02・三つの仕事

 だったのだけど。

「断る」

「なんでよ! 話くらい聞いてもいいじゃない!」

 俺は女を無視して、死体を袋に詰める。その横で、カイドが仕方なさそうに口を開く。

「まず、貴方の素性が分からない。そして依頼の出所も分からない。そんな状況でほいほい付いていくとか、美人局か何かですか?」

「つつっ!? そんな事私しないわよ!!」

「自分でそうだなんて言う奴はいねえだろ、行こうぜカイド」

「ちょっとーーー!」

 最悪、後ろから不意打ちを覚悟するけれども無視して俺達はムンビ(俺達と同じ親無しのゴロツキ)の働いている飯屋兼宿屋に向かった。


 ちなみに、死体屋を待ってる間。ムンビは滅茶苦茶嫌な顔をしてた。


「それじゃあヨウ、お休みなさい」

「おう、またな」

 俺とカイドは、大体つるんでるけれども別々に動く時もある。例えばそれなりに金が入った後、とかだ。

 今日の賞金首はそこそこの稼ぎになった。お互い、金を使う時くらいは自由でいたかった。

 俺達のねぐらは廃車になったバスを改装した物だけど、こうなると俺はしばらくそこには帰らない。

「――なんだ、カイド」

 ただ、もの言いたげにカイドが俺を見ていた。

「いえ、金の使い方をあれこれ言うのは無粋ですからね」

 カイドが俺の金の使い方に納得いってないのは知ってる。けれども、命がけで稼いだ金だ、それでヤクをやってボロボロになる訳でもなし。ならば、と無理矢理止めようとはしてこない。

「ただ、自身でも納得してないなら続けるべきではないと思いますよ」

「わーってるよ。じゃあな」

 それ以上小言が続く前に、俺は分け前を持ってとっとと別れた。

 何処に行くかって?

 風俗街だった。


「で、さぁヨウちゃん。上はもうピリピリしてるし大変な訳よ?」

「……普段より良い部屋だと思ったら、終わるなりうさんくせえ話かよ」

 比良坂にも風俗街は当然ある、というかこんな無法の街で無い方がおかしいとカイドは言ってた。

 俺の相手をしてくれたのは、顔見知りだ――というか、付き合いは正直カイドよりも長い。

 ベッドで転がる俺の横で全裸のまま自分の肘を枕に俺の方を見る。

「そりゃそーよ。じゃなかったら、ヨウちゃん程度にアタシが来る訳なーいっしょー?」

 悪びれずにけらけら笑うコマキねーさん。実の姉ではないし血の繋がりも無いが、俺の姉さん(の一人)なのは間違い無い。

 俺は、娼館育ちだった。

 親も分からず捨てられてた子供。どうせここで働いてた誰かの捨て子で、その親を探すつもりもないままに、適当に育てられた。

 似たような境遇のガキもそれなりにいる中、店で“商品にはならない”男だった俺は、とっとと飛び出して、カイドと出会い、つるみながら路地裏生活を始めた。

 とはいえ、そこまで育てて貰った恩義というか借りはあるし、何だかんだで置いてきた年下共が気になってしまった時点で俺は甘いんだろう。

 なので気は進まないけれど、それなりに稼げた所で、こうして借りを返しに来るのだけど、その度にとりまとめ役で一応、本当に一応の親代わりだったババァの差し金で“女を買った事”にされる。

 すると俺の借りは返せず、ただ遊びに来て女を買っただけ、という事になる。唯一の救いはその稼ぎは年下共の飯代になる事くらいか。

「そりゃまあ、コマキねーさんに、普段より良い部屋につれこまれた時点で嫌な予感はしてたけどよ」

 コマキねーさんは、それなりにお高い。少なくとも、普段俺が持ってくる程度の“はした金”じゃ滅多に通して貰えないランクだ。

「まあ、今日はヨウちゃんそれなりにお金持ってきたし、店の常連で馴染みって考えたらギリでアリのラインだったんだけどー」

「だったらあんま顔なじみじゃない相手が良かったんだけど?」

「こーら贅沢言うな。アタシの何処が不満か!」

 見た目だって凄い綺麗じゃないけど可愛い方――だと思うし、胸もデカイし、他のトコも太いって程太くない。

 ただ、流石に箸も持てない頃から一緒だった相手だからこそ良いとか、そういう事は無い。

 ――そもそも、俺はこんなトコで育ってるのもあって、女の裏表を間近で見て来た。別に女に幻滅してやいないけど、良い匂いがして柔らかい以上の期待もしてない。つまり理想も持って無い。

