03・アール


 酷い腐臭で目を覚ました。

「……あの女、本当に捨てやがったな」

 恐らくだけど、生ゴミの分解機を一端止めてそこに放り込んで、そのまま流しやがった。

 今、転がってるのは下水道に繋がる処理場だろう、とおおよその知識から当たりをつける。

 土地勘もあるしここからなら、青堂会の本部から逃げるのだって出来る。そういう意味じゃ、脱出経路としては悪く無い、が。

「こっちは10代の女の体なんだぞ……」

 女だから大事にしろ、とか言う訳じゃなくて頑丈さの問題だ。まあ、今の所打ち身程度で済んでるようだけど。

 動くのにどうにも違和感があるけれど、いい加減慣れなければならない。

 他のゴミ捨て場から、ボロの服を引っ張り出す。この際汚れとか臭いとか言っていられない。ミナの体で全裸でいる訳にもいかない。

「……さて、どうするか」


 ――青堂会は、潰す。


 ミナの理想はあった。

 けれども、俺はあくまでミナがいたからこそ、あいつの手伝いをしていた。

 そのミナを汚した場所で、善だの偽善だのはもう無理だった。

 あのカプセルの中で怒りが冷たく殺意になった時に、きっとそうなってしまったんだろうと自分で分かる。

 親友に裏切られた、1度死んだ、体が変わった、理由は色々あっただろうし、“生まれ変わった”なんて言ってもいいんだろう。

 ただ、結局ミナが死んだ時から続いていた未練が、ついに終わっただけなんだと思う。

「俺なりのカタのつけ方なんだ、許せとはいわねえよ」

 ミナがやりたかった事、じゃない。

 俺自身が、そうしたいと、決めた。



 ●



 ――比良坂は、現在大きく2つの勢力に分かれている。


 1つは、特区が指定される前から計画され、外との繋がりを持ったままに覇権を握った集団。いわゆるギャングであるエヴォル。

 旧人類ノーマンとの争いに負けた新人類アデプトは、いわば実験の道具でもあり、比良坂は実験場だった。

 軍事、医療、あるいは科学。そういった実験の為に本来は外との連絡すらろくに取れない閉鎖区画でありながらエヴォルは上手く立ち回り、そういったパイプを持ち続け、そして街を実質支配していた。

