ミソスープで朝食を

 一人暮らしの学生さん、社会人、その他炊事を自分でするすべての人に。


 皆さんは朝食を摂るだろうか、私はなるべく摂るようにしている。どうしても朝食を欠かすと調子が悪くなるような気がするからだ。

 しかしご飯を作るというのは家事の中でワーストに面倒くさい。流行りの中世的な男子が、シェフ顔負けの料理をSNSにアップロードするご時世にはそぐわない考え方かもしれない。そんな私を、土井善晴氏の『一汁一菜でよいという提案』が変えてくれた。簡単に言うとこうなる。

「家庭料理はシンプルでよい」

「具だくさんの味噌汁とご飯で栄養も味わいも足りる」

「具はなんでもよい」

 なるほど、と実践するとこれがぴったりはまった。何より手間がかからない。ご飯を炊く、具に火を通したお湯に味噌を溶かしてダシを入れるだけ。この手軽さがたまらない、味噌汁自体を作る手間は十五分とかからない。

 実践し始めて、今までにないような具材も投入するようになった。ウィンナーも入れる、餃子も入れる、もうほんとなんでも入れる。見栄えは意外とよく出来上がることが多いが、味としてやたら不出来なものができることもある。

 しかし何かの化学反応でも起こしたんじゃないかというほど美味いものができたりもする、これがまた楽しいのだ。ちなみに餃子味噌汁は美味しくできた。

 手慣れてきて、休みの日なんかに凝った味噌汁を作るのも楽しくなる。旬のものを選定し、丁寧に具材を切り、旨味を逃がさぬように火を通し、魯山人流の出汁で仕上げ、にえばなを完璧に捉えてできたそれは、最早おみおつけと呼びたくなる。


 味噌汁について気に入っている点がまだある。家庭料理としての味噌汁、料亭で出てくるおみおつけ。前者にある圧倒的な「実用の美」である。日本料理のなかでもシンプルな調理法で出来上がる味噌汁は、その質実さが持つ美しさを存分に発揮する。

ぜひ一度でいいから白飯と味噌汁、そして箸置きに置いた箸を木目調のお盆の上に並べてみてほしい。私はお盆というツールを添えただけで何とも言えぬ贅沢な気持ちになった。何よりその佇まいが美しいこと請け合いである。

 最後に、味噌汁が持つ効用をもう一つ。落ち着きの効果を書きたい。

パンが主食の文化圏では、パンの焼ける香りに空腹が促進される。米が主食の文化圏たる日本人の多くは、パンの焼ける香りに空腹は促進されない。米が炊ける香りに空腹はいや増す。

 これは刷り込みのようなものだろう。そして同じように、味噌汁の佇まいと香りに私はホッとする。この効用は特筆すべきものだ。合理性のもと、社会のスピードはかつてないほどに早まった。タイムラインと名のつくものは高速に回転し、日々更新される大量のニュースを取捨選択なしに追うことは不可能だ。

 実用を極めた各種の技術やそれに付随するものに、私はホッとすることがない。せわしない感じがどうしてもしてしまう。

 しかし味噌汁は違う。高速で過ぎる日常に、実用を極めた味噌汁にはホッとさせてくれる何かがある。


 味噌汁から離れた人はぜひ一度味噌汁を見直してみてほしい。特に日常の忙しさに辟易している人には特効薬にすらなるだろう。


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