04・クローン達の行方


 他、研究設備は電源が落とされカプセル類も全て空になっている。どうやらこの施設は現在破棄されているらしい。

「イグアナ、少し見張っててくれ」

 バッグからツールを取りだし、端末から繋ぐけれど物理的に破損している箇所が多く、また残っている所のデータも消されていた。

 記録媒体ごと持ち帰った所で、修復は難しいだろう。

「アール、あの端末は生きてるんじゃないのか?」

 イグアナが指差した先には、俺がデータをさらったからなのか、微かに反応を返す端末があった。

 大して期待せずに繋ぐと、反応が返ってきた。

『――や。ええと、もしかしてルツギ隊長かな? ウチです、メッティちゃんです』

「死に際に残したメッセージ……じゃないよな」

 だとしたら俺の名前を言っているのは不注意が過ぎる。

『あ、違います違います。えーと、何だ。人工知能のもっと凄い奴? ソレ。あのロボットがプロトタイプって言えば分かる?』

「分かるけど、あんたもう――」

『うん、死んでるんでしょ。知ってる、というかウチが動いてるって事は、そういう事だから』

 血だまりの中、仰向けに倒れていた。死因は胸に刺されたナイフ。恐らく、苦しまずに死んだだろう。

『いやー、あの後すぐだったね。カゴの奴が来てさー、もう用済みだとか言ってさー。予想してたとはいえ、ああもあっさり殺されると思って……いや、思ってたわ』

「意外と余裕あるな」

『まー、本体死んでんだケド、今こうして話してるとソレはソレっていうか。と言うわけでこのツールにコアデータちょっと保管させてね? あ、これ壊れるとマジアウトなんで』

