02・カイドと聖女


「で、だ。ホントこれからどうすんだよ」

 あの後、一週間も経たないうちにとっとと再生(治癒というのもおこがましい)が終わったイグアナは病院をたたき出され、無事だった別の事務所に戻ってきた。

 俺とムンビもそこに付いてきた形になる。

 その間に襲撃の事実と、俺がヤマトメを殺してまでイグアナを助けた事で自作自演の疑いは薄れ、ラドロ・デビスとの協力関係も固まりつつある。

 そこで回して貰えた戦力がイグアナ達だ。

 というのも、元よりイグアナ達の相手は俺達、青堂会第2部隊だ。

 その第2部隊長がここにいて、副隊長で戦闘班長のヤマトメも死んだ以上、当面の仕事は無い。

 浮いた戦力として回された、という所だろう。

「うん、予定は完全に狂ったんで今考えてる」

「……だろうな」

 聞いてきたムンビが、俺を責めるどころか同意する。

 その横で、トカゲでもそんな再生力無いだろ、という復活を遂げたイグアナが聞いてくる。

「ルツギ、元はどういう予定だったんだ」

「あのなイグアナ、今はアールって呼べと言っただろう。……ともかく、本来の予定だとお前等と共闘態勢を作ったら第2部隊に連絡とって、青堂会の動きを探って、出来れば部隊ごと引っこ抜くか動き止めた後で幹部連中を襲撃する予定だったんだ」

「それが出来ない理由は何だ?」

「出来る限り他の幹部もまとまってる所で襲撃したかったんだけど、第2部隊が既にほぼ解体されてる以上、最初に言ってた情報のリークが使いづらい――ムンビ、シンドと連絡出来たか?」

