2章

01・魚は鳥になれるのか?



 コイクチが一緒に現場に来ていた事もあって、エヴォルの動きは速く、即座に対応班が送り込まれた。

 幸いにして、低温に弱かった毒ガスは“絶対零度”に巻き込まれ沈静化。洗浄は必要なものの、想定よりも狭い被害で収まっていた。

 ――しかし火事や爆破もあり被害が無い訳ではない。

 この一件では直接組織に所属しない、ただエヴォルの勢力圏で生活をしていた一般人に死傷者が出ていた。

 元より紛争が続いていた比良坂では命の価値は軽いとはいえ、それで片付く話ではない。

「爆破事故を起こしたのは青堂会」

 即座にエヴォルから発表され、人々に衝撃が走る。聖女ミナは、そういった一般人を守る為に青堂会を立ち上げ、活動してきた筈だった。

 なのに――。



 ●



「……良く分からないな、どういう事でそうなった」

 俺の話を聞いてイグアナはそう言った。

「噂にゃあ聞いてたけどよ。オレぁ、お前がもうほぼ治ってる事が良くわかんねぇよ」

 エヴォルの病院に担ぎ込まれたイグアナは、ベッドの上でもりもりと菓子を食っていた。

 その様子を見て、ムンビは改めて戦慄していた。

「お前、その面で菓子好きなのか」

「――甘いものが嫌いな奴がいるのか?」

 普段と変わらぬ表情のまま、バナナ味のソイバーをもしゃるイグアナ。

 俺も分けてもらい、横で一緒にぱくついていた。流石、エヴォルでも高給取りだけあって、良い物を食ってる。

「つーかよ、お前ら、何年もやりあってきたんだろ。何を仲良くバナナ味食ってんだよ……」

 普段通り、あまり表情を動かさずに俺をチラ見するイグアナ。

「命を助けられた。俺を殺す気なら、あの場でトドメをさせば良かっただけの話だろうしな」

「そりゃ、そうなんだが。おい、アール。お前も何勧められるままに食ってんだよ」

「久々にジュツを本気で使ったからな。オッサンでも甘いもんが欲しくなるんだよ」

「オッサン……いや、中身はそうかもしんねぇけどよ」

「ああ、そうか。普通に縷々儀だと思って話していたけど、体は15歳だったな」

 その話を聞いて、またイグアナが眉を微かに寄せる。

「……いや、しかし。アデプトを別人のクローンに移植する、なんて本当に出来るのか?」

「出来た例がここにいるだろう?」

「……そう、なんだろうけどな」

「とはいえ、イグアナの疑問も最もだ。そも、アデプトってのは義肢もダメだし腕を自分のクローン培養したのくっつけてもアウトって聞いた事あるぜ?」

 流石は事情通。ここに実例がいるというのに、ムンビはイグアナの側で俺を不思議そうに見る。

『ソレはやっぱウチが天才だからって事なんですかねえ、ふひひひひ』

「あぁ? 誰……おうぁ!?」

 壁際に立っていたムンビが窓の外を見ると、マスコットだかなんだか分からない物体が浮いていた。三頭身のロボットだった。

 そういうオモチャめいた物が、この街には無い訳ではないけれど、それがローターで飛んでいるのは珍しい。

『あ、すいません。あけてもらえます? バッテリーギリギリなんで』

 俺とイグアナをチラ見して、何かあっても対処出来ると思ったのか開けてしまうムンビ。

 そしてヘリめいたホバリングをしながら、SDなマスコットロボが入って来る。

 そのまま着陸すると、近くのコンセントに尻尾を差し込み、顔っぽい位置のパネルがほっとした表情を映す。

「……さっきの声。お前メッティ・シュガーか?」

『イエスイエス。声だけで分かってくれるなんて、もしかしてウチに惚れちゃったりしました?』

「そういう意識では見て無かったな」

『えぇええええ……白衣にスレンダー巨乳なんてワガママボディを見て、その反応! 男なんですか? あ、今もう違うんだった!』

 実際に顔を会わせるよりもテンションが高い。まあ、通話越しだとキャラ変わる奴ってのはいる。副官だったシンドなんかもそんなタイプだった。

「ヨウ・ルツギ。いや、今はアールだったか、何だコレは」

 コレ、をイグアナが指差す。

「俺の主治医だよ。死にたてほやほやの俺をミナのクローンにぶちこむなんて事をやらかしてくれた張本人だ」

「――んな事が可能なんですか、シュガー博士」

 思う所があるのか、ムンビは敬語だ。

『ま、基礎理論はあった上でやったらできちゃった、って感じかな? 条件は無茶苦茶シビアだし、前例が無い上に、かなりその場で弄ったからからこの後どうなるかわかんないけど』

