2
暗闇に吸い込まれていく二人分の乱れた呼吸と一つの弱々しい輝き。僕等はどうにか無事に地下へ潜り込むことに成功した。途中三門が滑りそうになったり、生垣が手入れされていないせいで刺さってきたり、入口の取っ手が錆び付いていたりとハプニングも有りはしたが、結果オーライだ。
「ここが……本家……」
堪えきれない何かを抑えるように、三門が呟く。僕も20年以上ぶり、しかも今は真っ暗闇で、そして遊んでいたのは幼少期。体と建物のサイズが記憶と食い違い、どうにも初めての場所のようで落ち着かない。
「遊星、ライト代わりになってくれ」
『世話の焼ける餓鬼共だなァ』
遊星が照らしてくれたお陰で、少しは周りが見えるようになった。湿っぽい木の質感とギシギシと唸る床材が年月を思わせる。
「多分こっちだ」
僕は真っ直ぐ廊下の先を指差す。僕等は慎重にそろりそろりと歩く。
壁に手を触れながら進む。時折指先が傷を察知し、その度に僕は過去に呼び戻された。あかりの弾ける笑顔も、鈴のような笑い声も、もうずっと昔の話になってしまったんだ。
『……イ、オイ、蒼星やィ』
「ご、ごめん、聞いてなかった」
『感傷に浸るのはァまだ早ェだろィ』
「見て。設計図にはなかった三叉路が」
そこにはなるほど、目の前の三叉路が僕等を待ち構えていた。こんなのあったっけ。昔の記憶を必死に辿る。が。
「……僕も知らない」
「ど、どうするのさ。もしかしてこれって罠なんじゃ……」
『大罪人を封じてンだろィ? 有り得なくはないだろォなァ』
僕は唇を噛んだ。言われてみれば確かにそうだ。詰めが甘かった。
「クソっ……何か、方法は……」
腕を組み、忙しなく廊下を往復する。床が悲鳴を上げる。
もし、あかりが。あかりがいたなら。あかりなら、どうする。
「…………そうか! 遊星!」
『あいよォ』
「ちょっと高度下げて、床を照らして」
『なんだよォ。道標でもあンのかィ』
「あるかもしれないんだ、早く!」
ゆらゆらと光が近付いてきて僕の足元へ。僕も慌てて屈み込む。
「もし、あかりが僕のことを信じて待っていようとしてくれるなら、何か手掛かりを残しているはずなんだ」
だが彼女が幽閉されてから、もう長い年月が経っている。本当にそんな都合の良いことがある訳ない。それでも、あかりなら。
「あっ」
それは小さな小さな点だった。
「遊星、ここ」
『ンン? これはィ……』
「……血、だね」
全員で覗き込んだ床には真ん中の道へ続いていく赤黒い点。
これが彼女の物である確信はない。せめて、この血痕から何か読み取れたら……。そんな虚しさで点に触れる。と、何かが聞こえた気がした。僕の名前を呼ぶ声が。
「……進もう」
「え、でも」
「大丈夫、合ってる、こっちだ」
僕は熱に浮かされるように暗闇を進む。僕には聞こえる。僕には見える。あかりの声が、姿が、僕を招いている。これは……あかりの魔法……?
虚像のあかりがくるくると愛らしく回転しながら僕に微笑む。最後に見た時よりも幼い姿だ。きっとこの地下で遊んだ頃の。
と、それまでただの壁だったものが徐々に鉄格子と空洞に変化していく。
「これ……」
「座敷牢なんて規模じゃないな。しかもそれなりに古そうだ。昔は隠されていたのか……?」
どれも人が一人座っていられる程度の広さしかなく、岩が剥き出しで、暗く冷たい悲惨な場所。僕が知らなかっただけで、御門家は何を背負っていたのだろう。
と、行き止まりが見えた。幻だと分かってはいるものの、あかりがただの光となり霧散していくのは辛いものがあった。
「ここ……?」
『オイ、行き止まりかよィ』
「間違えたの……?」
『無駄足なんじゃァネェのかァ?』
「待って」
騒ぐ両者を制し、僕は突き当たりの独房へ近寄る。先程までとは少し違い、格子がもっと厳重で何やら札が貼られ呪が施されているようだ。ここで間違いない。あかりは、いる。
「あかり、あかり、僕だよ、みそらだよ」
格子の前に跪き、その間から中へそっと手を伸ばす。幸いにも恐れていたような罠はなさそうだが、何処までも空気しかない。折れそうな心を奮い立たせ、出来るところまで手を伸ばす。ちゃぷ、と何かが指に触れ、水風船を思い出す。
「あかり、あかり、みそらだよ、聞こえるのなら返事をしてくれ、あかり」
水風船が一瞬硬化した、と思った途端、音もなく弾け、その中から現れたのは。
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