「……コア?」

『残りはデータネットワーク上に逃がしてあるから、とかそんな話は良いとして。あ、ヤッバ? ちょっと外。集団が来てる』

「やっぱり罠だったか。イグアナ、逃げるぞ」

 ツールを乱暴に外し、迷わず脱出を選ぶ。

『ちょっ!? データうつしてる途中だったら危なかったって!』

「お前を待ってて死ぬ気は無いんでね」

 逃走経路も見繕ってある。ここにもう用は無い――。

「そうだ、俺の魔法剣どこにあるか知らないか?」

『あの後、カゴが持ってったのは見たけど後はしらないなって言ったよネ?』

「つかえねえ」

『その使えないのを助けに来てピンチになってる気分はドウ?』

 このままデータ消してやろうかと思ったけれど、そんな余裕は無い。

「急げよ?」

「悪い」

 イグアナに促され、施設から抜け出した。


 建物を出た途端、発砲音が響いた。

 元より警戒してた事もあってチャクラを練っていた。即座にジュツを解放し、周囲の運動量を奪い取る。

 流石にため込むまでは出来ず、そのまま適当に熱を逃がす。

「……近くにいると、流石に冷えるな」

「すまんが耐えてくれ」

 周囲の熱をどれだけ一気に奪って、冷凍庫みたいにした所で、一瞬の事だ。人間を凍り付かせきるには至らない。

 文句を言って動ける時点で、イグアナにはまだ余裕があるだろう。

 実際、撃ってきた方向にサブマシンガンで撃ち返し、向こうから悲鳴が聞こえた。

 こっちからじゃ暗くて、俺には何処に居るのかも良く見えない。

 夜間戦闘もいけるとか、本当によく何年もこいつ相手に戦ってこれたもんだ。

「やっぱり泳がされてたのか」

「研究所でアクセスしたから気付かれたんだろう」

 周囲のカメラは潰した筈だけど、そもそも仕込まれてたんだと思う。

「……コンピューターの扱いもいけるのかと感心したオレが間違ってたな」

「専門じゃないからなっ……!」

 そのまま逃走に入るけれども、追っ手が思ったよりも多いし、的確に配置された人員が銃弾を浴びせてくる。

 例のジュツによる銃弾防ぎも万能じゃない。アレは範囲を指定して意識を集中させなきゃならないし、走って逃げながらじゃ使えない。

「――よし。アール、先に行け。オレがいたらジュツも使いづらいだろ」

 マガジンを交換しながら、イグアナが物陰に立ち止まる。

「おい」

「オレもお前を庇いながらだとやりづらい。安心しろ、あんな豆鉄砲は通じない」

『でも、ルツギ隊長が冷やさなかったら、例の人体分解ガスを使われたらどうすんです?』

「流石にすぐ除去もできん物を青堂会本部の敷地内じゃ使わないだろ。すまんイグアナ、ここは任せる」

 生きて帰ってくるかは半信半疑だったけれども、二手に分かれた方がお互い動きやすかった。

「せいぜい、こっちで暴れて引きつける。上手く逃げろ」

 それだけ言うと、イグアナは物陰から飛び出し銃弾を浴びせる。

 その戦闘音を背後に、俺は走り出す。

『ドライすぎないです?』

「元よりその予定だからな」

 囮、あるいは殿。潜入者がイグアナ1人だと勘違いしてくれれば、なお良し――というのは事前に話していた。

 だが、物事はそう簡単にはいかなかった。

『あ。この先、無線の通信網が動いてるみたいですね?』

「お前便利だな、おい――」

 言うや否や、俺が物陰に隠れる間も無く周囲一体がライトで照らされた。

 大光量のライトが設置されてる事から、追い込まれたと見ていい。

「おい、止まれ。……やれやれ、あの女がクローンを逃がしたかも、とは聞いてたけどなあ――」

 拡声器越しに聞こえる声は、第5部隊長の物だった。

 ライトや、その近くにいる人員の影にかくれ、現場に出てきているのか。

 第5部隊は、金と物資の管理、調達を主とする部隊だ。詰まるところ、武器の管理が担当。決してデスクワークの頭でっかちじゃない。

 あそこの隊長は、ディッジ。30前半の男だ。俺達と同じストリート上がり。

 風体だけで言えば青堂会よりも余程にエヴォル向き、つまりギャングで若いのをまとめてるチンピラ上がりのような男だ。

「…………」

 動き方からしてこっちの素性を知っている節は無い、余計な事を言う訳にもいかない。見える形でジュツも使ってない。

 単に、今の俺はメッティ・シュガーが私的に作り密かに逃がしたクローンの一体、に過ぎない。と仮定する。

 なら、とチャクラを練り始める。

「誰に何しろって言われてるか知らんが、大人しくしてくれ。ミナの顔してるやつを傷つけたく無い」

 ジュツはまだだ。使い始めれば周囲の気温が下がり出し、そうなれば流石に元身内だ。“俺”の事に気付くかもしれない。

「……私と同じ顔の奴は、他にもいるのか? 何故、私は造られた」

 普段の言葉遣いから変える事を意識する。即座に脳内で自分の“設定”を組み立てる。

 自分は廃棄されたが生きていたクローンだった。聖女ミナ、という人間のクローンで、真実を知る為にエヴォルに協力している――。

「うん? ああ、何だ。それが知りたかったのか」

