうちに、サングマールは弦を弾くような音をセイナの顔にかけるように、ボツボツとつぶやきはじめた。魔獣にしか理解できない古代の言語である。セイナは嬌声をあげて、鱗に覆われた魔獣の下顎を小さな手でペタペタと触った。

 数分が経ち、サングマールはつぶやきをやめた。それと同時に、軍獣たちの喚声も台風が過ぎたようにぴたりとやみ、室内は水を打ったように静まりかえった。洗礼の儀が終わったことを三人は感じた。

「アスレイ」

 頭を定位置に戻し、魔獣は誰かを呼んだ。ここにいる人間は皆アスレイだ。

「アスレイ。この子はよく育つ。また、つれてきておくれ」

 ノーブはセイナを抱きかかえ、返事に困ってジャクリスを見た。

「ええ。必ず、また元気な姿を見せますとも、サングマール」

 ジャクリスはアスレイを代表して答えた。

「しかし、儀は滞りなく済んだのですね? その、……素質は見られましたかな」

 魔獣は答えた。

「強く、美しく、賢い子だ。それしかいえぬ」

「それで充分ですわ。ありがとう」

 ノーブは遮るようにいった。魔獣にそれ以上、娘のことを口にしてほしくないかのように。

 ジャクリスは肩の荷がおりたように口をほころばせた。白髪混じりの口髭は脂汗でひどく滑ついていた。じつのところ、ジャクリスは魔獣がいまにもセイナの頭をぱくりと咥えてしまうのではないかと気が気でなかったのだ。

「それにしても――」

 ノーブとジャクリスの顔が引きつった。

「シュテー=シーの言葉を話したのは百年ぶりだ。じつに賢い。この老いぼれが耄碌してしまわぬうちに、またつれてきておくれ」

「え、ええ。近いうちに」

 帰宅後、ノーブは義兄と夫に、やはりセイナを魔錦士にするのは反対だとひどく取り乱しながら訴えた。二人のアスレイの男は返す言葉に窮した。誰もが、魔獣のあのつぶやきは洗礼の儀におけるメインイベントだと思っていたのである。

 二年前、ナイアルのペシディエ家が同じく受洗に訪れたのが最後だというのは耳にしていた。あれが正式な儀の過程なら、百年ぶりなわけがない。

 この子は魔獣となにを話したというのだ。


            * * * * * *


 結論からいえば、このときサングマールは洗礼の本来の手順を省き、アスレイの娘が魔錦士となることを本人に決めさせたのだという。

 魔獣は、同時に同種から一頭以上の人語を解する賢獣が現れることはない。二百年前、セルヴァンナがカーレンを侵攻するまで、ここには四頭のシカンセクがいた。そのうちの一頭、宿老オルサガは、約四千年前の〈ネッカの会戦〉をはじめとした古代の記憶を持っていた。オルサガを含める三頭はこの二百年のあいだに起こったなんらかの出来事によって絶命し、残ったサングマールが賢獣として目覚めたのである。どのような経緯でこの魔力と記憶の継承がおこなわれるのかは古からの謎とされていたが、セイナ・アスレイが十五の歳にそれは明らかになる。

 ここで、軍獣について説明しておきたい。

 ある特定の魔獣は、戦闘を得意とする猛獣やそうでないものを、多様な用途で従属させる力を持つことが知られている。シカンセクは、三七種、数万頭の獣を使役しており、うち二五種が軍獣であった。ペレシカの時代においても別の魔獣が同種の獣を従えている例はなく、個体特有のなんらかの眷属と考えられるが、知能は魔獣のそれよりはるかに低く、野獣とほぼ大差ない。そのため、しばしば人間らが訓練した軍用動物と軍獣は混同された。古代には〈獣兵〉とも呼ばれ、人間やイオルクにとっては魔獣専用の軍用動物とでもいうべき存在であった。

 軍獣は、魔獣の意思によって人間でも使役が可能だった。クレブナ、ゼフシー、メーズン、ヴォーニターといった軍獣はカーレン軍の重要な戦力であり、彼らを操る者は〈軍獣使い〉、あるいは〈獣師ゲルーダ〉と呼ばれ、洗礼を受けることはないが魔錦士と同様にシカンセクによってカーレ階級から選任され、専門の訓練を受ける。カリドナの城に配置される衛兵や職員は、蝙蝠のような翼を持つグリッターの扱いに長けた軍獣使いで構成され、サングマールの補佐官にはその中でもとくに優秀な者がその任に就いた。

 カリドナには多くの原生動物が住んでいるが、その中にシカンセクの配下が混じっていることに外来者が気づくことは容易ではない。猿のように樹上を跳びまわるヤールは侵入者の存在を周囲に伝える超音波を発し、熊のように巨大なオライマンや沼地に潜むクレブナは昼夜を問わず襲撃の合図を待っている。そのすべてはシカンセクが調整をおこない、受感機器を装着した獣師とともにカリドナ全体を監視しているのである。

 帝王パテクーシャンの治世においても軍獣と定義できるものの存在は証明されているが、その運用を発達させたのは二九代もあとのスパイア王、ヘリアスピスであった。軍獣の父ともいわれるヘリアスピスは、兵法にとくに秀でた百戦錬磨の二五頭の賢獣に請願し、パテクーシャンとそれ以降の王がおこなわなかった、魔獣の使役する獣による軍隊の創設を実現したのである。ポナイヴァやバリセク、バトロバイたちは新たな獣をつれ、ヘリアスピスのモア遠征を手助けした。明らかな軍用獣が史上に登場したのはこのときであった。〈シシン王のウォー・ミューマン〉、パーチドウやユグムールのような圧倒的な個体能力には及ばないものの、その驚異的な数によって敵陣を埋め尽くし、魔獣によって調整されることで群全体がひとつの意思を持つように動いた。ダンギニアの戦いでは、アンディミティ族の兵士ひとりに対して二〇~三〇の軍獣が押しよせ、その跡には骨すら残らなかったという。

 結果的にこの遠征は失敗に終わったが、その後のアリマーマム朝時代から始まるモンゴレドーリアとの戦役においても軍獣はスパイア軍の主戦力となり、ペレシカの時代においてはハンフィル戦争や第二次赤銅戦争で世界中に魔獣の恐怖を喧伝する存在となった。

 アーリッド史から突如その姿を消した魔獣は、第二次赤銅戦争で絶滅したと考えられていた。しかし、ゴイリアにはその戦火を生き延びた魔獣がいた。四頭のシカンセクはカリドナに、一頭のユル・ウテクはアーサイのボツ族の集落に身を潜め、再び世界がケンセイアに支配されるときを待っていたのである。


 帝暦一七〇二年七月、ヴァリモアの悪名高い海賊ジョニーファンダーが、カーレンに対して挑発行為を働いた。年に一回の貢物の中に、腐ったコーリダイトを積めていたのである。カーレン軍の指導者ガルディルーラ・ドゥマーゴは、シリカのサーマル・アートにこの件の収拾を指示し、サーマルはアスレイとアストラードに制裁部隊の指揮を任せた。

 出航の前日、セイナの父ジェイラスは、妻ノーブと盟友ウォルセント・アストラードとともに、娘をつれて老シカンセクを訪れた。ケンティオーラとして任務の成功のために助言を請うのが目的だったが、毎季の恒例となっていた魔獣との「親睦会」も兼ねていた。またこの年は、セイナが魔錦士としての修行を始めることを正式に承認される、四年に一度の〈解脱祭〉も控えていた。


            * * * * * *


「どうぞお召しあがりください」

 シカンセクの主任補佐官オルダ・ジンキンスが、食卓を囲んで席についたジェイラスたちにそういった。その隣の獣師長カイラー・エッセンディケットも、来客を招いて満足げに微笑んでいる。彼らもまた、セイナの成長を優しく見守る人たちであったが、ノーブは心の底から信用していたわけではなかった。常に腰にさげた棒状の機械は、軍獣をサーカスの見世物のように操るための道具であり、右耳に光る三色の宝石をあしらったイヤリングは、軍獣の声をききとる感応機器である。

 軍獣を意のままに動かす、まるで魔獣のように。ノーブはいつもの愛想笑いをふりまきつつ、食卓の上座に身を置く巨体がなるべく視界に入らないよう努めた。オルダの向かい、サングマールの左手側にジェイラスが座り、次にウォルセント、そしてノーブとセイナが続く。娘を常に視界にとどめておけば、ここはいたって日常的な晩餐の席だった。

「感謝します、ジンキンス補佐官」

 ウォルセントは初めて魔獣の城で振舞われる豪勢な料理を前に、ひどく緊張した面持ちでそういった。彼はジェイラスとは八つほど歳の離れた若者だったが、ジェイラスよりよほど分別があり、気配りのできる性格だった。

「きのう、酋領会から連絡がありましてね」オルダが微笑んだ。「驚きましたわ。わたしとしたことが、ケンティオーラの参謀がディクシオ・アストラードときいて、つい、お父さまかと思っておりましたのよ」

 ジェイラスが声をあげて笑った。「いやあ、おれもでさあ! アストラードが副官じゃあ気おくれするだろうと思っていたんですがね、思いのほか若くてほっとしていたところでして」

「あなた!」

 ノーブはばつの悪そうに苦笑するウォルセント越しに、夫をたしなめた。

「名誉なことですわ」

 常に魔獣の身辺で働き、浮世離れした彼女に、夫の冗談や皮肉は通じないのかもしれない。オルダは、四〇歳手前にしては少女のように透きとおった白い肌の美しい女性で、滝のように流れる蜂蜜色の豊かな長い髪の持ち主だった。もし彼女が魔獣の側近という立場でなかったら、きっと親しくなって肌や髪の手入れについてききたいと思ったことだろう。

 ノーブは、セイナの顎をつたったスープをナプキンで拭った。

「自分でやるわ」

 賢いセイナはナプキンを手にとり、口の周りを自分で拭った。

 その声をきっかけにするように、話題を変えようと、若きアストラードは口をひらいた。

「今回はカーレンにとっても重要な機会になります。最近は海賊や私掠船がトラブルを起こすことも増えているので、これである程度の鎮静効果が得られれば、同盟国からの支持も高まるでしょう」

「おっしゃるとおりですわ。ヴァリモアはたしか、ヘイジャンの領海にも近いですものね」オルダは端正な口もとをほころばせた。「わたしは彼らの文化が大好きですのよ」

「それは素晴らしい!」ウォルセントはようやくリラックスしたのか、この部屋に入って初めて素直な笑みを見せた。「ヘイジャンの歴史には、わたしも興味を持っているんですよ。祖父がフリーデン紛争で一年ほどヘイジャンに駐留していて、そのときの話を昔からきかされていましてね」

「まあ! では、お祖父さまはエッジヒュースにのっておられたのですね?」

 エッジヒュースとは、フリーデン紛争でカーレン軍が投入した伝説的な巡洋艦で、のちにヘイジャンに寄贈され、現在も彼らの海上都市の一部としてその勇姿を残している。濃緑色の艦体は彼ら独自の伝統的な手法で色鮮やかに塗り替えられ、カーレンとヘイジャンの友好関係を象徴する歴史遺産となっていた。

