58年
1章
01・彼らの終わり
新人類特区(という名の隔離封鎖地区)“比良坂”。
人類新世紀22年に地区平定以後、それまでの政府の手を離れ、この街はギャング“エヴォル”によって牛耳られていた。
しかし人類新世紀38年に現れた少女“聖女ミナ”を中心とした組織“青堂会”が勢力を拡大を始める。
反勢力はミナの元に集まり、エヴォルは現在、均衡あるいは劣勢に追いやられていた。
しかし54年。聖女は前触れ無く死を迎えた。
以後、エヴォルとの抗争は激化し、比良坂は平穏からはほど遠い銃弾の行き交う場所になっていた――。
●
[人類新世紀59年、5月]
[青堂会支配区域の食料工場にて]
新人類、なんて言った所で大半は肉体的にはなんら変わってない。
撃たれれば死ぬし、斬られれば血が出る。骨も折れるし、傷の治りだって早い訳じゃない(ヤツが大半だ)。
ただ、それはこっちだけの事情じゃない。
比良坂にぶち込まれた以上、エヴォルの連中だって撃たれれば死ぬ新人類、あるいはそうですらない奴ばかりだ。
お互い斬れば死ぬし、撃たれれば死ぬ。そんな状況で今日みたいに、何年も抗争を続けていた。
「――ルツギ隊長! 敵の一部がこちらに向かったそうです!」
本部から連絡を受けて、副官のシンドが駆け込んでくる。20歳そこそこで前に出るには向いて無い細いの女だ。
アデプトとしては“状況把握力が高い”というレーダーを生身で詰んでいるようなジュツで、体の方は旧人類と何ら変わらない。
俺、ヨウ・ルツギはあれから20年、戦い続けていた。みるみるミナを中心に反エヴォルの連中が集まって、まとまって、今じゃ街の半分を牛耳る大所帯だ。
そんな俺も今じゃ空席のトップに続く大幹部。
第2番隊。いわゆる警察、軍事、治安を担当する部隊のてっぺんをやっていて、その結果、最前線に立たされる武闘派のとりまとめを押しつけられていた。
「シンド、その“一部”の内容は分かるか」
「4番隊の話だと、イグアナ達ではないかと」
嫌な名前を聞いて、思わず顔をしかめる。
「クソが。あいつら俺たち2番隊を見ると速効で突っ込んで来やがるな……」
俺たちが今、絶賛エヴォルと戦闘中。向こうがこっちの食料生産地区にちょっかいかけてきたのを、銃弾で追っ払ってる所だ。
ただ、俺たちの姿を見てイグアナ――エヴォルでも1番やっかいなミュータントがちょっかいをかけてきやがったって所か、あるいは元々予定にあったのか。
「どうしましょうか」
「ヤマトメは」
「前線に貼り付けられて抜けられません」
もう1人の副官――こっちは多少身体が頑丈になれる“ジュツ”を使えるんで、普通に撃ち合ってる分には心配いらない。
街中で作れる弾も貴重品だし、頑丈なヤマトメの姿を見れば無駄打ちも止めるだろう、なんて思ってたのにイグアナ共が突っ込んでくるんじゃ任せてられない。
「俺がイグアナを相手にする。お前等は予定通り残りを追い払っておけ」
「了解です!」
シンドに後を任せ、愛用の剣を手に後方から出る。
正直、40歳も見えてきた昨今。幸い、体が大きく吹っ飛ぶような事は無かったけれど、あちこちボロボロでガタも来てる。そんな身なのに前線でエースを相手取るのもキツイ。
けれども、まあ。
「――ミナに任されたもんなあ」
後の指揮をシンドに任せ、愛用の剣、通称“魔法剣”を手に現場へ向かった。
そしてたどり着く時には丁度イグアナ――腕から顔までが鱗に覆われたは虫類混じりのミュータント――が、物騒なサイズのライフルを持ち出した所だった。
アンチマテリアルライフルだかなんだか言うソレは、こっちの防御陣地なんてお構いなしだし、拳銃やマシンガン程度は防げるヤマトメも、アレは無理だ。
いや、俺もあんなん喰らったらヤバイんだけど。
「おいイグアナ、そいつ抱えて帰ってくれよ」
この戦いが始まってからずっと練っていたチャクラを剣に通す。それが出来るオーダーメイドの愛剣だった。
「隊長さんよ、それでハイそうですかと言える訳がねえだろうが」
5月の半ば。
俺の周囲の“冷えこむ空気”を裂いて、イグアナが3mはあろうかというライフルの銃身をぶんまわして掴んでたたき付けてきた。