「まあ、ジュツも使えたし。当面の文句は無いな」

『ほほう? 使え……んんんん?』

 顔を回しムンビとイグアナの方を見るロボメッティ。

「つーかよ、あんなん喰らわせたらイグアナももっと早く仕留められたんじゃねえのか? アールさんよ」

「当てた事ならあるぞ」

「……え?」

「当てた。その時は腹から下を消し炭にして殺したと思ったら生きてたんだよ」

「ああ、あの時は死ぬかと思ったな」

「俺も殺したと思ったんだけどな」

 2年くらい前の話だろうか。

「いや、死んどけよ!? 半端ねえな!?」

『待って、待って。え、ちゃんとジュツ使えたの?』

「ああ。副隊長のヤマトメが灰になるまで焼いた」

 しれっと言ってしまうイグアナに、ロボメッティが通信先で絶句していた。

『……マジかー。ウチ、想像以上に天才だったわー』

「……どうなる予想だったんですかね、博士」

『経絡、神経、脳の類はまるっとぶち込んだけど、結局体は別物だから。馴染むまで時間かかると思ってたんだけどねー? なんか異常は?』

「出力はともかく、制御が甘いせいで自分の手まで焼けた」

 ほら、と治療が終わり包帯で巻かれた右手を見せる。

「今のアールは魔法剣が無いんだし、あの出力ならいつも通りじゃないのか?」

「実際に喰らってるヤツの言葉は重ぇな……」

「確かに、最近魔法剣に頼ってたし、俺自身が制御甘くなってるのか……」

『いやいやいやいや? あーまあいいや、とりあえず成功してるならいいや、もう』

「というか、何の用だ」

『あ、うん。だから様子見。というか、その体のメンテ、誰がすると思ってんです? 出張サービスってやつ?』

「――それだけじゃないだろう? 何があった」

 ロボが部屋の中を見回す。

 クローン聖女。

 コートのくたびれた――さっきの現場ですす塗れになったオッサン。

 ベッドで体を起こすさっきまで半死人だった鱗肌の男。

「……この2人にはもう事情は話してる。大丈夫だ」

『えー、じゃあ言いますけど。そこのヨウ第2隊長が思いの他大成功だったんで……多分、そろそろカイド隊長のオーダー通りのクローンが出来ちゃいマス。てへっ』

「……詳しく。誤魔化すなよ?」

『詳しくも何も、カイド隊長が望む通りのミナ・アーシェンが生まれるだけですよぅ? ああ、いや。ちょーっと、試しに、余ってたヨウ隊長使いましたけど』

「おい、おい」

 病院内で煙草を止められ、火を付けられずに紙巻きを咥えていたムンビが口を挟む。

『つまり、こっから動きが速いって訳ですよ。まあ、もっともヨウ隊長ぶっ殺した時点で覚悟完了、あとは真っ直ぐ突っ走るだけって感じだったでしょうけど?』

「なあ。良いか?」

 話を横で聞いてるんだかか聞いて無いんだか、という様子だったイグアナが口を開く。

「どうしたイグアナ」

「カイド・カゴは、何がしたいんだ?」

 俺も、ロボメッティも、ムンビも返事が出来ない。

「それが分からない所まで来たから、今俺がここに、こんな体でいるんだよ」

 そうか、と特に感慨も無くバナナ味を食いきるイグアナ。

「まあ、いい」

 それがどういう意味なのかも、今の俺には良く分からなかった。



 ●



 ――ロボとの通信を切り、あとはAI任せの自動にしてメッティ・シュガーは椅子に深く身を沈める。

 ここに来て、半ばというか事実上監禁され続け。今やこの椅子が何度ベッドになったのか数えたくも無い。

 別に、扱いが悪かった訳ではない。個室もあるし、調度品も性能重視で選ばれた高級品が揃ってる。

 だというのに、仕事場の椅子で寝てしまうのは単にメッティが不精者のワーカーホリックだからだ。

「おっかしいなー。望まない仕事だった筈なんだけどネー」