「はい。祖父も、エッジヒュースの乗組員だったことをいたく自慢しておりました」

 オルダとウォルセントがヘイジャン談議で盛りあがっているあいだ、ノーブは味わい深いセレティエの白ワインと香ばしいコルパカリット(スライスしたアコマ芋とマッシュルームをバターで炒めた、カスターナ地方の伝統料理)を口にしながら、娘の食事を見守った。娘を魔獣に会わせるのはいまだに気が進まないが、ここで振舞われる料理は、正直なところいつも楽しみにしていた。サングマール自身は花びらと昆虫の盛り合わせばかりを食べているので、これらの食材はすべて獣師たちのものなのだろう。ジェイラスが頬張っている高級デミガスタン・フールトのステーキも。

 騎士階級の称号として、ケンティオーラは大昔ほどの権威はないが、軍の階級においては上級小提督とも呼ばれる将官位であり、分家ではあるがサーマルに仕える筆頭家系でもある。だが、我が家で大事な賓客に最大級のもてなしをするとしても、はたしてこの白ワインほどの飲み物を出せるだろうか。

 ノーブはここが教会に保護された世界屈指の聖地であることも忘れ、そんな嫉妬めいた思いを馳せつつ、どうにか料理長からこのコルパカリットのレシピをこっそりきき出せまいかと思案した。

「ああ、じつは先日、シャイリス台下がおいでになったときも、そのような話になりましてな」

 獣師長が笑みをたたえながらことしもあり顔でそう切り出し、オルダに目配せした。

「そうですわ! わたしときたら、うっかりしておりました。今晩はまっさきに、そのことをお伝えしようと思っていましたのに」

 右手でこめかみを押さえながらかぶりを振るのは、うっかり者の彼女の癖だった。オルダは声を張りあげてそういうと、一同の注目を集めるあいだにワインを一口含み、ジェイラスに目を向けた。

「お知らせするのは来月の解脱祭の折になるはずだったのですが、われわれとしても大変喜ばしいことでしたので。ケンティオーラ、お嬢さまと同い年の魔錦士が生まれましてよ」

「まあ」ノーブはつかの間目を輝かせたが、すぐに懐疑的な表情をあらわした。「ですが、同い年ということは、四歳で受洗を?」

「そのとおりですわ、奥さまハンナ。前例のないことでしたが、サングマールが直々に酋領会を説得しましてね」

 ノーブは、それがどのような説得だったかは想像しないことにした。

 オルダは続けた。「これまで、同時に二人も魔錦士に恵まれた年はございませんでした。まったく驚くべき世代ですわ。お嬢さまはきっと、強いカーレの血を引いておられるのですね」

 獣師長が同意してうなずく。「シリカにカスターナ。やはりこの地方はクレナイの血が強い。将来のカーレンは、アスレイ家とシャイリス家がその中核を担うことになるかもしれませんな」

「そんな、大げさですわ」

 ノーブは彼らの社交辞令の奥に、より深遠な意味が隠されているかのような不安をおぼえたが、ひとまず、娘の級友となる家族との新たな交流が始まることを嬉しく思った。

「ムースをいただくわ」

「ええ。よかったわね、セイナ。お友だちができるわよ」

 ノーブは娘の、父親譲りのブロンドの髪を見つめた。

「お友だち?」

 セイナの反応に、オルダは子どものように目を輝かせた。「そうよ、セイナ。ロスティーナというの。きっと仲よくなれるわ」

「ああ、あのシャイリスか」珍しくジェイラスが口をひらいた。「いまは司教アルキエスタでしたな。ご立派な家柄だ」

 オルダがうなずいた。「そういえば、ケンティオーラの修士教区もカスターナでいらっしゃいましたね。面識がおありでした?」

「いや、」ジェイラスはワインをあおり、口の中に残ったものを喉に流しこんだ。「名まえだけですがね。たしか、ソフィエラだったか……」

「ええ、ソフィエラ・シャイリス台下ですわ。来月はぜひご夫婦ともどもご挨拶にと、言伝を賜っておりました」

「だとさ」

 こういうとき矢面に自分を立たせようとする夫のいつもの態度にうんざりしつつも、表情には出さずにノーブはオルダにうなずいた。

「光栄ですわ」

「われわれも楽しみにしております。いよいよ解脱祭ですわ。カーレンにとっても記念すべき日になることでしょう」

 くぐもった雷鳴のような音が、晩餐の場を静かに満たした。サングマールが顎をあげ、宝石のようなつぶらな瞳が、白濁した網膜の裏できらりと光った。

「気を悪くせんでおくれ、アスレイの奥がた。シャイリスの子の力を無視することは適わなんだ」

「いえ、そのようなことはまったく……」

 ノーブは口ごもった。魔獣には、なにもかもお見通しなのだ。心の奥底でごくわずかに芽生えようとしていた、限りなく唯一無二の名誉に与った実娘にライバルが現れたことに対する焦燥感をまんまと見透かされたような気がして、ノーブは自分の浅ましさを恥じた。

 サングマールは続けた。

「しかし、考えすぎることもあるまい。アスレイよ、わしはどちらの子も、特別扱いするつもりはない」

「もちろんです。感謝しますわ、サングマール」

 ノーブは魔獣と議論をするつもりがないことを明らかにするように、そう答えた。

 サングマールは瞳を閃かせ、左眉の辺りを持ちあげた。「一隻沈めれば充分だろう。ジョニーファンダーには戦う意思も用意もない。問題はサロマン・ズールとパラクイ・アヘッドだ。彼らが羽振りのよいことに、ジョニーファンダーは焦っておる。ヴァリモアを潰しても、大局的な解決にはならぬ」

「そのつもりですぜ」ジェイラスは背もたれに上体を預け、ウォルセントの肩に手を置いた。「あんまり気張るなってこった。な、いったとおりだろう?」

 シカンセクは表情こそ見えないが、この海の男たちに対しては魔獣なりに親身になっているようだった。彼は若い将校に顎を向け、喉を震わせた。

「若いの、案ずるでない。アスレイはこのような男だが、ここいらでは優秀なカーレだ」

 ウォルセントは、軍人らしく伸ばした背筋をこれまで以上に引きしめた。「はい、常に信頼しております」

「よろしい。今回の軍事行動で、覇教国の注意を向けさせてはならぬ。エデュプリア海はいたって平穏だ。そうであろう、アスレイ?」

「ええ、海賊どもはおとなしいもんです。なあ、ウォルス?」

 含みのある魔獣と夫の示し合わせに、ノーブは内心いら立った。カーレの軍人は、たまにこういういいまわしをする。まるで現実に目をそむけるかのように。

「はい、そう思います」

 ウォルセントはそう答えるも、やはり正直な青年だった。たまらず眉をひそめ、ジェイラスを見た。

「あの、ですが……、覇教国と今回の任務に、なんの関係が?」

 オルダが口をひらいた。「サングマール」

 魔獣はつかの間の沈黙のあと、答えた。「かまわぬ」

「ケンティオーラ、よろしいですね?」

 ジェイラスは肩をすくめた。

 オルダはウォルセントに目を向け、続けた。「覇教国はこれまで、ヘゲム海の情勢を静観していると思われていましたが、つい最近、宰相がプレイク王とのあいだで大量の書簡のやり取りをおこなっていることがわかったのです。内容は不明ですが、おそらく、覇教国はオスクイ側になんらかの支援をおこなうものと考えられます」

 ウォルセントは吐き捨てるようにいった。「やつらのやりそうなことです」

 オルダが続ける。「問題は、そのやり取りにサロマン・ズールが加担しているかもしれないということですわ」

「なんですって?」

 ウォルセントは思わず声を荒げた。

「もし確実な証拠があがれば、」オルダは続けた。「執政官パルトゥーラはクラヴァックス提督に私掠免状の破棄を通達するでしょう。明らかな協定違反行為ですから」

「しかし、」ウォルセントがいった。「そうなれば、覇教国も黙っていない」

「ええ。サロマン・ズールが制裁を受けるかもしれないし、われわれに対してもなんらかの行動を起こすかもしれない。いずれにせよ、酋領会はそれをなによりも回避すべき事態と考えています。ですから、いまは海賊の動向に神経質にならざるをえないのです」

 ウォルセントは苦虫を噛みつぶしたような表情で、サングマールを見すえた。「ヴァリモアがなにをしても、黙って見ていろと?」

「話を飛躍させるな」ジェイラスが鋭くいった。「どいつに対しても免状を破棄するつもりはない、だからおとなしくしていろ、それだけのことだ」

「ヴァリモアは……、」ウォルセントの顔は紅潮していた。「ジョニーファンダーはわれわれを挑発しました! どんな理由であれ、それに対してしかるべき処遇を与えなければ、やつらはますますつけあがるだけですよ!」

「ねえ、ウォルス。大声を出さないで」ノーブは宥めるように、彼の腕に優しく手を置いた。「セイナがびっくりするわ」

 晩餐の場を気まずい空気が満たし、ウォルセントは自分が取り乱していることに気づいて俯いた。

「申しわけございません。つい……」

「いいえ。ディクシオのお気持ちはみな同じですわ」オルダは穏やかにいった。「お優しいのですね」

「直情的なだけでさあ」ジェイラスが口を挟む。「まあ、そんなところも気にいっているんですがね」

 オルダと獣師長は和やかに笑った。

 わたしはあなたのそういうところが嫌いよ。ノーブは心の中でそうつぶやきつつ、彼らといっしょに笑った。


            * * * * * *


 その八日後、ケンティオーラ・アスレイとディクシオ・アストラードの指揮するケンティオスは、ヴァリモア海域のサイニッド島近海を航行していたジョニーファンダーの旗艦リストーヴに砲撃を与え、挑発行為に対する謝罪勧告をおこなった。双方ともひとりの死傷者も出さないうちに、ジョニーファンダーが降伏を表明すると、酋領会は貢物の再送と引き換えにバーグル軍港にリストーヴの停泊許可を与えた。また、この件に関して覇教国やサロマン・ズールが反応することはなかった。


 ゴイリアは、ドーメニア領海南部とダタリア領海西部に広がるエデュプリア海に位置する諸島で、パンダクス海域から伸びたローシュルト海嶺によって東西が隔てられ、東はシュラン覇教国、西はカーレン酋領国が治めている。そのため近年では、東側をシュラン諸島、西側をカーレン諸島(あるいはクレナイ諸島)と区別して呼ぶこともある。ローシュルト海域は古くから航海上の難所として知られ、帝暦八九六年に最初の軍事衝突がおこなわれるまで、民族的にも東西それぞれが干渉することなく別々に発展してきた。

