3章

01・5月、凍り付く街


 ――人が溶ける。

 熱いと溶ける。

 奇病、というのもおこがましい。

 明らかに何かしらの人的要因、あるいはこの街の場合は誰かのジュツが作用している殺人事案。


 いつ、だれが溶けるか分からない。

 エヴォルに関わると溶かされる事が多い。

 しかし関わらなくても溶かされる事がある。

 青堂会は比較的無事だけど、溶けてるやつもいる。

 エヴォル側からの裏切りは、エヴォルも許さなければ、青堂会も受け入れないし、どのみち溶ける。

 青堂会の第2,3,5の隊長が死んだらしい。溶けたか?

 青堂会の幹部も溶けてるじゃないか、と言った奴が溶けた。


「こんな所にいられるか! おれは出て行くぜ!」

 そう言った奴が居た。

 過去形だ。

 街は壁に覆われている。その壁を許可なく越えようとすれば旧人類の殺人ロボと軍隊が待ち構えていて蜂の巣にされる。

 銃で撃たれれば、新人類であろうと大抵は死ぬ。(イグアナのような例外は居るが)

 外と繋がりのあるエヴォルの幹部が逃げだそうとした。

 ――街の内情を知る旧人類に、危険なウィルスに感染しているのではと撃ち殺された。


 街という名の新人類の牢獄、比良坂には逃げ場が無い。

 それはこの街が出来た頃から、誰もが知っている事だった。

 事件が起きたから、変わる訳では無かった。


 今日もまたどこかで人が溶け、逃げようとした人間が撃ち殺された。



 ●



 そんな中、新たな噂が加わった。


「聖女が生き返ったらしい」


 なにせ、行政もろくにない街を実質支配していたギャンググループ、エヴォルの支配体制を打ち崩したリーダー。

 エヴォルと青堂会という二大組織の対立、争えるまでの状況を作った偉大なカリスマ“聖女”だ。

 蘇生、なんて類をみない超強力なジュツを使えてもなんらおかしくはない。

 聖女は蘇った。そんな噂が街の中に徐々にではあるが、確実に、広がって行く。

 街中で聖女に似た人間を見た、という噂がそれを加速していく。

 実際に見たもの、監視カメラのぼやけた画像を引き抜いて主張するもの、話したなんて言うホットドッグ屋の店主まで現れる。

 人々は、聖女に縋ろうとした。

 牢獄だった街が地獄になった今、今こそ、いや再び聖女が助けてくれるのではないか、と。

 その期待に応えるように、青堂会から声明が発表された。

 聖女亡き後、実質的にトップとして青堂会を支えてきた男、カイド・カゴの名で“集会”が開かれるというのだ。

 集会は大々的に、この街で最も大きい――本来ならスポーツのスタジアムとして使われる筈だった場所で開催される。

 入場料無し、青堂会の人間以外も参加可能。街の誰であっても拒まず、迎え入れる。そして当日は、全域で生中継も行われると言う。

 そこで、青堂会、そしてこの街にとって。あるいは、全新人類の為の発表が行われるという。

 誰もが、噂が本当だったと思った。

 聖女が蘇った。

 この地獄になった街に、現れたのだ、と。


 一条の光のような希望に人々は殺到した。

 ――それが、どんな舞台かも知らずに。



 ●



「――この街も、もうここ2,3週間でボロボロだなぁ……よっと、飯買ってきたぜ」

 所在を知られないように、俺とムンビは拠点を移していた。

 街にある大型工事用クレーン。建設時に使われて現在は放置されている重機類。

 その上の操縦席になってる所が、今の俺の隠れ家で、ムンビがそこに飯を買ってきてくれた。

「街、今どうなってる」

 事情があって、俺はここから殆ど動いていなかった。

「青堂会は治安関係の第2,第3の隊長が死んで、タガが外れてボロボロ。カイドは例の集会の準備で大忙し。第4以下が好き勝手ってトコか? ああ、第5も隊長死んだっつーのに金稼ぎに余念がないこって」

「第3の副隊長も片方、あのビルで死んでたんだっけ」

「だったな。まあ、溶かされるの怖くて、誰も調査に入っちゃいねえが、入館記録は残ってる」

 死んだ第3の副隊長はパブロおばさんの娘婿だった筈だ。――なんて感傷に浸る余裕は無い。

「エヴォルは?」

「こっちのがボロボロだな。デビスの旦那も影武者用意してた癖に、ここ一番で本人が殺されてんだもんなあ」

「パブロおばさんはカイドが泳がせて、デビス本人を釣る餌にされたんじゃないか」

「えげつねぇ。んでまあ、他の幹部連中も例の溶ける病で大半やられて、街外に脱出しようとした奴等もパスポートじゃなくて銃弾貰って、あの世に脱出しましたとさ」

「笑えねえ。で、残ったやつらは?」

「溶けるの怖がって逃げ隠れしたり、利権争いしたり。まあ、素性が掴めねえやつらは隠れてるのか溶けてるのかってトコだな」

「それも笑えねぇ」

「笑えねえわ」

 言いながらホットドッグを食べる。

 前にうっかり、癖で俺が買い物に行ってしまって騒ぎになりかけてからは、すっかりムンビに任せていた。

「こっちの薬の方は?」

 重機につなぎっぱなしのツールを指差す。この辺りの重機は放置されているだけで、廃棄された訳じゃない。

 大本のネットワークには繋がる訳で、その辺の処理能力やらなにやらを拝借して、メッティ・シュガーの忘れ形見が好き勝手をしていた。

 俺はそれはノータッチで、ネットワーク越しにムンビは別の場所でやり取りしたり、あちこち出向いている。

「エヴォルがボロボロだからな……。まあ、コイクチも手伝ってくれて機材と研究者は集まってるよ、何せこの溶かす病のワクチン作れるっつーんでな、へへへ、まあ任せとけよ」

