前章・38年
01・比良坂の路地裏にて
[人類新世紀38年・新人類隔離区画・比良坂]
俺は――いや。
俺、ヨウ・ルツギとカイド・カゴは路地裏に転がるガキで、つまりはこの比良坂にはどこにでもあるゴミだった。
幸いにして俺とカイドは、ノーマン(旧人類)でもなければ、ミュータント(亜人類)でもなく、アデプト(新人類)だった。
なぜ、新人類隔離特区に旧人類がいるかというと、親や親族が新人類だった場合、まとめてぶち込まれる事も多かったからだ。
疑わしきはなんとやら。昔はこれを魔女裁判とか言ったらしいけれど、その言葉は今じゃ意味が違う。
でもってさらに幸いだったのは、俺たちは戦う事の出来るジュツを持ったアデプトだった。
詰まるところ、俺たちから搾取しようとするゴミに噛みつけるだけの牙はあったし、自分たちの餌をとって来る事も出来たし、さらにカイドは頭が良かったので、噛みつくべきでは無い相手――つまり、大人のアデプト達、つまりギャング共に踏みつぶされないように立ち回る事が出来ていた。
無敵では無かったし、危険もあったけれども、それでも俺たちは2人で生きていく事が出来ていた。
路地裏で親も分からないガキ2人が、他人から奪って生きていく事が出来るというのは、この街では上等の部類だった。
その相対的な幸福は今でも変わらないけれども、俺達はある出会いを切欠に、幸福とも不幸とも言えないもっととんでもない生き方に転がり落ちていった。
これはその切欠の話だ。
●
「――手こずらせやがって」
そろそろ俺達も15、6歳――とはいえ真っ当な仕事なんて無い俺達は、かっこよく言えば賞金稼ぎみたいな事をやっていた。
元手は自分の体と、武器があればいい。場合によっちゃ武器が無くても良い。
でもって、街の行政を仕切ってるギャング“エヴォル”がかけた賞金首をきちんと選んで狙えば、後ろ盾も安全という寸法だった。強盗やら他の犯罪に手を染めるよりも、リスクが低い。
「ヨウ、首尾はどうです?」
両親がインテリだったとかで、こんな路地裏におちてきたっていうのに、カイドのしゃべり方はこんなんだった。最初は鼻についたけれど、もう慣れた。
「仕留めたぜ。言う通り、顔も戦利品も焼いてねえよ」
「結構です。以前、ヨウが顔を焼いてしまった時は面倒な事になりましたからね」
「うるせえ、文句言うならてめぇで仕留めとけよ」
文句を言いながら死体から戦利品を漁る。必要なのはこいつの死体、というか殺した証拠だけだ。
「……ちっ、金持ってねえなこいつ」
「逃走中に使い切ったんでしょう。そういえばヨウ、ジャケット欲しいって言ってましたよね?」
「流石に殺した相手のジャケットはあんまり着たくねえな。いつもの故買屋に流そうぜ」
なんて感じで、殺した獲物はきちんと残さず利用する。でないと殺した相手に悪いじゃないか、弱肉強食とはこういう事か。
「――ああ、麻薬持ってますね。コレどうしましょう」
「……焼くぞ。流してガキが吸うのも見たくねえ」
「ま、いいでしょう。死体から追いはぎしてる癖に、変な所でこだわりますね?」
「うるせえよ」
以前、近場でそれなりにツルんでた奴が麻薬で壊れたのを目の当たりにしてから苦手意識があった。
良い事をしたい、というよりも俺の気分の問題だ。
「んじゃ、死体屋に連絡しないとな」
死体屋、というのは別に商売じゃない。
賞金稼ぎの窓口で、賞金首がきちんと死んだかの確認と、ついでにその処理をしてくれる言わば上への顔役みたいなもんだった。
そしてこの街に携帯電話みたいな便利なツールを持ってるやつは殆ど居ない。死体袋につっこんで持ってって、どこかで繋いで貰う必要がある。