「おいおい、銃はこの街じゃ貴重品だろ?」
――外のノーマン共が、俺たちにそんな危険物を持たせたがらない。当然、輸入もくっそキツイ。
簡単な物ならともかく、こんな大がかりな物は特に貴重品じゃないのか。
「安心しろ、アンタを釣る為のブラフで撃てやしない」
ヤマトメには防げない“火器”は、俺なら防げる。そんな見せ札で釣りにきやがった。
「付き合い長いってのも、考えものだなっ……!」
イグアナ共との戦いは長い。お互いに最前線に出せる強札として、かち合う事が多かった、多すぎた。
振り回されたライフル――ライフル型のロングハンマーを、俺は鞘に入れたまま剣で跳ね上げた。
見た目通り、人間を越えた馬鹿力に付き合うつもりは無い。
「なんだ、抜かないのか」
「お前を斬る時に抜くさ」
俺のジュツは、生憎と連発が効かない。あれから20年近く鍛錬を続けても、その辺は変わらなかった。
相手の武器一個壊すのに使えば、あとはこのミュータントと剣一本でやり合わなきゃならなくなる。
けれども、そのジュツがある以上、こいつも迂闊に俺に近づきはしない。
「というかイグアナ、俺さこの間お前の左腕斬り飛ばさなかったっけ?」
「ああ、アンタにやられるとくっつくのに時間がかかる」
これだよ。
これだからこいつは最前線に突っ込んでくる。
「いい加減、くたばってくれよ」
「やってみろ、と言ってるだろう」
首を落とせば流石に死ぬか。けれどもソレを今まで許して貰えていない。
やるしかないか。
ハンマーを避け、弾きながら攻撃に移ろうとした瞬間。背後から火の手が上がった。
ぶつかり合うのを避けてお互い別の方向に跳ね、距離を取って振り向けばそれは俺たちが守ろうとしていた食料工場が燃え、爆発していた。
「……おい、クソトカゲ。やってくれたな」
街は、常に限られたパイを奪い合ってる。
衣食住は常に足りない。そんな中で、食い物の工場を破壊する事がどれだけの影響を与えるか。
ギャングも、そして俺たちも。言ってみれば“住民”の上前で生きる寄生虫だ。
その住民は当然物を食わなきゃ死ぬ――。
「答えろクソトカゲ。何のつもりだ」
火の手が上がる工場を見て、イグアナは動きを止める。
そのは虫類じみた目の表情は分かりづらいが、けれどもショックを受けているようにも見えた。
「……この場は、引く」
「おい」
「オレ達は、知らん。それだけは言っておく」
言うやいなや、ためらいなく逃げる。その背中に追い打ちは出来たかもしれないが、今は工場が先だ。
ああいう所なら俺のジュツも多少なりとも役に立つ。
「……くそ」
抗争が続けば、街はどんどんやせ細っていく。
そんな事はギャング共も、そして青堂会も分かっている事だ。
少なくとも、ミナが目指したのはこんな世界じゃない。
あいつは、力のない人がきちんと飯を食って、安心して眠れるようになる為に戦い続けてきた。
そのはずだったのに。
やっぱり、あいつがいないとダメなのか。
俺達が真似をした所で、結局何も変えられないのか。
「くそっ……!」
火の手が上がる工場へ向かって走りながら、そんな事をぐるぐる考えていた。
ミナが死んで5年。
なあミナ。俺は俺達は全然上手くやれてないよ。
2
「カイド! カイド、何処だ!!」
焼け落ちた工場で俺が出来る事はやりきって、早足で本部に帰ってきた。
俺達の本部は、元は教会だった大きな建物だ。
日も落ち、あかりも消えた聖堂内を俺は早足に行く。
1番隊隊長、カイド・カゴ。
現在、青堂会を取り仕切るトップ幹部、俺の親友――。
「カイド!!」
このままではだめだ。
限られたパイを奪い取り、そしてそのパイを焼き尽くすような真似が続けば、ただただ無くなっていくだけだ。
――燻るだけ。
誰1人、得る物がなくそんな生き方をするか、そのまま死んでいくしかない。
それは、ダメだ。
例え俺のやっている事がミナの真似事で、あいつの借り物だと分かっている。けれども、だからこそあいつがここまでやった事をこのまま無駄にしたくない。
「カイド! いないのか!」
「――なんですか、ヨウ。大声を出して」