「で、なんだよ。わざわざ言うって事は借りの1つも返せる話なんだろ」

「じゃないの? バーさんもそのつもりだろうし。あ、それで借り返し終わったらさ、ヨウちゃんそこからはアタシの身請けしてよ♪」

 コマキねーさんがごろごろと抱きついて甘えてくる。

「イヤだ! 自分で稼げ! というか身請けした後何する気だ!」

「え、お嫁さんでも専用愛人でも何でもやったげるよ?」

「うわー、全然気がすすまねえ」

「ちょっとー、それがお姉ちゃんに対する態度ー?」

「何十人いるか分からない姉ちゃんのうちの一人な」

 そう。ガキの面倒なんてみんな代わる代わる見てたのもあって、別にコマキねーさん一人に可愛がられてた訳でもない。

 もっとも、この人にはヒステリーやストレス解消に“使われる”事も無かったんで、何十人もいる中じゃかなりマシな方だった。

 その辺の関係も分かっててババァがメッセンジャーとして、あと買わせる相手として選びやがった。

「で、何だよ。どうせババァの話だから面倒事だろ」

「あーうん、そーだね。借り返したらヨウちゃんこなくなんのはヤだけど、どうにか出来るならしてほしいかなー」

「また酷い客でも出入りしてんの?」

「そういうのはいつもの事だからヨウちゃんに頼みませーん。じゃなくて、昔のアタシ達みたいな子、あいかわらず店で面倒みてんのよ」

「そりゃ、いるだろうな?」

 治安は、街の出来た当初に比べればエヴォルの支配も浸透して安定してきたけど、良くなった訳じゃない。

 なにせエヴォルは外じゃギャングとかマフィアとか言われる連中で、それが食い物にしてる箱庭がこの比良坂だ。

 適当に捨てられる、置いていかれるガキは居るし、将来使う為に育てられる奴等も居る。

 この店でも、そういった奴を拾って自分のトコで使う為に育てたりしてる。

 基本、女共の立場が強いけれども、男だって裏方とか用心棒とか、居場所が無い訳じゃない。

 俺は、ソレや一部の女のストレス解消に殴る蹴るされるのもイヤで逃げたけど。

「で、さ。えーと、ヨウちゃんみたいにジュツの使える子? その辺がさー最近ちらほら行方不明になってんだよね」

「ジュツが使えるなら俺みたいに逃げたんじゃねえの?」

「それにしては頻度が多いし、そういうつもりが無いっぽいのが居なくなったり――あとは、こないだウチの子じゃないけど、いなくなった子の死体が見つかってさ」

 ――平坂は物騒ではある。その辺で人は死ぬし、警察や法律が機能してる訳でもない。ただ、無法ではあるけれどルールが無い訳じゃない。

 その地区毎に顔役が居てそれなりにとりまとめてるし、この辺、娼館街なんてのは“男なら誰でも需要がある”以上は、中立地帯みたいなもんだった。少なくとも、ここで騒ぎを起こせば“ここを愛用してるそいつの上役”に責任を取らされる。