 東側にはもともとアーサイと呼ばれるジャードック系の浅黒い肌の人間が住んでいたが、西側は無人であった。おそらく最初に入植したのはマッセイジやドーメニアと起源を同じくするモアの海洋民族と思われ、ヘルツイーク系の人間である彼らはクレナイと呼ばれた。新パレスティア紀末期にはカレルという海賊の存在がゴイリア北方で確認されており、彼らが現在のカーレの前身であると考えられている。現在のボイゴージやグリマソスを包括していたナルディウム王国や、エデュプリア海西端のマスカードミニア王国などがこの海賊に苦慮していたことなどを伝える史料が残されており、かなり深い歴史を持つことがわかっている。

 ペレシカ以前の時代、初期のクレナイは一〇の部族に分かれていた。クレオ=カレル族とアパニー族は主に中心部に住み、トールト族は現在のチェッソーナ地方に、グディプトゥ族とスクイップ族は現在のボードーアン地方に、ディンゴ族やアコマ=カレル族、チェイシー族は現在のイマニアージュ地方南部やカスターナ地方に、ドウェリング族は現在のナイアル地方に分布し、ギャラップ族は、いわゆるテロケニアの盗賊と呼ばれる集団を形成していた。クレオ=カレル族が現在のカーリッシオで酋領を王とした国を興し、ナルディウムやセルヴェニアなどとの交易を経て勢力圏をしだいに広げ、帝暦四五〇~五〇〇年頃にゴイリア西側諸島を統一したのである。またミューマンの集落も、現存するものも含めてあちこちに存在していた。カーリッシオとイマニアージュ地方を隔てるカリドナには、バービットと呼ばれる神秘的な狩猟民族が住んでおり、古代より魔獣の地の守護者としてディンゴ族らによって伝承されている。初期のエデュプリア海には、ヘイジャンの活動範囲が全域に分布しており、いくつかの島々に彼らの遺跡が残されている。

 東側のアーサイは、さらに多くの部族に分かれていた。最も有名なのが、帝暦七四年に〈覇教〉を新興させ、千年以上のときをかけて東側諸国を束ねる宗主に君臨した、シュラン覇教国を形成しているボツ族と呼ばれる人々である。クレナイと違い、ボツ族は周辺の諸部族を吸収して混血することはいっさいなかった。彼らは最初に支配下に置いたガマ族とロンド族を手先のように操り、以降も戦は覇教に洗脳され奴隷のようになった他部族に任せるやりかたで、領域を貪欲に拡大させていったのである。現在も、シュランと呼ばれる国家はボツ族のみで形成され、ほかの一四の国々は属国として覇皇に従うという体制を取っている。シュランとその属国を総称して覇教諸国と呼びならわされ、覇教国という場合は、シュラン単体を指す。

 シュランの属国において注目すべきは、その軍事力の高さである。ゴイリア東方はアイン鉱や船の燃料となるオキソライトのような天然資源に恵まれ、西方に比べて陸地もはるかに広く、人口も多かった。常備軍を持たないシュラン本体に対して、メカイアやシラガンナは強大な軍備を擁し、その気になればボツ族を制圧することは容易いはずであった。だが、史上一度としてそのような反逆はおこなわれなかった。それほど、覇教の求心力と彼らの信仰心は強固だったのである。ただし、ミューマンだけは例外であった。彼らに覇教による支配が通じないことがわかると、シュランは異教徒を根絶やしにすることを定めた〈覇道典章〉を発布した。これにより、ニュー・セルヴェニアのペルロアや小テベク縁海(現プレイク大王海)に住むパガムのジャッコ族、ネクウンナナトゥ(現メカイア近海)のプレイニアン・パシフィクスが絶滅に追いやられた。

 この、カーレンとシュランという二つの国には、共通点があった。前述の、魔獣の存在である。クレナイはシカンセクの、ボツ族はユル・ウテクの守護を受けていた。両者の繁栄は、それぞれの魔獣の性質によって、その発展の過程に違いが見られたとも考えられる。

 かつてスパイア王ヘリアスピスに肩入れした二五頭の一角であるシカンセク、宿老オルサガは、軍獣の使役に秀で、また魔錦ペネシャルという力を人間に与えることでも知られる。対してユル・ウテクという魔獣は、まったく異なる、想像を絶する力を持っていた。この個体に関してスパイアやペレシカの時代における記録はなく、のちにセイナ・アスレイが対決するまで、帝王パテクーシャンが遺した魔獣の一覧の中に記された名称により、どこかに存在していた、ということだけしか知られていなかった。そのため、いつごろゴイリアに到達し、ボツ族に接触したのかさえわかっていない。ただし、覇教の拡大にこの魔獣が少なからず関与していたであろうことは想像に難くない。

 混沌と犠牲を重んじる覇教は、アーリッド史上例がないほどに邪悪な教義を啓示した宗教であった。帝暦七四年、ボツ族が古くから崇めていたイムタ神の石像が大洪水によって倒壊し、これを世界の終焉(古代アーサイ語でシュ=クル=シュンという)の予兆と見た呪術師ヤヴァが、「世界の破滅が始まった。世界を作りかえ、新たな秩序を得なければならない」と民衆に説いたのがはじまりとされる。シュランとは、この破滅を迎える人々の覚悟と準備といった意味が込められた難解な言葉の略語とされ、いまやボツ族にさえ、その正確な語源は解明できないらしい。シュランを拡張させ、やがて全世界を支配下に治めることで、恐るべきシュ=クル=シュンの到来は免れるとし、ヤヴァはみずからをフェル・ゲンと僭称、徹底した侵略主義の下に覇教を創唱した。フェルとは、万物の創造主イムタが追放した混沌の神フェルタの変形語であり、秩序を破壊する自然災害や超常現象の代名詞とされる。曰く、秩序は混沌の先にしか有りえない、という分離主義的な思想によって歴代のフェルは覇教世界を先導し、不滅の教典〈ヴン〉は邪悪を奨励し、人々はすべての活路を戦争に見いだした。

 大国ダタリアがエデュプリア海に睨みを利かせていたためか、このような不穏な勢力が力を蓄えていたことにドーメニアはほとんど関心を向けてこなかった。帝暦一三八〇年、ナルディウム王国からペスティモの海戦において勝利を収め、属領域から南へ大きく進出しようとしていた猛将ジャワルス・ポヴォスによるきわめて打算的なゴイリア遠征が、大帝国によるセルヴァンナ以前の唯一の接触であった。このとき、覇教諸国はカーレンとの史上二度目の全面戦争を目前にかつてないほど獰猛になっており、ポヴォスの艦隊はカーレン軍と誤認され、メカイアの砲艦隊による容赦のない集中砲火に晒された。ゴイリアを辺境の蛮域と甘く見ていたこともあり、ペスティモからほとんど補給も休息も取っていなかったポヴォス軍は、一瞬の反撃の機会すら与えられずに全滅した。だが、この事件に関してドーメニアは事実上黙殺する。当時の枢密講を率いていたコンキニウス派にとっては、ナルディウムやマーマメントスさえ平定できればよく、そのさらに遠方の島国は眼中になかったのである。


 帝暦一七〇二年八月、シラガンナの独裁者エリックは、オスクイ領イガディヴァイアに艦隊を進め、〈海蛇シュリール〉の異名をとるオスクイの若き王、コモンドール・アテュタン・プレイクに宣戦布告をおこなった。

 シュラン諸島南西、オスクイ領の小テベクとシラガンナ領のパノラマに囲まれたヘゲム海域は、陸地に近い四つの主要な島々を擁する。西のジアッツァ、南西のムラスヴァ、南東のクレマゴイ、そして北東のイガディヴァイアであり、これらはヴァルムフ諸島と呼ばれる。ジアッツァとムラスヴァ、クレマゴイの三島はシラガンナ領で、イガディヴァイアはオスクイ領であった。両国はここ数年、ヘゲム海における制海権とヴァルムフ諸島の領有権を巡って対立していた。

 イガディヴァイアで最初の交戦が始まったとき、カーレンは国を挙げての盛大なイベント、解脱祭の最中であった。


            * * * * * *


 娘の生まれて初めての晴れ舞台、承認の儀をあさってに控え、ノーブ・アスレイはすこぶる気分がよかった。

 イマニアージュ地方ののどかな田園風景が広がるアネルペには、シャイリス家が所有する別荘があり、アスレイ一家は解脱祭のあいだ、ここに寄宿させてもらうことにしていた。すでに二週間ほどの滞在中、知人友人への挨拶や夫の軍関係者との祝福パーティー、娘の衣装合わせなどで慌ただしい日々が続いたが、ノーブはもう一か月はこの生活が延びてくれてもいいとさえ願っていた。

「ああ、きいてますよ」

 通話機を左手に、カラマンデーの瓶を右手にジェイラスは部屋に入ると、壁ぎわのソファに座り出窓に肘をついて中庭を眺めていたノーブの傍らで立ちどまった。眉間に皺を寄せ、窓の外を睨みながら瓶の中身を一口あおる。

「ですがね、結局その内容は仕様の半分も説明できちゃあいないんですよ。はじめから余計なこときかされなきゃあ、よっぽどスムーズだってえのに」

 いまは夫のがなり声すら、穏やかにききいることができた。

「それで? おれがいたら五連装くらい増えるってんですかい? それなら世界中どこにいようがすっ飛んで……。それがやつらにわからないなら、おれにどうやってわかれと? そんなくそ魚雷なんざ、シュランの肥溜めにぶっこんじまえってんだ!」

 後半は発情期のビーグかなにかの遠吠えがきこえたと思うことにした。

 通話機を懐に仕舞い、いら立ちをまぎらわすようにまたカラマンデーを喉に流しこみ、ジェイラスは妻の隣にどっかりと腰をおろした。

「順調?」

「ああ、絶好調さ」ジェイラスは妻の肩に右腕を回した。「兄貴はおれの休暇をどうにか台なしにしたいらしい」

 ノーブはいたずらっぽく微笑んだ。「ほんとはすぐにでも飛んでいきたいくせに」

 ジェイラスは眉をひそめた。「おれが? どうして?」

「そう顔に書いてあるわ」

 ジェイラスは酒瓶を持った手で、人差し指をノーブの眉間に向けた。「からかうな」

 ノーブはその瓶を口に寄せて中身をあおった。

 いいのよ。あなたがそうやっていら立っているうちは、こうしていっしょにいられるってことだもの。ノーブはそれを言葉には出さず、こうとだけいった。

「髭を剃ったらキスしてあげる」

 いまさら気づいたように顎を撫でる夫を尻目にノーブは腰をあげ、香茶クレッテを淹れようと上機嫌でキッチンへ向かった。そこではすでにシャイリス家の女中コイニカが、台座に乗った子どもたちといっしょに、夕食に使うらしい野菜の下ごしらえをしていた。

