02・灰と聖女粛正


 そして集会の日を迎えた。

 夜明けの頃、クレーンの上から見ていて分かるレベルで、街の中心にある集会場には人が集まっていた。

 歩きだったり、車だったり。人々は集まっていく。

 5月だというのに真冬のような寒さの中、厚着をせずに歩く姿は、ここがそういった地獄なんじゃないかと思わせる。

『コキュートスだっけ? あとはブッキョーにもそんな地獄があったかな』

「生憎と不勉強なもんでね。朝から何の用だ?」

 待ちきれずに集う人々を見下ろていると、ツールから声がした。

『ルツギ隊長ははあの集まりに行くんでしょ? だったらお別れくらい言っとくのもいいかなーって』

「お互い一度死んどいて何を言ってるんだか、って気がするけどな」

『それはそれ。そっちは今はこうして生きてる訳ですしー?』

 ツールから聞こえる気楽な声で勘違いしそうになるけれども、笑っていられる状況じゃない。

「結局、お前はどういう状況になってるんだ?」

『ウチ? あー、なんだろ。電子の妖精、とかそんなん?』

「何が妖精だ、今すぐ消してやろうか」

『冗談きっつー! って言いたいけど、このツール消したくらいじゃもう“死ねない”ようにもなっちゃってるんですよねー?』

「……うわ、めんどくせえ」

『自分でも面倒な事しちゃったなーと思う訳ですけど。ネットワーク上にね、バックアップ沢山作っちゃったし、なんか何処までが自分でどこから違うのかもアイマイで、えーと。まあ、そのうち適当に自我も溶けて消えるんじゃないですかネ?』

「明らかに亡霊とか、ゴーストになって都市伝説になる流れじゃないか……」

『ありえますなー。まま、解体薬くらいは作ってくというか、元々用意してたんでね。量産体制整うくらいまでは持たせますよー、ますます』

「そうか、まあじゃあそっちは任せる」

『……それよりも、隊長。“大丈夫”なんですか?』

「何が――」

『シンド副隊長のトコから帰って来てから一週間。ずーっと寝ないで街の方見てたでしょ? 普通それだけで死にますよ』

 魔法剣を抱え、俺なりに準備を続けてきた。元々無茶だったけれども、シンドのお陰でかなり勝ちの目が出て来た。

「チャクラの応用っつーかな。アデプトもただジュツが使えるだけで新人類なんて言ってる訳じゃないんだなって。自分の身体で実感してた所だ」

 アデプトという言葉通り“達人”になれば、多少の無茶は効く。

 過去に仙人とか超人とか言われた人間がアデプトだったんじゃないか、というのはこの辺の話もあった。

『寝ずに“そんな事”までして。本当に生きて帰る気無いというか。ここで無理に止めるともっと大変な事になるでしょ?』

「分かってるなら俺を止めようとするなよ」

『いいですけど。ソレ、どうなるんです?』

 そう言って、ここまで勝手にやってきたロボの方が剣を指差す。

「知らん」

『知らんって!? 無責任すぎません!?』

「俺1人のジュツだぞ、何をどうこうした所で大した事にはならんだろ」

『そうですかねぇ……』

「そうだよ、というかそんな大規模な事が出来るアデプトがいたなら新人類は旧人類に負けなかったんじゃないか?」

『とはいえ、あれから何十年も経ってますからねえ? アデプトが“進化”しててもおかしくないでしょう』

「どうだかな。ああ、そうだ、1つ言っておく事があった」

『なんです? 嫌な予感しかしませんけど』

「――機会を作ってくれた事は感謝してる、ありがとう」

 ツールの向こうで面食らったのか一瞬黙り込む。

『……いいんですよ、聖女ミナのクローン作っちゃったのはウチですし。どうせ殺されるなら、もっと早くにカゴに殺されとけばよかったのに、とか思ってるでしょ! どうせ!』