「ハグレの仕業とか?」

「わっかんなーい。ただ、いつもみたいに制裁の話も聞いて無いし、それで怖がっちゃう子も多くてさー」

 へらり、と笑うコマキねーちゃんは緊張感が無い。けれども、わざとらしくさっきまで上で跳ねてた身を俺にすり寄せてくる。

「バーさんが賞金もかけるって言ってたし。お姉ちゃんとか、弟妹たちの為にぱぱーっと仕留めてくんない?」

 恐らくはぐれ物、つまりエヴォルに睨まれない。

 賞金も出る、珍しくタダ働きにならない。まあ、借りも返せないかもしれない。

「……わーったよ、相棒にも相談してみる。それでいいだろ」

「わーい♪ ヨウちゃん大好きー♪ あ、なんならもうちょっとサービスしよか? やったことないオプションつける?」

「払える金ねえっつうの!」

「ふふん、おねーちゃん、サービスしちゃうゾ?」

 口元に指をあて、流し目を送ってくるのは本来なら興奮するんだろう。

 けれども、悲しい事なんだろうけれど女の“演技”は見慣れていて、興奮もゾクリともしない。

「だったら飯食わせてくれよ」

「色気より食い気かー。若いなー、自信無くしちゃうなー」

「若いって、言うほど歳離れてたっけ?」

「あはは、しらなーい。実際の歳なんて知らないし。もしかしたら年下かもよ?」

「こんな胸でかくてあちこち肉付いた年下がいるか」

 胸ではなく太ももをぐっと握ったら真顔で腹に肘を喰らったのだった。


 ●


 ――一方その頃。

 カイドは、人に呼び出されていた。

 場所は彼らが普段活動をしている西南地区ではなくその隣、南の区画にある落ち着いたバーだった。

 酒を飲んで暴れるような手合いもおらず、そしてミュータントの一人もいない、“人間”だけを相手にしているような店だった。

「どうも、カイド・カゴ君。ミスター・ジョンだ」

 当然偽名だ。けれどそれをわざわざ言う事も無い。

 詰まるところ、ジョンはオフィサーだ。

 彼らはどこかから仕事を持ってきて、そして適切だと思う相手にそれを繋いでいく――もっとも適切、というのは餌としてという場合もある。

「どうも。一体何のご用で?」

 そしてカイドはこういった相手に繋ぎを取って賞金首を吟味している事もあった。だがしかし、今日のミスター・ジョンは初めての相手だった。

「仕事だよ。隣の地区のジョンとは仕事仲間でね、キミを紹介してもらった」

「ええ、ですから私もこうしてうかがいました」

 15,6歳とは思えぬ落ち着きを見せるカイドをジョンは値踏みする。こういった仕事屋は年齢ではないのが分かる程度には彼は場数を踏んだオフィサーだった。

「先に確認をするけれど、仕事をするにあたってタブーの類は?」

「身内を裏切る事は無理です」

 即答だった。

「ああ、その辺の仁義は分かってる。それ以外、だ。例えば女がターゲットとか、雨の日は無理とかそういう奴だよ」

 なにもこれはポリシーや精神的な話ではなく、アデプトとしてジュツに関わる事でもあるので大まじめな話だ。

「実行可能な範囲であれば特には」

「それは心強い。なら、はっきり言おう――誘拐をしてほしい。出来れば、生かしたままで」

 そう言って、端末から映像を映し出す。

 映ったのはカイド達よりも更に年下の12,3歳の少女だった。

「名前は、イア・スジューク。君らが根城にしてる西南地区を担当するエヴォルの幹部スジュークの一人娘だ」

 その話と表情から、このジョンの立場に辺りをつける。恐らくは政治的に争いを続けているこの南区のエヴォル幹部、あるいはそれに繋がる立場からの依頼だ。

「……明らかにリスクが重すぎるんですが?」

「まま、普段ならね。けれどもこのイア嬢が現在行方不明なんだ。そこで、西南地区を探して見つけたら確保して欲しい。そういったお仕事だよ。他の地区は出なくて良い――行方不明になったお嬢様を、生きたまま、見つける。何か不都合があるかい?」