奥さまハンナ、まだお休みになっていらしていいのに」

「酔っぱらいの海賊が暴れているから、逃げてきたの」

「あら、まあ」

 恰幅のよい赤毛のコイニカは、目をまん丸にしてセイナと顔を見合わせた。

「お茶を淹れにきただけよ。待って。あなたは子どもたちを見ていてちょうだいな」

 抜け目なく手を貸そうとするコイニカを制し、ノーブはポットのお湯を沸かしはじめた。

「お勧めのブレンドはある?」

 赤毛のコイニカは少し考えてから、答えた。「ネヴィアン・ハーブにマロンダーなんていかがでしょう?」

「へえ、マロンダーね。それなに?」ノーブは茶葉の入った瓶を選びながらきいた。

「故郷でよく母が淹れていたブレンドです。薄かったらお好みでエーゼルチップをまぶしてみてください。風味が引き立ちますよ」

「ママ、ママ、見て」

 ノーブが振り向くと、セイナはクレナイウリの茎のついたヘタを見事に引き抜いた。

「あら、おじょうずなこと」

「あとね、これも。見ててね」

 セイナは黄色いカラシジを手に取り、親指を使って器用に中身の果肉を押し出した。

「お嬢さまはそこいらの行商人より手ぎわよく、カラシジの皮をむきますのよ」

「まあ。それじゃあ、おうちでもっとお手伝いしてもらわないとね」

 ノーブがふとロスティーナの手もとを覗くと、それに気づいた彼女は恥ずかしそうに体を左右に揺らした。

「ロージーも、とってもおじょうずよ」

 おとなしいロスティーナは照れくさそうにうなずいた。

 呼び鈴が鳴った。コイニカが前かけで手を拭きながら玄関ホールへ赴くと、そこには見慣れない神官服をまとった二人の男性がすでに扉をあけて立っていた。

「どちらさまでいらっしゃいますか?」

 若いほうが紳士的に会釈し、答えた。

「ドーメニア帝国連邦枢密講のペデリスと申します」

 驚いて硬直した赤毛のコイニカに、ペデリスと名のった男が真っ白な歯を見せて微笑んだ。

「ケンティオーラ・アスレイにお目通り願えますかな?」

 突然駆けこんできた恰幅のよいコイニカに少々不意を打たれつつも、ジェイラスはソファの肘かけに組んだ脚をのせて横になったままの姿勢で、悠長に彼女を一瞥した。

「旦那さま、大変です!」

 ジェイラスは腕を引っ張られるがまま玄関ホールに向かうと、そこにいた二人の男の装いをひと目見て眉をひそめた。ドーメニア人か?

「お初にお目にかかります、ケンティオーラ」ペデリスはジェイラスが持ったカラマンデーの瓶を一瞥し、こうべを垂れた。

「ああ、どうも」

「突然の訪問、お許しを。わたしはドーメニア帝国連邦枢密講のアンクシャス・ペデリスです」ペデリスは左胸にかかったエメラルド色の徽章を示しながらそういうと、もうひとりの、顔全体にコデューン教の紋章を彫った褐色のスキンヘッドの男に手を向けた。「そしてこちらは、第二次協商軍のアラダイ卿」

 紹介された男が目を閉じ、わずかに会釈をした。

「へえ、こりゃあ驚いた」ジェイラスは心臓が高鳴る音を感じ、その動揺を悟られまいとした。

 ジェイラスは彼らの背後を警戒しつつ、外にほかの物騒な気配を感じないことがわかると、女中の手を軽く叩いた。「もう放していいぞ。少し痛くなってきた」

 赤毛のコイニカははっとしてジェイラスの腕を放した。「も、申しわけございません、旦那さま。す、すぐにご案内を……」

「いや」ジェイラスは両腕を組んでその場に仁王立ちした。「ここでいいだろう、先生がた?」

 ペデリスは整った眉をつりあげて答えた。「もちろん。長居はいたしません」

「それで? こんな小国の片田舎に、大国のお偉いさんがたがいったいなんのご用で?」

「お祝いのご挨拶でございますよ、ケンティオーラ」ペデリスはにっこり微笑んだ。「ご息女が、あの魔獣シカンセクの近衛隊員になられることを祝しまして」

「魔錦士だ」ジェイラスは鋭く訂正した。

「そう、魔錦士に」ペデリスはアラダイを一瞥した。「わが帝国にとっても、祝福すべき慶事でございます」

「なるほど。それで先生がたは、魔錦士が生まれるたんびにこうして挨拶回りを?」ジェイラスは鼻を鳴らした。「ご苦労なこった」

「いえいえ、そうではございません。今回は特別なのですよ」ペデリスは含みを持たせつつ、両手を広げた。「このたびはすべての帝国臣民の喜びをお伝えしたく、伺ったしだいでして。魔獣が最も待ち望んでおられたというアスレイ家のご息女の健やかなご成長ぶりは、ケンセイアが慈愛を込めて見守っているのです」

 ジェイラスは思わず声をあげて笑った。「ずいぶん懐かしい言葉をきいたよ。あんた、若いのに感性が古そうだな。いや、ドーメニア人ってえのはみんなそうなのかな?」

 ペデリスはジェイラスの明らかな侮辱に対しても、紳士的な笑顔で応じた。「そのとおり。われわれはその感性を重んじております」

「そりゃあ楽しそうだ」ジェイラスは笑みを消した。「用件はそれだけか?」

「まさか」ペデリスは長衣の袖口から灰色の封筒を取り出し、ジェイラスに差し出した。「祝儀でございます。どうかお納めください」

「断る」

「そうおっしゃらずに」

 ジェイラスは腕を組んだまま、彼らの足もとに向けて顎をしゃくった。「なら、そこに置いていけ。玄関マットくらいにはなる」

 さすがのペデリスも少し頬を引きつらせたが、アラダイと目を合わせるとすぐに笑みを戻し、いわれたとおりにした。

「ではまた、承認式でお会いできることを楽しみにしております。ごきげんよう」

 扉が閉まっても、ジェイラスはしばらく立ったまま、彼らのいた空間を睨んでいた。その下には、ドーメニア帝国の紋章の焼印がついた立派な封筒が残された。

「だ、旦那さま。よろしかったのですか? あのアラダイ卿というおかたは……」

 教会の大物だ。教派は違えど、ジェイラスにとってもその手前ではつくばうべき高位の相手。

 この辺境の属国民にとって、口をきくことすら許されない天上の存在。

「気にするな。それよりあれを頼む」

「あ、あれ?」

 ジェイラスはマットに置かれた封筒に目を向けた。

「あのままじゃあ邪魔だろう」


            * * * * * *


 翌日、国中がお祭りムードの中、カーレン各地で隣国の不穏なニュースが報じられた。オスクイの王シュリール・プレイクが、イガディヴァイアでシラガンナの艦隊を完膚なきまでに打ち破ったのである。プレイクは勝利に酔う間もなく即座に、主力艦隊をジアッツァへ、制圧部隊をクレマゴイへ進めた。ヘゲム海がオスクイに制圧されるのも時間の問題であった。

 智将バーリンザンを失ったエリックは、全艦隊をピューライドに集結させ、パノラマの本陣を沿岸防衛線に移した。背水の陣を敷いたのである。首都パミュールへのホットラインであるピューライドに上陸を許すことだけは避けなければならない。海戦では勝ち目がないと悟ったエリックは、三島を捨て、全艦隊に玉砕覚悟の迎撃作戦決行を命じた。

 このとき初めて、覇教国の宰相ラカ・サーンはシラガンナに対し、公に声明を発表した。降伏せず、すべてを投げうって苦難に立ち向かうことを期待する、と。独裁者エリックは、覇教国に見限られたのである。

 イガディヴァイア戦の直前までラカ・サーンとプレイク王が交わしていた書簡の内容は、いまだに判明していない。だが、これによってその後のプレイク軍の行動についてある程度、覇教国の意志が反映されたものとは推測された。この陰謀の影で暗躍していたサロマン・ズールの海賊は、以後、カーレンと覇教国双方にとって「信用ならぬ同盟者」であり続ける。


 エデュプリア海は、とくにその北方の自由通商海域において古くから、複数の海賊を蔓延らせる温床となっていた。現在でもドーメニア属領諸国やブレンティア諸国、そして覇教諸国の商船がたびたびその被害を受けている。この問題に対して全面的な駆逐対策をおこなっているのはホルヴィウム同盟諸国のみで、多くの場合、各国は彼らに私掠免状を与え、国同士の経済的な代理戦争の駒として利用しているのである。エルヴェダ共和国の保護を受けたゴーマックス一家はその典型例である。

 カーレンは、その起源を海賊とすることに一理があるかもしれないが、この手のコネクションは国家規模でいえば異例の豊富さであった。国そのものがいまだに海賊と揶揄やゆされる原因にもなっており、カーレンは多くの新旧様々な海賊や傭兵集団と協定を結び、覇教諸国に圧力を加えていた。サロマン・ズール、フォドス、カリマン・スカヴェンジャーズ、パラクイ・アヘッドなどはその代表格で、とくにこの頃、もっとも勢力を著しく強めていたクラヴァックス提督率いるサロマン・ズールは、世界最大の海賊ともいわれる悪名高い一派であった。なお、古くからの義理や伝統に従って忠誠を誓っている者たちもおり、それらの海賊たちは酋領会から〈騎士団〉の号を与えられた。カラウス・セルヴァンナ率いる第二次協商軍との〈第三次ゴイリア戦争〉にも馳せ参じたデスファントの騎獣衆は、そのひとつである。

 もちろんこの海の荒くれたちが、いつも国家や投資家の思いどおりに動くはずもなかった。彼らは常に大金と楽な事業になびいた。世界でもっとも彼らの扱いに長けているとされるカーレンも、海賊とのつきあいには細心の注意を払い、容易に深い関係を結ぶことはなかった。有事のさいの召集には、あくまで懸賞金を口実に誘い出し、作戦行動を共有することもしなかった。カーレン軍内には、先のウォルセント・アストラードのように、海賊との契約自体を快く思っていない者も少なくないのである。

 ジェイラス・アスレイに旗艦を半壊されたヴァリモアの海賊の長ジョニーファンダーは、本来の貢物以上に賠償を請求されることはなかったが、その直後に起こった手下との内部抗争によって命を落とし、一派は分裂した。このとき、ジョニーファンダーには十四歳の養女がいた。彼女は養父を死に追いやったアスレイへの復讐を誓い、弟代わりのダミュエル・トロイとともにゴルマニアへ亡命する。のちにパラクイ・アヘッドの首領として頭角を現す〈黄海の裂帛れっぱく婦人〉、ナーファニー・コイである。

 将来の強敵のひとりがその爪を研ぎはじめていた頃、幼きセイナ・アスレイとロスティーナ・シャイリスの二人は、軍や教会の重鎮に見守られながら、カリドナの樹海を横切るネゴス川河畔の礼拝堂前で魔錦士の承認式に臨んでいた。カーレンの人々にとって魔獣シカンセクが公の場に姿を現す希少な機会である解脱祭において、魔錦贈与の儀とともに最も重要な神事と位置づけられている催しである。闇夜を司るピヴィルスの守護神スーラにちなみ、儀式は深夜に行われた。