 聖女の遺体をいじくりまわし、その死を辱めるのは抵抗があった。

 それが、自分の父の死を看取った相手で、かつ面識は無いとはいえ妹弟子であるのならば尚更だ。

 だがしかし、倫理を気にせずクローン研究、および人体を好き勝手に出来るというのは実に魅力的だった。

 そして脅されてる、逆らえば命は無いという理由をもって、彼女は手を抜く事無く研究をした。してしまった、これでもかと言うほどに本気だった。

 その結果、ヨウをアールとして復活させられた、という事実はあるものの。

「やべーっすな……研究成果が出たっていうのに、ちょっとコレ想定が良すぎる一足飛びですわよ。魚類を両生類にしようとしたら鳥類になっちゃった的な」

 メーカーから出した大豆製コーヒーをブラックですすりながら、やってしまった事に後悔する。

 カイドからのオーダーは“アデプトとしての聖女”だ。

 先ほどムンビが言ったように、アデプトというのは実にデリケートなもので、生来の経絡が傷つきでもしたらそのアデプトはジュツを失う事が多い。

 経絡――神経と限りなく同一視されてきた、チャクラの道。

 チャクラというのはジュツを発生させる為のエネルギーのようなもので、これは体内を生成し、その生成にもジュツの発動にも経絡を循環させる必要がある。

 その道が壊れればチャクラは回らず、ジュツは発動出来ない。ガソリンの無い車は走らないし、そのパイプが壊れた車も走らないという事だ。

 なので、例えば腕や足を失う大怪我をしてしまったりすると、能力が失われるアデプトは多い。

 また、ジュツというのはソフトウェアのようなものだ。そのソフトは個人の精神、あるいは魂と呼ばれるものに依存していると考えられ、例え一卵性双生児であっても同じジュツが発生する訳ではない。

 それはつまり、強力なアデプトがいたとして。そのクローンが同じジュツを発動出来る訳では無い、そもそもアデプトという訳でもない。

 ――というのが、今の世界の常識だ。

 で、あるのならば、その経絡を傷つける事亡く。意識、精神も全て移植する形で保持すれば良いと考えたのがメッティ・シュガーだ。

 そうなればガワは関係無い。

 とは言うもののそれほど単純な話ではない。言ってみれば騎乗の空論だ――だった。

「……まー、成功率なんて出せない程、ぶっつけのだった訳ですケドケド」

 実際、大成功してしまった。そしてそのデータは全て取っていた。つまり、この後もそれなりに同じ事は出来る。

 という事に気付いたのが今さっき。

 ……そして、それに気付く前に“やってしまった事”があった。


 ゲル状の液体が詰まったカプセル。

 ヨウ=アールが入れられていた物とほぼ同型の物で、その中では現在制作中の新たなクローンが仕上げを待っていた。

 そして何が問題かというと――。

「――なるほど。前回の失敗を踏まえ、今回の聖女こそアデプトとして覚醒している、と」

「え、ええ。その兆しが、というレベルですがネ?」

 メッティはやらかしてしまった。

 ヨウ=アールこと、1つ前の失敗作を廃棄する為の理由作りや、あれやこれやがあり、とりあえず次を作らなければならなかった。

 ここまでは良い。

 露骨に失敗する訳にもいかないが、停滞するのもよろしくない。常にチャレンジ、新たな物を生み出さなければならない。

 これも良い。そもそも、研究そのものはしたいのだ。その中身は別だが、お題が彼女なりに敬愛している聖女でなければ、別にかまわなかった。

 で、だ。

 メッティはこの研究を“サイコロを振る”ような物だと思っていた。

 望みの出目が出るまで、ごろごろとあの手この手でサイコロを振るのだ。そして、同じ目ではなく、色んな目が出ている間は、カイドだって(文字通り)首を斬っては来ないだろう。