「ああ、成る程」

 元より賞金首を探す事もあって、人捜しには慣れてる。他の地区は他の仕事屋が雇われてるんだろう。

「けれど、西南を根城にしている以上、スジュークに睨まれたくは無いんですが?」

 当然、バレないようにやる。しかしバレてしまえばこれまでの拠点、基盤を放棄する事になるだろう。

「分かった、その場合は“こっち”で渡りをつける。引っ越しはしてもらうかもしれないけれどね?」

「で、あれば。その場合、先にいくつか用意して貰いたい。まずは“こちら”の立場を表す物。後で見捨てられては叶わない」

「分かった、エヴォルの仕事を請け負ったって証明を出そう。だけど、出来るだけ秘密に頼むよ?」

「分かっています、保険ですから――」

 他に前金、成功報酬や期間などの打ち合わせを手早く済ませる。疑いはあっても、迷いは無い。

「――ところで、1つ。仕事とはあまり関係の無い興味なのだけど、カイド・カゴ。キミの将来のプランはあるのかな」

 仕事屋のパーソナリティを把握するのもオフィサーの大事な仕事ではあるけれど、今日は興味が先立っていた。

「……特には。敷いて言えば“人並み”の生活ですかね」

「それは、ああ、難しい願いだね」

 一度、ストリートに堕ちた人間が“人並み”つまり安定した衣食住と安全を手に入れるのは、簡単ではない。

 それがこの街で叶っているのはエヴォルの中級層以上や、あるいは土地、地区の顔役たちくらいだ。当然それでも危険は付きまとう。

(しかし彼は“落とされた”側だ。果たしてそれで満足するのか)

 仕事の前にカイド・カゴの素性をミスター・ジョンは調べていた。そもそも、隠された物でもないしヨウも知っている。

 カイドの両親は学者の家系だった。

 そして祖父が自然覚醒した事、そして戦争中に新人類側についた事もあり一族は比良坂に送られ、そしてエヴォルの中での他愛ない気まぐれ、日常的な勢力争いの余波で家族を皆殺しにされた。

 カイドは一人生き延びた後に、ある家に保護されるがそこで虐待を受け出奔。そして路地裏でヨウと出会う事になる。

 その後は、わずかな稼ぎを勉強の為に使い続けていた変わり者だ。

「覚えが良くなればあるいは、というのを紹介出来るかもしれないが――」

「……先の話でしょう。今を生きる事で精一杯ですよ」

 それもそうだ、とジョンはため息を吐く。仕事屋に感情移入をするような素人ではない。

 だが、有用な人材が活用出来ない事は許せない、だからこそこんな仕事をしていた。

(エヴォルを恨んでる……よりも理性的なのが先かな?)