「ああ、それは思ってる」

『容赦ねえですね!!??』

「ただ、そうだな。お前のせいではないさ。ミナが死んで、それを受け入れられなかったカイドが悪いんだ」

『……人って、1人死ぬだけでそこまで壊れるんすねえ。どうしてルツギ隊長は平気だったんですか』

「……平気ではなかったさ。俺も、おかしくなってたし、今もきっとおかしいんだよ」

 ミナの残した物を守ろうとしてきた。

 きっとカイドも俺もそれは一緒だったんだろう。

「役割が逆なら、きっと俺もおかしくなってたし、カイドが止めてくれたかもしれないけどな」

 もっとも、だからといって許す訳でも認める訳でもない。

「さて、と。じゃあ、行ってくる」

 魔法剣をボロ布でくるみ、パーカーを被り直す。

『……お別れですかね? というか、誰にもお別れ言ってませんよね』

「良いんだよ、俺みたいなのは。そもそもろくでなしのお前になんやかんや言われたくは無いね」

『ひひひひひ。まあ、生きてたらまた会いましょうよ。いやまあ、ネットワークに繋がればこっちから勝手に顔出しますけど』

「生きてたらな」

『あ、こいつ生きて帰る気ねーっすな?』

 否定出来ずに、俺は手を振るロボに一瞥をくれるとそのまま集会場に向かった。



 ●



 霜の降りる気温の中。。

 コートすら着ない人々は、恐怖に怯える目をして集会場に向かう。

 何万人も受け入れられる規模のそのスタジアムは、本来は文化的に使われる体裁だったのだろうか。

 けれども、寒さに震えた人々が向かい、集まる様子は上から見た通り、極寒の地獄のようだった。


『――これは祝福である』


 街中のスピーカーから、カイドの声が聞こえてくる。


『諸君等の中には、突如隣人が、あるいは敵対者が溶けて消えてしまった者も居るだろう。それは、天罰だ!』


 ――青堂会が仕込んだ、細菌兵器。

 確証は無くとも、その噂を知らない人々は最早いなかった。


『それは、我々青堂会……いや、聖女を軽んじた事により引き起こされた罪の形である!』


 聖女ミナ。

 意欲的に人々を救おうとしたミナの、本当の姿を知っている人は驚くほどに少ない。

 彼女の“偉業”は多すぎたし、話が盛られたり、あるいは新しく作られてしまったりしたせいだ。

 だから人々は「聖女なら、そういった事をしてもおかしくない」と思うかもしれない。


『しかし、聖女は滅びを望んでいない。だからこそ、聖女はこの危機に再び街に現れた……再誕したのだ!』


 どよめきが走る。

 5年前、聖女は死んだ。その時は大々的な葬儀が行われ、そこから泥沼の紛争が始まった。

 その人々の間をかき分けて歩く。

 幸いにして、さほど厚手でもないパーカー姿は、違和感が無かったのか、誰も気に止めやしない。


『信じよ、聖女を! 死を嘆く聖女の理想こそが、この街を、我々を繋ぎ止めた牢獄を、楽園へと近づけるのです』


 熱くなれば、溶ける。

 だからこそ集まった人々は押し合う事無く、隙間が出来ていた。

 しかしどよめきから、ぶつかり争いが起こされ、そして巻き込まれないように人の輪が広がる。

 それを横目に、俺は会場に乗り込む。

 暗い、人のひしめく通路を、突き進む。


『彼女こそが、再誕した聖女。我々を導く存在なのです!』


 壇上には、カイドと他の幹部たち。

 そして一番前には、正装したミナ――のクローンが立っていた。

 クローンは何も喋らない。だがしかし、その見た目は若い日のミナそのものだ。

 集まった人々はその姿を見て、さらに大きくどよめく。

「本物、か……」

「まさか、そんな」

「死から、蘇った……?」

「けど、じゃあ聖女のジュツ、は……?」

 アデプトは2つのジュツを持たない。街に広がる奇病と、蘇生は果たして両立するのか。疑問と疑念はあるが、しかし、実際に聖女は蘇り、青堂会の人間は奇病から守られている。