 今年は二人の魔錦士が同時に承認を受ける。この記念すべき日にゴイリアの夜空を覆った雷雲を、観衆の人々は恨めしく睨みつけた。魔獣をひと目見ようと訪れたシリカの市民階級フレムナーレ出身の少年、アガルト・ラインゲージもそのひとりであった。


            * * * * * *


「かわいそうに。あんなに幼い子どもが、こんな真夜中に雨ざらしで大勢の見世物にされて」

「しかたないさ。これも名家に生まれたあの子たちの試練なのだろう。われわれは見守ってやるしかない」

 アガルトは背後の話し声に耳を傾けながら、松明たいまつの光の届かない祭壇の奥に必死に目を凝らした。わずかに、竜のような巨大な頭と翼のようなヒレが見える気がした。

「静かにしないか。儀式のまっ最中だぞ」

 祭壇の手前では、大粒の豪雨と季節外れの冷たい風に晒された小さな外套姿の二人の少女が、観衆を背に祭壇へ続く石畳の途中で肩を並べている。両脇を固めているのは両家の当主である。

「雨音にかき消されてなにもきこえやしないよ。あんたの声をききとるのもひと苦労さ」

「見ろ。神官たちが聖指を立てるぞ」

 コデューン教では、右手の中指と人差し指を天に立て、前方に甲を向けながら上下に一回、右目を撫でるように動かすしぐさを「聖指を立てる」という。祈りを捧げる最も基本的な作法であり、左手を握って喉もとに当てたまま、聖指を立てた右手はそのまま左手にかぶせて通常の姿勢に戻る。司祭やカリドナの官吏らが祭礼をおこなうと、信心深い市民たちもそれに倣った。ちなみに聖指を立てるときに親指を開いたり掌に握りこむのは誤りであり、人差し指と中指に対して水平に揃えるのが正しい動作である。

 アガルトは、礼拝堂のバルコニーから広場を見おろす連中が、この祭礼をおこなっている様子がないことに気づいた。たしか、あそこにはドーメニア本土から来た枢機卿クラスの人間がいるときいたが。

「魔獣だ」

 その声にアガルトははっとして祭壇に視線を戻した。黒い大きな影が、ゆっくりと前方に這い出てくるように見える。そのとき、広場全体が一瞬昼間のように明るく照らされ、地上を叩く雨音さえかき消す雷鳴が轟いた。アガルトはその瞬間を見逃さなかった。

 灰色の鱗に覆われた蛇のような頭部と長い首。翼のように折りたたんだ大きなヒレ。杖をついてはいるがしなやかな筋肉の発達した四肢。背中から生えた結晶のような珊瑚。水牛二頭分はあろうかという巨躯と尾ビレを引きずり、カーレンの歴史を背負った老獣の威風堂々とした姿は、アガルトの目に畏敬の念を伴って強く焼きついた。

 震える手で、アガルトは今日初めて聖指を立てた。

「よく見ていろよ。これからが本番だぞ」

 魔獣は首を空へゆっくりと伸ばした。両家の当主はこうべを垂れ、子どもたちを残してその場を離れた。

 人々が固唾かたずを呑む中、魔獣の背後から複数の人影が現れた。彼らは左右一列ずつに祭壇を横ぎって進み、計八名が二人の少女を円状に取り囲んだ。黒い祭服をまとったアコラーデの正装だが、頭巾や腰のミレット(スカートの一種)には金の刺繍が施され、右腕には地面に達する大きな布が垂れさがっている。彼らは魔錦士だ。それもラシア型ペネシャルを巧みに操る精鋭である。

 魔獣シカンセクは雷雲に向かって咆哮をあげた。雷鳴にも劣らぬ轟音に礼拝堂は震え、人々は金縛りのようにただただそのエネルギーに満ちた空気に身を委ねた。

 礼拝堂の奥から獣たちの遠吠えがきこえた。魔獣の咆哮に応えるように、その無数の鳴き声は広場を囲む樹海へと広がり、カリドナ全体を覆っていく。軍獣たちの凄まじい喊声かんせいは地を震わせ、勢いを増すネゴス川の濁流を掻きまわし、二人の新生魔錦士を中心に台風を巻き起こすように天を駆けのぼった。もはや土砂降りの大雨さえ、この大合唱の中では無意味に人々を小突く存在でしかなかった。

 魔獣は杖の先を両手で思いきり足もとに打ちつけ、白く濁った眼球が黄金の光に満ちると、まさに翼を広げるように分厚いヒレを伸ばし、夜空へ向かって扇ぐようにひと振りして風を起こした。アスレイとシャイリスの娘たちはひっくり返った。その頭上の空間に灼熱の魔炎が燃え盛り、広場全体をオレンジ色に染めたのだ。

 そのあまりの迫力と熱さに騒然とする人々に追い討ちをかけるように、樹海から無数のグリッターの群れがいっせいに空へ舞いあがった。さらに八人の魔錦士がミレットを翻してペネシャルを同時に振り仰ぎ、魔獣が発生させた炎を竜巻に変えて天に打ちあげる。彼らはまるで舞踏のように美しく滑らかなステップで、官能的に全身をくねらせて優雅に舞いながら、それを五回以上繰り返した。炎は広場を覆いつくすほど巨大になったかと思うと、魔錦士の発する風が収まると同時に一瞬にして消滅した。

 アガルトは目を見開き、口をあんぐりあけてその光景を呆然と見つめていた。わずか数秒の出来事だったが、夢から覚めたようにいつの間にか雨音しか耳に入っていなかった。蒸発した雨が白い霧となって、静寂の広場を包みこんでいる。

 これがシカンセクの力。これがかつて世界を席巻した魔獣の大いなる魔力なんだ! アガルトはわれに返って興奮した。どんな兵器や軍艦も敵わない古代の超常的な力に、このカーレンは守られているのだ。

 自分もいつか軍に入って、この偉大な戦士たちとともに戦いたい。そしてシュランのような悪魔から、世界で苦しむ人々を救うんだ。

「大丈夫かな、あの子たち?」

「平気さ。魔獣に見いだされた娘だぞ。ほら見てみろ、もう立ちあがっている」

 霧が晴れると、魔錦士たちはペネシャルの端を左手に握り、右肘の辺りまでをかぶせてぴんと張り、円の中央に向かって聖指を立てたままの姿勢で片膝をついていた。彼らに囲まれた二人の少女のもとへ、祭壇の奥からまたひとりの聖職者風の人影が向かってきていた。おそらく現魔錦士の最高位者、海軍参謀長官のヴァルディルーラ・アニー・キュヴレイだろう。彼女は胸の前で厳粛に白い布を両手に持ち、魔獣の前で跪いた。すでにヒレをもとどおりに折りたたみ、まるで人間の老人のように杖をついてしゃがみこんでいる魔獣は、差し出された布に鼻面をゆっくりこすりつけ、首を引っこめるとそのまま微動だにしなくなった。

 ヴァルディルーラは立ちあがってきびすを返し、それを順番に少女たちへ渡していった。やはり泣いているのか、ヴァルディルーラは膝をついて彼女たちの頬を優しく撫でるような仕草を見せ、二言三言、なにか言葉をかけているようだった。

 付き添いの当主二人が祭壇の前へ戻ると、少女たちを観衆に向かせた。カーレンの人々はそこでようやく箍が外れたように拍手をし、歓声をあげた。シャイリスの娘のほうはすっかり泣き崩れてしまい、アルキエスタ・シャイリスはしかたなく彼女を抱きかかえた。もうひとりのアスレイの娘のほうは、渡された白い訓練用のペネシャルをぬいぐるみのように抱きしめ、ジャクリス・アスレイの長衣の裾を握りながらも観衆にしっかり顔を向けていた。

 アガルトは無意識に、その小さな魔錦士に向かって聖指を立てた。

 再び大きな雷鳴が轟き、広場をつかの間明るく照らしたとき、彼女の顔はかすかに笑みを浮かべているように見えた。


            * * * * * *


 補足すれば、魔錦士の承認がこれほど厳格に制限されていなかった中世以前は、二人以上が同期に誕生することなど決して珍しくはなかった。古代クレナイの時代には、数千人規模の魔錦部隊が戦場を駆け巡っていたのである。

 ペネシャルとは、カーレン独自に発達した古来の武具である。クレナイ語における「炎(péna)」と「影(tchár)」の合成語であり、もともとは女性の祭服の一種がこの名で呼ばれていた。魔錦とも呼ばれ、クレナイ語に「ペネシャルを操る者」という意味をあらわす適切な言葉がなかったため、中世以降、便宜的にこの訳語が使用されるようになった。

 外見は、絢爛けんらんな刺繍が施され、色とりどりのクレナイ糸や紡毛糸がり合わされた美しい織物で、その本質を知らない者にはとても武具には思えない。家紋など、使う者の家柄や身分を象徴する文様が大きく織り出されているのが特徴で、使用しないあいだは戦士の腕や腰にかけられ、単なる装飾品にしか見えないのである。だが、薔薇に棘があるのと同様、ペネシャルは見た目の美しさに劣らぬ偉大な力を持つ。ペネシャルをひと振りすれば、その決戦の場は〈雷炎〉に呑みこまれ、灼熱の風を受けたあらゆるものは塵灰となって空に舞いあがるという。この力は、魔獣シカンセクの組織を紡いだ特殊な紡毛糸による。

 ペネシャルは、それ自体が燃えあがるものではなく、発生する雷炎は通常の火炎とは異質なエネルギーであり、引火性もない。シカンセクは皮膚組織にこの熱力を生成し爆発的に外部へ発散させる仕組みを持ち、本来水中を自在に泳ぐためのヒレや尾を、陸上においては攻撃手段として用いることができた。ペネシャルはその縮小版であり、振り仰ぐことによって風と雷炎を発生させ、敵に灼熱を浴びせる武器として考案されたのである。

 初めてカーレンにペネシャルをもたらしたのは、シカンセクの宿老オルサガである。彼は四年に一度、奉納物と引き換えに、クレオ=カレル族の人々に自分たちの脱ぎ落とした外皮を与えた。はじめこそ、その皮は酋領の居室に飾られたり、御座に敷かれたりする程度であった。だが、ある日の祭事の最中、その年に賜与された皮を酋領バイアンチェスカが頭上高々と閃かすと、夜空を明々と照らす炎が燃え盛り、上座を囲うように飾られた弓形のトピアリーが一瞬にして灰燼と帰し、唖然とするバイアンチェスカとその取り巻きたちに降り注いだという。この出来事がきっかけとなり、カーレンの人々は魔獣の皮に秘められた力を活用した、武具や装身具としての効果を研究しはじめたのである。