 口八丁手八丁で金と人を集めてるのは見て取れた。

「やり過ぎて殺されるなよ」

「やり過ぎな位じゃなきゃ溶かされるからな。それに、最近は街も妙に冷え込みやがるから被害も減ってきたみたいだぜ?」

「そいつは良い事だな」

「とはいえ、5月だっつーのに冬みたいな寒さが続いて、それで体壊す奴も出るわで、昔の映画で観たソビエトみたいになってんだがよ」

「ソビエトは分からないけど、暖房もつけられないんじゃな」

 溶けるかもしれない博打を押して暖をとるかどうか、という話だ。

「……そいつに関してだけどな。俺も自分の目で見た訳じゃないんだが、例の集会所――もう聖女がいるって話なんだ」

「ふぅん?」

「時折ステージの上に立ってな、どっか上の方をぼーっと見てるんだとよ。何してんだかな」

「……さぁな」

 ともあれ、もうカイドはミナのクローンを隠すつもりが無いんだろう。

「ともあれ、現状。実の所青堂会の連中の被害はエヴォルに比べて圧倒的に少ない。そんな状態で聖女復活なんて知れたら、今度こそ街はカイドのもんになるかもな」

「……それはそれで、もしかしたら平和になるのかもしれないけどな」

「はは、アール、そいつぁ冗談キツイぜ?」

 けれど、冗談とも言い切れなかった。

 例えカイドが狂っていても、反逆者がいなければ、そして争う相手のエヴォルが無くなれば、それは緩やかな世界になっていくのではないだろうか。

「――んで、お前はどうすんだよアール」

 煙草に火を付けながら、ムンビが聞いてくる。

「……おい、温度上げると溶けるぞ?」

「お前さんが居るんだ、ココじゃ大丈夫だろ」

 高い位置にあるせいもあって、この辺りの空気は冷たい。俺がここに居るのはそれを気にしてだと、ムンビは思っていた。

 黙って、俺の真意をうかがおうと顔を見てくる。

「……集会には、カイドも、あいつの所の聖女も出て来るだろ、大々的な奴だし残った幹部も居るだろうさ。――そこでまとめて焼く」

「区別無しか」

「してたら逃すかもしれないからな」

「……巻き込まれる奴等は?」

「カイドに近いトコに居るなら、それだけ“そう”なんだろ。俺が止める理由にはならないな」

「……そうかよ」

 言葉ほど、ムンビは俺を責めていなかった。

「止めないのか?」

「へっ。ミナに関しちゃとっととお前等のトコを抜けたオレが今更何か言えた義理もねえ。好きにしな、出来ればオレは殺してくれるなよ?」

「巻き込まれる場所に来るなよ?」

「そこは善処するとか言っとけよ――あー」

 何か言いづらそうにしながら、頭をかく。

「……なあ、アール。どうにかならんか」

「意味が広すぎて分からん。何をどうして欲しいんだ」

「…………あんま、言いたかねえんだがよ。お前さん、死ぬ気っつーか、死ぬのも止む無しとか思ってんだろ」

「そうだな」

「そうだなって、お前……!」

「ムンビ、お前こそ今更何を言ってるんだ。俺はもうカイドに殺されてるんだぞ」

 自分の死体も見た。

 経絡と脳、神経類をほじくり出されて、肉の塊になった物でも、見覚えのある形がいくつもあって、自分だと分かってしまった。

「残った時間で、無念を晴らす。本当に終わる前にそれにも失敗したらと思うと“死んでも死にきれない”」

 きっとムンビにはムンビの思う所があるんだろうし、俺もそれを悪いとは思わない。

 言いたい事は分かる。今生きてるんだし、死ぬのは――そもそも良い事じゃない。

 親友同士で殺しあいとか、ミナが命をかけて作った組織を壊そうとしている。

 けれども俺は先に殺されてるし、生きているのもミナのクローンだ。

 そしてこんなクローンそのものを滅ぼしたい、という気持ちもムンビは共感はともかく理解はしてくれていた。

「……オレも口八丁でそれなりに生きてきたつもりだったがな、いざとなると何も言えねぇもんだな」

「ははは、まあ……なんだ、シンドにも泣かれたけど。心配されてるってのは覚えてる事にするさ」

「……いっそあのお嬢ちゃんと逃げちまえ、とか思ったけど。今のお前の方が嬢ちゃんなんだよなあ」

「笑えない事に。俺が男のままだったら、確かにシンド連れて逃げるのも悪くは無かったかもしれないな」

 けれどこんな体になった以上、それは無理だ。

「お前等に心配されても無理を通すんだ、その位は通しきってやるよ」

「……そんなら、せいぜいしくじるなよ?」

 そう言ってムンビは食い物を置いて出て行った。

 多分これが最後になるだろうな、とは思っていてもお互い口には出せなかった。

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