『さあ、聖女の元に集うのです。信じ、彼女の理想が実現される時こそ、恐怖も、差別も争い無い平穏な生活を送る事が出来るようになるのです!』


 平穏な生活。

 何を、と言われるかもしれないけれど俺達が求めて止まないものはソレだ。

 衣食住の為に、誰かから奪う必要も守る必要も無い。戦う力が無くても、生きて行ける事が出来る。

 ミナが言う「世界の全てではないけれども。外、人類新世紀前では当たり前だった事」を、この街の人間は持っていなかった。


『――それは、貴方の元でですか、カイド・カゴ隊長』


 しかしそこに、異分子が混ざる。マイクに乗るのはシンドの声だった。

 これまでとは別のざわめきが広がる。


『シンド第2隊長、どういった意味でしょうか』

『言ったままです。貴女の意に添わなかった第2隊長ヨウ・ルツギの殺害、青堂会食物工場、エヴォル第3地区での爆破テロ、そしてこの人体を溶かす生物兵器の使用――すべて、貴方がやった事でしょう!!』


 あの馬鹿、先走りやがった……!

 急いで向かうけれど、会場は広く、人が多くて速く走れない。遠くで“俺”に気付かれるのもまずい。


『何を根拠に――』

『――根拠ならあるんだなコレガ。んじゃネットワークにばらまきますね。みんな適当に検索してみて? いやあ、シンドちゃん結局バラしちゃった? 争いがなくなって統一されるならそれでもいいとか言ってたノニノニ?』


 スピーカーからやたらクリアに聞こえる声は、メッティ・シュガーの物だ。

 あいつも、協力してやがったか。


『聖女が蘇り、また彼女の元で理想の為に戦えるのなら良かった。けれども、貴方の作った操り人形の聖女と、狂ったカイド・カゴの元で何が平和だ、何が平穏だ!』

『――なるほど、では死になさい』


 カイドは弁明も求めない。

 そこで俺はやっと会場に出る事が出来た。

 ごく自然な、しかし無駄の無い動きで拳銃を構え“終わっていた”カイドは、シンドに向けて引き金を引く。

 カイドが銃を外す事はまず無い。意識と神経の強化は体の動きは常人の倍以上の速さで、そして意識を1秒を100倍にも200倍にもして引き延ばし、それだけ時間をかけて狙いをつける。