 だがしかし、それだけ人を見て来たオフィサーであっても、この少年が何を考え、何を思っているのか。それを正確に察する事が出来なかった。



 ●



「カイド、仕事だ」

「奇遇ですねヨウ、私もですよ」

 結局あの後、ババァとコマキねーさんに生活費以外を巻き上げられて、とっとと帰ってきた。

 今いるのは例の飯屋で、俺は合成ジュースをちびちびと飲んでいた。

「というかヨウ、昨日の今日ですよ? まさか、借金をして仕事を押しつけられた訳ではないですよね」

「ちげえ。依頼はババァからだけど、仕事料は相場通り出る。ただ、俺がとっとと働きたくなるように、絞られたんだ」

 サービスと料金はボラれて無い。問題はそのサービスを受ける事を決めるのが向こう側だって事だった。

「……オレからすりゃぁ、あんな美人のねーさん達に至れり尽くせりぬっぷぬっぷして貰えるのは羨ましい限りだがね?」

 カイドに合成コーヒーを出しながら、店の下働きをしてるムンビが渋い顔で睨んでくる。

 流石に稼ぎの都合で、ムンビは風俗に行くような余裕は無いけれど、コマキねーさんは気まぐれに俺に会いにこの店に来た事があって、その時からこんな事を言われている。

「裏も表も知り尽くしてる身内相手だぞ……」

 正直、それでも“サービス”が出来るのはコマキねーさんがプロだからじゃないだろうか。

「まあ、ヨウの今更の事情はさておいて――失踪と殺人ですか。どちらかと言えば厄介な案件ですね?」

「別に必ず解決しろって言ってる訳じゃねえだろうけど」

 ババァ達もそこまで期待はしてないだろう。けれども、あまりにザルな仕事をした挙げ句に被害が広がったりするのも避けたい。

「ま、いいでしょう。こちらも受けてきた仕事は西南地区での人捜しです、まとめてやってしまいましょう」

 ――と、俺とカイドが話している所を、1つ離れたテーブルから見てくる女がいた。

 ミナ・アーシェンと名乗ったあいつだ。

 別に目がデカイとか目つきが悪いとかそういう訳ではないけれど、妙に視線が力強い。そういったアデプトなのかもしれない。

「人捜しするならー、わたしもー一緒でもよくないー?」

「……ヨウ」

 カイドは、一時期居た家で、女共に虐待を受けている。

 俺の“ストレス解消”の殴る蹴るなんて生やさしいレベルでだ。

 病的ではないにしろ、女嫌いでこういう時は“慣れてる”俺に任せてくる。

「わーった、話だけは聞いてやるけど昼飯はお前持ちな?」

 このまま付きまとわれたりしても面倒だし、飯は食いたい。それに、場合によっちゃ報酬の二重取りも出来る。

「最初から聞いてくれれば良かったのにさ。よいしょっと、んで、私がやってる仕事も人捜しなんだけど。イア・スジューク、知ってる?」

 俺は知らない。

「カイド」

「この西南地区をまとめてるエヴォルの幹部、スジューク家の一人娘ですよ」

「ああ、だから名字に聞き覚えがあったのか。んで、何で探してんだ、駆け落ちでもしたのか?」

「じゃなくて、そっちと同じ行方不明。習い事の帰り道でいなくなったらしいわ。で、正式な依頼って訳じゃなくて、見つけたら賞金が出るの」

 そう言って酒場の依頼板を指差すと、それらしいポスターが貼られていた。

「……まとめ役がこんな場末の酒場にまで依頼出すのか。もっと秘密裏にやるもんじゃねえのか」

「脅しと見せしめの意味もあるのでしょう。早く安全に返せば見逃してやるぞ、というね」

「なるほどね。で、アーシェン。アンタはこの賞金が欲しいと」

「まあね。ただ、賞金稼ぎのガラの悪いのとかも探ってるし女一人身じゃちょっと危険だから。山分けしても目減りしない程度に人手が欲しかったのよね」

「別にこんな案件じゃなくても女一人じゃ危ないだろうが。普段どうしてんだお前」

「今までは医者の手伝いしてたんだけど、センセが殺されて行き場が無くなったのよ。察しろ」

「で、ストリート堕ちか、良くある話だったな」

 うむ、と気にした様子も無くアーシェンが頷く。気にしてないのか、意外とタフなのか。

「けれど医者の助手、というならもっと他の稼ぎ方があるでしょう」

「あれば良かったんだけどねー……」

 無かったのか。あとは探し方が悪いのか。

「ま、試しって奴よ。ストリートで生きて行けるのか、あがいて見たいってのもあるの」

「生きて行けなかったらどうすんだよ」

「その時はその時よ」

 見た目が悪く無いからババァに紹介すれば、とも思うけれど見た目だけでつとまるような場所でもない。

「と言うか、何。ルツギって稼いだお金、風俗につぎ込んでんの?」

「もうそれでいい、めんどくせえ」

 顔を真っ赤にしてるし、紹介は無理か、辛い事になるだけだろう。向いてるとは思わない。

「意外と、ああいう所は賞金首も出入りしてて良い情報源なんですけどね」

「……ふーん?」

「で、お前は何かちゃんと調べてるんだろうな。まさか俺達捕まえるまで遊んでたっていうなら、こっちはこっちで勝手にやるし、お前の分け前は無いぞ」

「調べてあるし、損はさせないわよ。というか私が居たほうが絶対良いわよ」

 胸を張って言い切るそれが、言葉だけじゃなきゃいいけど。

「そうかそうか。んじゃ情報の確認しときたいんだけど。これ、同一犯だと思うか?」

 俺の持ってる、娼館やストリートでの失踪事案と、アーシェンが調べたというイア嬢さんとやらの行方不明事件を並べる。

「カイド、お前の方は何か情報無いのか?」

「アーシェンが信用出来ない以上、出す気はありませんよ。それに現状、スジュークのお嬢さんを捜すにしても、アーシェンに取り分を出す理由がありません」

「分かってる、私と組む有用性って奴を見せればいいんでしょ。とりあえずコレ、見てくれる?」

 そう言ってデータを追加で開くアーシェン。そこには俺がコマキねーさんから貰ったのとは別の調査での資料が詰まってた。

「他の子の行方不明事件も話は聞いてたから調べたんだけど、いなくなった状況とか、すごい似てるの」

 俺とカイドが資料を確認する間も、話を続ける。

「目撃者がいない、争った後も無い。ただ、車が見られてるのかな? もうちょっと監視カメラが生きてればハッカーやとってログ漁るんだけど、その辺も気を付けてるから――」