 しかしそれに対しミナ・アーシェンを中心としたレジスタンスが結成され抵抗を始める。

 リーダーの“聖女”ミナと、その腹心であった“機械脳”カイド・カゴ、“絶対零度”ヨウ・ルツギが中心となり、人々が集まる事で大きな勢力へと拡大していった。

 しかし5年前、聖女ミナが死亡した後も2勢力の抗争は続き、街は疲弊し続けていた。

 しかしそれは“大きな勢力”としての話。

 その2勢力に属さない小さな勢力あるいは個人というものも、この比良坂には当然存在していた。


「くっそ、雨が降るとまだ寒いもんだな……」

 くたびれたトレンチコートをかぶるようにして急な雨を避けながら、そのコート同様にくたびれた中年が路地を早足で抜けていた。

 男の名前はムンビ・ハワード。

 かつては青堂会に協力していたが現在はどちらの勢力にも属さない、自称探偵。

 だが実際やっている事は、どちらにもパイプを持つ事を利用しての調停役のような事が多かった。

 別名は“知りすぎた男”。

 機密や都合の悪い事を知りすぎている。しかし殺してしまえば“敵”にその情報が流れてしまうかもしれない。

 だからこそ、エヴォルも、そして青堂会もムンビを殺してしまう訳にはいかなかった。

 むしろ生かしておいた方が利用価値がある、そう思われていたし、そう思われるように立ち回っていた。

「あーくそ、びしょびしょじゃねえ、か……?」

 事務所に帰り着く頃には外は土砂降りになり、コートで覆った夕飯のバーガーの袋もぐしょぐしょになっていた。

 だがムンビが動きを止めたのはそれが理由ではない。出る時に確かに閉めた事務所の鍵が、まるでバーナーか何かを使って溶かし、壊されていた。

「ウチにはっつーか事務所には金目のモンなんかなんもねえぞ……」

 多少の金や、今調査中の資料なんかは転がっているが、その位だ。少なくとも、2勢力に命を狙われるような物があったりはしない。

 かといって、出入りの少ないこの街でムンビの事務所を襲撃するような“世間知らず”が居るとも思えない。

「勘弁してくれ……」

 懐の銃を握り、警戒しながら扉を開けるとそこに居たのは。

「――久しぶりだな、ムンビ」

 彼よりはマシだが、やはり濡れ鼠になった1人の少女――。

「……ミ、ナ?」

 ミナ・アーシェンの若い頃の姿。

 つまり、青堂会から逃げてきた、ヨウ・ルツギだった。



 ●



 ゴミの処理上から下水道を通って脱出。

 ただ、金も持たずに着の身着のまま、その服も腐りかけじゃ動きづらい事この上ない。

 それにミナの顔はこの街で1番有名と言っても過言じゃない。あまり不用意にうろつけない。

 そこで俺は、昔の仲間を巻き込む――頼る事にした。

 帰って来たムンビは、今の俺を見てまるで幽霊でも見たような顔をしていた。……気持ちは、痛い程分かる。けれど、同情する余裕は無い。

 フードを取り払って、顔を見せるとますます驚いて固まってしまう。

「話を、まず聞いて欲しい」

 こうして改めてカプセルの外で声を出すとミナの声だった。……いや、自分で聞く声と人が話す声は違うな、という違和感もあったけれども。

「ミナ、いや……まさか……!?」

「とりあえず、俺は敵じゃない。青堂会も、エヴォル側でもないから銃から手を離してくれ」

 両手を挙げて敵意の無いアピールをする。どこかで急にムンビが短気を起こしても困る。

 ――それだけの事を今からする。

 ゆるゆると、何かを察した顔で手を離すムンビ。そして開いた手で自分の顔を撫でる。

「まず、俺はミナじゃない。見た目というか体はミナのクローンで中身はヨウだ、ヨウ・ルツギ。久しぶりだな?」

「え、あ? いや、待て……!?」

「待たない。ミナの死後、カイドが主導になってミナの蘇生計画が開始。主任研究者はメッティ・シュガー。5年間かけて、肉体のクローニングはここまで成功した」

「止めろ! 待て、ヨウ!?」

「ある程度形になった所でカイドは計画に反対するだろう俺、ヨウ・ルツギを殺害。しかし元より脅されて研究していたシュガー主任がそのクローン体に俺を移植、そのまま青堂会を抜けてお前の所に転がり込んだ――それが今の状況だ」