「ゴミ捨て場で生まれた事の無い奴には分からないでしょうね」

 周囲の緊張は変わらないが、殺気は薄れて行く。

 俺は、単なるはぐれ物。という演技に騙されてくれたのか。。

「あー……大人しくしてくれたら、悪いようにはしないで済む、かもな。今から人を一人よこす、暴れないでくれや」

 ライトに照らされた俺を銃口が狙っているのは分かる。

 こっちは武器らしい武器も持たず、バッグ1つ抱えただけ。

 戦場の空気では、無い。少なくとも、向こうは俺の中身に気付いたような警戒はしてなかった。

 そんな中、ライトの向こう、人が動いて誰かが出て来る。

「…………くっそ」

 その姿を見て、思わず悪態を吐いてしまう。ライトに照らされて現れたのは、今の俺と同じ顔――若い頃のミナ・アーシェンそのものだった。

 その目に意思の光は薄く、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「お前さんの探してたお仲間だ」

 それを見た第5部隊の面子に動揺は無い。つまり、こんな部隊員でも知ってる事からも、俺は蚊帳の外だった訳だ。

「……くそ、何だよ、これは」

 ――そして近づいてくる姿に、気付いてしまった。

 チャクラを練り、意識を研ぎ澄ませていたせいで、それを敏感に感じ取ってしまった。

 甘ったるい香水の匂いと――“雄”の臭い。つまり、それは。

 この、クローンが受けていた、仕打ちに。

「ディッジ、貴様……!」

 次の瞬間、俺は銃で撃たれていた。

 ライトの下に、両手持ちの銃を持った隊員と共にサングラスのにやけ面が出て来る。

「おぉっと、オレ様の名前を知ってる? あのトカゲにでも聞いたか、まあいいか」

 腹に穴があいた。血が、抜ける。ため込んだチャクラの制御が危うくなる。

「さて、どうせ廃棄された奴だしカゴの奴もウダウダいわねえだろ。コッチはどうも反応が鈍くてなぁ、お前みたいなキッツイ目の奴の方が楽しそうだわ――」

 虚ろな目のクローンの頭を掴み、俺に向けてゲスな笑顔を浮かべる。

 想像が確信になり、一気に、ジュツを解放する、いや“してしまった”。

「――は?」

 ディッジが間の抜けた声を出した時にはもう遅い。

 俺を中心に、ライトの向こう側までの温度を一気に奪い取る。地面は凍り付き、空気は塵が凍ってライトの明かりで煌めいていく。

 誰1人、残さない、逃がさない。――逃げられない。

「や、べ……マジかよ、こいつ、ルツギサンの……!?」

 ただ、チャクラを練る。この一帯の全てを奪う。

 手の平に集めた熱が弾けそうになるけれども、それをねじ伏せる。

 漏れた呼気が、白く濁る。

「う、撃て……撃てっ!」

 横にいた隊員も、控えていたやつも、急激な気温の変化が“続いている”せいか、指が震えだして引き金1つまともに引けない。

 5月の夜は冷え込むとはいえ、一気にそれが真冬以下になれば、体の震えを抑える事も出来ないのか。撃たれた弾も見当外れの方向に飛んでいく。

「なん、だよ……聞いて、ねえ……」

 特に近づいていたディッジは酷かった。

 体の熱を奪われきって、勝手に震え出す体じゃ逃げられなかったのか。無様に転げ回っていた。

「――」

 問い詰めたい事はあった。

 貴様は聖女ミナを信じたんじゃなかったのか。何故、こんな仕打ちをした。カイドに何を言われたのか。

 けれども、もう良かった。全て潰すつもりだった。それを再確認出来ただけだ。

「待て、待てよ、なんだよ、これ――」

「命乞いなら、もっと本気でしろよ」

 今まで戦ってきたエヴォルの連中みたいな、死にたくないという気持ちが全然なかった。

 実際に前線に経たない第5部隊じゃ、それも仕方ないのか。それとも、死なないつもりなのか。

「ふざけ、んな、よ……っ!」

 ディッジがジュツを使う、いや――使おうとした。

「おせえよ」

 動く直前に熱を解放する。

 そこには焼失した人型の灰しか残らなかった。

 誤算は――俺が今までに無い速度で集めた熱量を制御出来なくなっていた事だった。

「く、そ……!」

 熱量の調整は、時間をかけた方がやりやすい。こんな勢いでやってしまって、暴走するジュツを抑えきれない。

「――イタイのは、イヤ……」

 灰になったディッジを見てクローンがつぶやく」。

「……もう、イタイ事をする人は、いない?」

「ああ、大丈夫だ、だから――」

 そうか、とクローンはほっとした顔で笑う、けれども。

 俺を狙った銃弾が、クローンに当たって、跳ねた。

「――おい」

 血飛沫をあげて、倒れるクローン。

 その瞬間、俺の意識が一瞬、チャクラから飛んだ。

 チャクラの制御は、意識で行う。

 で、あれば、どうなるかはあきらかだった。


 次の瞬間。俺の周囲、2m程にあったモノは全て灰になった。

 クローンも、巻き込まれた。

 余波が、荒れ狂って広がり、ライトの支柱を溶かし、辺りに極低温と、超高温の波を起こす。

 ジュツは止まらず、凍り付いた瞬間に圧縮された熱量がそこにあったモノを溶かす。そこに、命の区別は無かった。