 副隊長2人のうち、戦闘担当がヤマトメ。情報がシンドという分担になっていた。

「あー、無理だな。青堂会の中でゴタゴタしてんのか、全然連絡とれねえ」

 ちらり、と同じように青堂会内部にいる筈のメッティに期待したかったけれど、例のロボはあれから、人工知能としての受け答えしかしてこない。。

 それに向こうの現状が分からない以上、不用意に通信をつなげられない。

「第2部隊そのものが解体されるのは想定内だけどな。もっとマズイのは、あいつ等が市街地であんな事をやらかしたせいだ」

 表情が勝手に苦々しくなってしまう。

 爆発物に毒ガス。どれも一般市街地で使うような物じゃないし、青堂会では――エヴォルでも反乱を恐れてそんなものは使わなくなっていた。

 実際、イグアナ達よりも一般住民の被害の方が数の上では多かった。

「デビスの動きが速かったのもあって、アレが青堂会の仕業だってのはこの比良坂にいる奴等なら全員知ってて、今の状況が不安定過ぎる。ここからどうしたもんか……」

 その状態で、思い切り攻め込めば一気に火が広がって余計な争いが膨れ上がるんじゃないか。

 元々、頭を使うのは得意じゃない。この歳まで、ミナとカイドに任せきりだったしわ寄せが来ていた。

「デビスの旦那が“政治”で片付けるのを待つって手もあんな?」

 ミナ、そして俺もいない青堂会。そして紛争が続いてうんざりしていた所でのテロ行為だ。

 腐っても元々街を実行支配していたギャング達なら、ぐらついた青堂会を崩し、切り取る事も出来るだろう。

「実際、エヴォルの上はそうしたいんだろうな。けど、それは時間がかかるし、俺の目的が果たされるかどうか、完全に人任せになる」

「エヴォルは外の企業とも繋がってる。聖女のクローニングなんてネタ、正義感で潰すよりは利用しようと思うだろうしな」

「――それなら、壊せばいいんじゃないか?」

 俺達の話を聞いていたイグアナがさも当然のように言う。

「ルツギ、ああ。アールは聖女をクローンにしてたのが嫌なんだろう。それに潰しておけば、エヴォル達も利用出来ないんじゃないか」

「……イグアナ、お前さんそんな事言っていいのか?」

「今はアールに協力しろって言われて金貰ってるからな。それに実際、この間は死ぬかと思った。義理がある」

「だ、そうだが。アール、どうする?」

 問いかけてくるムンビと、腕を組み俺を見るイグアナ。

「よし、なら下手に周りが動く前に研究施設を潰す。ついでにメッティ・シュガーも保護なり、デビスに売り払うなりしよう」

 あれだけの技術者を、外と繋がってここを実験場にしているエヴォルが無碍にするとは思わない。

「売り払った先で聖女のクローン作ったらどうすんだよ」

「そしたら俺が殺しに来る事くらい分かるだろ。そうじゃなければ好きにすればいい」

 潜入も俺が逃げてきたルートがあるし、場所も分かってる。むしろ政治的な理由でエヴォルに横やりを入れられる前に潰してしまおう。

「そういう場所1つ潰した所で、研究データとかは残るんじゃないのか?」

「それも含めてメッティ・シュガーを確保する。アイツがいなければこんな無茶なクローン作れないだろ」

「違いねぇ。そうでないなら、それこそ人類の歴史が変わるぜ」

 当面の目標が決まり、準備に入る。


 しかし、その間に事態は予想以上の速度で進行していた――。



 ●



 改めて。

 比良坂(及びそれに類する新人類を隔離封鎖する区画)は、旧人類(西暦2000年時点の一般的な人類)により作られた地区だ。

 覚醒した新人類は旧人類にとってすべからくミュータントであり、人間の姿形をしているが人間としては扱われず化け物として扱われている。

 そこに倫理は無く、精神的嫌悪感が先に立っているのが一般的な認識となっていた。

 当然、そんなミュータントを隔離する区画に進んで手を出したい物好きは少なく、その隙を突いてギャングが乗り出してきた。

 旧人類にしてみれば“臭いモノ同士”を閉じ込めるには丁度良く、こうして比良坂ではギャング組織“エヴォル”が強い権力を持つに至った。

 比良坂エヴォルの現トップ、ラドロ・デビスは覚醒者としてのジュツは弱いながらも母体となったギャング組織で強い影響力、そして統率力を持っていた事で“栄転”してきた、筋金入りの悪党だ。

 当初は数ある地区のうち1つの長でしか無かったが、青堂会との抗争を利用しのし上がった。

 彼にとって暴力は手段でしかなく、そこに愉悦は無い。

 効率を重視し、仁義のような不確かな物ではなく利益で統率し、体制を作り上げ、それを運営し続けてきた。

 抗争の中、天性のカリスマを持つ聖女ミナ相手に後手に回る事はあったが、それでもエヴォルそのものが大きく揺らぐ事は今まで無かった。


 つまり、それだけの男が悠長にしている訳が無かった。アール達の思惑よりも数段早く“政治”を動かしていた。


「――では、そちらの総意ではないと」

「その通りです。あの男、カイド・カゴは……誠に残念ながら、既に狂っています」

 ラドロ・デビスが迎えたその人間は青堂会第3部隊の隊長を務める女性、パブロ。

 外部、周辺地域への対処を取る第2部隊に対し、第3部隊は内部の治安維持を主としていた。

 第2部隊とは役割の都合上反目する――と思いきや。パブロというこの中年女性は実に理性的で、ルツギ第2隊長とは合理的な関係を築き、互いに仕事と縄張りの分担に成功していた。

 そしてまた、自他共に厳しい人物であり公平であった事。女性であった事もあり、第4以下の隊長に“あてがわれた”クローンについては、その存在を知らず噂に対しても実在を信じていない。

 だからこそ、突如ルツギ第2部隊長が失踪した事に違和感を持ち、内部調査を進めていた。

 その結果、彼女は“食物プラントの事故が青堂会の自作である事”と、一週間前の市街地での爆破テロがどういった経緯で発生したのかを、ムンビよりも高い精度で突き止めていた。

 それはどちらも、カイド主導で行われていた確固たる証拠を掴み、こうしてラドロの元へ交渉に訪れていた。

(なるほど。この様子だと、ヨウ・ルツギの現状は知らない、と見ていいか)

 ラドロは資料の詳細な確認を部下に任せ、パブロに向き直る。

「ここにお越しになったのは、どういう意図ですかな?」

「……最早、青堂会は遠くない時期に終わるのでしょう」

 誰よりもエヴォルを嫌っていた、そう言われる相手からの予想外の切り出しに、少し興味を持つ。

「創設した聖女は既に亡く、腹心であったルツギも行方不明――恐らくこれもカイド・カゴに消されたのでしょう」

 最後にヨウがカイドの所へ向かったのは確認されている。そこで無関係と考えるには、カイドが黒すぎた。

「そしてもう1人の腹心、カイド・カゴが乱心した以上、残っていた聖女の意思、威光にすがるだけでは立ちゆかないのは明かです」

「随分と悲観的ですな。何も、創設メンバーだけで動かしてきた組織では無かろうに」

「いえ、動かしてきたんですよ。外の方には分かりづらいかもしれませんが青堂会は、聖女に救われ、彼女を信じてきた人間の寄り合い所帯です。その聖女が死んで、今までこうして形を保っていた事が奇跡でした」