 つまり、高速と正確さを併せ持った射撃は――。


「……っ!」

 真横からのタックルに邪魔をされた。

 脇に控えていた、目深にローブを着た青堂会員の一人が、カイドに飛びかかっていた。だがしかし、カイドはその不意打ちを避けていた。

「不意を突いたつもりだったんだけどな」

 ローブを剥ぎ取った下から出て来たのは肌が鱗に覆われた男だった。

「――イグアナ? 体を砕いて始末した筈では」

「再生にそれなりに時間はかかったが、そこのシンドに匿って貰っててな」

 我が部下ながら抜け目が無い。

 しかし、壇上でのシンドの味方はイグアナだけ。他の部隊長達はカイドを守ろうと動き始める。

 カイドはそもそも戦いに向いて無い、後方向きだ。イグアナが守りながらじゃ、どうにもならない。

「大人しくしていれば、幹部のままでいられたものを。残念ですよ」

 再び、シンドに銃を向け――。


 次の瞬間、カイドの肩から血が飛沫を上げ体を揺らがせた。

 狙撃だと即座に理解し、ステージに向かって走る。


「やべ、頭外した――」

 どこかで、狙撃に失敗したムンビの声が聞こえた。お前は、誰かを殺せる奴じゃないからな。元々、ダチだったカイドの頭なんて撃てたりしないさ。

「おのれ、何故、揃いもそろって邪魔をする……!」

 カイドもチャクラを回しているのか、ムンビの声を聞き取ったらしく、その方向を睨む。


 ――それが隙だった。


「イグアナ、シンド連れて出来るだけ離れろっ……!!」

 声の主も確かめようとせずに、即座にシンドを掴みステージから飛び降りるイグアナ。

 飛び降りた先、いや、その後の進路に居る人々を蹴散らしながら、全力で遠ざかる。

 追いかけようとする他の面子も、ムンビの狙撃が床を撃ち、動きを止める。

 そして、逆にステージに飛び込もうとする俺にカイドが気付いてこっちを向く。

 走る勢いでフードがめくれ“俺”の素顔が露わになる。

「……ミナ?」

「なら、良かったんだけどな」


 カイドは、この瞬間まで。俺の事に気付かなかった。


 チャクラを――回し続けていた。

 一週間、寝ずにチャクラを回し、ジュツを発動させ続けてきた。

 高い所で冷やされた空気は街全体に流れ込み、真冬に近い季候を作り上げてきた。

 そう、俺がやってきた。

 その熱は全て、この“魔法剣”の中にため込まれている。

 自分でもやった事がない、限界に挑戦した制御を手助けするコレは、俺の集めた熱量を外に漏らさずにため込み続ける手助けをしてくれる。

「まるで魔法瓶みたいだし、魔法剣で良く無い? お、ちょっと格好いい」

 ミナがそんな適当に名前を付けたこいつの内側にはどれだけの熱が貯まっているのか分からない。だからこそ、メッティ・シュガーも「ヤバくないか」と聞いてきた。

 俺の制御と、魔法剣の補助。

 それを、ここで抜きはなつ。クローン聖女も、カイドも、他の幹部共も、悪いがカイドを信じて集まった熱心な奴等も、みなココで“俺諸共”焼き尽くす……!


 ステージに飛び込む。

 魔法剣と、動きを見てカイドはやっと気付いたんだろう。

 そんな俺達は、誰よりも長い間一緒に居た。

「ヨウかぁあああああ!」

 銃を向けるけれど――。

「もう、遅い」

 居合いの動きで、魔法剣を引き抜いた。


 剣を抜いた瞬間に、制御しきれずに腕が燃えた。

 白熱した刀身からあふれ出た熱量は即座に周囲を焼き尽くす。

 激しい熱量は、一瞬で周囲の物を溶かし、炭化させ真っ白い灰にしていく。

 そこに区別は無かった。俺の制御は、とうに離れてる。

 俺も、カイドも、クローンも、人も、物も、何もかもが、焼き尽くされた真っ白い灰になる。

 体の感覚が無くなり、白い視界に飲まれる。

 ――終わりだ。

 少なくとも、俺はここまでだ。最後に、カイドとこいつが残したクローンを消して、それに賛同したクソ野郎共を巻き込んだ。

 十分だ。

 剣から手を離し――――――。
























 ――だめだよ、こんなの。






























 ミナの声が聞こえた。

 急速にはっきりする意識の中、クローンが俺の熱を制御しているのが見えた。

 けれども、膨大すぎる熱量は制御出来ずに――即座に全身が灰になった。

 しかし崩れる前にクローンは、天に向かって一条の光を放ち――。

 最後に、俺に向かって。


「お願い――」


 と、ミナの顔をして泣き笑いながら言って――崩れて、消えた。

「……バカ、やろう……何、してんだよ」

 真っ白い灰の世界で、俺は体を起こす。

 あちこち体や服は焦げているけれど、生きていたし動いていた。

 周囲を見ると、集会場の内側は真っ白になっていた。

 少なくともフィールドは完全に灰、そして観客席も半ばまでが焼き尽くされていた。

 けれども、ある地点で線を引いたように色が分かれ、熱が本当に“そこ”までしか届かなかったのだろう、と分かる。

 あのまま解放していたら、果たしてどこまで広がっていたのか。

「なにが、お願いだ……」

 残された。

 そう思う視界の隅で、動くものがあった。

「……何故だ、何故ミナは……私まで、生かした!!」

 真っ白い灰が舞う中、起き上がったのはカイドだった。

 俺と同じように体のあちこちを焦がしながら、けれど自分の足で立ち上がった。

「お前も生かされたかよ、カイド」

 同じ声を、聞いたのか。

 チャクラを練ろうとするけれども、さっきの反動か体の経絡が昂ぶったままでオーバーヒートを起こし、まともに動いてくれなかった。

 この体には大きすぎる鞘を脇に放り、熱でボロボロになった剣を両手で構える。

 カイドの目は、こっちを見ておらず、虚ろに震えていた。

「……殺す前に聞いておいてやる。カイド、何でこんな無茶をした」

「……ミナが、死んでしまったからですよ、ヨウ」

 意外にも、しっかりとした声で返事が返ってきた。泣きそうな、後悔にも満ちた表情がにじみ出てくる。

「そうだな、ミナは死んだ。最後俺達に“お願い”っつってな」

「ええ、そうです。では、頼まれた私達は何が出来ましたか! いえ、私は……!」

「カイド、お前……」

 聖女ミナ亡き後の青堂会の実質的なトップ。

 5年間、曲がりなりにも組織を支え、エヴォルと戦い続けてきた男が、悲鳴を上げる。

「ヨウ、貴方が羨ましかった! ミナが居た頃と同じように、彼女の為に戦い続けてきた貴方が! ですが、私は……彼女の作った物を、理念を、場所を守る事も出来ずただ“燻らせる”ばかりだった……」

