3

 触れた。と思った。指先を掠めたあの時の後悔を思い出していた。掴んだら今度こそ離さない。そう決めていた瞬間が、焦がれ夢見ていた瞬間が今、目の前にあった。

 柔らかな少し茶色い髪。震える肩。冷たい指。確かな重さ。それは紛れもなく。


「あかり」


 彼女の名前を呼ぶ。結界のようなものから解放されたのか、突然姿を現したあかりは、そのまま僕に格子ごと抱き着いてきた。


『うォおィ。突然人が出てきたなァ』

「……び、びっくりした……蒼星くん、大丈夫? ……その人が……御門あかり、なの?」


 僕以外の声に驚いたのか、ぴくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げる。


「あかり、久しぶり」

「……なんか、変わったね、みそら」

「そりゃそうだよ。僕は今、みそらじゃないんだから。……もうあれから20年も経っちゃったからね」

「……そっ……か。そうだよね。……そちらの……えっと、」


 僕はそっと体を離し、両者が互いに見えるようにする。


「光ってる方は僕の流れ星、遊星。女の子の方は三門つばさ。……あかりと同じ血筋の」

「初めまして、御門あかり。……星砕きの魔女、と言った方がいいかな」

「三門……!」

「みそら、いいの。……つばさ、さん。血筋、ってことはきっと御門の分家なのね。そして、私のせいで没落し、苦労してきた。きっと私は恨まれていた。……そうなんでしょう?」

「……そうだよ。会ったら言ってやろうと思ったこと、沢山あったんだ。本当はね。でも蒼星くん、……えっと、みそらくんから話を聞いて、きっとあなたはバカだったけど、愚か者ばかじゃなかったんだろうなって思ったんだ。だから今は、もう、恨んでないよ」

「……そう。ごめんなさい。有難う。あなた、みそらに協力してくれたのね。彼の話を聞いて、信じてくれたのね。それだけでも私は幸福だわ」


 あかりは微笑んだ。弱々しかったが、何とも懐かしい表情だった。三門は毒気を抜かれたのか言葉に詰まり、それを隠すかのような不機嫌さで鼻を鳴らした。


『また俺様を忘れてンじゃねェかヨォ』


 遊星はこれまた不機嫌そうに飛び回る。


「ごめんってば。悪気はないよ」

「みそら、ここに流星がいるなんて……そんな、まさかあなたまで」

「そうだよ、あかり」


 あかりは青ざめ、口を覆った。


「……おかしいと思ったの。私一人の願いであそこまで世界が揺らいでしまうなんて、精々私の存在が輪廻ごと消えるくらいだと思っていたから。……納得できたわ」

「……うん。ごめん」

「謝らないで。元はと言えば私が悪いんだから」

「いや、それだって僕が」

「ストーップウウウ!!」


 三門の声が控えめに、だけど響く。


『良い仕事するじゃねェか嬢ちゃン』


 相変わらず遊星は茶化しているが、でもその通りだ。再会の喜び、過去への後悔は一旦置いておかないと。


「あかり。行こう。ここから逃げよう」

「嬉しいわ。……でも行けない。行ってはいけない。私はここにいなくちゃ」

「どうして。いいんだ、君はもう充分に償ったさ」

「いえ、駄目なの。私は、私の災厄はまだ、終わってない」

「……どういうことだ?」


 スッ、と辺りが冷え、地響きが始まる。


「な、何? 御門あかり、あなたまた何かやったの?」

「違う、私はまだ、何も……!」

「何なんだ……?」

「こういうことです」


 後方から声が耳慣れた声が聞こえ、振り向くとそこには、


「かあさん……! 遊星!」

『すまねェ蒼星ヤィ。捕まっちまったァ』


 無機質な機械人形が立ち塞がっていた。

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