第12話喧嘩

マミと喧嘩したことはなかったのか、とよく聞かれる。

 したことあるに決まってるだろ。

 ないやつこそ、胡散臭いわ!(ちなみにうさんくさいとは彼女の口癖であった)

 初めての喧嘩はいつだったか、内容は覚えている。

 彼女が言ったのだ。

 どうしてもっと会ってくれないの?

 かわいい喧嘩である。

 部活とバイト、そして家の用事。部活動中では他の部員にバレないように絶対に彼女のことを見ないようにしていた。

 そして互いに違うバイトをして、互いに家の用事があった。

 会う時間は限られていた、会える日も、だ。

 それにお金のこともある。

 会えば会うほどご飯やオヤツでお金は減っていく。

 どちらも一人暮らしではないので、お泊まりなどすればすぐにお金が消し飛んだ。

 だから彼女はバイトをいれる。彼女には貯金をしていつか一人暮らしをするという夢がある、と聞いていた。

 貯金など考えたこともない俺はギャンブルにお金を注いでいた(統計的にむしろギャンブルのおかげで助かっていた面があるが、意識的にはもちろんマイナスである)。

 彼女は会いたいと言っていた。2人で話し合って、絶対に会う曜日を決めた。

 だから俺はその曜日を絶対にあけていた。

 でも会えなかった。

 部活の練習が足りないから、予備日がその日に入ってしまった。

 彼女が大切な友達とご飯に行く約束をした。この曜日しか会えないらしかった。

 家の用事が毎週その曜日に入ることになったらしかった。聞けば家族に交際していることを秘密にしているために断れなかったという。

 それでも彼女は会いたいといった。俺も会いたかった。

 せめてLINEだけでもすぐに返して、と彼女に指摘された。

 たしかに。友達に送ったメッセージがなかなか既読にならない時、俺もイライラする時がある。

 携帯を適度に見る癖をつけようと思った。

 長らくしてなかった電話を、会えない日はするようにした。

 でも彼女はむしろ声が聞こえる分、寂しさがつのると言ってやめた。

 「次に会える時までLINEブロックしていい?だって君のこと忘れてないと悲しいし、耐えられないから」

 俺は悲しいよ、と答えた。

 そう返されるのほんとに嫌、と彼女は言った。

 新年を迎えようとしていた。

 すぐに俺の誕生日が来た。

 俺の誕生日と彼女の誕生日は近い。だから一緒の日に同時に祝うのだ。

 でもここで部活が絡んできた。

 最悪だ。

 だから俺は少し演出の力を使って、部活の予定の日をさらにまたずらしてやった。

 こういうことするのは最初で最後だからごめんなさい、と思った。

 その分、誕生日は楽しもうと思った。

 でもその日彼女は家の用事を優先した。二日前に会えないという連絡が来た。

 彼女の家族は当然俺の存在など知らない。

 もちろんグチはこぼした。でも納得するしかなかった。

 いつのまにか、彼女からのメッセージの数が凄かったはずのLINEは、いつのまにか逆転していて俺からの問いかけにしか彼女は答えなくなっていた。

 デートでも話が続かなくなっていた。俺のふる話題は興味がないものが多いのだろう。

 今までは合わせてくれてたんだな、と複雑な気持ちになった。

 会話のキャッチボールができなかった。

 「聞き上手って私言われるから、何でも話していいよ!」

 俺は彼女と会う前に必ず話をいくつかストックして、どこで彼女がどういう反応するのかシュミレーションするようになっていた。

 気が合うから付き合ったんじゃないの?

 彼女といる時は気をつかわなくていい、ほんと話しやすい。

 その気持ちはもう消えていた。

 彼女はよく虚空を見つめていた。

 そうなったら、俺は悲しくなった。

 つまんなくてごめん。

 どんな話がいいんだろう。

 彼女の見ているドラマを見続けた。服屋さんを巡るようにした。

 少し話が合うようになった。

 嬉しかった。

 でも、すぐにまた彼女は目をつぶる。

 こういう時、会話を露骨に止めたらいけない。

 話せ、話せ、探せ、話題を探せ、質問しろ、何か彼女の興味を引け!

 「話すことないね」

 彼女は冷たかった。

 つまらない男だと思われているんだ。

 俺は面白くないといけない。

 ずっとずっとピエロでい続けないといけない。

 中学でも、高校でも思って悩んでいたことがまたぶりかえした。

 俺はエンターテイナーだから。

 だからずっと誰かを笑わせなくちゃならない。

 誰かのために、誰かのために。

 だって俺ほんとは自己中だもん。知ってるよ。みんなも気づいてる。

 変えたくても変えれない。

 根本的な部分がもう固まってる。

 だから、いい人を演じないといけない。面白い奴を演じないといけない。

 だってそうじゃないとバレてしまう。

 俺は自分を否定したい。

 本当の自分を、黒くて腐った自分を否定されたいのだ。

 だから彼女を俺は笑わせたかった。

 これからもずっとずっと。

 「ピエロじゃないよ。無理に笑かそうしなくてもいいよ。私あなたのそばにいるだけで面白いもん。絶対に飽きないと思うから」

 あの頃の彼女はもういない。

 俺はピエロなんだと打ち明けてそういってくれた彼女はもういない。

 でも、そんな彼女のことが大好きだった。

 俺はあの頃の彼女が大好きだった。

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