「近くにムンビが働いてる酒場がありましたね。賞金も入りますし何か食べて待ちましょう」
「あいつなー、死体を持ち込むなとか文句言うんだよなあ」
賞金稼ぎが上から売りつけられる死体袋に放り込んでいた時だった。
「――アンタ達、一部始終見てたわよ」
入り組んだ路地裏。通りに通じる方からそんな声が聞こえた。
若い女、声の主が全く隠れずに姿を現す。
「……なんだ、あんた」
金髪で白い肌。本人の見た目は上等だけど、着てる物は俺達と大差無いボロだった。どっかのお偉いさんの娘とかそういう線は無さそうだった。
ただ、その目の力強さに思わず押されてしまう。
「見ていたからなんだ、というのです? まさか、獲物を横取りしたなんて文句を言うつもりではないでしょう」
賞金首は早い者勝ち。当たり前すぎるルールだ。
もっとも、その獲物を“今からでも”横取りだってあり得る。
俺達は後々面倒なんで返り討ちにした事はあっても自分たちでやった事は無い。
「違うわ、むしろ褒めたいくらいよ。見事な手際だったわ」
腰に手を当て、偉そうにそんな事を言う。ただ、褒めるというよりは、見下されてるような感じがあった。
――後から思い返すと、この時の彼女は「もったいない」と思っていたんだろうな。
女だから、と甘く見るようなド三流はこの街でも滅多にいない。
アデプトとしてのジュツで、体格や性別なんてのは簡単にひっくり返る。ただ、そのジュツの練度があるんで、年齢差はなかなかにひっくり返らない。
「横取りなんてみみっちい真似はしないわ。というか、死体から追いはぎなんてしてる時点でみっともないと思わないの?」
「なんだと、てめえ」
「その男、今まで散々逃げ回って金もツテもコネも尽きて、持ってる物なんて無いの、分かってたでしょ――というか、だからこそ追い込んで仕留めた。違う?」
事前に追い込む所まで筋書きを作ったのはカイドだ。
「一部始終見ていた、と言いましたね。一体何処から?」
「酒場で計画立ててる時から。ええ、ターゲットの選定も、リスクとリターンの見極めも。現場での動きも、中々手慣れてるのに、どうしてこんな小物を相手に追いはぎなんてしてるのかしら――勿体ない。ねぐらもまとも無し、たまに合成肉が食べられる、その程度で満足してるの?」
「……何が言いたい?」
「だから満足してるの、って聞いてるの。それだけの力があるのに、いつまでも路地裏で燻ってるつもりなのかって」
燻ってる。
その言葉に、妙な苛立ちを覚えてしまう。
「……何でてめぇにそんな事言われなきゃなんねえんだよ」
賞金稼ぎは、上への後ろ盾はあるもののその上が守ってくれる訳ではない。上に睨まれないだけだ。
復讐とか、バカの度胸試しとか。狙われるリスクを避ける為に、決まったねぐらは無いし、言うほど稼げる訳でもない。腹が減らない程度に食えて、たまに味のある“ご馳走”が食えるし、薬だって買おうと思えば買える。
――身よりの無い、路地裏のゴミにしては、上等すぎる。
「ケンカ売りに来たってんなら、買ってやる。女だから容赦しろとか言うなよ?」
「はぁ? 何でそんな無駄な事しなきゃなんないの。そうじゃなくて、あんた達――仕事する気は無い?」
「どういう事です」
「実力がある人間を探してたの。ちゃんとこなせば、それなりの報酬は出せるわ。どう、死体屋を待つ間に話だけでも聞いてみない?」
美人ではあるけれど、それ以上に自信と眼力に満ちた強い笑顔の女だった。
――それが後に“聖女”と呼ばれる女、ミナ・アーシェンと俺たちの出会いだった。
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