 燻っている。

 それはミナと出会う俺達の事だ。

 その言葉はあれからずっと、俺の心に突き刺さっていた。もしかしたらカイドも同じだったのかもしえrない。

「結局、私は……ミナが居なければ何も出来なかった。いえ、ミナが居たから、燻りから目を背けられていただけだったのだと……私達には……いえ、私には、ミナが必要だった」

 カイドはそう言うけれど、俺だって結局、敵が来るから殴る、敵がいるから殴っていただけだ。大義も理想も、信念も、必要がない。

「カイド、俺はてっきりお前がミナを殺したんじゃないかと思ってたんだけどな」

「……我々が殺したようなもんですよ、ヨウ。我々が至らなかったばかりに、彼女は志し半ばで倒れた」

 嘘を吐いているようには思えなかった。

 今のカイドは、おかしくなっていた。反逆者だからと、工場ごと爆破し、敵の勢力下だからとテロを行い、そして自作自演の恐怖で支配しようとした。

「ずっと、後悔していましたよ。ミナと最後に話した時はケンカ別れしましたからね」

「珍しいな。何を言ったんだ」

 俺とミナが口げんかをするのはいつもの事だった。けれども、カイドはいつもそれをたしなめる側で、ミナ相手に意見の違いはあってもケンカなんて殆どしてなかった。

「――自分かヨウの子供を作るつもりはないか、と言ったんです」

「……何でそんな事を言った」

「後継者ですよ。青堂会は大きくなり、我々も子供では無くなっていた。次世代を意識する必要があると思った……ええ、けれどはぐらかされました。今思えば、彼女は死期を悟っていたんでしょうね」

「人の居ない所で勝手に何やってんだよ、お前は」

「本当にそうですね。ははは、結局、3人でずっと一緒に居ても分からない事だらけでしたよ……」

 カイドが銃を落とし両手で顔を被う。

「……彼女が死んで、すぐ……メッティ・シュガーの研究を知りました。魔がさした、とでも言うのでしょうかね。せめて姿形だけでも、喋らなくてもミナに帰って来て欲しいと、思ってしまった」

「……そいつを、馬鹿なとは俺も言えないな」

 恐らく本当に直ぐだったんだろう。そうでなければ、葬儀でミナの死体は焼かれ、喪失していた。

「何で俺に、相談しなかった」

「言える訳ないでしょう! こんな事を! 自分でも、こんな事をミナが望んでいたとは思わなかった! けれど……止められなかった。ヨウ、貴方への秘密も増えていった……。ははは、実はね、最初のクローンはすぐに出来たんですよ。ええ、大した事ではありませんでした……」

「そりゃ、そうだろうな。“旧人類のクローン”は、前例がある技術だ」

 ――そう。

 聖女ミナ・アーシェンは、アデプトなんかじゃなかった。

 ただの、一人の何の力も持たない……いや、人間一人分の力しか持たない女だった。

 ジュツが知られて居ないのも当たり前だ。そんな物持ってないんだから。

 けれど時にはハッタリで、あるいは勘違いもあって、聖女はアデプトだと思われていた。それを俺達も訂正しようとは思わなかった。

 思えば、だからこそ“俺”がこの体に移植された時に、ジュツがろくに変質せずに受け入れられたのかもしれない。

「姿形は、ミナでした。ええ、ヨウ、今の貴方よりも、余程にミナらしかった……」

「けど、お前は満足しなかったな?」

「……愚かしいことです。ミナに似ていれば似ている程、違う物だという意識が強くなり、その姿を見ている事すら、耐えられなくなりました」

「――身勝手過ぎるだろう」

「その通りです。ええ、返す言葉も無い。そして“失敗”を繰り返しながら、私は“完璧なミナ”を求めるようになりました……はは、ははははははは!」

「……何をした」

「ははははは! 新たに生まれるミナはね、旧人類では無く、新人類であるべきだと思ってしまったのですよ! 新たな! ミナであれば、それはきっと……! ……きっと……ええ“聖女”である、だろうと。おかしいでしょう! 狂っていたのですよ、私は! ミナを求めながら、結局はミナではなく、聖女という存在を求めてしまった! そんな物、我々と共にいた彼女ではないというのに!」