 旋風のような暴威は、一瞬で通り過ぎた。

「は、ぁ……く、そ……」

 制御したのではなく。ため込んだチャクラが枯渇して、ジュツが止まった。

 辺りは灰と、壊れた機械。そして体全部ではなく、あちこちが炭化した人間の死体が転がっていた。

「……わりぃ、苦しませたな」

 人を焼く時は、苦しませない為に一瞬で。

 そんな自分の誓いすら破ってしまった。――いや、そんな事を考えるくらいに、現実逃避をしていた。

 今、ここに散る灰の中には俺と同じミナのクローンの物が混ざってる。

「……全部、最後には焼くつもりでいたけどよ」

 助けよう、なんて思って無かった。恨まれようが、既に生まれた命だから、と言われようが“こんな物”を残すつもりはなかった。

 けれども、実際にミナの姿をした人間を殺すのはショックが大きかった。

「……逃げないとな」

 撃たれた腹の傷を焼いて塞ぎ、バッグを肩にかけなおす。

『……逃げられますかね。ちょっと他の来てますよ』

「……有能だな、おい」

 まだ離れているけれど、足音が聞こえる。遠くに聞こえていたイグアナの戦闘音も止んでいたし向こうもしくじったのかもしれない。

「仕方ない、殺せるだけ殺して、壊せるだけ壊すか……」

 カイドがのこのこ出て来ればその場でまとめて焼くだけだ。自分の命を勘定に入れなければ、チャンスはある。

「まーたそんな事言ってるんですか! だ、ダメですよそんなの!!」

 周囲の熱を奪い、声の方を焼こうと目星を付けるが、飛び込んできた相手を見て一端動きを止める。

 周りに誰もおらず、1人で泣き顔で走ってきたのは、元部下のシンドだった。

「シンド……?」

「そうです、シンドです! いいから着いてきて下さい、ここから逃げますよ隊長!」

 周囲が凍り付くような寒さの中、俺の腕を掴んで引っ張って行く。

「今、お前、隊長って」

「分かってます、隊長なんでしょ! もうすっかり可愛くなっちゃって……!」

「なん、で」

「ヤマトメの通信ですよ!! 自分が管理してて、止めたんですからね!!」

 ……ああ、あそこか。

「話は後です、侵入者は……イグアナだけって事にしますから、いいですね!」

 泣きながら怒って俺を引っ張って行くシンドを焼いてしまおうとも思えず。

 俺はひとまず、言う事を聞く事にした。



 ●



「何で俺を助けた」

「……とりあえず訳が分からなくなったからですよ」

 第2部隊の分署にあるシンドの私室に逃げ込み、俺の腹の治療を受ける。幸い、細い身体を弾は貫通していた。

 ただ、その治療の間もシンドはずっと怒っていた。

「お前、そんなに泣き虫だったか?」

「今までずっと我慢してたんですよ! だけどもう無理です、限界です!! ほんと何があってこんな事に!」

「聞けば、後戻りは出来ないぞ」

「もう戻る場所がボロボロですよ!」

 横でバッグから顔を出してるツールがチカチカともの言いたげにライトを点灯させる。

「……はぁ、分かった、説明するからその前にこいつの充電してくれ」

「……いいですよ」

 充電のライトがつくと、ツール――中身のメッティ・シュガーのコピーがほっとしたような気配があった。気のせいだと思いたいけれど、妙な確信がある。

「その前に、そっちの状況を知りたい。それによって、本当に話せない事もある。そもそも、俺はどういう扱いなんだ」

「……カゴ隊長と意見の相違、そして乱心した結果、その場で処刑したと隊長、副隊長には発表がありました。それ以下に大しては、何も説明はありません……」

 悔しそうにうつむくシンド。

「悪い、カイドにのこのこついていって殺された」

 その言葉に、シンドがキレた。

「本当に何やってるんですかもう!!」

「あだだだだだだだ!!」

「痛いのがイヤなら、死のうとしないでください!」

 ――充電中のツールから、含み笑いのような気配が漂ってくる。

「は、話。話先!」

「……で! その後。私とヤマトメが、カゴ隊長の管理下というか監視下に入ったんです。ルツギ隊長が乱心、反乱を起こしたから警戒、という理由もありました!」

「理由としちゃ真っ当だな。大前提がマッチポンプだけど」

「ええ、そうなんです。で、第2部隊の信頼問題の話になって……イグアナを倒してきたら、隊長の事は不問になるなんて事になって……」

「それで、市街地だっていうのにヤマトメが襲撃してきたのか。お前、止めなかったのか?」

「と、止めるも何も、共謀の疑いがあったから隔離されてたんですよ! あの脳筋、バカだから……ほんと、バカだから、第4と第5に言いくるめられて、市街地で爆弾と、毒ガスなんて使って……」

 そういう経緯だったのか。あいつなりに、第2部隊を守ろうとしたんだろう――とは言えるけれど、だからといって正当化は出来ない。

「そこまで知って、良く今自由に動けるな」

「私、最初からカゴ隊長の事信じてませんでしたから。それに、ムンビ、でしたっけ。元は隊長や聖女様の仲間だった探偵。あの人との話もありましたしね。何とか立ち回ってますよ」