 一息に言い切ると“知ってしまった”ムンビが真っ青な顔をしていた。

「…………おま、マジか……何処からどう切り取っても、知ってるってバレたら命に関わる情報じゃねえか」

「そうだな。ついでに主導がカイドってだけで、協力してる隊長共もいて、こっちは未確認だけど試作品の“クローン”を隠れて好き勝手してるらしいな」

「ふざけんなよお前……ほんと……この疫病神が」

「信じるのか?」

「…………ああくそ、人をあっさり地獄まで巻き込みやがって! ともかく、分かった。お前の事を売ったりしねえから、とりあえずシャワー浴びてこい――滅茶苦茶臭うぞ」

「だろうなあ」

 分かっていた、と頷くと容赦なくシャワー室に蹴り込まれた。



 ●



「いや、自分でも臭いのも汚いのも分かっていたんだけど、どうしようもない状況ってあるだろう?」

「分かってるっつーの、けどウチの事務所の鍵ぶっこわした上に、臭いこもらせやがって……」

 状況が状況だから、窓を開け放つ訳にもいかず換気扇に任せていた。

「ところで俺の着ていた服は?」

「足が着くかもしれんからこっそり処分する。つか、お前まさか着る気だったんじゃねえだろうな」

「いや、流石に無いな……」

 今はムンビの事務所に置いてあったシャツとパーカーを羽織っていた。

「しっかし、ミナってやっぱ美人だったんだなぁ」

「おい、嫁に逃げられて長いからって変な気を起こすなよ……!?」

「いや、流石にそりゃねえけどよ。……まあいい、食いながらでいいから聞け」

 腹は減っていたようで、ムンビに差し出されたバーガーをほおばると止まらなくなってしまった。

「元より、ミナのクローンがいるって噂はあったんだ。その程度はお前も聞いた事があるだろう?」

「……本当に、怪談程度の噂だったけどな」

「だろうな。オレだって幹部連中が似てる奴とか整形させてはべらせてたり、あるいは何かしらに利用しようとしてる。その程度の話だと思っちゃいた」

「それなら良かったんだけどな。けれど、俺が話してる事だって、その整形されたやつのカタリって可能性もあるだろ」

「ははは、そうだな。そっちの方が気が楽だぜ」

「――コマキねーさんと別れて、バカだなお前。あんな美人が二度と結婚なんかできないだろうに」

 そう。青堂会で情報屋として俺達にこき使われたムンビは、それなりにまとまった金を手に入れ、コマキねーさんを身請けした。

 ただ、その後にムンビの方から「危険だから」と別れてしまったのだ。

「……お前、ほんとにヨウなんだな」

「困った事にな」

 いたたまれない様子で、ムンビは頭をかきむしる。

「ともかく。お前の素性もだけど、さっきメッティ・シュガーの名前出しただろ? 信じる理由はそっちだよ」

「有名なのか?」

「それなりにな。アデプトの医療を一歩も二歩も進めた天才だけど、その死に方が不自然でな。気になって調べちゃいた」

「やっぱり死んだ事にされてんのか」

「そりゃな。けど、クローンを造ってるのがそいつっていうなら、納得は出来る――」

 煙草に火をつけながら、ファイルをこっちに放ってくる。そこには、ついさっき見た顔が写っていた。

「ああ、こいつだ。昔っから猫背なのか」

「乳でけえと女って猫背になるのかね」

「お前、そんな事言ってるから、コマキねーさんに“胸ばっか見て子供みたい”って笑われるんだよ」

 指についたソースを舐め取りながら言うと、ムンビが苦い顔をする。

「……うるせえな、お前には関係無いだろ――あー」

「何だ?」

「……お前を、ヨウって呼ぶ訳にいかんだろうが。名前、考えとけよ」

 確かにそうだ。

 俺、ヨウ・ルツギは死んだ事になってるだろう、というか実際死んだ。

 だからこそ、カイドに対するジョーカーになる訳で、その素性を悟られる訳にはいかない。

「アールでいい。この街ではこの程度の偽名で良いだろ」

「ルツギ、のRね。ま、いいんじゃねえか? それじゃアール。お前、何で俺の所に来た。別に金も棲家も、お前一人で適当に見繕えるだろ」

 それは、俺がいくつか用意しておいた隠し財産を使っても良いし、それですら足が着きそうなら“現地調達”だって出来る。そうムンビは言っているのだ。

「頼みたい事があって来た」

「だろうな。つーか、来るなりとんでもない事を吹き込んで巻き込みやがって……! オレァはもう青堂会抜けたっつーのによ!!」

「けれども、中立だ。青堂会が何かやらかそうとする情報は損にはならないだろうし、俺の目論見通りに行けば、大した事じゃなくなる」

「……どういう事だ。一般に公開でもする気か?」

「いや、そうじゃない。お前よりも高く買ってくれる相手に売り込む――ムンビ、エヴォルのボス、ラドロ・デビスに渡りを付けてくれ」

 煙草を灰皿に起き、無言で顔面に手を当て天を仰ぐムンビ。

 ラドロ・デビスは青堂会との争いを利用してエヴォルの中でのし上がり、現在頂点に立つ男だ。

「本気か」

「本気だよ。俺……アールは、噂になってる“青堂会が造ったミナのクローン”で、部隊長ヨウ・ルツギへの報酬って事にしておこうと思う」

 姿勢を変えないまま、ムンビは俺の話を聞く。

「それに対し、愛想が尽きたルツギが、エヴォルに裏切る。そういう筋書きを考えてた」

「……ヨウ、お前。それは、青堂会が滅ぶ可能性があるんだぞ」

 “ヨウ・ルツギと第2部隊”は、対エヴォルの最大戦力だった。

 それがいなくなるだけでも、エヴォルに対する重しは無くなり、戦局が一気に変わるのは想像出来る。

「はっきり言えば、俺は青堂会を滅ぼすつもりでいる」

「ヨウ――」

「ミナの作った理想は死んだ。幹部共はカイドも、他の奴もミナのクローンを作って自分の欲望を満たしてる。そうじゃなくても、やってる事はギャング共と変わらなくなってきてる」