「突発的な犯行では無い、計画性があると。まあ、犯人の正気は別ですが」

「あるいは、その辺を全部ひっくり返すジュツが使えるアデプトか?」

 この街はそういう“例外”がいくらでもあるのが、また無法に拍車をかけてる。

 そしてそろったデータをカイドが拡げていくけれど。

「……法則性がなさ過ぎる。想像してましたけど、やっぱり厄介ですねこれは」

「まあ、そんな簡単に分かるんだったらとっとと終わってるだろうしな」

 正直、考えるのはカイドに任せてる。その分俺が体を張る、そういった役割分担だ。

「と言うわけで、情報収集くらいはしてるし、お互いに組んだら出来る案もあるの。それを聞いてからでも――」

 カイドも女嫌いだけど、損得の話はきちんと出来る。話を聞く姿勢になった時に、奥から出て来たムンビが俺を呼んだ。

「おい、ヨウ。お前に“店”から伝言が来てる。仲良しのコマキ姉さんからだったぜ」

 比良坂で、個人用の電話なんて物はほとんど無い。あるのはそれなりの店や、企業。あるいは金持ちの所だけだ。

 会話も出来ず、昔で言う電報なんて感じで言葉だけを送ったりする物なら、まだ数はある。

 この店は依頼を張り出したりもする以上、そういった連絡も有料で引き受けていた。

「店から?」

 ただ、風俗街とこの店はそんなに離れてない。電報を使う伝言代も考えれば、誰かに使いっ走りさせた方がよっぽど安く済む事に、なんだか嫌な予感がする。

「ああ、頼んだ件の事で急いで来て欲しいってよ。居てくれて良かったぜ」

 話を聞きながら、自分の荷物を手早くまとめる。一緒に来る気なのか、カイドだけではなくアーシェンもまとめ終わっていた。

「ムンビ、ツケといてくれ」

「しゃーねえな、1日1割だからな」

 洒落にならない利息だけど急ぎだから勘定してる余裕も無いしどうせ払うのはアーシェンだ。

 俺達3人はそのまま風俗街に走って行った。


 ●


「良かった、直ぐ来てくれて。もうギリギリだと思うのよ」

 裏から店に転がりこむと、待っていたコマキねーさんの所にすぐ通された。

 ここはいわゆる“病室”で、医者先生に来て貰ったりする時に使う広めの良い部屋だ。

 その布団には、見覚えのあるガキが寝かされていた。

 微かに胸が上下しているから生きているけれど、寝てるのか意識が無いのかは、分からない。

「――私に見せて。いいわよね」

「余計な事すんなよ」

 こいつが医者の助手云々の裏は取れてないけれど、ここでそれを言う気も無い。アーシェンに任せる事にする。

 俺が任せたのを見て、コマキねーさんも何も言わない。

「こいつ、いなくなった下働きの一人だろ?」

 目立った外傷は――顔以外に無いけれども、一目見て死にかけてるのが分かる程だった。

 その顔も大きな怪我がある訳じゃない。ただ、目は閉じられて片方からは血が流れ、こびりついていた。

「……右の目が、抜かれてる。しかもちゃんとした設備でね。あと、体の中がボロボロ……これじゃ、もう……」

「……ボロボロなのは、こいつのジュツだよ。そうだよな、ねーさん」

「うん。自分の体を使って、分身を作れるのがこの子のジュツなの。ただ、その使った量で分身の出来が変わるから……」

 前は、酔っ払った客に殴られるのから逃げる為に髪と爪を使って、空気で膨らませる人形みたいなのを作っていた。

 生きていくのが辛いほど、っていうのはどんな分身を作ったのか。

「どうすればいい。延命? それとも、話せる方が良い?」

「……酷いと思うでしょうけど、話を聞かせて。その後、出来れば苦しませないで楽にしてあげたいの」

「……分かったわ。それじゃ私のバッグ取って」

 肩から抱えていたバッグは、生活用品が入っているのかと思ったら、中には薬やらがぎっしり詰まっていた。

「手伝いとか、用意する物はあるか?」

「……じゃあ、ちょっとお願い」

 正直、このガキも何度も話した事があるような相手でもない。