「……そうか」

 つまりシンドは、あの食料工場の爆破事件の事も調べ、そして知ったって事か。

「……それに、ヤマトメと、隊長がイグアナの事務所で何をしたか、あいつのスーツの通信機越しに聞いてました」

「そういや、通話記録を止めてたとか言ったな」

「そうですよ! 元々第2の備品ですからね、あのスーツ。あんな会話、今の青堂会に聞かせる訳にいきませんから、こっちからデータ壊しました」

『わお、有能ー。ねえルツギ隊長、色々片付いたらウチ、この子の家の子になる♪』

「――んんん? 隊長、今のは?」

「……もう少し黙っとけメッティ・シュガー」

『いや-、ルツギ隊長の説明のお手伝いをしようかなーと。あ、これスタンドアロンなんでどっかと通信はしてないから大丈夫ですヨ?』

 無言でツールを指差すシンド。

「協力者だ。後で話すけど、彼女もカイドに殺されて残ったのはこのAIだけだ」

『ウチはメッティ・シュガー……の残骸? まあそんなんですー』

「……行方不明になった、博士にそんな名前の人がいましたね」

「もしかして有名人か?」

「アデプトの経絡治療を成功させたチームの主任ですよ。当時はエヴォルの発表でしたし、話半分で聞いてましたけど」

 ムンビも名前を知ってたし、俺って思った以上に物知らずなのか……。

「ともかく、それで隊長の方は何があったんですか! というか、本当に隊長ですよね? 聖女ミナのお化けとか、隊長との隠し子とかじゃないですよね!」

 俺の顔を両手でわしづかみにして確認してくる。

「ち、違う。カイドに殺された後、そこのメッティ・シュガーが俺の脳やらを聖女のクローンに移植したんだ。天才様の仕事が完璧だったんで、ジュツも使える!」

 ――生前と同じかどうかは、今ひとつ自信がない。それが体の違いから来る誤差なのか、そもそもジュツが変質してるのか、確信が持てないでいた。

 この顔が気になるのか、やたらと掴んで顔を触ってくるシンドを引きはがす。

「離せ、座れ、とりあえず、聞くだけ聞けっ」

 無理矢理座らせて、俺は事の経緯を話し始めた。


 エヴォルとの争いが泥沼化して、街全体が疲弊していた事を危惧しカイドの所へ行った事。

 そこで、ミナのクローンを見せられ激昂した所を殺された事。

 メッティ・シュガーにこんな体にされたものの助けられ、逃げ出した後、エヴォルの元へ身を寄せた事。

 そこでテロを起こしたヤマトメを殺し、カイドが引き起こした新たなテロの沈静化の為に、メッティ・シュガーを保護しにイグアナと共に潜入した事。

 当のメッティ・シュガーは既にカイドに殺されており、その残ったデータを抱えて逃げ出し、そこからはシンドも把握している通りだ。


 途中、メッティ・シュガーからの茶々も入りつつ、何とか話し終える頃には、シンドは辛そうな顔をしていた。

「……隊長は、どうしたいんですか」

 それは問いかけ、というより予想の確認に聞こえた。

「壊すよ、青堂会そのものを」

「何でですか! ここは――」

「“聖女ミナ”の目指した物はもう残ってない。それでも必要だとか、組織としては清濁併せのめ、なんて考え方も当然あるだろうけどな」

「そうです! 確かに、その。カゴ隊長や、第4、第5は……その、だけど……」

「誰かにも話したけどな。俺は元々、弱者の救済の為に生きてるような奴じゃなかったんだ。ミナがやってたから、手伝ってやった。そのミナを汚したような組織、全部焼き払ってやるよ」

「本気で言ってます……!? あの、エヴォルが全部支配してた、あんな荒んだ街に戻った方が良いって!」

「――なあ、シンド。どいつもこいつも、俺達が守ってやらなきゃならないような奴等なのか? それは、俺が今までの人生で1番大切にしてきた事を踏みにじって、殺しに来た奴を生かしてまでやることなのか?」