「それで、滅ぶ青堂会をどうして欲しいと? まさかカイド・カゴを倒して救って欲しいなんて都合の良い事をいいますまいな?」

「……ええ。そこまで都合の良い事は言いません。ただ、これからまたミナ以前――あなた方が全ての権力を握る時代が戻ってくる時に。元青堂会だ、という差別や排斥を行っていただきたくないのです」

「……ほう?」

「必ず、それは起きるでしょう。そして青堂会だった人間は虐げられる。我々、意思を持ってあなた方と争った者はそれも致し方ない。そしてエヴォルではなく、聖女ミナを信じた者は……見る目が無かった、という事でしょう」

 パブロは、へりくだっている訳でもない。ただ、これから起きるであろう事実を口にしているだけだ。

「ですが、滅びの原因であるカイド・カゴの悪事を、何も知らぬ、力も無い人々に押しつける事は、止めていただきたい」

「は、は、は。止めろ、と言われても何せこちらも慈善事業をしている訳でもなし、またあなた方と違い救世を目的にしている訳でもない。果たして、何故それを聞く必要がある」

 そうは言うが、デビスは別段青堂会“だから憎い”などという感情は持っていなかった。

 邪魔をするのならば、邪魔だ。どけなければならないのならば、排除する。しかし、力を失い負け犬になった相手を、好きこのんで虐待するような“時間の無駄”をする気は無かった。

 ただ、当然その相手に利益も無く手を差し伸べたり、他の人間が虐待を楽しむのを止めるような事も時間の無駄ではある。

「――で、あるのならば。爆破テロの主犯であるカイド・カゴの首を差し出せば、一考はしていただけますか?」

「ふむ、成る程? 確かに、それであれば一考の余地はある」

 カイド・カゴは切れ者だ。

 聖女という圧倒的カリスマ無き後、今まで青堂会を率いてきたのは事実だ。

 文字通り、青堂会のトップ。その首を青堂会の人間が落とす、というのならば――成る程、無碍にする話でもない。

 ならば、ビジネスとして捉えよう。何、首の無くなった青堂会相手ならば“やりよう”はいくらでも増える。

 そう思った時だった。


「やれやれ、裏切りの相談ですか? 全く、嘆かわしい」


 ――入り口に立っていたのは、カイド・カゴだった。

 そしてその横にもう1人。

 歳の頃は14,5といった美少女が表情無く、並んで立っていたのは聖女ミナ。

 そう見える少女だった。

(……の、クローンか。ヨウ・ルツギではないな、ならば“成功例”か?)

 一度、アールを見ていたデビスは表情には出さなかった。だがしかし、パブロは違う。

 彼女は“聖女再誕”に指1つ引っかかってはいなかった。

「カイド・カゴ……! その子は……!」

「ああ、彼女は“聖女になる少女”ですよ。今はまだ、誕生前ですがね」

 その表情と声は、いっそ優しかった。だがしかし、彼らの通ってきただろう通路からは、何一つ音がしなかった。

「――殺せ」

 短くそう指示を出し、護衛に連れられ席を立つデビス。瞬間、ためらいなく残りの護衛が発砲し、カイドと“少女”に銃弾が浴びせられる。

 室内で、多人数からのサブマシンガンでの射撃。カイドのジュツが“感覚・神経強化”である事は既に把握済みだった為に“逃げ場のない”ように弾丸はばらまかれる。いかに認識し、体を早く動かせたとしても人体の限界を超えるようなアデプトではない。