 ペネシャルはその形質や使用法の違いによって、〈ラシア型〉、〈シエルコニア型〉、〈戦旗型〉と大きく三種に分類されている。最初に作られたペネシャルの原型は、四角形に切り出した生皮の一角を、刀剣の柄や不燃性の絶縁素材に縫いつけただけの簡素なものであった。この、生地を直接振り仰ぐ形態をラシアといい、その後さまざまな亜種を派生する代表的な形状となっている。初めて製作されたラシア型は、威力に歯止めがきかず、また使用者自身が危険に晒されるなど、多くの問題点を抱えていた。そこで最初に加えられた改良が、いわゆる扇の形態を取る方法だった。刀剣の柄を流用するのは変わらなかったが、骨組みは幾度となくおこなわれた実験の結果、カリドナに自生するヤンガの強靭な茎が採用された。この扇型のものをシエルコニアといい、中世に見られる実戦的な型はほとんどがこの形態に分類される。熟練の技術を要するラシア型に比べると格段に扱いやすく、容易に配備することができたためである。

 シエルコニア型が誕生して間もなく、いよいよペネシャルが実戦で使用される機会が訪れた。それは帝暦前一八〇年頃の、南方のスクイップ族(現ボードーアン地方の山岳地帯を領土としていたクレナイの一部族)が攻めてきた戦いといわれている。当時の酋領サニーキル二世は、最新のシエルコニア型ペネシャルを携え、魔獣の力を見せつけんとみずから陣頭に立ち、敵勢目指して猛進した。その鬼神のごとき戦いぶりは後世に語り継がれ、〈丸腰将軍〉の異名を轟かすこととなる。丸腰とは、猛スピードで馬を駆った勢いでペネシャルは風に煽られ、敵陣にいたる前に彼の手から吹き飛んでしまったことによる。

 この教訓を生かし、その後は携帯性に優れたラシア型の発展が急速に進み、またシエルコニア型も折り畳み式の次世代型(扇子型)が考案されるなど、サニーキル二世のもたらした実戦テストの功績は大きかった。中世以降は鹵獲問題などで使用と製作が禁止されるが、その名のとおり戦旗のように槍に取りつけて振り回す形態が登場するのもこの頃であった。帝暦四〇年代には、織物としての製作法が成立しており、また、酋領会と教会、魔獣とのあいだで交わされたいくつかの取り決めによって宗教的アイデンティティーが確立されていった。さらに武芸家や舞踏家によって優雅な殺陣が発案されると、ペネシャルによる武術はその破壊力より、美しさを追求されるようになる。

 死滅した細胞でさえ驚異的な威力を備えたシカンセクの皮革だが、当然、永久にそれが保たれるわけではない。ペネシャルの寿命は、的確な計算によって加工された紡毛糸で織りあげられたもので約三十年といわれ、純正のままでは十数回振りまわせばその効力を失う。織物として発展したのは、工芸品としての文化価値を高める意図以上に、長持ちさせるという最優先の課題があったためである。ただし、その発想が生まれたのは、また別の思惑が働いた結果であった。

 帝暦三六年、ガイ・ヘッド率いるテロケニアの猛威に、首府カーリッシオをはじめ、各地のカーレン領では全面戦争の機運が高まっていた。建国以来最大の危機に直面した酋領トランバイアは、このとき初めてペネシャルの大量生産を決意した。この年は魔獣の脱皮年ではなかったから、これまでに備蓄されていた貴重な純生地を使わざるを得ない。彼女は、職人たちにそれを残らず使い果たすよう命じる。ただし、「一七・三マーシェルで十を成せ」とつけ加えた。一七・三マーシェルとは重さのことであるが、それは従来のラシア型ペネシャルを一枚製作するのに必要な分量であった。

 職人たちは試行錯誤の末、雷炎が必ずしも本来の組織構造に依存して発生しているわけではないことを発見した。また、使用不可能と思われた古い皮革も、手を施せばある程度効力を復活させることができることもわかった。彼らは、無駄なくより効率的に空気に触れる表面積の比率を算出し、魔獣の皮革を紡毛糸に加工して軍獣グリッターの生糸(クレナイ糸)と縫い合わせる方法を編み出した。これが、現在まで続く魔錦の基礎的な製作技術の誕生である。職人たちは無理難題と思われたトランバイアの条件を大きく上回る成果をあげ、五千名を優に超えるペネシャル部隊を戦場に送り出すことを可能にしたのである。

 ペネシャルは四年に一度、限られた数しか新たに作り出すことができないため、使用できる者が限られてくるのも当然である。現在は神聖な武器としてカーレンの力の象徴ともなっており、ガルディルーラさえ、正式な訓練を受けていなければ触れることすら許されなかった。魔獣の力を与えられる者はごく限られた少数の精鋭のみとされ、その条件は、六四八年に魔獣と酋領会によって規整されたアングール=ヴィオテンス法、通称〈ペネシャル法〉に則って厳格に定められたのである。

 まず、男性はペネシャルの使用・携行を禁じられた。これは、ホルヴィア教典の争いに関する戒律にある、「夫が短剣を持たば、妻は長剣を持て。夫が長剣を持たば、妻は火矢を持て」の一節が由縁とされており、酋領会もそれを公に認めている。が、実際にはさらに本質的な男女の潜在能力の差に帰結するようで、あるシカンセクはその昔、「男の炎は乱暴だ」と漏らしたという。

 一五〇二年の軍僧制導入、そして一五七一年のガルディルーラ・パトリオットによる軍事改革を経て、魔錦士は前述のように特定の位階にある優秀な聖職者であることが必須条件となった。また、オルサガとほかの二頭の魔獣が死に、残ったサングマールも老齢のために衰え、かつてのように多くの皮革を与えることができなくなると、魔獣から魔錦士に指名される者は希少となり、近代では何年も魔錦士に恵まれないことも珍しくなくなった。近い将来、ペネシャルは失われた古代の神器として歴史に刻まれた伝説の存在となることだろう。


 幼いセイナとロスティーナがその体より大きなペネシャルを楽しげに振りまわしながら、母親や教官の見守るなか舞踊の練習をしているとき、オスクイの王シュリール・プレイクは軍勢を率い、シラガンナの首都パミュールへ迫ろうとしていた。

 その数週間前、クレマゴイ、ジアッツァ、ムラスヴァを破竹の勢いで次々に制圧したプレイクは、ジアッツァにて兵に休息を取らせた。これがあろうことかシラガンナ艦隊の動揺を招いた。エリックはプレイクがそのまま一気にピューライドに攻めいるものと考えていたからである。事実、オスクイの兵は疲れてなどいなかった。プレイクは士気の低下を避けるために、ヴァルムフ諸島制覇を祝して盛大に宴会まで催すよう将軍たちに命じた。

 すでに玉砕覚悟の迎撃態勢をとっていたシラガンナ艦隊の指揮官ガクソーは、エリックにジアッツァ奪還の攻撃命令を要求した。だが、エリックはこの指揮官にバーリンザンほどの信頼を置いていなかった。彼はガクソーに迎撃態勢維持の待機指示だけでなく、ピューライドの対艦設備をさらに強固にする作業に艦隊からも兵を動員するようにさえ命じた。

 そもそも、プレイクは艦隊に守られた敵の要塞に真正面から突っこむ気はなかった。彼は休息を終えて出動準備を整えたあと、ガクソーに使者を送り、「エリックは覇教に背いた反逆者である。貴殿がいまだ覇皇に忠誠を誓う同志であるならば、降伏してピューライドを直ちに明け渡すべし」と伝えた。熱心な信徒であったガクソーは大いに怒り、使者に「覇教に降伏の道はあらず」と返した。明晩、彼は命令に背いて全艦隊をジアッツァへ南進させた。

 まっすぐ進軍するシラガンナ艦隊をプレイクはあっさり包囲すると、敵の軍艦一五〇隻を残らず撃沈した。自軍の七四隻はまったくの無傷であった。後年、この戦いを生き延びたシラガンナのある水兵は、一〇隻足らずのオスクイの軍艦が、まるで分裂するように瞬く間に倍増したと語っている。

 ピューライドの防衛を任されていたロンベック将軍は、海上支援を失ったもののプレイク軍の上陸を二週間は許さなかった。この戦いでオスクイは戦艦二五隻を破壊され、その乗組員を含めた兵士約二二〇〇名が戦死した。ピューライドの戦いは、プレイク王の生涯において死闘となったわずか二つの戦闘のうちの一つである。

 上陸を完了したプレイク軍は、ほぼ壊滅状態で敗走するシラガンナ軍を徹底的に追い詰めて北上し、パノラマ南西のナボットを攻略した。エリックはついに喉もとに剣先を突きつけられたのである。プレイクはパミュールへ使者を先行させ、みずからは二万の軍勢を率いて進軍した。

 エリックは発狂した。プレイクの使者はこう伝えたという。「混沌神の名において、潔く死すべし。更なる醜行を覇教は許さぬ」

 二日後、パミュールはオスクイ軍の前に無血開城した。シラガンナの廷臣らは若きプレイク王に平伏し、独裁者エリックの、狂気に目を見ひらいた首を差し出した。


            * * * * * *


「ついにくたばったか」

 冷えたシードソールをぐいっと喉に流しこみ、ジェイサン・バルトーは袖で口を拭きながら新聞をカウンターに放り投げた。

 酒場の店主夫人、ベル・ファランクスはその記事を一瞥してため息をついた。「物騒な世の中だよ」

「これで終わりだと思うか?」

 バルトーの意味深な笑みに、ベルはいら立って眉をひそめた。

「興味ないね」

 ベルは新聞を手に取り、椅子に座ってほかの記事を読みふけった。アガルトは皿を拭きながら、彼女の代わりにきいてみた。

「どういうこと?」

 少年の質問に、バルトーは目を輝かせた。「つまりだな、この戦争はシュランの策略なんだ。ラカ・サーンにとっちゃあ、エリックみてえな革命家は邪魔者でしかない。ヘゲム海は戦略的にもシュランの重要な軍港海域だから、オスクイとシラガンナにいつまでもくだらない紛争でドンパチされてちゃあ困るんだ。だから、ラカ・サーンは手を打った。異端者を排除するのと同時に、ヴァルムフ諸島全域を早いとこオスクイに一括管理させて、安定した防衛機能を整えたかったのさ」

「どうしてオスクイなの? ヘゲム海にはメカイアだって船を出せるよ」

 バルトーは少々期待を外れた質問に目を曇らせた。「シュリール・プレイクってやつが化け物だからさ。そもそもヘゲム海にメカイアの港はないだろう。それより、どうしてシュランはヴァルムフを整備させようとしていると思う?」

 アガルトはしばらく考え、かぶりを振った。「わからないよ」

「じゃあ、もしカーレンとシュランがまた戦争をするとしたら、ガルディルーラはまずどこを攻めると思う?」

「いい加減にしておくれ。アガルト、さっさと食器を片づけちまいな」

 アガルトは俯いて皿拭きを再開したものの、答えが気になってこっそりバルトーに目を向けた。

 どこなの? 声に出さずにそう口を動かすと、バルトーも同じように口だけ動かしてにやりと笑みを浮かべた。ヴァルムフさ。

 酒場の手伝いを終え、アガルトはいつものように友人たちのいりびたる古びたはしけ小屋に足早に向かった。すでにカッセルとジャニス、そしてロミーの三人がお菓子をつまみながら談笑していた。