奥から、ゆっくりとカイドが姿を現す。
カイドのジュツは、感覚と神経の強化。いたのなら、俺の声が聞こえない訳が無い。
あれから研鑽を積んで常時、それを巡らせる事が出来るようになっていた。
逆に鋭くなりすぎた“感覚”を鈍らせる為の伊達眼鏡の位置を直しつつ、笑顔を浮かべていた。
「……何を笑ってるんだ。お前、今日の話を聞いてないのか!!」
「聞きました。自爆テロとは、愚かな事です」
「……自爆、テロだと?」
「エヴォルの下っ端が先走ったそうですよ。全く、バカな事を……」
それならイグアナが知らないのも納得は出来る。
けれども、それを話すカイドは何故嬉しそうなのか。
長年一緒に居た、唯一の家族とも言える相棒が何を考えているのか分からない。
「カイド――」
「ですがヨウ。もうそのような馬鹿な争いも終わりです、終わらせる事が出来るのです!」
端正な顔を、笑いで歪ませ嬉しそうに俺の肩を掴む。
普段、呆れるほど現実的で冷たさすら感じるカイドにここまで言わせる理由は何だ。
「何があった、ギャング共が全面降伏でもしてきたか?」
「ははは、それも時間の問題でしょうね」
「おい、カイド。今俺は冗談を言う気分じゃない」
「ヨウ、私は冗談を言いません。とはいえ、貴方には説明よりも実物を見せた方が早いでしょう。ついてきて下さい」
俺の返事を待たずに、先を行くカイド。
カイドの言う通り、この争いを終わらせる何かがあるというのなら、それでいい。
ただ、親友の見慣れない姿に、不安も覚えるのだった。
「――何処に行くんだ」
「研究所です。ヨウは普段あまり足を運ばないと思いますが」
覚醒者の中には外に出るジュツじゃなくて体の“中身”が変化する奴等も少なく無い。
街に閉じ込められた俺達が、新たな研究を始めるのは世界中にある閉鎖区画、あるいは新人類の独立国で起きている事だった。
当然、青堂会も、そしてギャング共もそういった覚醒者を集めて、新たな“研究”を行っていた。
「そうだな。魔法剣を作る時には世話になったけど。お前は、良く出入りしてるよな」
俺の武器も、ジュツにあわせて作られた物だし、俺以外には恐らく使えない専用の物だった。
カイドは元々両親が学者の家系だったのもあって、そういった研究に前向きで、足しげく通っていた。
例の食料工場も、その研究のお陰で生産効率が上がったとか、嬉しそうに話していたのに。
「ははは、そうですね。やはりミナが居なくなった後、残った我々だけでは立ちゆかなくなるのは目に見えていましたから」
「……そうだな」
「私とヨウ、昔はムンビも居ましたが彼は青堂会からは去ってしまいましたし。どちらにしろ、ミナが居てこそ、我々は為すべき事を為せた――彼女の居ないこの5年で痛い程に実感しました」
「そう、だな。ああ、そうだった。もう少し、出来ると思ってたんだけどな……」
「ミナが出来た事とヨウの出来る事、私の出来る事はやはり違うという事ですよ」
「慰めてるつもりか?」
「まさか。私もヨウもミナにはなれない、という現実を話しているだけです」
「それは、最初から分かってたさ」
最初に俺達を巻き込んでから、みるみる周りを巻き込んでいった。
決して後ろに下がらず、最前線に立ち続けたあいつに、みんなが引っ張られていった。
「でしょうね。実際、ヨウはヨウなりに彼女の意思を汲み取ろうとしているのは分かっていました」
そしてカイドはたどり着いた研究所の奥へと進む。そこは一般会員どころか、幹部であっても専用のパスが無ければ入れない区画になっていた。
「この辺は何を研究してるんだ」
「医療ですよ。ミュータントほど顕著ではありませんが、我々アデプトもノーマンから肉体面が変化していますからね」
「確かにな。アデプトの中には薬も効かないヤツとかもいるし」
毒を操るヤツだったり、あるいは血流とか、何でも食えるヤツとか。そういうジュツが発現する奴等は薬が効かなかったりする。
「ただ、研究の利用方法によっては毒にもなる技術も多いですから。こうしてセキュリティのランクを上げています」
「ふぅん、なるほどな」