 で。何が問題かというと。

 その望みの目はヨウ=アールで出た、出てしまった。そして、実は“クリティカル”が出ていた事に気付かなかった。

 気付かないままに、メッティは“ヨウの遺体”を材料にして、新しいクローンを作った。

 というのも、それがそもそも遺体を引き取る条件だったからだ。

 街でもトップクラスのアデプトで、死体が新鮮で、しかもそれを即座に研究室に運び込める。

 これだけの好条件があるのにサンプルとして使わないのは勿体ない!!!! とカイドに申し入れた所、あっさりとOKが出てしまった。

「ミナの為の礎となれるのなら、ヨウも本望でしょう」

 自分で殺しておいて何を言うか。

 というツッコミをぐっとこらえ、ぷるぷるしながら、そっちを利用した当初の目的は大成功。

 だが。

 メッティは今もぷるぷるしていた。

 カプセルに入っている試験体に“経絡が観測されている”からだ。

 チャクラや気、ジュツというものは目に見えないとされているが、それは昔の話だ。

 人類新世紀は、人類が経絡を科学的に発見したら起きた物なのだ。その観測が出来ない訳が無い。

(あーーーーどうしよ、マジでどうしましょう。出来ちゃったよ! アデプトの聖女クローン! 今までの単なる肉人形みたいのとは違う、ちゃんと経絡が覚醒できちゃってるやつ!!! ルツ隊長と聖女の体、どんだけ相性良いノ!!)

 マグカップを手にふるふる震えるメッティを気にせず、カイドは観測データの確認を続ける。

 アールでの研究成果は“魚類を両生類”にした物だと思っていた。けれども、実の所、魚類は鳥類になっており、それに気付かぬままに――鳥を作り上げてしまった。鳥を作る気は無かったのだ。

 “機械脳”と呼ばれるカイドは、ヨウ同様に正規の教育は受けていないが独学、あるいは後に勉強する事で、インテリと呼んでも差し支えない知識量を持っている。

 自身で管理している事もあり、こういった研究内容も専門家の話を理解出来るだけの学はある。

 つまり、誤魔化せない。

「博士、問題点は?」

「あーあああああ! ええと、ええとですネ? これは厳密に言えば聖女自身とはいいきれず、研究の為に、ルツギ隊長も材料になってますデス! 詰まるところ素材が有限なんでスネ? ほらールツギ隊長の体をクローンして同じ材料作れるなら、聖女でとっくに成功してますし」

「コピーからコピーを作るのは難しく、ミナのコピーにオリジナルのヨウを使う事で、今回の成果が出た――と」

「デスです。それにまだ完成、安定した訳でも無いのでー。ほら、一度覚醒しかけた経絡が、また沈静化する例も現実の人間で起きていますし」

 事実だ。覚醒前にチャクラを巡らせる事が出来ず、結局すべてが失われてしまう例も少なくない。

 また、そこでチャクラが歪み亜人となるパターンもある。

 ――もっとも。ミナのクローンに関しては(アールを除けば)覚醒が確認されたのは今回が初めてだ。

「確かに。これで今回の聖女が亜人にでもなれば目もあてられません――」

「デショウデショウ? ウチもほら、何年もかけた研究なので、慎重に事を進めたいナーと」

 なお、やらかしに関しては慎重にやった結果ではなく、何となくの結果なのがまた、これまでの時間を返して欲しいというか、返さなくて良いのでこのままで良かったというか。

 今目の前でこの経絡反応きえねーかなー、無理か。

「ええ、ですが博士。これが“成功例”になる可能性も当然あります――」

 カイドの目が、正気のままに狂気を帯びる。その目を、メッティはずっと見て来た。

 思えば、ヨウを殺した時も同じ目をしていた。

 ――そう。ヨウが殺される時。メッティはカメラ越しに見ていた。

「今まで、聖女たりえなかったモノまで、何故、途中で廃棄せずに仕上げさせて来たか。分かっていますね?」

 それは、他の幹部への献上品。

 聖女ミナの姿形をした、私欲の為のモノ。

 モノではあるが、ケモノではない。ヒトの言葉を理解するだけの知恵がある、知識がある。

 ――その実働データを、実験データを取ってきた。あくまでサンプルだ。

「作り上げなさい。私達のミナを。新たに、望まれるミナを、ここで、ミナを信じた貴方が、新たに、造るのです。この地に再び、彼女を立たせるのです――」

「……ハイ」

 その返事をカイドはどこまで聞いていたか。

 分からないけれども――。

(きっともう、狂っている。この人も、ウチも)

 諦めを帯びた、乾いた笑いがメッティの口からこぼれた。

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