「それでも、お前――」

「そうだ、それでも庇護下の奴等はいる。真っ当な奴だっているさ。けれども、このままぐずぐずと抗争を続けるよりも、すぱっと滅ぼしてしまった方が……まだマシなんじゃないか?」

「そうしたら、またミナ以前に戻るぞ!」

「……ミナが死んだ後。街は平和になったか? 豊かになったか? 擦り切れて、巻き込まれて死んでく奴は減ったか!」

「……そいつ、は。いや、あの第2部隊の隊長が言うんだから、そうなんだろうな」

「青堂会は、ミナがいなきゃダメだったんだ。そのミナがいなくなって、ギャングになるなら、それはまだ良かったんだ」

 誰が頭か、そして下から搾取する形になるか。

 この街に法律という抑止力が無く、アデプトのジュツという力がある以上、この街はどうしても力で支配される。

 そこは、もう“諦めた”。

 諦めなかったミナは、志し半ばで擦り切れて死んだ。

「けれども今の青堂会はそのミナを死なせてすらしてくれない。それになにより、今のトップのカイドは……もう、狂ってる」

「ずっと一緒に居た親友のお前がそう言っちまうのかよ」

「……俺だって認めたくは無かった。けれども、あいつは冷静なままに狂ってた」

 人が狂ってしまうのは、今までにも見て来た。

 おかしくなる人間だって、戦場で、そして他の場所でも山ほど見て来た。

「ミナが死んだ時から、アイツは少しずつ壊れてたのか、それともその時に一気に壊れたのかは、分からない。けれど、そんな狂った親友が、ミナを辱める組織を……もう、残しておけないんだ」

「お前さんの勝手、って片付けたい所だけどな。今トップやってるカイドが狂ってるってんなら、話は別だ」

 起き上がり、また新しい煙草に火を付ける。

「今のエヴォルのボス、ラドロ・デビスはろくな人間じゃないが、言ってみりゃ“真っ当な悪党”だ。必要なら慈善もするし、寄付や行政だってやってのける」

「前に見た時は、小狡そうなオッサンに見えたよ」

「そう、小狡い。けれどもバカじゃない、むしろオレはあのオッサンを敵に回したくは無い。無いけどなあ……」

「ムンビが迷うのも分かる。俺もまだ迷ってるからな。……ムンビ。仕事を頼まれて欲しい、こっちは真っ当な探偵の仕事だ。そいつの成果次第で、これからどうするか決めたい」