「……その無茶を、メッティ・シュガーは達成したな? さっき、灰にしたクローンは……“俺のジュツ”を使ったな」

「その通りです、ヨウを殺した後、メッティ・シュガーは新人類となった“聖女”を作り上げました! 私がどれほど――喜んだか、きっと分からないでしょうね。死んでしまったミナが、殺してしまったヨウの力を持って生まれてきた! この、喜びが……!」

「カイド……」

 親友を、俺は哀れだと思ってしまった。

 こいつはそんな事望んでない筈だし、俺がどうして上からそう思ってしまうのか。

 そして自分がこうならなかった事に安堵してしまう事に、嫌悪する。

「街は、限界でした。我々とエヴォルの抗争で荒れ果て、擦り切れていた。ならば、多少壊れてでも強引に、滅びの道を止めようと行動に出ました。何せ私の側には聖女が居たのですからね!」

 カイドの目は狂気ではなかった。

 正気のまま――“そうしなければならなく”なってしまっていた。

「それは……ミナの為か?」

「そうです、彼女の遺志を継ぐ。出来なかった事を、しなければここまでした意味がない! 実際、もう少しで街は1つになる所でした――」

「……だったかもな」

「ええ、そして聖女の元で、人々は理想を、幸福を求めれば良かった。私という存在が不要であれば、ヨウ。貴方の所へ向かおうと思っていました! 後は、聖女に……ミナと、ヨウに任せれば、良いと」

「良い訳、無いだろうが……っ! 何してんだよ、お前っ!」

「は、ははははは! 本当に、何を、していたのでしょうかね……結局、ああ……」

 ゆっくり、カイドは俺に向かって歩いてくる。その姿は、幽霊のようだった。

「ヨウ。気付いているでしょう――今の私にとって“聖女は別に、貴方でも良い”んですよ」

「……自分がおかしいって、分かっててもダメなのか」

「はい。確かに私の聖女は、貴方に灰にされてしまいました。だがしかし、それでも! 貴方が残っている、それであれば、私は……!」

「カイド……っ」

「さあ、聖女よ。私達を、青堂会を、ミナの理想を……! ――頼みます、ヨウ」

 両手を拡げ、俺を迎え入れようとするカイド。

 答えずに、俺は剣をその胸に突き立てた。

「……は、ははははは」

 口から血を吐きながら、笑いをこぼすカイド。

 こういう時、付き合いの長い親友っていうのはイヤになる。

 カイドは、自分が壊れて狂っている事が分かっていても、止まらなかった。――止まれない、という事が理解できてしまっていた。

 聖女。新人類としてのミナ、そして親友であった俺の力を持つ人間が居るのならば、止まる理由が無くなっていた。


 だからこいつは――“俺”に頼みやがった。


「すみません、ね。押しつけてしまって……」

「うるせえよ」

「後……頼んでも、良いでしょうか。親友の、一生の、お願いです、よ?」

「――うるせえよ!」

「は、はは、まあ……一度、殺しておいて虫の良い、話、でしたね……」

 力無く、ずるりと俺にもたれかかってくる。剣がよりいっそう深く突き刺さり、背中に抜ける。

「……ミナと、待っています」

 そう言って、事切れた。

「くそが! 好き勝手、いいやがって……!」

 剣を引き抜き、乱暴に体を放り出す。物言わぬカイドの体は、仰向けに転がった。

 命の抜けた、肉の塊は何も言わない。白い灰の上に、真っ赤な色が広がって行く。

「馬鹿野郎がっ……!! くそ、くそぉお……!!!」

 ――それが、この件の終わり。


 後に聖女粛正と呼ばれる、事件の最後だった。

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