「おい、すごい話をきいたんだ!」

 アガルトは興奮して小屋に飛びこんだ。

 待ってましたといわんばかりに、カッセルとジャニスは体を向けて注目した。アガルトは彼らに、つい先ほどバルトーからきいた話を得意げに披露した。

「つまり、シュランはカーレンに戦争をしかけるつもりなのか?」

 食いしん坊のジャニス・ファウルは身を乗り出した。

「それはわからない。けれど、でかい戦争の準備をしているってことはたしかなんだ」

 漁師の息子、カッセル・ブロスターは納得していないようだった。「でも、シュリール・プレイクがシラガンナを攻めたのは、エリックが宣戦布告したからだぞ。もしイガディヴァイアで戦いが起きなかったら、シュランはどうしていたんだ?」

「それも全部シュランの陰謀なんだよ」アガルトは目を見開いた。「エリックが戦争をはじめるように仕向けたんだ」

「どうしてそんな回りくどいことをする必要があるの?」ロミーがきいた。

「それは……」アガルトは口ごもった。

 カッセルもうなずいた。「ヘゲム海は、プレイクがいずれ支配下に収めるって、親父が言っていたぞ」

「なんだ。シュランなんて、やっぱりなにもしていないんじゃないか」

 ジャニスがつまらなそうにそういうと、アガルトは一気に自信をなくした。

「シュランなんかよりオスクイのほうがずっと強いさ。シュリール・プレイクは自分の倍以上の敵を簡単に全滅させちまうんだぜ。ジアッツァの海戦じゃあ――」

「それはもうきいたわ」ロミーがにべもなく遮った。「プレイクがシュランを制覇するんでしょう?」

「そうさ。シュランはほうっておいても、そのうちシュリール・プレイクに滅ぼされるよ。次はきっとギヴォンを攻めるぞ」

「ギヴォンだって?」アガルトはそれには反論した。「どうしてオスクイがギヴォンと戦う必要があるのさ? お互いに根っからの覇教信国じゃないか」

「オリヴァルやシラガンナもそうだったさ」カッセルは自信満々に腕を組んだ。「それどころか、ギヴォンは専制国だ。ブンベット・ジャハーはエリックが目指していた暴君そのものなんだぜ。そんなやつをシュリール・プレイクがほうっておくと思うか?」

「見当違いもいいところだ!」アガルトは語気を強めた。「おまえはプレイクを英雄かなにかと思っているのか? あいつはシュランの手先だぞ! いつかきっとシュランに操られてカーレンを攻めてくるんだ!」

「どっちが見当違いだ!」カッセルは立ち上がった。「でたらめばっかりいいやがって。シュランが戦争なんかできるもんか!」

「ボケてるのか?!」

「なんだと?!」

「やめてよ!」ロミーも立ちあがり、殴りかからんばかりに腰をあげようとしたアガルトの前に割って入った。「どうして二人が喧嘩するのよ?!」

 カッセルは肩をすくめてため息をついた。「行こうぜ、ジャニス」

 アガルトは磯臭い床に両脚を投げ出した。ロミーは彼の傍らに腰をおろし、横目で心配そうに一瞥した。

「全然わかっていない」

 ロミーはなにもいわず、スナック菓子の入った茶色い小袋を拾った。

 しばらくのあいだ、耳に入ってくるのはボリボリという控えめな咀嚼音と、外からきこえる爽やかな波の音だけだった。アガルトは後悔した。カッセルたちに話すのは少し気が早すぎたかもしれない。もっとオスクイのこと、覇教諸国のこと、そしてシュランのことを知らなければならない。

 いつか自分も戦うことになる、世界の敵のことを。

「先月、」アガルトは口をひらいた。「魔錦士の承認式を見に行ったんだ」

「本当? どうだった?」

「すごく感動したよ」

 ロミーは微笑んでいた。「いいなあ。あたしも行きたかったけれど、真夜中だし、パパもママも許してくれなかったの」

 アガルトは少々の優越感に気分をよくし、笑みを返した。ファランクス夫人は厳しいが、店の手伝いをしっかりしていれば、アガルトの行動にあれこれ口を出すことはしなかった。それに、お駄賃をくれるから、イマニアージュまでの旅費を貯めることができたのだ。

「承認式を見て思ったんだ。カーレンはまだ昔のように強くて、ほかの国にはない力と伝統を守り続けている。軍も教会も、市民が想像もつかないような未来を見越して、しっかり準備をしているんだってね」

 ロミーは彼の口ぶりからまた不穏な響きを感じ、眉をひそめた。「やっぱり軍に入りたいの?」

「もちろんだよ。それまでにお金を貯めて、卒業したらユーランカーに行くんだ」

「お店はどうするの?」

「どうもしないよ。ベルだって、ぼくがいなくなれば厄介払いできるって喜ぶさ」

「そんなことないわ」ロミーは真剣にアガルトを見つめたが、言葉に迷って目をそらした。「そんなこと、いってはいけないのよ」

 アガルトは彼女の横顔を訝しげに見つめた。

「それに、」彼は話を変えるように続けた。「新しい魔錦士のひとりは、このロードヴァニエルのカーレなんだぜ」

「知っているわ」ロミーは正面の壁を見ながらいった。「ママが、その子の母親と知り合いだもの」

「それ、本当?!」アガルトは思わず身を乗り出した。「アスレイ家と知り合いなの?」

 ロミーはうなずいた。

「へえ、知らなかったよ」

「初めていったもの」

「会ったことはあるの?」

「一度だけ。お食事に招待されたときに」

 アガルトは目を輝かせた。「ねえ、それじゃあ、ペネシャルの訓練も見られるかな?」

 ロミーはかぶりを振ってアガルトに顔を向けた。「訓練はカリドナでやっているのよ。それに、一般人の見られるものではないわ」

「そうなんだ」

「そうよ」

 アガルトは少し無念そうに、壁に寄りかかった。再び小屋に静寂が訪れる。

 しばらくして、アガルトはふとなにかを思いつくと、立ちあがってロミーの手をとった。

「教会に行こうぜ」

 ロミーは思わず頬を赤らめた。


 ロードヴァニエルのパティオ・ヴィエコット礼拝堂では、いつものようにデュエスタ(ロイエルスヴェートやアコラーデの助手に当たる祭官)のニトラ・クインダーが出迎えた。月書げっしょはいつも不在で、今日こそはと期待していたアガルトが落胆するのを見かねた彼女は、草花に囲まれた裏庭のテラスに二人を招いてくれた。

「小教区の主管は月書だけれど、祭儀や神事に関することは、わたしのようなデュエスタが代理として管理しているのよ。月書は元来、按察官あんさつかんと同じものですからね」

「按察官?」アガルトはきいた。

「正則教会の定める軍僧位よ。例えば、第二次協商軍の准将クラスといえばいいかしら」

「准将?!」アガルトは思わず身を乗り出した。「そんなに偉いの?!」

 ニトラは困ったように微笑んだ。「ほら、カーレン海軍と第二次協商軍とでは、規模が比較にならないでしょう? ケンティオーラってわかるかしら?」

 アガルトはうなずいた。「ケンティオスの司令官だ」

「そのとおりよ。複数の艦船を指揮する権限を持ったケンティオーラは、国際基準では下級将官に当たるの。ピストークレイトを修了した月書は軍僧制でケンティオーラに任命されるから、必然的に軍務を優先することが多くなるのよ」

「へえ。じゃあ、忙しいんだね」アガルトは混乱しそうになりながらも、ふと脳裏によぎった単語を思い出した。「コモンドールというのは准将とは違うの?」

「コモンドール?」ニトラは少し考えたが、すぐに笑みを浮かべた。「ああ、オスクイのプレイク王のことかしら?」

「そうさ。やつは、軍の階級としてはコモンドールなんだよ」

「オスクイ軍の階級については詳しくわからないけれど、おそらく、称号のような形で名のっているのではないかしら。少なくとも、覇教諸国は異質すぎて国際基準に照らし合わせるのは難しいと思うわよ」

「ふうん」

 ロミーは甘いパルフェラートを啜りながら、アガルトの横顔を盗み見た。この退屈な会話は、彼を本当に満足させるのだろうか。

「それとさ、」アガルトは質問攻めを続けた。「ここの月書さまは、やはりサーマルの配下になるの? ファルコドスのケンティオーラに?」

「そうよ」ニトラは答えた。「月書は地域に根ざした存在だから。あ、でも――」

「なに?」

 ニトラは大事なことを思い出し、人差し指を立てた。「魔錦士は例外ね。彼らはアコラーデといっても、小教区の責任者やマセーレの配下という立場以上に、魔獣の子だから」

「それじゃあ、ファルコドスに配属されても、同郷の魔錦士といっしょに出征することはないの?」

 ロミーは暗い気持ちを顔に出さないよう努めた。

「そうね。アスレイのお嬢さまがどういう軍歴を歩むかは、魔獣の意思によるのではないかしら」

 ロミーはここぞとばかりに口をひらいた。「軍に入ったって、魔錦士に会えるとは限らないってことでしょう?」

「まあ、そういうことよ。……アガルトは軍に入りたいの?」

 アガルトが答えにくそうにしているため、ロミーが代わりにいいつけた。「そうよ。彼ったら、卒業したらユーランカーに行くといっているわ」

「やめろよ! ……まだ決めたわけじゃないんだ」

 ニトラは微笑んだ。「目標を持つことは素晴らしいわ。でも、あなたのいうとおり、決めるのはもう少し時間をかけてからがいいわね。一等学校ではもっとたくさんのことが勉強できるし、きっと世界を見る目が広がるわよ」

 ロミーは、どうだといわんばかりにアガルトを見た。

 アガルトは肩を落とした。「考えてみるよ」

「焦らなくていいのよ、アガルト」ニトラはそよ風が彼らを包みこむように優しくいった。「ファウズモレーに入ると、焦って突き進みすぎるほど迷いやすい。まだあなたの太陽は昇ったばかり。周りにはたくさんの木や花、動物たちがいるわ。そして忘れてはならないの。あなたにはたくさんの友だちや仲間が、森に入ったときからずっといっしょにいるってことを。彼らを頼って、ときには、逆にあなたが彼らの相談役になって、お互いに助け合い、学び合いながら、ゆっくり前へ進みなさい」


            * * * * * *


 伝統を重んじるカーレンは、古来の貴族制が根強く残っている階級社会である。人々の権利や義務は生まれもった社会的地位によって明確に区分され、国政をはじめとしたあらゆる組織構造はこのヒエラルキーの影響下にある。現在、カーレンには五つの社会階級が存在し、コントゥーレ、マセーレ、カーレ、フレムナーレ、エミナーレと呼ばれる人々がこの階層を形成している。