「ん? ああ、一体何を調べろって言うんだ?」

 あれからずっと引っかかってた。

 現場の調査、青堂会の対応、エヴォルの行動。

「この間の、青堂会に仕掛けられたプラントの爆破テロ。あれは本当にエヴォルの下っ端が、自爆テロを仕掛けたのか?」

「……おい、そりゃあ。お前がそんな言い方するってのは、まさか」

「青堂会では“そういう事になってる”。ただ、俺はエヴォルの連中がそれを出来たとは思わないんだ」

 あの現場で警備し、そして長年やり合ってきた経験。

 それと、爆破の起きた状況を調べる為に現場に入って、どうにも違和感があった。

 果たして、可能なのか? それが出来るのならば、今まで何故やらなかったのか。

 ムンビもテロの事は知ってたのか、煙草をくわえたまま動かない。

「俺の副官にシンドっていう女がいる。そいつに、ルツギは死を偽装した特殊任務についてるとでも行って繋ぎを付けても良い。ともかく、頼む」

「……お前が言うんだから、ほぼ“その通り”だと思っちまうがね」

「そう思ってるからこそ、青堂会を……いや、カイドを、あとミナを弄ぶ奴等を皆殺しにしよう、って言ってるんだよ」

 食料プラントは、街全体の生命線だ。

 エヴォルの奴等も支配下におきたいだけで、お互いそいつを壊す旨味が無い。

 きちんと条約がある訳ではないが、最低限の協定みたいなものはあった――筈だった。

「分かった、そいつは調べよう。その間、アール。その間お前は大人しくしておけ、そんくらいの間は匿ってやる」

「頼むよ……それと、疲れた」

 手術、というか蘇生というか。終わってから一日、動き通しだった。

 疲労なのか、もっと重い物なのか。シャワーを浴びて飯を食ったら一気に押し寄せてきた。

 ムンビ、というかつての友人の所に来て気が緩んだのかもしれない。

「おい寝るのかよ? お前な、寝てる間にオレがどっちかにお前を売り払うかもしれないと思わないのか」

「その時は、俺の見る目が無かったって事だな……」

 ソファにそのまま転がり、目を瞑る。思えば今日は、誰かに無理矢理意識を刈り取られてばかりだった。

「……毛布使え。それと、大人しくしてる間に今のお前の見た目が若い女だって事くらいは自覚しとけ」

 そんな忠告を聞きながら。俺は、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 最後に、ため息が聞こえた。



 ●



 結局、普段の格好もフード付きのロングジャケットで落ち着いてしまった。

 というのも、まず比良坂は治安が悪い。

 だから女子供が自分の素性を隠す為に、フードやポンチョ、あるいは帽子など良く使う。

 この街で顔や性別の分かりにくい格好をするのは珍しくないので、俺が浮くような事も無い。

(……さみしいもんだな)

 この数日。事務所で体を“馴染ませる”事もあって外には殆ど出ていなかった。

 そして雨が上がり、外に出て見れば人通りは無く――そこは、俺達がミナに出会う前の比良坂のそのままだった。

 その日暮らしの労働、その給料を狙う小悪党。子供が全うに稼ぐ手段は少なく、ゴミ漁りや危険の多い仕事をする。

 そしてこの比良坂の最大の格差は、親がアデプトやミュータントであっても、子供がノーマンである事が珍しくない、という事、そしてその逆もありうる事だ。

 ノーマンなら街の外に出られるのかというと、それもごく少数だし、そもそも特区生まれが外でまともに扱われるのかどうか。

 けれど、最早ここでそれをどうにかしたかったなんて言える立場じゃない。

 俺は、そのミナの理想に背を向け、私怨でかつての親友を殺す道を選んだのだ。

「何見てんだ、アール」

 先に渡りを付けに出ていたムンビが帰ってくる。

「覚醒者って何なんだろうな、って」

「随分でかいこと考えるんだな。で、どう思ったんだ」

「……俺達は、それまでの人間に何かプラスされてる筈なのに、こうして追いやられてる。別に何か出来るから偉い、なんて言う気は無いけどな、だけどここまでされる言われも無いだろ、と」

「そのプラスが無い奴等は怖ぇんだよ。俺だって、一応覚醒者側ではあるが、その実大した事は出来ねえしな」

「目が良い、だったよな」

 普通に視力が良い、という話じゃない。暗い中や、水の中でも問題が無い。そういった類の“ジュツ”だ。

「ああ。そんなん、カメラ1つ通せば誰だって同じ事が出来る程度のもんだよ。それでこんな所にぶち込まれたんじゃたまんねえよ。お前等みたいな化け物のとばっちりだ」

「すまんな」

 俺達の間なら冗談で済むけれど、それが冗談で済まなかったのが今の世界だ。

「それで、首尾は?」

「――繋ぎはつけた。ミスターデビスはルツギ第2隊長の代理人と会ってくれるそうだ」

 そう言うムンビの口調は重い。

 ――食料プラントの爆破事件。

 明確な証拠は残っていないが、青堂会の疑いは深まるばかりだった。だからこそ、ムンビはこうしてエヴォル側と渡りをつけてくれた。

「ただ、迎えはないからな。自分で来いだと」

「極秘の方が都合が良いから断ったんだろ」

「その通りだ。相手が相手だ、アール、気を抜くなよ」

「……お前も来るのか? 間違い無く危険だぞ」

 一緒に着いてくる様子に、驚く。

「へっ、調停役がいた方が話もまとまるだろう?」

「……すまんな」

「……お前、ミナが死んでから丸くなったよな」

「それなりに歳で、隊長なんてずっとやってたからな」

 今は14,5の小娘の体ではあるが、その前は40半ばまで殺しあいをしてきた中年だ。

 そして、殺し合いなんてリスクの高い事を続けるには、信頼出来る仲間やチームを作る必要がある以上、いつまでもガキのままではいられなかった。

「悪いジョークだぜ……」

「すまんが現実だ」

 言ってお互いため息を吐くんだから、救われない。

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