 しかし、銃弾は届かなかった。

 空中で銃弾は何かにぶつかり潜り込むように勢いを失い、ぱらぱらとこぼれ落ちていく。

 その様子を、パブロ、そしてデビスは知っていた。

「ヨウ・ルツギか、貴様!」

 “絶対零度”のヨウ・ルツギ。彼に向けられた銃弾は、その勢いを失い、届く事は無い。

 だがしかし、本当にあの少女が、アールと呼べと言った少女なのか。薬で意識を閉ざされれば、チャクラは練れずジュツは使えない。

 それに、今まで多くの人間を見て来た勘が“違う”と言っている。

「彼女はヨウではありません、聖女としての力ですよ――」

 その会話の隙間に、パブロがナイフを投げる。彼女も銃は持っていたが、それが通用しないのは今見たばかりだ。

 アデプトのジュツには妙な制約が付く事がある。例えば、刃物は通さない体を持つのに銀製だと防げない、というまるで伝承の化け物のような物もある。

 しかしあるいは、と思って投げたナイフも勢いを失い、弧を描いて地面に落ちた。

 ――診断により、人間は経絡の観測に成功した。だがしかし、同じアデプト同士でも“チャクラの流れ”は感じ取る事が出来ない。オーラめいた物が見える訳でもない。起きうる現象から、把握するしかないのだ。

「しかし嘆かわしい。第3部隊を率い、今まで尽くしてくれた貴女がまさかギャングと内通するとは」

「お黙りなさい! いたずらに被害を広げる貴様が何を言う!」

「ええ、私も大変心苦しい。ですが、思ったのです。ミナを信じる者以外、この地に不要なのでは、と」

「あの市街地ではそれが通るでしょうね。けれども、工場の破壊は! あれがエヴォルの仕業だなんてしらばっくれるつもりは無いでしょうね!」

「あれは、痛ましい事件でしたね。まさか、あの工場がエヴォルと内通していたとは思いませんでした」

「内通……何を言っているの? まさか、外部へ食料を提供した事を言っているの!?」

「――食事が欲しければ、青堂会へ来れば良かったのに。それを拒んだのですから、やはり必要無いでしょう?」

 実際、あの工場はエヴォルに食料を横流ししていた。

 確かに工場の責任者たちは利益を得ていたが、パブロは逆にその食料の提供で青堂会の“布教”を行おうと画策していた。

 だがしかし、この街でも限られた設備である食料工場を破壊する理由にはならない。その責任者だけを排除、粛正するなりやり方はいくらでもあった。

「貴様……!」

 そう話している間に、デビスは既に奥の通路から待避が終わっていた。

 パブロは逃げられない。

 少なくともこの部屋の外には彼女の部下もいた。そしてカイドを見逃す訳にもいかなかった。

 ――だが。

「……な、に」

 カイドに立ち向かおうとした足が“崩れた”。

 体の肉が、文字通り液状化して溶けていく。動かそうとした箇所から融解が広がり、全身が崩れていく。

「ああ、言ってませんでしたがこの建物ね。第4部隊が新しく開発した兵器の試作品を使いました。ええと、まあ体が熱くなると、そこから溶ける程度ですよ。例の市街地のガス、あれで実働データが取れましてね。完成品、と言う奴ですよ」

 倒れたパブロ――だったものはもう返事をしない。服の形を残して、融解した赤い半個体の物が広がって行く。

 ムンビを逃がし、残っていた他の護衛たちも同様だ。

 マシンガンの掃射で熱くなった体は、手から溶けだし、そこから体を揺するとその“摩擦”で溶けて行く。

 いや、それよりも。

 部屋の中そのものが、いつのまにかサウナのように熱くなっていた。

 だがしかし、カイドと少女は汗1つかかずにその場に立っている。

「ふむ、想像以上ですね。これは、恐ろしい――」

 水に砂糖を入れると溶ける――程度の感慨しか持たず、カイドは周囲を見回す。

「しかし、やはり手段を選ばなければこの程度で済む話だった訳ですか。やれやれ、今まで私達はいったい何をしてきたんでしょうかね」


 後日。

 ビルの脱出路からラドロ・デビスと護衛、側近たちの衣服だけが発見された。

 本人たちは行方不明。

 だがしかし、それを探そうとする人はいない。というのも。


「あ、ああああ!? 私の、体……溶け……あ、ああああ!?」

 その日を境に、比良坂では“突如体の溶ける奇病”が発症しだした。

 それは特にエヴォルの上層部に多く発症し、逆に青堂会の被害がほぼ無かった事から“青堂会の仕掛けた物”だと言われた。

 だがしかし、青堂会からの発表は無い。

 その無言の態度が不気味さを加速させ、比良坂は見えない恐怖に怯える街となっていった。


 季節は5月。

 これから徐々に気温が上がっていくという事が何を意味するのか。それを知る者は、少ない。

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