 そして死にかけた体を無理矢理喋らせようとしてる。

 ただ、つい昔の自分を重ねてるのかやりきれない重いがこみ上げてくる。

 処置の間、アーシェンの手は止まらなかった。迷い無く俺にも指示を出し続ける。

 そうして処置を続けて行くと少しずつではあるけれどガキの体が暖かくなり、そして頬に赤みが差した頃に、意識を取り戻した。

「……お姉ちゃん?」

 動かないその手を、優しくねーさんが握る。

「良い? ボロボロの体を無理矢理動かしてるから、今は平気かもしれないけど、あんま長く続く物じゃないわ」

 小さく、俺達に伝えるアーシェンに頷く。

「……お願い。貴方の仇を討ってあげるから、死ぬ前に何があったのか教えて」

 何も隠さず、はっきりそう伝えるねーさん。

 この街で、ガキが死ぬ事なんて珍しくもなんともない。俺達は慣れてしまっっていた。

 けれど、情が無い訳じゃない。

「……うん、お願い。死んじゃう前に、お話……出来て、良かった」

 ガキの方も同じだ。ただ“何か”に巻き込まれて死ぬ訳じゃない。最後に抵抗が出来る、それだけでもこの街の死に方にしては“大分、報われる”方だ。

 ――途中、つっかえたり、アーシェンが何か薬を打ちながらで聞いたのは、こんな話だった。


 店の裏でゴミを出しに行った所で、浚われた。

 目を覚ましたら、知らない部屋にいて他にも何人か子供がいた。片目が無い子も居た。良い服を着た子も居たけど、誰とも喋らなかった。

 そして眠っている間に、自分も右の目を抜かれた。

 目を覚ました後に怖くなり、隙を見つけて自分の“分身”を囮にして一人で逃げ出した。

 目を抜かれた時に打たれたのか、薬で朦朧としていたけれど、場所は西南地区の、南側だろうと思う。

 そして走って逃げて、店までたどり着いた所で、意識を失った――。


「もういっこ体、作った時に多分、もう死ぬと思った。死ぬ前に、でも……逃げたかった……から」

「良くやったよ、お前は。安心しろ、そいつらは俺が皆殺しにしてやる」

 ねーさんから、手を離して俺の指を握ってくる。

「ヨウ……兄ちゃん? えへへ、よかっ、た……」

 薄く笑顔を浮かべ、そのまま意識を失う。――もう、限界だ、というのが分かってしまった。

「……お医者さん? あの、このまま……眠らせてあげて。最後、ヨウちゃんと約束して、安心出来たと思うから」

「分かったわ……ルツギもいいわね?」

「……そうしてやってくれ」

 静かに、1本薬を打つとそのままゆっくりと命が抜けて行った。

 最後まで、俺の手を離さなかった。

 その後、俺達はしばらく何も言えなかった。

「――経緯はともかく。死に方としては穏やかだったと思いますよ。この街の子供としては、ね」

 冷血とか機械とか言われるカイドも言われる程、情が無い訳じゃない。

 普通に怒るし、子供が巻き込まれて死ぬのも出来れば避けたいと思う程度には当たり前の心がある。

「で、どうすんだ。当たりをつけてアジト探しでもすんのか」

 俺の方はガキの手が冷たくなっていくのを感じながら、頭の芯が妙に冷えていた。

 ――この街での死に方としては上等だろうが、カイドの言った通り経緯が経緯だ。

 こんな事をまかり通らせる為に、俺は“この店のガキ共を食わせるような金を落としてきた”訳じゃない。

「ヨウちゃん、無理して約束守らなくていいからね?」

 ゆっくり、指をいっぽんいっぽん外しながら、コマキねーさんがそんな事を言う。

「それでヨウちゃんが死んじゃったら、もっと大変でしょ? ね、だから、適当でいいわよ適当で」

 ――コマキねーさんは、この店でも稼いでる方だ。そして、俺同様に店に拾われた子だったのもあって、その稼いだ分を似たようなガキの飯や服に当ててたりする。

 当然、ねーさん一人で全員養ってる訳じゃないけれども、下から慕われてるのは事実だ。