俺が世話になったのはこっちではない技術研究――とは名ばかり。町工場をやってた連中の集まりで、こんな研究施設っぽい所ではなく、プレハブとあばら屋に機材が詰め込まれてるような場所だった。
「着きました、こちらです」
いくつもの厳重な隔壁を抜け、最後にやってきたのは明らかに外部と隔絶された半地下の区画だった。周りの音からも切り離されたここは、行ったことは無いけれど宇宙船の中みたいだった。
「こんな所に何があるんだ」
「ふふふ、我々が待ち望んだものですよ、ヨウ」
カイドが自分のパスで開いた隔壁の向こうには、想像もしていなかった物が――いや、者が“あった”。
「……ミ、ナ?」
透明な、3mはあろうかというカプセルの中。そこには、俺達と出会った頃のミナが浮かぶようにして眠っていた。
「そうですヨウ。ミナです」
ミナの遺体が保管されてたんじゃないかと一瞬考えた。けれども、死んだときのミナは30歳を越えていた。少なくとも10代半ばのこの姿は、違う。
「説明しろ、カイド」
声が震えるのが抑えられなかった。
「――彼女は、ミナです。我々の元に、帰って来たんですよ」
「馬鹿な! 死人を生き返らせるジュツは、無い!!」
そう。例えアデプトになっても、生死の法則を覆したヤツはまだ居ない。それとも、新しく生まれたのか?
「ええ、アデプトのジュツではありません――技術です。今までに“幾多の失敗”はありましたが、今回、ついに、我々の望むミナの蘇生……いえ、再誕に成功したのです!」
「――失敗?」
その言葉に、嫌な予感がする。
「ええ、ええ! 彼女の分身、いえ、生まれ変わりを“創る”のには骨が折れましたがね。ですがしかし、そんな失敗したミナではない出来損ないでも、役には立って貰えましたよ! 彼女を呼び戻す事に成功したのですからね!」
勘の悪い、頭も悪い俺にも大体の事情はつかめてきた。
これは、ミナのクローンだ。
死人からクローンを作って上手く行くのかなんて知らないし、そもそも何がどうなっているのか分からないけれど、ミナは死んだ。それは、間違い無い。
俺とカイドが死を看取った。
その後“葬儀の手はず”を整えたのはカイドだった。つまり、これは。
「カイド、貴様ぁああああああ!」
カイドは、ミナの死体を弄んだのか――。
つかみかかろうとした瞬間、全てが遅かった事を悟った。
「――やはり、ヨウは許容できませんでしたか」
そう話すカイドの顔や声は、俺がよく知る相棒の物だった。
「カイ、ド……」
カイドの持つナイフが、俺の首と背骨の間に深々と、痛みすら感じないままに突き刺さっていた。
――感覚と、神経の強化。
カイドはそのジュツで自身の身体を完全に制御し、本人に言わせれば“スローモーションの世界で、思考速度だけをそのままに動く事が出来る”。そして五感以上の知覚力があれば、人の急所を見極める事なんて“線にそってペンを走らせる”程度らしい。
怒りに我を失った俺の首の隙間に、ナイフを突き立てる事は、その程度の事だ。
身体が冷たい。最早、手どころか身体に力が入らない。いや、一気に感覚も無くなっていく。大事な神経が、断ち切られてしまえば、それで終わりだ。
「ヨウの事ですから、これを受け入れられないのは分かっていました。彼女は死んだ、そして人は生き返らない。死者を腑分けし、弄ぶ事など――他人ならともかく、ミナにそんな事をして、許すとは思いません」
「……なんで」
「――ミナの死を、私が受け入れられなかったからでしょうかね」
意識が遠のく。目の前が真っ暗になっていく。今、自分が立ってるのか倒れているのかすら分からない。ただ、カイドの声だけが耳に届く。
「ミナが蘇った。そして青堂会という形もある……ヨウ。あとは貴方無しでも、私は何とかしていきますよ」
ふざけるな。
「ですから、ゆっくりお休みなさい」
ふざけるな、ふざけるな。
「ええ、安心して下さい。ミナがいれば私やヨウはいなくても大丈夫なんですから――」
ふざけるなっ……!!!!
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