「それ、は……」

「守りたいなら、守りたい奴でやれ。俺は、最後にやりたい事をやる。親友だったカイドを仕留めるついでに、これ以上ミナを好き勝手させない。後は好きにしろ」

 その言葉に明らかに納得行って無い様子のシンド。

『シンドちゃん、もう好きにさせたげなよ? この人、一回親友に殺されてんだヨ?』

「……それは、でも……!」

『しかも直前に、親友が聖女のクローン造って、失敗作は幹部共に好きにしろってプレゼントして後はこっそりダンケダンケって感じで。そこで、何か人としての性善説とか、責任とか背負わせるのはカワイソーだって』

「流石、責任とらないで生き続けて死んだ奴は言う事がストレートだな」

『まあねー。大体さー、シンドちゃんも気付いてたんでしょ? その“弱者”から良い女見繕って一部の隊長共が食い物にしてた事とか』

「っ……!」

『第3? 内部監査も頑張ってたけど、同じ隊長格ってなると、どーにもなんないし。そういうのも良いの?』

「それ、は……」

「あんまイジメんな。別にシンドが俺のやる事に文句言うのも好きにしろ、大体全部救える訳じゃないし、無理したやつから死んでくのは、俺達は痛い程分かってんだろ」

 劇的な事件も何も無く、ある日にミナは倒れてそのまま死んだ。

 シンドの行き着く先は、そこになりかねない。

「助けてくれたのには感謝してるし、カイドはぶっ殺してやる。後は好きにしろ、何なら全部掃除した後ならお前が新しい代表で青堂会やってもいいしな」

「そ、そんな……恐れ多い!」

「――じゃ、誰がやるんだ? カイドが用意した、ミナのクローンに押しつけるか、泣きつくか? 好きにしろ。ただクローンは俺が全部焼き殺すけどな」

『単純な疑問なんだけどさー。凍らせて殺したりできないの? あんな超高温で消し炭にするよりカロリー的に楽っしょ』

「無理。チャクラ抵抗って言うんだっけか? 直接体温は奪えないんだよなあ。どういう原理なんだ博士?」

『えー……あー、えーと、ジュツがオンリーワンなように、他の人のジュツは自分の体が受け付けないとか、そういう仮設はあるけどよぐわがんにゃい』

「つかえねえな。お前、アデプト医学の天才なんだろ」

『えへへ、サーセン』

 充電も大分すんだツールをバッグに叩き込み、立ち上がる。

「あ、あの……! 隊長――」

「お前の隊長はカイドに殺されたよ」

 伸ばしてきたシンドの手を、振り払う。それ以上、掴んでは来ない。

「じゃあな、助かった」

 それ以上、言う事は無い――と思った。

「っ! じゃあもういいです、だったら帰る前に粗大ゴミもってってください、廃棄させないように回収しておいたのがバカみたいですよ、もう!」

「粗大ゴミ? おうっ!?」

 ロッカーから、乱暴にビニールシートでくるまれた棒状の物を取り出して俺に投げつけてくる。

 長さは1mも無い、これは――。

「早く持って出て行って下さい!」


 シンドに蹴り飛ばされるようにして、勝手知ったる第2部隊の分署を出る。

『で、昔の女に最後何を貰ったんですかね?』

「そんな関係じゃない――ああ、やっぱりな」

 包みの中に入っていたのは、極太の鞘に収まった無骨な形の剣――魔法剣だった。

 整備されてたのか、軽く抜いた時の動きはスムーズだった。

 刃を収め、ビニールにくるみなおす。

『そこまでしてくれた子にちょっと冷たくない?』

「俺に甘えてたら、あいつこの後死ぬだろ」

 そうなる予感めいたものがあった。

『もったいなー。あんな依存系美人、ちょっと優しくしてやれば即座にベッドインでうっはうはですヨ? あ、もしかしてもう味見済み?』

「ねえよ。まあ、その辺心配だったんで隊に居た頃は好きに依存させてたけどな」

 悪い男に騙されないように気を付ける父親か兄貴分みたいな気分だったけれど。

『……そこまでさせてコレはやっぱ冷たく無い?』

「本気のトーンで言うのやめろ」

 増えた荷物を肩に担ぐ。前の体ならともかく、今の体じゃ取り回しづらい。

『死んで欲しく無いんですネー。やはり昔の女……』

「情があるのは事実だけどな」

 魔法剣、勝手に喋るツールを手に、逃げて行く。

 恐らくイグアナは死んだか捕まっただろう。そしてこのツールが役に立つかどうかは分からない。

「そもそも、人を気にする余裕があるか?」

『余裕、という意味じゃこの街そのものから無くなってる物ですけどネー』

 全くその通りだった。

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