「へ、知った事か。阿呆を全員丸焼きにして、ババァから仕事代貰って、また買いに来てやるから辛気くせえ顔してんじゃねえぞ」

 手を離し、毒づいてしまう。

 動じてないように見えて、それでも死を悲しんでるねーさんを見てるのも辛かった。


 ●


 そして、アーシェンが医者をやった事もあって手ぶらでは帰せないと、別の部屋で待たされていた。

「お前が医者の助手って嘘じゃなかったんだな」

「んー、まあね。闇医者んトコで面倒見て貰って、手伝い出来るように色々教えられたから。まあ、センセはお金無い人とかもタダで診ちゃって、ヤク抜くのも上手かったからそっちから睨まれて殺されちゃったけど」

「そんな真人間みたいな闇医者がいたのか」

「いたのよ、サトーって爺さんなんだけど。まあ、そんな事してたせいで奥さんと娘に逃げられて、身の回りの世話の為に私を拾ってきたってのはあるんだけど」

 アーシェンは膝を抱えてそんな話をする。結局、良いヤツはバタバタ死んでいくな、なんて思ってしまう。

「それで、これからの話ですが。アーシェン、貴方先ほど何か策があるような話をしていましたが」

「あ、うん。簡単な話よ、私が囮をやるから後お願い出来ない?」

「……できんのか?」

 カイドが面倒だ面倒だと言ってたのに。

「多分ね。ターゲットは不特定だけど、状況は絞れてるからその辺含めて“嗅ぎ回ってたら”向こうから手を出して来るんじゃない?」

 さらりと言ってのけるアーシェンに、呆れてしまう。

「危険はともかく。我々を信じるんですか?」

「んー、その辺はさっきまで賭けだったけど、ルツギ。あんた、そこで私見捨てるより、相手の場所探れる方が美味しいでしょ?」

「……そりゃ、まあな」

「そっちのカゴも。仕事成功させる為には試しても良い手札でしょ? 義理とかじゃなくて、ビジネスとして」

「――ええ、そうですね。ビジネスとしてというなら、そこはハイと答えますよ」

「そういう事。で、あんた達は情と金で納得してるなら、私を無意味に見捨てない。それなら良いじゃない?」

「意味があって見捨てたとしたら?」

「ツキが無かったんでしょ、私の」

 ――たまに、こういうサバサバした奴がいる。物事を受け入れるのが妙に上手いというか、それでいて諦めた訳でもないような奴が。

「そういった意味で、リスクに大しての報酬の取り分とか、実力考えてあんた達に手伝って欲しかったのよ。一人じゃ囮やっても後詰めが無いもの」

「今更報酬増やせ、とか言うなよ。三等分だからな」

「言わないわよ、その代わりその分は働いてよ――カゴも、良い?」

「ま、良いでしょう。相手が目を狙ってるのなら、アーシェンのその目は印象的です、良い餌になるでしょうからね」

「逆にそこが不安かな? 私、目に関係するアデプトとかじゃないし」

 なんだ、違うのか。

「じゃ、ついでに段取り決めちゃいましょ。ココなら相談とかしても他に聞かれる心配なんて無いでしょ」

「多分な」

「……というか、今までの事が事だから気にして無かったけど、私そういうお店で男2人と一緒なのよね、コレ」

 ちなみに、待たされてる部屋だけど今、カイドとアーシェンが座ってる長椅子の他に、俺が腰を下ろしてるベッドもあった。

「私は正直、女性やその体に興味無いので」

 別に男好きじゃなくて、女嫌いだからな。

「俺も別に抱く女に困ってねえし」

 金には困ってるけど。

「うわーい、安全ー。くっそ、ここまでホントに安全だと、清々しいわ」

「女ってそういう所面倒臭いよな」

「アンタに何が分かる! って言いたかったけど、そりゃこんなトコで暮らしてたら分かるか……」

 うむ、と転がって頷く。

「与太話はその程度にして、仕事の話をしましょうか」

 こっちはこっちでもあっさり流して、実利的な話を始めるのだった。

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