 高位支配者階級であるコントゥーレは、古代クレナイのクレオ=カレル朝の支配者たちに最も縁の深い血筋である。きわめて少数であるが、現在の議会制においても無条件に酋領会へ席を与えられ、過去の栄光を背景にいまなお強力な発言権を持つ。ガルディルーラを除き、執政官パルトゥーラを筆頭とした行政官職に任命される権利を持つのは事実上この階級の者のみである。エルダと呼ばれるピヴィルス教会のカーレン総大司教は、執政官はおろか魔獣と対等の立場にあるコントゥーレの最高権威で、大帝国正則教会が第二次協商軍を支配するように、カーレン軍の統幕機構を厳正に監督している。

 カーリッシオの尊厳を保ちつつ、アパニーやトールトら周辺の諸部族の代表を旧市民会議に参画させるため、かつて酋領は彼らに新たな社会的地位を与えた。現在の諸侯階級、マセーレである。カーレンはマセーレの領地である十五の地方と首府カーリッシオから成り、諸島海域を分轄統治しているが、その中枢となるのが唯一の立法機関であり行政官のシンクタンクである酋領会である。国政への代表者となる酋領会議員はカーレとフレムナーレの中堅階級が投票権を有する地方選挙によってマセーレから選出され、首長である領主は特定の旧家が世襲制によって代々その領域を受け継いでいた。カンパネルやエヴェラル、サーマルといった爵位を持つマセーレは後者であり、コントゥーレを除く酋領会議員は総じて参議センティモールと呼ばれる。

 カーレンの中核を成す人々が、カーレと呼ばれる騎士階級である。カレルと総称されていた航海時代から呼び習わされていた歴史的名跡で、厳密には現在のコントゥーレもカーレを出自としているといえる。広義にはすべてのカーレン人に対しての尊称とされ、センティモールの人物を「彼は偉大なカーレである」と讃えることも、フレムナーレ自身が「わたしは根っからのカーレだ」と自負することも決して誤りではない。ただし通称ではなく、民族名としての「カーレン人」という言葉には置き換えられないことに注意すべきである(もっとも、カーレン国民をカーレン人と呼ぶのは主にフレムナーレ以下の人々や外国であり、貴族階級は自らをクレナイと称するのが通例である。)。

 マセーレとカーレは、前述したように領主と騎士の上下関係にある。カーレン軍とカーレン教会の主軸を担うのがカーレ階級であり、マセーレに領地を分配され、小領主として各町村の軍事と神事の主管たる地位を与えられている。例えば、シリカ地方のロードヴァニエルはアスレイ家の騎士領で、ピヴィルス教会管轄の小教区ストアに定められている。シリカの現領主サーマル・アートにはほかにメイセル家、アストラード家、ハーシュ家、ハスケル家、ガートルフィンチ家、アミスコット家が仕えているため、この地方はおもに七つの騎士領で構成されていることになる。サーマル自身の邸宅はカーリッシオに置かれ、カーレの各当主が住む城はマセーレの所有物であり役場扱いとなっている。分家は自己の持ち家の所有を認められている。

 社会階級の説明からは逸脱するが、パティオ・ヴィエコット礼拝堂はジェイラス・アスレイがロイエルスヴェートを務めているロードヴァニエルの管轄教会である。ピヴィルス教会では女性の場合にはアコラーデがその位階に相当し、どちらも敬称として月書と呼ばれている。かつて司祭たちが外灯もかがり火もない真夜中、月明かりを頼りに領民たちに教義を読みきかせたというスパイア時代の逸話に由来する。敬虔な月書は、有事でない限りは月に数回の説教をおこなう習慣があるが、ジェイラスは、領民から「月書さま」と呼ばれることを嫌がり、暇があっても教会に顔を見せることはめったになかった。クインダーの釈明は嘘ではないが、この教会は少々極端な例といっていい。デュエスタとは、気苦労の絶えない祭職なのである。

 このコントゥーレとマセーレ、そしてカーレまでの人々がカーレンの貴族階級に分類される。彼らは職業選択権を持たず、軍僧の子は軍僧、官僚の子は官僚、政治家の子は政治家であった。もちろん落ちぶれる場合もあるが、酋領会は国を挙げて徹底的に教育制度を充実させ、魔獣もその伝統の維持をあと押ししている。

 カーレンの市民階級は、フレムナーレと呼ばれる。古代クレナイ諸部族に起源を持つ由緒ある家や没落貴族も含めるが、その多くは中世以降に移住してきた商人や海賊、労働者の子孫である。簡単に定義すれば、カーレン国内に土地や海域を所有せず、市民権を与えられた者、となる。既述に登場した人物では、アガルト・ラインゲージやロミー・ウェルデナスらロードヴァニエルの子どもたち、酒場を営むファランクス夫妻、沿岸警備隊のジェイサン・バルトー、デュエスタのニトラ・クインダーはフレムナーレである。また、ジェイラス・アスレイの妻ノーブも、名家ではあるがフレムナーレの出身である。この市民階級の呼び名は、騎士階級としてのカーレと差別化を図るために作られた比較的新しい名称で、国民概念の法定化が推進された帝暦一五八〇年代後半の、領主と領民の国家的役割と社会的貢献に関する制度についての論争、〈フレムナーレ・アッサ・クレニオーネ〉というクレナイ方言の「社会運動」を意味する言葉に由来する。フレムナーレの部分を直訳すれば「社会人」となるが、「社会を構成する人々」という訳がより正確である。

 カーレンには養子縁組の制度はなく、フレムナーレの者がカーレ階級となるには、カーレと婚姻を契るしか方法はない。だが、望んでカーレの地位と名誉を手にしたいと思う領民はあまり現れない。カーレは軍僧制による社会的、宗教的な拘束性が強く、彼らは多くの納税の義務を甘んじて受けいれてでも、社会的自由を求めるからである。それは裏を返せば、領民の騎士階級に対する大きな尊敬のあらわれでもある。

 逆に、貴族階級がフレムナーレに身を落とすこともあった。カーレンには多くの没落貴族が存在する。没落する原因としては、財政的な問題、不祥事による制裁、マセーレやコントゥーレとの不和、従軍や信仰の放棄、転身や起業による地位の放棄など枚挙にいとまがなく、中世以前では領民の反乱や他家との内戦などにも起因した。こうした動きは騎士領の変動を併発し、基本的には首長の一族や既存のカーレの有力な家がその領地を相続するが、これが円滑に実施されることはきわめて稀である。たいていの場合は諸々の軋轢を生まないよう、首長みずからその地域の自治権を行使し、〈暫定騎士領〉とする。この地に残された領民は施政者及び、軍事と神事の主管責任者を失うことになるため、暫定騎士領では社会的に不安定な状態となることを防止する特別措置法が定められている。最も大きな施行制度としては、領民の中からいわゆる平民領主を選出することである。この選挙に立候補する権利は全領民にあるが、資産家や企業家、学者などの有識者層から名のりのあがることが常であった。これによってまずは施政代行者を擁立する。ただし、マセーレやカーレのような終身制ではなく、一年後に再び選挙がおこなわれ、そのさいに再選出された場合、以後は三年間に任期が延びる。彼らはフレムナーレでありながらカーレと同等の社会的地位が保障され、エミナーレを所有することも許された。領民との差別化により、彼らの社会階級は平民領主を意味する〈ウィルク=フレムナーレ〉とされる。一般的には、簡潔にウィルクと呼ばれる。シリカ地方には、クレイザーナとダコティリーノという二つのウィルク領が存在する。

 フレムナーレより地位が低く、カーレン社会の最下層に当たるエミナーレ階級は、法的にはカーレン人ではない。市民権や参政権を有さず、固定資産を持つことができないが、居住権を与えられ、労働の義務を課せられた人々がこう呼ばれる。海外からの出稼ぎ労働者などもこれに当たるが、おもには貴族階級の邸宅で秘書や教師、庭師、家政婦として従事している。短期的に雇用される例もあるが、多くは特定の旧家に古くから仕えており、近世では家族の一員のように分けへだてなく生活しているように見えることも少なくない。ジェイラス一家に仕えるビエシュ母子やツイスター・ボレック、シャイリス家の女中コイニカは、典型的なエミナーレである。その語源は「従属」を意味するクレナイ方言だが、いわゆる奴隷として強制労働や強制従軍といった過酷な扱いを受けた歴史はなく、特定の範囲に限られるが職業の選択はフレムナーレと同様に自由であり、教育を受ける権利すら有する。

 古代クレオ=カレル朝は遠方の諸島を属領エミニアとし、施政圏を限定していた時代があり、歴史家によってはこの地の旧領民を「属領民」という意味合いでエミナーレと呼ぶこともある。だが、その本質や実態は現在のエミナーレとはまったくの別物である。旧属領であるボードーアンやテロケニアの子孫は、当然現在の同地方を発祥とするマセーレやカーレ、フレムナーレなのである。

 カーレンの人々は概して歴史好きであり、娯楽の主流や憧れの対象となるのはいつの時代も実在の英雄である。

 誇り高いカーレ階級のあいだでは、ペネシャルの革命をもたらした酋領トランバイアや、シュランの百万軍を退けた天下無双の魔錦士ローザン・パラリア、世界で唯一第二次協商軍のエルタンドール艦隊を打ち破った伝説の海将サーマル・シェパーダ、大規模な軍事改革によって現代のカーレン軍の基礎を作りあげたガルディルーラ・パトリオットなど、その功績がアーリッド史上に残るほどに偉大な先人がとりわけ尊敬を集め、また群雄割拠の中世内乱時代に活躍した多くの武将たちも根強い人気を持つ。対してフレムナーレの若者のあいだでは、ガイ・ヘッド、シャークノーズ・ブロイス、二本指のバジャフ・ヤッザ、カラウス・セルヴァンナなど、カーレンにとって脅威となった人物が支持を受ける傾向がある。伝統に固執するあまり排他的な気質を身につけがちなカーレと違い、史実を客観的に捉える機会に恵まれたフレムナーレ階層は、過去の敵の行動に関しても中立的な解釈で受けいれることができる国際観を身につけやすい社会であるといえる。敵国における最重要危険人物であるはずのシュリール・プレイクを英雄視する若者が増えはじめたのも、この王の器量からすれば必然的な成り行きであったのかもしれない。

 エリックの独裁政権が倒れ、シラガンナ王の座は覇教国の傀儡、ペディスキックに与えられた。ヴァルムフ諸島を含むヘゲム海の大半はオスクイの支配領域となり、北西沿岸の小テベク近海は、海域を平定した英雄の功績を称え、プレイク大王海と改名された。以降のカーレンにおける海図でもこの新名称が採用されるほどの、ゴイリア史におけるセンセーションであった。イガディヴァイアの戦いから始まったこの一連の戦いは〈ヘゲム戦争〉と号され、戦史に刻みこまれる。

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